「昭和」について
元号「令和」がドイヒーだぁ!という記事を以前書きましたが、そういえばひとつ前の「平成」も過去に追号として使用例がありますからそれも記事に書きました。今回はふたつ前の「昭和」もどうなんだろうねえ、という話です。
わたしのようなド素人は黙ってろと言われそうなものですが、それについては「わたしのようなド素人には疑問を感じさせないのがプロの仕事なのではないでしょうか」とお答えしたいと思います。ほんとーーーに「わからない」から。なぜ!?なにゆえに!?と疑念は深まるばかりでございます。
わたしはどうも避諱(ひき)というものにこだわりがありまして、というのは日本の皇室はそもそも中国(※今の中共とは無関係なかつての超大国をさす。無関係というか王朝が変わる都度えらいこっちゃで文化が壊滅してきたのでひとつながりの継続した<文化>を維持できたとは思えない)からのモノを物質的にも精神的にも偉いさんというのは重んじた。法令を「外国語」で発布するとかすげえなあと思うわけです。メリット、デメリット両方あるし、メモ魔が異常に多かったので「歴史」ガチ勢の皆さん(※わたしは違います、歴史なにそれおいしいの派です。とりあえずかじってみようというスタンスです。そしてかじった結果をあれこれ言いたいというだけのド素人です、言わずもがな)によって史実、事実というものがきっちり確定されてきた。遺文、異本、欠本がこれほど多いのに、凄腕の学者の皆さんがひとつひとつ検証を重ねてきてくれた。千年前の記録を普通に理解できるってとんでもないことですよね。そもそも。ありがてえありがてえ。
天皇即位の儀礼でも江戸時代までは唐風の装束だったし、国家の根幹たる律令制度もまるっと引きうつしたし(※神祇官の位置づけは除く、と急いで付け足しておきます。あと科挙と去勢の伝統も除く)、そんな中で元号、というモノもずっと続けてきたもので、その意味や運用もたいへん興味深いと思います。
で、忌避なんですが、自分よりエライ目上の人の諱(いみな)を使うことを避ける、というもので、この世で一番エライのは日本においては天皇ですから、天皇の諱はなるべく避ける、と。
大陸では皇帝の諱を避けるために文字の形を変えてみたり、別の文字に置き換えてその文字の意を通したり、それじゃ大変だから使ってもいいよと許す皇帝がいたりしてなかなかに大変だったようですが、「漢字の数」が無数にある、と言ってもいいほどバリエーションに富んでいる日本ではこの「文字かぶり」にはあまり困らなかっただろうかというとそうでもなく。
「昭和」という元号については、皆さんもただちに思うことがあるのではないでしょうか。
Wikipedia より
『書経』堯典
百姓昭明、協和萬邦
→百姓(ひゃくせい)昭明にして、萬邦(ばんぽう)を協和す
昭和は旧皇室典範と登極令(皇室令の一部)による制度での最後の元号であり、1979年(昭和54年)の元号法制定の際、同法附則第2項により、「本則第1項の規定に基づき定められたもの」とされた。
「昭和」の由来は、四書五経の一つ書経堯典の「百姓昭明、協和萬邦」(百姓(ひゃくせい)昭明にして、萬邦(ばんぽう)を協和す)による。漢学者・吉田増蔵の考案。「昭和」が元号の候補になったのはこれが最初である。なお、江戸時代に全く同一の出典で、明和の元号が制定されている(「百姓昭明、協和萬邦」)。国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味である。
当時枢密院議長だった倉富勇三郎の日記によれば、宮内省(現:宮内庁)作成の元号案として「神化」「元化」「昭和」「神和」「同和」「継明」「順明」「明保」「寛安」「元安」があったが、数回の勘申の結果、「昭和」を候補とし、「元化」「同和」を参考とする最終案が決定した。一方、内閣では「立成」「定業」「光文」「章明」「協中」を元号案の候補に挙げていた。
第115代、桜町天皇の諱が昭仁(てるひと)です。
昭和天皇が124代なのでそれほど離れてはいない。たったの200年ほどです。これ、どうなんだろうなあと思うのですが、天皇の諱を元号につかうのを避ける慣例はおそらく明文化されていない。なんとなく、近いところでは避けたほうが、というくらいなのかもしれません。
歴代の天皇の情報をしげしげと眺めているわけですが、そもそも諱を使うなといわれたら10第崇神でアウトです。初代神武の諱がカムヤマトイワレヒコで日本書紀、古事記ともに神の字をあてている。さらにはわれらがあーやの「文仁」は112代霊元天皇の第7皇子に京極宮文仁親王がいらっしゃる。まるかぶりです。
で、つらつら考えるに、ここからは「邪推」と呼ばれる範囲だろうなとは思うので、「なんでそんなことしたん?」という疑問としてご覧いただければ幸いです。
桜町天皇と重ね合わせる必然性があまりないように感じられる。それよりも「時の名を名付ける権利」をこの世で唯一持っている「天皇」に対する「何らかの意趣」を先に立たせるならば、これはむしろ藤原基経の諡号「昭宣公」ではあるまいか、と思うのです。
絶対違うと思いますけど、「そうも読み取れる」元号を選んだのは選んだ人たちの責任です。「時の名」ですからどこからどう見ても問題ない「はず」のものを力の限り選びとらなければいけません。ド素人が変な妄想を始められるようなモノを指定するほうがいけないんです(言い切ったwww)。
令和には(わたしを含めw)批判続出で、典拠となる文献以外に用例アリなどというとんだことになりました。そういうスキを残さないためのプロの学者先生様の起用ではなかろうか。学者先生様は「え、それってこれこれの理由でヤバくない?」とただちに指摘されるようなぬかったことをなさっていてよいのだろうか。
よいのだとしたらなぜよいのか説明する義務がある。残念なことに昭和というのは、わたしが生まれたときにはすでに使われていましたから、誰にも何も言えません。こういうところで「どうなの」とぶつぶつ言うくらいです。
平成はヘンだったよ、に続けて令和はヤバい、になったので、改めて昭和についても書いておきたい。にーには令和なんて言われた瞬間、ざーっと青ざめてほしかった。「えっ・・・つなぎ認定?」ってそりゃ男子をもうけられなかったんだからそりゃそうだけど、でもなあ、あ・か・ら・さ・ま☆彡って血の気が引いてほしかった。なんですかにこにこ微笑んでいらしたとかで、「母が苦労しているところを見たことはありません」とかおっしゃる方は違うなあ、と嘆息しきりでございます。さーやも無責任ですと指弾なさいますわよね。あの優しいさーやが。
いやまあ元号に関しては宇宙で一番お詳しい家の方なのでわたしのようなモンの言うことになどカケラも意味はないのでしょうが、それにしたって、という中身が以下になります。
基経ってなんじゃらほい、と皆さんは思われるかもしれません。わたしだってなんじゃらほい、です。が、日本で初めて関白になった人、とか、四代の天皇に仕え(というか牛耳り)藤原摂関家の始祖として、その後の天皇家の始祖となった第58代光孝天皇と並び称されるとか、よりも、「阿衡事件のクソジジイ」のほうが通りがよいかもしれませんね。
ミッチーきたーーー!!!!
そう!のちの菅原道真失脚にもつながっていく、基経のクソジジイぶりがいかんなく発揮された「京都の御貴族様ってほんとコワイ」事件です。かわいそうな宇多天皇。そういえばここでもちょっとした字句の解釈で因縁をつけられて天皇が詔勅取り消しの詔勅を出すというマジで前代未聞のやらずぶったくりぶりを見せたアレです。ミッチー(いやミッチーいうなし)は堂々たる論陣で「そこまでねばると後世ユヅリストって言われちゃうよ」的な「あなた方一族のおためになりませんしお寿司」とかばうわけです。「詫びたんだから島流しまで要求するってそれなんて鎌倉FM事件」ってね。
昭という字は、あきらか、明るい、はっきりしている、という意味だそうですが、基経に「はっきり大声でものをいうオッサンだよね」という意味の名前を死後に送るってすごくないですか。京都すげえ。てか怖いwwwww
藤原氏というのは、自分の娘を天皇に嫁入りさせて、自分の孫を皇位につけて牛耳っていくという外戚関係を上手に操り、皇室という黒松にまさにまつわり、まとわり、ぎゅうぎゅう巻きにし続けた藤のような一族です。何筋にも枝分かれして「どれかの家は残る」ように見事に動いた。藤原が残りさえすればどこの家かは未関係、くらいのある種節操のなさで生き延びた。家の中でも格付けをして血で血を洗うのはお家芸。さすが京都(※個人の感想です)。
このイチャモン、この裏切り、この変節には宇多天皇も「信じらんない!なにあのクソジジイ!」と日記に書いちゃうくらい怒ってます。かわいそう。
でもまあ基経は藤原家の根幹を安定させそののちにがっつり皇室を支配下におく陣立てを完成させたわけですから、某F家(なぜここでイニシャル表記)からしたらありがたいご先祖ですよね。そりゃあ道長も勝ち誇りますわ。
今、小和田家がそれを目論んでいるようですが、「愛子を天皇に」の発信源が雅子氏の実父、と週刊誌に掲載され、「知ってた」とあちこちで頷かれたり「時間がないからあせってるねえ」と嘲笑されたりしてますけど、思いっきり危惧しなきゃいけない非常事態dすよね。万世一系なめんなって話です。女性を天皇にして男性配偶者を迎えると、その男性配偶者の親もあわせて祀らなければいけなくて、万世一系ではなくなります。たとえば今の中共首脳部の子息と女性天皇を結婚させたら、中国は日本と天皇を共有できる。生まれたハーフの子を即位させれば王朝乗っ取り完成です。実に簡単なことなんですよ。壊すのは一瞬です。
皇室内部にこそ大変な事態が進んでいる。たとえば秋篠の大姫様にはどうあってもKKとは別れていただかなければなりません。あのような人間が天皇の義兄になる可能性がある、ということを思えばわたしは恐怖で身がすくむ。大姫様、「逆差別」はやめていただきたい、と言わずにはいられない。単純に、不幸しか見えない未来が心配でもある。一般人でもお断りな人間をなぜよりによって選ぶのか。本当に気の毒です。2020年に婚約、結婚というスケジュールは時節を考えてもおかしいでしょう。「まだ婚約すらしていない」のですから、引き返すならお早めに、と申し上げたいです。
モッチーこと基経のこの漢風諡号をもしもあえてもってきたなら、その意図というのはなんなのでしょう。絶対ありえないんですが、もしもあえてとするのなら、明治によって一時は遺棄された、といってもいいほど衰退した京の都と、そこに残った公家たちからの意趣返し、「おまえがみかどでいられるのも、藤原摂関家を中心とする貴族社会があればこそ」ということではないでしょうか。「忘れないで公家社会」が主眼目だと思います。明治は公家があんまり騒ぐので二度目に出立するときに「遷都やないんやで」って言い残しましたからね。遷都しましたけど。初めて富士山を見た天皇、明治。
わたしも今の天皇さんにはご一家で京都にお戻りいただくのが一番いいと思います。なんですか文化庁も京都移転、観光にも力点を、というのならせっかくですから京都御所にお住まいいただき、日本の伝統文化の復興と隆盛にご一家一丸となって、と思いますよ。ええ、ほんと。
明治ののちに、みかどが京(みやこ)にもどられるように、ザ・歴史、ザ・皇室の大きな役割を果たしてきた藤原家の始祖のおくりなを元号にする。ないことではないと思います。忘れないでキャンペーン。
まあそこには続けて「誰のおかげでおまえんちがこれほど長く続いたと思ってるんだ」「どうせ北朝の子孫のくせに」までいくとほんとに怖いのでそこまででは、と思いたい。でも今それを言えるのってそれこそ冷泉家の方とかそういう・・・きゃー!尊敬してます!冷泉家!ほんとにすごい!天皇があいさつに来る家冷泉家!「うたのいえ」として今の天皇のうたについて手厳しいダメ出しをぜひ!霊元さんもGoGo!とおっしゃるはず!御文庫、1冊ずつ集めてます!高すぎて全部一気には無理なんで!ありがたいです!ザ・日本!
チーム・明治によってほぼ遺棄された公家社会と、それに代わって入り込んできた武家社会。とはいえ徳川家の先祖代々の墓をただちにドケロと言われて泣く泣く移設した上で暮らすとか、そりゃこっちはこっちで「東京五輪、二度のキャンセル」なる都市伝説も出ようというもの。でも徳川将軍家だけ見ていくと正解にはたどりつかない。やっぱり天皇を主軸において見ていくほうがよいと思う。
いろんな符号があちこちであってきました。わたしがまだわかっていないだけでいっぱい、いろいろギャー!なことがあるんだろうと思います。あといくつ悲鳴をあげられるんだろう。がんばって面白がっていきたいと思います。
過去に幾多の「家」が皇室に入り、支配し、制御してきた。しかしどの家も消え去った。残ったのは皇室だけです。
古くは蘇我、葛城、源、平、藤原、小和田。
滅ぼそうとした神武のナガスネヒコも入れときましょうか、第二次世界大戦後の連合軍も「天皇」は消せなかった。教育によって「方向性」を強制することはできたけれども、「自分で考える頭」のある天皇は「日本」と「日本人」を第一に考え、感じ、行動してくださった。
さきの天皇陛下が見せ続けてくださった姿は、あらゆる条件、制限を超えて万人の胸を打つ。
明治とそのブレーンによってあまりにも急激な変化をもたらされた近代日本において、わたしたちは「天皇の姿」を目撃するチャンスをさまざまな形で与えられた。異常な時代だと思います。異常な機会に恵まれた時代だと思います。
そして、にもかかわらず「天皇と自分」との関係性を考える時間は与えられない。なんとなく代替わりしなんとなく元号が決まりなんとなく「えらいものなのだろう」であらゆることが過ぎていく。
「それ」がわたしは一番怖いです。だって、もう、昔とは時代が違うんだから。天子様のことなんか人生で一度も意識せずとも生きていけた時代ではないのだから。外交プロトコルが体に入っていない皇后モドキを外に出して非礼があったらどうなるのか。病人は療養させてあげないと、そちらのほうが非人道的ではないのかと人権にビンカンなどこやらから横やりが入りはしないだろうか。ドキドキです。
天皇の役割は霊的、肉体的にふたつあるのではないでしょうか。
レガリアの管理・保存と、Y遺伝子の保存・継承です。
昭和天皇ははっきりとそれをおっしゃっている。
昭和であるにも関わらず、といいましょうか、それゆえに、といいましょうか。
令和というお札を貼られた家の人は、三人が亡くなったら消え去ります。なくなる家です。弟宮のほうは違う。続けて「いける」家なんです。日本の神々が選んだのは弟宮のほうだった、という、それだけの話です。神意をなんと心得るか、と一喝されずとも、当たり前に「そう」なんですよ。そういう家にKKは入れてよいメンバーなのでしょうか。わたしにはそうは思えません。
ざっくりと三千年近く続いてきたこの仕組みを変える必要があるのでしょうか。
鎌倉以来、メンバーはどう変わろうが続いてきた武家政権すら800年もたずに消え去った。
「天皇」という存在だけは、この世で一番ながもちした仕組みです。変える必要、失くす必要がありますか?
変える理由、失くす必要がわからない。
皇室制度に変わって三千年もつ仕組みがこの世にひとつもない以上、このまま保持し続けることになんの問題もないと思う。
そしてこのように表層1ミリをかじだっただけでも「ひえー」と思える「歴史」がある。すごいことだと思います。
あと、「和」で終わる元号を集めたときに、ある法則で漢文よみをすると、某女性天皇がほにゃほにゃする、というアナグラムがあることをさっき発見したのですが、そちらもいずれ記事にしたいと思います。
ちなみに、以前からもっている持論として「皇室まわりに和という名の女があらわれると歴史が波立つ」というものがありまして、小和田のワもそうだよね~と数々の前例をもとに震えあがっております。和子にご用心!ですな。
この場合の和子はわこ、=赤子、男児、ではなくてそういう名前のお方です。
昭和の和、令和の和、頼んでもいないのにどうして使うし、ということです。
あと「いわ」という名の女もですね。
このあたり全部まとめて記事にしつつ本にもしておきたいところです
「令和」が最低すぎて、元号というモノを使って誰かが遊んでいるような、いないようなwwww
わかっててやったのならフンガー!ですしわかってなくて真実、偶然で令和なら、どんだけだよ「ことのはのさきわうくに」は!ということですね。どっちみちヤバイ日本語ヤバイ。
ということで、皆さん!日本ってすごいですよね!という話でした。
おまえの妄想がすごいよwwwとセルフつっこみをしておきます。
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死者だけに任せてはいけない
東日本大震災の激甚な被害を前に、「こんなときにスケートなんてしていていいのだろうか」と立ちすくみ、食事ものどを通らずにやせ細った浅田真央が、やがては「今の自分にできること」として「スケートをがんばり、自分の演技に思いを託して被災者の皆さんと一緒に生きる」ことを示したのが清冽、清澄な祈りの舞、ジュピターでした。
「なぜ?」「悲しい!」という、その発動の前にはひとたまりもない大自然の動きに対する、怒りと悲しみと、嘆きと痛みと、「それでも」生きていこう、「善く生きていこう」とする決意の舞。
あまりにも清らか、透明、そして何よりも力強い「意志」が見事な演技でした。
浅田真央が始めた「支援」というのは、たとえばサンクスツアーのグッズ販売による収益は寄付という形をとり、被災者のみならず聴覚障碍者のために音声実況つきでショーを楽しんでもらうなど、さまざまな形で大きな広がりを見せています。
もっというなら全国各地で「真央ちゃんの演技が見たい」と切望していた「親戚」たちのために、「できるだけ幅広い年齢層に、できるだけ近くで、できるだけ安価に」自分のスケートを見てもらおうというサンクスツアーそのものが、「みんなのために」始められたアイスショーでした。
浅田真央という人は、不思議な嗅覚を持っている。「そのとき一番にやるべきこと」を必ずしてきた。必ずしている。「やるべきことから一歩も引かない」その姿勢は、どこからその強靭さを引き出してくるのだろう、と驚嘆させられるレベルにある。
本人の発言である「浅田真央であることからは、逃れられない」からすると、「自分自身であること、そしてあり続けること」を引き受けた自覚もすでにお持ちのよう。
「自分自身であること」が、これほど強く、正しく、美しい例というのは浅田真央において真実、驚天動地の出来事であり、まさに「英雄」である、と思うゆえんであります。
その祈りをこめた静謐かつ強靭な、超絶技巧のスケーティング技術と、確かな美意識に裏付けされた「一個の美術品」として表現されたジュピターを、安易かつ実に醜く模倣した人間がいる。
浅田真央がかつて所属していた公益財団法人日本スケート連盟の副会長、荒川静香です。
荒川は、現役時代にISU公式戦、すなわちフィギュアスケートの公式戦で浅田真央に勝ったことは一度もない。日本国内でどのような採点操作があろうとも、海外のジャッジが入る試合では、ジュニアあがりの浅田真央にただの一度も勝てなかった。
当時、「女帝」と自称し周囲もそのやらずぶったくりぶりを認めざるを得なかった城田憲子に「真央ちゃんと比べないで!」とブチ切れるほど、浅田真央との比較というのは、彼女にとって屈辱だった。
その荒川が奮起して、勝とうとして勝ったのが世界選手権であり冬季五輪だった。勝てる力はあった人です。ライバルのミスによる棚ぼたメダルだったと評する向きもありますが、落ちてきたぼた餅をかっさらえる位置にはぴたりとつけていた。トリノ五輪、ショートもフリーも自己ベストで勝っている。旧採点でも新採点でも、世界の頂点には立っている。
だからこそ、後輩の育成を、とならなかったのが荒川です。彼女の迷走ぶり、というか自己保身、自己顕示、自己愛の肥大ぶりを私はずっと見てきました。
いろんな話も聞いています。話半分だとしても、それはないわ、と思うことの羅列です。
そして、ジュピターのパクリ。
死者を愚弄する行為、と指弾することは簡単です。私もそう感じます。しかし、無念にもとつじょ、自分の日常を奪い取られ、「次の朝」を迎えることなく、不本意に、理不尽に、あまりにも突然になくなって行った多くの方に、その指弾を任せることは許されない。
死者は、死者です。これほどの激甚な被害を受けて亡くなっていった方たちに、荒川の行いの始末まで、要求することはできません。してはいけない要求でしょう。死者はまず、誰よりも死者自身の幸福の追求に専念していただきたい。そのためのわずかな一助ともなれば、と、生きている者は祈り、願い、悼むのです。
生きている人間の愚行は、生きている人間が、落とし前をつけなくてはいけません。
私は、荒川のために、荒川のふるまいを悲しみます。彼女のしていることのダメさ加減を彼女にはっきりと指摘する、親しい人間がいないことも、彼女のために悲しみます。
まともな人はみんな去ってしまったのだろうと思うからです。
人がなぜ、みんなで集団を作って過ごすのか。私たちはなぜこのように群れて社会生活を営むのか。
私は、浅田真央がいうように、「どんな困難でも、みんなで助け合って、力をだしあえばきっと乗り越えていける」ものだからだろう、と思います。
どんな悲しみも、苦しみも、痛みも、悩みも、慟哭も、過ぎてしまえば過去になる。しかし、「過去にするかどうか」「過ぎ去ったものとして取り扱っていいのかどうか」を決めるのは、当事者でなければいけません。
当事者だけが「それをどのように自分の人生の中に位置づけるのか」の決定権を持っている。
だからこそ、「不動の人気を誇る浅田真央が、名振付師ローリー・ニコルと共に鎮魂のために創り上げた芸術作品」を表面だけ真似てウットリしていた荒川静香への怒りも悲しみも、なかったことにはできません。
荒川は、「そんな人間」であることを決定的に世間の前で披歴した。もとより「そういう人間」ではあったのだが、「してはいけないこと」をする人間、と自ら証明してしまった。
そのことの本当の意味すら理解せず、荒川は今日も五輪金メダリスト様でござい、スケ連副会長様でござい、この部門では日本で唯一の女子シングル金メダリストでござい、と鼻先にぶら下げて生きていくのでしょう。
阪神淡路大震災も東日本大震災も、東京大空襲も、ありとあらゆる愚行、悲劇、無残な出来事は無数にある。その中にあって、ではどう生きるのか。
どのような未来を望むのか。
そしてそのためにどう動くのか。
それは、目に見える大きな悲劇に出会わずとも、一瞬一瞬、私たちは「自分の頭で」考えて「自分の心で」決断できる、本当にたいせつな、「生きること」の意味の筆頭に置くべき事項ではないかと思います。
死は悲劇である。たしかにそうです。ことに、望まない死、不意の死、暴力によって、疾病によって外からもたさられる死は、悲劇です。
しかし、私たちは生まれてきた以上、必ず死にます。父と母は生と死と、ふたつの贈り物を我が子に託す。逃れられない死が、唯一平等なものだとしたら、与えられた条件の中で私たちは日々懸命に生き、真剣に思い、「よい未来」を創り上げていくべきなのではないでしょうか。
だって、がんばっているほうが楽しいよ。努力しているときのほうが面白いよ。
知らないことを知る、見たことがないものを見る、会ったことがない人に会う。それらはすべて、どのような出会いであろうとも、新しい発見の旅、新しい未来の道です。
未知は、道。
浅田真央という稀有な英雄によって見せられて、魅せられて、満たされて、選び取ろうと決意させられた、未知の道。
善く生きる、ということ。
みんなのためになることをする、ということ。
感謝を、伝えるために、努力するということ。
選びとったのは自分ですが、最初に取り組んで、やってみせてくれたのが真央ちゃんです。私にとっては、そうです。
生きてある限り、できることはある。
そしてやるべきことをしているときが、人生は一番面白い。
拓けていく。
より大きな命の中では、やるべきことができなくても、みつからなくても、そもそもそのように思ったことすらなかったとしても、もう、救われているのですが、やはり「やれる、できる、やろう!」という思いの中で過ごすほうが、決定的に面白い。
目的を同じくする死者と一緒にはたらくとしても、そこには方向性の相違によるすれ違いも必ずある。
「こちらに進もう」とするときに、あらゆる条件をとりはずして全方位に渡り「善」となす、そういう「動き」があることは、たいへんに大きな力になり、すばやく、的確に進んでいける。
できることを、できる人が。無理なく、自然に。
それは生きていても死んでいても同じことだと思います。
そのつながりの実感あればこそ、命全体への目配りや、不自然さを排除した妥当な動きを「自然に」選択できてくる。
死者との共同も、当たり前にできてくる。
まずはこの世でもっとも身近な生命、「自分自身」との和解、親睦、協働に思いを馳せながら、生きていきたいと思います。
自分と親睦を深めると自分が神木になるんですよ。まっすぐにこの世に立ち、一切の不和のない状態で天に向かう。すなわち「神」です。
時あたかもさまざまな決断を求められるご時世です。このようにありたい、とまず願うことから、すべては始まると思います。
決めないから、動けない。
「ではどうするのか」まずは決めていきたいと思います。
そんなことを感じながらのこのごろです。
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新しい時代
明けましておめでとうございます。
更新が滞りがちな拙ブログですが、その理由のひとつに、いろんなコトが起こりすぎる、というものが筆頭にあげられそうです。フィギュアスケートのみならず、皇室でも、自然界でも、あの世でも、いろんなコトが一気に瞬時に起きている。
ひとつひとつ、巡ってくるものを受け止めながら、粛々と、生きていきたいと思います。
そして、私はやはり「お笑い」の力を信じる者のひとりでありますから、おや?というポイントは見逃さず、つっこみを入れ続けていきたいと思います。
とりあえず、古い話で恐縮ですがふと思い出したので。
フィギュアスケート男子シングルで五輪2連覇を今から68年前に成し遂げたディック・バットン翁がさすがに「醜い、醜い」とおこだったソチのキム・ヨナのスピンですけど、ぶれっぶれでひどいですよね。




完全に一致すぎるバッグとポット。
こんな画像でもいつかどこかで!と数年間、保存していた甲斐がありました。
ソチ五輪当時に使えばよかったwww
それでは今年も引き続きよろしくお願いいたします。
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源氏物語で最古の写本発見 定家本の1帖「教科書が書き換わる可能性」
すごい発見がありましたね!
源氏物語で最古の写本発見 定家本の1帖「教科書が書き換わる可能性」
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/29641
2019年10月8日 17:10
源氏物語の現存する最古の写本で、鎌倉時代の歌人・藤原定家による「定家本」のうち「若紫」1帖(じょう)が、東京都内の旧大名家の子孫宅で見つかった。冷泉家時雨亭文庫(京都市上京区)が8日発表した。定家が校訂したとみられる書き込みや、鎌倉期に作られた紙の特徴などから、同文庫が定家本と鑑定した。
既に確認されている定家本4帖は、いずれも国の重要文化財に指定されている。「若紫」は、光源氏が後に妻となる紫の上との出会いを描く重要な帖だけに、今後の古典文学研究に大きな一石を投じる可能性がある。
源氏物語(全54帖)の定家本は、紫式部による創作から約200年後の13世紀初めに書き写された。昭和初期に国文学者・池田亀鑑(きかん)が調べ、「花散里(はなちるさと)」「柏木」「行幸(みゆき)」「早蕨(さわらび)」の4帖が確認されていた。
今回鑑定した元文化庁主任文化財調査官の藤本孝一氏によると、冊子の大きさは縦21・9センチ、横14・3センチで、全132ページ(66丁)に抜け落ちがなかった。定家本の特徴とされる「青表紙」が施されていた上、本文を記した紙に鎌倉期に多い繊維がふぞろいの「楮紙打紙(ちょしうちがみ)」が使われ、上級貴族が用いた青みがかった「青墨(あおずみ)」で校訂した跡もあり、定家本と判断した。
藤本氏は「公に存在が知られていない『幻の帖』だけあって現存を想定しておらず、青表紙を拝見した途端ただただ驚いた。紙質や各ページの行数を確かめ、ほかの4帖と筆跡を見比べ、間違いないと思うに至った」と話す。
鑑定に協力した京都先端科学大の山本淳子教授(平安文学研究)は、定家本の流れをくむ室町時代の青表紙本系統の「大島本」(古代学協会所蔵)と見比べ、「一見したところでは、ストーリーの大筋が変わっているとは考えられない。細部に相違が見られ、研究が進むと、教科書の表現が書き換わる可能性はある。大島本からさらに250年、現代から800年もさかのぼって写本を確認できる意義は大きい」とみる。
所蔵するのは、三河吉田藩主・大河内松平家の子孫に当たる大河内元冬さん(72)。今年2月に茶道具を鑑定してもらった際、東京都内の実家にあった写本が定家本の可能性があると指摘されたため、4月に同文庫へ鑑定を依頼した。明治時代にまとめた大河内家の所蔵目録に「黄門定家卿直跡、若紫」とあり、1743(寛保3)年に福岡藩主・黒田家から大河内家に贈られたと記されていたという。大河内さんは「いまだ実感がないが、定家ゆかりの場所で公表できて大変光栄に思う」と述べた。
13日午前、兵庫県西宮市の関西学院大で開かれる「中古文学会」で藤本氏が詳細をスライド発表し、写真複製本の出版なども検討してゆくという。
次回のグループセミナーでも定家を取り上げることをさきほどブログにアップしました。その後このニュースを知ったので(情報遅いw)なんとタイムリー!とびっくりです。
定家卿の功績は国宝『明月記』のみならず、写本を多数残したことと、当時出回っていたさまざまな写本を取捨選択して整理したことにもありますよね。
個人的にはかわいそうな実朝の歌を記録しておいてくれたこと、『金槐和歌集』として結実したことを心から感謝しています。
ああ、すごいなあ。ニッポンってすごい。
> 三河吉田藩主・大河内松平家の子孫に当たる大河内元冬さん(72)。今年2月に茶道具を鑑定してもらった際、東京都内の実家にあった写本が定家本の可能性があると指摘されたため、4月に同文庫へ鑑定を依頼した。明治時代にまとめた大河内家の所蔵目録に「黄門定家卿直跡、若紫」とあり、1743(寛保3)年に福岡藩主・黒田家から大河内家に贈られたと記されていたという。大河内さんは「いまだ実感がないが、定家ゆかりの場所で公表できて大変光栄に思う」と述べた。
よくぞ保全しておいてくださった。ありがたい。心から、ありがたいです。
個人的には今年一番の、最高のニュースかもしれません。
源氏といえば高橋選手。大スタァにはこういう、奇妙な「連携」が起こるものです。彼の新たなチャレンジと共に、定家卿、ならびに保全しておいてくださった大河内さんに満腔の感謝を送りたいと思います。
「定家のものかもしれないです」と最初に指摘なさった感定家さんにも。
嬉しい、嬉しい!
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朝日クロニクル週刊20世紀「しっかりネミッチー」
上野で開催されている古本市でちょっと面白いものを見つけました。
正直に申し上げますならばゾッとした、というものです。
20世紀について1年を1冊で特集する「朝日新聞創刊120周年記念出版」なる週刊誌形式の冊子で、1999年発行ですからそう古いものではないのですが、朝日新聞社の「朝日クロニクル 週刊20世紀 通巻16号」です。
ご覧の通り、それまでは「皇族、または華族からめとるべし」という決まりがあった皇太子妃を民間からということでブームも巻き起こした正田美智子さん、現上皇后陛下が表紙を飾り巻頭特集もされています。


「しっかりネミッチー」
余計なお世話だというものですし、さらにはなんという不敬を朝日新聞め、というところでございますが、「ミッチー」特集と同時に「水俣に奇病」という特集もあるという内容です。

Front Pageにも水俣病に関するコラム。






水俣病という名前がよくないですよね。あたかも風土病、天然由来の何かであるかのようにも感じられる。
熊本病という名前もよくないですね。
日本窒素肥料という企業由来の完全な人災であり、加害者側が暴力団まで投じて被害者を弾圧し、巨大すぎる被害を出し続けたおぞましい大事件です。
知れば知るほど、あってはならない、本当に、あってはならない残酷で愚かで馬鹿で暴虐な、大事件です。
大見出しからすると朝日新聞が考える「昭和34年」とは
・”ミッチー”に日本中が騒然、陶然
・伊勢湾台風で名古屋は壊滅状態
・通勤車中で創られた週刊誌ブーム
・チエミちゃんが高倉健に奪われた!
・水俣に奇病!脳が溶け全身は硬直
・雪解け、ソ連、謎呼ぶ平和攻勢
・キューバ革命の主役はヒゲの弁護士
であったと。
陶然というわりに使われている写真はふてぶてしく、可愛げがないものばかりです。
水俣病のことについて「事実を明確に」記載しているのに比べるとわざと選んだのかという写真です。
マドンナが表紙の号も買うというのが実に自分だと思いつつ。
古本屋の平棚にまとめて置いてある中で、この「ミッチー」が表紙の号がはっと目につき、手に取ると「水俣に奇病」。
いろいろ考えさせられました。
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真央ちゃん、お誕生日おめでとうございます
うわーーーーー、真央ちゃんが29歳!?うっそー!と叫びたい気持ちです。そういう方は多いのではないでしょうか。あのちび真央が、と目頭をそっとおさえたくなりますよね。
そして全員が必ず言う、「そりゃあ我々も年を取るわけですよ、はあ……」
こんなに長いこと好きでいる生きた実在の人物って真央ちゃんくらい???
かなり飽きっぽく、また、人が見ないところでへそを曲げ始める自分としては信じられないくらいです。
真央ちゃんは新鮮ですからねえ。おっさいさんの名言で「真央はいつも新鮮だ、さっき生まれましたって顔をしている」を幾度も繰り返し思い出します。これほどフレッシュで魅力的なままの人って他に知らない……。
サンクスツアーには、二日連続、せめて2公演連続で行くべきだという持論を最近持っております。
なぜかというと、サンクスツアーでは出演者へのプレゼントは禁止、お手紙のみOKということで「お手紙BOX」をご用意くださっておりまして、ここにファンレターならぬキモレターを投じることができるわけです。
キモレターというのは韜晦、諧謔こみなのをご理解いただきたいのですが、皆さんももしかしたらそうではないかと思いますが、真央ちゃんへのあるいはキャストへのつのる思いと満腔の感謝をしたためると、「大好きです。ありがとうございます」という電報ですか、という短さか、逆に便せん数十枚に渡る大河小説の第一章ですか的な長文になってしまいがち、で、どうがんばっても思いの丈をほんの少しもあらわしきれない、意あって力足らず、むきだしの生の思いがキモすぎる、ということで通称キモレターと申しますが、あれですよ、「真央ちゃん実は写真映り悪いんじゃ」と同じことで、「本当はもっともっと感謝の気持ちを伝えたい」「真央ちゃんの存在がどんなに大きな支えであり人生を美しく喜ばしいものにしてくれたか」「おのれスケ連」とか最後はまあスケ連に言うべきことなので書きませんけど、たぎる思いを伝える余りに、けっこう、ああしてほしい、こうしてほしい、とお願い事を書いてしまう……ので、実際にサンクスに参加して感謝のタコ殴り、怒涛の感謝、感謝の浴びせ倒し、ですべてを押し流された後はただただ「ありがとうおおおおお」に加えて、ここがよかった、あそこが素晴らしかった、ここが変わりましたね、とか、そういうほんとの感想をちゃんと書けるのではないか、と。
2公演連続の場合はあいだに何時間か休みがあるし、二日連続でお泊りの場合も夜たっぷり時間をとることができますよね。そこでじっくり感想を、と考えついたはいいものの、今度はそれだけチケットが確保できますか、いいえできません。という関門が待ち構えているわけです。
真央ちゃんへのお願い事は、
・サンクスツアーが来年初頭の「追加公演」で終わるなんてMOTTAINAIです!まして「サンクスメーター」ができたんですから、「1000」までいきませんかお嬢さん!
・てか、ロシアでタラソワが、アメリカでラファが、フランスでロロが待ってるでしょうし、愛知県1か月連続公演とか、都民数千万をようするお江戸で三か月ロングランとかすべきじゃないかしら?
・新プロだけの「ウェルカムツアー」と並行してサンクスをなさればいいのでは!
・だって日本ではまだサンクス未経験者が8000万人くらいいらっしゃいますよ!
といった一見人のためのふりをして我欲むき出しの「この至高体験を何度でも」から始まって
・アイスリンクをこさえてですね、クラブ員をつのれば維持費は出ましょうし、今ついてござるスポンサー様も黙っちゃいねえでしょうし、どうですかね、愛知に一ヶ所、東京に三か所くらい、どうでしょうかねえ!!!
・もうね、この至高の滑りを教材で残しておかないと人類の損失ですよ、ひとつひとつの技を一個ずつ、模範滑走していただいて、それを見れば素晴らしいお手本になると思います!
・サンクスツアーの全公演を円盤にしたほうがよろしいのでは!!!1公演ずつキャストが進化するようす、各会場でのリアルな反応真央ちゃんご自身の各種工夫、どれほどの感謝と感動があふれているか、記録すべきではないでしょうか
からの「おらぁ、確かにサンクスに行っただよ!」と「感動追体験系」から、「真央ちゃんのクラブに入って滑ってます☆」と親戚どうし会員Noを見せ合って「手すりしか磨けないけど、楽しいから!」「真央ちゃんのスペシャルコースに通う、選手レベルのちっちゃい子がめっちゃすごいの!」とかそういう「真央ちゃんがきっかけで始めちゃったんですから真央ちゃん最後までよろしくお願いいたします」「あ、保険はスミセイさんのスポーツ保険でバッチリですね!」といった「実利とほのぼの共有系」からの
・本当にありがとうございます
・感謝しています
・たくさん、たくさん、楽しいことがありますように
からの「全力祈願ガチ系」的なものでして……これだけ人のためだけに、懸命に尽くしてくれていて、しかもそれを本人が一番楽しんでいる、というのがもしかして人類史上初、くらいの衝撃と驚きの「浅田真央」なのです。
「浅田真央」というジャンルをこさえてしまいましたからね、真央ちゃんは。
しかも過去の自分を越えていく、という空恐ろしいことを続けている。本当にすごいことです。
9月25日。真央ちゃん、お誕生日おめでとうございます。
真央ちゃんが望む「素敵なこと」がみんな実現されて、結果、みんなでハッピーになれるよう祈っています。
あと、サンクスで回りきれなかった場所や、一度は行ったがまだ未知の、ご当地の旨いものってまだまだいっぱいあると思います。
サンクスがてら、ぜひそれらも!
親戚の皆さん!ご当地の激yマメニューを真央にぜひ!
(餌付けかwwwww)
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王の帰還 小塚崇彦
今日は真央ちゃんの誕生日。実にめでたい日でございます。真央ちゃんのあれこれ、フィギュアスケートのあれこれを昨夜からずっと思ってきたのですが、こんな日だからこそ小塚崇彦について書いておきたいと思いました。
小塚くんが引退して、もうスケートを滑らないと表明なさったときに、私はずいぶんと泣きました。小塚くんご自身がそれで幸せなのかどうかは別として、彼自身の決断を、どう受け止めるかは別として、号泣した最大の理由は「フィギュアスケートが貧しくなる」というものでした。「強く正しく美しい、フィギュアスケートの本来性を知っている人間がいなくなる、フィギュアスケートは滅んでしまう」と泣きました。
スケートがうまい人、ジャンプが得意な人、ステップがすごい人、スピンならこの人だ、という人はたくさんいます。華やかで、目立っていて、人気がある人もたくさんいる。
だけど、小塚崇彦は「違う」んです。それらをすべてあわせたよりも、もっと、ずっと、「フィギュアスケートそのもの」だった。
ことに、この日本では。
彼の父、祖父、そして彼自身の打ち立ててきた偉業をおいても、小塚崇彦という、美しく正しいスケート技術の持ち主が、それをさらに育て、伸ばし、保ち続ける努力をやめてしまうこと。それは言葉の実際の意味における「国家的損失」に他ならない。
「フィギュアスケートが、本当に終わってしまうのだとしたら、このような滑りの名手が滑ることをあきらめてしまうとき」と、私は思って、泣きました。
でも、小塚自身がやめると決断したのなら。それは誰にもどうにもできない。
小塚自身が、滑らないなら、それは尊重されるべきだ。
私はただのファンのひとりにすぎず、彼の幸福や生活を保証できるわけがない。たとえそう望んだとしても、小塚の人生は小塚自身が決めるもの。まして引退したのなら、見守ることすら許されない。
どこかのリンクで、お互いに、一般客として滑っているときに「あっ!!!」と見かけるくらいになる。
それはそれでいいのだけれど。
でも。
悶々としていました。そして飛び込んできたニュース。会社員になった小塚は、社命で出張することになったときに、スーツケースにスケート靴を入れていたと。無意識に用意して、自分でも驚いたと。出張先で滑ることなんかないのに、と。
こづ。
滑りたいんでしょう?本当は、滑っていたかったんでしょう?
そう思ってやっぱり私は泣きました。
むごいなあ。なんてことだろうなあ。と。
真央も、髙橋も、小塚も、「もう滑らない」と口にした。これほどの偉大な功績を持ち、巨大な星として輝き続けてきた名手たち、レジェンドたちが、「滑らない」。
おかしいよね、こんな状況。
「滑れない」「滑りたくない」「スケートが嫌いになった」
こんなことを言わせる「状況」が許せなかった。辛かった。
フィギュアスケートの世界で、小塚崇彦の抜けた穴を埋められる者はいない。
だからこそ彼の不在は途方もない損失であり、フィギュアスケートの歴史がここで、終わっていくと断言されてもおかしくない。
小塚は、それだけの選手でした。
思い出します、昔のこづは、ゲームが好きで、無口で、なんだかよくわからない変わった子でした。
ハンサムです。イケメンです。運動神経もめちゃくちゃいい。スケートは勿論ピカ一です。最初から、こづはこづだった。
ただ、こづ自身が、見えなかった。
思い出します、全日本に当然のごとく出続けるようになったころ、ある会場に乗り物の都合で早朝に着いて見たものは、軽くランニングをするこづだった。もう集まり始めていた観客の群れの中でもものおじせず、あたりに人なきがごとき集中で、軽く走ってはストレッチをし、ほぐした体を朝日の中で、伸びやかに、ていねいに、大切に、「磨いていた」。
あのときのこづは、抜き身の剣を試すように、自分自身の体と心と、魂とで、対話していた。
「俺はどこまでやれるだろう」ではなかったのです。「俺はここまでは絶対にやる、できる」。目標を高く掲げてそれに向かって精神誠意、努力してきた顔でした。「俺は、できる」。
マスター・ノブーオは常に変わらぬ、ひょうひょうとした佇まいで、そんな若武者を見つめていた。
これはくるな、と思いました。小塚自身の、心のピントが合ってきた、そんな気がしたからです。
信頼できるまでに、たよって、もたれて、あずけられるまでに、練習を重ねてきた。そんな気がしたからです。
あとはやるだけ。そんな静かな闘志が、小塚自身と「離れていなかった」。ぴったりと一致して、やるべきことをちゃんとやる。そうすれば結果はついてくる。そんな空気で満ちていました。
あれから、ずいぶん時が流れた。こづは怪我をし、先天的な骨の形成不全が見つかり、手術か、温存か、現役続行か、引退か、岐路を味わい続けていた。
挑戦と模索。二度目の五輪をかけた選抜試合の残酷な結果。
採点への苦言。
いろんなことを、私たちは見てきました。
引退しても、まだ、得体の知れない、名前も顔も世間に出せない「スケート関係者」の憎悪を浴びて、こづはこづを知らない者に、あらかじめ悪人であると嘘を流され、こづをこづと知る者の胸を痛ませ、憤慨させた。
いろんなことを、見てきました。
いつからか、私は小塚を思うとき、必ず「王の帰還」という言葉とセットになっておりました。
一度は消え、頭上に輝いていた王冠を彼は外して去ろうとした。
そして今は、スケートの神様によって戴冠されたその「位」を彼は養い、育て、成長させ続けている、と私には見えるのです。
スケートに戻るにあたって彼はどれほど考えたのか。さまざまな、よしなしごとを。
泥濘のような嘘、浴びせかけられた腐敗の虚偽を、彼はひとつひとつ、自分の努力で打ち消して行った。小塚崇彦の仕事ぶり、小塚崇彦の人間性、小塚崇彦の誠実さ。昔ながらの、お茶目で、へんてこなことを見逃さず、子供のように素直にまっすぐに善を善と、悪を悪と感じてしまう人間性を、隠さずに。
そして、とうに、スケーターの小塚ではなく、「とてつもなく魅力的な」がまず先にくる、「フィギュアスケートもめちゃくちゃうまい、小塚崇彦」という場所に、彼はいる。
TOYOTAさんは小塚の値打ちを正しく評価してくださったのだと私は思う。「ものづくり」をしている企業、日本トップのあの超大企業が、小塚崇彦という人間を認め、信じ、雇用している。
JOCも小塚に仕事を頼んでいる。各地のリンクもスケート教室、各種イベントで小塚を招く。
私たちファンはなおのこと、こづがいるのならどこへでも、という熱心なファンも、なんとなく時間があったからイベントに来て、すっかりファンになった人もいる。私も実際、何人もそういう人を見ています。
彼自身の力で、彼は正しい立ち位置をつかんできた。
そしてこの世から「小塚崇彦のスケート」は失われることは、なかった。
これがいかに得難い僥倖か。小塚の決意がどれほど彼に巨大な負担を与えただろうか。
けれども、です。
やるべきことをしている者は、渦中にあっても苦しまない。どのような邪悪なたくらみがなされても、「やるべきこと」をする者はそれらをものともしないのです。やるべきことをやっているから。魂の要求に従うから。「生きていること」があかあかと輝く過程に生きているから。
苦しまなかったとは言わない。悲しまなかったとは言わない。でも、それらをこえて、あれほどの滑りの名手が、あれほどの技術の継承者が「それ」を求め、恃まれて、待ってました!と喜ばれる。
彼が滑る1分1秒がそのまま「フィギュアスケートの偉大な歴史」の、歴史の時間になっていく。
彼はすでにしてレジェンドなのだ。彼が滑る足元から、スケートの歴史がつながっていく。
足元から、歴史が生まれる。
そんな立場にいられる者はこの世にそうはいないのです。
どのような困難のさなかにあっても、小塚の滑りはそれ自体で、すべてのジャッジメントに勝利してきた。
あのひと蹴り、あのひと押しで、いったいどこまで進むのか。
あのターン。あのステップ。自由に、自由に、本当に自由に、「小塚崇彦はなんでもできる」。
それはまさに神技です。
その領域に到達するための、鍛錬の時間の膨大さを思うとき、私は心から無条件で小塚崇彦にひれ伏します。
真央も、髙橋も、がんばっている。無良も、俺たちのNAGISAも、がんばっている。
がんばっていない人なんか、どこにもいない。
精一杯、自分にできることを花開かせて、輝いている。
そうやって、フィギュアスケートのために懸命にはたらく若者たちを、スケ連はいったいどう扱ったか。ISUは彼らの努力にどう報いたのか。
断腸の思いです。今が幸せだからいい、ということは決してない。悪はどこまでいっても悪であり、善もまたしかりなのです。
小塚の復帰は、まさに「王の帰還」であるなあと、彼の最近の大活躍ぶりを見るにつけ、私はしみじみと思うのです。
なんてありがたいことだろう。
そしてまた、冬がくる。真央ちゃんのお誕生日を節目として、スケートの本格的なシーズンがやってくる。
この冬もまた、私はリンクに通うだろう。そしてよちよち滑るだろう。
笑ってしまうくらい上達しない、この困難で、過酷で、苦しくて、そしてとんでもなく面白いスポーツであるフィギュアスケートを、年寄りだから、死と隣り合わせの危険のさなかに、すっとこどっこいな格好でおっとっと!と慌てながら、それでも懸命に滑るだろう。
フィギュアスケートが、面白いから。
そしてまた、どこかのリンクできっと私は見るだろう。スケートが好きなお子さんたちが、小塚の滑りに目を見張り、心を一気にもっていかれて「本物だ!」と目を輝かせる姿を。
話を聞いたことがある、ある小さい子が習っている「先生」は、ほとんど誰も聞いたこともないような「元スケート選手」で、アイスショーにも出ているが、正直、食べるためにやっています、他にできることがないからやっています、と、申し訳ないが完全に「商売」で滑っているように感じられた。それでもスケートには誠実ではあったのだろう、本格的に習いたい、海外の試合も出てみたい、と本人の希望を親が伝えたときに「ご家族でもう一度、しっかり話し合ってください」とつっぱねたそうだ。「その話し合いの結果が出るまで引き受けない」と。その子は私から見ても、かなりの素質と適正があって、その年代でその技術は、いわゆる天才って域なのでは、と感銘を受けるレベルだった。それでもなお、続けていくためにはどれほどの犠牲が必要か、親も、きょうだいも、本人自身も、どれほどすべてを捨てなければならないか、本気で話し合ってくれ、と。
結果、「やれるところまでやらせたい」と親は認め、本人も意志し、その先生は、引き受けた。それから一切、ほめられたことがないそうだ。何をしてもダメダメダメ、ここが足りない、ここをこうしろ、どれほどふんばってもまだまだ、と何ひとつ認めてはもらえない。
とはいえ、私はその子を見て、何気なく、三つのことをお母さんに申し上げた。これと、これと、これがいい、と。そうしたらお母さんは泣きそうな顔で私を見た、「先生に言われてそれを一年間集中的に直したんです」と。私の見る目があったというのではない、誰が見たって同じようにそれらが本当に素晴らしい、と賞賛するような滑りをその子は見せていた。だから私も口に出した。立派だった。
「まったくほめていただけないので、親のほうが辛くなって……でもこの子はほめられると手を抜くので先生は性格をよく見ていると思います」とお母さんはおっしゃった。
いや、だけど、ものすごくウマイじゃないか。姿も顔もすっきりと美しいし、スケートが好きで好きでたまらないから滑っている、その気持ちがあふれていて、見ているだけで幸せになるような子じゃないか。
何年間も一度もほめない?
ぞっとしました。
そんな子が、小塚の滑りを見た瞬間からただの一度も目をそらさず、小塚の要求にすべてこたえ、やりとげて、「教えてください!」という気持ちを全身から発散していた。「本物」だとわかったのだろう。申し訳ないが普段教わっている「先生」とはけた違いにものすごい人だと瞬間的にわかったのだろう。
それはそうだ、小塚がリンクに降りただけでおおーっと感嘆のどよめきが起きる人だもの。「こづは違う」、こづは。
あの子が小塚を見上げていた、そのまなざしが忘れられない。すべてを吸収し尽くそうと、小塚のすべてをキャッチして、あの滑り、あの動き、あの「正しさ」を自分のものにしていった。今しかないんだ、今、できるようになるしかないんだ。そしてそれが実際にできるのが、あの小さな子のすごさだった。
小塚を見る目が忘れられない。
あれほど無垢な信頼を預けられたら、どうしてそれを裏切れようか。
あれほど真実な敬意をまっすぐに向けられたら、どうしてそれを壊せようか。
小塚が各地で浴びる敬意と賞賛と尊敬は、小塚にとってはおそらく負担ではないだろう。その信頼に応じるべく、さらなる修練を重ねるはずの人間だから。もっとうまくなってもっと正しくなって、もっともっと「よいスケート」を見せようと、きっと彼は思うから。
あぐらをかいて、当然だ、とする醜悪な卑しさは彼にはない。
「滑りで返す」という実に正しい善の循環を、小塚は正しく行っている……。
あの子は、きっとものすごく伸びるだろう。私はあの子が「出てくる」のを疑わない。待っている。小塚に教わった通りの正しく美しい「あの滑り」を維持したまま、先生の教えに従ってさらにそれを強化して、いつかきっと、全日本にもグランプリシリーズにも、ワールドにも、五輪にも、「行く可能性大いにあり」と思っている。待っている。
小塚はそのとき、思い出すだろうか、あんなにも懸命に、全身全霊で「小塚崇彦の技術」にくらいついていった小さな子を。
幼いながらに一発で小塚のすごさをしっかりとわかり、敬意をこめてすべてに従っていた姿を。
「フィギュアスケートの正しい伝統」を、しっかりと継承したことを。
王の帰還。それに伴い王国がどれほどの歓喜に満ち溢れ、感謝を王に向けただろう。
前にも言った、小塚崇彦は戻ってきた。彼が本来いるべき場所、彼が歴史を生み出す場所に。
小塚崇彦はもうどこにも行かない。リンクの中で輝き続ける。
その悲哀も、愁嘆も、挫折も、苦難も、すべては「小塚であるために」与えられたものかもしれない。
だとすると、スケートの神様はかなり心配性なのだ。
小塚は一切の挫折、苦悶、困難なしだって、「正しい継承者」として立派に使命を果たしたはずの男だから。
彼には本物の土性っ骨がある。小塚はタフなリアル・マンだ。
いらざる苦しみなどなくても、彼は最初から王者だった。
偉大なレジェンド、フィギュアスケートの申し子、そんな「かけがえのない立場」すら「選びなおした」今だからこそ、小塚は強い。とてつもなく。
……以上のような手紙をさしあげた場合、おひとりで読ませるのはあんまりだ、と記事にしようと思いました。
ビックリするよね、こづwwww
でも、私は自分が間違っているとは思わない。そして小塚こそが王者なのだ、と言わないとわからない人もいるからして、大サービスでこのような記事に残すのでありました。
真央やおソトが出たジャパンオープンの客席にこづがいてね。華奢であんなにスタイルの良い美貌の奥様よりもスリムなくらい、やせ細っていて、泣いたよね。あんなにやつれた背中を見たことなかったから。男性には見えないくらい細かった。筋肉がすっかり落ちて、もとのやせっぽちの、目ばかり大きな少年に戻ってしまってね。白いシャツのせいでサナトリウムの入院患者みたいだった。太宰なら短編小説を四本は書くね。乱歩には見せるなってかんじです。
とはいえ、場内で販売しているわりとこってり系の食べ物を買い求めてあって、入れてあるビニールの手提げを後ろ手に奥様にすっと渡したのを見て「やだ、こづったらけっこう亭主関白ね!」とドキドキしたものです。声をかけないのに奥様がさっと手を出して受け取ったんだよね、こづは久美子先生と話していたから。「あー、奥様もスケーターのこづのファンだったもんねえ」と納得でした。
懐かしいなあ。
今インスタを拝見するとときどき身内ネタのスパイシーなことを剛速球で投げ込んでるみたいですが、こづは昔っから変わった子だったから、むしろこれだけ舌禍事件を起こさないのがすごいと思う。成長しておるwwww
これだけスケートがうまいということは、観察力がめちゃくちゃあるということだから。どう滑ればうまくなるかを理解し、わかり、実行する、緻密で精緻な観察力が人の何倍もあるということだから。
言わないだけで、あれこれ、ねえ……ウフフのフ、でございましょう。
そんなこづに、改めて。戻ってくださってありがとう。フィギュスケートの本来性を、世界から失わせずにいてくれて、本当にありがとうございます。こづがいなかったらほんとのほんとにフィギュアスケートは終わっていた。
恐ろしいことですよ。
大変長くなりました。言いたいことはただひとつ、世の宝、王の帰還、小塚崇彦に、敬礼!
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ザ・プレミアム「京都御所 至高の美の守り人」

NHKのザ・プレミアム「京都御所 至高の美の守り人」
2015年3月7日に放送された番組だそうです。
本家NHKさんの番組サイトはこちら
非常に面白かったです。
「あと2年しかない泥」の話が出ておりましたが2017年には「その泥」のストックはなくなっていたということで、今から見ると本当に胸が痛むことどもです。
京都御所は天皇陛下や皇族がたが「上京」なさる際や海外からの賓客をもてなす現役の場所であると。そこをいかに正確に綿密に美しく保ち続けているかという「技術者」たちの特集です。
歴史と伝統の最先端にいる皆さんに共通の、「伝統を継承するための挑戦」の数々に深く心を打たれました。歴史を正しく継承するために、最先端の技術の導入をいとわない。残すべきことは残し、伝えるべきことは伝えるが、そのために変わることを恐れない。
見ごたえがたっぷりです。
NHKがこういう番組作りだけをするのならなんぼでもお金を払いたいというものですが、あいにくとそうではないので私はテレビを捨てたきりです。
衣冠束帯のリアル気付けの場面はもう少し見たかった。担当者は昭和天皇の崩御と、ただいまの上皇陛下の御即位と、二度、その技術を実際に使ったということですがこのままだと三度目も四度目も訪れそうです。
人生で数回しか使う機会がない、けれども平安時代から継承されてきた技術を、「次の世代にそのまま伝えることが仕事なのかなと思います」とおっしゃったときの笑顔と目の澄みようにどやしつけられたような衝撃をおぼえました。
また、室内の手入れをする人は別として本来誰も立ち入れない、いわゆる三種の神器を保管していた部屋に、初めてテレビカメラが入ったという貴重な映像も見どころです。
細かく見ていくと「天皇の正当性を示すためのモノ」の取り扱いに「ん?」とひっかかりを覚えるようにできてますけど(笑)。
……明治天皇が京都に心から帰りたがっていたことも、御製をとりあげて触れていて、この番組は大変素晴らしいなと感じました。
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栃木の空は青く、サンクスツアーは激アツだった その2
これはめっちゃどうでもいいことで、個人的メモランダムと申しましょうか、サンクスに行くにあたって経験した旅の記憶のひとつです。
車中でヘンなものを見かけました。
特急が止まる駅と某駅の間の民家で、超巨大猫を目撃しました。車中から見てぎょっとしたのですが、二階建ての民家とおぼしき、まあ普通のおうちの二階の窓が、建物の横幅いっぱいくらいに大きくて、その二枚のガラスをふさぐように猫ちゃんが立って外を眺めていたのです。白地に、薄い茶色の、いわゆるオレンジ、みかん猫みたいな茶色の大きな円形の模様がいくつかあり、わりと細身でしっぽが長く、猫背ではなくて「兀」の字みたいに背中が平らで、四本の脚で体を支えて外を眺めていたのです。
デカすぎるwwww
ええええって思わず身を乗り出してのぞきこんでしまいました。が、東武鉄道さんの特急は迅速に猫ちゃんを置き去りにして飛ぶような速度で進んでいきます。
「今の何……????」
座りなおして懸命に思い出す、お猫様だよ猫だった、ぴたりと静止していて微動だにしてなかったけど、短毛なりにほわほわした柔らかそうな毛並みとか、小さめの顔から飛び出した立派なおひげとか、生きているものとしか思えなかったし、立体感がちゃんとあった。だいいち、もしあれがステッカーとかポスターなら窓ガラスにもっとぺったりと貼りついて明らかに作り物感があったに違いない。
そもそもあのような印刷物?を窓辺に掲示する意味は???「我は猫派なり」と宣言する意味なんかない、よね?
もう頭の中は「?」でいっぱいです。
出発から到着までずっと窓の外を眺めていました。栃木県民の皆さまのお住まいは、なんというかフリーダムで、意匠もスタイルも建築様式も千変万化のありようで、好き放題に建てている印象です。
いろんな不思議なおうちを見ました。日本じゃないみたいな一帯もありました。
なんというか、初めて足を踏み入れるどきどき感を上回る謎めいた雰囲気です。
そもそも栃木との関係性は毎年「栃木の苺」にお世話になるくらいで、接点がありません。
日光も行ったことがない。車窓から見る栃木県は降りて探求したくなる謎がたくさんありました。
サンクス出雲のときも、雨中で自宅の屋根めがけて散水するお年寄りとか、不意に「あなたの願い事は神様がきいてくれますよぅ」と宣言してくるお年寄りとか、謎めいたことはありましたが、今回もどうしよう!猫がでかい!とか騒ぎたいことがいっぱいでした。
日光の駅に到着後、当然「日光はけっこうですな」とつぶやきつつ(当然なのか)、「空が青い」とびっくりして、ずーっと眺めていました。青い。なんだか目にしみいるように青い。初めて空の青さに気づいたくらい、青い。
とはいえ、駅前で懸命に撮影を試みると何度やっても空が紫色になる。

あれでしょ、露出とか色調補正とか光の進入角がどうとかのアレでしょ、知ってる。直せないけど。
意地になって撮影しましたが全部紫。朝九時台なのにwwww 私の腕のせい。知ってる。
あきらめてうろうろし営業している店を見つけてアットホームな路面店(意味深)でカフェオレをいただいてようやく人心地がつきました。
観光名所のはずなのに誰もいない一瞬があり、こういうときは必ず何かが起こるので、人の気配が恋しくて、あのお店が営業してくださっていてよかったなあと心底思いました。
カップをちゃんと温めてあったらしく、飲み物の温度は最適なのに、寒さに震えている手にはカップがいつまでも熱くて気持ちよくて、ミルクがめっちゃおいしくて、うかがえば牧場があるので乳製品が豊富で美味しくておすすめですと、。
その店にいた小さな小マルチーズさんが、どういうわけか私の手を舐め消す勢い(そんな言葉はありませんけど)でいつまでもいつまでも舐めているとか「どうやら相当なことがあったらしく」、店中に観光客への警告・注意文が掲示されていて、それがとてもにこやかに、でも逆らったら消すからなと言わんばかりの「過去のおぞましい事件の蓄積による警告だ」と明らかに見て取れて大変恐ろしかったこととか、店員さんがいきなり誰もいなくなり、カップと共に取り残されて、なんだか夢の中にいるようでした。
人恋しくて入った店で親切にされたのも束の間、また無人。このあげさげはなんだろうwwww
飲み物をありがたくいただいて、料金は支払い済、「ごちそうさま」と声をかけてから表に出ると、なんということでしょう。目に染みるような青と紫、そして白。



道っぱたのフェンスにまきついた、まあ雑草ですよ、路地ものですよ。それがなんとも美しかった。
今回、真央ちゃんはじめサンクスメンバーに宛ててしたためたお手紙に、まさにこの朝顔・昼顔のびんせんを使っておりましたから、なんとなく嬉しかったのです。
真央友さんと駅で合流して、会場へ。
バスを増発していただいて本当にありがとうございます。
乗車直後に「本当にスケートリンクに向かっているのか」「もしや全員、山賊のアジトに連れ込まれ人知れず栃木の土にされるのか」と一瞬思ったほどいきなり山中に突入し、こじゃれた喫茶店やレストラン、ロッジなどは「天狗のしわざに違いない」と思えたほどの「山」の中。
緑が濃い。空気がうまい。大自然がいっぱいだあ!
会場の待機列で気づいたこと。
とんぼがデカいwwww
肥っている。
胴体がまるまるしている。
人間をぜんぜんおそれない。とまりまくり。人間のほうが侵入者。人間のほうが新参者。
栃木、とんぼ天国か。
刺す虫に全然おそわれなかったのは、日中だったせいもあるかもですが、とんぼの皆さんのおかげも被ってのことだろうと。ありがとうとんぼ。さようならとんぼ。
こんな山奥のリンクに通うなら、意地でもうまくなるはずだ。めちゃくちゃ大変だもの。
これは至急、近隣に常設の宿泊施設とホットスナックを販売する屋台を出すべきではあるまいか。とよけいなことも思いつつ。
ランチにいただいたエビフライ定食。
海老に顔がついていて、まるでこれは三峯神社の「あまえび」のよう!!!(この世で二人しかわからないネタですみませんwwww)
つぶらな瞳で私を見上げてくる海老たち。頭から丸かじりしましたけどね。尾も残さず。
サンクス前夜に「あーエビフライ食べたいなー」と思っていたので満足です。かりっとしっかり揚がっていて、一皿で二日はおなかがすかなくなるやつです。やったぜ。
で、メニューの見本どおりなんですけど、お皿の手前に「謎の空白」がありまして、「こんなにスペースがあると無良くんなら4T決めるよね」と思いました。もうちょっと全体を手前にすればよかったのかな?

おいしかったなあ。
帰りの電車内から撮影した栃木の空。



もっとずっと青かったです。
最後にデレてくれた栃木。
たくさんの河を越えて往復した栃木。
そういえば日光のアレ関係で仕事をしたことがありますが、現地に行かずあれこれ申し上げていたけれど(そして満足してはいただきましたが)やはり「現地」を知るって大事ですよね。
探求しに、通いたくなりました。
真央ちゃんのおかげでできた奇妙な体験。ここにはアップしませんが、いろいろあって楽しめました。
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栃木の空は青く、サンクスツアーは激アツだった
強運の持ち主にまたまたチケットをお譲りいただき行ってまいりましたサンクスツアー栃木!
空が青かったです。実はわたくし、日光は初めて行ったのですが、駅から出たとたん、空全体が薄曇りだったにもかかわらず、チラ見えしている空が実に実に青く思えて感動しました。
ああ。
久しぶりのサンクスです。江戸川のリンク以来です。
その間に真央ちゃんの激・多忙ぶりがだんだん伝わり「どうしてぶっ倒れないで涼しい顔でそんなスケジュールをこなすことができたのだろう」と世間ならびにわたくし自身が震撼したわけですが、「火が、ついたんだろうなぁ」「あれだけの激動の時間を過ごした真央ちゃんがただいつもの繰り返しで終わらせるわけがない」と予想はしていたのですが、が、が、ですよ。
真央ちゃん、怖い(笑)。
なんであんなに上達できるの?
どうしてあんなに伸びしろがあるの?
以前、申し上げたことがあります、「浅田真央、まさかの大器晩成型」と。
いつだって最高の、頂点の、限界以上の素晴らしさを見せ続けてくれたのに、「過去の浅田真央」を軽々と凌駕して、それどころかなかったかのように楽々と「最新の、そして最善の浅田真央」を見せてくれる。
真央ちゃん、あなたという人は。
怖いです。まだうまくなっている。まだ、技術が伸びている。なんなんでしょう、このお方は。
もうね、「ノブオ!急いで!」とマスター・ノブーオを召喚ですよ。信夫は今とっても忙しい、後進の育成で、久々の男子を伸ばすのに忙しい、わかっちゃいるけど「見ろ!真央を!」と絶叫ですよ脳内で(何者だおまえ)。
真央ちゃん。
またしても、またしてもですよ、スケートがうまくなっている。もっとずっと先にひとりでどんどん進んでいる。
いや、ひとりじゃない。仲間と一緒に、キャストと一緒に、みんながみんな、進化している。
なんなのこれ。
サンクスツアーってこんなに面白かったっけ????
正直な感想です。まるで生まれて初めて見るかのように、ただただ「面白かった」のです。
なんなんだこのショーは。ショー自体が生きている。育っている。進化している。…変わり続けて102回。
そうなんです。
今回、会場にマオメーターが初お目見え。サンクスツアーですからサンメーターでしょうか。
かの偉大なる、あまりにも偉大なるイチローさんの打数を視覚可した、熱心なファンによる「イチメーター」と同じように、ピンク色の「サンクスツアー開催回数のカウンター」がついに客席に登場です。
最初「なんだ?」と思ったのですよ。点数?ラインID?「ここにアクセス!」(まさかwww)
そして「マオメーター!」と気づいた瞬間スタオベですよ。どなたですか、ナイスすぎます!今度いっぱいおごらせてくださいwww
ああ。ナイスすぎます!
※「サンクスメーター」とわかりました!

https://twitter.com/ainaichieko/status/1172753395792281601 より
ナイスです!!!
ねえ真央ちゃん!記録を伸ばしましょうよ(笑)。せっかくだから「1000」回、越えよう?
なんならこっちは毎週開催していただいたっていいんですから!通いますから!ええ!ええ!
真央ちゃん!!!!
こんなショー、どこにもないよ!こんな極上の、とびきりすごい、超一流のエンターテイメントショーはどこにもないよ!
ブロードウェイに持っていくべき!!!!
いや、もう、日本中、世界中、回ろう?回ろう?
もうね、語彙力ゼロです。アホの子です。
ナイスアイスショー!バルク!切れてる!(それはボディビルwww)
真央ちゃんの、音はめの気持ちよさとか、完璧な円から円への移動とか、あるべき場所に手足がある、美しいうえにも美しい美麗ポジションとか、絶対にミスらない完璧ジャンプとか、全身全霊から発散される「感謝」をカタチにした、物理攻撃とか、もうね、すごいことになってます。
感謝の暴力。感謝のタコ殴り。こちらが細々と抱えて集合した、ちっぽけなありがとうなんて思いっきり吹き飛ばされて、気づけば真央ちゃんはまたしても、決してお返ししきれない、圧倒的な、膨大な、濃密な、輝かしい、本物の感謝を怒涛の勢いで惜しみなく注いでくださって。破竹の勢いで場を清め、安らがせ、活気づけ、「生きていること」「生きている時間を共有すること」を、何も惜しまずにすべて与え切ってくれる。
あれだけの演技、あれだけの表現。どれほど練習してくれたんだろう。どれほど頑張ってくれたんだろう。
ラフ真央の5連なんて、最後の最後の、いっちばん疲れているときに、疲労のピークに達しているはずのあの、最後から二番目のナンバーで、あぶなげなく、余裕すら感じさせて、完璧に実施してます。当たり前のように決めてくる。
こんな当たり前じゃないことを、爽やかに、美しく、笑顔と共に「感謝の形」のひとつとして。
(※この記事をアップ後、 6 連 を決めたという情報がwww)
天使ですか、女神ですか、菩薩ですか、なんなんですか。
「人がこの世で持つことができる、もっとも純粋な感謝のカタチ」を、「生きている」。
真央ちゃんはすごい。すごすぎる。
好きとか応援とかもうそういう次元じゃなくなっている。真央。真央、ありがとう。
それでね、めっちゃ面白かったんです。私、友人にも言われました、「まるで初めて見たみたいなリアクションだったよ」って。
そうなんです。忘れっぽいとかボケかかってるとかも、ないとはいえないかもしれない。記憶の中で少し薄れている箇所もあったのかもしれない。だけどね、私、幸運にも、今回でなんと9回目だったんです。アルソアさんのご招待のサンクスも含めてなんと9回。できるだけ、初めてご覧になる方に譲ったり「絶対行かねえ!」と宣言して断固として拒否した回もありました。だけど最終的に空席になってしまうから、と参加したり、遠いからやだやだとゴネていたら友人が車で運んでくださったり、「いいから見とけや」と神様がおっしゃっているかのように強制的に参加になったり(いやほんとです、必死に遠ざけたのにぐいぐい迫ってこられたんですよ)、それでも、おそらくすべての階、すべての方向からガン見してきた私ですが、その、必死に、懸命に見守っていたすべてのサンクスの記憶すら、なくしそうなほど「面白かった」のですよ。
これってなんなのでしょうね。
赤リチュは真央ちゃんがショールを追加したことで、江戸川までは従来の衣装だったと思うのですが、それ以後どのタイミングで変えたのか、今日の真央ちゃんは背中がぐっと深く開いていて、わき腹のところも赤い布ではなくて肌色の布地になっていた。そして足元のスリットが深くなり、ももまで割れて見えていた。
遠めだと素肌にもまごう”肌襦袢”に、深紅のショールがはらはらかぶさって、とてつもなく妖艶で。そして最後にショールを投げてのフィニッシュは本当に見事な演出で。
大好きなブログ SAKE of My Life!さんの、克明なサンクス観覧レポを楽しみながら、「真央ちゃんが、ショールをまとって、動作を変えてきた瞬間」の記事の衝撃を思い出しています。「とにかく何かを変えようとしている」という一文に鳥肌が立ちました。真央ちゃんが新たな挑戦をしている姿と、それを克明に、鮮明に、目の当たりにキャッチして、「わかってくれている」親戚の存在。
真央ちゃんに選ばれないエルニが、11連敗中で、本日めでたく12連敗になったことも、こちらのブログで知りました。そもそも「真央はぼくを選んでくれるだろうか」と本番中に観客に悩みを打ち明けるってどういうことかとwwww客に愚痴るキャストwwwエルニ、いいよいいよー!
その予備知識アリで見ていると、エルニのアピールタイムが異常なほどのオーバーアクションで、「エルニ、爆発するの図」だったのがよくわかるし(ほんとに爆発してましたwww)、四隅に立って客をあおるときも、エルニだけ客席ぎりぎりまで迫って行ってほんとにあおっているのとかwww
ねー。
だってねえ、エルニさん、おととし、想像できたかな、憧れの真央ちゃんとツアーを回って、一緒に滑って、かけがえのない大事なキャストとして信頼を結び、絆をつなぎ、一緒に滑るどころか今じゃ真央にリフトされているだなんて。そして真央に選ばれず本気でへこんでゴロゴロ氷の上を転がりまわるだなんて。
真央ちゃんは危機回避能力がMAXですし、なんというか「すべきことをすべきタイミングで完璧にしてくる人」なので、エルニを選ばないことにも何か意味があるのでしょう。私たちには計り知れないことですがwwww
いやー。面白かった。
そしてね、女性キャストの素晴らしさですよ。
理紗ちゃん。
正直ね、真央が開演2週間前にあんなに泣いて怒ったのは「りさ!まり!自撮りしたりおしゃべりしたり振り付け忘れたりして、単なるキャッキャウフフの場にしてたんでしょう、練習時間を!」と思いましたよwwwわかりませんが。
アホの女子大生!小娘が!きいいいい!!!真央がどんな思いで「お客さんは一生懸命来てくれるんだよ!」と泣いていたのか、わからんのか!!!プロやぞおまえら!!!!
と思っていた時期もありました。結構長いこと。ええ。
でもね、理紗ちゃんの大躍進に、今回本当に心を揺さぶられました。美しい…!!!!!
ダンスの特訓とか、何か特別なことをなさったに違いないと思うんですよ。動きが大きい。美しい。あるべき位置に手足がある。曲の世界を深く理解し、「あるべき姿」を演じている。動作が綺麗。のびやかです。
あんなに小柄で華奢なのに、大きく見える。目がいきます。
そして3連続ジャンプを決めてきた!
「若いっていいな」と友人は言いますがwww いや、若さだけではないでしょう。理紗ちゃん、あっぱれです。
もうね、ひとりの素晴らしいプロスケーターとして、ぜんぜん自立できますでしょう。「伝えたいこと」が見えてきた。理紗ちゃんの中に眠っていた「観客とコネクトするための、スケート」がどんどん目覚めてきた。「こうしたい」「こう滑る」が観客からの「そういう動作を見たかった!」とダイレクトにつながってきた。理紗ちゃん、すごいです。
この小娘が!きいいい!!とおこだったのが嘘みたい。理紗ちゃん、すごいよ。私は、無条件で河内理沙さんを尊敬します。頑張っただけ、それが見える。伝わってくる。伸び盛り。このままぐんぐん育ってほしい。理紗ちゃんもまた「夢のスケーター」のひとりとして、かけがえのない存在に、魚でいうならウロコが金色に変わり始めてきましたね。あっぱれです。
マラルちゃん。存在感がどんどん強まり、その美麗スパイラルで観客をうならせる。風格すら感じられる、そういえば、モンゴルのフィギュアスケート女子シングルを背負って立つ、モンゴル最強・最美のフィギュアスケーターでしたね、マラルちゃんは。
しなやかに、柔らかく、夢の世界に誘う腕。あの動きで、一気に「もっていかれる」のです。綺麗だった。今でも目に焼き付いている、丁寧に、誠実に、時に激しく、時に優しく、世界を抱きしめるようなあの動き。
マラルちゃんも変わりましたね。自信をもって「これが自分よ」と出し始めている気がする。個性を出して、それが全体の調和につながる、奇跡のような良い循環に立っている。見事です。
マラルちゃんのソロパートも、もっとたくさん見たいです。観客を夢の世界に連れて行ってくれるから。
渚さん。
群舞でも目がいきます。はっと心臓が驚くような鮮烈で美しい、妖艶かつ清廉なあの動き。月を模した発光体、美しくけぶる球体を抱きしめる所作に泣きました。赤ちゃんを抱く慈母のような、優しい優しいしぐさです。渚さんもきっと過去、あのように抱かれたことがあったのだろうか。真央ちゃんのご両親のように、親と早くに別離した寂しさを「我が子には味わわせないように」と暖かな家庭を創り上げていったように、渚さんのあたたかな優しさが、あの動きひとつで伝わってくる。
「心」が、どうしようもなくあらわれるのがフィギュアスケートの面白さです。どう隠しようもなく、「その人自身」が出てしまう。渚さんの清らかさと艶やかさと「あたたかさ」は、演技の隅々までしっとりと、優しく光を放っている。
ほんとに、ありがとうって、ただもうそれだけしか言えません。
綺麗だったなあ渚さん。
バナーが増えてましたよ~wwwそりゃそうだwwww俺たちの渚、いやさ、あたしの渚よ!となぜかドヤ顔ですwww
最初からすごかったんだから、渚さんは!!!誰にだよwww
ね、ほんと怖いの。大躍進。大躍進なんですよ、今もなお。
こんなツアーがどこにある。こんなキャストがどこにいる。
奇跡です。
「浅田真央という奇跡」が生んだ、奇跡です。
真央ちゃん、私、あなたの大きさ、いやさ巨大さを、まだよくわかっていなかったみたいです。
あなたは巨(おお)きい。本当に、真実、人の中央に立ち、「生きていることの素晴らしさ」「この世で時間を共有できることのありがたさ」「努力し続けることの大切さ」「感謝こそが、すべてだ」と教えてくれる人でした。
真央ちゃん。
ありがとう。
まだサンクス未経験者のためにも、そして複数回行くことで、どのような変化があったのかを、記録し、記憶し、私たちに伝えてくれる人たちのためにも、心からありがとう、と、そして「滑ることを通して、これほどの光と美と【絶対的な善】とを、世界に与えてくれてありがとう」と伝えたいです。
今日、もしかして、と昼公演後に友人がネットで見てくれました、立見席が戻っていた!でも、それはすぐに完売になり、私は「どうか楽しんでください、まだ見ぬ友よ、真央を通して【親戚】になった未知の心ある真央のファンよ」と嬉しくなりました。
複数回行ける人が、たった一度しか行けない人より、簡単に、楽にチケットを取っているわけでもないと思います。条件はみな同じです。万障繰り合わせて、他の何かを思うよりもサンクスを優先する、それだって毎回が困難との闘いだと思います。
全公演参加がマネージャーのまりこさんだけでは寂しいですよ。多く見たなら見たなりの、気づきがある。発見がある。それだけ回を重ねても、まだ新鮮な驚きがある。
進化し続けています、と皆さんに話すことができる。
だから、行ける人はどうか、行ってくださいね、奇跡ですよ、本当の奇跡ですよ、と私は改めて申し上げたいと存じます。
これほどにスケートを愛し、スケートに傾注し、すべてを捧げ続け、スケートを通して世界をこれほど大きく温かく活気づけ、喜びと感謝を伝え続けてくれるような人を、なぜ「正しい採点」でまともに評価しなかったのか、なぜ、金儲けの道具として、酷使し、いじめ、使いつぶし、嘘をついてまでおとしめてそれでよしとする狂った人間たちが存在したのか、悔やまれてなりません、憤怒は消すことはできません。
人類を代表するフィギュアスケート全権大使がいるのなら、浅田真央その人を除いて適任者は他にない。
ただ当たり前に、真央ちゃんがはらった努力に見合った採点をしてくれるだけでよかったのに。
今、「今」こそ、私は申し上げたい、「本当に」フィギュアスケートを愛し、信念に殉じ、強く正しく美しいスケートを滑り続けたのは誰だったのか。
真のチャンピオンは誰だったのか。
高い点数を取るからじゃない、順位が上だからでもない、私たちはずっとこれまで「浅田真央だから」好きだったんだ。
「浅田真央という奇跡」を、目撃できたことが嬉しかったんだ。
真央ちゃん、真央ちゃんのような人が本気で感謝を伝えようとし、それを実行したらいったい何が起こるのか。
「人間には、この世で純一無垢な絶対的な感謝の気持ちを、他人にそのまま伝えることができるのか」を、「できる」と証明してくれた、偉大な真央ちゃん。
本当に、ありがとうございます。
サンクスは、奇跡のアイスショーでした。これまでも、そして、これからも。
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・公開コメントで「メールアドレスが入力されているコメント」は削除します。
・「無記名コメント」は削除します。
・ブログ管理人からのコメント返信はランダムです。
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