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うたづくり



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需要があったら逆にすごいという超絶ニッチなものですが、やっぱり「ここからだよなー日本って」と思うジャンルに関わっていきたいので、自分でもとても楽しみです。

どんなご依頼がくるかしら、「やいやいやい、後水尾がドはまりした禅臭ふんぷんの仏道礼賛の歌をこさえてみやがれ、できるんか!」←怖いwwwwとか「織仁親王のこともときどきでいいから思い出してあげてください」とかいただくのでしょうか。どきどき。
各種の勅撰和歌集を読み返し「すげーすげーまじかよーやばいなぱねえ、なんだよこの傑作、イキスギィ!」と唸りながら、お待ちしております。

よろしくお願いいたします。




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日本人として生きるということ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2020/04/05 13:55

大宮の氷川神社



武蔵一宮氷川神社

大宮駅近くの参拝の利便性が高い場所にありながら、世俗化、観光地化のにおいが少ない神社でした。
森を擁する神社境内は空気がどんどん吹き抜けて、常に新鮮さにあふれている印象です。
ゆっくりと散策しながら、静寂とともに神域を楽しめました。
公共交通機関を使うから参拝は伸ばそうと申し上げたら車を出してくれた真央友さんには感謝しかありません。カーナビが謎の誘導をかましてきて恐ろしい中、本当にありがとうございました。執拗にとにかく今いる場所からどかそうとする謎誘導。車が実際には走行していない道路上からの指示を出しまくる恐怖誘導。狐につままれたような気持でした。


今回のいただきもの。御神札は撮影していません。
わたしは御砂が大好きで必ず「御砂はありますか」とうかがってあれば持ち帰るようにしています。表立っての案内がないところでもお清め用の御砂は用意されているところが多いようなので、皆さんもせっかくだからいかがでしょうか。使い道がたくさんありますよ。個人的に岩石が好きなので手元に置きたいというのもありますが。

いただきもの-2

薄曇りの空。拝殿に向かって歩いていくと、なぜか空をぐううっと見上げてしまう。天を仰ぐ格好に自然となっていました。

空-1

空-2

空-3

ご神体が山そのものである大神神社さんは御砂の使い方をたいへん細かく説明なさっていますよ。旅行用のボトル入りのお清め砂も発売なさったようです。通常の御砂5パック分入りとのこと。存分にブンまけますぞ!
神の分霊などと表現する間もなく「神そのもの」ですもんね、御砂は。というか神ならざるものは存在しないわけですが。。。



しだれ桜。

桜-1

桜-3

この桜、何かに似ている!と思って帰宅後、「完全に一致」なものを見つけて満足です。

ゴンタくん

さいごに振り向いて撮影。

通路-2

ただただ行ってよかったなあと。



さいごに神社とは対極の存在である、或いは現代の一部の人たちにはその機能や働きや「うみだすもの」が「神殿」にも該当するのかもしれない巨大建築物アークヒルズの中でお茶をしながら、しみじみと「ああ、いい旅行だったなあ」と思いました。

最後のお茶





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日本人として生きるということ | コメント(5) | トラックバック(0) | 2020/03/24 13:20

各地の神社参拝にあたって



〇〇一之宮、と「の」を入れたくなりますが武蔵一宮氷川神社、こちらにも参拝いたしました。
同じ日にうかがえるってありがたい。
車を出してくれて、ずっと運転してくれた真央友さんに感謝です。いつもさまざまな配慮をしていただいてますね。お世話になりっぱなしです。どうもありがとうございます。

もうひとりの真央友さんはわざわざ美味しい果物をむいてタッパーに入れて持参してくれて、おまけにこんな素晴らしいお土産を用意してくれた真央友さんにも感謝です。一緒に神様に会いに行くだけでもうれしくて楽しいのに、散策でつかれた体には瑞々しくて美味しい果物がしみわたりました。果物のことを水菓子と言っていた昔の人、ドンピシャだよ!と思いながらぱくぱくいただいてしまいました。

ohkみかん

美しいよね。美味しい食べ物って美しいよね。

こちらの真央友さんは料理の達人なのでコツをうかがいましたところ「いかに手を抜けるか考える」とのこと。達人!そのコツは上級者すぎます!わたしならたとえば「大根のかつらむき」をするシチュエーションで手を抜くなら「大根を使わない」すなわち「しない」という選択しかありません!包丁をよく研ぐとかピーラーでもええんやで、とかの目的遂行のためのナイス選択がでてきませんwww
そんなでもご一緒してくれる真央ちゃんがつないでくれたご縁は素敵なものばかりです。ありがたい。

氷川神社

目的は二個ありまして、明治天皇が遷都後にまっさきに行幸なさった場所なので、時節柄いろいろ申し上げたかったのと、こちらのお授けものが欲しかったのです。

めちゃくちゃ可愛くないですか。

いただきもの-4

この元号はイヤだあーと思う間もなく日付がにいさんにいさんでさらにアレというw

いやしかし、こちらの御朱印なんですが、春限定のきらきらしく微笑ましい桜Ver.な上に、なんと主祭神の御姿入りクリアファイルに、御神果(榮太郎さんのアメちゃん)などこれだけ全部で500円でお授けいただけました。

いただきもの-1

そしてわたしは気づいてしまった。こちらの咲守は「サンクス」と読める読める読めるwwwww

いただきもの-3

真央ちゃんに贈りたいなあ。この世のすべての善いものはすべて真央ちゃんにあげたくなる。真央友さんがくれたでけぇみかん(文旦ですか)そういえば川越総鎮守のほうの氷川神社さんにおわされます鈴木聞多(すずきぶんた)のみことに初めてお目通りした日にいただく文旦!ブンタさんとブンタン。いや、冗談ではなくてですよ、この日は奇妙な偶然の一致が立て続けにありまして、たとえば出発地点と目標地点の名称が同一とか、コトバや数字がもりもり合致するとか、「そういうこと」「そういう兆し」に注意深くありたい自分はヒャッハーとなっていたのです。ブンタン!今気づいたwww遅い、遅すぎる。
雨がやんだらアメをいただく、とかにも意味付けをしていくのが個人的に人生の醍醐味なんで、本当に面白かったのです。

そういえばサンクスもキャストの皆さんのブロマイドを作って飢えた親戚が持ち帰れるように販売品目に追加していただくのはどうだろうか。写真集もありがたいので第二弾、第三弾もお願いしたいが、特に真央ちゃんの巨大ポスターがほしいです。高画質なでかい写真が欲しいんです。ずーっと願い祈り懇願し続けておりますがいまだ実現せず。姫様の麗しいお姿をできるだけ大きく実物大に近づけて日夜ともに過ごしたいと親戚の皆さんならご理解、共感いただけるはず。

とまあ、参拝してウットリ清らかになったつもりでいたというのに一晩あけたらもうそのような欲望まみれのわたしですが、まあ生きるというのはそういうことなので仕方のないことです。

前置きはさておき、「大宮のほうの」と目当てにしていたら「大宮市がなくなっている」ということに当日気づくウッカリぶり。
「なくなる」て。
どえらいことですよこれは!とみんな大好きWikipediaを見てみたら、2001年にさいたま市爆誕にともないなくなっていたと。わぁ~19年も前のことなんだぁ~(震え声)。

こんなにかわいい市章をお持ちだったのに!桜ですよねこれ!時節柄ちょうどよかったのに!(※季節は4つある)

大宮市

「大宮市(おおみやし)は、埼玉県南部に存在していた市」って記述がヒンヤリしていて大変よいですね。怪談本のタイトル「間に合わない」くらいの怖さです。
で、ここで大宮市とともに「なくなった」浦和市、与野市についても知識を補充しておけばいいのにそれはしないでブログの記事を書き進めるわたくしですが、地名ってあんまり変更しないほうがいいと思うんですよね。区の名前にして残しますよ、ということですが、区には区の名前がもともとある。てか、地名は個別に「そこに何があったのか」を証拠だてることが多いので、無意味にあるわけではない。
その「意味」をあとからたどれなくなるのが一番怖い。もったいない。と個人的には思います。
古い地図を見ることで「ええええ!」という発見がよくありますし。
「東セントレアかよ!」と暴言を吐きながら車で運ばれていきました。

そして突然ですが大宮の氷川神社さんのナイス対応です。

おわかりいただけただろうか・・・・・・

竹-1

なぜボケるwww

竹-2

こちら、手水舎の柄杓をなくし、竹にまきつかせたビニール管から水がぴゅーっと幾筋も噴出しているんです。
細くて気持ちの良いミニシャワー。これには大変感銘を受けました。
時節柄、こういう配慮は素晴らしいと思います。

水がなければ土、砂で。それもなければ「空気で」お清めもできますが、その情報はあまり出回っていないですよね。さらには水で清めるということそのものにも意味があるので、ないよりはあってほしい。でも感染は避けていきたい。ということで編み出されたこの工夫。

大宮の氷川神社さんは、いってみて驚いたのですが「観光地化されていない」です。そこが一番素晴らしい。

歩き疲れて「茶屋を出せ、出してくれ」とは言いましたがwww「美味しいお団子、焼き立てホカホカなお団子かまんじゅう、そこに一杯のお茶が今あれば!」「この商売っけのなさはいかがなものなのか」とは言いましたよ境内で。

だけと、「神社」の要素だけしかなくて、聖俗の区別がしっかりあって、商業的な施設や看板がないことの気持ち良さが、後になればなるほど思い出されて仕方ありません。

清らかで、「太い」強さがある。なにか強靭な「揺るがなさ」がある。そりゃあ明治も何度も来ますわ、と俗人は思うのでありました。

樹木が太く力強く元気いっぱいに育っている。拝殿に立つまえに、樹勢につられるようにして、なぜか自然と空を見上げる。気がつけば天を仰いで素敵だなーと感動している。そういう、広さがありました。

何しろガッツリきましたからね。

「天皇」は京都では上賀茂神社、下鴨神社に崇敬をよせ、他のお宅のご先祖を「皇室で」祀るということを続けてきましたよね。簡単にいうとその土地にもともと住まう豪族の祖先神を皇室は自分の先祖どうように、あるいは自分の先祖として祀っていく。
関西では上下かも神社、関東ではそれにあたるのがこちらの氷川神社である、と。

越谷の氷川さんのほうは日本の二大権威である徳川、皇室のどちらかというと徳川より、こちらの大宮のほうの氷川神社さんは徳川の影響は残っていないのか、というくらい皇室よりな印象です。徳川家こそが江戸では最高の権威だった時代が続いたのでもっと色濃くスリスリしていた痕跡があるのかなあとぼんやり思っていたのですが、こちらの氷川神社さんは「独自性100」くらいの勢いで「それはそれとして」どっしりある。

もっとも、主祭神にスサノオとかお札を貼られている時点で、バリ皇室よりなんですが、「それより古くから生きている神様」がちゃんと息づいている感じがしました。そしてデカいw

皇室でちゃんとお祭りをしなくなったので各地の豪族のご先祖である神々に貼ったお札すなわち各時代の天皇だったり皇室で主張している先祖神話にまつわる登場人物だったりがほぼ剥がれて、もともとの地付きの神が「たちあがる」状態が、今だとわたしは思います。
これは弟宮が即位して元号が変わり、あらためて「各地の神々をどうするのか」を決定するまでは、「続くこと」なんですよね。「契約違反」「約束破った」状態が。

御神事を減らすについては次代の趨勢もだしがたく、皇室が貧乏になったからとか、当代の天皇がアレだったとか、戦争続きでそれどころではなかったとか、いろいろな事情、理由があります。でも、たとえば佐藤と名付けられた佐藤という大地に住まい、そこからとれるものを食べ、佐藤と名乗って生きてきて死ねば佐藤一族の祖霊に合体し佐藤神として祀られていた「神」に対して、たとえば応仁とか景行とかアマテラアスとか名前を変えて「そのように取り扱う」ことにして、「でも、神として扱うからね」ということでお祀り、信仰、イケニエは捧げます、という契約のもと、次から次へと「神の皇族化」がなされてきた。天皇家、怖いことをし続けてきたんですよ。もともとの土着の神に天皇の名をつけてそのように取り扱う。他族の先祖を我が先祖として力づくで塗り替えた。
神としての機能や権能や大きさはそのままに「我が先祖」とお札を貼った。神を神として取り扱うので、名前はどうあれ神のまま、自分の筋にすげかえた。これが効力を持つためには「そのときした約束を違えない」ことしかありません。シンプルです。霊の世界は約束事だけの世界ですから、決まったことは決まったこと。イレギュラーなことがあるとホットトピック、話題になります。

さらにはホトケという「外来神」も取り込んだ。長屋王、聖徳太子、それ以後のさまざまな怨霊は仏式で怒りを鎮めてきた。なんでも取り込むし、とりこんだ結果、とりこまれた側の力や機能を味方にしてどんどん使う、のが皇室のやり方です。

将棋です、将棋。さっきまで急先鋒で自分をぶった切っていたのに、一度取り込んだら機能、強さはそのままに味方の援軍になっていく。なんなら敵でいたときよりパワーアップしたりする。
でもそれは「将棋のルール」に基づいている。ルール違反は将棋では敗北です。

霊の世界でも、ようは「生きた人間どうしの戦い」が持ち越される。そのとき適用されてきたルールを生きた側が守らないとどうなるか。

ここで念を押しておきますが、氷川神社さんを始め各地の神社の中の人たちの振る舞いがどうこうということでは「ない」のはご理解いただきたい。あくまでもわたしが見ている各地の神社の「神様」の話です。

「先祖を偽る者は滅びる」の法則にしたがうのなら、現存する家系の中では世界でもっとも古いとされ、実際に「権威」や「文化」の総本家として政治、軍事、宗教、文化、芸事、「あの世」のスペシャリストを輩出してき、それらの専門家を擁していた皇室も、あるいはまた、と思います。

しかし、これだけ続いてきたものを、今壊す必要はないのだし、これだけ続いてきたものの、仕組みを変える必要もない。

天皇は、父親を天皇に持つ「男子」が即位する。これは絶対的なルールです。
そのような人間がいないときには「できるだけそれに近い」人間を選んできた。女性は中継ぎ、ピンチヒッターです。
「本当に」王朝を維持していくためにはそれしか方法がありません。

「日本」と「日本人」を大切に思い、健やかに育て、未来につないでいこうとしている「味方」は本当は誰だろう。

そのような探求を、「させない」ものはなんなのだろう。

どうして、天皇とか、神社とか、「よく生きる」というような「生きていく上での最低限の基礎知識」を、子供達から奪うのだろう。


いろいろなことを思いました。






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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2020/03/24 12:53

川越氷川神社



先日、真央友さんたちとご一緒に川越にある氷川神社を参拝いたしました。

川越氷川神社さん

当日は朝から雨模様でしたが、だんだんにお日様も顔を出し、戸外を散策していてもちょうどよいくらいの天候でした。
車内から。
1-出発-2

すこしずつ晴れていきます。

1-出発

都内の桜はピークをちょうど迎え、すでに盛りを過ぎたくらい。今年はとても早く温かくなった気がします。


川越は桜がちょうど満開!境内でも綺麗な桜が見られました。

桜-7-2

こちらは縁結びを推されていまして、境内の路面にこんな愉快なおみくじがありました。

「めで鯛」

めで鯛

悶絶していたら「あい鯛」が!

あい鯛

釣り竿が用意されていて、それぞれの鯛をひっかけて吊り上げるおみくじです。可愛いし面白いし、勢いがあるし、釣って帰るのは絶対楽しいと思います。

神社を出ると川沿いに長く続く桜並木が。
撮影がうまくなくて桜の美しさがちゃんと伝わっていないだろうことが残念ですが、とても清らかに明るく美しく桜が咲いていました。

桜-2

桜-1

桜-9


縁結びをうたいあげる場所だけに神社には若いカップルがたくさん参拝なさっていました。
こちらの神社にはたくさんの個性の際立つ神々が習合されておりますが、人から神にかむあがられたアスリートの顕彰碑がありました。

鈴木聞多((すずき・ぶんた)命(みこと)の顕彰碑

鈴木さん

鈴木さん-2

1936年のベルリンオリンピックに日本代表として個人100メートルと400メートルリレーに出場された短距離選手です。顕彰碑にも記述があり、Wikipediaの記載をご覧いただいても、一読、大変素晴らしい人物だったと驚かされる経歴です。当時の世界の短距離走の世界で数々の輝かしい記録を残し、人間性も優れていて、学歴も素晴らしい。

東京オリンピックの出場を目指していらしたところ、戦争で五輪開催が中止。中国で戦死なさっています。

自分が携わる競技に誠実に真摯に取り組んで、後輩の面倒もよく見、存命中から大変慕われていたとても立派な方だったようです。そのため、死後に神とされ、このように「いつまでも、陸上競技ある限り」「いやスポーツに取り組む人がいる限り」きっと守護、加護、保護をくださるのだろうと。

時おりしも、三度目に予定されている東京五輪、しかも聞多命が取り組まれていた夏の五輪がどうなるのか、偶然とはいえこの時期に参拝させていただいたことに深い感慨をおぼえました。

境内を仲良く歩くカップルの皆さんも、この顕彰碑を目にしたら、思うところはそれぞれにきっとあるだろうと思います。あってほしい。




出発前に赴いた靖国神社を思いました。神として祀られているたくさんの先人たちを思いました。
私たちはどう生きていくべきなのだろう。



撮影の腕どうように拙いですが、ブンタさんとの出会いに際し捧げさせていただきます。


慎みて鈴木の御神に奉る

すずやかに光る雨かにまがふほど敷き渡るべき花の香ぞ聞く
名を聞きて胸に降り積む山桜空にみたせり鈴の音のごと
今ぞ振れ桜にかけし神の鈴 音よ大かれ花よ多けれ


桜-8


御神札とこの季節限定の可愛らしいお守りをいただきました。

お守り





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日本人として生きるということ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2020/03/24 11:41

「昭和」について



元号「令和」がドイヒーだぁ!という記事を以前書きましたが、そういえばひとつ前の「平成」も過去に追号として使用例がありますからそれも記事に書きました。今回はふたつ前の「昭和」もどうなんだろうねえ、という話です。

わたしのようなド素人は黙ってろと言われそうなものですが、それについては「わたしのようなド素人には疑問を感じさせないのがプロの仕事なのではないでしょうか」とお答えしたいと思います。ほんとーーーに「わからない」から。なぜ!?なにゆえに!?と疑念は深まるばかりでございます。

わたしはどうも避諱(ひき)というものにこだわりがありまして、というのは日本の皇室はそもそも中国(※今の中共とは無関係なかつての超大国をさす。無関係というか王朝が変わる都度えらいこっちゃで文化が壊滅してきたのでひとつながりの継続した<文化>を維持できたとは思えない)からのモノを物質的にも精神的にも偉いさんというのは重んじた。法令を「外国語」で発布するとかすげえなあと思うわけです。メリット、デメリット両方あるし、メモ魔が異常に多かったので「歴史」ガチ勢の皆さん(※わたしは違います、歴史なにそれおいしいの派です。とりあえずかじってみようというスタンスです。そしてかじった結果をあれこれ言いたいというだけのド素人です、言わずもがな)によって史実、事実というものがきっちり確定されてきた。遺文、異本、欠本がこれほど多いのに、凄腕の学者の皆さんがひとつひとつ検証を重ねてきてくれた。千年前の記録を普通に理解できるってとんでもないことですよね。そもそも。ありがてえありがてえ。
天皇即位の儀礼でも江戸時代までは唐風の装束だったし、国家の根幹たる律令制度もまるっと引きうつしたし(※神祇官の位置づけは除く、と急いで付け足しておきます。あと科挙と去勢の伝統も除く)、そんな中で元号、というモノもずっと続けてきたもので、その意味や運用もたいへん興味深いと思います。

で、忌避なんですが、自分よりエライ目上の人の諱(いみな)を使うことを避ける、というもので、この世で一番エライのは日本においては天皇ですから、天皇の諱はなるべく避ける、と。

大陸では皇帝の諱を避けるために文字の形を変えてみたり、別の文字に置き換えてその文字の意を通したり、それじゃ大変だから使ってもいいよと許す皇帝がいたりしてなかなかに大変だったようですが、「漢字の数」が無数にある、と言ってもいいほどバリエーションに富んでいる日本ではこの「文字かぶり」にはあまり困らなかっただろうかというとそうでもなく。

「昭和」という元号については、皆さんもただちに思うことがあるのではないでしょうか。


Wikipedia より

『書経』堯典
百姓昭明、協和萬邦
→百姓(ひゃくせい)昭明にして、萬邦(ばんぽう)を協和す

昭和は旧皇室典範と登極令(皇室令の一部)による制度での最後の元号であり、1979年(昭和54年)の元号法制定の際、同法附則第2項により、「本則第1項の規定に基づき定められたもの」とされた。

「昭和」の由来は、四書五経の一つ書経堯典の「百姓昭明、協和萬邦」(百姓(ひゃくせい)昭明にして、萬邦(ばんぽう)を協和す)による。漢学者・吉田増蔵の考案。「昭和」が元号の候補になったのはこれが最初である。なお、江戸時代に全く同一の出典で、明和の元号が制定されている(「百姓昭明、協和萬邦」)。国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味である。

当時枢密院議長だった倉富勇三郎の日記によれば、宮内省(現:宮内庁)作成の元号案として「神化」「元化」「昭和」「神和」「同和」「継明」「順明」「明保」「寛安」「元安」があったが、数回の勘申の結果、「昭和」を候補とし、「元化」「同和」を参考とする最終案が決定した。一方、内閣では「立成」「定業」「光文」「章明」「協中」を元号案の候補に挙げていた。


第115代、桜町天皇の諱が昭仁(てるひと)です。
昭和天皇が124代なのでそれほど離れてはいない。たったの200年ほどです。これ、どうなんだろうなあと思うのですが、天皇の諱を元号につかうのを避ける慣例はおそらく明文化されていない。なんとなく、近いところでは避けたほうが、というくらいなのかもしれません。
歴代の天皇の情報をしげしげと眺めているわけですが、そもそも諱を使うなといわれたら10第崇神でアウトです。初代神武の諱がカムヤマトイワレヒコで日本書紀、古事記ともに神の字をあてている。さらにはわれらがあーやの「文仁」は112代霊元天皇の第7皇子に京極宮文仁親王がいらっしゃる。まるかぶりです。

で、つらつら考えるに、ここからは「邪推」と呼ばれる範囲だろうなとは思うので、「なんでそんなことしたん?」という疑問としてご覧いただければ幸いです。

桜町天皇と重ね合わせる必然性があまりないように感じられる。それよりも「時の名を名付ける権利」をこの世で唯一持っている「天皇」に対する「何らかの意趣」を先に立たせるならば、これはむしろ藤原基経の諡号「昭宣公」ではあるまいか、と思うのです。
絶対違うと思いますけど、「そうも読み取れる」元号を選んだのは選んだ人たちの責任です。「時の名」ですからどこからどう見ても問題ない「はず」のものを力の限り選びとらなければいけません。ド素人が変な妄想を始められるようなモノを指定するほうがいけないんです(言い切ったwww)。

令和には(わたしを含めw)批判続出で、典拠となる文献以外に用例アリなどというとんだことになりました。そういうスキを残さないためのプロの学者先生様の起用ではなかろうか。学者先生様は「え、それってこれこれの理由でヤバくない?」とただちに指摘されるようなぬかったことをなさっていてよいのだろうか。
よいのだとしたらなぜよいのか説明する義務がある。残念なことに昭和というのは、わたしが生まれたときにはすでに使われていましたから、誰にも何も言えません。こういうところで「どうなの」とぶつぶつ言うくらいです。

平成はヘンだったよ、に続けて令和はヤバい、になったので、改めて昭和についても書いておきたい。にーには令和なんて言われた瞬間、ざーっと青ざめてほしかった。「えっ・・・つなぎ認定?」ってそりゃ男子をもうけられなかったんだからそりゃそうだけど、でもなあ、あ・か・ら・さ・ま☆彡って血の気が引いてほしかった。なんですかにこにこ微笑んでいらしたとかで、「母が苦労しているところを見たことはありません」とかおっしゃる方は違うなあ、と嘆息しきりでございます。さーやも無責任ですと指弾なさいますわよね。あの優しいさーやが。

いやまあ元号に関しては宇宙で一番お詳しい家の方なのでわたしのようなモンの言うことになどカケラも意味はないのでしょうが、それにしたって、という中身が以下になります。

基経ってなんじゃらほい、と皆さんは思われるかもしれません。わたしだってなんじゃらほい、です。が、日本で初めて関白になった人、とか、四代の天皇に仕え(というか牛耳り)藤原摂関家の始祖として、その後の天皇家の始祖となった第58代光孝天皇と並び称されるとか、よりも、「阿衡事件のクソジジイ」のほうが通りがよいかもしれませんね。

ミッチーきたーーー!!!!

そう!のちの菅原道真失脚にもつながっていく、基経のクソジジイぶりがいかんなく発揮された「京都の御貴族様ってほんとコワイ」事件です。かわいそうな宇多天皇。そういえばここでもちょっとした字句の解釈で因縁をつけられて天皇が詔勅取り消しの詔勅を出すというマジで前代未聞のやらずぶったくりぶりを見せたアレです。ミッチー(いやミッチーいうなし)は堂々たる論陣で「そこまでねばると後世ユヅリストって言われちゃうよ」的な「あなた方一族のおためになりませんしお寿司」とかばうわけです。「詫びたんだから島流しまで要求するってそれなんて鎌倉FM事件」ってね。

昭という字は、あきらか、明るい、はっきりしている、という意味だそうですが、基経に「はっきり大声でものをいうオッサンだよね」という意味の名前を死後に送るってすごくないですか。京都すげえ。てか怖いwwwww

藤原氏というのは、自分の娘を天皇に嫁入りさせて、自分の孫を皇位につけて牛耳っていくという外戚関係を上手に操り、皇室という黒松にまさにまつわり、まとわり、ぎゅうぎゅう巻きにし続けた藤のような一族です。何筋にも枝分かれして「どれかの家は残る」ように見事に動いた。藤原が残りさえすればどこの家かは未関係、くらいのある種節操のなさで生き延びた。家の中でも格付けをして血で血を洗うのはお家芸。さすが京都(※個人の感想です)。

このイチャモン、この裏切り、この変節には宇多天皇も「信じらんない!なにあのクソジジイ!」と日記に書いちゃうくらい怒ってます。かわいそう。

でもまあ基経は藤原家の根幹を安定させそののちにがっつり皇室を支配下におく陣立てを完成させたわけですから、某F家(なぜここでイニシャル表記)からしたらありがたいご先祖ですよね。そりゃあ道長も勝ち誇りますわ。

今、小和田家がそれを目論んでいるようですが、「愛子を天皇に」の発信源が雅子氏の実父、と週刊誌に掲載され、「知ってた」とあちこちで頷かれたり「時間がないからあせってるねえ」と嘲笑されたりしてますけど、思いっきり危惧しなきゃいけない非常事態dすよね。万世一系なめんなって話です。女性を天皇にして男性配偶者を迎えると、その男性配偶者の親もあわせて祀らなければいけなくて、万世一系ではなくなります。たとえば今の中共首脳部の子息と女性天皇を結婚させたら、中国は日本と天皇を共有できる。生まれたハーフの子を即位させれば王朝乗っ取り完成です。実に簡単なことなんですよ。壊すのは一瞬です。
皇室内部にこそ大変な事態が進んでいる。たとえば秋篠の大姫様にはどうあってもKKとは別れていただかなければなりません。あのような人間が天皇の義兄になる可能性がある、ということを思えばわたしは恐怖で身がすくむ。大姫様、「逆差別」はやめていただきたい、と言わずにはいられない。単純に、不幸しか見えない未来が心配でもある。一般人でもお断りな人間をなぜよりによって選ぶのか。本当に気の毒です。2020年に婚約、結婚というスケジュールは時節を考えてもおかしいでしょう。「まだ婚約すらしていない」のですから、引き返すならお早めに、と申し上げたいです。

モッチーこと基経のこの漢風諡号をもしもあえてもってきたなら、その意図というのはなんなのでしょう。絶対ありえないんですが、もしもあえてとするのなら、明治によって一時は遺棄された、といってもいいほど衰退した京の都と、そこに残った公家たちからの意趣返し、「おまえがみかどでいられるのも、藤原摂関家を中心とする貴族社会があればこそ」ということではないでしょうか。「忘れないで公家社会」が主眼目だと思います。明治は公家があんまり騒ぐので二度目に出立するときに「遷都やないんやで」って言い残しましたからね。遷都しましたけど。初めて富士山を見た天皇、明治。

わたしも今の天皇さんにはご一家で京都にお戻りいただくのが一番いいと思います。なんですか文化庁も京都移転、観光にも力点を、というのならせっかくですから京都御所にお住まいいただき、日本の伝統文化の復興と隆盛にご一家一丸となって、と思いますよ。ええ、ほんと。

明治ののちに、みかどが京(みやこ)にもどられるように、ザ・歴史、ザ・皇室の大きな役割を果たしてきた藤原家の始祖のおくりなを元号にする。ないことではないと思います。忘れないでキャンペーン。
まあそこには続けて「誰のおかげでおまえんちがこれほど長く続いたと思ってるんだ」「どうせ北朝の子孫のくせに」までいくとほんとに怖いのでそこまででは、と思いたい。でも今それを言えるのってそれこそ冷泉家の方とかそういう・・・きゃー!尊敬してます!冷泉家!ほんとにすごい!天皇があいさつに来る家冷泉家!「うたのいえ」として今の天皇のうたについて手厳しいダメ出しをぜひ!霊元さんもGoGo!とおっしゃるはず!御文庫、1冊ずつ集めてます!高すぎて全部一気には無理なんで!ありがたいです!ザ・日本!

チーム・明治によってほぼ遺棄された公家社会と、それに代わって入り込んできた武家社会。とはいえ徳川家の先祖代々の墓をただちにドケロと言われて泣く泣く移設した上で暮らすとか、そりゃこっちはこっちで「東京五輪、二度のキャンセル」なる都市伝説も出ようというもの。でも徳川将軍家だけ見ていくと正解にはたどりつかない。やっぱり天皇を主軸において見ていくほうがよいと思う。

いろんな符号があちこちであってきました。わたしがまだわかっていないだけでいっぱい、いろいろギャー!なことがあるんだろうと思います。あといくつ悲鳴をあげられるんだろう。がんばって面白がっていきたいと思います。

過去に幾多の「家」が皇室に入り、支配し、制御してきた。しかしどの家も消え去った。残ったのは皇室だけです。
古くは蘇我、葛城、源、平、藤原、小和田。
滅ぼそうとした神武のナガスネヒコも入れときましょうか、第二次世界大戦後の連合軍も「天皇」は消せなかった。教育によって「方向性」を強制することはできたけれども、「自分で考える頭」のある天皇は「日本」と「日本人」を第一に考え、感じ、行動してくださった。
さきの天皇陛下が見せ続けてくださった姿は、あらゆる条件、制限を超えて万人の胸を打つ。

明治とそのブレーンによってあまりにも急激な変化をもたらされた近代日本において、わたしたちは「天皇の姿」を目撃するチャンスをさまざまな形で与えられた。異常な時代だと思います。異常な機会に恵まれた時代だと思います。

そして、にもかかわらず「天皇と自分」との関係性を考える時間は与えられない。なんとなく代替わりしなんとなく元号が決まりなんとなく「えらいものなのだろう」であらゆることが過ぎていく。

「それ」がわたしは一番怖いです。だって、もう、昔とは時代が違うんだから。天子様のことなんか人生で一度も意識せずとも生きていけた時代ではないのだから。外交プロトコルが体に入っていない皇后モドキを外に出して非礼があったらどうなるのか。病人は療養させてあげないと、そちらのほうが非人道的ではないのかと人権にビンカンなどこやらから横やりが入りはしないだろうか。ドキドキです。

天皇の役割は霊的、肉体的にふたつあるのではないでしょうか。
レガリアの管理・保存と、Y遺伝子の保存・継承です。
昭和天皇ははっきりとそれをおっしゃっている。
昭和であるにも関わらず、といいましょうか、それゆえに、といいましょうか。

令和というお札を貼られた家の人は、三人が亡くなったら消え去ります。なくなる家です。弟宮のほうは違う。続けて「いける」家なんです。日本の神々が選んだのは弟宮のほうだった、という、それだけの話です。神意をなんと心得るか、と一喝されずとも、当たり前に「そう」なんですよ。そういう家にKKは入れてよいメンバーなのでしょうか。わたしにはそうは思えません。

ざっくりと三千年近く続いてきたこの仕組みを変える必要があるのでしょうか。
鎌倉以来、メンバーはどう変わろうが続いてきた武家政権すら800年もたずに消え去った。
「天皇」という存在だけは、この世で一番ながもちした仕組みです。変える必要、失くす必要がありますか?
変える理由、失くす必要がわからない。
皇室制度に変わって三千年もつ仕組みがこの世にひとつもない以上、このまま保持し続けることになんの問題もないと思う。

そしてこのように表層1ミリをかじだっただけでも「ひえー」と思える「歴史」がある。すごいことだと思います。

あと、「和」で終わる元号を集めたときに、ある法則で漢文よみをすると、某女性天皇がほにゃほにゃする、というアナグラムがあることをさっき発見したのですが、そちらもいずれ記事にしたいと思います。

ちなみに、以前からもっている持論として「皇室まわりに和という名の女があらわれると歴史が波立つ」というものがありまして、小和田のワもそうだよね~と数々の前例をもとに震えあがっております。和子にご用心!ですな。
この場合の和子はわこ、=赤子、男児、ではなくてそういう名前のお方です。

昭和の和、令和の和、頼んでもいないのにどうして使うし、ということです。

あと「いわ」という名の女もですね。

このあたり全部まとめて記事にしつつ本にもしておきたいところです

「令和」が最低すぎて、元号というモノを使って誰かが遊んでいるような、いないようなwwww

わかっててやったのならフンガー!ですしわかってなくて真実、偶然で令和なら、どんだけだよ「ことのはのさきわうくに」は!ということですね。どっちみちヤバイ日本語ヤバイ。

ということで、皆さん!日本ってすごいですよね!という話でした。
おまえの妄想がすごいよwwwとセルフつっこみをしておきます。





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平成の次の時代 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2020/03/13 13:13

死者だけに任せてはいけない



東日本大震災の激甚な被害を前に、「こんなときにスケートなんてしていていいのだろうか」と立ちすくみ、食事ものどを通らずにやせ細った浅田真央が、やがては「今の自分にできること」として「スケートをがんばり、自分の演技に思いを託して被災者の皆さんと一緒に生きる」ことを示したのが清冽、清澄な祈りの舞、ジュピターでした。

「なぜ?」「悲しい!」という、その発動の前にはひとたまりもない大自然の動きに対する、怒りと悲しみと、嘆きと痛みと、「それでも」生きていこう、「善く生きていこう」とする決意の舞。

あまりにも清らか、透明、そして何よりも力強い「意志」が見事な演技でした。

浅田真央が始めた「支援」というのは、たとえばサンクスツアーのグッズ販売による収益は寄付という形をとり、被災者のみならず聴覚障碍者のために音声実況つきでショーを楽しんでもらうなど、さまざまな形で大きな広がりを見せています。

もっというなら全国各地で「真央ちゃんの演技が見たい」と切望していた「親戚」たちのために、「できるだけ幅広い年齢層に、できるだけ近くで、できるだけ安価に」自分のスケートを見てもらおうというサンクスツアーそのものが、「みんなのために」始められたアイスショーでした。

浅田真央という人は、不思議な嗅覚を持っている。「そのとき一番にやるべきこと」を必ずしてきた。必ずしている。「やるべきことから一歩も引かない」その姿勢は、どこからその強靭さを引き出してくるのだろう、と驚嘆させられるレベルにある。

本人の発言である「浅田真央であることからは、逃れられない」からすると、「自分自身であること、そしてあり続けること」を引き受けた自覚もすでにお持ちのよう。

「自分自身であること」が、これほど強く、正しく、美しい例というのは浅田真央において真実、驚天動地の出来事であり、まさに「英雄」である、と思うゆえんであります。

その祈りをこめた静謐かつ強靭な、超絶技巧のスケーティング技術と、確かな美意識に裏付けされた「一個の美術品」として表現されたジュピターを、安易かつ実に醜く模倣した人間がいる。

浅田真央がかつて所属していた公益財団法人日本スケート連盟の副会長、荒川静香です。

荒川は、現役時代にISU公式戦、すなわちフィギュアスケートの公式戦で浅田真央に勝ったことは一度もない。日本国内でどのような採点操作があろうとも、海外のジャッジが入る試合では、ジュニアあがりの浅田真央にただの一度も勝てなかった。

当時、「女帝」と自称し周囲もそのやらずぶったくりぶりを認めざるを得なかった城田憲子に「真央ちゃんと比べないで!」とブチ切れるほど、浅田真央との比較というのは、彼女にとって屈辱だった。

その荒川が奮起して、勝とうとして勝ったのが世界選手権であり冬季五輪だった。勝てる力はあった人です。ライバルのミスによる棚ぼたメダルだったと評する向きもありますが、落ちてきたぼた餅をかっさらえる位置にはぴたりとつけていた。トリノ五輪、ショートもフリーも自己ベストで勝っている。旧採点でも新採点でも、世界の頂点には立っている。

だからこそ、後輩の育成を、とならなかったのが荒川です。彼女の迷走ぶり、というか自己保身、自己顕示、自己愛の肥大ぶりを私はずっと見てきました。

いろんな話も聞いています。話半分だとしても、それはないわ、と思うことの羅列です。

そして、ジュピターのパクリ。

死者を愚弄する行為、と指弾することは簡単です。私もそう感じます。しかし、無念にもとつじょ、自分の日常を奪い取られ、「次の朝」を迎えることなく、不本意に、理不尽に、あまりにも突然になくなって行った多くの方に、その指弾を任せることは許されない。

死者は、死者です。これほどの激甚な被害を受けて亡くなっていった方たちに、荒川の行いの始末まで、要求することはできません。してはいけない要求でしょう。死者はまず、誰よりも死者自身の幸福の追求に専念していただきたい。そのためのわずかな一助ともなれば、と、生きている者は祈り、願い、悼むのです。

生きている人間の愚行は、生きている人間が、落とし前をつけなくてはいけません。

私は、荒川のために、荒川のふるまいを悲しみます。彼女のしていることのダメさ加減を彼女にはっきりと指摘する、親しい人間がいないことも、彼女のために悲しみます。
まともな人はみんな去ってしまったのだろうと思うからです。

人がなぜ、みんなで集団を作って過ごすのか。私たちはなぜこのように群れて社会生活を営むのか。

私は、浅田真央がいうように、「どんな困難でも、みんなで助け合って、力をだしあえばきっと乗り越えていける」ものだからだろう、と思います。

どんな悲しみも、苦しみも、痛みも、悩みも、慟哭も、過ぎてしまえば過去になる。しかし、「過去にするかどうか」「過ぎ去ったものとして取り扱っていいのかどうか」を決めるのは、当事者でなければいけません。

当事者だけが「それをどのように自分の人生の中に位置づけるのか」の決定権を持っている。

だからこそ、「不動の人気を誇る浅田真央が、名振付師ローリー・ニコルと共に鎮魂のために創り上げた芸術作品」を表面だけ真似てウットリしていた荒川静香への怒りも悲しみも、なかったことにはできません。

荒川は、「そんな人間」であることを決定的に世間の前で披歴した。もとより「そういう人間」ではあったのだが、「してはいけないこと」をする人間、と自ら証明してしまった。

そのことの本当の意味すら理解せず、荒川は今日も五輪金メダリスト様でござい、スケ連副会長様でござい、この部門では日本で唯一の女子シングル金メダリストでござい、と鼻先にぶら下げて生きていくのでしょう。

阪神淡路大震災も東日本大震災も、東京大空襲も、ありとあらゆる愚行、悲劇、無残な出来事は無数にある。その中にあって、ではどう生きるのか。

どのような未来を望むのか。
そしてそのためにどう動くのか。


それは、目に見える大きな悲劇に出会わずとも、一瞬一瞬、私たちは「自分の頭で」考えて「自分の心で」決断できる、本当にたいせつな、「生きること」の意味の筆頭に置くべき事項ではないかと思います。

死は悲劇である。たしかにそうです。ことに、望まない死、不意の死、暴力によって、疾病によって外からもたさられる死は、悲劇です。

しかし、私たちは生まれてきた以上、必ず死にます。父と母は生と死と、ふたつの贈り物を我が子に託す。逃れられない死が、唯一平等なものだとしたら、与えられた条件の中で私たちは日々懸命に生き、真剣に思い、「よい未来」を創り上げていくべきなのではないでしょうか。

だって、がんばっているほうが楽しいよ。努力しているときのほうが面白いよ。

知らないことを知る、見たことがないものを見る、会ったことがない人に会う。それらはすべて、どのような出会いであろうとも、新しい発見の旅、新しい未来の道です。

未知は、道。


浅田真央という稀有な英雄によって見せられて、魅せられて、満たされて、選び取ろうと決意させられた、未知の道。

善く生きる、ということ。
みんなのためになることをする、ということ。

感謝を、伝えるために、努力するということ。


選びとったのは自分ですが、最初に取り組んで、やってみせてくれたのが真央ちゃんです。私にとっては、そうです。

生きてある限り、できることはある。

そしてやるべきことをしているときが、人生は一番面白い。

拓けていく。


より大きな命の中では、やるべきことができなくても、みつからなくても、そもそもそのように思ったことすらなかったとしても、もう、救われているのですが、やはり「やれる、できる、やろう!」という思いの中で過ごすほうが、決定的に面白い。

目的を同じくする死者と一緒にはたらくとしても、そこには方向性の相違によるすれ違いも必ずある。

「こちらに進もう」とするときに、あらゆる条件をとりはずして全方位に渡り「善」となす、そういう「動き」があることは、たいへんに大きな力になり、すばやく、的確に進んでいける。

できることを、できる人が。無理なく、自然に。

それは生きていても死んでいても同じことだと思います。

そのつながりの実感あればこそ、命全体への目配りや、不自然さを排除した妥当な動きを「自然に」選択できてくる。

死者との共同も、当たり前にできてくる。

まずはこの世でもっとも身近な生命、「自分自身」との和解、親睦、協働に思いを馳せながら、生きていきたいと思います。

自分と親睦を深めると自分が神木になるんですよ。まっすぐにこの世に立ち、一切の不和のない状態で天に向かう。すなわち「神」です。

時あたかもさまざまな決断を求められるご時世です。このようにありたい、とまず願うことから、すべては始まると思います。


決めないから、動けない。

「ではどうするのか」まずは決めていきたいと思います。

そんなことを感じながらのこのごろです。




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日本人として生きるということ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2020/03/11 14:37

新しい時代



明けましておめでとうございます。

更新が滞りがちな拙ブログですが、その理由のひとつに、いろんなコトが起こりすぎる、というものが筆頭にあげられそうです。フィギュアスケートのみならず、皇室でも、自然界でも、あの世でも、いろんなコトが一気に瞬時に起きている。

ひとつひとつ、巡ってくるものを受け止めながら、粛々と、生きていきたいと思います。

そして、私はやはり「お笑い」の力を信じる者のひとりでありますから、おや?というポイントは見逃さず、つっこみを入れ続けていきたいと思います。

とりあえず、古い話で恐縮ですがふと思い出したので。

フィギュアスケート男子シングルで五輪2連覇を今から68年前に成し遂げたディック・バットン翁がさすがに「醜い、醜い」とおこだったソチのキム・ヨナのスピンですけど、ぶれっぶれでひどいですよね。


spin_m.jpgbag_m.jpg


spin_m.jpgpot_m.png

完全に一致すぎるバッグとポット。
こんな画像でもいつかどこかで!と数年間、保存していた甲斐がありました。
ソチ五輪当時に使えばよかったwww



それでは今年も引き続きよろしくお願いいたします。





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日本人として生きるということ | コメント(7) | トラックバック(0) | 2020/01/04 01:26

源氏物語で最古の写本発見 定家本の1帖「教科書が書き換わる可能性」



すごい発見がありましたね!


源氏物語で最古の写本発見 定家本の1帖「教科書が書き換わる可能性」
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/29641
2019年10月8日 17:10

源氏物語の現存する最古の写本で、鎌倉時代の歌人・藤原定家による「定家本」のうち「若紫」1帖(じょう)が、東京都内の旧大名家の子孫宅で見つかった。冷泉家時雨亭文庫(京都市上京区)が8日発表した。定家が校訂したとみられる書き込みや、鎌倉期に作られた紙の特徴などから、同文庫が定家本と鑑定した。

 既に確認されている定家本4帖は、いずれも国の重要文化財に指定されている。「若紫」は、光源氏が後に妻となる紫の上との出会いを描く重要な帖だけに、今後の古典文学研究に大きな一石を投じる可能性がある。

 源氏物語(全54帖)の定家本は、紫式部による創作から約200年後の13世紀初めに書き写された。昭和初期に国文学者・池田亀鑑(きかん)が調べ、「花散里(はなちるさと)」「柏木」「行幸(みゆき)」「早蕨(さわらび)」の4帖が確認されていた。

 今回鑑定した元文化庁主任文化財調査官の藤本孝一氏によると、冊子の大きさは縦21・9センチ、横14・3センチで、全132ページ(66丁)に抜け落ちがなかった。定家本の特徴とされる「青表紙」が施されていた上、本文を記した紙に鎌倉期に多い繊維がふぞろいの「楮紙打紙(ちょしうちがみ)」が使われ、上級貴族が用いた青みがかった「青墨(あおずみ)」で校訂した跡もあり、定家本と判断した。

 藤本氏は「公に存在が知られていない『幻の帖』だけあって現存を想定しておらず、青表紙を拝見した途端ただただ驚いた。紙質や各ページの行数を確かめ、ほかの4帖と筆跡を見比べ、間違いないと思うに至った」と話す。

 鑑定に協力した京都先端科学大の山本淳子教授(平安文学研究)は、定家本の流れをくむ室町時代の青表紙本系統の「大島本」(古代学協会所蔵)と見比べ、「一見したところでは、ストーリーの大筋が変わっているとは考えられない。細部に相違が見られ、研究が進むと、教科書の表現が書き換わる可能性はある。大島本からさらに250年、現代から800年もさかのぼって写本を確認できる意義は大きい」とみる。

 所蔵するのは、三河吉田藩主・大河内松平家の子孫に当たる大河内元冬さん(72)。今年2月に茶道具を鑑定してもらった際、東京都内の実家にあった写本が定家本の可能性があると指摘されたため、4月に同文庫へ鑑定を依頼した。明治時代にまとめた大河内家の所蔵目録に「黄門定家卿直跡、若紫」とあり、1743(寛保3)年に福岡藩主・黒田家から大河内家に贈られたと記されていたという。大河内さんは「いまだ実感がないが、定家ゆかりの場所で公表できて大変光栄に思う」と述べた。

 13日午前、兵庫県西宮市の関西学院大で開かれる「中古文学会」で藤本氏が詳細をスライド発表し、写真複製本の出版なども検討してゆくという。


次回のグループセミナーでも定家を取り上げることをさきほどブログにアップしました。その後このニュースを知ったので(情報遅いw)なんとタイムリー!とびっくりです。

定家卿の功績は国宝『明月記』のみならず、写本を多数残したことと、当時出回っていたさまざまな写本を取捨選択して整理したことにもありますよね。
個人的にはかわいそうな実朝の歌を記録しておいてくれたこと、『金槐和歌集』として結実したことを心から感謝しています。

ああ、すごいなあ。ニッポンってすごい。

> 三河吉田藩主・大河内松平家の子孫に当たる大河内元冬さん(72)。今年2月に茶道具を鑑定してもらった際、東京都内の実家にあった写本が定家本の可能性があると指摘されたため、4月に同文庫へ鑑定を依頼した。明治時代にまとめた大河内家の所蔵目録に「黄門定家卿直跡、若紫」とあり、1743(寛保3)年に福岡藩主・黒田家から大河内家に贈られたと記されていたという。大河内さんは「いまだ実感がないが、定家ゆかりの場所で公表できて大変光栄に思う」と述べた。

よくぞ保全しておいてくださった。ありがたい。心から、ありがたいです。
個人的には今年一番の、最高のニュースかもしれません。



源氏といえば高橋選手。大スタァにはこういう、奇妙な「連携」が起こるものです。彼の新たなチャレンジと共に、定家卿、ならびに保全しておいてくださった大河内さんに満腔の感謝を送りたいと思います。

「定家のものかもしれないです」と最初に指摘なさった感定家さんにも。

嬉しい、嬉しい!





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日本人として生きるということ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2019/10/10 22:34

朝日クロニクル週刊20世紀「しっかりネミッチー」



上野で開催されている古本市でちょっと面白いものを見つけました。
正直に申し上げますならばゾッとした、というものです。

20世紀について1年を1冊で特集する「朝日新聞創刊120周年記念出版」なる週刊誌形式の冊子で、1999年発行ですからそう古いものではないのですが、朝日新聞社の「朝日クロニクル 週刊20世紀 通巻16号」です。


ご覧の通り、それまでは「皇族、または華族からめとるべし」という決まりがあった皇太子妃を民間からということでブームも巻き起こした正田美智子さん、現上皇后陛下が表紙を飾り巻頭特集もされています。

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「しっかりネミッチー」

余計なお世話だというものですし、さらにはなんという不敬を朝日新聞め、というところでございますが、「ミッチー」特集と同時に「水俣に奇病」という特集もあるという内容です。


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Front Pageにも水俣病に関するコラム。

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水俣病という名前がよくないですよね。あたかも風土病、天然由来の何かであるかのようにも感じられる。
熊本病という名前もよくないですね。

日本窒素肥料という企業由来の完全な人災であり、加害者側が暴力団まで投じて被害者を弾圧し、巨大すぎる被害を出し続けたおぞましい大事件です。

知れば知るほど、あってはならない、本当に、あってはならない残酷で愚かで馬鹿で暴虐な、大事件です。

大見出しからすると朝日新聞が考える「昭和34年」とは
・”ミッチー”に日本中が騒然、陶然
・伊勢湾台風で名古屋は壊滅状態
・通勤車中で創られた週刊誌ブーム
・チエミちゃんが高倉健に奪われた!
・水俣に奇病!脳が溶け全身は硬直
・雪解け、ソ連、謎呼ぶ平和攻勢
・キューバ革命の主役はヒゲの弁護士
であったと。

陶然というわりに使われている写真はふてぶてしく、可愛げがないものばかりです。
水俣病のことについて「事実を明確に」記載しているのに比べるとわざと選んだのかという写真です。

マドンナが表紙の号も買うというのが実に自分だと思いつつ。

古本屋の平棚にまとめて置いてある中で、この「ミッチー」が表紙の号がはっと目につき、手に取ると「水俣に奇病」。

いろいろ考えさせられました。





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皇室、神道、信仰など | コメント(4) | トラックバック(0) | 2019/10/04 14:56

真央ちゃん、お誕生日おめでとうございます



うわーーーーー、真央ちゃんが29歳!?うっそー!と叫びたい気持ちです。そういう方は多いのではないでしょうか。あのちび真央が、と目頭をそっとおさえたくなりますよね。
そして全員が必ず言う、「そりゃあ我々も年を取るわけですよ、はあ……」

こんなに長いこと好きでいる生きた実在の人物って真央ちゃんくらい???
かなり飽きっぽく、また、人が見ないところでへそを曲げ始める自分としては信じられないくらいです。
真央ちゃんは新鮮ですからねえ。おっさいさんの名言で「真央はいつも新鮮だ、さっき生まれましたって顔をしている」を幾度も繰り返し思い出します。これほどフレッシュで魅力的なままの人って他に知らない……。

サンクスツアーには、二日連続、せめて2公演連続で行くべきだという持論を最近持っております。
なぜかというと、サンクスツアーでは出演者へのプレゼントは禁止、お手紙のみOKということで「お手紙BOX」をご用意くださっておりまして、ここにファンレターならぬキモレターを投じることができるわけです。

キモレターというのは韜晦、諧謔こみなのをご理解いただきたいのですが、皆さんももしかしたらそうではないかと思いますが、真央ちゃんへのあるいはキャストへのつのる思いと満腔の感謝をしたためると、「大好きです。ありがとうございます」という電報ですか、という短さか、逆に便せん数十枚に渡る大河小説の第一章ですか的な長文になってしまいがち、で、どうがんばっても思いの丈をほんの少しもあらわしきれない、意あって力足らず、むきだしの生の思いがキモすぎる、ということで通称キモレターと申しますが、あれですよ、「真央ちゃん実は写真映り悪いんじゃ」と同じことで、「本当はもっともっと感謝の気持ちを伝えたい」「真央ちゃんの存在がどんなに大きな支えであり人生を美しく喜ばしいものにしてくれたか」「おのれスケ連」とか最後はまあスケ連に言うべきことなので書きませんけど、たぎる思いを伝える余りに、けっこう、ああしてほしい、こうしてほしい、とお願い事を書いてしまう……ので、実際にサンクスに参加して感謝のタコ殴り、怒涛の感謝、感謝の浴びせ倒し、ですべてを押し流された後はただただ「ありがとうおおおおお」に加えて、ここがよかった、あそこが素晴らしかった、ここが変わりましたね、とか、そういうほんとの感想をちゃんと書けるのではないか、と。

2公演連続の場合はあいだに何時間か休みがあるし、二日連続でお泊りの場合も夜たっぷり時間をとることができますよね。そこでじっくり感想を、と考えついたはいいものの、今度はそれだけチケットが確保できますか、いいえできません。という関門が待ち構えているわけです。

真央ちゃんへのお願い事は、
・サンクスツアーが来年初頭の「追加公演」で終わるなんてMOTTAINAIです!まして「サンクスメーター」ができたんですから、「1000」までいきませんかお嬢さん!
・てか、ロシアでタラソワが、アメリカでラファが、フランスでロロが待ってるでしょうし、愛知県1か月連続公演とか、都民数千万をようするお江戸で三か月ロングランとかすべきじゃないかしら?
・新プロだけの「ウェルカムツアー」と並行してサンクスをなさればいいのでは!
・だって日本ではまだサンクス未経験者が8000万人くらいいらっしゃいますよ!

といった一見人のためのふりをして我欲むき出しの「この至高体験を何度でも」から始まって

・アイスリンクをこさえてですね、クラブ員をつのれば維持費は出ましょうし、今ついてござるスポンサー様も黙っちゃいねえでしょうし、どうですかね、愛知に一ヶ所、東京に三か所くらい、どうでしょうかねえ!!!
・もうね、この至高の滑りを教材で残しておかないと人類の損失ですよ、ひとつひとつの技を一個ずつ、模範滑走していただいて、それを見れば素晴らしいお手本になると思います!
・サンクスツアーの全公演を円盤にしたほうがよろしいのでは!!!1公演ずつキャストが進化するようす、各会場でのリアルな反応真央ちゃんご自身の各種工夫、どれほどの感謝と感動があふれているか、記録すべきではないでしょうか

からの「おらぁ、確かにサンクスに行っただよ!」と「感動追体験系」から、「真央ちゃんのクラブに入って滑ってます☆」と親戚どうし会員Noを見せ合って「手すりしか磨けないけど、楽しいから!」「真央ちゃんのスペシャルコースに通う、選手レベルのちっちゃい子がめっちゃすごいの!」とかそういう「真央ちゃんがきっかけで始めちゃったんですから真央ちゃん最後までよろしくお願いいたします」「あ、保険はスミセイさんのスポーツ保険でバッチリですね!」といった「実利とほのぼの共有系」からの

・本当にありがとうございます
・感謝しています
・たくさん、たくさん、楽しいことがありますように

からの「全力祈願ガチ系」的なものでして……これだけ人のためだけに、懸命に尽くしてくれていて、しかもそれを本人が一番楽しんでいる、というのがもしかして人類史上初、くらいの衝撃と驚きの「浅田真央」なのです。

「浅田真央」というジャンルをこさえてしまいましたからね、真央ちゃんは。

しかも過去の自分を越えていく、という空恐ろしいことを続けている。本当にすごいことです。


9月25日。真央ちゃん、お誕生日おめでとうございます。

真央ちゃんが望む「素敵なこと」がみんな実現されて、結果、みんなでハッピーになれるよう祈っています。

あと、サンクスで回りきれなかった場所や、一度は行ったがまだ未知の、ご当地の旨いものってまだまだいっぱいあると思います。

サンクスがてら、ぜひそれらも!

親戚の皆さん!ご当地の激yマメニューを真央にぜひ!

(餌付けかwwwww)




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浅田真央 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2019/09/25 19:12
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