紀宮内親王殿下の平成十四年のお言葉



フィギュアスケートに関する、紀宮内親王殿下のお言葉がありました。
平成十四年にソルトレイクオリンピックのフィギュアスケート女子シングル金メダリストのサラ・ヒューズ選手について触れていらっしゃる箇所を抜粋します。


紀宮内親王殿下の平成十四年のお言葉 (お誕生日文書回答より抜粋)

ソルトレイクシティ―で行われた冬季オリンピック・パラリンピックでは、日本人選手に長野の折のようなメダルラッシュはありませんでしたが、逆に世界の厳しい壁の前に立った選手たちの心の成長が見られるように感じられました。
フィギュアスケートのエキシビションで、九月十一日の追悼の曲を踊った直後にファンから米国国旗のタオルを受け取ったヒューズ選手が、アンコール応じる際、全ての国籍の犠牲者のために踊ったからとして、それをもってリンクを回ることを控えましたが、熱気溢れる会場にあって、まだ十代の若い少女の、世界を視野に納めた冷静で思慮深い判断は深い印象をもって心に残りました。


ソルトシティー五輪では、皆さんご承知の通りにフィギュアスケートにおける「不正採点疑惑」に端を発した金メダルを二個出すという異例の措置がなされました。
ここから6点満点方式の採点を旧(ふる)いものとする「新」採点システムへの移行が始まり、それは本来であれば審判による恣意的な判断を廃し、そのときその場の演技だけを加算方式で採点するもので、けれどもそれはほんのわずかな人間(実質的には三名で)急ごしらえで作られて、審判による「不正」が入り込む余地を大いに残したまま見切り発車で始まりました。

ISU総会で「新採点の採用は是か非か」という議題になるとして参加した日本は、「新採点は確定事項」として多勢に無勢で賛成・反対もうやむやなまま強制させられ、そして現状のような大惨事を呈して事態は改善を見せません。

紀宮内親王殿下は米国民への追悼だけにとどまらず、すべての国、すべての人種への追悼を「米国国旗の柄のタオルを置いて滑る」ことで表現した、若き日の五輪チャンピオン、サラ・ヒューズの思いをこうしてくみ取って「冷静で思慮深い判断」と表し「深い印象をもって心に残りました」とおっしゃっています。

また「オリンピック・パラリンピック」と表記なさり、どちらも同格に五輪として扱っておいでです。そこに差はない。

冷静で思慮深い判断と、深い印象を人の心に残していく言動は、紀宮内親王殿下もまた共通に感じます。

ジャンルは変わりますが水泳にはかつて「水泳界のプリンス」と呼ばれて人気を博したジョニー・ワイズミュラーという選手がいました。五輪金メダルを5個、水球でも銅メダルを1個、に加えて引退までの約9年間に「67個」の世界新記録を樹立した人です。

世界は広いし「本当にすごい人」はいっぱいいます。
スポーツは、過去の記録を塗るかえるべく、人は新たに挑み続ける。記録は破られるためにある。

その無数の「すごい人」のどこをどう評価するのかで、評価する側の見識も、心根も、人格も、同時に問われているのだということをわたしたちはもっと厳粛に受け止めて考えるべきではないでしょうか。

かつて男子シングルの髙橋大輔さんが五輪選手村に滞在中、「まわり中メダリストばかりだから」と自分が日本人男子初の五輪メダリストになったことを手柄顔に誇ることなく、「有名な選手たち、複数のメダルを持つ人たち」の中で「尊敬すべき選手たち」と自由に交流をしていたことを思います。
自分がかかわる競技への敬意。先人たちへの畏敬の念。そして異なる競技で結果を出した選手たち、また結果を出すべく青春を賭けて全力で挑んだ選手たち、全員への謙虚で優しい想い。
すべてを捨てて何かに打ち込んで、結果はどうあれ、死力を尽くして懸命に戦い抜いた「輝かしき戦友たち」への熱い想い。

敬意をもって事に当たる。敬意を持って人に接する。なぜなら「自分もまた」尊いことに参加している、同じ条件下で努力した「まっとうなスポーツ選手だから」。

「参加することに意義がある」というのなら、これほど平等なことはない。
けれども一位と二位の間には越えられない「差」は必ずある。あるが、ひとりの人間として「フェアに戦い抜いたこと」には差はないはず。
どうしようもなく不平等な結果と、どうしようもなく平等な「命」の燃焼。

順位はある。確かにある。あるがその上で、更にどうしようもなく現れてくるのが、人間性。

ある意味で競技よりも残酷に、ぼろぼろと出てしまう。

「この選手はいったいどういう人なのか」が。




アメリカ同時多発テロは2001年9月11日に勃発。

ソルトレイクシティ・オリンピックは2002年2月9日から2月21日まで開催。
ソルトレイクシティ・パラリンピックは、2002年3月7日から3月16日まで開催。

紀宮内親王殿下のお誕生日は1969年4月18日。

3月に終わったこの大きな国際大会の後、4月に入ってからのお言葉です。

さーや、とかつての懐かしく慕わしい愛称で呼ばせていただけるのなら、われらがさーや、われらが皇女のみんな大好き俺たちのさーやが、何よりも尊く大切なのだと評価したのは金メダリストの金メダルよりもまず先に、「人を思いやる気持ち」を行動で示すことができた「サラ・ヒューズの心」だったことを、忘れてはならないと思います。



「最後に残るのは人格である」



さーやは、きちんと「見て」いました。







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皇族のお言葉 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/06/05 19:55
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