『日本料理と天皇』松本栄文



これは素晴らしいと思います。
税別定価が6,500円なんですが、この十倍以上の値打ちはあると思います。

日本料理と天皇 (Discover Japan Books)

著者 松本栄文
出版社 エイ出版(エイは木編に世)
ISBN978-4-7779-310-10



「真央ちゃんに見ていただきたいなあ」と思いました。
お米(稲穂)ではじまり、お米(お結び)で終わるんです。

一番最初のカラー写真
最初のお米

一番最後のカラー写真
最後のお結び

日本は瑞穂の国ですよ、「日本料理」はすごいんですよ、ということを端正で、しかも喜びにあふれた文章で紹介してくださっている著者の松本栄文さんは、最後の著者紹介では株式会社松本栄文堂代表取締役社長となっています。
おお、画像がある。大覚寺門跡でニッカリ笑顔。若いな~。

写真は板野賢治さん。
あれ?わたしの知っている板野賢治さんはこのようにまじめな仕事をなさる方だっただろうか。

写真が実に実にイイのです。感動する。


お米の粉でつくったウサギさん。
なんて可愛いのでしょう。
とても写実的で、おめめがやる気に満ちている。
「鼓」と一緒のポジションです。

うさぎさん

タラソワ先生が真央ちゃんのことを真央ウサギちゃんと愛称で呼ばれていて、そのマオザイチカ以来、ウサギがあるとつい手にしてしまいます。もともと手相見姐さんというハンドルネームだったものをアネザイチカにしたのもここからとったものです。

五行を少しかじった方なら「おっ、ウサギと鼓か!」とぴんときなさったと思いますが、この写真集、というか「書籍」に集められた「わたしたちのご先祖たちが尊いとなさってきた事物と儀式」の数々には「知恵」がちりばめられています。

宮中の歯固めの儀のお膳。五番目のお膳なので五の膳、だそうです。
お魚を刺身にして小高く盛り付けています。
歯固めの儀五の膳

「包丁式」。
お魚をきれいなリボン状にさばいています。血やウロコなどの「生き物だったお魚の断片」が全然見えないのにご注目ください。
実に「清らか」に進められていく、これは本当にすごい技術の継承だと思います。
包丁式

茶事で使われる「直前に挽くお茶」。臼の取り扱いにもルールがある。
茶事の前に

賀茂別雷神社の外陣新撰。屋外にて供されるものとのこと。
美しいです。
賀茂別雷神社の外陣新撰


この書籍のすごいところは、われわれ一般人にはなかなかフォローしきれない尊い儀式のようすが詳述されていることと、写真に非常に力がある。対象に深い敬意を持ちながら凛然と引き締まった美しく清潔なカタチをしっかりとらえている。

そして巻末の「解説」がひときわ素晴らしいのです。

もともと料理というのは、ひとつの「文化・文明」の代表のようなもので、日常のいわゆる俗事から最高のイベントである新撰供儀という「神様とのコンビネーション」をはかるための頂点の神聖さまで、とても幅広くさまざまな分野を包括しているジャンルですよね。

食材そのものの歴史と育種、その供給・入手方法から調理の仕方、調理器具、配膳、片付け、セレモニーとして参加する際の身支度(衣類、持ち物、冠物≪こうぶりもの≫)、身ごなし、言葉使いなどのお作法にそこに参加する神さま方のおふるまい。

ものすごく幅広く奥行きが深い「料理」に対して非常に正確かつ着実な「解説」がなされています。
よくぞここまで、と思いました。

お結びは神霊の偉大な力を封じたカタチ、稲作という「大自然」そのものを相手の「生き残り戦略」の結果を祝して結ぶもの。

そういう、かつて「当たり前になされてきたこと」がここには記録されている。
そのどれもが本当に美しい。

清くて美しいのが本当に素晴らしい。



日本料理の起源は、神々の「神饌(しんせん)」にあります。天皇家の「供御(くご)」から藤原家の「大臣大饗(だいじんだいきょう)」へと発展し、足利将軍家が独自の武家文化を融合させたのが「本膳料理(もてなし料理)」というものです。後に、茶人である千利休が「懐石」を考案し、日本料理の文化性をより高めたのは違いありません。

しかし、日本料理の礎となった本膳様式ばかりが注目され、日本料理に込める真の精神が語られていないように思われます。禅宗の教えを融合した懐石は大変素晴らしいものがありますし、武家文化が築き上げた本膳もまた世界に誇るべき心だと存じますが、日本人は稲作でつながりあっている民族であることを忘れた日本文化論が語られるのは少々寂しさを感じるものです。
「五穀豊穣」を祈願し、感謝するという言葉がありますように、御米があっての日本人なのでありましょう。

「はじめに」より




わたしは、「日本料理に込める真の精神」とは、「感謝」以外のなにものでもないと感じます。
生きている命をいただいて、取り込んで、「わたし自身」になっていただく。そのおかげさまで生きている。

犠牲なしには過ごせない、ならば決して無駄にはせずに、神として生きていたお米やお魚やお茶やみかんを、神であるわが肉体に取り込んで、神のはたらきをはたらかせる。

そういう「受け取り方」を基礎にした「世界観」というものはなんと豊かで平和で活気に満ちていることか。

この先、わたしたちひとりひとりが「日本料理に込める真の精神」を復権させていくことができたなら、相当な部分で「起こるべきではなかった問題」は起こらなくなると思います。

真央ちゃんが新潟JAのお米のPRを担当なさる。

これもひとつの「神々の復権」だなあと思ってありがたく見ております。

新之助、食べますよ!


「日本」を知るための良書として強力におすすめします。
「飛鳥時代から江戸時代まで」がよくわかる歴史書としても眺められる。

これをきっかけに自分でいろいろ調べるためのジャンピングボードにもなると思います。


日本料理と天皇 (Discover Japan Books)

著者 松本栄文
出版社 エイ出版(エイは木編に世)
ISBN978-4-7779-310-10




おお、くしくも今日からまお米発売なんですね。
真央ちゃんが動くとみんなが幸せになる、真央ちゃんが輝くと日本が明るくなる。

ありがたいことだ。





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本の紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/10/18 10:17

本の紹介『思惟する天文学-宇宙の公案を解く-』



歴史をやる人は、必ず天文学もやるべきだ。というのが姐さんの持論です。
なぜかというと「地球全体」を見る目がないと必ず「結論を間違う」から。

わたしたちは歴史というものを、あたかもどこか遠くの過去で起こった自分とは無関係なモノを、自分とは無関係な人が大事なものだけ取り上げて「年表」にしているような勘違いをしやすいです。

「歴史」という大文字で書かれた何か大きなモノがあり、それを傍観者として眺めている、受動的な立場のように思い込まされている。
年表を前に「うわー、コレを全部頭に入れるのかー」とウンザリするのは「そうしないと得点がもらえないから」ですよね。

でも学校を出てしまえば関係ない。「試験されるから」ではなくて「自分の生き方を決めるために」歴史を知っていく必要性が出てきます。

「天文学は平等なジャンルだ、誰の前にも宇宙は開かれている」とおっしゃった方がいます。この本にも出てきます。

「限りなく偏らない<目>を持つための探求」をするジャンルとしての天文学。そこに携わる日本第一級の方々の文章が素晴らしい。

『思惟する天文学 -宇宙の公案を解く-』 新日本出版社 税別定価2,000円

思惟する天文学―宇宙の公案を解く
思惟する天文学

公案というのは仏教の禅宗でお師匠さんから与えられる「弟子が答えを出すべき問題」です。
有名なのが隻手の音声(せきしゅのおんじょう)、「両手を叩くと音が出る、片手で出る音は何か」。こんなもん、常識の範囲では決して答えられないトリッキーなものなんです。
「竿の先に旗がある、揺れているのは旗か、風か」とかね。
お師匠さんである坊主というのは、自分もこういうトリッキーな難題に立ちはだかられ、修行者としての自分の全存在をかけて回答してきた歴史を持つ。そして「弟子の全人格から発せられた究極の回答」でなければ頷きません。
なので、隻手の音声の「正解例」は弟子がお師匠さんをひっぱたく、というものだったり、うんうんうなる弟子に対して「揺れているのはお前の心だ、喝!」と「マジか」というような内容で嚇怒されたり、というやりとりも生まれてきます。

この「全存在から出ている答え」を見極めるのがお師匠さんの腕でしょう。

あと男性は修業が大好きなので、ややこしくないことでもややこしくしてうんうんうなる。それが楽しいみたいです。

この本には、ややこしくないことはややこしくないままに受け止めていた例外的な男性が十名登場します。
面白いことに、三度体裁を変えたある天文学の雑誌に掲載されていたことを、長い人は「十七年後」にもう一度同じテーマで書いてもらって、旧、新、のふたつの文章を読めるようになっています。

残念ながら故人になってしまった先生もいらっしゃって、追悼の文章がまた大変に素晴らしくて。亡くなった方とのユーモラスなやりとりと、そこから発生する「決して途絶えない夜空への思い」の熱さに心を打たれます。

ただですね、どうして佐藤勝彦先生のハッブル定数の計算式の文章を最初にもってきちゃったかな、とは思います。超重要だし、これ以上できないくらいシンプルにわかりやすく書いてくださっているんですが、書店で立ち読みする人は「わー、やめとこう」と思ってしまうんじゃないのかと。
いや、この執筆陣を見て「おおっ!」と手を伸ばす人には当たり前の内容なのか。

それはともかく、2,000円です、税別でこの値段。一度手にしていただきたい、そしてビックリしていただきたい。

出てくる先生が全員美形!嘘みたいに綺麗です。
若いころのいろいろむき出しになっちゃっている「わー」な感じの人ですら、年を重ねて経験を積み、穏やかに「美しく」なっている!!!
日本にはこんな「美中年」「美老人」がわんさかいたのだ!!!
日頃政治家の気持ち悪さとかにウンザリな人ほど「美しい上にも美しい」先生方の顔だち、目の澄み切った輝き、清潔な笑顔、すっきりとしたたたずまいにウットリしていただきたい。ビックリしますよ本当に。

それから「すっごくわかりやすい」のが驚きです。超一流の人というのは「自分が何をしているのか」を非常にシンプルにそしてストレートに人に伝えることができる。その最高に良い例がここに集結しています。

天文学に興味がない人であっても、必ずおおっと思うでしょう。

原爆投下に次ぐ大惨事になった富山への空襲経験を生々しく語る先生。「あの星が見えている間は死なない」とお母様に抱かれて「溝の中」に横たわって死の恐怖を耐えた「その経験」。

オウム真理教に入信し、科学プラントを建造してサリンを化合するまでに至った青年をしのび、同じように天文学を専攻できない大学から天文台に通って論文を書き、天文学者になった先生の「彼との違い」の崇高さ。
施設の見学に訪れた孫の手を引いた老婆から土星の輪を見て感激し「冥途の土産になりました」と感謝され、「宇宙の素晴らしさ」を伝える人になろうと決心したというエピソード。
「彼」には「宇宙の素晴らしさ」を伝える相手がいなかった……。

「青白いはず」とあたりをつけて実際に青白い星を発見してしまった先生。世界のX線天文学の先駆けとして同僚の快挙に応じる形でそんな発見をしてしまう先生。

東日本大震災のこと、音楽のこと、各先生方が自分の全存在をかけて「宇宙」と向き合い続けた結果が、なんとも言いようのないほどの深くて新鮮で興味深い「生き方の話」になっている。

科学の最先端にいる人たちがもっとも「宗教的」である、というのはおそらく「人知を超えたもの」と日常的に向き合っているからなのだろうと思います。

知れば知るほど謎が増える。

ダークマター、ダークエネルギー、「謎のファクター」を仮定しないと宇宙全体を語れない。でも設定した瞬間に「対称性」が問われてきて問題が必ず二倍になる!すごい世界だ。
謎を解くから倍になる。
その倍の謎を解くと四倍になる。こんな世界が「毎日」ならば、謙虚にならずにいられない。

SFに出てくるケイ素系生物はおそらく存在しないだろう、なぜならわたしたち地球人が存在の根底にしている炭素ほど、多く結合できないから複雑化が進まない、という話や、SETI計画の話、本当に興味は尽きません。

「どこから来て、どこへ行くのか」は人類の永遠の命題ですが、それは同時に「どんなふうに行きたいのか、どう生きればそれは<良い人生>になるのだろうか」にも直結しているとわたしは思います。

「よくいきる、良い人生を生きるために」ヒントになること。それが散りばめられています。

受け身でいては何も身につきません。
自分で学んでいく姿勢、他の誰が何を言っても「それが本当かどうか」確認していく姿勢、それが学問でも、日々の暮らしでも、なおざりにしていてはいけない基本だと思います。

夜空を見上げる動作の中に「知ることへの憧れ」「知っていくことの喜び」も同時にあってほしいと願っています。



『思惟する天文学 -宇宙の公案を解く-』 新日本出版社 税別定価2,000円

思惟する天文学―宇宙の公案を解く
思惟する天文学




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本の紹介 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2017/10/09 19:56

『古語拾遺』のおすすめ



本の紹介です。

姐さんの今度のセミナーでも一部を教材に使いますが、『古語拾遺』関係の本三冊です。
古語拾遺は平城天皇の朝議に関する召問に応じた上奏文で、中臣氏とともに古来、朝廷祭祀を職としてきた斎部氏の長老、広成が80歳を越えた年齢で不遇をかこちつつ、家伝をも含めた神話の神々とそれらとの付き合い方を記しています。
「忘れられたこと」を列挙して「昔はこうだった、ああだった」と書き記された内容に実に興味深いことが残されています。
ヤマト朝廷があえて「落とした」古来の「わたしたち」の考え方の一端を読み取っていくのはスリリングかつ目からうろこの面白さだと思います。

実は、今でも実在する「南朝の正当な天皇」と称する方が「三種の神器」を公開なさっていて、月刊誌ムーなどでも写真を確認することができるのですが、その中のひとつが「本来のものと明らかにカタチが違う」ので、わたしは「南朝の天皇」については判断を保留しています。
「自分が正当な南朝の天皇だ」と主張なさっている以上、一般民間人である姐さんよりはよほど「天皇」というものに詳しいはずですから、『古事記』や『日本書紀』は無論、『古語拾遺』だって当たり前にご覧になっているはずです。であるならばなぜ「ああいう形」のモノを証拠として出してきたのか。
うかがえるのならうかがってみたいところです。不思議だから。

ということで、最低限これだけあればという三冊。ただしわたしは大学で史学科に進んだわけでもないですし、どなたか師匠について勉強してもいないのであくまでも独学の範囲での話です。
書誌学は面白い、あと声高にヘンな主張をなさる方に「でも、これこれではこうなっていますけど」と質問するのが楽しいので古い本、古い本とさかのぼって読んでいます。

最新の学説、というものを知る上で「ではその先生はどんな先学を乗り越えてきたのか」を知っておきたいですからね。

そして最近思うのは「親の教育レベル」というのは本当に大事だなあということです。早い話が親がちゃんと四書五経を勉強してそれらを所持していれば自然と子供も学ぶだろうし、「最低限の教養レベル」がぐんと高くなるだろう、ということです。
漢文だから難しい、わからないということはない、どう読むかを学んでおけばあとは独学でもどうにかなる。
往年の文化的先進国である「かつての中国」の、ことに詩経などは昔は日本人の「最低限の文化的素養」だった。
人は何に感動するのか。何が人を動かすのか。自然の事物を見たときに「素敵だな」という「思い」、目に見えない「感じ方」をどう人に伝えるのか。繊細で、もろくて、はかない「ときめき」が形になって今もなおわたしたちの心を震わせる。こんな奇跡は漢字あってのことでしょう。
いつだって素敵なものは素敵だし、いいものはいい、わるいものはわるい。

「その感性」はやはり後天的な「学習」によって豊饒になっていく面が確かにある。

だからこそ戦後の「失われた七十年」で弱体化された日本人全体の知性や教養、つまりは「美しい心で生きようと願う意志」や「人として何が大切なのかを自分できちんと選ぶ意志」を取り戻すべきだと感じます。

そのほうが絶対に面白い。

結局「人間どうし」の間で起きた出来事が、人間の社会を動かしていく。

人の間から派生してきた出来事の記録である史書を読み、愉快、痛快な「ものがたり」に仕立てられた内容を歌舞伎や講釈師やそれこそ傀儡集団からでも楽しく伝授されてきたし、そもそも「世界で一番長く続いた物証のはっきりあるおうち」の方のなさったことが各種記録されているわけで、そこからさまざまな物事を学ぶというのは必須の「前提」だったと思います。

なんというか、骨太な教養、というものを取り戻していかなきゃなあ、と感じるわけです。

だからまず真っ先に自分がいかにものを知らずに過ごしてきたか、恥ずかしいとか残念だとか、悔やんでいる時間すら作らずに、書物の大海に飛び込んで「楽しいこと」を集めたい、と思います。

ニホンゴという世にも美しいマジカルな言葉をわたしたちは使う幸福に恵まれている。
名づけの神秘というテーマで皆さんにお話しした「藤原氏の専横時代が終わったのは、ある方に小一条院などという名前を贈ったからではないか」とか、歴然とした物証を前にわたしたちは粛然と襟を正すしかないわけで。

そしてもしかしたら「この御代で最後、なのかもしれないな」という悲しみと、「終わるときには何もかもが終わっていく、そしてそこからしか、あたらしい世界は始まらない」という覚悟と、「この状況下で自分はどう生きていきたいのか」「何を光とめざすのか」を考え直すよい機会だと感じます。

『古語拾遺』は本当に面白い。
ヤマトがよく残したなあと思います。
キリスト教が最高がんばっても『ヨブへの答え』だけだったのに(いや、黙示録があるか)ヤマトは平気で「こういうもの」を残している。
良い意味でケンチャナヨだったから、「とりあえず全体」でいけたのかしらと思います。

80越えのじいさんが我が先祖をアッゲアゲにしている部分もあって毎度拭き出してしまいますが、じいさんは奈良朝の人間ですから「昔はのう」と言う言葉には大いに耳を傾けたいです。

秋の夜長にいかがでしょうか。すべて「人間」の記録です。

岩波文庫 『古語拾遺』
古語拾遺 (岩波文庫 黄 35-1)

岩波文庫古語拾遺

岩波文庫では1985年に先に発行されたものがありますが、現在は古書でしか入手できません。
出版社にお金がいく形で経済を回してほしいので、入手可能なほうを紹介しました。
こちらは注釈が実に戦闘的で面白いです。
言い切る言い切る。あと、「なになにとは読めない」と断言する。カッコいい。
学者というのはこういう先人の主張の空隙、間隙を突いて「いや、こうではないですか」で真実に迫っていくわけですね。なんと面白くて恐ろしい仕事だろう。素人でよかったよかったと思います。
「ガチ勢」の仕事ぶりにほれぼれするのと、そのガチ勢すら後代、訂正や反論や批判をばりばりに受けているという、物証のひとつでもあります。
科学者と一緒ですよね、自分の前提を明らかにした上で「もしこれこれが、なになにならば、かくかくである」という仮定の世界。
こういう「権威」に対して「ではなかろうか」という言葉をすべての注釈につけて読むところから、わたしの旅は始まりました。


『「古語拾遺」』を読む』 右文(ゆうぶん)書院 
『古語拾遺』を読む
古語拾遺を読む

このような良書がなんとたったの2,400円(プラス税金)。
驚きのボリュームのうちわけは、原文の妥当かつ平易な書き下し文、膨大な注釈、現時点での厳しい検証を経た異同と相違、本当にエキサイティングな内容です。
「絶対に誰にでもわかるように説明するぞ」という決意がすごい。
「わからないとは言わせねえ」というのりのり感が最高です。
で、執筆陣(監修者を含めて六名いらっしゃいます)は、わからないことはわからない、とちゃんと書いていますので内容的にも信用していいと思います。根拠あっての「こうではないでしょうか」ですものね。
こんなものすごい本が2,400円で手に入るなんて日本は最高ですよ。
出版社に電話で確認しましたら「在庫あります」とのことでした。
今年のクリスマスプレゼントはこれにしようかしら、と異教徒の祭りにちなんで『古語拾遺』関連本をあげるこの適当ぶり。
おすすめです。

最後。

普通のご家庭の皆さんにはちょっとおすすめしにくいですが、あると楽しい読めば嬉しい一冊です。

『尊経閣善本影印集成31 古語拾遺』

古語拾遺 (尊経閣善本影印集成)

尊経閣善本影印集成31 古語拾遺

定価が税別25,000円のところ半額くらいで中古で入手可能ですね。

釋無貳本、熙充本、亮順本とよばれる異なる写本を撮影して印刷したもの。黒と赤の二色刷りで鮮明です。
ただし和紙に墨なので裏写りしてしまっている箇所もそのままで一部もうろうとしたグラデーションがかかっている箇所もありますがそこはそれ数多い立派な先生たちが解読なさっていらっしゃいますからこれは「原本はこういうものなんだ」という確認に使えると思います。

コピー機もない時代にこうやってひとつひとつ手で書き移していたのを思えば、現代のわたしたちは幸せですよね。こうやって必要な史料がすぐ確認できますから。

専門に日本史を教える学科のある大学などの図書館はさぞ、と思います。憧れます。

東京五輪が始まる前に奈良あたりに引っ越して(京都は人間がコワイので)天理大学図書館に通い「そこをなんとか」と写本を読ませてもらいたい、そんなことも思います。

バルセロナに引っ越す!と息巻いていたのは三年前ですか、今も「バルセロナに住みたい」と本気で思い続けていますが、カタルーニャ独立騒動でそれどころではなくなって時あたかもスペインは大変なことになっていますよね。

世界が騒然となっているからこそ、いつも通り、普段通り、そして「いつなにがあってもいいように」準備をしつつ、「わたしの御先祖様である日本人」がいったい何をしてきたか、頭に入れておくことも必要ではないかと思います。

リンクはAmazonのアフィリエイトになっています。ここから購入していただくとありがたいですが、そういうのはちょっと、という方は別に検索しなおすか、ご近所のリアル書店にご注文願います。

古書店専門のサイト「スーパー源氏」もよく使います。
https://www.supergenji.jp/search/index.php


できるだけ新刊で買い、絶版は古書で買うか図書館で。
新刊を買うときは内容の修正を見越して版を確認し最新の版で入手します。そののち図書館などで初版を読んで内容の相違を見ています。

「こういうこと」が楽しい上に仕事につながっていくので、本当にありがたいなあと思います。

日本はすごい。ありがたい。






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本の紹介 | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/10/04 15:44

漫画『ゴールデンカムイ』にはまっている



真央ちゃん、お相撲観戦をなさったのね。お友達とキャッキャウフフで楽しそう。
お座布団乱れ飛びの洗礼を受けてびっくり笑顔の写真を見ました。けっこうがっつり当たってますね、大丈夫だったのかしら。
わたしも升席で観戦したとき、本気で座布団乱れ舞の洗礼を受けました。自分もブーメランしようと思わないで必死に伏せるほどすごかったですよ。デカいしね、けっこうね。
でも場内の皆さんは「待ってました!」と言わんばかりにただちにブン投げてましたから、やはりなにごとにも慣れというものは必要なのかもしれません。
セミナーなどでいつも例に出す相撲好きな親族はお相撲足す真央という二大好きなものの合体で完全にヘヴン状態だったみたいです。あの「スケ連に一言いう!」と入院中に点滴引きちぎって裸足でタクシー乗り込んだジジィですよ。血の気が多いんだ昔から。


※ここだけ追記、のそのそ書いていたら公式が爆弾落としてきたので、一番好きなキャラは「門倉さん」になりそうです。やだもうジェットコースター!


最近の姐さんはうっかり漫画『ゴールデンカムイ』にドはまりしてしまい、しなくていい考察を深め、やる必要がない展開予測をし、作者の野田サトル氏の超絶技巧に感嘆讃嘆讃仰しきりです。すげえなこの人。

アシリパさんと杉元さんのコンビは言わずもがなで大好きですが、案の定尾形さんが気になってしかたない。こういうぶっ壊れた困った人がふいに見せる可愛らしさがたまりません。ヨイショヨイショってなんだよオイ。逆さに吊るしてライターで足の裏をあぶりたくなります。「やだもうおもしろーい!」と笑いながらワインのコルク抜きで肉を削ぐとか。そしてそののちまんまと脱走された尾形さんから2キロ向こうからヘッドショットでやられるんですね、わかります。いやはやなんというご褒美でしょう(死)。

あとは土方さんですよ!ヤダ素敵!作者がデヴィッド・ボウイを参考にしていると説明なさっていましたが納得のカッコよさ!鶴見さんと違ってただ生きようを示すだけで人を心酔させられる。いちいち長い白髪をなびかせて決め台詞。絶対土方組につく!なにもできないけど!家永さんと家事をします!きゃー!たくわんを細かく切ったお茶漬けです!

鶴見さんといえばもう手のつけようがないアレアレアレレなので誰かどうにかしてくださいってかんじですね。こんなヤバイ人が所属する日本陸軍ってナニ。漫画だけど。つーか実際はもっとヤバイのも現実の日本陸軍にいましたから、鶴見さんが「部下のため」に動くと公言していることだけでもちょっとだけ「救い」になってしまってます。ヒドイのは本気で酷いからなあ。
だけどなんかこう「私利私欲ですよね!?」といまいち信じきれないこのうさんくささ。何があっても姐さんは鶴見サイドには絶対つかない。そもそもスカウトされないけどなwww姐さんみたいな役立たずは白石さんと飴ちゃんなめてキャッキャウフフを、と思ったらこっちは臭っさぁああああ!でどうしましょうwwwww風呂に入ろう!サボンが近所に支店を出したぞ!アルソアでもステンダースでもいいから洗おう!さあ!

で、ここのところの谷垣ニシパにイライラMAXです。もう!DA・ME・YO!この流されやすさ!「秋田に帰れ!」ドスケベマタギ!と思います。
なんならうちの親族で猟銃使いがおるから使ってもらえ!あ、百年前なんでもうアレですか、つーか漫画のキャラクターですしと我にかえったりかえらなかったり。

未読の方にはなんのこっちゃですがわかる方には「らっこ鍋」事件のものすごさとか、「真央ちゃん!らっこ鍋食べようよ!」と気軽に提案して尾形さんに3キロ先からヘッドショットを決められるとか、作者はアイスホッケー漫画を連載していたのに打ち切られてゴゴゴゴゴだったんだとかホッケー漫画に一瞬出てくるフィギュアスケートの場面を見ると「なぜフィギュアを選ばなかったし」と三か月くらい詰め寄りたいとかいろいろありますわね。

野田さんのブログを拝見いたしますと、この方がいかに「文学」の神髄を体得しているかわかりますし地頭の良さというか骨太な知性と教養と経験値が感じられて感動します。外見がキロさんというのも見逃せないポイントです。

『ゴールデンカムイ』を人にすすめるときは「地に足のついたキチガイがいっぱい出てくるよ!」で引かれたところを大急ぎで「作者の地頭の良さと骨太な知性教養と何も信じない姿勢が最善の良識と善意に包まれてフルコースで出てくるよ!」と付け足しています。

「地に足のついたキチガイ」という新ジャンルを開拓した野田先生の問題作。だが本当に問題になるところがないというこのハートフルヒューマンコメディかつバイオレンスサスペンスかつ生きていくって素晴らしいアンド「戦争はよくない!絶対ダメだ!」という謎の決意を励起させる魂が○○する漫画でございました。

このブログではたしか『三月のライオン』が好きだと前に書きましたがその後『シグルイ』だとかも話題に出しつつ、『アストロ球団』を越えてきたな~、といつか書こうと思っていました。

あとね、なんで読むことになったのかと言いますと、これなんです。

似ている

似てね?造形がちょっと似てね?

わたくしめの初恋のお方、NHK人形劇「三国志」に登場なさった忠武侯でございます。諸葛孔明、と皆さんおっしゃっていますがかたくなに「俺らが呼ぶなら忠武侯だるぉおおおおおおお?」とにらみをきかせつつ紹介します。

超カッコよかったんだよ!声は森本レオだけど!

昔、そうですね、高校生のころでした、東京で開催された人形展を見るためにはるばる上京して「こうめいさまああああ」と泣きながら拝んでいたら作者の川本先生がぎくっとなさっていてはっと見たら孔明さまそっくりで!(孔明さま言った)もうね、どうしようかと思いましたよ。
ほんとにそっくりだったんです。

面白い話で、「自分が思い描ける最高の美形を描いて」とお願いすると、どこか本人の面影がある美形になるし「思いつく限りの不細工を描いて」とトライしてもらってもやっぱりどこか本人に似てくるものでして、美も醜も見慣れた自分が基準になる、ということなのかと。

川本先生は孔明さまにも魏の武皇帝こと曹孟徳にも似てました。史実とは別に物語の中で善の最たる人物と悪の最たる人物のどちらも凄みのある美形がどこか似て感じられたのと、先生自身が孔明だったという衝撃に「行ってよかった人形展」としみじみ思ったことでした。

孔明さまも孟徳さんも「武」のついた諡号を持っている。孔明さまには「忠」がつく。孟徳さんにはつかない。「武」だけ。この差ですよね。しかも武「皇帝」ってどうなんだろうとか思いますけど。
生き方も戦術も目標もたぶん全然違うんだけど、二人はやっぱり武人だったんだなあと思いますね。どちらも天下一級の文学作品を残した文人でもある。時とところが違ったら、という思いは二人の没後これほどの時間を経てもいまだに自分の中にある。墓参も致しましたとも。
姐さんはどうも「好きな人の墓参り」はせずにはおれん人のようで思い出してみると墓参できてますね、意外とね。というか生きている人で好きになる人があんまりいないということか。真央とじゅんじゅん(※川口淳一郎先生)がツートップであとはしーんとしてますね。
まあそれはどうでもいいのですがこの人生で最初の「英雄」が孔明さまでありました。忠武侯って言ってない、日和ったかというツッコミをお待ちしつつの述懐ですよ。

ちなみにその人形展では展示即売もなされていてなんと孔明さま人形が一体60万円か80万円で販売されていて、「お金を出せば買えるんだ」ということにも衝撃を受けました。テレビの中の、あの物語の中の夢のような存在が売られている!!!!

しかも「売約済」の赤札がありましたから「誰かの家に届けられる!帰宅したら孔明さまがいる暮らし!」とそこにも衝撃を受けました。
そこでビバ!資本主義!ヒャッハー!俺も稼ぐぜ!カネさえあればなんだって手に入る!経済王に俺はなる!と思えなかったのが惜しまれますwwwwあ、でも「経営」も「経済」も仏教用語で経典からきてますしっていらんことを並べていないで話を進めなきゃ(使命感)。

よく考えたら人形劇三国志の影響で大学は中文科に進み、書誌学をと思うようになったのですからテレビってコワイですね(笑)。
当時はのんきにテレビを眺めていたのだなあ。NHKのせいで姐さんの人生が(笑)。

今はテレビを持っていない。理由はなるべくこの異様なまでの「クソどうでもいい意図的な悪意ある情報過多の濁流」からは身を置きたい、と思うから。「テレビが言ってた」「テレビでやってたから」と口をポカーンと開けて「キム・ヨナ最高!」と思い込まされていた年寄りとか見るにつけ「自衛しなきゃ!」と思いますしね。
今は別なのを「最高最高ああ最高」と持ち上げてますが「おまえらまたキムの二の舞かよ」とウンザリです。自分の目で見て自分のハートがささやくものをちゃんと聞き取っていかないとまた後で「姐さんの言う通りでした」ってガッカリ膝をつくんだよwwwwwバーカバーカwwwwと平常運転ですわ。

ということでわたくしめは尾形さん=川本孔明説を取りたいものであります。ガワだけね!中身は全然違うけど!!!!違っていてほしいけど!
そして尾形さんを見るたび「似た人知ってるぞ~~、元海自の暴れん坊で~~猫っぽ~い気まぐれエンジェル☆な凄腕傭兵の~」と思いながら読んでいます。すいませんすいませんでも似てるよね、草生えまくりですよこんなもん。
もう尾形さんとか百之助さんとかすらも言わずに「にゃお」と呼んでいます。「あ、にゃお可哀想、また殴られてる」とかwwww

偽アイヌの村で「蝶」に手を差し伸べていた「にゃお」は蝶が「魂の象徴」「再生からの復活・自由の象徴」と知ってか知らずかいつになく目がうつろで気の毒で。しかも蝶には手が届いていない。この世では手中にはできなかったからこそ逆に自由に飛翔する別の世界に「にゃお」自身が行くのだろうなと。こういう方はたぶんこの世では決して得られないほど巨大な恩寵が必要です。だいいち本人が救われたいと思っていないから誰もどうにもできません。「にゃお」は不幸だとは思っていないだろう。だからそこから動けない。
しかもやっかいなことに「愛情」とか「神」とか「家族の絆」とかが「世間ではいいものとされていて、実際にいいものとして当たり前に享受・消費・生産している人もいる」ということも理解できてしまっている。
その上で「でも自分には与えられなかったし今更求めるつもりもない」と何もかもをきちんと整理整頓して「それはそれとして」生きていけると思っている。これは実に危ういです。生きるってそういうことばかりではないし、割り切って割り切って割り切れないところからこぼれる何かが「文化」というものではないのだろうか。
興趣、情愛、感慨は、「生まれてくるもの」でありますから片っ端からぶっ殺してまわってもいずれひび割れた心のかけらの残骸からも「愛」は芽吹くのではあるまいか。
手垢のついた愛なぞという大きな問題をはらんだコトバを使わずに言うならば「希望」とか「生きることへの肯定」でも構いませんが。
そのときにゃおはどうなるのか。うーん、全然わかりません(笑)。

にゃおの抱える闇は深い。でも本人は「それはそれとして」とやっているのでいいようなものですがしかし誰もにゃおの話を聞かないのはなぜなんだwwwいつでもめっちゃ正論なのになあ。
カサンドラだな、にゃおの役割。実に実に気の毒です。姐さんは「普通」でよかった(笑)。

漫画のテーマを作者自身が「死に場所を求める話」と定義していて、復員兵が主人公かつ「日本に」滅ぼされることになるアイヌの少女がマリア役、戦うベアトリーチェ役、という話ですから「どこかが壊れている人」ばかりが出てきますよね。

戦争経験者全員が「壊れる」わけではないでしょうが、「心が戦地にあって戻れない」人の言動、なんというかよくテーマに据えたな、平成のこの時代に、と思います。驚愕です。
作者のひいおじいさまが実際に日本軍で出征なさって「金鵄勲章」を授与されている。主人公の名前はそこからとっている、としてもですよ、すごいです、すごい。
どこまでこの重さと暗さと闇を自分の中でもちこたえて、そして「芸」としてわれわれの目前に提示してくれるのか、目が離せない漫画です。
しかし実に人に薦めにくいwwwww
「地に足がついたキチガイのオンパレードですごいんだ!」で「そうか読もう」と一体誰が思うのかww
ちなみに来月11巻が発売なんで追いつくなら今ですぞおのおのがた!
一冊で平均十回は「ぎゃーーーーーー!!!!」と叫べますんでぜひ。

おう、あわてて付け足しますがグロ漫画ではないです。なんというか当たり前のことを当たり前に描写していてさじ加減は実にうまいので、グロ耐性なしでも大丈夫だと思いますがキチ耐性がない人、特に多感なお子さんなどはと思いますが手塚先生の作品とかうっかり与えている親御さんなどもいるご時世、子供が質問してくることを覚悟の上で手渡すのはいいことなのではないでしょうか。
家中で「○○○先生最高だよね!」と笑顔で語り合えるなんて最高ですよね!(ゲス顔)


そんな夏の日でありますが(どんなだよ)、THE ICE 2017、参戦いたします、その日まで死なないようにがんばりたいと思います!
それだけ書けばいいところをこの無駄な長文wwww

ちなみに家中で谷垣ニシパ嫌い、イヤ!特に今の流されまくりなぐだぐだドスケベマタギなのはイヤ!というのが自分ひとりだけなので「おまえらはヌルい世界に生きているからな!あいつのヤバさがわからねえんだ!」と言いながらふてくされています。

いいもん、わたしには土方さんがいるから!きいいいいい!!!!!
土方さん!野沢菜漬けもイケるからぜひどうぞ!(漫画相手に)

あと杉元!(いきなりの呼び捨て)イナゴはなぁ、ウマイんだぞ!!姐さんがコドモだった時代はなぁ、ビニール袋片手に学校帰りに田んぼでイナゴを集めてきてなあ、カーチャンに砂糖醤油でカラリと煎り付けてもらって食ったんだよ!足はチクチクするからひと手間かけてもいでおけばじゃりじゃりしねーし!でも普段は食うけどな!むしろ足の先っちょのカリッとしたところと根元のジューシーなところの対比の妙を楽しむものなんだよ!三十分もあれば大き目のビニールいっぱいに取れて「大量だああ」と小躍りできる、それが日常だったんだよ!

昆虫食についてあれこれ言うのはザザムシを食ってからにしろ!(唐突な郷土愛)

イナゴだってヒンナだ!(ビシイイイイイィ)←レタラさんばりに


※ここ三十年ほど姐さんはイナゴを食っていません。←おい





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本の紹介 | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/07/21 11:49

明治のガム「キシリッシュ」が効果抜群



どんだけだよのキシリッシュびいき。

明治-g1

※「FRUITS ASSORT (フルーツいろいろ6種類)」と「MINT ASSORT(スッキリミント3種類)」は対象外です。

誰もほめてくれないので最初に自画自賛しておきますが、いや、そういえば「あなたがしていることは素晴らしい」と評価してくださって、お祝いに美味しいものを食べに連れていってくださった方がおりました。美食家のその方がメニューも選んで構成してくださって、もうびっくりするくらい美味しいものを、楽しい会話(主に真央ちゃんを絶賛するw)をしながらいただいて、幸せでした。ありがとうございます。楽しかったなあ。今度はわたしがご招待できるように頑張りますね。真央ちゃんの話をしながらのご馳走、夢のようでした。立派な方に認めていただけたことがとても嬉しかった。

さて、効果がありましたよ。検証してくださった方から喜びの声がw

明治のガム「キシリッシュ」のスティックタイプというのでしょうか、ガムが横並びで入っている紙のケースが銀色できらっきらで、「これはドラキュラに勝てる!」と思ってコーフンしていたわけですが、魔除けの効果があると報告をいただきました。

まずは、外国人のオバケが静かになったと。そこはかつて米軍と関係のある敷地、建物でして、どうもアメリカのお方らしい男性の騒霊現象が続いていて、住人さんは慣れてしまってラップ音も人の気配もああいるなあくらいになっていたそうなんですが、やっぱりコワイものはコワイ、ということで「別に信じてはいなかったけれど」わたしが差し上げたガムの箱を置いてみた。
そうしたらぴたりと静かになったそうです。

よし、ガイジンにも効くぞ!

もうひとつも、同じようにラップ音がすごくて、それが家屋の中の水場(台所、風呂、トイレ)近辺でうるさかったと。それでイヤだなあと思っていたら、風呂場に音が集中しはじめて、台所とトイレは気配がなくて怖くない。風呂場は昼間は平気で、夜でも電気をつけて使っているときはなんでもないのに、いざ寝ようと家中の電気を消して静かになると、寝入りばなにけっこうな音量で破裂音が鳴り響く。うとうとっとするとバン!バシッ!といやがらせのごとく音が響く。
それでしばらく寝室の電気をつけたまま、照明をこうこうと輝かせて寝ていたそうなんですが、イヤなことに音がだんだん近づいてきていたそうなんですね。風呂場から廊下を伝って、バシッ!という音が日ごとに近寄ってくる。
これはけっこうイヤですよね。
コワイから風呂場の照明もつけていたそうですが、その明かりが届かない場所でバシバシいっている。なんとなく、明かりをつけておいたことで定位置から「追い出した」かんじで寝室に寄って来たかんじ。
それでやっぱり姐さんがあげたガムの紙箱を「別に信じてはいなかったが」寝室に置いて寝たところ、その晩から一切音がしなくなって実に平和になったそうです。
不思議なもので今までずっとうるさかったので、音がいつするか、今聞こえるかとじっと耳をすましてなかば待ち構えていたそうですが、ついに朝まで(というか眠ってしまうまで)まったく静かだったそうです。

どちらもポイントは「別に信じていなかった」「まさかと思って全然期待していなかった」ところに注目です。

日本のオバケはわりに物静かだったんですがポルターガイストも事例が最近増えていて、わたしは過去に実際に現場で経験した騒霊現象は2件しかなかったのに、東京に来て以来、特にI袋(バレバレっすね)区内で「うるさく騒ぎ立てる霊」に何度か仕事でお目にかかってきましたね。

まあどなたの家でも怪異が盛りだくさんというわけではございませんので、気軽にトライしていただくわけにもいかないでしょうが、少なくとも2件の家で効果があったということです。

ポイントは、銀色の面を表に出して、その際に「明治は日本の神様」とはっきりと口に出して言うことです。
それだけです。
別に心底祈るとか頼るとかしなくていい。置くだけでいい。
たぶん「本物」ってそうなんだろうなと思うんです。
こざかしい儀式も呪文もなくたって尊いものは貴いのだと。イワシの頭も信心からと申しますが、このようなガムひとつとってみても「機能させられる」のであればどんどん使っていけばいい。

霊的にはこのガムのメイカーの「株式会社明治」さんは名前が同じなので明治天皇としてみなしていく、明治天皇は「神」として祀られている存在です。日本の天皇は基本的に全員が「神様」ですから、当然「明治」も「神の名」です。

その神の生産物ですから、キシリッシュは神の分御霊(わけみたま)であると「みなしていく」のが日本古来の「見立て」の霊的テクニックなんですね。

嘘みたいな話ですが実際に効果があるから仕方がない(笑)。

こういうことを見つけ出し、実践できるからガチ勢なんですよとこっそり申し上げたいところですし、一軒の家は「株式会社明治さんどうもありがとう」と応援買いのために家族全員でお金を出して近所のスーパーに段ボールで頼んでどっさり買っていました。
口こみで大いに言いふらしていただけるということで、めでたしめでたしです。
突然ガムを配りだすその家もすごいなあ。助かったんだよ、のキシリッシュ、ちょっといい話つきで(笑)。

ガムを買ってきて(業務スーパーで78円、コモディイイイダで96円、東急ストアで98円でした)、銀の紙箱を出し、「明治は日本の天皇」と口に出してハッキリ言う。これだけです。

たぶんそう「言う」ことで機能し始めるんでしょうし、バッグにしのばせて持ち歩くと、相当なお守りになると思いますね。

バカみたいですけど、効果があるんだから仕方がない(笑)。

今後も一層の探求が望まれます。皆さんももし実行なさってみて何かいい変化があったらぜひコメント欄で教えてください。

明治-g2

※「FRUITS ASSORT (フルーツいろいろ6種類)」と「MINT ASSORT(スッキリミント3種類)」は対象外です。


わたしは検証できないあいまいなことが嫌いです。100人が実験したら100回、同じ結果を出せる科学的検証に耐えうるコトが、長く残るものだと思うので、明治さんが意図的にか偶然にか、このように有効かつ美しい(わたしはこの箱が大好きです)お菓子をこんなに安価にどこででも入手可能な企業努力を続けてくださっていることに深い感激と感謝をおぼえるものでございます。

大金を払って、わけのわからないことを言われて、なんにも効果がないような、あいまいな馬鹿話に乗らずに、実証できることを自分でしっかり確認して、いいものは取り入れて悪いものは遠ざける。そういうシンプルな取り扱い方で全然いいと思いますよ心の世界。

なにも「いいこと」がなかったとしても、少なくともガムを噛んでリラックスはできますし、いい香りとしっかりとした噛みごたえで気分はすっきり爽やかになれますしね(笑)。
美味しいですよ。どの味も好きです。黒い包みのだけはかなり強烈でびっくりしましたけどね。

霊元天皇(上皇と申し上げるべきですが)がとても好きで、和歌つながりで明治様もと思っていて、こんな時期に発見できたのもちょっとすごいな、ありがたいなと個人的には考えています。

明日のセミナーでは「持って振り回すときの動かし方」もお伝えしよう。

明治-g3

おすすめします、キシリッシュ。

「キシリッシュ、すごい魔除け効果で大ブーム」が来るといいなあ。

味もいいから!ってそっちが本筋でしたねwwww




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あんたたちもっと健康になりなさいよ | コメント(6) | トラックバック(0) | 2017/05/20 15:46

淡路マルイチ青果さんの美味しい玉ねぎ



のんきにガムだの野菜だのの記事が続きますが、いやいや食うことは大事ですよね。
戦いのさ中に震えながらでも飯が食える奴が生き残る、とメーテル様もおっしゃっていた。もっと丁寧な言葉でですがねw
動物は食えなくなったら死んでいきます。
元気に健康に幸福に、そして地道に、五輪金メダル奪還に向けて進んでいきたい。
できれば親愛なる皆さんと。
だから自分から見てこれは言いたい!ということは、好きなときに好きに書きます。
引き続きよろしくね。


さて以前にも記事にいたしましたが「淡路マルイチ青果」さんの淡路玉ねぎ。
ぴっかぴかで笑ってるw

2017淡路マルイチ青果さん

超美味な「淡路マルイチ青果」さんの玉ねぎ

すっごく美味しい「淡路玉ねぎ」!

狂喜乱舞していますね、今読むと恥ずかしい。草を大量に生やしていますし。
こんな紹介記事でドヤ顔をされた淡路マルイチ青果さんが迷惑に思われていないか心配ですが「食えば寿命が延びる玉ねぎ」とワタクシメは思ってしまったのでやっぱりハイテンションで書かせていただきます。

淡路マルイチ青果さん
http://www.tamanegi-net.com/


うめええええええ!!!!
「生きてる!」と思います。
すっごく美味しくて毎回驚く。
今までに食べた玉ねぎの中で一番美味しいと思います。

まあグルメでもなんでもない上にあまり外食をしないですしお取り寄せもそれほどいつでもしているわけでもないので、「あまりものを知らない人間」が言うことです。
世界にはもっと激ウマな玉ねぎもあるのかもしれないですが、わたしはもう「一生淡路マルイチ青果さんの玉ねぎだけでいい」と思う。これ以上はない。
そのくらい美味しいです。

今年もやっぱり美味しいです。「命」というかんじです。ありがたい。

みずみずしくて、安倍さんでなくても「ジューシー!」と言うでしょうし、味が濃いのにサッパリしていて他の食材を引き立てる。
単独で食べてもたまらない上に、組み合わせると「よしまかせろ!君の個性を輝かせるぜ!」というかんじでほんとにまとまり、かつ、「やだ、あたしったら料理名人?」と思うほど美味しいです。

旨い。

さくさく薄切りにして鰹節に醤油でもいいし(辛いと思ったらちょっと放置かさっと水にくぎらせる)、塩もみしてから水気を切って、ポン酢やわさび醤油、または洋風のドレッシングもあいますね。

ソテーにすればこれだけで満足ですし、油揚げでもベーコンでもちょっと油気を足すとご飯が進む。メインでいける。

シンプルに小松菜やホウレンソウなどの青ものと炒めてもグーですし、酢豚や回鍋肉などのがっつり系でもハーブみたいなフレッシュさで濃いのに爽やか、という逸材。

シチューが好きなのでもったいないことにじゃんじゃん刻んで、いやでも旬の甘さとみずみずしさは「速度」が大事!届いたらすぐ!がっつこう!w
ほんの少しの呼び水にワインなどをぱらりとかけて蒸し煮にすると驚くほどの汁気が出て甘くてコクがあってすっきりしたスープが取れます。すごいよこれ。

肉が好きな人はすりおろしてステーキにまぶし、シャリアピンにすると多分ヘヴン状態になれると思います。
絶対ウマいに決まっている!

玉ねぎにはたんぱく質分解酵素があるそうなので生で肉にまぶしておくと柔らかでジューシーで風味と旨味たっぷりの何ランクも上の味わいになるでしょう。
レバーをつけておいて、カリっと揚げたら酒のつまみにたまらんです。貧血にもいいですし。
冬に冷え切った体を中から温めて元気を出させる燃料になりますから、淡路玉ねぎとのコンビネーションでお肉も食ったらどうでしょう。
魚だとマリネの素材にしたらやっぱりたまらないと思う。
鮭のちゃんちゃん焼きもいいですよね。
プチトマトの皮を、湯剥きしてマリネにするといくらでも食べられますが玉ねぎもざく切りにしてパプリカと漬けておいたら彩も鮮やかでいいのでは。あ、パプリカは国産品もありますしオランダなんぞからもどっと入ってきてますから韓国産は避けたいところ。

刻んでひき肉と炒めてキーマ風カレーも美味しいなあ。

生で刻んで、ツナやオリーブ、チーズなどの油っ気や、おじゃこやカツオブシなんかの肉っ気(我が家ではこういうんですよw)をちょっと足して、味付けはシンプルに塩と酢とスパイスと、にんにく大目の風味で食べるサラダと、複数の葉物野菜とまじぇまじぇしたwサラダと、お味噌汁に入れるのがお気に入りです。

ひたひたよりちょっと多めのお酒の中にぼちょんと1個まるごと入れてとろ火にかけて放っておくとなんということでしょう!滋味あふれる玉ねぎスゥプの出来上がり!も楽でいいw焦げないようにじっくりとオーブンでも面倒がなくていい。

あ、もう面倒なんで汁物系統は水を一切使わずに酒だけでいきますね。カレーもシチューもスープも、豚汁もおでんもそうですわ。
たぶん「暴挙」なんでしょうけどうちではこれだと押し切ります。

淡路玉ねぎだけの煮込みはやっぱり日本酒が一番かなあ。



「生きている」命をいただける。いただいて一緒に生きていく。
ありがたいなあと思います。
何よりもウマイ!!!!
あと、お値段がちょっと安すぎる気がします。この内容でこのお値段。神様かな?と思いますね。

自分のような貧しい調理経験からでもただちに複数の献立を組めるほどの万能野菜。

この玉ねぎは「だしのもと」。味を全部持っている。ほんとにおいしいです。

おすすめです。

新玉ねぎのこの季節に!ぜひ!

淡路マルイチ青果さん
http://www.tamanegi-net.com/

こんな食べ方もいいよ~!というものがあったらぜひコメント欄で教えてください~。作ってみます!




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あんたたちもっと健康になりなさいよ | コメント(1) | トラックバック(0) | 2017/05/12 15:46

明治のガム、キシリッシュのディープミントに驚いた



真央ちゃんが引退した後も、このスーパースターに群がっていいように稼ごうとする連中が飽きもせずドス黒い側面を見せ続けておりますが、まあ出るわ出るわの大騒動ですわね。

それはともかく、またしても皆さんにとっては超どうでもいいかもしれないですが個人的に「おお!」ということがあったので記事にしておきます。

ロッテは不買運動中で、THE ICEのスポンサーは明治とかグリコとか日本の企業になってほしいなあと願い続けておりますし、ガムもロッテは避けております。

で、明治のガム、キシリッシュのディープミント味。こいつのパッケージがすごかった!

KYLISH DEEP MINT

キシリッシュ

「ドラキュラに勝てる!」と思いましたね。ええ。

すごいね、これ。

手持ちのブツと並べてみました。イケそうな雰囲気すごいwww

キシリッシュ2

帰省すると呪われた物件がいっぱいあるので実際にガチバトルでどのくらい勝てるのか実証できるのですが、帰省したらしたでいろいろややこしいので、都内の住まい近隣の「おまえいつまでそこにいるんだ」な皆さんをこれでどついてみたいと思います。
この後近所のお寺さんに行って、生け垣にはさまっている人をこづいてみます。

目に見えないものを取り扱うとき、わたしはモノを使ってあれこれすることがほとんどないんですが、明治のキシリッシュ ディープミント味のこのパッケージにはグッときました。

安上がりでいいなあ自分wwww

三種並べたものの内訳だって、新宿御苑内の売店で購入したボンボニエールと称して売られていた蓋つきの入れ物で、手鏡は日枝神社さんの社務所で購入、キシリッシュはどこだったかスーパーです。お土産に手ごろな値段。

安上がりでいいなあwwww

そして一切本来の用途で扱っておりません。入れ物はオイルを入れて火をごうごう焚きますし手鏡は「歪んで映ったらソコがアレ」というチェックになるし、ガムの外箱は魔除けになる。
ほんとかよ、ということで試してきます。

明治さんすごいな、このデザインをなさった方をご存知の方はぜひ「日本人の口の中と日本の空気を清めてくださってありがとう」とお伝えください。

左端の白い十字このままでいいのか回転を加えたほうがいいのかで、西洋ドラキュラが得意なのか魔物全般なのかわかると思います。
あとKYLISHは造語でしょうが、ギリシャ語の頭文字でむりやり聖句にこじつければ西洋魔物には効くかもしれないww

東欧系の大使館近辺で西洋魔物を探すか、オークションで手ごろな値段の「明らかに祟られているもの」を入手して試してみたいと思います。

皆さんの中で「西洋からきた困ったちゃん」をお持ちの方はぜひお試しください。って「やり方」は姐さんに確認してね、と商売っけを出しておきます。

キシリッシュでイイなら高っけぇお札とかいらねえよなあ!

びっくりだよ!

「超変なこと言い出した!」と我ながら思いますが効果があるならなんでもイイじゃん!

メーカーが「明治」だしな。明治は日本の神様だしな!

では!

あ、黙ってスケ連に送ればよかった的なwwwww心温まるプレゼント的になるかなあwwwwwwwww


追記
今販売されているキシリッシュのこのスティックタイプなら、どの味も外箱は銀色みたいです。幾つか買ってみました。
味によって内箱の色が違うだけみたい。ディープミントは緑、とか。

時音さんがコメントで書いていらっしゃるようにレジの近辺はロッテのガムばっかりなんですよね。でもキシリッシュおすすめです。
魔除け効果(笑)のある箱だけでなく味もいいです。口の中がべとつかないし本当にいい香り。

アブナい場面でこいつを有効活用できればすごくラッキーじゃないですか?

キシリッシュを買ったのが本当に久しぶりだったのでびっくりしました。
まあメーカーの「明治」って日本の神様だしなあ。すごいことだ。

こんな変なこと言い出すのが実に姐さんらしいなあ(笑)と思いつつこのわくわくをおすそ分け☆





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あんたたちもっと健康になりなさいよ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2017/05/11 18:31

「聖徳太子」復活へ 次期指導要領 「厩戸王」表記で混乱




産経新聞 3/20(月) 7:55配信
「聖徳太子」復活へ 次期指導要領 「厩戸王」表記で混乱
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170320-00000049-san-soci

文部科学省が2月に公表した中学校の次期学習指導要領改定案で、現行の「聖徳太子」を「厩戸王(うまやどのおう)」に変更したことについて、文科省が学校現場に混乱を招く恐れがあるなどとして、現行の表記に戻す方向で最終調整していることが19日、関係者への取材で分かった。改定案で消えた江戸幕府の対外政策である「鎖国」も復活させる方向。修正した次期指導要領は月内に告示される見通し。

現行指導要領では小中学校とも「聖徳太子」を授業で扱うと例示したが、今回の改定案では、人物に親しむ小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、史実を学ぶ中学で「厩戸王(聖徳太子)」に変更。文科省は、歴史学では「厩戸王」が一般的で、「聖徳太子」は没後の呼称だが、伝記などで触れる機会が多いとしている。

文科省は改定案公表後にパブリックコメント(意見公募)を実施。呼称の変更に批判的な意見が多かったほか、教員からも「小中で呼称が異なれば子供たちが混乱する」「指導の継続性が損なわれる」といった意見が出ていた。

こうした状況を踏まえ、文科省は小中ともに聖徳太子の表記に統一し、中学では日本書紀や古事記に「厩戸皇子」などと表記されていることも明記する方向で調整している。

一方、鎖国の表記については、小学校で「幕府の対外政策」、中学でも「江戸幕府の対外政策」としたが、幕末の「開国」との関係に配慮して「鎖国などの幕府の対外政策」といった表記で検討している。







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日本人として生きるということ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/03/20 17:32

生きていくということ



人間は生まれながらに不平等なものです。
平等なことは2個しかない。生まれてきた、そして死んでいく。人は必ず死ぬ。ただこの一点においてのみ、絶対的な平等条件をあらかじめ与えられていると言えるでしょう。

人生とは不平等なものである。そして全員が必ず死ぬ、という一点においてのみ平等である。

シンプルにそぎおとしていくのなら「人生の条件」とはこれだけに集約されるのではないでしょうか。

必ず死すべき人間であるわたしたちが、先に世を去った人たちにできること。

人に尋ねられたらわたしは必ずこう言います、「忘れないでいてあげること、あなたの人生を通じて共に生きること、それが最大の御供養になるのではないでしょうか」と。

わたしたちも死者の群れに必ず入る。必ず死ぬ。

であるならば、限りあるこの命の時間をいかに使うか、いかに生きるかだけに集中していけばいい。その過程で力の限り生きていく中で、死者も生者も区別なく、一緒に全力で生きていくことになるのだろう。

死者の冥福を祈り、死者の霊を弔うとき、わたしたち生きている者もまた、そのように祈られ弔われ、そしてできれば誰かに記憶されるべき存在として共存共栄しているのではないだろうか。

生きることは死にゆくこと。そして先人と共に生きること。

「わたしの後」に続く者たちに何かを残していくということ。

今日は祈ろう。今日は弔おう。「あなたたちを忘れない」と伝えよう。

そして明日からは自分の人生をより輝かせるために、立ち上がろう。


今日心から祈ったように、わたしたちは自らの死を迎えたときに、「ああ惜しい人をなくしてしまった、残念だ、悲しい」と心から悼んでもらえるだろうか。
「でもあんなに懸命に生きていたからきっと悔いはないだろう。だって笑顔で亡くなっている。どうぞ次の世でもがんばってください。またお会いしましょう。そのときを楽しみにしています」と言ってもらえるだろうか。

わたしはそんなふうに生きたいです。

誰に知られなくてもいい、自分が、自分の心が同伴者です。
24時間共にいて、365日つきあえる、自分自身が自分の最良の友となり、この人生行路を歩んでいく。

今日は祈りの日、慰霊の日。
でも本当は毎日が祈りと慰霊と決意の日。


「丘の祷ること久し」

忘れません。





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日本人として生きるということ | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/03/11 14:46

「子孫のために」(ねことフクロウさん編)



これは皆さんにも御覧いただきたいなと思いました。

ねことフクロウさん、コメントありがとうございます。
また、パブリックコメントの意見表明、おつかれさまです、ありがたいことです。

> 去年産まれた、初孫の為に。

おおおお!おめでとうございます!お健やかでありますように!!!

> この可愛い子が反抗期になって、「このクソババァ」と言われた時に、「罰当たりが!」と胸張って言えるように。
> 今、この子が毎日顔を真っ赤にして、寝返りの練習をしているんですよ。凄く頑張ってる。その十分の一でもババも頑張らないと。

そうですよ、われわれは年齢的に一足お先にその方の「ご先祖」として恥ずかしくないふるまいを、生前も死後も要求されるんですから。
胸張って「わしゃぁ、やりきった!悔いはない!」と死んでいって神上(かむあ)がっていかないと!
その意気やよしでございます。尊敬します。

> 最近の絵本には、吃驚しました。
> カチカチ山なんて、みんなで仲良しこよしなんですよ。
> 「恐怖」と「教訓」は昔話の肝だと私も思います。
> 善意で施しをしても、用心は大事なのよ。
> 怖い人もいるのよ、ババァ汁になってしまうよ。とね。

そのとおりです。世の中は不公平だし不平等だし不条理です。
昔話なんてうわっつらのいい顔だけじゃ話にならんよ、という深い話じゃないですか。

怖いモノは無数にある、だから負けたときどうするか、負けないようにどうすべきか、負けちゃった者の取り扱いをどうするか、学ぶ一番のチャンスですよ。

> 絵本では悪者は改心します。って教えて、現実では、悪者は責任能力が無かったので、罪にも問えません。って、悪い冗談ですよねぇ。

いけないですね。だって「善」と「悪」は人間が決めるものですから、そのときどきで変わります。

昔話は人間の魂の歴史ですから善悪を超えた圧倒的な「揺るがない・かなわない・変えようがないナニカ」を描写している。
それを変えたらダメですよ。
人体実験がまだすんでいない謎の人口合成物みたいなものですから、魂にアレルギーが起こります。

姐さんは読み聞かせをするときはこどもをがんがん泣かせることを目標にしていますよwww
京極夏彦さんと同じです。「怖がらせてナンボ」ですよ。
怖いこと、恐ろしいこと、罪なことなど世の中にはいくらもある。
だけど「でありながら」強く生きていく道も人間にはあるんです。

真央ちゃんがお母さまを亡くされたとき、それでも全日本を欠場せず、慈愛の化身のような舞を見せたとき、全国のちびっこたちは「どんな悲劇が起こっても人は強く正しく美しくあることができるのだ」とはっきりと理解したでしょう。

こどもにとってお母さんは全世界です、宇宙です。そのお母さんがいなくなる。こんな恐怖があるでしょうか。
姐さんのまわりの小さい人たちもみんな深甚な衝撃を受けていた。
「真央ちゃんかわいそう、真央ちゃん大丈夫かな」と泣きそうになっていた。

一途に純粋に小さな心いっぱいに真央を応援するちびっこの前で真央ちゃんは「生きていけるよ、何があっても」と証明してくれた。
彼女のように立派なお姉さんをロールモデルにできる日本のおちびさんたちは幸せです。
同時にわたしたち大人たちも。

真央からは無限に学ぶべきことがある。わたしはそう思います。

真央を嘘をついておとしめる者たちと今回の信じられない改悪の根は同じだと思います。これは打ち砕かなければなりません。

まあ学校がどうあれわたしたち大人がしっかりして「ちゃんとした歴史的事実ならびに神話としての魂の真実」を伝えていくべきなのはいくら時代が変わろうと揺るぎませんね。

今回のことで逆に「じゃあ聖徳太子ってどんな人?」とちゃんと思うことができた人は、ご自分でどんどん調べるだろうし「すごい偉人じゃん!」と思えた人はそれだけ興味を深くなさるでしょうし「こんなすごい人を卑小化して一体なんの得があるの?」と疑問を持たれるでしょうし、「他にも改ざんされた歴史もあるんじゃないの?」とどんどん先に進むでしょう。

わたしたちが戦後七十年かけて奪われたものは大きいんですよ。
もちろん改善されたことだっていっぱいあります。よかったこと、すばらしかったこと、こうなってみんなのためになったなということもある。
けれども忘れてはいけないことを忘れさせられ、奪われてはいけなものを奪われて、「何を忘れさせられたのか、何を奪われたのか」を考えることすら取り上げられた。

忘れてはいけないこと、それはわたしたち日本人の心の歴史であり、魂の真実です。つまり「神話」です。

よく『古事記』と『日本書紀』の中身を軽く否定なさる向きもあるのですが、だとしても「ご先祖の記録」であることは間違いない。また現存写本よりもなお古い、もっと確実に往時の姿をとどめたものが出てこないとも限らない。

史実をとどめていない部分はなにゆえにそう言い切れるのかを検証し、史実は史実として認めながら、われわれの「魂の歴史」である側面も大事にしていかなければいけません。

その識別手段も含めて、わたしたちは奪われてきた。

でも、削除されたわけではない。手立てはある。

こんなブログでも、どなたかひとりでもいいから「本当はどうなんだろう」と考えて「自分で」検証をはじめる人がいてくださるのなら、続けてきた甲斐があるというものです。

わたしたちは「日本」と「日本人」を本気で存続させるための、戦いを続けていかなければならない状況においこまれている。

日本は「戦時下」にあるのですよ。こんな文化侵略を受けてそれでも黙っているのなら日本は本当に終わります。


先日、Twitterで気分よく愛子女帝だ男女平等だ女性差別だと吠えているアカウントがあったので「質問」をしてみました。

これだけのありがたいお言葉をぶつけてくる方なので、さぞや日本史にお詳しいかとわくわくです。
白鳳や天平が列挙されていないのはなぜだろ、とかも聞きたかったw

勉強しろ

そうしたらただちに逆切れされてしましましたが、わたしはただ「飯豊青皇女についてどうお考えですか」と訊いただけです。この方は史実からはほとんど無視されていますが、男系男子の即位がなかなか決まらないときに即位した、と昔は言われていた方です。
女帝としては推古より前に、この方と神功皇后が「女性でありながらほぼ天皇位」と同等の働き=役割をなしたとされていた方なんですね。
だから愛子さんを即位させたい側の人間だったら目の色を変えて「過去の女帝」一覧に追加したいはずなんです。
だって今上で125代とされる皇位のうち、女性は(現在は)十代八人と言われている圧倒的少数派です。過去の女帝はひとりでも多くカウントしたいと思うのが、「正当な歴史的史実を根拠にする」「科学的・学術的態度」ではないのかと、わたしは重ねて訊いてみました。
もちろんなぜ皇女の名前を出したかも説明してです。

ところがそのアカウントの持ち主はわたしに対して「質問してくるな!おまえの脳内にある不思議の国ニホンの話を勝手にしろ!」とぶち切れてしまいました。

たぶんご存じなかったんでしょうね。せっかくあちらにとって論拠になるいい例を出してさしあげたのに(笑)。
おかしいな、感謝されこそすれ逆切れをカマされるいわれはないぞ。

その方は普通の学校教育を受けて新書を読んで勉強しなさったそうです。
で、山川の参考書はいいと言ってきたので「わたしも持ってますよ、カラーで見やすいですよね」と返したらなんか態度が変わってしまった。
それまで気持ちよさそうに「おまえは無知だ不勉強だ日本史を知らない愚か者だ」と吠えていたのに。
なんでだろうー。

勉強

そしてそのアカウントは今日も気持ちよさそうにおまえらは無知だ不勉強だ日本史をもっと勉強しろと吠え続けています。


姐さんは喧嘩したかったわけじゃないんだけどなあ。
「日本国憲法を変えてまで」なぜ愛子さんを即位させなきゃならんのか教えてほしかっただけなんだけどなあ。

そもそも愛子さんが帝位につくためには存命の男系男子の継承権者を全員ぬっころさなければいけないわけで、それに愛子さんに資格ありと憲法を変えた場合、愛子さんより年長の麗しきおふたりの姉妹も自動的に有資格者になるわけで、そのへんはどうするつもりなんだろうか、というあたりもうかがいたかったんですよねえ。
日本史の自称スペシャリストらしいんで何か奇策があるんでしょうか。気になるじゃないですかwww

国会での蓮舫氏の態度とそっくりなのが「なるほどねえ」でした。

でも、学ぶべきこともありましたよ。あのアカウントを見ていたら「ああ、まわりからしたらわたしもこう見えるんだろうなあ」と大変反省いたしました。微妙におねい口調でえらそうなのも非常にアレでわたしまでちょっと恥ずかしくなるような言い回しで。
ネットに慣れてないのかも。
ほんと気をつけよう。根拠のないことを言い散らすのは「妄想大爆発」ですから。
できるだけ峻別していこう。今よりももっと。と思いました。

ただ逆に自分だったら「えっなんですかその人は!教えてください!」と食いつくだろうから、そこだけは違うと思います。うん、やっぱり違うなあ。「東大寺のアレが根拠っすよね!」くらいは出すだろうしな。好きだから。

で、わたしはこの皇女が大好きなので、というか皇統のゴタゴタってあとから見るとたいそう趣深いので(うわー超配慮した言い回しーーー)左翼の皆さんがもっとこのへんに食いついて調べ倒して新しい論文発表なり皇位の順番変更なりちゃんと科学的・学術的態度で「根拠を出して」世の中に広めてくれればいいのにと思っちょりますが、どうも誰もやってくれない。

おかしいな、もっと食いついてもいいのになwwwそれともわたしが無知なだけで左翼御用達のニホンサゲサゲマンのえらい学者先生とかがナニかおっしゃってますかね?
そうしたら「へー、そうなんだ~」と楽ができるのにwwww
誰も古い史料を京大に見に行ったりお宝文献をしまっているお寺さんに見学に行ったりしないのかなwwww

あれだけ大声で主張しながらなんで根拠を出さないの?と姐さんはポカーンです。まあそんなもんですよ。そんなもんが「日本国憲法を変えてまで」わけのわからないことを通そうとしているわけです。

一体誰が本気でわが子孫のためになることをしているのか?

見極める目が必要ですね。本当に。

「見極めよう」と決めて、そして実際に動き出す人が必要ですね。

ほんと、繰り返しになりますが今の反日マスメディアが攻撃する対象ツートップが安倍首相と浅田真央ですからね。

ということは、という話です。


ねこふくさん(ひどい略称www)、感謝申し上げます。日本を、未来をよろしくです!





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日本人として生きるということ | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/03/10 03:06

追記あり「日本人ならありえない」「大変な非礼」を働こうとする文部科学省初等中等教育局教育課程課



※追記
「るみ」さんからコメントをお寄せいただきました。
なんだとー!ますますアカンやん!

るみさん、コメントありがとうございます。これは拡散しなければ!!!

紀子妃殿下と聖徳太子

これってやっぱり「生前退位」とか「女性宮家」で騒いでいる者たちとつるんでいるってかんじですよね。
だってこんなことする必要がないんだもん。
どうも非日本人は乱暴でいけない。


参議院議員山田宏さんもおこなのがあったりまえだふざけるなよのトンチンカンな「改悪」情報。
文部科学省に電話してさんざん文句を言ってやりたくなりました。

山田さんのネットサポーターズクラブのメルマガより。


◆聖徳太子(厩戸皇子)と教えていたものを、中学校から厩戸皇子(聖徳太子)とする方針。 
 
 これまで一千年以上の長い年月、日本人は厩戸皇子ではなく、没後の尊称である聖徳太子として敬い慕い、「和をもって貴しと為す」の17条憲法や、「日出づる国、日没する国」と対等外交を貫く遣隋使の国書など、まさに聖徳太子の名は、わが国の精神の核となってきました。

 変更の理由は、日本書紀等では厩戸皇子であり、聖徳太子は約100年後の尊称だからとのこと。

小学生はいいのに、中学生からは厩戸皇子(聖徳太子)にしなければならないのでしょうか?
なぜ聖徳太子(厩戸皇子)のままではダメなのでしょうか?
長年親しまれてきた聖徳太子の名を、少しずつ日本人の心からフェードアウトさせていくということは、日本精神のフェードアウトになりかねなく、私は変更することには賛成できません。


まずですね、日本には「実名敬避」という風習がございます。これはあいての本名(特に自分より地位が上の人)を呼ぶことが大変失礼になるからやめましょう、という風俗です。なぜかというと本名・実名をそのまま名指すことは相手を支配する呪いをかけることになる。実際の「その名」を呼ぶことで相手を支配することになる、だから名前は呼ばないよ、という対人プロトコル第一条、くらいのめっちゃ基礎的な知識です。
呪いがー支配がーを抜きにしても、すでにずっとそうしてきた。会社員が勤務先の上司のことを「課長」というのもこの流れです。役職名で呼ぶ。
昔は官位がない人は住まいの名前で呼びました。

やんごとなき向き、であるほにゃらら様を「みかど」と呼ぶのもその表れです。権勢を誇る高貴な人の住まいには大きな門がある、だからその門をさして「御門=みかど」と呼ぶ、なんてのは知っていてあったりまえの基礎知識ですわよね。

日本では天皇が権威の頂点にありますゆえに、朝廷からもらった官位でその名を呼ぶ。複数の官位があったら最上等の官位で呼ぶ。引退してももと、とかさきの、と「前」になんだったかの官位で呼び続ける。

みんな大好き水戸黄門も「さきの副将軍」と官職名をなざすでしょ?そうするとどんな大悪人も「ははーっ」と平服する。将軍職、副将軍職もみかどからもらうモノだから、だから触れ伏すんですよ。

さきの副将軍なら現無職とはだれも言わないwww一度でも位人臣をきわめたら「その立場」で呼ぶんです。だってこの世で一番尊いモノは天皇位、ということを前提に日本はグルグル回ってきたんだから。

だから実名である厩戸皇子と呼称するということはもんのすごい非礼無礼をはたらくことで、言ってみれば今宮を「あきひとぴょん」と呼ぶのとまったく変わらない。
誰がそんなことするかっつーの(怒)。

それから「百年後の尊称だから」使わないだと?ばーかばーかばーか。

追号、法号、おくりなというのは死後与えられるモノだっつーの。だから百年が千年後だろうが「そのおくりな」で呼ばなきゃならないんだってばよ。それをしない、できないのは「日本人ではない」と思って間違いない。

こういう常識も奪われ続けてきたのが日本人です。

じゃあみんな大好き淳仁天皇(じゅんにんてんのう、天平5年(733年) - 天平神護元年10月23日(765年11月10日)は明治時代になってから諡号としてつけられた呼称だけど、これも変えなきゃいけないの?明治時代というか明治天皇の勅命でこう呼びましょう、と、上皇ではなく「天皇」として、かつて無理無体に退位させられたことなんかなかったんですよと、「あってはならない大惨事」を無効化するための呼称として明治天皇がつけたんですけど?

これもダメってことですか?えーーーうっそーん。

明治は1868年からだから1,100年後の諡号です、太子の10倍時間がたっていますけど?だからダメってことですか?

おかしいでしょ?

実名で呼ぶことにするのなら神武天皇のカムヤマトイワレノヒコから全員言い換えなきゃいけないし、それはものすごい非礼だし、そもそも「日本の」風習にないことだし、諡号が許されないというのなら明治、大正、昭和の言い方も今から付け直さなきゃいけません。そしてそれもおかしいでしょ。明治をむっつ、大正をよっすぃーと呼ぶバカがどこにいる。

なに言ってんだよって話です。なんでわざわざ「日本古来の風習」を崩してまでトンチンカンな主張をするのか?

というように、メジャーな「すめらみこと、ならびにすめらぎ」を二、三出すだけでもあっさり崩れ去るようなこの「改悪」、おかしいんですよ。

文部省の言っていることはめちゃくちゃなんですよ。

日本のことをぜんぜん知らない人があっちをつつき、こっちを崩し、わけのわからないことを言っているようにしか思えません。

文部科学省初等中等教育局教育課程課に勤務なさるくらいですからさぞ!さぞ!頭がよくて高学歴で立派で日本史にも詳しくていらっしゃるはずなのに。へんだなあ。

こんないち民間人のクソブロガーにすらただちに「ちょっと待て」と言われるくらい「異常な主張」をなぜなさるんだろうーーー。

日本史の先生方で「いやそれはおかしいです」とハッキリモノ申すお方がいてほしい。みなさんのまわりにはいらっしゃらないでしょうか。
学生さん、どうだい?諸兄諸姉らの日本史の先生は激おこではないのかね?

だいたい、なんで日本の仏教界から猛烈な反発が起こらないのか不思議です。呪殺行もいとわぬレベルで抗議すべきことでしょう。
昭和までは全国の寺社仏閣なんてものは朝廷のオーダーで政敵を呪い殺すことが主なお仕事だったなんだから、いっちょ「政敵」つーか「国賊」全滅の行くらい、あっなんでもありませんwwww

明治三十年ころまでは「上宮太子」という言い方のほうがむしろ普通だったんです。太子の遺徳をしのび、この偉大な上にも偉大な政治家・宗教家・思索家であった方を国民に広く周知徹底をと当時の学者が財界人にはたらきかけて「聖徳太子」への崇敬きたれかしとそういう団体をつくり、「聖徳太子」すごいぞキャンペーンを展開した。
そういう事実も過去にある。

やってあたりまえのキャンペーンです。

なぜならば、太子はかつての超大国にして圧倒的な文化先進国であるかつての中国に向かい「対等な外交」を毅然と主張した初めての政治家だったんです。

彼は「天子」という呼称を自ら使い、日が昇る国の天子から、と書面を渡した。これは朝貢では「ない」んですよ。対等な独立自尊の国家として真向勝負を挑んでいる。

とてつもない転換をわが国にもたらした政治家です。

当時の皇帝が激怒した。そりゃそうだ。中国は「天」というモノを森羅万象のトップにおく。そこをつかさどる天帝が任じる人の世のトップだから人帝、つまり「天子」が自分だと。そういう世界の頂点にいる者のみが使用可能な呼称をヤマトのトップが送ってよこした。
わざわざ委という、小さい、弱い、というような意味を持つ漢字ににんべんをつけて倭、と蔑称で記録していた超大国に、ですよ。

日が昇る国の天子と書いたから怒ったんじゃない。天子という呼称で横っ面をひっぱたいたから怒ったんです。中国には太陽を重んじる神話伝説が少ないです。むしろいっぱいあって迷惑で、弓矢で撃ち落としたんで数が減って暮らしやすくなってああよかった☆なんて神話があるくらい、太陽をも包含したもっと上の「天」が最上位。

三国に分かれて争っていた時代など、魏としては呉のむこうにあるヤマトの国が呉の背後をついてくれればいいのにな、くらいの策はあったことでしょう。

だから中国の歴史上、女性の皇帝というものは武則天(いみなは則天大聖皇帝、則天順聖皇后だそうですYO!)を除いてはただのひとりも女性が即位したことがない、そんな徹底的な男尊思想のただなかであっても女性のヒミコがトップなら「王」に任命してやるYO!くらいの配慮を当時はしたのだろうし、太子の時代だって女性の推古(いにしえをおもんぱかる、とやまと言葉では読みますよ。おもんぱかるのぱははのいいやすいように読み替えているいわゆる訛化ですよ)天皇のかわりに「オッサンからの親書ってことにしとこうぜwww」とかなんとかげふんげふん

「親書」ですからね「親書」。
「宛名人が開封て宛名人だけが読んでくださいよ」ですからね、このレター。
朝貢じゃないんですよ、完全に。

こういう、自主独立の政治をしようとしているのが今の安倍政権だと思います。

超大国アメリカ、ロシア、ヨーロッパに対しても対等な外交をするために今しにものぐるいで努力している。

中国、上下韓国に対してもやっと「対等な政治」をしようとしている。

そういう人が我慢ならないのは誰ですか?日本国内の反日勢力なんじゃないですか?

超大国隋と対等な外交をしようとした太子と、今の安倍政権と、わたしにはとても似て見える。

だからこそ「今」「こんな不可解な改悪が」「内部」すなわち文部科学省から出ているのではないだろうか、と勘繰りたくもなりますよ。

だからぜひ太子への「とんでもない非礼」を子供たちに強制し、太子の価値を引き下げようとするうんこたちはついでに淳仁天皇を実名で名指す教育指導をしてください。そして首謀者は呪われてください。

太子だけじゃない、元寇襲来も「言い換え」で下落させようとするセットの行為がどうにもこうにも「おかしい」です。

歴史的には元寇襲来でもっとも醜態をさらしたのは時の半島人ですよね。徴兵されて無理やり船を建造させられて手を抜きまくったらそれで自分たちが出陣しなきゃならなくてみんな水没、さらには小柄で痩せててろくな武器も支給されず、開戦以前からどんどん逃げて「なにあれ」と日本人がみんなビックリとかね。

武士は、倒した敵の数をカウントして報告しないと後でほうびにありつけない。だから死体のカウントは極めて厳正にしているんですよ。誰が戦って討ち死にしたのか、誰が逃げまどって足手まといになったのか、日本人はみんなメモをとっています。

わたしのセミナーですら参加者さんのメモ率100%ですよ。ちゃんと記録しておくんです。

だから元寇襲来で一番みっともなかったのが誰なのかわかっている。

これを糊塗したいのって「誰なのか」、ってところまでわたしは勘繰りたくなります。

おかしいことはおかしいと言わないとだめですよ。

だから上記をまとめてパブリックコメントに意見しました。

お役人さん、何かを変えたから手柄だ、何かを変えたから仕事をした、っていう古い考えは捨ててください。

これははっきりと「改悪」だし、もっと先に手をつけなきゃいけないことがあるでしょう。

もっと命がけで大至急、改善しなきゃいけないことがあるでしょう。

こういう、どうでもよさそうに見えて明らかに国益を損なう教育はいけません。

わたしは、「聖徳太子」でいいと思います。

天台宗も真言宗も、それを言うならあの日蓮ですら「聖徳太子はすごい、立派だ、手本だ」と言っているのに、なぜ日本の仏教界は「法号」でもある仏教界サイドからのおくりなをなくそうという動きに猛反対をしないのか。

かわいそうな太子。まさか千年先のヤマトの国がこんなていたらくになろうとは。

生前から何かとすぐ死にたがっていた人ですが、もうどんなにかと思います。

こういうアンポンタンも許すのが仏教の教えかもしれないですが、わたしは「おかしいわよ」と殴るべきだと思います。実際に殴ると問題なのでソースを出して「おかしいです」と文章化するにとどめますけど。

3月15日までです。国民の皆さん!思いの丈をぶつけましょうぞ!

http://www.mext.go.jp/b_menu/public/main_b13.htm

このページでエラーが出ても無視して
 [意見募集案内]をクリックして、検索欄に「185000878」と入れる。

案件番号185000878
「学校教育法施行規則の一部を改正する省令。幼稚園教育要領。小学校学習指導要領。中学校学習指導要領。

「子供に変なこと教えんな」でいいんです。

意見を募集しているんだから出して当たり前っすよ。


十七条の憲法、もう一度見ると血を吐くような叫びにしか見えないです。そして為政者がわがこれを本当に実行できたらとてつもない超大国に一気になれるし、太子は本気で実現しようとなさっていた、と思うと体が震えます。

山田宏さんがおかしいというのも無理はない。
お若いころにサッチャーさんに会いに行った若きヒロシは、もう一度、自らの老年期を前に「聖徳太子の」理想に触れなおすことで、必ずやひとまわり成長なさると思います。

無知は罪になる時代です。

わたしも今回のことでふざんけんなよと思って手持ちの資料を見直したり、近隣図書館で本を借りて勉強しなおしました。
以外にも聖徳太子関係の本がけっこう貸出中になっていて嬉しかったし「ざまあwwww言論封殺はできねえよ」とちょっとほくそえんだりいたしました。

ちなみに聖徳太子を嫌うような文化的後進国のアンポンタンな国は今の中国と今の上下(南北)朝鮮だけだと思いまーーーす。
だって耳が痛すぎて憤死しそうなことしか書いてないもんwww

ああ、そういう断末魔の悲鳴を一度に十人聞いちゃえるんだ、って違うわーいwwwwww

違うわーいwwww太子への熱い風評被害とともに文部省どうしたよ、超やべえよと思いつつ。

日本人の子供には日本を、祖国を、わが母国を誇りに思える教育を、施したいと願います。それが当たり前なんだ。

それには「事実」を伝えるだけでいい。それだけでいい国が、わが日本です。






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日本人として生きるということ | コメント(17) | トラックバック(0) | 2017/03/02 17:53

実証できた「遠隔視」



姐さん個人の話なので興味がない方はとばしてください。ぬたうなぎの画像もないよ。

えー、感動に打ち震えておりますよ。

唐突な記事で申し訳のないことでございますが、本業のほうでめちゃくちゃ大きな進展があったので、自慢でございますよ(笑)。

世にいう霊感なるモノは、たいていそれを声高に主張するもののうさんくささとトンチキぶりに何やらべっとりとマイナスイメージがついていますし、実際に半分以上「悪」の印象を持たれていると思います。

ですがそのようなモノはある。でも、実際に使うとなると、自分の肉体と精神をこえた「第三者」を使役することになる。その相手がだれでどういうことを依頼したかがわかっていればお礼なり感謝なりできるのですが、無自覚無意識に連動させて使ってしまうと後で取り返し・揺り戻しがあることが多いのです。

だから言い方として大宇宙をめぐる気を自在に取り込んで施術するから大丈夫!と主張する気功師(特異気功の身体治療などですね)が突然死したりするわけです。取り立てにあう。
なぜそんなおっかないことをおっさんたちはするのだろう?というのがコドモ姐さんの素朴な疑問で、「ヤクザにもの頼んでおいて知らんぷりなら百倍返しで食いつくだろうよ」とずっと不思議に思っていました。

心霊、神仏をヤクザ呼ばわりもどうかと思いますが、礼に始まり礼に終わるのはいっしょなんです。霊だけに。

陸上でいうと遠隔視は100m走で霊視はリレーなんですね。「何を動かしているか」把握できないままバトンを渡すとあとで返しにやってきます。ここでみんなつまづいている。
「拝み屋の末路は悲惨」という言い回しはそこを示していると思う。

あと嘘をついている自称能力者はみんなデブです。肥え太った自称能力者には要注意。本当に尊いものとダイレクトに接触していると肥れないです。アブラミ不要。このジャンルに限ってはデブはダメです。

そして「では自分で全部完結できてだれにも迷惑をかけない『方法』はないものか」と思ったときに「あるじゃん、万人に共通の野生の勘が!」と実にシンプルな答えにいきつきました。

つまり、わたしたちはお店に行ってりんごを一個買うときも、色つやや形や鮮度や味わいをよくチェックして一番いいと思ったものを選び取るじゃありませんか。そもそもどのお店に行くのか、あるいは農園に直接とか、実店舗なのか通販なのかとか、選択肢はたくさんある。
その中で今の自分の状態に一番みあった「適切なもの」を「自然と」選び取るわけです。

その機能は全員にある。腐ったものをできるだけ食べないとか、ヤクザはなるべく怒らせないとか(笑)、生きていくための知恵、工夫はあるていど全員が持っている。
そして後天的な学習で備わったものと損なわれたものがある。
損なわれている部分はおいといて、現在ただいま万人が生きていくうえで使っている「それ」を使えばいい。

ということで、以前にも遠隔視のセミナーを何度か開いてきましたが、全員にわかるように伝える技量がまだわたしのほうで用意できず、方法はいくらでも伝えられるけれども、個々人の努力にゆだねすぎている部分が多かったと思います。

そこを改善したくてずっと自分で実習を続けてきた。そしてついに「絶対に遠隔視を実証できるやり方」が確立できたのが2月2日でした。日付はすごいねフ(2)ーフ(2)ーと覚えてください。いやそれはいいんですがw

ただしパーフェクトな実験結果を出すための条件が2個あります。
(1)「日本語」をあるていど使える人
(2)実習後に「姐さんなんかバーカバーカ」と態度で示すのはいいんですが(いいのかw)、「やり方」を学んでいる間はできるだけ素直になっていただくこと。

時間にしてまあ30分から1時間あれば全員が「わたしは遠隔視ができた!」と確実に実感していただけます。

これ、ほんとにすごいことで、人類の歴史を変えられるなあ、少なくとも日本の歴史は変わるなあと思っています。

だって「本当のこと」をお互いが一発で見抜きあう、わかりあう社会になるのなら、嘘も偽りも通用しない。
嘘を通用させる理由がない。

また、「他人の真実」を実習で扱っているようで実は「自分自身の真実」を見つめ続けているわけで、「わたしとはどういう世界観の持ち主なのだろう」「どういうふうに物事を受け止めて解釈しているのだろう」というはっきりとした自分像が嘘偽りなく見えますから、姐さんがいつも言う「まず自分が何をしているか」を自分でチェックしていくことが可能です。

「自分が何をしているか」とは、自分がどのような「ものさし」で相手をはかり、自分を区切り、アクションを起こすための目安に採用しているかということで、これがわかっていないとどこにいってもトラブルになる。握手しようと手をさし出しているのかいきなりブン殴ろうとしているのか自分で自分がつかめていないと収拾はつかないです。
殴られるのは誰だってイヤだもん、そりゃ避けたり嫌われたりするよねえ。
握手しようよ、仲良くしようとしている「つもり」だと食い違いが起きますから必ずトラブルの火種になります。

今のところ実習を受けた方が100%「できた!」と実感してくださっているので、けっこう自信になっています。

長かったなあ。自分自身の、事象の言語化能力と、伝え方も時間をかけて育てなければいけなかったのだなあ。
わたしは最初から「こんなの当たり前じゃん」と思っていたので何をどう伝えたら「その人」に伝わるのかわからなかったのかもしれない。

もうこのブログを見ていない人も多いでしょうが、かつて遠隔視に興味を持ち、実習に参加してくださった方たちの存在あってこそですね。
今なら一度に百人でも千人でも教えられるし絶対に全員が「できた!」にもっていける。

こんなに自然に無理なく無駄なく。

これに関してはわれながらすげーーーと思います。そして更なる探求は続くのだった。人の心の模索については飽きないし楽しいし面白いので「これ」が自分の適性職業なのだなあと感じます。

さらに「そういう目」で見る浅田真央の演技の想像を絶するものすごさ。
不正採点の闇の深さ。

「途方もなくすごい」とか「絶対おかしい」という「その感覚」こそがすべての基盤だということ。

さらにはたとえば未知の第三者の「真実」を読み取れる理由としては「全員が本当につながっているから」という驚異の事実。

謎は尽きないです。だからやりがいがある。だから面白い。

姐さんは2月2日にやっと「ああ、こういうことなんだ。真央ちゃんは面白いからフィギュアスケートを極めようとしているんだ」と実感できました。
「真央ちゃんは本当に楽しんでいるんだな」と。

採点や順位はどうあれ、真央ちゃんはやればやるほどリンクにおいて「自由」になる。やりたいことが増え続け、練習するから努力するからできることも増大し続ける。だから自由に羽ばたける。

だから続けられるんだ。何があっても。

すごいことだ。本気で楽しいと思っているんだ。

「こういうことだったんだ」とわかりました。別に真央ちゃんの心をのぞいたわけではなくて、自分が一生をかけて追及すべき対象は「面白いもの、興味が尽きないもの、知れば知るほど広がるもの」だったのだ、と。


うーん、こんな状態だからこそ自衛隊から話がこないかなあ。お伝えするのになあ。一度に千人でも二千人でもOKだけどなあ。

一切の修行無用、お経も座禅も祈りも不要、生き物が本来持っている機能を「言語化」するやり方さえ一度わかればあとは自分でいくらでも深めていける。

そうするとこれまでの偉そうな自称能力者っていったいなに?ということになりますね。姐さん刺客には気をつけなきゃwwwww

そんな2日以後の姐さんでした。

節分から節分で一年を区切っているので、自分のおおみそかの前の日にかけこみでこんなすごい出来事があり、そしてお年取り、新年と、ニッポンの夜明けは近いぜよ!と感動しながら過ごしています。

感動って大事だ。「できる!やれる!」という確信こそが「できた!やれた!」につながっていく。

肉体年齢は半世紀にならんとしていますがいつだって「ときめき」という心の震えはありがたく嬉しく尊いですなあ。

ああ、続けてきてよかった。

あと実習を受けた人はきっと姐さんがあれこれちょっとくらい威張るのも許してくださると思うなあ。「おっさん何やってんだ」と、犬が自分のしっぽを追いかけてクルクル回っているのを「アホちゃうん」と眺めているこの辛さwwwww
「回るわーずっと回り続けるわー」と思っているこの情けなさwwww
「え、おまえまだ回ってるの」という残念さwww
「あたいが四度生まれ変わる間もおまえはくるくるか」という衝撃wwww

くるくる回っていればそれが修行だと勘違いしている。一歩たりとも前進していないけどそれでいいのかwwwww

という呆れ、「全部嘘だったんじゃん!という怒り。
この感覚を共有していただける方が増えていくのが実に楽しい。

実習を受けた方は「こんな簡単なことだったの!?」とショックを受けるだろうし「じゃあもってまわった言い分とかお経とか修行とかいったいなんだったのよ!」と思うはずだもん。

あと「日本語すげーーー!!」

わかってなかったのよねーみんな。テヘペロ

で、ここで立ち止まって自分を権威化すると終わりなのでわたしもまた先にどんどん進んでいきたいと思います。
ああ楽しい。

そんな近況報告でした。

軽快に電波ものぶりを発揮してごめんだよwwwww





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あんたたちもっと健康になりなさいよ | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/02/04 10:53

謙虚すぎる俺たちの羽生善治さんに敬礼!



感動に打ち震えるツイートがあったのですが見た日が某選手が全日本を欠場を発表した日でこれを記事にすると微妙やんと思い遠慮していた姐さんです。大人になったわwwwその人は日本のフィギュアスケート史上初の「特例」で全日本欠場でもイイってことになったそうで。

ところでこちらは羽生善治さんの奥様による羽生善治さんの謙虚さの一例で、なんてカッコいいんだろうと震えましたね。

謙虚

どうよこれ。大明神か!ニコラ・テスラか!と独特な言い回しで称賛したいところです。

1996年2月14日、将棋界で初の7タイトル独占を達成。バレンタインにか!いやもうね、どんだけのチョコレートを送ればいいのかと。全国のファンから贈られてきたチョコレートで三十五回建てのビルができますよ、くらいのものすごいことでして。

こういう人が「強いと思ったことがない」っておまえは神か!マーロン・ブランドか!(カッコよさの一例)

で、んと、んと、またしてもお詳しい方に質問ですが羽生さんのこと、羽生名人とおよびしてはいかんざき?
そのときもっている一番高い名誉のタイトルを冠して呼ぶべきだとうっすら覚えておりますが失礼がないように「羽生帝王」とかでいいですかwww

だいぶ前のことですが、羽生さんが何かのインタビューで、「将棋の神様と指したらどうでしょうか」と訊かれたときに「角落ちなら」と
答えていて、それはもうしびれました。
将棋の神様が角を使わなければ勝てる、という自信。互角に戦える、という誇り。
なんつうカッコよさじゃあああああと今でも覚えています。

そのわりに正しい呼び方も知らないのは許してくださいwww

真央ちゃんや大ちゃんのようなとびぬけてすごい人というのは「その地平に立たないと見えてこない世界」が見えていて、とびぬけてすごい「その理想」と今の自分を比較して「できていない自分、実現できていない現状」にときどきガックリするのでしょうが、謙虚である、ということは、勝つ余地がある、ということだろうと姐さんは思うのです。

謙虚でないと自分の実力を見誤る。こんなもんでいいだろう、と勝手なものさしで踏み迷う。

自分の実力をはかれない人は他人のそれもわからないし、ましてや「客観視」などという高度な目測は絶対できない。できなくなる。

いい例がキム・ヨナです。あれ、自分でイイと思っていたらお気の毒様でしかないし、イイと思っていないのにやっているのならなおさら大惨事です。
キムなんかひどかった。もう滑ることそのものが、フィギュアスケートが嫌で嫌でたまらないのに勝利は保証されている。だからしぶしぶ出てきては適当きわまりないマレー熊で偽の勝利をかっさらう。

実にみっともなかったです。醜態、というのはああいうことだ。

羽生さんは対戦する相手の得意技で喧嘩を吹っかけていくところとか、理想の将棋をめざしながらも、自分でも思ってもみなかった「最善手」が降ってきたときにコドモみたいに喜ぶところとか、その歓喜をちゃんと迎え入れるために日々の鍛錬を欠かさないところとか、すごいなあ、素敵だなあ、と憧れます。
同時に「大変だろうなあ」とも思うのです。

奥様のツイートによると、普通に暮らしている中でも「そのモード」に入ってしまうことがあって、そうなると会話はおろか一般的な「日常生活」からかなりはずれて「パパはどこかにいってしまった」状態になるらしく、そうなると戻ってくるのを待つしかない。
誰も同行できない場所で純粋な思考マシーンとなってしまう。

萩原朔太郎にちょっと似ている。ものすごく綺麗で精密で精緻で豪華で途方もない「その世界」には人はひとりで行くしかない。同行はできません。

でも、戻ってきた結果はみんなと共有することができる。真央ならば美の世界を、羽生さんなら手の世界を、人の営為の一部として実行して見せてもらうことができる。

どちらも「技術」の世界です。その最高峰、極北を、わたしたちは同時代に実際に生きて、リアルタイムに追わせてもらえた。

なんとありがたいことだろう。

真央がとびぬけてすごい→だから素晴らしいライバルとして一緒に切磋琢磨できてそれがうれしい、にならなくて、真央がとびぬけてすごい→だから恨む、という思考回路が姐さんにはわかりません。

羽生さんを恨む棋士はいないだろう。そんな低いレベルに甘んじている者は、素晴らしい手を持てないだろう。

人の努力のまだ先にある「その世界」に自由に往還している、ように思えてならない浅田真央と羽生善治。
どちらも本当に幸いあれ、光あれ、と、感謝のありったけを向けたくなる、素晴らしい人だと思います。

スケートに、あるいは将棋の棋譜に、人生を見る。

真央とよっすぃー(おいwwww)が残したそれは星々がさんざめく「永遠」にとても近い。永遠だろう。

幸せであってほしい、と思います。


真央ちゃんね、来季に向けて早いオフになったのだけれど、できれば小さい人たち、コドモたちと滑る機会を持つといいよ。

真央はドイツの某サッカー選手、ゴールキーパーのあのおっさんのように小学生相手のチャリティで全ゴール阻止、コドモ大号泣、なんておっそろしいことはしないだろうから、みんなで楽しく面白く、そして危険がないようにちゃんとスケートは刃物だから自分もお友達も傷つけないようにしっかり注意しましょうね、と基礎の基礎を教えてくれるだろう。

そして真央も「スケートって面白い」と改めて思うだろう。

人の心を打つ演技の、根底にある「競技への愛」とともに「競技への敬意」を、真央はすでに持っている。自分が携わる、何よりも愛してやまないフィギュアスケートの値打ちを、引き下げるような醜いことを、真央は一切してこなかった。

無心に、虚心に、坦懐に、真央はスケートを愛し続けた。

その、根底にある純粋さ、無垢さ、無心さを、今一度、「外の世界」に見ることも、今の真央には必要だろう。

傷つき続けた真央ちゃんに、「スケートっていいな」としみじみと思わせてくれるものも必要だろう。

うまくなくてもいい、何もできなくてもいい、「スケートが好き、滑りたい!」とただ一途に思う人の姿を、真央は自分以外に見ることも必要だろう。

どこかで、そんな機会が多くあるといいなと思っています。

ちなみに某選手は「自分がゴールを守る以上、ラインを割らせるわけにはいかない」と参加したコドモたち全員のシュートを容赦なくブロックしたうえで、シュート成功1本につき幾らですよ、スポンサーが出しますよ、と定められていた金額分、全額をその場で小切手で払ったそうです。きいいいい!なんなのこの人!おおおおおまえはメコン川をたゆたう幾星霜をへだてた魚類全部の崇敬すらもひとりじめか!とわけのわからない称賛の言葉とともに、真央ちゃん、よっすぃー、ファイトだ!と勝手なエールを送らせていただきます。

真央ちゃん、週3の勢いで焼肉に行きなね、食べて治してね。
寿司と焼肉。あと冷たいモノはほどほどにね。
猫ごろごろもおすすめだよ!




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日本人として生きるということ | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/01/09 19:10

「学者の論争」の一例紹介



論争というと思い出すのが『出雲国風土記』が後世の偽作だという主張に対して学者先生がその主張を木っ端微塵に粉砕しているアレですね。「学者どうしの喧嘩は怖い」ということが骨身にしみます。
出雲大社さんからの依頼でものしたということで、やっぱりわけのわからないことを言い出されて神社さんサイドも困惑したごようす。そこでとんでもない大御所に「証明してください」ということに。

できるだけ中古は避けたいので出版社に電話して確認しましたところ、全八巻プラス別巻のうち残念ながら2と7は完売で在庫なし。ほかは少しだけあるそうです。
定価は一冊一万円。
中古のほうが安いので紹介しないほうがいいのかなと思いますが姐さんもあせって一巻は中古で買ってしまいました。
あとで定価で注文しよう。

現代神道研究集成 1


一巻の田中卓先生の「出雲国風土記の成立」がまあ「大虐殺」ですごいんです。へたな映画や小説よりもスリリングでホラーです。

薮田さん、なんで適当なことおっしゃったん?となんにも知らない無知無知な姐さんですら読み進めていくうちに背筋がゾゾゾーっとしてくるような、それこそ極上のホラーかミステリーを読むような感動と興奮と恐ろしさに包まれます。

学術的興趣、高揚、歓喜というのはこういうことかと思わされます。

この「恐ろしさ」を共有したいwwwぜひ読んでほしいwwww難しくないです。「絶対に万人にわからせる」つもりで書かれていますので。だがそこはそれ縦横無尽に論を張るおいさんなのでもう薮田さんのライフはゼロよ!になっているわけです。わたしまで泣きそうwwwww「ごめんなさいごめんなさい」と泣き叫びたくなります。

図書館で所蔵されているところもあるのかな。平成十年発行で神社本庁が企画、発行は株式会社神社新報社です。
平成十年の本なのに「古い本ですね」と電話口で言われました。むむむ、この出版社にしてそうなのかと思います。

日本史は、古くから日本人がみんなメモ魔だったおかげで文献資料に事欠かない。原本がなくても写本がある。そこでモノホンの学者先生はできるだけ原典にあたり異同齟齬をつぶしていき「自分の論拠」となる物証を重ねていく。地道でキツくて、だけど「これだ」というものにぶち当たったときの手ごたえはいかばかりかと思います。

「探求していく手法」と「論陣を張るときの手法」は別なんだなあと思いますし、なにしろ論争ですから「万人にとって明快に提示する」ことが絶対的に必要で、ことに原本に触れることもなければなんなら学校で教わることもないような姐さんのようなアンポンタンにとては「わかりやすく」は本当にありがたい。

学者の論争といえばある人は邪馬台国の所在だったり南北朝はどちらが正当かだったり天皇機関説だったりさまざまでしょうが、「あるだけの物証を本気で全部調べ切った」方の論陣は緻密で重厚で洒脱です。軽々と殺戮ですwwww

かっこいいとはこのことだ!高校くらいの教科書に全文掲載してほしい。

「適当なことを言うとこうなります」と。

ただ、「おまえの論拠の正当性を示す証拠は何もない」と指摘し得る知性と教養と知識とが「まだある」人が果たしてどのくらいいるのだろう、と自分のオツムの出来に応じて悲しんだり嘆いたり。もっといっぱいいてほしい。
そこでときどき「震えあがるために」読み返すことにしています。
こんなにも痛烈に鮮やかにぶった切るってどういう気持ちwww怖い怖いwwww大好きだ卓先生。

薮田さんはこの後も息をしていたんだろうか。若気の至りと奮起してちゃんと調べるようになったのだろうか。何ンにも知らないわけですが。怖い怖い。

あと、『古代日本の権力者』


これは、松前健先生の論文目当てで入手しました。松前先生は折口信夫に直接教えを受けた人で学徒出陣からの復学後、めざましい活躍をなさった方です。一般向けのエッセイも出ているので「日本神話」を該博な知識と広範なエリアから再検証した内容をかみくだいて知りたい向きには最適かと。

『日本神話の謎がよくわかる本』


これ、謎はよくわかるんです。でも謎の答えを知りたくなって結局松前先生の本気の論文に手を出さざるを得なくなるという罠が待っている。めちゃくちゃ面白い上に今まで常識だと思っていたことへの「えっ!?」が盛りだくさんで楽しいです。
なんだろうな、松前先生が持っている「ものすごい客観性」のすごさはどこからくるのかな。
さまざまな「前提」に「それはどうかな」を矢継ぎ早に出してくる、その見事さに惚れ惚れします。

一冊だけ別の本で松前先生の主張に疑問を呈している人がいました、だが先生がAといい、ほかの人がBというのを、自分はAとBと両方だと思いますという主張で「え、なんかずるい」とちょっと思ったり思わなかったり。
不勉強なのでもっと大勢の検証と批判とを松前先生も経ているはずですが今のところそれだけしかみつけていない。
やるなあ、というかんじです。

わたしは、できるだけ古くて遠い時代の論文集から始めることにしています。なぜかといえば、現在主流の学説はそれらの上に立っている。それらの否定と賛同と敷衍から成り立っている。だからいろんな先生方が採用している「前提」を知っておきたいのです。

今回の紹介は、だからそれでも「新しい」部類に入る。松前先生はちょうど中間地点にいらっしゃって、わたしのような無知な者にも「わかる」書き方をしてくださっている。ありがたいことだと思います。

急がないと自分も含めてみんな故人になってしまう。
「日本ってすごい」「日本の本物の知識階級ってすごい」と驚くために、感動するために、そして「そんな日本」に住む「日本人」である「ほかならぬわたし自身」の生き方の再チェックのために、ときどき読み返すようにしています。

関西の学者さんは「現物」を手に取るチャンスがあるんだもんなあ。これは「強い」よ。東京は明治以来だから勝負にならない。文化庁移転は当然かなと思ったり思わなかったりいたします。

それからネット社会のありがたさ。写本をそのまま掲載なさっているサイトさんもいくつもあり、もちろん公的な機関のそれもあり、ありがたく活用させていただいております。

ある夜に「ああ、あの写本のこの三文字を確認したい、なに天皇って書いてあるんだよぉ」と思ったときに試しに検索したらヒットしたときのあの感動!ありがてえありがてえ。

ということで「わたしが何に一番興奮するか」という話でした。

真央の演技と、へんなことを主張する学者・権威者・自称エライ人☆が正しい論拠と優れた思考で思いっきり粉砕されるとき、かな。性格悪ーーいwwww

そうだ、これ『古代日本の権力者』


原田大六さんが怒り狂っています。それはもう怒髪天を突かんばかりに激怒しなさっている。
おちついて!と十五回くらい言いましたワタシwwww
こういうふうに言いたいことをそのままいう人は絶対に学閥社会と無縁だろう、特に絶対に東大京大じゃないはずだと著者略歴を見て納得。フリーでないと言えないんですよね。わかりますわかりますwww

あと怒りすぎててばっさりと全否定した通論に対する答えを書くのを忘れている。自分の考えを全部書けと申し上げたい。が、それには紙幅が足りないのですねわかります。ああ、お元気なうちにお会いしたかった。
絶対講演会を依頼する。「うちの先祖もそう言ってました!」と合いの手打ちまくるわwwww

考古学のほうでも出土品の検査の精度が年々高くなっていくので、工学実証衛星「はやぶさ」が持ち帰ったイトカワの砂も後世の技術に任せるために「何もしないで保管」しているのと同様、かつての定説があっさりひっくり返されることも往々にある。
それらの激流のただなかで古典原文に直接あたり、各種写本を精査調査し、発見と感動に向けて黙々と邁進なさる歴史の先生たち諸専門家たち。
「すごい」なあと感服です。

わたしも市井の一庶民として「できること」を続けようと日々勇気をもらっています。

本当にすごい。エキサイティングかつエモーショナルかつスリリングかつ「なんでそんなこと言うたんやwww」を味わえる「学者の論争」の恐ろしさ。ありがたやありがたや。





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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/20 16:00

「愛せないものは、通り過ぎよ」

※この記事の初出は2013年11月24日です。

--------------------------------

「毒親」について書いてほしい、記事を楽しみにしているというコメントをいくつかいただいたわ。その中には自分自身がそういう扱いを受けて苦しんだからそこから立ち上がるためのヒントにしたい、というご意見と、逆に自分が子供にとって毒親になってはいまいか心配だからというご意見とがちょうど半々に分かれていたわ。

現代社会で働くお母さんであり、あるいは家にいて家族の世話をするお母さんであるというのは本当に大変なことだと思うわよ。負担の持って行き場がないのよね。心身ともに辛いことばかりだし、タフでなければつとまらない。
世の中のおとっつぁんも大変で、あたしは力になりたいとは思うのだけれど、やっぱり依頼してくださるのは女性が大半なものだから、まずは女性に向かって書くわ。オッサンたちは後回し。

お母さんは偉いわよね。好きでタフになったわけじゃ全然ないのにタフでなければやっていけない。女だから料理くらいできるだろ、とか、女のくせに家事くらいやれよって謎の決めつけもまだ色濃いし、楽な道なんてどこにもないわ。

その中で無心に選手を応援し我がことのように見守って大事に思いやれるのは本当にすごいことだし、そんなお母さんたちに素晴らしい演技を見せ続けてくれるスケート選手というのは、ありがたい存在だと思うわ。
あたしたちでも知っているような、世の中に名前が出る人ってのはみんな尋常じゃない努力をしているわ。演技にそれが出ているわ。

お子さんがいないご家庭でも、また、すでに巣立った世帯でも、これから結ばれるべき誰かをまだ持たない人であっても、他人と一緒に共同生活をしていくということは、それなりスキルがいることだわね。うまくフィットした方だとありがたいけど、そうでなかったら大変よね。

日本のスケーターがみんな仲良しだとは言わないけれど、やっぱり小さいころからいつも一緒で親しくしていた人には特有の「仲間」意識があるものだし、海外を転戦するようなレベルだと「戦友」って思える仲になるわね。

大輪の花の一部がごっそり抜ける次のシーズン、あたしたちはどんな気持ちで残った選手、育つ選手を見守っているのかしらね。なんだか夢の中のことのようでまったく先が読めないわ。

でも引退する選手は毎年いたわ。毎年いたのよ。

「卒業」ってすごい言葉で「業を卒(お)える」と書くのよね。カルマを脱するってことじゃない。すげーわよ。

ということで、毒親との決別について書いてみるわ。いかに健康的にそして幸せに毒親を捨て去るかについて姐さんなりに書いてみるわね。


地球上のすべての水
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日本人として生きるということ | コメント(85) | トラックバック(0) | 2016/12/11 00:00

難癖ばかりでウンザリ



「除夜の鐘がうるさい」ってそれはドラキュラが十字架を怖がる的なアレですか?
べっくらです。

最近の憤り。

なんでや!アメリカ人なんて「国旗は着るもの」やぞ!


わーお

日本←日本人が日本国内で掲揚しただけで難癖をつけられる

国旗なのに!

なぜなのか


ぷんすか。


昨日、12月9日はいろいろなことがありました。自分にとって特別な日なので印象が特に強かったです。

ほな、また・・・





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日本人として生きるということ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2016/12/10 12:44

星の冠



心にとても響いたので。


石井桃子先生のことば
2008年4月2日没 享年101)

「朝日賞をいただいた人間です」と言ってこの世を去るよりも、
六つ七つの星に美しく頭の上を飾られて次の世の中に行きたい。



石井桃子先生
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E6%A1%83%E5%AD%90

朝日賞とはなんぞや?
http://www.asahi.com/shimbun/award/asahi/



星の冠をかぶって、星の輝きに彩られて、石井先生は「次の世」におもむかれたことでしょう。

そういう心を持った方の美しく正しく清らかでユーモラスな翻訳作業。

ちいさい人たちがまず触れる、清冽で斬新で永遠の児童文学の大家。

石井先生と申し上げるよりも「桃子先生」と呼びかけたくなるような、そんな慕わしい人でした。

地上での評価は人間がくだすもの。迷い悩み間違い多き人間が、それでもお互いによかれと思って、善意と共感を根底に粛々と社会生活を営んでいく。

その「人の評価」を超えたところに価値を、希望を、祈りを、おくという視点も、ひとつ必要なのではないでしょうか。

星の冠に彩られて、あの星々の中に戻っていく。

ここまでだ、と思うときに星の光が静かに、そして圧倒的な無限の力できっと自分を支えてくれる。なぜなら自分も星だから。


真央ちゃん、正当な評価を受けられないこと、払い続けた努力をなかったことにされること、苦難も苦痛も無下にされてしまうこと、それはどれほど残酷で恐ろしいことだろうと思います。

にもかかわらず黙って高みを目指し続ける真央ちゃんの姿勢に心から敬意を表します。

真央ちゃんを照らす星の光がこれからもますます鮮烈に艶やかに、そして「生命」に満ちたものであることが、真央ちゃんの演技によって証明されていくと思います。

強い強い人。だからといって個人の努力におんぶにだっこではいけないのだと、ファンが声をあげる以外に誰にも何もできないのだと、無力感や絶望や憤りにのまれそうな今だからこそ、改めて思います。

闇は、光がもたらされれば自動的に消えていく。

もっと光を。まずは自分の心から、と痛感します。

本当ならこんな茨の道を歩く必要なんかなかっただろうに。真央ちゃん。



ありがとう。





石井桃子先生のことば
(2008年4月2日没 享年101)

「朝日賞をいただいた人間です」と言ってこの世を去るよりも、
六つ七つの星に美しく頭の上を飾られて次の世の中に行きたい。






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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/11/04 22:27

伊藤祐靖さんの新刊 『国のために死ねるか』



どこにもねええええ!!!と思ったらまだ発売日前でした。うっかりしてました。

いや、最初は水木しげる先生の『猫楠』を買おうと思って検索してたんですよ。

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超おもしろいんで。
猫ちゃんがナビゲイターになって巨人・南楠翁の生涯を案内してくれるんですが、出先で読んだらだめですね、何度も吹き出してしまいますから。

で、そういえばあたし、まだ伊藤さんの新刊を買ってない、と思って検索をしたら、ありましたありました。

『国のために死ねるか』 (文春新書)
伊藤祐靖 著
発売日: 2016年07月21日頃


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2016/07/18 ETEさん
アネザイチカさん、こんにちは。
こちらに書き込むのは、初めてかもしれません。

伊藤さんの本、いよいよ今週発売ですね。私も予約しました!もしサイン会あったら行きたいです。8月にはラジオに出演されるようなので、そちらも楽しみです。


ETEさん、いよいよですね!楽しみです。ほほう、ラジオにも?よかったら番組情報を教えてください。ぜひ宣伝したいです。


国のために死ねるか(直球)

ものすごいことを放り込んできましたが、この問いは「あなたはなんのために生きているのですか」ということなのだろうと思います。


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わかりやすくていねいにどうしたらまず狙われない存在になれるのか、心構えと具体的な動作、表現について詳述されるところからはじまります。
そしてこちらの本に、デモンストレーションのため伊藤さんの姿が出てくる。
もうね、「あの目つき」なんですよ。何も見ていない目つき。だからこそ全部が見える「あの目つき」。
写真一枚で全部が出ている。伊藤さん、ふつうじゃない。

この前ネットで自衛隊の特殊部隊のことについての書き込みがあったのですが、そこでは伊藤さんのことを「バカ&キチガイ」と表現するのが共通見解になっていました。これほどの「賛辞」と「恐怖」があるでしょうか。

伊藤さん、大変だろうなあ。

このような時代に「軍人」として生をうけ、そのように訓練され、自らも志してしまったこと。

大変だろう。本当に。

買ってください。この本はぜひともベストセラーにしなけりゃなりません。

まわりにもぜひすすめてください。必読書です。
まだ読んでいないのですがわかります。これはできるだけ大勢に読んでもらわなきゃならない。ぜひ手にとって、そして宣伝してください。お願いします。

「国のために死ぬ」と決めてしまったもののふは「それ以下」のもののためには死ねません。
伊藤さんや伊藤さんの仲間や、もしかしたらわたし自身を怨霊にさせないためにも、「国家」はとっとと使ったほうがよござんす。
と、これは脅迫になってしまうのか(笑)。

ぜひ買ってね!そして震撼してね!

センテンススプリングとは別の部署だから、ものすごい売り上げで目にもの見せてやろうぜ!

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日本人として生きるということ | コメント(1) | トラックバック(0) | 2016/07/19 23:19

「沖縄の心」とか「ウチナンチューの強さ」とか



まとめブログ、結構好きです。
よくみている「ねこのあまやどり」さんのひとつの記事がずっと忘れられません。

すてきな内容なのでぜひご覧になってみてください。

わたしは、「本当の沖縄の心」とか「ウチナンチューの強さ」ってこういうことなのかなあと思いました。
そしていまだに時たま読み返してしまいます。
一読、なぜか体が熱くなり、涙が出ました。。。

ブログ「ねこのあまやどり」さんより

シーサーって本当に魔除けしてくれるんだね
http://bluebluesunset.blog.fc2.com/blog-entry-2016.html


シーサー

この言葉は最初にシーサーと不思議な邂逅を果たした方のものではありません。でも、まるでそのシーサーが自ら書き込んだかのようにとても強い印象と深い意味をわたしの中に残しました。

「変なのに憑かれてないで」

「おいしいものをあっちっち、とおいしく食べろよ」

と、それだけしか言っていないのですが、「変なのになんか憑かれない!」という決断、選択プラス「ただおいしいものをおいしいと味わう姿勢」、つまり「自分にとって本当に大切なものをちゃんと選びとって与える姿勢」が何よりも大事なことだよなあ、と思い出させてもらった気がします。

ネット上にはときとして、このように炸裂する「意味」がある言葉がときどきある。

ありがたいなあと思います。

皆さんは「変なのに憑かれてない」自信がありますか?
ごはん、おいしく食べることができていますか?
まず目の前のそういうささやかな、だけど本当に大切なことから、丁寧に味わってみるのもいいのかな、と思うのです。

中国の属国化を狙う悪意ある反日勢力の「浸透」により揺れに揺れている沖縄。
そもそもの強さや希望や未来へのともしびは、沖縄の人たち自らがつかみとるべきものだと思います。

沖縄全土にいるシーサーが、沖縄の闇も迷妄も、そして本州の闇も迷妄も、ふきとばす「気づき」を人間に与えてくれることを祈ります。おそらく彼らはそうやって、ずっと人間たちと共存してきてくれたに違いない。

シーサーはお獅子をもどいている。獅子吼、してくれることを願います。

「変なのに憑かれてないで、ちゃんと生きろよ」と。

「政府」が本腰を入れて中城の廃墟を元通りにしてくれないかなぁ。わたし、必要があれば幾日でも、ひとりででも、あそこで寝泊まりして詫びるけどなあ。


ブログ「ねこのあまやどり」さんより
シーサーって本当に魔除けしてくれるんだね
http://bluebluesunset.blog.fc2.com/blog-entry-2016.html





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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/19 22:11

都知事選



都知事選、わたしは、応援したい人、投票したい人は決まりました。

ひとつだけ言えることは、うかつな人を選んでしまうと、不正をしまくりインチキな金メダリストをこさえてまで招致した韓国の五輪に「日本」のお金がなだれこみ、またしても「日本人」が苦しめられてしまう、ということです。

それに代表されるように、またしても「日本人」が血の涙を流すことになる、ということです。

kyma.jpg

7月31日(日)が都知事選です。

東京が全国の自治体のモデルとして称賛・評価・模倣されるような、「日本」と「日本人」の首都としてまっとうに機能する場所であってほしい。

都民の皆さん、正念場です。

すでに「日本国内で」反日を推奨するようなデモがなされている。これに対して誰も何もとがめられない。どころかそれを全マスコミこぞって推奨し悪意ある政治家を全力支援。異常です。

各候補者と彼ら・彼女らを支援する背後の団体、友人、支援者をもよく調べて、そして自分のハートで選んでほしいです。わたしは、そうします。


halutukiさん、コメントありがとうございます。わたしの確認不足でした。削除しました。


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日本人として生きるということ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/07/15 13:52
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