「聖徳太子」復活へ 次期指導要領 「厩戸王」表記で混乱




産経新聞 3/20(月) 7:55配信
「聖徳太子」復活へ 次期指導要領 「厩戸王」表記で混乱
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170320-00000049-san-soci

文部科学省が2月に公表した中学校の次期学習指導要領改定案で、現行の「聖徳太子」を「厩戸王(うまやどのおう)」に変更したことについて、文科省が学校現場に混乱を招く恐れがあるなどとして、現行の表記に戻す方向で最終調整していることが19日、関係者への取材で分かった。改定案で消えた江戸幕府の対外政策である「鎖国」も復活させる方向。修正した次期指導要領は月内に告示される見通し。

現行指導要領では小中学校とも「聖徳太子」を授業で扱うと例示したが、今回の改定案では、人物に親しむ小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、史実を学ぶ中学で「厩戸王(聖徳太子)」に変更。文科省は、歴史学では「厩戸王」が一般的で、「聖徳太子」は没後の呼称だが、伝記などで触れる機会が多いとしている。

文科省は改定案公表後にパブリックコメント(意見公募)を実施。呼称の変更に批判的な意見が多かったほか、教員からも「小中で呼称が異なれば子供たちが混乱する」「指導の継続性が損なわれる」といった意見が出ていた。

こうした状況を踏まえ、文科省は小中ともに聖徳太子の表記に統一し、中学では日本書紀や古事記に「厩戸皇子」などと表記されていることも明記する方向で調整している。

一方、鎖国の表記については、小学校で「幕府の対外政策」、中学でも「江戸幕府の対外政策」としたが、幕末の「開国」との関係に配慮して「鎖国などの幕府の対外政策」といった表記で検討している。







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日本人として生きるということ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/03/20 17:32

生きていくということ



人間は生まれながらに不平等なものです。
平等なことは2個しかない。生まれてきた、そして死んでいく。人は必ず死ぬ。ただこの一点においてのみ、絶対的な平等条件をあらかじめ与えられていると言えるでしょう。

人生とは不平等なものである。そして全員が必ず死ぬ、という一点においてのみ平等である。

シンプルにそぎおとしていくのなら「人生の条件」とはこれだけに集約されるのではないでしょうか。

必ず死すべき人間であるわたしたちが、先に世を去った人たちにできること。

人に尋ねられたらわたしは必ずこう言います、「忘れないでいてあげること、あなたの人生を通じて共に生きること、それが最大の御供養になるのではないでしょうか」と。

わたしたちも死者の群れに必ず入る。必ず死ぬ。

であるならば、限りあるこの命の時間をいかに使うか、いかに生きるかだけに集中していけばいい。その過程で力の限り生きていく中で、死者も生者も区別なく、一緒に全力で生きていくことになるのだろう。

死者の冥福を祈り、死者の霊を弔うとき、わたしたち生きている者もまた、そのように祈られ弔われ、そしてできれば誰かに記憶されるべき存在として共存共栄しているのではないだろうか。

生きることは死にゆくこと。そして先人と共に生きること。

「わたしの後」に続く者たちに何かを残していくということ。

今日は祈ろう。今日は弔おう。「あなたたちを忘れない」と伝えよう。

そして明日からは自分の人生をより輝かせるために、立ち上がろう。


今日心から祈ったように、わたしたちは自らの死を迎えたときに、「ああ惜しい人をなくしてしまった、残念だ、悲しい」と心から悼んでもらえるだろうか。
「でもあんなに懸命に生きていたからきっと悔いはないだろう。だって笑顔で亡くなっている。どうぞ次の世でもがんばってください。またお会いしましょう。そのときを楽しみにしています」と言ってもらえるだろうか。

わたしはそんなふうに生きたいです。

誰に知られなくてもいい、自分が、自分の心が同伴者です。
24時間共にいて、365日つきあえる、自分自身が自分の最良の友となり、この人生行路を歩んでいく。

今日は祈りの日、慰霊の日。
でも本当は毎日が祈りと慰霊と決意の日。


「丘の祷ること久し」

忘れません。





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日本人として生きるということ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/03/11 14:46

「子孫のために」(ねことフクロウさん編)



これは皆さんにも御覧いただきたいなと思いました。

ねことフクロウさん、コメントありがとうございます。
また、パブリックコメントの意見表明、おつかれさまです、ありがたいことです。

> 去年産まれた、初孫の為に。

おおおお!おめでとうございます!お健やかでありますように!!!

> この可愛い子が反抗期になって、「このクソババァ」と言われた時に、「罰当たりが!」と胸張って言えるように。
> 今、この子が毎日顔を真っ赤にして、寝返りの練習をしているんですよ。凄く頑張ってる。その十分の一でもババも頑張らないと。

そうですよ、われわれは年齢的に一足お先にその方の「ご先祖」として恥ずかしくないふるまいを、生前も死後も要求されるんですから。
胸張って「わしゃぁ、やりきった!悔いはない!」と死んでいって神上(かむあ)がっていかないと!
その意気やよしでございます。尊敬します。

> 最近の絵本には、吃驚しました。
> カチカチ山なんて、みんなで仲良しこよしなんですよ。
> 「恐怖」と「教訓」は昔話の肝だと私も思います。
> 善意で施しをしても、用心は大事なのよ。
> 怖い人もいるのよ、ババァ汁になってしまうよ。とね。

そのとおりです。世の中は不公平だし不平等だし不条理です。
昔話なんてうわっつらのいい顔だけじゃ話にならんよ、という深い話じゃないですか。

怖いモノは無数にある、だから負けたときどうするか、負けないようにどうすべきか、負けちゃった者の取り扱いをどうするか、学ぶ一番のチャンスですよ。

> 絵本では悪者は改心します。って教えて、現実では、悪者は責任能力が無かったので、罪にも問えません。って、悪い冗談ですよねぇ。

いけないですね。だって「善」と「悪」は人間が決めるものですから、そのときどきで変わります。

昔話は人間の魂の歴史ですから善悪を超えた圧倒的な「揺るがない・かなわない・変えようがないナニカ」を描写している。
それを変えたらダメですよ。
人体実験がまだすんでいない謎の人口合成物みたいなものですから、魂にアレルギーが起こります。

姐さんは読み聞かせをするときはこどもをがんがん泣かせることを目標にしていますよwww
京極夏彦さんと同じです。「怖がらせてナンボ」ですよ。
怖いこと、恐ろしいこと、罪なことなど世の中にはいくらもある。
だけど「でありながら」強く生きていく道も人間にはあるんです。

真央ちゃんがお母さまを亡くされたとき、それでも全日本を欠場せず、慈愛の化身のような舞を見せたとき、全国のちびっこたちは「どんな悲劇が起こっても人は強く正しく美しくあることができるのだ」とはっきりと理解したでしょう。

こどもにとってお母さんは全世界です、宇宙です。そのお母さんがいなくなる。こんな恐怖があるでしょうか。
姐さんのまわりの小さい人たちもみんな深甚な衝撃を受けていた。
「真央ちゃんかわいそう、真央ちゃん大丈夫かな」と泣きそうになっていた。

一途に純粋に小さな心いっぱいに真央を応援するちびっこの前で真央ちゃんは「生きていけるよ、何があっても」と証明してくれた。
彼女のように立派なお姉さんをロールモデルにできる日本のおちびさんたちは幸せです。
同時にわたしたち大人たちも。

真央からは無限に学ぶべきことがある。わたしはそう思います。

真央を嘘をついておとしめる者たちと今回の信じられない改悪の根は同じだと思います。これは打ち砕かなければなりません。

まあ学校がどうあれわたしたち大人がしっかりして「ちゃんとした歴史的事実ならびに神話としての魂の真実」を伝えていくべきなのはいくら時代が変わろうと揺るぎませんね。

今回のことで逆に「じゃあ聖徳太子ってどんな人?」とちゃんと思うことができた人は、ご自分でどんどん調べるだろうし「すごい偉人じゃん!」と思えた人はそれだけ興味を深くなさるでしょうし「こんなすごい人を卑小化して一体なんの得があるの?」と疑問を持たれるでしょうし、「他にも改ざんされた歴史もあるんじゃないの?」とどんどん先に進むでしょう。

わたしたちが戦後七十年かけて奪われたものは大きいんですよ。
もちろん改善されたことだっていっぱいあります。よかったこと、すばらしかったこと、こうなってみんなのためになったなということもある。
けれども忘れてはいけないことを忘れさせられ、奪われてはいけなものを奪われて、「何を忘れさせられたのか、何を奪われたのか」を考えることすら取り上げられた。

忘れてはいけないこと、それはわたしたち日本人の心の歴史であり、魂の真実です。つまり「神話」です。

よく『古事記』と『日本書紀』の中身を軽く否定なさる向きもあるのですが、だとしても「ご先祖の記録」であることは間違いない。また現存写本よりもなお古い、もっと確実に往時の姿をとどめたものが出てこないとも限らない。

史実をとどめていない部分はなにゆえにそう言い切れるのかを検証し、史実は史実として認めながら、われわれの「魂の歴史」である側面も大事にしていかなければいけません。

その識別手段も含めて、わたしたちは奪われてきた。

でも、削除されたわけではない。手立てはある。

こんなブログでも、どなたかひとりでもいいから「本当はどうなんだろう」と考えて「自分で」検証をはじめる人がいてくださるのなら、続けてきた甲斐があるというものです。

わたしたちは「日本」と「日本人」を本気で存続させるための、戦いを続けていかなければならない状況においこまれている。

日本は「戦時下」にあるのですよ。こんな文化侵略を受けてそれでも黙っているのなら日本は本当に終わります。


先日、Twitterで気分よく愛子女帝だ男女平等だ女性差別だと吠えているアカウントがあったので「質問」をしてみました。

これだけのありがたいお言葉をぶつけてくる方なので、さぞや日本史にお詳しいかとわくわくです。
白鳳や天平が列挙されていないのはなぜだろ、とかも聞きたかったw

勉強しろ

そうしたらただちに逆切れされてしましましたが、わたしはただ「飯豊青皇女についてどうお考えですか」と訊いただけです。この方は史実からはほとんど無視されていますが、男系男子の即位がなかなか決まらないときに即位した、と昔は言われていた方です。
女帝としては推古より前に、この方と神功皇后が「女性でありながらほぼ天皇位」と同等の働き=役割をなしたとされていた方なんですね。
だから愛子さんを即位させたい側の人間だったら目の色を変えて「過去の女帝」一覧に追加したいはずなんです。
だって今上で125代とされる皇位のうち、女性は(現在は)十代八人と言われている圧倒的少数派です。過去の女帝はひとりでも多くカウントしたいと思うのが、「正当な歴史的史実を根拠にする」「科学的・学術的態度」ではないのかと、わたしは重ねて訊いてみました。
もちろんなぜ皇女の名前を出したかも説明してです。

ところがそのアカウントの持ち主はわたしに対して「質問してくるな!おまえの脳内にある不思議の国ニホンの話を勝手にしろ!」とぶち切れてしまいました。

たぶんご存じなかったんでしょうね。せっかくあちらにとって論拠になるいい例を出してさしあげたのに(笑)。
おかしいな、感謝されこそすれ逆切れをカマされるいわれはないぞ。

その方は普通の学校教育を受けて新書を読んで勉強しなさったそうです。
で、山川の参考書はいいと言ってきたので「わたしも持ってますよ、カラーで見やすいですよね」と返したらなんか態度が変わってしまった。
それまで気持ちよさそうに「おまえは無知だ不勉強だ日本史を知らない愚か者だ」と吠えていたのに。
なんでだろうー。

勉強

そしてそのアカウントは今日も気持ちよさそうにおまえらは無知だ不勉強だ日本史をもっと勉強しろと吠え続けています。


姐さんは喧嘩したかったわけじゃないんだけどなあ。
「日本国憲法を変えてまで」なぜ愛子さんを即位させなきゃならんのか教えてほしかっただけなんだけどなあ。

そもそも愛子さんが帝位につくためには存命の男系男子の継承権者を全員ぬっころさなければいけないわけで、それに愛子さんに資格ありと憲法を変えた場合、愛子さんより年長の麗しきおふたりの姉妹も自動的に有資格者になるわけで、そのへんはどうするつもりなんだろうか、というあたりもうかがいたかったんですよねえ。
日本史の自称スペシャリストらしいんで何か奇策があるんでしょうか。気になるじゃないですかwww

国会での蓮舫氏の態度とそっくりなのが「なるほどねえ」でした。

でも、学ぶべきこともありましたよ。あのアカウントを見ていたら「ああ、まわりからしたらわたしもこう見えるんだろうなあ」と大変反省いたしました。微妙におねい口調でえらそうなのも非常にアレでわたしまでちょっと恥ずかしくなるような言い回しで。
ネットに慣れてないのかも。
ほんと気をつけよう。根拠のないことを言い散らすのは「妄想大爆発」ですから。
できるだけ峻別していこう。今よりももっと。と思いました。

ただ逆に自分だったら「えっなんですかその人は!教えてください!」と食いつくだろうから、そこだけは違うと思います。うん、やっぱり違うなあ。「東大寺のアレが根拠っすよね!」くらいは出すだろうしな。好きだから。

で、わたしはこの皇女が大好きなので、というか皇統のゴタゴタってあとから見るとたいそう趣深いので(うわー超配慮した言い回しーーー)左翼の皆さんがもっとこのへんに食いついて調べ倒して新しい論文発表なり皇位の順番変更なりちゃんと科学的・学術的態度で「根拠を出して」世の中に広めてくれればいいのにと思っちょりますが、どうも誰もやってくれない。

おかしいな、もっと食いついてもいいのになwwwそれともわたしが無知なだけで左翼御用達のニホンサゲサゲマンのえらい学者先生とかがナニかおっしゃってますかね?
そうしたら「へー、そうなんだ~」と楽ができるのにwwww
誰も古い史料を京大に見に行ったりお宝文献をしまっているお寺さんに見学に行ったりしないのかなwwww

あれだけ大声で主張しながらなんで根拠を出さないの?と姐さんはポカーンです。まあそんなもんですよ。そんなもんが「日本国憲法を変えてまで」わけのわからないことを通そうとしているわけです。

一体誰が本気でわが子孫のためになることをしているのか?

見極める目が必要ですね。本当に。

「見極めよう」と決めて、そして実際に動き出す人が必要ですね。

ほんと、繰り返しになりますが今の反日マスメディアが攻撃する対象ツートップが安倍首相と浅田真央ですからね。

ということは、という話です。


ねこふくさん(ひどい略称www)、感謝申し上げます。日本を、未来をよろしくです!





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日本人として生きるということ | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/03/10 03:06

追記あり「日本人ならありえない」「大変な非礼」を働こうとする文部科学省初等中等教育局教育課程課



※追記
「るみ」さんからコメントをお寄せいただきました。
なんだとー!ますますアカンやん!

るみさん、コメントありがとうございます。これは拡散しなければ!!!

紀子妃殿下と聖徳太子

これってやっぱり「生前退位」とか「女性宮家」で騒いでいる者たちとつるんでいるってかんじですよね。
だってこんなことする必要がないんだもん。
どうも非日本人は乱暴でいけない。


参議院議員山田宏さんもおこなのがあったりまえだふざけるなよのトンチンカンな「改悪」情報。
文部科学省に電話してさんざん文句を言ってやりたくなりました。

山田さんのネットサポーターズクラブのメルマガより。


◆聖徳太子(厩戸皇子)と教えていたものを、中学校から厩戸皇子(聖徳太子)とする方針。 
 
 これまで一千年以上の長い年月、日本人は厩戸皇子ではなく、没後の尊称である聖徳太子として敬い慕い、「和をもって貴しと為す」の17条憲法や、「日出づる国、日没する国」と対等外交を貫く遣隋使の国書など、まさに聖徳太子の名は、わが国の精神の核となってきました。

 変更の理由は、日本書紀等では厩戸皇子であり、聖徳太子は約100年後の尊称だからとのこと。

小学生はいいのに、中学生からは厩戸皇子(聖徳太子)にしなければならないのでしょうか?
なぜ聖徳太子(厩戸皇子)のままではダメなのでしょうか?
長年親しまれてきた聖徳太子の名を、少しずつ日本人の心からフェードアウトさせていくということは、日本精神のフェードアウトになりかねなく、私は変更することには賛成できません。


まずですね、日本には「実名敬避」という風習がございます。これはあいての本名(特に自分より地位が上の人)を呼ぶことが大変失礼になるからやめましょう、という風俗です。なぜかというと本名・実名をそのまま名指すことは相手を支配する呪いをかけることになる。実際の「その名」を呼ぶことで相手を支配することになる、だから名前は呼ばないよ、という対人プロトコル第一条、くらいのめっちゃ基礎的な知識です。
呪いがー支配がーを抜きにしても、すでにずっとそうしてきた。会社員が勤務先の上司のことを「課長」というのもこの流れです。役職名で呼ぶ。
昔は官位がない人は住まいの名前で呼びました。

やんごとなき向き、であるほにゃらら様を「みかど」と呼ぶのもその表れです。権勢を誇る高貴な人の住まいには大きな門がある、だからその門をさして「御門=みかど」と呼ぶ、なんてのは知っていてあったりまえの基礎知識ですわよね。

日本では天皇が権威の頂点にありますゆえに、朝廷からもらった官位でその名を呼ぶ。複数の官位があったら最上等の官位で呼ぶ。引退してももと、とかさきの、と「前」になんだったかの官位で呼び続ける。

みんな大好き水戸黄門も「さきの副将軍」と官職名をなざすでしょ?そうするとどんな大悪人も「ははーっ」と平服する。将軍職、副将軍職もみかどからもらうモノだから、だから触れ伏すんですよ。

さきの副将軍なら現無職とはだれも言わないwww一度でも位人臣をきわめたら「その立場」で呼ぶんです。だってこの世で一番尊いモノは天皇位、ということを前提に日本はグルグル回ってきたんだから。

だから実名である厩戸皇子と呼称するということはもんのすごい非礼無礼をはたらくことで、言ってみれば今宮を「あきひとぴょん」と呼ぶのとまったく変わらない。
誰がそんなことするかっつーの(怒)。

それから「百年後の尊称だから」使わないだと?ばーかばーかばーか。

追号、法号、おくりなというのは死後与えられるモノだっつーの。だから百年が千年後だろうが「そのおくりな」で呼ばなきゃならないんだってばよ。それをしない、できないのは「日本人ではない」と思って間違いない。

こういう常識も奪われ続けてきたのが日本人です。

じゃあみんな大好き淳仁天皇(じゅんにんてんのう、天平5年(733年) - 天平神護元年10月23日(765年11月10日)は明治時代になってから諡号としてつけられた呼称だけど、これも変えなきゃいけないの?明治時代というか明治天皇の勅命でこう呼びましょう、と、上皇ではなく「天皇」として、かつて無理無体に退位させられたことなんかなかったんですよと、「あってはならない大惨事」を無効化するための呼称として明治天皇がつけたんですけど?

これもダメってことですか?えーーーうっそーん。

明治は1868年からだから1,100年後の諡号です、太子の10倍時間がたっていますけど?だからダメってことですか?

おかしいでしょ?

実名で呼ぶことにするのなら神武天皇のカムヤマトイワレノヒコから全員言い換えなきゃいけないし、それはものすごい非礼だし、そもそも「日本の」風習にないことだし、諡号が許されないというのなら明治、大正、昭和の言い方も今から付け直さなきゃいけません。そしてそれもおかしいでしょ。明治をむっつ、大正をよっすぃーと呼ぶバカがどこにいる。

なに言ってんだよって話です。なんでわざわざ「日本古来の風習」を崩してまでトンチンカンな主張をするのか?

というように、メジャーな「すめらみこと、ならびにすめらぎ」を二、三出すだけでもあっさり崩れ去るようなこの「改悪」、おかしいんですよ。

文部省の言っていることはめちゃくちゃなんですよ。

日本のことをぜんぜん知らない人があっちをつつき、こっちを崩し、わけのわからないことを言っているようにしか思えません。

文部科学省初等中等教育局教育課程課に勤務なさるくらいですからさぞ!さぞ!頭がよくて高学歴で立派で日本史にも詳しくていらっしゃるはずなのに。へんだなあ。

こんないち民間人のクソブロガーにすらただちに「ちょっと待て」と言われるくらい「異常な主張」をなぜなさるんだろうーーー。

日本史の先生方で「いやそれはおかしいです」とハッキリモノ申すお方がいてほしい。みなさんのまわりにはいらっしゃらないでしょうか。
学生さん、どうだい?諸兄諸姉らの日本史の先生は激おこではないのかね?

だいたい、なんで日本の仏教界から猛烈な反発が起こらないのか不思議です。呪殺行もいとわぬレベルで抗議すべきことでしょう。
昭和までは全国の寺社仏閣なんてものは朝廷のオーダーで政敵を呪い殺すことが主なお仕事だったなんだから、いっちょ「政敵」つーか「国賊」全滅の行くらい、あっなんでもありませんwwww

明治三十年ころまでは「上宮太子」という言い方のほうがむしろ普通だったんです。太子の遺徳をしのび、この偉大な上にも偉大な政治家・宗教家・思索家であった方を国民に広く周知徹底をと当時の学者が財界人にはたらきかけて「聖徳太子」への崇敬きたれかしとそういう団体をつくり、「聖徳太子」すごいぞキャンペーンを展開した。
そういう事実も過去にある。

やってあたりまえのキャンペーンです。

なぜならば、太子はかつての超大国にして圧倒的な文化先進国であるかつての中国に向かい「対等な外交」を毅然と主張した初めての政治家だったんです。

彼は「天子」という呼称を自ら使い、日が昇る国の天子から、と書面を渡した。これは朝貢では「ない」んですよ。対等な独立自尊の国家として真向勝負を挑んでいる。

とてつもない転換をわが国にもたらした政治家です。

当時の皇帝が激怒した。そりゃそうだ。中国は「天」というモノを森羅万象のトップにおく。そこをつかさどる天帝が任じる人の世のトップだから人帝、つまり「天子」が自分だと。そういう世界の頂点にいる者のみが使用可能な呼称をヤマトのトップが送ってよこした。
わざわざ委という、小さい、弱い、というような意味を持つ漢字ににんべんをつけて倭、と蔑称で記録していた超大国に、ですよ。

日が昇る国の天子と書いたから怒ったんじゃない。天子という呼称で横っ面をひっぱたいたから怒ったんです。中国には太陽を重んじる神話伝説が少ないです。むしろいっぱいあって迷惑で、弓矢で撃ち落としたんで数が減って暮らしやすくなってああよかった☆なんて神話があるくらい、太陽をも包含したもっと上の「天」が最上位。

三国に分かれて争っていた時代など、魏としては呉のむこうにあるヤマトの国が呉の背後をついてくれればいいのにな、くらいの策はあったことでしょう。

だから中国の歴史上、女性の皇帝というものは武則天(いみなは則天大聖皇帝、則天順聖皇后だそうですYO!)を除いてはただのひとりも女性が即位したことがない、そんな徹底的な男尊思想のただなかであっても女性のヒミコがトップなら「王」に任命してやるYO!くらいの配慮を当時はしたのだろうし、太子の時代だって女性の推古(いにしえをおもんぱかる、とやまと言葉では読みますよ。おもんぱかるのぱははのいいやすいように読み替えているいわゆる訛化ですよ)天皇のかわりに「オッサンからの親書ってことにしとこうぜwww」とかなんとかげふんげふん

「親書」ですからね「親書」。
「宛名人が開封て宛名人だけが読んでくださいよ」ですからね、このレター。
朝貢じゃないんですよ、完全に。

こういう、自主独立の政治をしようとしているのが今の安倍政権だと思います。

超大国アメリカ、ロシア、ヨーロッパに対しても対等な外交をするために今しにものぐるいで努力している。

中国、上下韓国に対してもやっと「対等な政治」をしようとしている。

そういう人が我慢ならないのは誰ですか?日本国内の反日勢力なんじゃないですか?

超大国隋と対等な外交をしようとした太子と、今の安倍政権と、わたしにはとても似て見える。

だからこそ「今」「こんな不可解な改悪が」「内部」すなわち文部科学省から出ているのではないだろうか、と勘繰りたくもなりますよ。

だからぜひ太子への「とんでもない非礼」を子供たちに強制し、太子の価値を引き下げようとするうんこたちはついでに淳仁天皇を実名で名指す教育指導をしてください。そして首謀者は呪われてください。

太子だけじゃない、元寇襲来も「言い換え」で下落させようとするセットの行為がどうにもこうにも「おかしい」です。

歴史的には元寇襲来でもっとも醜態をさらしたのは時の半島人ですよね。徴兵されて無理やり船を建造させられて手を抜きまくったらそれで自分たちが出陣しなきゃならなくてみんな水没、さらには小柄で痩せててろくな武器も支給されず、開戦以前からどんどん逃げて「なにあれ」と日本人がみんなビックリとかね。

武士は、倒した敵の数をカウントして報告しないと後でほうびにありつけない。だから死体のカウントは極めて厳正にしているんですよ。誰が戦って討ち死にしたのか、誰が逃げまどって足手まといになったのか、日本人はみんなメモをとっています。

わたしのセミナーですら参加者さんのメモ率100%ですよ。ちゃんと記録しておくんです。

だから元寇襲来で一番みっともなかったのが誰なのかわかっている。

これを糊塗したいのって「誰なのか」、ってところまでわたしは勘繰りたくなります。

おかしいことはおかしいと言わないとだめですよ。

だから上記をまとめてパブリックコメントに意見しました。

お役人さん、何かを変えたから手柄だ、何かを変えたから仕事をした、っていう古い考えは捨ててください。

これははっきりと「改悪」だし、もっと先に手をつけなきゃいけないことがあるでしょう。

もっと命がけで大至急、改善しなきゃいけないことがあるでしょう。

こういう、どうでもよさそうに見えて明らかに国益を損なう教育はいけません。

わたしは、「聖徳太子」でいいと思います。

天台宗も真言宗も、それを言うならあの日蓮ですら「聖徳太子はすごい、立派だ、手本だ」と言っているのに、なぜ日本の仏教界は「法号」でもある仏教界サイドからのおくりなをなくそうという動きに猛反対をしないのか。

かわいそうな太子。まさか千年先のヤマトの国がこんなていたらくになろうとは。

生前から何かとすぐ死にたがっていた人ですが、もうどんなにかと思います。

こういうアンポンタンも許すのが仏教の教えかもしれないですが、わたしは「おかしいわよ」と殴るべきだと思います。実際に殴ると問題なのでソースを出して「おかしいです」と文章化するにとどめますけど。

3月15日までです。国民の皆さん!思いの丈をぶつけましょうぞ!

http://www.mext.go.jp/b_menu/public/main_b13.htm

このページでエラーが出ても無視して
 [意見募集案内]をクリックして、検索欄に「185000878」と入れる。

案件番号185000878
「学校教育法施行規則の一部を改正する省令。幼稚園教育要領。小学校学習指導要領。中学校学習指導要領。

「子供に変なこと教えんな」でいいんです。

意見を募集しているんだから出して当たり前っすよ。


十七条の憲法、もう一度見ると血を吐くような叫びにしか見えないです。そして為政者がわがこれを本当に実行できたらとてつもない超大国に一気になれるし、太子は本気で実現しようとなさっていた、と思うと体が震えます。

山田宏さんがおかしいというのも無理はない。
お若いころにサッチャーさんに会いに行った若きヒロシは、もう一度、自らの老年期を前に「聖徳太子の」理想に触れなおすことで、必ずやひとまわり成長なさると思います。

無知は罪になる時代です。

わたしも今回のことでふざんけんなよと思って手持ちの資料を見直したり、近隣図書館で本を借りて勉強しなおしました。
以外にも聖徳太子関係の本がけっこう貸出中になっていて嬉しかったし「ざまあwwww言論封殺はできねえよ」とちょっとほくそえんだりいたしました。

ちなみに聖徳太子を嫌うような文化的後進国のアンポンタンな国は今の中国と今の上下(南北)朝鮮だけだと思いまーーーす。
だって耳が痛すぎて憤死しそうなことしか書いてないもんwww

ああ、そういう断末魔の悲鳴を一度に十人聞いちゃえるんだ、って違うわーいwwwwww

違うわーいwwww太子への熱い風評被害とともに文部省どうしたよ、超やべえよと思いつつ。

日本人の子供には日本を、祖国を、わが母国を誇りに思える教育を、施したいと願います。それが当たり前なんだ。

それには「事実」を伝えるだけでいい。それだけでいい国が、わが日本です。






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日本人として生きるということ | コメント(17) | トラックバック(0) | 2017/03/02 17:53

謙虚すぎる俺たちの羽生善治さんに敬礼!



感動に打ち震えるツイートがあったのですが見た日が某選手が全日本を欠場を発表した日でこれを記事にすると微妙やんと思い遠慮していた姐さんです。大人になったわwwwその人は日本のフィギュアスケート史上初の「特例」で全日本欠場でもイイってことになったそうで。

ところでこちらは羽生善治さんの奥様による羽生善治さんの謙虚さの一例で、なんてカッコいいんだろうと震えましたね。

謙虚

どうよこれ。大明神か!ニコラ・テスラか!と独特な言い回しで称賛したいところです。

1996年2月14日、将棋界で初の7タイトル独占を達成。バレンタインにか!いやもうね、どんだけのチョコレートを送ればいいのかと。全国のファンから贈られてきたチョコレートで三十五回建てのビルができますよ、くらいのものすごいことでして。

こういう人が「強いと思ったことがない」っておまえは神か!マーロン・ブランドか!(カッコよさの一例)

で、んと、んと、またしてもお詳しい方に質問ですが羽生さんのこと、羽生名人とおよびしてはいかんざき?
そのときもっている一番高い名誉のタイトルを冠して呼ぶべきだとうっすら覚えておりますが失礼がないように「羽生帝王」とかでいいですかwww

だいぶ前のことですが、羽生さんが何かのインタビューで、「将棋の神様と指したらどうでしょうか」と訊かれたときに「角落ちなら」と
答えていて、それはもうしびれました。
将棋の神様が角を使わなければ勝てる、という自信。互角に戦える、という誇り。
なんつうカッコよさじゃあああああと今でも覚えています。

そのわりに正しい呼び方も知らないのは許してくださいwww

真央ちゃんや大ちゃんのようなとびぬけてすごい人というのは「その地平に立たないと見えてこない世界」が見えていて、とびぬけてすごい「その理想」と今の自分を比較して「できていない自分、実現できていない現状」にときどきガックリするのでしょうが、謙虚である、ということは、勝つ余地がある、ということだろうと姐さんは思うのです。

謙虚でないと自分の実力を見誤る。こんなもんでいいだろう、と勝手なものさしで踏み迷う。

自分の実力をはかれない人は他人のそれもわからないし、ましてや「客観視」などという高度な目測は絶対できない。できなくなる。

いい例がキム・ヨナです。あれ、自分でイイと思っていたらお気の毒様でしかないし、イイと思っていないのにやっているのならなおさら大惨事です。
キムなんかひどかった。もう滑ることそのものが、フィギュアスケートが嫌で嫌でたまらないのに勝利は保証されている。だからしぶしぶ出てきては適当きわまりないマレー熊で偽の勝利をかっさらう。

実にみっともなかったです。醜態、というのはああいうことだ。

羽生さんは対戦する相手の得意技で喧嘩を吹っかけていくところとか、理想の将棋をめざしながらも、自分でも思ってもみなかった「最善手」が降ってきたときにコドモみたいに喜ぶところとか、その歓喜をちゃんと迎え入れるために日々の鍛錬を欠かさないところとか、すごいなあ、素敵だなあ、と憧れます。
同時に「大変だろうなあ」とも思うのです。

奥様のツイートによると、普通に暮らしている中でも「そのモード」に入ってしまうことがあって、そうなると会話はおろか一般的な「日常生活」からかなりはずれて「パパはどこかにいってしまった」状態になるらしく、そうなると戻ってくるのを待つしかない。
誰も同行できない場所で純粋な思考マシーンとなってしまう。

萩原朔太郎にちょっと似ている。ものすごく綺麗で精密で精緻で豪華で途方もない「その世界」には人はひとりで行くしかない。同行はできません。

でも、戻ってきた結果はみんなと共有することができる。真央ならば美の世界を、羽生さんなら手の世界を、人の営為の一部として実行して見せてもらうことができる。

どちらも「技術」の世界です。その最高峰、極北を、わたしたちは同時代に実際に生きて、リアルタイムに追わせてもらえた。

なんとありがたいことだろう。

真央がとびぬけてすごい→だから素晴らしいライバルとして一緒に切磋琢磨できてそれがうれしい、にならなくて、真央がとびぬけてすごい→だから恨む、という思考回路が姐さんにはわかりません。

羽生さんを恨む棋士はいないだろう。そんな低いレベルに甘んじている者は、素晴らしい手を持てないだろう。

人の努力のまだ先にある「その世界」に自由に往還している、ように思えてならない浅田真央と羽生善治。
どちらも本当に幸いあれ、光あれ、と、感謝のありったけを向けたくなる、素晴らしい人だと思います。

スケートに、あるいは将棋の棋譜に、人生を見る。

真央とよっすぃー(おいwwww)が残したそれは星々がさんざめく「永遠」にとても近い。永遠だろう。

幸せであってほしい、と思います。


真央ちゃんね、来季に向けて早いオフになったのだけれど、できれば小さい人たち、コドモたちと滑る機会を持つといいよ。

真央はドイツの某サッカー選手、ゴールキーパーのあのおっさんのように小学生相手のチャリティで全ゴール阻止、コドモ大号泣、なんておっそろしいことはしないだろうから、みんなで楽しく面白く、そして危険がないようにちゃんとスケートは刃物だから自分もお友達も傷つけないようにしっかり注意しましょうね、と基礎の基礎を教えてくれるだろう。

そして真央も「スケートって面白い」と改めて思うだろう。

人の心を打つ演技の、根底にある「競技への愛」とともに「競技への敬意」を、真央はすでに持っている。自分が携わる、何よりも愛してやまないフィギュアスケートの値打ちを、引き下げるような醜いことを、真央は一切してこなかった。

無心に、虚心に、坦懐に、真央はスケートを愛し続けた。

その、根底にある純粋さ、無垢さ、無心さを、今一度、「外の世界」に見ることも、今の真央には必要だろう。

傷つき続けた真央ちゃんに、「スケートっていいな」としみじみと思わせてくれるものも必要だろう。

うまくなくてもいい、何もできなくてもいい、「スケートが好き、滑りたい!」とただ一途に思う人の姿を、真央は自分以外に見ることも必要だろう。

どこかで、そんな機会が多くあるといいなと思っています。

ちなみに某選手は「自分がゴールを守る以上、ラインを割らせるわけにはいかない」と参加したコドモたち全員のシュートを容赦なくブロックしたうえで、シュート成功1本につき幾らですよ、スポンサーが出しますよ、と定められていた金額分、全額をその場で小切手で払ったそうです。きいいいい!なんなのこの人!おおおおおまえはメコン川をたゆたう幾星霜をへだてた魚類全部の崇敬すらもひとりじめか!とわけのわからない称賛の言葉とともに、真央ちゃん、よっすぃー、ファイトだ!と勝手なエールを送らせていただきます。

真央ちゃん、週3の勢いで焼肉に行きなね、食べて治してね。
寿司と焼肉。あと冷たいモノはほどほどにね。
猫ごろごろもおすすめだよ!




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日本人として生きるということ | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/01/09 19:10

「学者の論争」の一例紹介



論争というと思い出すのが『出雲国風土記』が後世の偽作だという主張に対して学者先生がその主張を木っ端微塵に粉砕しているアレですね。「学者どうしの喧嘩は怖い」ということが骨身にしみます。
出雲大社さんからの依頼でものしたということで、やっぱりわけのわからないことを言い出されて神社さんサイドも困惑したごようす。そこでとんでもない大御所に「証明してください」ということに。

できるだけ中古は避けたいので出版社に電話して確認しましたところ、全八巻プラス別巻のうち残念ながら2と7は完売で在庫なし。ほかは少しだけあるそうです。
定価は一冊一万円。
中古のほうが安いので紹介しないほうがいいのかなと思いますが姐さんもあせって一巻は中古で買ってしまいました。
あとで定価で注文しよう。

現代神道研究集成 1


一巻の田中卓先生の「出雲国風土記の成立」がまあ「大虐殺」ですごいんです。へたな映画や小説よりもスリリングでホラーです。

薮田さん、なんで適当なことおっしゃったん?となんにも知らない無知無知な姐さんですら読み進めていくうちに背筋がゾゾゾーっとしてくるような、それこそ極上のホラーかミステリーを読むような感動と興奮と恐ろしさに包まれます。

学術的興趣、高揚、歓喜というのはこういうことかと思わされます。

この「恐ろしさ」を共有したいwwwぜひ読んでほしいwwww難しくないです。「絶対に万人にわからせる」つもりで書かれていますので。だがそこはそれ縦横無尽に論を張るおいさんなのでもう薮田さんのライフはゼロよ!になっているわけです。わたしまで泣きそうwwwww「ごめんなさいごめんなさい」と泣き叫びたくなります。

図書館で所蔵されているところもあるのかな。平成十年発行で神社本庁が企画、発行は株式会社神社新報社です。
平成十年の本なのに「古い本ですね」と電話口で言われました。むむむ、この出版社にしてそうなのかと思います。

日本史は、古くから日本人がみんなメモ魔だったおかげで文献資料に事欠かない。原本がなくても写本がある。そこでモノホンの学者先生はできるだけ原典にあたり異同齟齬をつぶしていき「自分の論拠」となる物証を重ねていく。地道でキツくて、だけど「これだ」というものにぶち当たったときの手ごたえはいかばかりかと思います。

「探求していく手法」と「論陣を張るときの手法」は別なんだなあと思いますし、なにしろ論争ですから「万人にとって明快に提示する」ことが絶対的に必要で、ことに原本に触れることもなければなんなら学校で教わることもないような姐さんのようなアンポンタンにとては「わかりやすく」は本当にありがたい。

学者の論争といえばある人は邪馬台国の所在だったり南北朝はどちらが正当かだったり天皇機関説だったりさまざまでしょうが、「あるだけの物証を本気で全部調べ切った」方の論陣は緻密で重厚で洒脱です。軽々と殺戮ですwwww

かっこいいとはこのことだ!高校くらいの教科書に全文掲載してほしい。

「適当なことを言うとこうなります」と。

ただ、「おまえの論拠の正当性を示す証拠は何もない」と指摘し得る知性と教養と知識とが「まだある」人が果たしてどのくらいいるのだろう、と自分のオツムの出来に応じて悲しんだり嘆いたり。もっといっぱいいてほしい。
そこでときどき「震えあがるために」読み返すことにしています。
こんなにも痛烈に鮮やかにぶった切るってどういう気持ちwww怖い怖いwwww大好きだ卓先生。

薮田さんはこの後も息をしていたんだろうか。若気の至りと奮起してちゃんと調べるようになったのだろうか。何ンにも知らないわけですが。怖い怖い。

あと、『古代日本の権力者』


これは、松前健先生の論文目当てで入手しました。松前先生は折口信夫に直接教えを受けた人で学徒出陣からの復学後、めざましい活躍をなさった方です。一般向けのエッセイも出ているので「日本神話」を該博な知識と広範なエリアから再検証した内容をかみくだいて知りたい向きには最適かと。

『日本神話の謎がよくわかる本』


これ、謎はよくわかるんです。でも謎の答えを知りたくなって結局松前先生の本気の論文に手を出さざるを得なくなるという罠が待っている。めちゃくちゃ面白い上に今まで常識だと思っていたことへの「えっ!?」が盛りだくさんで楽しいです。
なんだろうな、松前先生が持っている「ものすごい客観性」のすごさはどこからくるのかな。
さまざまな「前提」に「それはどうかな」を矢継ぎ早に出してくる、その見事さに惚れ惚れします。

一冊だけ別の本で松前先生の主張に疑問を呈している人がいました、だが先生がAといい、ほかの人がBというのを、自分はAとBと両方だと思いますという主張で「え、なんかずるい」とちょっと思ったり思わなかったり。
不勉強なのでもっと大勢の検証と批判とを松前先生も経ているはずですが今のところそれだけしかみつけていない。
やるなあ、というかんじです。

わたしは、できるだけ古くて遠い時代の論文集から始めることにしています。なぜかといえば、現在主流の学説はそれらの上に立っている。それらの否定と賛同と敷衍から成り立っている。だからいろんな先生方が採用している「前提」を知っておきたいのです。

今回の紹介は、だからそれでも「新しい」部類に入る。松前先生はちょうど中間地点にいらっしゃって、わたしのような無知な者にも「わかる」書き方をしてくださっている。ありがたいことだと思います。

急がないと自分も含めてみんな故人になってしまう。
「日本ってすごい」「日本の本物の知識階級ってすごい」と驚くために、感動するために、そして「そんな日本」に住む「日本人」である「ほかならぬわたし自身」の生き方の再チェックのために、ときどき読み返すようにしています。

関西の学者さんは「現物」を手に取るチャンスがあるんだもんなあ。これは「強い」よ。東京は明治以来だから勝負にならない。文化庁移転は当然かなと思ったり思わなかったりいたします。

それからネット社会のありがたさ。写本をそのまま掲載なさっているサイトさんもいくつもあり、もちろん公的な機関のそれもあり、ありがたく活用させていただいております。

ある夜に「ああ、あの写本のこの三文字を確認したい、なに天皇って書いてあるんだよぉ」と思ったときに試しに検索したらヒットしたときのあの感動!ありがてえありがてえ。

ということで「わたしが何に一番興奮するか」という話でした。

真央の演技と、へんなことを主張する学者・権威者・自称エライ人☆が正しい論拠と優れた思考で思いっきり粉砕されるとき、かな。性格悪ーーいwwww

そうだ、これ『古代日本の権力者』


原田大六さんが怒り狂っています。それはもう怒髪天を突かんばかりに激怒しなさっている。
おちついて!と十五回くらい言いましたワタシwwww
こういうふうに言いたいことをそのままいう人は絶対に学閥社会と無縁だろう、特に絶対に東大京大じゃないはずだと著者略歴を見て納得。フリーでないと言えないんですよね。わかりますわかりますwww

あと怒りすぎててばっさりと全否定した通論に対する答えを書くのを忘れている。自分の考えを全部書けと申し上げたい。が、それには紙幅が足りないのですねわかります。ああ、お元気なうちにお会いしたかった。
絶対講演会を依頼する。「うちの先祖もそう言ってました!」と合いの手打ちまくるわwwww

考古学のほうでも出土品の検査の精度が年々高くなっていくので、工学実証衛星「はやぶさ」が持ち帰ったイトカワの砂も後世の技術に任せるために「何もしないで保管」しているのと同様、かつての定説があっさりひっくり返されることも往々にある。
それらの激流のただなかで古典原文に直接あたり、各種写本を精査調査し、発見と感動に向けて黙々と邁進なさる歴史の先生たち諸専門家たち。
「すごい」なあと感服です。

わたしも市井の一庶民として「できること」を続けようと日々勇気をもらっています。

本当にすごい。エキサイティングかつエモーショナルかつスリリングかつ「なんでそんなこと言うたんやwww」を味わえる「学者の論争」の恐ろしさ。ありがたやありがたや。





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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/20 16:00

「愛せないものは、通り過ぎよ」

※この記事の初出は2013年11月24日です。

--------------------------------

「毒親」について書いてほしい、記事を楽しみにしているというコメントをいくつかいただいたわ。その中には自分自身がそういう扱いを受けて苦しんだからそこから立ち上がるためのヒントにしたい、というご意見と、逆に自分が子供にとって毒親になってはいまいか心配だからというご意見とがちょうど半々に分かれていたわ。

現代社会で働くお母さんであり、あるいは家にいて家族の世話をするお母さんであるというのは本当に大変なことだと思うわよ。負担の持って行き場がないのよね。心身ともに辛いことばかりだし、タフでなければつとまらない。
世の中のおとっつぁんも大変で、あたしは力になりたいとは思うのだけれど、やっぱり依頼してくださるのは女性が大半なものだから、まずは女性に向かって書くわ。オッサンたちは後回し。

お母さんは偉いわよね。好きでタフになったわけじゃ全然ないのにタフでなければやっていけない。女だから料理くらいできるだろ、とか、女のくせに家事くらいやれよって謎の決めつけもまだ色濃いし、楽な道なんてどこにもないわ。

その中で無心に選手を応援し我がことのように見守って大事に思いやれるのは本当にすごいことだし、そんなお母さんたちに素晴らしい演技を見せ続けてくれるスケート選手というのは、ありがたい存在だと思うわ。
あたしたちでも知っているような、世の中に名前が出る人ってのはみんな尋常じゃない努力をしているわ。演技にそれが出ているわ。

お子さんがいないご家庭でも、また、すでに巣立った世帯でも、これから結ばれるべき誰かをまだ持たない人であっても、他人と一緒に共同生活をしていくということは、それなりスキルがいることだわね。うまくフィットした方だとありがたいけど、そうでなかったら大変よね。

日本のスケーターがみんな仲良しだとは言わないけれど、やっぱり小さいころからいつも一緒で親しくしていた人には特有の「仲間」意識があるものだし、海外を転戦するようなレベルだと「戦友」って思える仲になるわね。

大輪の花の一部がごっそり抜ける次のシーズン、あたしたちはどんな気持ちで残った選手、育つ選手を見守っているのかしらね。なんだか夢の中のことのようでまったく先が読めないわ。

でも引退する選手は毎年いたわ。毎年いたのよ。

「卒業」ってすごい言葉で「業を卒(お)える」と書くのよね。カルマを脱するってことじゃない。すげーわよ。

ということで、毒親との決別について書いてみるわ。いかに健康的にそして幸せに毒親を捨て去るかについて姐さんなりに書いてみるわね。


地球上のすべての水
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日本人として生きるということ | コメント(85) | トラックバック(0) | 2016/12/11 00:00

難癖ばかりでウンザリ



「除夜の鐘がうるさい」ってそれはドラキュラが十字架を怖がる的なアレですか?
べっくらです。

最近の憤り。

なんでや!アメリカ人なんて「国旗は着るもの」やぞ!


わーお

日本←日本人が日本国内で掲揚しただけで難癖をつけられる

国旗なのに!

なぜなのか


ぷんすか。


昨日、12月9日はいろいろなことがありました。自分にとって特別な日なので印象が特に強かったです。

ほな、また・・・





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日本人として生きるということ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2016/12/10 12:44

星の冠



心にとても響いたので。


石井桃子先生のことば
2008年4月2日没 享年101)

「朝日賞をいただいた人間です」と言ってこの世を去るよりも、
六つ七つの星に美しく頭の上を飾られて次の世の中に行きたい。



石井桃子先生
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E4%BA%95%E6%A1%83%E5%AD%90

朝日賞とはなんぞや?
http://www.asahi.com/shimbun/award/asahi/



星の冠をかぶって、星の輝きに彩られて、石井先生は「次の世」におもむかれたことでしょう。

そういう心を持った方の美しく正しく清らかでユーモラスな翻訳作業。

ちいさい人たちがまず触れる、清冽で斬新で永遠の児童文学の大家。

石井先生と申し上げるよりも「桃子先生」と呼びかけたくなるような、そんな慕わしい人でした。

地上での評価は人間がくだすもの。迷い悩み間違い多き人間が、それでもお互いによかれと思って、善意と共感を根底に粛々と社会生活を営んでいく。

その「人の評価」を超えたところに価値を、希望を、祈りを、おくという視点も、ひとつ必要なのではないでしょうか。

星の冠に彩られて、あの星々の中に戻っていく。

ここまでだ、と思うときに星の光が静かに、そして圧倒的な無限の力できっと自分を支えてくれる。なぜなら自分も星だから。


真央ちゃん、正当な評価を受けられないこと、払い続けた努力をなかったことにされること、苦難も苦痛も無下にされてしまうこと、それはどれほど残酷で恐ろしいことだろうと思います。

にもかかわらず黙って高みを目指し続ける真央ちゃんの姿勢に心から敬意を表します。

真央ちゃんを照らす星の光がこれからもますます鮮烈に艶やかに、そして「生命」に満ちたものであることが、真央ちゃんの演技によって証明されていくと思います。

強い強い人。だからといって個人の努力におんぶにだっこではいけないのだと、ファンが声をあげる以外に誰にも何もできないのだと、無力感や絶望や憤りにのまれそうな今だからこそ、改めて思います。

闇は、光がもたらされれば自動的に消えていく。

もっと光を。まずは自分の心から、と痛感します。

本当ならこんな茨の道を歩く必要なんかなかっただろうに。真央ちゃん。



ありがとう。





石井桃子先生のことば
(2008年4月2日没 享年101)

「朝日賞をいただいた人間です」と言ってこの世を去るよりも、
六つ七つの星に美しく頭の上を飾られて次の世の中に行きたい。






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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/11/04 22:27

伊藤祐靖さんの新刊 『国のために死ねるか』



どこにもねええええ!!!と思ったらまだ発売日前でした。うっかりしてました。

いや、最初は水木しげる先生の『猫楠』を買おうと思って検索してたんですよ。

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超おもしろいんで。
猫ちゃんがナビゲイターになって巨人・南楠翁の生涯を案内してくれるんですが、出先で読んだらだめですね、何度も吹き出してしまいますから。

で、そういえばあたし、まだ伊藤さんの新刊を買ってない、と思って検索をしたら、ありましたありました。

『国のために死ねるか』 (文春新書)
伊藤祐靖 著
発売日: 2016年07月21日頃


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2016/07/18 ETEさん
アネザイチカさん、こんにちは。
こちらに書き込むのは、初めてかもしれません。

伊藤さんの本、いよいよ今週発売ですね。私も予約しました!もしサイン会あったら行きたいです。8月にはラジオに出演されるようなので、そちらも楽しみです。


ETEさん、いよいよですね!楽しみです。ほほう、ラジオにも?よかったら番組情報を教えてください。ぜひ宣伝したいです。


国のために死ねるか(直球)

ものすごいことを放り込んできましたが、この問いは「あなたはなんのために生きているのですか」ということなのだろうと思います。


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わかりやすくていねいにどうしたらまず狙われない存在になれるのか、心構えと具体的な動作、表現について詳述されるところからはじまります。
そしてこちらの本に、デモンストレーションのため伊藤さんの姿が出てくる。
もうね、「あの目つき」なんですよ。何も見ていない目つき。だからこそ全部が見える「あの目つき」。
写真一枚で全部が出ている。伊藤さん、ふつうじゃない。

この前ネットで自衛隊の特殊部隊のことについての書き込みがあったのですが、そこでは伊藤さんのことを「バカ&キチガイ」と表現するのが共通見解になっていました。これほどの「賛辞」と「恐怖」があるでしょうか。

伊藤さん、大変だろうなあ。

このような時代に「軍人」として生をうけ、そのように訓練され、自らも志してしまったこと。

大変だろう。本当に。

買ってください。この本はぜひともベストセラーにしなけりゃなりません。

まわりにもぜひすすめてください。必読書です。
まだ読んでいないのですがわかります。これはできるだけ大勢に読んでもらわなきゃならない。ぜひ手にとって、そして宣伝してください。お願いします。

「国のために死ぬ」と決めてしまったもののふは「それ以下」のもののためには死ねません。
伊藤さんや伊藤さんの仲間や、もしかしたらわたし自身を怨霊にさせないためにも、「国家」はとっとと使ったほうがよござんす。
と、これは脅迫になってしまうのか(笑)。

ぜひ買ってね!そして震撼してね!

センテンススプリングとは別の部署だから、ものすごい売り上げで目にもの見せてやろうぜ!

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日本人として生きるということ | コメント(1) | トラックバック(0) | 2016/07/19 23:19

「沖縄の心」とか「ウチナンチューの強さ」とか



まとめブログ、結構好きです。
よくみている「ねこのあまやどり」さんのひとつの記事がずっと忘れられません。

すてきな内容なのでぜひご覧になってみてください。

わたしは、「本当の沖縄の心」とか「ウチナンチューの強さ」ってこういうことなのかなあと思いました。
そしていまだに時たま読み返してしまいます。
一読、なぜか体が熱くなり、涙が出ました。。。

ブログ「ねこのあまやどり」さんより

シーサーって本当に魔除けしてくれるんだね
http://bluebluesunset.blog.fc2.com/blog-entry-2016.html


シーサー

この言葉は最初にシーサーと不思議な邂逅を果たした方のものではありません。でも、まるでそのシーサーが自ら書き込んだかのようにとても強い印象と深い意味をわたしの中に残しました。

「変なのに憑かれてないで」

「おいしいものをあっちっち、とおいしく食べろよ」

と、それだけしか言っていないのですが、「変なのになんか憑かれない!」という決断、選択プラス「ただおいしいものをおいしいと味わう姿勢」、つまり「自分にとって本当に大切なものをちゃんと選びとって与える姿勢」が何よりも大事なことだよなあ、と思い出させてもらった気がします。

ネット上にはときとして、このように炸裂する「意味」がある言葉がときどきある。

ありがたいなあと思います。

皆さんは「変なのに憑かれてない」自信がありますか?
ごはん、おいしく食べることができていますか?
まず目の前のそういうささやかな、だけど本当に大切なことから、丁寧に味わってみるのもいいのかな、と思うのです。

中国の属国化を狙う悪意ある反日勢力の「浸透」により揺れに揺れている沖縄。
そもそもの強さや希望や未来へのともしびは、沖縄の人たち自らがつかみとるべきものだと思います。

沖縄全土にいるシーサーが、沖縄の闇も迷妄も、そして本州の闇も迷妄も、ふきとばす「気づき」を人間に与えてくれることを祈ります。おそらく彼らはそうやって、ずっと人間たちと共存してきてくれたに違いない。

シーサーはお獅子をもどいている。獅子吼、してくれることを願います。

「変なのに憑かれてないで、ちゃんと生きろよ」と。

「政府」が本腰を入れて中城の廃墟を元通りにしてくれないかなぁ。わたし、必要があれば幾日でも、ひとりででも、あそこで寝泊まりして詫びるけどなあ。


ブログ「ねこのあまやどり」さんより
シーサーって本当に魔除けしてくれるんだね
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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/07/19 22:11

都知事選



都知事選、わたしは、応援したい人、投票したい人は決まりました。

ひとつだけ言えることは、うかつな人を選んでしまうと、不正をしまくりインチキな金メダリストをこさえてまで招致した韓国の五輪に「日本」のお金がなだれこみ、またしても「日本人」が苦しめられてしまう、ということです。

それに代表されるように、またしても「日本人」が血の涙を流すことになる、ということです。

kyma.jpg

7月31日(日)が都知事選です。

東京が全国の自治体のモデルとして称賛・評価・模倣されるような、「日本」と「日本人」の首都としてまっとうに機能する場所であってほしい。

都民の皆さん、正念場です。

すでに「日本国内で」反日を推奨するようなデモがなされている。これに対して誰も何もとがめられない。どころかそれを全マスコミこぞって推奨し悪意ある政治家を全力支援。異常です。

各候補者と彼ら・彼女らを支援する背後の団体、友人、支援者をもよく調べて、そして自分のハートで選んでほしいです。わたしは、そうします。


halutukiさん、コメントありがとうございます。わたしの確認不足でした。削除しました。


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日本人として生きるということ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/07/15 13:52

菅井円加さんの「あるべき動き」ができる能力は異常



実際に踊っていらっしゃるのを見る前に、ローザンヌで優勝なさったときの、名前をコールされた後の「あの動き」に一発でやられました。すぐ前に飛び出ない。一拍おいて、確認するように、「動物のように」動いていった。
ああこれはただものじゃないな、と度肝を抜かれた。
そしてコンクールで踊る姿の画像を見、動画を見、菅井円加さんが連れていってくれる夢の世界に涙した。
この方が備えた「あるべきときにあるべき動きができる力」は大変なものですね。
踊っているのを見た瞬間、滂沱たる涙があふれます。
見飽きない。新鮮です。励まされる。一緒に体が動き出しそう。
真央ちゃんの演技にも共通する「美」の世界。

ローザンヌの「その後」の姿。

情熱大陸 Ep817 2014年08月31日140831 バレエダンサー・菅井円加に密着!


「男性顔負けの高くエレガントなジャンプ」が最大の特徴というナレーション。
メイクによっては未来ちゃんにも見えるMADOKAさん。

だいぶまえに「バレリーナの足」について皆さんに質問をしましたね。苛酷な動作を日々続ける人の「足」はいったいどうなるのか。
円加さんの足も大変なことになっていました。
そして怪我をおしての練習と公演。
ああ、似てますね。仲間にけがを気遣われること、それすらも自分を責める材料にしてしまう。
先生に無理をしてはいけない、とたしなめられる円加さん。

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スイスのハンサムダンサーが真剣に熱心に対処方法をアドバイスしていましたが賛成です。とにかく温めること。高温で何度も繰り返し温めること。手足のマヒは温度と関係があります。

真央も腰痛で動けなくなるくらい、家を這って歩くくらい、ひどい状態だったときがあった。今も無理をすると足の痛みが・・・・・・無理は無理なのでやめてほしい。

わたしはこの世でもっとも高度で合理的で美しい「動き」はクラシックバレエだと思っています。ただし詳しくはない。ただただその「美しさ」に魅かれます。
真央が徹底的にバレエの基礎を積み重ね、演技に活用しているのを見るにつけ、同年齢のバレエダンサーの友達ができたらいいのにな、と余計なことを思います。

円加さんも真央も同じように悩み苦しみ血を吐いて、同じように結果を出して圧倒的な輝きを放っている。
共通点は「素直さ」と「頑固さ」ですかね・・・・・・。

前に霊長類最強女子とお茶に行くのはどうだろう、とたわけたことを書きました。今はなぜか円加さんとどうにかして真央や、会うことはできないですかね、と思います。余計なお世話です。

辻井さんの生演奏で円加さんと真央の陸・氷コラボなんてあったらどうしましょ。ステキすぎます。

2014年のこの放送で円加さんは気になることをおっしゃっている。
ダンサーとしての寿命「ではなく」人間としての寿命が短い気がする。年とったなあと思うことがある、と。

いやいやどうか、円加さんが思う動き、望む表現、伝えたい魅力がそのままに日に日に増していくことを、そしてどうか心身ともに健やかに輝きを増していくことをと願ってやみません。

円加さんの「動き」に魂を持っていかれたファンのひとりとして感謝と祈りを送りたいです。

ああ、本当にすごい人だ。


情熱大陸 Ep817 2014年08月31日140831 バレエダンサー・菅井円加に密着!




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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/05/31 14:59

ぜひ「平らな道」を歩いていただきたいのだが



皆さんは視覚障碍者用のブロックの上を目をつぶって歩いたことがありますか?

どうしても納得できないことってこの世にさまざまありますが、姐さんはあの黄色いブロックがどうあっても納得できずにいるのです。

ただでさえ視界がさえぎられているというのになにゆえあのデコボコの上を????と長年の疑問です。

目が見えないからこそ平らな道を歩いていただきたい、と思うのはわたしだけでしょうか???

すごく歩きにくいですよ、アレ。一回やってみてください。姐さんはすぐ転びそうになるし、イライラします。イヤになる。
アレで恩恵を受けたつもりになれっていやはや相当だぞ?と思います。

ということで言いっぱなしもなんなので関係団体に問い合わせをしていつからどうしてああいうモノをこさえるようになったのか、そして実際の使用感はどうなのか教えていただこうと思っています。

視界がさえぎられているからこそ安心して邪魔のない平らな道を歩いていただきたいなあと思うからです。
たぶん、そういう道は目が見える人にとっても安全で歩きやすいと思うんです。

やるなら逆だろうとすら思います。デコボコは目が見える人が引き受けるべきなんじゃね?そもそもわざわざボコボコにしなくてもちゃんと歩けるようにすべきじゃね?と思います。

外出のたびにあんなボコボコを強制されたら姐さんは1分ごとに10回絶叫しますわ。世を呪う。間違いなく。

あと、すごく軽くて頑丈で安価で操作性にすぐれているカッコいい車いす、ないですかね。人類が月に行ってから何年だよ、そのくらいがんがん出してくれ、と思います。

マイノリティーだから手を抜いていい、少数派だから放置していいってことはないだろう、むしろ「だからこそ」ちゃんとした対応をすべきだろう、と最近とみに思います。

なんかいい方法ないですかね?



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日本人として生きるということ | コメント(12) | トラックバック(0) | 2016/05/08 11:40

超美味な「淡路マルイチ青果」さんの玉ねぎ



おひさしぶり~になってしまいました姐さんです。生きてます。元気です。
この記事も1週間前にはアップしたかったのですが所要でばたついていてすみませんでした。

淡路マルイチ青果さんの玉ねぎは最高です!

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届いてから1週間経過してしまい、最後の玉ねぎです。もっとみずみずしくてきれいだったんだですが姐さんのせいで先っちょが。。。
昨年もアップしたのですが、驚いたことにあれ以来、姐さんは玉ねぎをどこからも買っていませんでした。ここの玉ねぎ以上の玉ねぎは食えないだろうと思ったからです。
ときどき、「この世で最高なんだろうなー」と思うものをいただいてしまい、それっきり同種の他のものが食えなくなることがあるのですが、こちらの玉ねぎもそのひとつ。

肉厚でフルーティでジューシーで「今」だけの新玉ねぎ。
明らかに、一目瞭然で、完全に、はっきりと生産者の「真心」がこめられているとわかる玉ねぎ。
食べることで幸せになれる。感動がみなぎる。ありがたい。なんてありがたいことなんだろう。
しかも本当にこれでいいんでしょうかと後ずさりしたくなるお値段です。君ら仏さまか!と言いたくなる。

紹介が遅くなってしまい申し訳なさのあまり土下座したい。「今」だけの新玉ねぎ、おすすめです!

真央にも食わせたいいいいい!
舞ちゃん、新たま、体にもいいよ!おいしいよ!食べるといいよ!

姐さんは荒く刻んで深手の小鍋にどさっと入れたらちょっとだけワインなり日本酒なりをふりかけて蒸し煮にするのが好きです。味つけもあっさりと。驚くほど大量の水が玉ねぎから出て、それがとてつもなく甘くてすっきりしていて滋養があって美味なのです。
コレハウマイ! と叫んでしまう。一度に2玉くらいいけますね。

季節の、そして驚愕の美味しさを堪能させていただきました。
肉厚でジューシーでフルーティで明らかに「体によい、尊いもの」と思える玉ねぎの、しかも新玉!旨い!うますぎる!

おすすめします。ぜひ早めに取り寄せて、食って驚いてください。

淡路マルイチ青果さん


そういえば昨年アップしたときもこの皿で「同じのを使ってますよ~」とコメントをくださった方がいました。頑丈で手ごろでいいですよね。がしがし使ってます。

桜の季節は淡路の新たま、が姐さんの季節感になりました。

生産者の皆様に感謝です。魂を感じる食い物は魂を養います。このような得難い命を作り出してくださって本当にありがとうございます。心から尊敬と感謝を送ります。



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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/05/08 08:01

姐さん用のアフィリエイト記事




アフィリエイトリンクだけの記事です。
■ゴブラン♪シリーズ■クッションカバー♪5柄両面【新柄】ペット♪「トイプードル」 10P27May16



幕末の天皇 (講談社学術文庫)

江戸時代の天皇 (天皇の歴史)


冷泉家歌ごよみ―京の八百歳
京都 旧家に学ぶ、知恵としきたり: 冷泉家 武者小路千家 杉本家
カミナリさまはなぜヘソをねらうのか
古寺巡礼京都 28 泉涌寺
日本の幽霊 (中公文庫 M 8)
道教と日本文化 (1982年)

道教と古代の天皇制―日本古代史・新考

神と仏の古代史

『常陸国風土記』と説話の研究
道教と古代の天皇制―日本古代史・新考

真説 ニッポンの正体―封印された日本史ー世の中のからくりと地球規模で悪事 (ミリオンムック 別冊『怖い噂』)







無為自然の思想―老荘と道教・仏教





日本における中国伝統文化






続きを読む
日本人として生きるということ | コメント(3) | トラックバック(0) | 2016/03/21 11:34

丸山珈琲さんのコーヒーにべたぼれ



以前、堀口珈琲さんを紹介したのですが最近また素敵な珈琲屋さんを知ってウキウキです。

表参道にフランフランという雑貨屋さんが入っている建物があって(あの横断歩道に面した店よ~←どこだよ)その二階のカフェスペースで飲んだカフェオレがびっくりするほど美味しくてただちにお店で配布しているフライヤーをいただき、「最高っすねwww今まで飲んだ中で一番好みっすよwww」といらん自己申告を居合わせた不運な店員さんに行い、「とりあえず豆ください」と珈琲が好きでよく飲む友人にも豆を押し付けて「本当に美味しいか念のため飲んでくれ」とお願いしました。

やばいですよね、二週間くらい毎日のように通いましたよ。最後には恥ずかしくなってきて店員さんのシフトを観察してできるだけ毎日違う人が当たるようにしたりして、われながらキモい行動でした。でも機械でがーっとつくるのですが不思議と「この方がつくると最高に美味しい」という人がいらっしゃって、「やっぱり美味しいのを飲みたい」と思い、「またか!」と思われているだろうことを気にしない!と自分に言い聞かせて隙を見てはその方に「カフェオレを・・・」とお願いしておりました。小さいサイズでもたっぷりあって、いつでも座れるし取り扱い品のソファの座り心地も確かめられるしでけっこうお気に入りの場所です。あれでBGMがもうちょっと小さければいいのですがね。

通っていたのは去年のクリスマスシーズンだったので、たしかホワイトクリスマス?という豆というかブレンドだったと思います。
好き好き言いながらうろ覚えというのが本当に情けないのですが九年間通った建物に道に迷って行けなかったりする人間なので許してくださいwww 大学生になったとき、校舎から見えるアパートに帰るのにタクシー使おうとしたもんな。方向音痴じゃないはず!という訓練で最近は少しまともになりましたが。その方面はほんとダメです。

で、「鎌倉に行こうとして大阪に行ったことがある」とかどうでもいい姐さん情報はおいておいて、実際に飲んでくれた友人も「これは確かに美味しい!」と太鼓判を押してくれたのでひと安心です。その節はありがとうございました。

わたしは「メシなんか食ってるから寿命が来るんだ!」という大暴論を放ちつつ、できるだけ飲まない食わない息しないのが不老長寿の秘訣よ~ん(ナオミよ~ん☆のイントネーションでお願いします)と自分じゃひとつも実行できていないことを人に押し付けてきましたが、食わないほうが調子がいいときのほうが多かったし実際「どのくらい食べなくても死なないか」によくトライしていたので、あんまり世の中に出回っている食べ物のことを自ら知ろうとしていなかったですね。でもまあ仕事がら「何をどう食うとよくないか」は一応一通りおさえなきゃだし、考えてみるとド田舎育ちで新鮮で豊富な食材に恵まれていて親はふんだんにモノを食わせようとしてくれていて、まあ人並みにはちゃんと知識はあっただろう、と。それらに無自覚だったなあということです。

例の、バルセロナに行ってから「ものを飲食する喜び」に目覚めてしまい、みるみるうちに肥え太り、それでも陽気に「うんめえ!」とやっておりました。そしたら入っちゃいけない場所を通過するときに柵に引っかかったりするようになり、その衝撃で運動量をあわてて増やしたりワインを控えたりジタバタしつつ、「いや~、世間の皆さんはこんなにウマイものを食ってたのか~」とあちこちで感動の嵐を(自分の中だけで)巻き起こしたりしています。
ほんと日本にはなんでもある。現地で見たボトルのあまりの美しさと水の旨さに忘れられずにいたスペインの霊泉といわれ古くから親しまれていたというミネラルウォーターもちゃんと日本で売ってたもんな~。でもやっぱり味が違う気がする。けどウマイ!

自覚的に口にしてこなかったから「おまえは人類の飲食史の中においてどういう位置づけなんだよ(どこから目線)」と意識をはっきり保ってから口に入れると何を食っても「うんめええええ!!!」となりますね。これはお得かもしれないwwそのへんのゴミでも「うんめえええ!」になるかもしれないし。
それで普段は家に引きこもりならぬ「立てこもり」をしておありますがセミナーなどでたまに外に出ると「メニューの中でもっともカロリーが高いものを」という神をも畏れぬ選び方をしたりしています。
能動的に「美味しいものを食べたい」となるとなんでもあるのが日本なんですなあ。普通の家でも和洋中なんでも出てくるもんね。
日本の働くお母さんの偉大さは異常。
うむうむ、これまで通り「いいとこどり」でいこうぜい!と思います。「魔改造なら任せろ!」が日本のあるべき姿だと言い切ります。

はい、いつも通り余談が長くてすみませんww
珈琲が好きな方ならもうとっくにご存知かもしれないのですが、紹介します。

丸山珈琲さん、お値段は少々なんなのですが、それ以上の値打ちはありますね。飲食に関してタブラ・ラサな状態なのでよく雷に打たれたような衝撃を感じる人間ですがこれは本当に「目が覚める」ような驚きを持った「美味しさ」でした。

とはいえ以前のようにがぶがぶと飲みまくっているわけでもないので堀口珈琲さん!見限ったとか飽きたとかそういうことでは決して決して!御社の「No.7」はわたしの永遠の恋人です。雑味がなくてすっきりしていて深くてコクがあって最高にいい香りが長続きして。大好きです。酸味がある珈琲が苦手でたっぷりとガツンと「深い味わい」を楽しみたかった自分にとってこの7と、それから8と9もですね、嬉しい驚きの出会いでした。7に慣れると8が一番の好みかな~。いややっぱり、とぐるぐるですねw

「コーヒー豆は野菜や果物と同じ」と教えてくれたのも堀口珈琲さん(のホームページ)でしたよね。あれにはべっくらだった。言われてみればその通り、「生鮮食品」なんですよね。

ということで、飲食に関してできるだけ遠ざけて過ごしてきた自分にとって堀口、丸山は二大巨匠でございます。
たぶんどちらも「すごく有名」なのでしょうがよくわかりません。詳しい方教えてください。

そういえばバルセロナ、GPFに「真央が出ていない年にわざわざ行った」っての、今思うとへんてこですねwww
そしてバルセロナ引っ越し計画、あきらめてはおりません。問題はお金です!それだけです!wwww
いずれ必ずと思います。
その前にたくさん飲んでおこう、日本で飲めるうまうま珈琲。

丸山珈琲
どれかを飲むと「えっ何これ!」と驚いて「じゃあ別のはどうなの」ともうがつがついきたくなりますね。すごいです。彦摩呂さんと一緒に飲んであれこれ言い合いたいwww
今だと季節がらホワイトデーブレンドなんてのがありますよ。飲み逃がすと後悔しそうで季節限定品にはとびついてしまいます。

堀口珈琲
ブレンドは7が一番好きだしバランスがいい気がします(姐さんの中だけで)。
8と9はカフェオレにすると一回の食事に匹敵するような満足感がありますね。でもすぐ飲みたくなる。美味しいです。

あ、あとね、もし注文なさるとしてもこのブログの紹介だって書かなくていいですよ!むしろ書かないで、恥ずかしいww
いろんな方が「いいなあ」と思って人にすすめていると思いますし、誰がほめてもほめなくても、どちらのお店もますます栄えていくはずでしょうし。

もしよろしければ楽しんでみてください~。



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日本人として生きるということ | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/02/13 13:45

ブログ【海外の反応】パンドラの憂鬱さん



おおっと目をひくタイトルが多く時々アクセスしています。「パンドラの憂鬱」さん。
日本のさまざまな事象に対して各国からよせられたコメントを翻訳して記事にされています。
ここで初めて知った日本の出来事もあるくらい幅広くさまざまな観点が網羅されていて読んでいて楽しいです。

今回はこの動画に驚かされました。


海外「本当に綺麗な国だ」 日本の冬の自然風景に外国人感動
http://kaigainohannoublog.blog55.fc2.com/blog-entry-1056.html

”映像は主に日本各地の自然を撮った動画を投稿されている方が撮影したもので、
冬をテーマに、美しい光景がタイムラプスで映し出されています。

長野の美ヶ原・霧ヶ峰・戸隠、栃木の戦場ヶ原・中禅寺湖、
群馬の田代湖・白根山・湯の丸高原(群馬側)・榛名山など、
主に山岳地帯を中心に「風と雪」「星」「虹」「黄昏と夜明け前」「雲」
そして「空」といったサブテーマごとに紹介されています。”


Time Lapse of Winter Scene (HD 720p)


真っ青な空のグラデーションで白く輝いている景色を見ると泣きたくなります。宇宙の中心は青を超えて白いから。
「次」は絶対に恐れずにあそこに飛び込んでやろう、と思います。
※個人の感想です

そういうのはともかくですね、映像と音楽と両方を手掛けていらっしゃるのが素晴らしい!
軽やかで明るくて澄んだピアノの音が心地よい。

こういう景色をじっと見つめてきた人だから出せる音なんですかね。

真央の幻想や鐘を弾いていただきたいなあ。200人くらいのホールでスタインウェイで演奏していただけないだろうか。と思ったり思わなかったり。

日本って本当に美しいですよね。そして「美しさを見る目」を持った方の「目」を通してあらためて提示された「このような日本」もまたとんでもなく美しい。
どこでもこんなふうだった。もっと以前は。

「共生」が得意だった日本人の伝統をわたしたちはもう一度、取り戻すべき時に立ち会っているのかもしれません。

作者さんに感謝です。



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日本人として生きるということ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/02/08 21:25

本の紹介、日本の現代史「まで」の歴史について



記事が長いのでまとめると、明治までの二百年をまとめたもの、同じく明治までの各年代ごとに当時日本人が何をもっとも尊いとしていたのかを分析したもの、そして明治の大変革について金銭面から実に的確なツッコみを入れたもの、三冊の本の紹介です。

良書がことごとく絶版でなかなか悲しいものがありますが、図書館で借りたり古書を入手したりと手立ては幾つかありますよね。

先日、ずっと欲しかった本についてふと思いついて出版社に電話をしたら在庫が一冊だけあります、ということで直接求めさせていただきました。嬉しかったなあ。箱に汚れがあったとか取次から引き合いがあっても何年も断っていた本だったとか。実際に手にしてみると天の部分にちょいとしみがあるていど。そもそも箱もカバーも帯も捨て去る主義なのでまったく気になりませんでした。が、この本については記念に箱ごととっておこうと思います。
気が付いたら代金引換なのに送料と代引き手数料も出版社が負担の手配で、そのうえ午後に電話したら翌日早朝には届けられるという親切さ。ありがたいです。大事に読み込もうと思います。

該当の本は惜しむらくは絶版でAmazonでは定価の二倍~三倍の値がついておりまして、元が高価なのでどうしようかな~でも他では入手できないしなあと注文をためらっておりました。
モノを増やさないように努力している折柄、でも手元に置きたい、と願いつつ、ふと思い出すのはあるイスラム学者が一切本を手元に残さない主義で、それは万が一の戦禍を想定してのことで、日本の学者が感心したら書物に頼ってどうする、と一喝されたということです。「本の千冊や二千冊、頭にいれられないでどうするのだ」と。その学者は政変のため日本に来日というか亡命的にいらして生活をされていたそうですが、複雑な儀礼儀典書の内容も完璧に暗唱再現ができ、何世紀にもわたる後半な地域の政治宗教芸術文化を立板に水のごとく再現できた。
と、どなたのことだったかな~と感動したわりにはすっかりお名前を忘れているわけですが、でもどの本に書いてあるかは覚えているのであとで確認してみます(今やれよwwww)。

本はなあ。無限に欲しくなりますもんね。

うーん。姐さんも読了時には全暗記、が理想ではありますがダメですね、最近は全然頭に入りません。もっと若い頃に勉強しておくのだったと取り返しのつかない後悔をしております。とくに漢文と古文書。日本史をやるなら読めて当たり前~なさまざまな史料が全然読みこなせない。書き下し文と照らし合わせてひいひい言いながら「眺めて」います。

が、わからないのは教える側がわかっていないから。というのもひとつあるな、としみじみ思うのですよ。

だってね、われわれの暮らしにもっとも密接で重要なお金のこと、政治のこと、安全のこと、信仰のこと、みんなで社会生活を円滑にこなしていくために知っておくべきさまざまなことって、ちゃんとわかっている人からうかがうと本当にわかりやすいじゃないですか。

それが特殊であればあるほど、その分野で超一流の学者というのはとんでもない普遍性を持つにいたるものですし。
たとえば。

甲骨、金文なら白川先生。

宇宙なら川口先生。

スケートなら浅田真央。

偉人のレベルですごいひとってとっても平易に難しい内容を説明できる。相手のレベルに応じて話すことができる。真央ちゃんについても「フィギュアスケートっていいな」のひとことだけで万感胸に迫るほど「わかる」伝え方をしていますよね。

伊藤みどり神も教えるのは天才的に「うまい」ですよね。相手のレベルを瞬時に見抜いて確実に伝わる表現で指導をなさる。姐さんがしゅーぞー大明神の指導方法にイマイチ疑問を隠せないのはみどり様の無駄のない指導を知ってしまうとしゅーぞー大明神の「パフォーマンス」がどうも大げさに思えてしまうせいですね。まあ実際に習ったら違うのだろうと思いますが。

で、最近、日本史をちゃんと勉強しなおそうと思ってあれこれ手にしてみた結果、わかるように書ける、読んでいて不愉快にならない文章をものすことができる、というのも学者の素養として大事だなあと思うのでした。
学者の論文でいきなりムカつくって経験、他のジャンルではなかったです(笑)。
なんだろう、何臭いと言えばいいのか、うわー、このセンセイ、普段もさぞかし、と思ってびくついていると、案の定他の学者にこてんぱんに突っ込まれていたりして、学者どうしの持論のせめぎあいって素敵すぎる~☆とどんなホラー映画よりも怖い怖いと安全な場所から眺めております。が、あんまり安全でもなくて、原典、一次資料にあたるブツにあたることができない姐さんのような一般人はあくまでも「これが原典そのままです」という既出文献を信じてそこから出発していくしかない。もちろんうのみにはできないからできるだけ複数の本にあたってまず間違いないだろうというところで折り合いをつけて進んでいく。そのときの「この著者は信じられるか」という鼻の利かせ方についても、だんだんに体感として備わってくるようです。

昔の先生たちは本当に「全人格的に」歴史とは何か、人間とは何かについて思索し続けて、そしてたくさんのお弟子さんたちにまるごとの全人格的な薫陶を与え続けていたのだなあ、といわゆるなんとか学派の功罪をも含めて思いを致すわけでした。

ゴーマンかましてよかですくわぁあああああの「自分を極度に美化して表現する某漫画家」の本を百冊読むよりもジャンセン先生の本の一ページを見るほうが「確実に歴史がわかる」気がしますね。比較すべき対象ではないのですが、わたしは「歴史家」というのが今後、世界の動向を「良い方に」導くために、もっともっと動いてくれるんじゃないか、動いてほしいと期待している部分も大きいので、長期的視野でモノを考え、人に伝わるアウトプットができる人、の存在を渇望しております。

で、身近に知らないので過去を遡って典籍の上で偉大な先人について知り、「わー歴史っておもしれー」と遊ばせていただいているわけです。
暗記のための年表とか受験のための詰め込みとかのかたわらに、「本当は何があったのか」「その人はなぜそうしたのか」という「心」の問題をも含めた、今回紹介するような良書があれば、歴史はもっとずっと広がりとふくらみと「リアルな実感」とを持って人の記憶にきちんと残るだとう、という気がします。

戦国武将に人気があるのも、彼らに実に人間臭い逸話が豊富にあるからですよね。そういう何気ないその人らしさの積み重ねが歴史になっていく、という事実。

そしてわたしは後世、ここで紹介するような「心」を記録にとどめ、「思い」を掬んでくれる学者が出るのか、懸念しています。

ちょっと古いものばかりなのですが読んでいてとても納得できたり目が開かれたり参考になった本を紹介します。

古書が高騰している、とか書いたわりにちゃっかりAmazonリンクですんで、買わずに近隣の図書館で中身をチェック、というのもありでしょう。でも手が出るうちに求めておくのもいいことだと思います。

まず今の日本がかくなったるゆえんはなぜなのか、を二百年に絞った「概要」について。
大好きなM.ジャンセン先生の本。



「われわれが学校で学んだことって一体なんだったんだろう」と一読、愕然としますわね。平易で明快。主義主張を織り込まず、きわめてニュートラルな立場を取った外国人の目で語られる日本の歴史。

著者のM.ジャンセンさんはとてつもない秀才でアメリカの日本学者の権威です。たいへんに優しく面倒見が良い素敵な人柄の先生で、学部の生徒ではない学生たちも先生、先生と彼を慕って集まったとか。著者近影は完全に宇宙人ですけども。ええ。今まで見た中でもっとも「宇宙人だ」と思う外観の持ち主です。偉恩ある大先生を宇宙人呼ばわりせずにはいられないのが姐さんですが、いや内容は素晴らしいです。「そういうことだったのか」と何度も頷きました。

中立的な立場でものを考え、ありのままを見ていながら、その視線が途方もなく「優しい」のが特徴的だと思います。水のようにさらさらと綺麗な文章で、それがあたたかな温度を保っているような、著者の見ている「日本史」について、今だからこそ考え直していきたいし、誇るべき点は伸ばしていきたい、伸ばしていくべきだ、と思うのです。

で、明治に至るまでの日本における歴史が動く要点をまとめたものがこちらです。
人は何を重んじて来たのかを年代ごとに整理している。そしてそれが実に痛切な告発にもなっている。

中村直勝大師匠。ここは著作集より第七巻。



あの林屋辰三郎先生の師匠筋、と申し上げると「わーーー!」となる方もいらっしゃるかもしれないですが、中村直勝先生のこの著作集をなぜ版元は絶ったのだ。今こそ復刻再販をと強く望むものであります。なんとなれば中村先生の全人格を投入した中村哲学ごしの「日本史」というのはものすごく面白いのです。なんというか滋味にあふれる生きた歴史をそのまま提示してもらえる。筆が滑ったのでコーヒーを飲もう、と執筆時の率直な感慨もすべて織り込まれた一般向けの内容でも、一切の容赦ない学者の目から書かれた論文でも、本当に惜しみなくすべてを伝え、世界を少しでも良くしていこうと尽力されているのがわかります。

身近に接したらとんでもないうるさ方だったのかもしれないですが、いやもう生前にお会いしたかった人のおひとりです。

すべての巻をぜひと言いたいところですが、七巻を最初におすすめするのは、日本史を動かしたものを先生なりにピックアップして「なぜこうなのか」を詳述している前半部分が非常に示唆するところ大だったのです。

姐さんは日本史で何を一番やりたいか、と訊かれたら迷うことなく「継体天皇」と答えますが、南北朝近辺もじっくりやりたい。中村先生はまさに南朝や荘園制度のスペシャリスト。しかして神社に長男として生まれた先生が神職を目指すことなく歴史学を志した理由というのがふるっていて、「武将やら兵やらいっぱいいるけど、その時代時代にどうやって食べていたのだろう」というところだったというのがきゃー先生わかりますーーーという共感ポイント。

原典にあたりまくってきた大先生ならではの豊富な知識見解から一知半解な若手の意見をバッサリ両断するのも痛快なら、逆賊、天魔と罵倒非難中傷され続けた英雄の行動原理を鮮やかに提示して覆してみせるのもお手の物、そしてどこまでも自省を忘れず自分が何を言っているのか、を常に把握しているアダルトな筆致の洒脱さと真摯さ。

この世で一番カッコいい職業は歴史家かもしれない!と蒙を大いに啓かれました。

じゃあ明治に入ってからの世相はどうだったのよ、ということで出ました山路愛山!
好きですね~。



明治の元勲たちの行動原理を分解し、はたから見ての推察ではありますがなるほどと膝を打ちたくなるような明快な謎解きをしてみせる。また、商い全般についての指南から国策までを縦横に論じ、一気呵成に読ませる力はすごいです。
山路愛三はその経歴や宗教信心などもぶっとんでいますが、とにかく多作で猛烈に執筆をし続け、それのどれもがある水準に達していて何よりも「すごく面白い読み物」になっているのが実に立派だと思います。
布教活動の一環として信州に移住し、信濃毎日新聞主幹として売り上げを大幅にあげ、各地の新聞社が山路のような主幹をこぞって東京から招き、丁々発止活躍させるなと逸話にも事欠きません。

山路愛山は独特の視点から人物史を多数ものし、とくに足利尊氏伝などは本人に読ませたいほどの内容で痛快至極です。
今回紹介した本も、姐さんは随所で爆笑しながら読みました。根拠を明示して堂々の論陣を張りつつ自他を笑いのめすことができる余裕のある口が悪いオッサン、というかんじです。大好き(笑)。

トップが馬鹿だとずいぶんと馬鹿ばかり集めた団体になるよね~なんて箇所は「うわー。橋本性子に読ませたいいいいい」とのたうちまわって笑いました☆



明治までの日本で「実際に何が起きていたのか」を知りながら「現代」に生きるわたしたちが、「日本」を確実につないでいく。

その一助として必ずや参考になるべきものと確信する、平易で明快で希望に満ちた、この三冊をおすすめします。




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日本人として生きるということ | コメント(2) | トラックバック(0) | 2016/01/08 01:58

「眞を保つ」ということ



白川静先生と渡部昇一氏による対談
『知の愉しみ 知の力』



白川先生がどれだけ偉大かということはもう皆さんもよくご存じだと思いますが、この方の言動と著書からは永遠に啓発を受け続けることができそうです。

この対談の中で白川先生がもっとも大切になさっている人生に処する態度として揮毫などに使われていらっしゃった言葉「保眞」について説明をなさっています。
ネタバレになるので申し訳ないのですが縦横に古今東西の歴史と文化について語ってこられた先生が最後に自分は無宗教者である、しいていうなら自然教信者だとおっしゃっている。
小さな花一輪ですら人間はどうにもできない、自然はすばらしいということを語っている。

「眞」という文字は本来、行き倒れという意味で、上の「ヒ」のような部分が倒れている人の形で、その下は目がぎょろっとして頭髪が乱れているようす。人間の死の中で一番恐ろしい霊力を持っているのはこの行き倒れだと。
だからいい加減には扱えない。それの持っている呪力が何世代も後まで効力を発揮する。
これは永遠なる力、永遠の存在であるというので「眞」になる。
「文字の意味として極めて弁証法的である」とおっしゃっている。

そして白川先生は「眞を保つ」のが人生の極意であろうと、と。
保眞とは、自然の力と合致すること、眞というのは自然の生命力が永遠に貫いていること、人界では行き倒れのような形であらわれるが永遠の生命の一つの姿としてそういうものがあらわれてくる。そういう力が自然とともに悠久に働いているのだと。

そのようにおっしゃっている。

小学校を卒業しただけですぐ弁護士事務所で働きはじめ、大学にも行かず、すべてご自分の努力だけで教師になり、七十を過ぎてから著作物を刊行され、漢字というものの成立過程から根源的意味までも、徹底したトレースにより突き止めて、わたしたちの「心」の世界を三千数百年前から逆照射するというほとんど空前絶後の大偉業を成し遂げられた白川先生。

わたしは、「魂が肉体に宿ることで四次元的に融合した箇所が心となる」と思っています。そして心は必ずカタチにあらわれ、カタチは必ず心に作用を及ぼすとも思っています。

霊的な手法のひとつとして、「見立て」や「擬き」についてもくりかえし話をしてきましたが、機能が同じものは同じものである、見た目が同じものは同じものである、名前が同じものは同じものであると仮定して世界を解釈していくこの方法、実は白川先生が喝破されたように「文字」そのものがそのような存在であるのですよね。

そして「眞」の字が持つ本源的な意味のように人間界で行き倒れという、墓を持たず祀る人もない最低最悪の悪夢を現実化したような「死の姿」が、実はそれゆえにこそもっとも強くもっとも「届く」霊威を備え、「神々の世界」に到達する力を持っているのだという逆転現象を古代の人々は見抜いていた。

秋篠宮家の大姫様はこの文字を名前に備えていられる。眞子内親王殿下ほど清らかで美しくそして明朗闊達な「自然なふるまい」がおできになる女性もそうはいない。お立場への深い自覚と努力による訓練もありましょうが、生来備えていらっしゃる優雅清涼な佇まいは万人に通じる気高さであろうと思います。

このような意味を必ずや承知の上で「大自然を貫く永遠の生命に届き得る人間界からの最大最強の力」を大姫様に与えられたのだろうと。

けだしご両親の学識と教養、お立場への深い深いご自覚をあらわすものだろうと思います。

ここで宣伝になってしまいますが、10月26日のトークイベントでは、この「パワーの逆転現象」について話をします。

漢字というのは恐ろしいもので、名は体をあらわす、と共に必ず「その裏の意味」を持っています。

たとえば「雅」という漢字を与えられながらちっとも優雅ではないことで大変有名な人がいますね。これをどう「見ていく」と事実に近い結果になるのだろう。

ということで、日本人得意の魔改造(笑)であの易ですら「表・裏」と「その全体」を三点からチェックするという世に類例のない抜群の精度を誇る解釈法を構築してしまうわれわれのもともと備えた国民性も利用しつつ、「名づけられたもの」に対する「解釈」を「見立て」というツールを使って考えていく方法もあわせてお話ししようと思います。

肉体は魂が宿るものであるがゆえに、分断できない。「見た目がすべて」というのは本当で、だからこそ「ちゃんと見る」ということがとても大切になってくるのだろうと思います。

美の化身のような、人の身としてありうべからざるほど美しい上にも美しい浅田真央選手の演技は、見る人を異次元に誘います。彼女が裏ではらっている努力、熱意、希求、「理想」の現実化のための苦悩というのはなみたいていのものではないでしょう。けれども浅田真央選手の備えた美の中でもっとも美しいものは「努力し続ける心」ではないかと思うのです。
その「心」をわれわれはリンクに見る。そして圧倒的な感動で心身を揺さぶられる。愛さずにはいられない。

努力するからこそあのように強く正しく美しい、美の極致のような姿をわれわれが目撃できる。

「美しい心」が最初にある。

だから国籍も年齢も性別も越えてあらゆる人を感動させる。

苦闘する心、理想に殉じて悔いない心、そして明朗で闊達で前向きで、常に「愛」が心にある。

言葉はいらない、「見たまんま」ですよね。

一流のスポーツ選手の姿はみな無作為に選んだすべてのシーンで「美しい」。そうでない人は二流でしょう。
二流が一流ぶるどころか三流が超一流、空前絶後の名選手、と詐称をし、暴力的に押し付けてくる、異常な事態をわれわれはいやおうなしに目撃させられた。

このような「異常」を許しておいてはいけないし、また永続するものではない。なぜならそれは嘘=不自然だから。

けれども人間が犯した罪は人間が償うのがルールです。人間の不正は人間がただしていくのがルールです。

神頼みもガンガンしつつ、実際に「人間が」動いていかなければ変わらない。
変わるためには「事実」をよく知ることが必要です。「本当はどうなっているのか」を知っていくことが必要です。
そして「自分が使っているものさし」への透徹した自覚が必要です。

そのあたりも含めて、自分の経験と先人の叡智から「有効とわかっている手法」についてお話ししたいと思います。

いろいろなイベントをしています。よろしければぜひ。

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日本人として生きるということ | コメント(3) | トラックバック(0) | 2015/10/14 07:57
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