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あんたたちもっと驚きなさいよ

キム・ヨナのひどすぎる不正採点について書いていくわよ!

皇后陛下お誕生日に際し(平成30年)-宮内記者会の質問に対する文書ご回答




皇后陛下お誕生日に際し(平成30年)
宮内記者会の質問に対する文書ご回答
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/21

問 この1年も,西日本豪雨や北海道の地震をはじめとする自然災害など様々な出来事がありました。今のお立場で誕生日を迎えられるのは今年限りとなりますが,天皇陛下の退位まで半年余りとなったご心境をお聞かせ下さい。

皇后陛下
 昨年の誕生日から今日まで,この1年も年初の大雪に始まり,地震,噴火,豪雨等,自然災害が各地で相次ぎ,世界でも同様の災害や猛暑による山火事,ハリケーン等が様々な場所で多くの被害をもたらしました。「バックウォーター」「走錨そうびよう」など,災害がなければ決して知ることのなかった語彙にも,悲しいことですが慣れていかなくてはなりません。日本の各地で,災害により犠牲になられた方々を心より悼み,残された方々のお悲しみを少しでも分け持てればと思っています。また被災した地域に,少しでも早く平穏な日常の戻るよう,そして寒さに向かうこれからの季節を,どうか被災された方々が健康を損なうことなく過ごされるよう祈っています。
 そのような中,時々に訪れる被災地では,被災者の静かに物事に耐える姿,そして恐らくは一人一人が大きな心の試練を経験しているだろう中で,健気に生きている子ども達の姿にいつも胸を打たれています。また,被害が激しく,あれ程までに困難の大きい中で,一人でも多くの人命を救おうと,日夜全力を挙げて救援に当たられる全ての人々に対し,深い敬意と感謝の念を抱いています。

 約30年にわたる,陛下の「天皇」としてのお仕事への献身も,あと半年程で一つの区切りの時を迎えます。これまで「全身」と「全霊」双方をもって務めに当たっていらっしゃいましたが,加齢と共に徐々に「全身」をもって,という部分が果たせなくなることをお感じになり,政府と国民にそのお気持ちをお伝えになりました。5月からは皇太子が,陛下のこれまでと変わらず,心を込めてお役を果たしていくことを確信しています。
 陛下は御譲位と共に,これまでなさって来た全ての公務から御身を引かれますが,以後もきっと,それまでと変わらず,国と人々のために祈り続けていらっしゃるのではないでしょうか。私も陛下のおそばで,これまで通り国と人々の上によき事を祈りつつ,これから皇太子と皇太子妃が築いてゆく新しい御代の安泰を祈り続けていきたいと思います。

 24歳の時,想像すら出来なかったこの道に招かれ,大きな不安の中で,ただ陛下の御自身のお立場に対するゆるぎない御覚悟に深く心を打たれ,おそばに上がりました。そして振り返りますとあの御成婚の日以来今日まで,どのような時にもお立場としての義務は最優先であり,私事はそれに次ぐもの,というその時に伺ったお言葉のままに,陛下はこの60年に近い年月を過ごしていらっしゃいました。義務を一つ一つ果たしつつ,次第に国と国民への信頼と敬愛を深めていかれる御様子をお近くで感じとると共に,新憲法で定められた「象徴」(皇太子時代は将来の「象徴」)のお立場をいかに生きるかを模索し続ける御姿を見上げつつ過ごした日々を,今深い感慨と共に思い起こしています。

 皇太子妃,皇后という立場を生きることは,私にとり決して易しいことではありませんでした。与えられた義務を果たしつつ,その都度新たに気付かされたことを心にとどめていく - そうした日々を重ねて,60年という歳月が流れたように思います。学生時代よく学長が「経験するだけでは足りない。経験したことに思いをめぐらすように」と云われたことを,幾度となく自分に云い聞かせてまいりました。その間,昭和天皇と香淳皇后の御姿からは計り知れぬお教えを賜り,陛下には時に厳しく,しかし限りなく優しく寛容にお導き頂きました。3人の子ども達は,誰も本当に可愛く,育児は眠さとの戦いでしたが,大きな喜びでした。これまで私の成長を助けて下さった全ての方々に深く感謝しております。

 陛下の御譲位後は,陛下の御健康をお見守りしつつ,御一緒に穏やかな日々を過ごしていかれればと願っています。そうした中で,これまでと同じく日本や世界の出来事に目を向け,心を寄せ続けていければと思っています。例えば,陛下や私の若い日と重なって始まる拉致被害者の問題などは,平成の時代の終焉と共に急に私どもの脳裏から離れてしまうというものではありません。これからも家族の方たちの気持ちに陰ながら寄り添っていきたいと思います。

 先々さきざきには,仙洞せんとう御所となる今の東宮御所に移ることになりますが,かつて30年程住まったあちらの御所には,入り陽ひの見える窓を持つ一室があり,若い頃,よくその窓から夕焼けを見ていました。3人の子ども達も皆この御所で育ち,戻りましたらどんなに懐かしく当時を思い起こす事と思います。
 赤坂に移る前に,ひとまず高輪の旧高松宮邸たかまつのみやていであったところに移居いたします。昨年,何年ぶりかに宮邸みやていを見に参りましたが,両殿下の薨去よりかなりの年月が経ちますのに,お住居の隅々まできれいで,管理を任されていた旧奉仕者が,夫妻2人して懸命にお守りして来たことを知り,深く心を打たれました。出来るだけ手を入れず,宮邸であった当時の姿を保ったままで住みたいと,陛下とお話しし合っております。

 公務を離れたら何かすることを考えているかとこの頃よく尋ねられるのですが,これまでにいつか読みたいと思って求めたまま,手つかずになっていた本を,これからは1冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと楽しみにしています。読み出すとつい夢中になるため,これまで出来るだけ遠ざけていた探偵小説も,もう安心して手許に置けます。ジーヴスも2,3冊待機しています。
 また赤坂の広い庭のどこかによい土地を見つけ,マクワウリを作ってみたいと思っています。こちらの御所に移居してすぐ,陛下の御田おたの近くに1畳にも満たない広さの畠があり,そこにマクワウリが幾つかなっているのを見,大層懐かしく思いました。頂いてもよろしいか陛下に伺うと,大変に真面目なお顔で,これはいけない,神様に差し上げる物だからと仰せで,6月の大祓おおはらいの日に用いられることを教えて下さいました。大変な瓜田かでんに踏み入るところでした。それ以来,いつかあの懐かしいマクワウリを自分でも作ってみたいと思っていました。

 皇太子,天皇としての長いお務めを全うされ,やがて85歳におなりの陛下が,これまでのお疲れをいやされるためにも,これからの日々を赤坂の恵まれた自然の中でお過ごしになれることに,心の安らぎを覚えています。
 しばらく離れていた懐かしい御用地が,今どのようになっているか。日本タンポポはどのくらい残っているか,その増減がいつも気になっている日本蜜蜂は無事に生息し続けているか等を見廻り,陛下が関心をお持ちの狸の好きなイヌビワの木なども御一緒に植えながら,残された日々を,静かに心豊かに過ごしていけるよう願っています。
(参考)

1「ジーヴス」
 イギリスの作家P・G・ウッドハウスによる探偵小説「ジーヴスの事件簿」に登場する執事ジーヴス

2「大変な瓜田に踏み入るところでした」
 広く知られている言い習わしに「瓜田かでんに履くつを納いれず」(瓜畑うりばたけで靴を履はき直すと瓜を盗むのかと疑われるのですべきではないとの意から,疑念を招くような行為は避けるようにとの戒め)がある。



透明人間になれるとしたら、の質問に、古書店街で立ち読みをしたい、と答えていらした皇后陛下。お気持ちは変わらない。

むごいことです。本を、読みたい。切なる願いもわきにしりぞけられての毎日でした。

およそ人間としてこの世に生まれ、皇后陛下ほど努力あらせられた実在を私は知らない。

天皇陛下は神なので、神としてふるまっていけばよろしい。手本がある。

しかし民間から入内あそばされた皇后陛下におかれましては、なにもかもすべて危険な暗夜をたったひとりで「神である」陛下だけを頼りになさり、歩まれるしかなかったわけで。

「こんな空恐ろしい道」を歩まれたことだけでも、驚異と賞賛に値する。

しかしこれほどの努力の偉人、皇后陛下をしても、はかり知ることができなかったのが「天皇」という位の重さ。

神としての天皇位は今上で断絶し、人間としての現東宮が「人間のルールに従って」即位する。

「この先」どうなるかは、もはやわたしたちひとりひとりにかかっていると思います。


「神である自分」、「大自然=神、と、なんらの断絶をもたない自分」という、もともとの、この島由来の生き方を取り戻すこと。

それこそが人類再生の秘策であり、これしか他の道はない。


わたしは、そう思います。




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言葉遊び



秋篠宮の大姫様と二の姫様について。そしてもちろん浅田真央。

かなりウットリしているので記事をたたみます。

続きはWebで!(ここだというにwwww

はぁ? 天皇陛下退位 法務省が恩赦検討



ふざけるな法務省!!!!


天皇陛下退位 法務省が恩赦検討 皇太子さまご結婚以来
毎日新聞2017年8月13日 06時30分(最終更新 8月13日 06時30分)
https://mainichi.jp/articles/20170813/k00/00m/040/130000c

 天皇陛下の退位を実現する特例法が6月に成立したのを受けて、法務省が恩赦の実施に向けた検討に入ったことが12日、関係者への取材で分かった。国の慶弔時などに行われる「政令恩赦」や「特別基準恩赦」が実施されれば、1993年の皇太子さまと雅子さまのご結婚の時以来で、現行憲法下では11回目になる。【鈴木一生】

 特例法は、公布日(6月16日)から3年を超えない範囲で、退位の日となる施行日を政令で定めると規定している。恩赦の基準日も施行日を参考に設定されることが想定され、法務省は恩赦の基準や期間について過去の事例などから検討を進めている。

 恩赦は恩赦法で定められており、罪を犯した人の改善更生の状況などを見て刑事政策的に裁判の内容や効力を変更する目的がある。政令で罪や刑の種類、基準日などを定めて一律実施する「政令恩赦」と、個人の申し出により中央更生保護審査会が審査する「個別恩赦」に分かれる。特別基準恩赦は個別恩赦の一つで、政令恩赦の要件から漏れた人に内閣が定める基準で一定期間に限って行われる。過去には政令恩赦と関係なく実施されたケースもある。

 政令恩赦や特別基準恩赦は、これまで、沖縄本土復帰(72年)▽昭和天皇逝去(89年)▽天皇陛下即位の礼(90年)▽皇太子さまご結婚(93年)--などを理由としてきた。93年の時は、政令恩赦は実施されず、特別基準恩赦のみが行われた。公職選挙法違反者の公民権が一律に回復することに批判の声があったことや、平成に入ってすでに2回の恩赦があったことが理由とされる。

 93年の特別基準恩赦は計1277件で、うち公選法違反事件が945件と全体の74%を占めた。内訳は特赦90件(公選法違反82件)▽減刑246件(同231件)▽刑の執行免除10件(同0件)▽復権931件(同632件)--だった。

 【ことば】恩赦

 裁判によらず、国家の刑罰権を消滅させたり、裁判の内容・効力を変更または消滅させたりする制度。現憲法では内閣が決定し、天皇が認証する。「大赦」(有罪判決が無効、有罪判決が出ていない場合は公訴権が消滅)、「特赦」(特定の人の有罪判決が無効)、「減刑」、「刑の執行の免除」、「復権」(有罪確定で失ったり停止されたりした資格の回復)の5種類がある。


こっちはアレラが即位するだけでも大迷惑なんですけど!!!!

悪の上乗せはやめてください!

ひとつもめでたくないことでなんでまた普通の人に迷惑をかけたルール違反者を放逐するんですかねえ!

これは法務省にご意見を送らないといけないですね。

黙っていたら敵対者は「あなた」を賛成にカウントする。

そもそも「全メンバーの死去により絶える家」をなぜこんなに持ち上げるのか。
小和田雅子ひとりのためになぜ三千年続いた伝統を改悪されなければいけないのか。

皇統は弟宮に迅速に移すべきです。
皇嗣をもうけられなかった兄宮が、スペアなんですよ。
それが日本の神々がくだした判定です。


姐さんは再三申し上げてまいりました、「このままだったら人間が定めたルールにより兄宮が即位する。それで本当にいいのですか」と。
よくねーよ。何ひとつよくねーよ!!!!

しかも特例法案までさっさと可決して今上の在位時期を縮めてまで。

そもそもガイジンのお祭りであるオリンピックにあわせて世界に冠たる絶対無二の「天皇」をどうこうしようなど、おこがましいにもほどがある!!!!!!

これは断じて許せません。
ふざけるな。


まったくあっちもこっちもwwwwあほか、日本を破壊するためならなんでもするんだな。





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びっくりなご利益 大國魂神社境内の宮乃咩神社



関東どうするよ、と思いながら二度目の参拝にうかがいましたところ、驚くべき発見がありました。
それでどうなることかと心配しながらお待ちくださっていた一部の皆さんとブログをご覧くださっている皆さんに報告をいたします。

いやね、皇室も今、けっこうアレじゃないですか。アレがアレすぎてアレなので「どうするよこの落とし前」と「かつて大和に服属を誓った側」の人間としては「おまえらが俺らはいいもんだ、みんなのためになるんやと言ったから従ったんやぞ」と憤懣やる方なし、的な感情を持ったところでおかしくはないじゃないですか。
「今はともかく次がアレかよ」と。ええ。ええ。
「今の人間のルールに従うならば」次は長男。えーヤダー!「ええもん」でない天皇なんてヤダヤダヤダー!とめっちゃ思うわけで。

ちなみに次の元号は「K」音で始まるんじゃないかとにらんでおりますがそれはまた別の話でして、まあ埼玉県の秩父までカバーしていた「武蔵全体の主」が「いる」ということで、この業界では大國魂神社は「古くて重くて超怖い」とされておりました。

「じゃあ今だからこそちょっくらうかがってみましょうよ」ということで友人と最初に参拝し新嘗祭を経験し、その過程で「隠していることが山盛りある」「これは更なる参拝が必要です」「ちょうど11月末に大きな催しがありますね」と「酉の日に何かするということは、これは稲荷系の」とあたりをつけるまでもなくちゃんとお稲荷さんも祀られている。
東海龍王こと家康公も祀っている。
メジャー路線はよろずひきうけます的にまんべんなくカバーしているわけでして、ちゃんと「悠仁親王殿下お印の樹」も掲示を立てて生かしてある。
本当は生身の親王殿下にお恐れながらここまでお運びいただけるといいのですがここにコレがあるということは、「わかっている神社」のひとつでもあるということです。
よかったよかった。

201711305.jpg

で、これだけ稲荷を避けてきたわたしが騒がないということは、稲荷にカモフラージュした別の何かが祀られているということだろうと。それも見当がつきました。
このカモフラージュは悪いことではないですがいいことでもない。
古い神社では「こういうこと」が繰り返し起きている。

ようするに「時の権力者」とのかねあいなんです。何もかもが。

郷里にある、自分の産土神を祀る神社をめぐる、血で血を争う酸鼻きわまりない歴史と、「生きるの下手だなあ」というご先祖を見ていると「うまく立ち回って自分たちの生きる目的と場所を確保する」のもけっこうだいじなことやでえとしみじみと思わされます。

「全滅したらあかん」ということですね。細々とでもよいから繋いでいく。続けていく。あきらめない。

そう、ここにもかつて大和に服属したといってもひとつも「あきらめていない証拠」がありました。

朝廷から自治体としての役所を作られ、納税監督官をおかれ、財産の監視や信仰の強制を受けたところで「はいはいウチら帰属しております」のていを装いながらちゃんと逆らっている。

いいですね、いいですね!
今回のびっくりはこちらの神様でした。


宮乃咩神社(みやのめじんじゃ)
祭神:天鈿女命(あめのうづめのみこと)
例祭:7月12日


はいはいはい、燃える熱血ジジィこと「大和にとってヤバいことてんこもり」の『古語拾遺』をものした広成さんの天皇に差し出したこの裁判での証拠物件、陳述書的なこれに関するセミナーを受講いただいた皆さんにはピンときていただきたいところです、例の中臣家が押しのけた別のふたつの家筋の、「さるめのきみ」関係の神様です。広成さんは「我が先祖こそ大事なり~」とかなり盛って書いてますけど、盛るだけの根拠も出してどうにか天皇を説得しようとしていますよね。
そのチャンスすらもらえずに「歌舞音曲、技芸に長けた(たぶん見た目も美しい)女性を出す係」だった家はリストラ&忘却で歴史から姿を消していく。少なくとも表舞台での活躍の機会はもう得られない。絶えたわけではないが「人間の世界で人間が決めたルール」の中ではもう活躍はできなくなる。

でも、このように大和に近く、大和を脅かすほどの脅威「であった」地域でちゃんと「おまえらが滅ぼしておまえらが忘れ去ったものたちもおるんやで」とちゃんと残し続けている。

やりますね、こうでなきゃ。

全然戦争、紛争の痕跡をとどめぬほどうまいこと時流に乗り続けた埼玉県の秩父神社さんも行って感心したのですが、権力者につくことはたぶん悪いことではない。それによって自分たちが腐敗、変質、堕落しさえしなければ。

秩父さんも皇室、徳川家にべったりかと思っているとちゃんと思いっきり両者の頬っぺたひっぱたいていますからwwww痛快ですよ、いいですよw あれだけあからさまにやって平気でいるというのもすごいし、皇室ならびに徳川家が「おいふざけるな」と言ってこなかったのも「なんで?なんで?姐さんなら全員打ち首にするんだけど!」と聞いてみたいところです。まさか「わからなかった」
わけでもなく「これくらいならまあいいや」でお目こぼしだったのか。
それとも「触わらぬ神にたたりなし」ということか。
「真央ちゃん大好き!」といつも言っている人の家に行ったらキム・ヨナのDVDがあった、くらいの衝撃だと思うのですがwwww
しかもパッケージが開封され手ズレがあって明らかにめっちゃ見ているよね、というwwww
そこらで拾えるモンでもなし、買ったのか、おまえコレをこんなモノを買ったのか!そして見ているのか!ありがたがって見ているのか!とおののく前に、このたとえだと姐さんがキム・ヨナサイドに立つことになるので急いで取り消したいと思います。
なんだろう、南海ホークスファンを自称しているはずなのに大洋ホエールズの選手が好き、的な。たとえが古すぎて自分でもよくわかりませんがwww
野球にはまったく詳しくありません、野茂さんとイチローが好き、くらいのざっくりした興味と「イチローと、エアファミリーを持つ男、松井某のライバルあおりと不当きわまりないゆがんだ松井アゲ報道」の「構図」が反日マスメディアによる「真央サゲ、キムアゲ」と酷似していることくらいしか知りません。でも松井ファンのモスラさんのことは詳しいよ!耳年増だよwww素敵だよねモスラさん。

ええと、ようするに大和によって捨て去られた家のご先祖が奈良、大阪、京都、滋賀を遠く離れたここ武蔵でちゃんと祀られていて、実効力がめっちゃある、ということをわたくしめは発見したのでございます。遅せーよ!というご指摘はごもっとも、でも、物事には時期というものがありますのでと急いで言い訳をしておきますが、ここの「みやのひめじんじゃ」さんはすごいです。

まず、新嘗祭で表に出さず本当の主祭神をじゃんじゃかなだめ、祝い、喜ばせるにあたってですね、人間さんサイドは歌舞音曲をつくして奉納している。そして神様サイドはそれをめっちゃ喜んでいる。基本的にお祭り騒ぎが好きですよね、あちらさま。ここにおわすオッサンは美しい歌や楽曲や舞が好きだ。だから技芸を奉納することがたぶん一番確実だ。

そしてその技芸を司る本家中の御本家の神様が神域入って二番目に「左手」におわします。神から見て右手側、意味深ですね。うまいなあ、と思うわけです。

「女性をご先祖とする珍しい家」をなぜここでわざわざと、というのは一応日本では正史とされる皇室が編んだ歴史書に記述があり正当性を「皇室によって」保証された、けれどもリストラされた家をあえて祭り上げることで「そういう仕打ちを受けたすべての他の家」を一度に祀ることになる。
うまいです。文句をつける余地がない。
目的だって「安産のため」と言われたらなんも言えねえ。
「演芸技術アップのためです!」と言われたら取り締まりはできないです。
華美に流れること禁止、くらいの嫌がらせしかできない。


宮乃咩神社例祭にて「青袖舞」を奏し終了ののち本社へ参向し「杉の舞」を奏す。 当社は演芸の神、安産の神様として崇敬されている。 創立は本社と同時代といわれている。源頼朝の妻、北条政子の安産を祈願した神社で、7月12日には安産特別祈願祭を行っている。


ただ「安産どこから出してきた」とは思いますが「ひしゃく」を奉納する、というならわしも「そうきたか」で意味深です。

霊の世界、魂の世界のお作法は「謎解き」がすべてですからね。深読みする知識と技術があるほうが上になれる。見立てがすべての世界です。

そういう意味でここは決して大和に負けたわけではないし、むしろ「こういう時代」だからこそ「大和よ、ええもんであってくれ」という唯一の願いの正当性がより際立ってくるというものです。

そして「みやのめ神社」で参拝した後、わたしは「歌がめっちゃうまくなっている自分」に気づいたわけです。
わたしは人前で話すこと、クライアントと対話することが仕事です。
声を使って食っている。
だからでしょうか、声が変わりました。声域が広くなり安定した。カラオケに行ったら自分で自分の歌う歌に酔いしれることができるだろうwwwあ、それは前からですかすいませんwww

たぶん、参拝すると「その人が一番必要としている表現力」が伸びるんだと思います。

神社さんサイドはこの事実をご存知なのかわかりませんが、とんでもない神様だし霊域だしありがたさこの上なしだと思いますよ。

今苦しんでいる無良くんはぜひにと思いますし舞ちゃん!舞台のオファーがあったら一度こちらに参拝なさることをおすすめしますよ。

「本当に」すごい変化があったから! 真央ちゃんが募集した新プロジェクトに応募したスケーターの皆さんも、もし機会があったら「一番必要な能力を最大限に伸ばしてくれる」神様に遠慮なく参拝し、そして感謝のお礼参りを幾度でもなさるといいと思います。

もう「自分の氏神はここでいいや」くらいに感動したしべっくらしました。

「関東どうするよ、一回ひっくり返すくらいのことがなければだめなんか」と相談にうかがったら「そういう恐ろしい手段にすぐ訴えるのはどうなのよ、それより自分にできることを最大限続けなさいよ」と神様から途轍もないギフトをいただいてしまいました。

神様って本当にいるんだ!!!!!(今更ですかwww

ここ「全体」で総力をあげて「笑って終わること」をバックアップしてくださっているんですね。すごいことだ。

ちなみに「いい神社」の見分け方は「巫女が美人」に尽きますが、ってこれを言うと「えーっ」と引かれるかもですが、かおかたちではなくて「神前でご奉仕」という意識がちゃんとある巫女さんは挙措動作が奥ゆかしくみやびやかで丁寧です。美しい。
ミラ・リャンを思い出すんだ!彼女は中身が美しかった。滑りだすと天下の美女ですよ。今はコーチをなさっているそうですが、いい選手が育つはず。内面が演技に出る。内面が普段の練習を支えるのだから、内面が腐った人間は腐った演技しかできないし腐った振る舞いしかできません。

演技では、嘘はつけない。
まさに不正の証拠は本人の演技、なわけです。

「巫女が美人」に続いて「神職の腰が低い」ですかね。偉大な神に直接ご奉仕できる特権を、謙虚で誠実で明朗な「お日様のような態度」で示すことができなかったら嘘ですよ。
そうするとむやみに威張り散らしたりつっけんどんな巫女ばかり取り揃えている明治神宮はなんなのでしょうか。
先日もとある方に参拝しての感想をうかがったら「森が素敵だった」とおっしゃっていましたよ。もう「そういう場所」になっちまっている。
激務ゆえに怒りっぽいなら激務を減らすべきでしょう。人間相手に稼ぎまくって神様ごとは放置なら本末転倒もはなはだしい。

「人間も神である」「参拝客も神である」という意識なしに偉大な神に仕えることができようか。

「神であると教えられてこなかった、不自然にその事実を忘れ捨てさせられた人間」に「単なる事実」のひとつとして「あなたも神なんですよ、神が、地球という神の中で神の振る舞いをするためにこうしてみんなで生きているんですよ。だからむやみに他の命を奪ったり大自然という神さまたちを傷つけてはいけないんですよ、誰かが欲張らなければ全員がおなかいっぱい食べて愉快に歌って過ごすことができるんですよ」と思い出させてあげなきゃいけない。それが神職の仕事であり、末端でヒトに接する巫女の仕事ではないのでしょうか。

あとグッズが安い、というのもポイントですwww

ありがたいことにこちらは神具がほぼ原価!儲けなし!楽天のショップでも同じものをゲットだぜ!www

「御神体」の前で大きさ比較。

201711308.jpg

これで千円ですよ神の宮。ありがてえ~。思わず十個くらいいただいて配ろうかと思ってしまいました。

ちらっ。
「なぜカラーが」という「中のモノ」への疑問はなしでwww

201711309.jpg

それからこの神社は「お馬さん」を多用するんですよね。絶対に的を外さない、矢を放つご神事から「当たり矢」というマジカルグッズがございます。
当たり屋といえばアレですがwwww押し寄せないといいけどなアレのアレな人たちがwwww

で、馬=午といーえーばー、のすかさず五行で読み解く「世界の構築」、奇しくもわたしの生まれ性(しょう)とか、今年が平成何年かとか、考え併せてみると新嘗祭で一番大きく受け止めた「笑って終わることができるように」という「人間がすべき努力」の中身の重さが改めてのしかかってくるのだなあと。

「終わらせる」ことがちゃんとできたら「始める」こともできるのだろう。

ちゃんと終わらせないから、いつまでも新生できないということだろう。

大和も正念場、日本も正念場、わたしたち「日本」を構成する「日本を愛する日本人」ひとりひとりも正念場。

笑って、努力して、思いっきり走り抜けて、気が付いたら「ニッポンの夜明けじゃああああ」になっている、というのが理想だなあと。

拝殿前に来年は平成三十年で戌年でっせ、と巨大な絵馬の形状のブツがありまして皆さん記念撮影をなさっていた。まだ平成二十九年の酉年ですが、五行では三か月、三単位、でものを見ていく。

「もう始まっている」酉年は。

ああ。面白いし深いなあ。日本人が大切に残し続けた「正しい世界観」のものすごさ。

ということで今年最後の大きな「酉の日」のお祭り(ほら意味深www)はにぎやかでした。

普段やらないのですが、写真撮影。

参拝前の風景はこんなかんじです。やっぱりどこかモノトーン。一回、「くぐり抜ける」からですかね?

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で、神様ヤバい超ヤバいと思いながらの帰路の画像。

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色がある。

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メーテルみたいなほっそい金髪美人が歩いていました。子持ちでその美貌か!電話番号教えてください!と思わず言いたくなりましたが横に旦那が満面の笑顔を浮かべてドヤ顔で歩いていたので末永くもげろと思って静観しました。府中は美人が多いのか?
驚愕の美味を誇るパン屋さんも美女が運営しておった。パンの発酵に必要ないい菌をたくさん持っていそうな美人やった。

それはともかくwww(すぐ美女にふらふらするのが悪い癖ですwwwww)

奉納提灯は参道に向かう側にだけ文字が入っていて神様から見たときには無地なんですよね。
「人間への見せびらかし用」ですよねww
(こういうことを言うから友達が少ないのかしらwwww)

わたしは、もっとコトバで、伝えていくべきなんだなと。

コトバは飾ることはできないから、ありのままの自分自身がそのまままっすぐ出てしまうから、だからこのような授かりものを大事にしつつ「届く言葉、伝わる表現」を模索して「神様はおるで!」と言い続けていくべきなんだな、と改めて思いました。

だってほんとにいるもん。行けばわかるよ。

カラオケ大好きな若者に大挙して行ってもらいたい。そして今まで歌えなかったハイトーンのバラードを朗々と完璧に歌い上げて「なんじゃこりゃー」「超すげえ」と驚いてもらいたい。「神様ありがとう!」と喜んでもらいたい。

あと、もしかしたらですが「外国語の発音」とかも上達するのかも。

サンプルがわたしひとりでは心もとないので、何事か身体表現を志している方は、ぜひ実際に経験していただいて「どうだったか」を教えていただきたいと思います。

ブームにするならこういうところ、「ほんまもん」にすりゃいいのに。みんな幸せみんなハッピー。

大和がなくそうとしてなくしきれなかった「生きている命」は今日も元気にやってます、という場所だし、「だからこそ」「今どうなのよ」を各自の立場で神様に報告し「で、自分はこうしていくのでどうか見守ってやっておくんなせえ」と改めて誓うのは大変によいことだろうと思います。

まだまだ読み取れていないことがたくさんあるのでしばらく通いたいなあと思っています。

知り合いの声優さん(ナレーションのお仕事専門でアニメとかには起用されておりません)とプロの声楽家に教えたので、口こみで噂が広がるといいなあと思いますね。

あゆも行くといいよ!声がめっちゃ出るようになるよ!


ほんと、皆さんはどうだったかぜひ教えていただきたいです。

今のところ恐ろしい見返りは要求されていないので(笑)安心して参拝なさってオッケーだと思います。

安産祈願をここですると「一芸に秀でたよい子」が現れるのではなかろうか、ということも付け加えておきたいです。

レッツ参拝!

あと、「大和ーーー!!!!ええもんであってくれーーーー」

「わしらええ世の中で暮らしたいんじゃーー!!!」

「そのためにできることを続けていくぞーーー!!!」

「ゼロと一は違うんじゃー!わしゃー、その一であり続けるぞーー!!!」


ほんっと、脅迫とか恫喝ではなんにも変わらないですよね。破壊ばかりが得意で困る。


建設、建設、神の社を心に建設!!!!(名言キタコレwwwwww)


レッツ参拝!の大國魂神社さんの公式サイトはこちら
https://www.ookunitamajinja.or.jp/



直リンでこんな記事がばれたらなんじゃこりゃあああですかねえ?





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大國魂神社の新嘗祭



ブログ更新の間があいてしまいました。
姐さんが右往左往している間にもわれらが御大将マオ・アサーダは着々と「好きこそ、無敵」を実行なさっておいでですね。

さて、本日11月23日は新嘗祭が各地の神社で実施されておりました。
わたしは府中の大國魂神社さんに参拝してきましたよ。

まずめったにないことですがご神事で雨に降られるという大変意味深い状態で、しかも終わった瞬間雨があがり午後はばっちり快晴という。実に「なるほどなー」でございました。

こちらの神社さんは大変古く、またさまざまな歴史の局面で登場する興味深いところです。

宝物殿にほんもののお宝がずらりと並んでいてびっくりしました。また時間を作って何度も参拝していきたいところです。

帰路の写真です。
まだ午前中なのにちょっと不穏なほど暗く写ってしまってますね。

参拝後

やっほー、お天道様ー!

参拝後2

おいらっちはここですだー!

参拝後3

参拝後4

参道を歩いて「人間の世界」に戻ってくると色も戻る。
「古い場所」なんだろうなあという感じです。

参拝後5

ちなみに友人が撮影した同じ場所。
雨上がりのお昼前の時間帯でこんな感じです。

友人撮影

同じ日の靖国神社さんのほうはきらっきらに見えますね。

靖国さん

靖国さん2

※画像の掲載を許可していただきました。どうもありがとうございます。

場所と時間と「やっていること」でこうも景色が違うのかと。


大國魂神社さんはちょうど七五三の参拝のため小さなお子さん連れのご家族が幾組もいらっしゃって、可愛い上にも可愛らしく賢く明るいちみっこたちをたくさん見られてよかったです。

それとここの御朱印が素晴らしい。繊細で美しくて今までいただいた中でもっとも「芸術」してました。

軍艦「多摩」にみたまわけされてこちらの神様も出征なさっていたんですね。英霊の皆さんのため同行してくださった友人はそのまま帰路に靖国さんに足を運んでくださった。ありがたいことでございます。


おりしもクソ売国奴のKAN☆KANをすら起用しようという陛下の譲位「問題」や、秋篠宮の大姫様の大惨事の日取りやらいろいろなモノが公表されて、本当にまずいヤバい怖いことに着々と布石が打たれています。

「この状況下」でわたし自身が「どうするのか」を今一度、神様と相談だ!という日でありました。

星回りから申し上げるなら今年は「すべてが明るみに出て、善も悪も露見する。それを受けてではひとりひとりが自分はどうするのかを決める年」ということで、そしてその結果、来年は神様が立ち会ってくださる中で、引き受けるべきことを引き受けて、立ち去らせるべきものは立ち去らせる、という巡りです。

ほんとにそうだったなあ、と残り少ない「今年」を前に、あらためて気を引き締めて取り組んでいきたいと思います。


神様、一緒にいてくださってありがとう。むしろ「離れたことがない」ことを、感謝します。





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「嘘」を報じた朝日新聞サイドの「思惑」



どんだけやめさせたいんだよ朝日新聞サイドは

http://www.sankei.com/politics/news/171020/plt1710200037-n1.html

朝日を否定

朝日新聞というのは「単なる私的企業」ですねえ。
天皇陛下について「単なる一介の私企業」がなぜ嘘を報道するのか、できるのか。

こういうところがなぜ「嘘」をせっせと報道するのか。

どうあっても大至急「次」にしないといけない理由がありそうです。


とはいえ皇后陛下は譲位を喜んでおいでのごようすです。

宮内庁>皇后陛下お誕生日に際し(平成29年)
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/14



 陛下の御譲位については,多くの人々の議論を経て,この6月9日,国会で特例法が成立しました。長い年月,ひたすら象徴のあるべき姿を求めてここまで歩まれた陛下が,御高齢となられた今,しばらくの安息の日々をお持ちになれるということに計りしれぬ大きな安らぎを覚え,これを可能にして下さった多くの方々に深く感謝しております。



6月9日は現在の皇太子が結婚した日です。
1993年(平成5年)6月9日に小和田雅子氏が皇室に入った日。まさにその記念日に特例法が成立。
「このままだと、必ず次」の人たちの特別な日に「特例法」。

ちなみに悠仁親王殿下は2006年〈平成18年〉9月6日生まれでこの誤成婚をひっくり返した日にお生まれです。

日本の神々の出された結論は「皇統は弟宮に移り、日本は続く」「現東宮の家は、三人の死をもって断絶する。三人で絶える」というものでした。これは神様の出された結論なので人間は従うの他はありません。

姐さんが朝日新聞サイドの人間だったらこういうプランを持ち出しましたがね。

プラン1 愛子さんは男性だったと報道する。替え玉を用意すればいい。
プラン2 「何らかの事情」により、もっと早い段階で現東宮妃を交換して男子を生ませる。

どちらも「もう遅い」です。

神々が出した結論を前に、左翼は意外と押しが弱かった。「もう遅い」です。




皇后陛下はお言葉の中でほかのアスリートの名前も出しながら真央ちゃんの引退会見が心に残ったと触れていらっしゃる。

同時に今上陛下の「特例の」譲位について「安らぎを覚え深く感謝」と記していらっしゃる。

「しばらくの安息の日々」を陛下は本当にご希望なのかわたしは個人的には大いに疑問です。
「朝日新聞は日本の敵」であってみればまして疑惑を消せません。
このような「嘘」を堂々と貼ってくる連中の意図が奈辺にあるのか。

皇后陛下は「今上陛下のお気持ちに沿い続ける」ということを実行なさってこられた方です。
ましてお立場上こう言わざるを得ないでしょう。


「どうあっても一刻も早く今上をおろしたい」人たちの目論見というものに焦点を当てて考えなければいけないでしょう。

まあ「特例」がどこでもろくでもないことはフィギュアスケートをご覧の皆さんはとっくにご存じで憂慮するところでありましょうし。







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退位時期、年内に決定…改元は19年1月か4月



姐さんはこういう異様な急ハンドルには断固として反対です。


退位時期、年内に決定…改元は19年1月か4月
2017年9月20日 7時10分
http://news.livedoor.com/article/detail/13635860/

政府は、天皇陛下の退位と改元の期日を年内に決める方針を固めた。

国民生活への影響や政府の準備作業を考慮すると、早期に決める必要があると判断した。「2018年12月下旬退位・19年元日改元」と「19年3月末退位・4月1日改元」の2案で検討している。

複数の政府関係者が明らかにした。6月成立した天皇陛下の退位を実現する特例法では、陛下は法施行日に退位し、皇太子さまが直ちに即位される。施行日は、三権の長と皇族らで構成する「皇室会議」の意見を聞き、公布から「3年を超えない範囲」で政令で定める。

期日の決定は11月か12月で調整している。ただ、安倍首相は「10月10日公示―22日投開票」の日程で衆院選に踏み切る意向で、選挙後の政治情勢によっては変更される可能性がある。


繰り返しますが日本語は正しく使いましょう。

在位中の天皇陛下の崩御により皇位継承をする場合は「践祚(せんそ)」、生前譲位の場合は「受禅(じゅぜん)」という日本語を使います。生前退位という言葉は、女性宮家と同様に「日本語に無知な反日勢力」の「造語」ですから使ってはいけません。


この「特例法案」は今上陛下の渾身のご努力に対する最低最悪の忘恩行為です。
わたしにはどうあっても許せません。

また、現在の皇太子が万一即位したとして、ただちに次に登極(天皇位にのぼること)なさる方、すなわち次の皇太子を決めなければいけません。

日本と日本語に無知な反日勢力はこれをも阻止しようとしています。現在の皇太子が即位するなら、自動的に次の皇太子は秋篠宮殿下であり、この方を皇太子と認めなければいけません。

なぜ「次の次」を空位のままにしておきたいのか?

邪な企みあり、と断ずる他に一切の理由が見当たらない。


天皇陛下は日本で、いや、世界で一番高い権威を持つ存在です。そのような尊いものを仰ぎ見ることを恵まれた日本人は幸いです。ですが「なぜ尊いのか」「尊さの歴史とはなにか」を知らず調べず気にもせず、ただ声が大きな者に引きずられ、まんまと「解体・改悪・消滅」させられようとしているのを傍観している人に対しては恐怖すらおぼえます。

深い悲しみを感じます。

なぜ調べて知ろうとしないのだろう?

天皇陛下は「自分の生きる社会」の根底、根幹であるというのに、無知なままで怖くないのだろうか?
わたしは知らないままに動かされるのは嫌だから、少なくとも知っておきたい。できる限り知っておきたい。

知らないことは怖いこと。知らないままにただ声が大きいからと流されて勝手に改悪されるのはごめんです。

「こんなこと」が国会で議決されるような異常な事態を傍観はしたくない。

少なくとも「反対しなかったとは言わせない」、そのためにもおかしいことにはおかしいと言い続けます。

天皇位に手をかけると、天皇その人ですら滅びるわけで、日本と日本人と日本語に無知な反日勢力がこれによって一掃されることを「知って」います。が、人間の間違いは人間が正していかなければなりません。

時の政権の都合のままに天皇位が左右されるのでは、なんのための憲法ですか。

現在の皇太子が万が一即位したらとんでもないことになりますよ。「それ」こそを狙う連中の意図をこそ、わたしたちは知らなければいけません。

そもそもヤマトが「いいもの」であり続けることが前提で、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んで平らげられた「それ以前の覇者たち」との「約束」を違えた時点で、ヤマトは「わるいもの」になる。

現在の皇太子が即位する際、必要な稲穂を用意するふたつの田んぼがいったいどういう位置づけか調べてみたらどなたも顔色を失くすでしょう。

「国体」の破壊者は誰なのか。そこを見て行かなければいけません。





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伊勢神宮で祭主就任報告 両陛下の長女、黒田清子さん



ありがとうございますありがとうございます、感謝の上にも感謝です。


内親王殿下



2017.9.14 19:44更新
伊勢神宮で祭主就任報告 両陛下の長女、黒田清子さん
http://www.sankei.com/life/news/170914/lif1709140042-n1.html

天皇、皇后両陛下の長女、黒田清子さん(48)が14日、6月に伊勢神宮(三重県伊勢市)の神宮祭主に就任してから初めて同神宮を参拝し、就任を報告した。10月には、初めての祭典となる神嘗祭に臨む。

白いドレスを着た黒田さんは、参拝客らに見守られながら神職らに先導されて参道をゆっくりと進み、天照大神が祭られている正宮を参拝した。

祭主は、天皇陛下の代わりとして天照大神に仕え、同神宮の神職をまとめる役職。代々、皇族や元皇族が務め、黒田さんで11人目。

昭和63年から祭主を務めた天皇陛下の姉、池田厚子さん(86)が6月19日付で退任し、同日付で黒田さんが就任した。

黒田さんは平成24年~25年にも、臨時の祭主を務め、20年ごとに社殿を造り替える式年遷宮で池田さんを補佐した。



天皇陛下がなさるべき祭祀のうちでもっとも重要なのが新嘗祭です。

これこそが「国家の精神」の根幹であり、霊=魂と物とを「もの」と同じ読み方をして、どちらも大切にしてきた日本の死守すべき「万物への感謝」の御祭りです。

「自分」というものが肉体によって隔てられ皮膚に閉ざされた孤立したモノではなく、大空、大地、雨、風、雲、作物、あらゆる「もの」の集合体であることを再認識する御祭りです。

同じく、政と祭とは「まつりごと」と言って同じ扱いのはずでした。


内親王殿下におかせられましてはかくも尊き大任をお引き受けあそばされましたことを心より敬服申し上げ、慶賀申し上げます。つつがなくすべての儀礼が進められ、清く直く明き祭りでありますようにと祈念申し上げます。
内親王殿下を満腔の感謝をこめて伏し拝ませていただきます。



秋篠宮の大姫様。次はあなた様の番でございます。「かくも尊きこのお姿」から学んでいただきたいと切に願ってやみません。


2017年はすべてが明るみに出る年です。そして「では自分はどうするか」を決める年です。
かなりへとへとになってきましたが、まだまだあります。

来年はもっとものすごい年になるのですが、浮足立たずに落ち着いて、日々の暮らしをきちんと送っていきましょうね。

そうやって「日本」と「日本人」とを二万年後の未来までもつないでいく、「その朝」のために「ちゃんと暮らす」。

これが最大最善の秘策です。





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懸念と恐怖と怒りに満ちた眞子内親王殿下の「伴侶候補」



眞子さまに懸念をもってま○こ様、というのを言われないうちに言っておこうと思いますが、

日本人を選ばないと大変なことになる


というのは小和田雅子氏でじゅうーーーーーーーーーーーぅぅうううぶんに学んだはずだと思っていました。

「日本人ではない人たち」というのは、差別でもなんでもなくて「違う」んですよ。

日本的感性や日本的情緒や日本的和合が「わからない」人たちなんですよ。しかも後天的な学習意欲が本人になかったら永遠に身にはつかないものなんです。

だってね、普通の日本人だったら、どれだけ反日教育を受けていたって、少しは気兼ねして

「朝、起きてくる」

とか

「こんにちは、とあいさつする」

といったことはウッカリやってしまうわけです。

普通の「日本人」であれば天皇陛下に口ごたえしたり、皇后陛下を罵倒したりは、「できない」んですよ。恐れ多くて。

そういう皮膚感覚は日本で育ち、日本的感性を持った親や周囲から養われ内在する要素を育てていくもので、ガイジンが習得するのは本当に難しいんですよ。
なんとなればこの感覚は「大自然を神ととらえることができる、直観的な機能」から発するからです。

御両親をもターゲットにしてトチ狂ったオバハンが大騒動を引き起こすのもしっかりご覧になっていたと思うのですが、やっぱり本物の御姫様はぼーっとしているなあというかんじです。
御本人が素晴らしすぎるから、ものごとを素晴らしくとってしまうのでしょう。

純粋な悪意、純粋な憎悪、「憎いから憎い」という理不尽な暗闇を向けられたことがないのかもしれない。

まあ神の御加護が降り注ぐ方なんで、知っていたらむしろそのほうが驚きですけどね。まわりは何をしているんだという進退問題にもなりかねませんし。

これは眞子さまが苦労していないとかそういう表層的なレベルの言いがかりではないんです。

「本当にそれでよいのですか、われわれを置き去りに」と一度は考えていただきたい、という願いなんです。

人間というのは、自分の経験を超えた範囲の「人間の暗部、恥部」というものを知るために、「芸術」というものがあるわけで。
「芸術」から逆照射される「人間の輝き、高貴さ」を知る上でもこれほど役に立つものはありません。

大自然から受け取る機会が少ない人は、大自然の偉大さをいったん作り手のフィルターを通して夾雑物をとりのぞいた「その人が感得した大自然の素晴らしさ」である「芸術」に触れるのほかはない。
これが人工的な事物の中で暮らしている現代人が、もっとも容易に「生きる力」を取り戻し、みなぎらせることができる手段です。

そして父君、母君ともに「逆差別」の考えにこりかたまっていないだろうかと、そのことを懸念します。

自己顕示欲まるだしのこういう者が「天皇の義理の兄」になるのはよくない、というのはよくない、とか
片親家庭はよくない、というのはよくない、とか
新興宗教の信者はよくない、というのはよくない、とか
出自がたどれないのはよくない、というのはよくない、とか
バックがあやしい出資者がいるっぽいのはよくない、というのはよくない、とか
近親者に自殺者が出ている家はよくない、というのはよくない、とか
自分で自分を養えない、プー太郎みたいなふらふらな男性はよくない、というのはよくない、とか
これだけ反日・排日に必死なマスコミがこぞってアゲアゲなのは絶対おかしい、よくない、というのはよくない、とか

いや、申し訳ないですがフッツーの一般民間人の家だって「よくないのかも?」と考えますよ、これだけ「条件」が重なったら!!!!!!
わたしのまわりで「自分の娘が連れてきた男があれだったらどう思います?」という質問に「絶対に反対」と答えなかった人はいませぇ~ん!と小和田雅子氏のようなことを言いますけども、いやはや

全然大丈夫じゃない

としか思えません。

これだけ悪要素だらけの人間が皇室と縁戚になる。うわー。ヤバイ。

これはね、最初から準備されていた複数の「反日の駒」のうち一番ダメなのに見事にひっかかたのではなかろうか、と言われても仕方がないですね。

純粋培養の御姫様が不良に憧れる、などという単純な図式ではない。

そりゃあ、「秋篠宮家の一の姫」ですから、結婚したら大事にはしてくれるでしょう。一生食いっぱぐれない超優良企業に就職するようなものですから。いや、日本の超優良企業の「権威」とか「格式」とか「財閥の基盤」を保証する日本で最大最高の価値あるものをゲットだぜ!ですから一対一ならどんなにだってチヤホヤ、ドリーミングにしてくれるでしょう。一対一ならね。

でも、眞子様の伴侶というのは父君が即位なさったら「天皇陛下の義理の息子」、悠仁殿下が即位なさったら「天皇陛下の義理の兄」になるわけです。

自分にだけイイ顔をするからってこの人を選ばれたらたまったものではありません。

しかもこれだけ輝かしい、さーやの次に伊勢の祭主に必ずなるであろう方の伴侶が彼で本当にいいのだろうか。

むしろ危険なことなのではないか。


大姫様、あなた様の伴侶は日本の神々が決めるものです。

このままだと「早く気づけよ」と目に見える形で、具体的に災いが続きましょう。

断言しますが、ヤバイです。


繰り返しになりますが、京都の上御霊神社に参拝可能な皆さんはぜひ、「小倉の局(おぐらのつぼね)」と「菅原和子(すがわらのかずこ)」というふたりの女性に向けて「天皇家、七代目の祟りの実現のあらんことを!小倉さん、菅原さん、ガンバー!」と祈っていただきたい。

天皇家七代目の祟りというのは「即位するのは皇嗣の男児を持った皇太子殿下のみ」という繰り返しにより皇統を保持すべく、愛に生き、愛に破れ、愛に死んだ二人の女性ならびに彼女たちの「おかみを御恨み申し上げるのではございませぬ、人の情、人の心、人の祈りを無下になさったおかみの振る舞いを糾弾申し上げているのです、このように不幸な女がこの先二度と出ませんように、そしておかみの皇嗣は決して絶えることなく必ず御一人(おんいちにん)でつながれていくように、御祈り申し上げておりまする」ということなんです。

「即位するのは皇嗣の男児を持った皇太子殿下のみ」

明治天皇がわざわざ補強した、つまりは「すみやかに実現されるように」と「天皇」みずからが保証した「七代目の呪い」が約束する「次」の天皇陛下こそは、秋篠宮殿下以外にない。

だからこそ狙われた眞子様でもあるわけです。

お幸せになれると信じて行動なさっているのでしょう。未来に夢を抱いているのでしょう。「自分さえしっかりしていれば」とお考えなのでしょう。

眞子さま、夫婦ってそんな甘っちょろいものではないですよ。人が人を変えるなんて、できません。本人が志さなければ無理なんです。

不釣り合いな夫婦は苦労するとスカーレット・オハラもトーチャンに言われてましたよ。小説の話です、『風とともに去りぬ』からです。
ミッチェル女史はこれ一作で筆を断ち、馬車の事故で亡くなりました、続編が出版されましたが「こんなハイカラな現代っ娘に急成長できたならそもそも一連のもめごとは起きなかっただろーがー!レット船長は一度Noと断じたのなら絶対に戻ってきやしねえええええ」「でも素敵ーーー!!あと食い物とインテリアとファッションの描写がたまらねえええええ」「結婚式直前で破棄ってそれあれだけプライドの高い英国貴族に一番やったらいけないことだろアメリカ女ーーーーー!!!」とか感想ならびにネタバレを唐突にここでしています、すみません。

まあ「人間」をなにから学ぶかということですよね。

身近に皇后陛下とさーやと紀子様しかいなかったニーチャンが「ワイルドでダイナミックで大陸的!すてき!」と思い込んだ小和田雅子氏は「馬鹿で粗暴でろくでなし」だったじゃないですか。

小和田雅子氏の事例に学ぶということも、「歴史に学ぶ」ということです。オックスフォードで教わりませんでした?姐さんのような下層階級の貧民よりもずんと素晴らしい教育を受けておいでのはずですよね。

ぶっちしねぇ!その結果を!なんのための学問だ!変な虫に堕とされないのも知性や教育のすべき仕事だろうが!!

姐さんの脳内鬼軍曹が怒鳴りまくりですよ姫様ェ……(号泣)



この「結果」は「日本全土と日本人全体」で引き受けるのだということさえお忘れにならないでいただければ、と切に願います。

普通の御立場ではないのですから。







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犯罪者を世に放つ現東宮サイドの異常性



司法制度をなんだと思っているんだこいつらは。

だっせぇなあ。

「人気取り」のために犯罪者を世に放ってどうするよ。

姐さんが何にあきれて怒っているかと申しますと、今上を御意思に反して引きずり下ろした上に、元東宮が即位の際には「恩赦」を予定しているんだって。
ニュースをご覧になった方は猛烈な危機感をお持ちいただいてとっくり考えていただきたい。

誰にとって都合の良い犯罪者を外に出す?もちろん「元東宮を骨までしゃぶりつくしたい連中」ですよ。すなわちガイジン連中です。

だいたい日本の裁判制度は異常に時間がかかります。だから簡易裁判などでお茶を濁していますけど、犯罪被害者に対するヘンな逆差別は法制定で改めなければいけないし、被害者の人権を一切無視する今の反日マスメディアも一掃しなければならないでしょう。

マスコミ関係者の犯罪を実名報道しないどころか伏せて平気なマスコミの異様さと非・中立性は目に余ります。

テレビなんか何ひとつ信用できないですよ。だってキム・ヨナは浅田真央よりすごいから、すごいんだぞキャンペーン、ずーーーーーーーーーーーーーーっとやってたじゃないですか。それ、「本当でしたか?」

今の反日マスメディアがちやほやするものは軒並み反日勢力ですよ。

恩赦なんかするな。せんでいい。司法制度なめんな。

そんなことより、ただの遊びでふらふらするのに駅を閉鎖、高速道路を閉鎖、公務の放棄などをやめたほうがずっと国民から信頼され敬意を寄せられると思います。

なんだってこういちいちが悪手ばっかりなでしょうか。

このままだとわれわれは小和田雅子氏を神としてあがめなければなりません。耐えられますか、皆さん。


まあここで怒っていても仕方がないので「恩赦なんかヤメロ」と法務省にメールします。




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8月15日14時から韓国YMCA前及び九段下交差点で反天連迎撃の戦い



桜井誠さんのブログ Dronpaの独り言より
https://ameblo.jp/doronpa01/entry-12301188342.html

「行動する保守運動では明日14時から韓国YMCA前及び九段下交差点で反天連迎撃の戦いを行います」

もちろん行きますとも。明日、というのは8月15日のことです。

わたしは自分を保守派だとも行動派だとも位置付けしたことはありませんが、「自分の御先祖」を馬鹿にされて黙っているわけにはいきません。

天皇陛下が尊い理由は、自分が「神の直系子孫」「太陽の化身」としての自覚を持ち、血筋をつないでこられたこと。自覚を持って「よい天皇であろうとしてきた」ことがもっとも大きいと思います。

よい天皇、の定義の中には、たとえば祭祀、たとえば祈り、たとえば笑顔、たとえば規範、たとえば「象徴」、さまざまなものがぎっしり詰め込まれていて、明治以後、巨大すぎる改革を行い続けた「今の宮中」に過去の歴史のいくばくが、まだ残されているのかはわかりません。
前例にならうといっても「いつの時代のどの天皇」を模範にすべきかも検討すらされていない惨状を呈している。

日本語を知らない、日本史を知らない、外国人が勝手なことを大声で言い、それに唯々諾々としたがってしまう心優しい日本人たち。

そうやって彼らは日本人の善意と純粋を悪用し、日本を滅ぼそうと動き続けている。

陰謀論で済ませられるのならどんなにそっちのほうがよかっただろう。

だからわたしは「おかしいことにはおかしい」と「はっきりとした根拠」を出して日本人に問い続けたい。本当にそれでいいのか、本当に黙って殺されるままでいいのかと。

わたしはまっぴらごめんです。

「神道」ひとつとったって、世界共通の「大自然との調和、共存」を可能にするこんなによい「世界観」は他にないんですよ。

神道には約束がない、経典がない、教祖がない、地獄がない。そして「争いもない」んです。本当は。

祝詞があるじゃん、という向きには「あれは神様への呼びかけと報告とお願いです」と申し上げたい。神というのは「呼びかければ答えるもの」「問いかければ応じるもの」なんですよ。呼んで返事がないならば、それは神ではないのです。
日本の神々は人間からの「声に出して語り掛けられる言葉」をいつも待っている。待っているんです。

天皇陛下が尊いならば、これまで実にただの一度も命を絶やさず、生命のリレーをしてくれた「あなたの両親」も尊いのです。立場はまったく変わらない、とすら言える。だから「あなた」も等しく尊い。

「自覚の有無」が前提なんです。

よい人間であろう、よい社会人であろう、よい××であろう、と、心に決めて動くから、だから結果が尊くなる。


韓国人はわざわざ外国にやってきて、人のうちの御先祖に「嘘に基づいた」いちゃもんをつけて侮辱を続けていますけど、そんなことをする前に自分の御先祖をちゃんと大切にできているのか。

日本をいくらけなしたところで韓国がよくなるわけではない。

しかも靖国には韓国人だって「神」として祀られている。

戦争はよくない、然り、戦争は反対だ、然り、けれども、すでに自分を超える大きなもののために散華した、「神々」を侮辱することは許されない。絶対に。

わたしたち日本人は自分の命と引き換えに「あなた」の未来をつないでくれた偉大なご先祖をもっている。どんなに生きていたかっただろう。どれほどやりたいことがあっただろう。すべてを断念することで、「あなた」に命のリレーを託して、散っていった……。

これを誇らずにいられるだろうか。

わたしは8月12日の反点連デモのカウンターデモにも行きました。ずっと地道にカウンターデモをしてくださっていた皆さんのおかげで堂々と言いたいことを拡声器を使って叫ぶ機会をいただきました。思いっきり日の丸もふってきた。

「嘘」に基づいた私利私欲で外国の幸せで平和な暮らしをブチ壊したい憎悪と怨念と「反日勢力にとって都合のいい人」の集団を目撃しました。
あのデモでアベシネ、テンノウシネと叫んでいたのは「都合のいい人」たちなんです。
大義も信念も未来もない。だって「嘘」なんだから。

明日、わたしたちは靖国に鎮まる神々と一緒に「日本は日本を愛する人のものだ、日本は日本人のものだ」「英霊の死を無駄にしない、命のバトンをつないでいく」と決意表明をするチャンスです。

可哀想な桜井誠、あんなに優しくて、おいしい食べ物が大好きで、楽しいことが嬉しくて、ちょっとした心遣いややさしさにあんなに反応するような「普通の人」が「義を見てせざるは勇なきなり」とあんなに過激に立ち上がらなければならなかったことそのものに、わたしは激甚な怒りを感じます。

姐さんだってそうですよ。わたしは本当に普通の人です。地味で目立たない、美女が大好きなだけのジャバ・ザ・ハットですよ。

でも、黙っていたら敵対者は「わたし」を賛成にカウントする。そんなことは許せない。

ゼロと1は違う。絶対に。

神様と一緒に動けるなんて幸せですよ。韓国人は人ンちのことでおかしな言いがかりをつける前に

北朝鮮をどうにかしろよ、自分の国の問題だろう

と思いますね。

だって彼らの主張は全部「嘘」じゃないですか。事実と異なる根拠をもとに言動を組み立てるのは申し訳ないが妄想ですよ。妄想に金を払えと言われましてもってかんじです。

あー日本人でよかった、と何兆回思ったことか。

日の丸は「太陽」です。どの時代、どこの地域、どんな人種であろうとも「太陽」を尊いとしなかった人たちはありません。星や月を最上位に置いたとしても、同じように太陽の存在は強く明るい光源=神的存在として無視はできない存在だった。
万国共通でありがたい「太陽」をイヤがるなんて、いったいどういうことでしょう。
じめじめと湿った暗く悪臭の漂う石の下かなにかにいて、ひっくり返すとわっと逃げ散る気持ち悪い虫かなにかなのでしょうか。
まともな人間であるならば、お日様の光を浴びて堂々と「事実に基づいた主張」を「根拠を出して」すればいい。

韓国人は虫ですか?人間ならば人間のふるまいをなさったほうがいい。

なーんて言葉ももう一切届かないので、わたしは日本の神々と、粛々と「日本って素晴らしい!」と言い続けていきたいと思います。

参加なさる方がいらしたら、同じ場所で同じ思いで、行動できることを嬉しくありがたく存じます。






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眞子内親王殿下



君の心がわかるとたやすく誓える小室に
なぜ眞子はついていくのだろう
そして泣くのだろう




個人的には殴ってでも「目を覚ましてください」と申し上げたい。

ご両親は奇跡の出会いに恵まれました。が眞子内親王殿下にあらせられましては「それは違う」と断じます。

うかつでした、ではすまされません。

今一度、どうか再考願いたいと衷心、祈るばかりです。

神様。こんなことがあっていいのでしょうか。いかがご照覧なさいますか。






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伊勢神宮祭主に黒田清子さん 最初のご奉仕は10月の神嘗祭を予定




伊勢神宮祭主に黒田清子さん 最初のご奉仕は10月の神嘗祭を予定
2017年06月20日
https://iseshima.keizai.biz/headline/2820/
神宮司庁広報室(伊勢市宇治館町)が6月20日、池田厚子さんに代わって黒田清子さんが神宮祭主に就任したと発表した。

天皇陛下の姉の池田さんは1988(昭和63)年10月28日、神宮祭主に就任し、19日付けで退任した。天皇皇后両陛下の長女・黒田さんは2012年4月26日から2013年10月6日まで、臨時祭主として第62回神宮式年遷宮で池田さんを補佐し祭典を奉仕した。

神宮祭主は天皇陛下に代わって神嘗祭(かんなめさい)などの祭典を奉仕する。明治以降の歴代祭主は、近衛忠房さん、三条西季知さん、久邇宮朝彦親王、有栖川宮熾仁親王、賀陽宮邦憲王、久邇宮多嘉王、梨本宮守正王、北白川房子さん、鷹司和子さん、池田厚子さん。

同広報室によると、祭典奉仕は神嘗祭からの予定という。



二、三日前に、Twitterとブログに伊勢の神主と斎宮と祭主のことを書いてさーやにも触れようと思ったのですが何しろあの「ローリー、見た目がタラソワ化事件」のショックですべて吹き飛んでしまい、公表されてからここで書いてもカッコ悪いだけだなあと反省しきりでございます。

さーやが!祭主に!

ですよねー、他にいらっしゃいませんものねー。

そして「次」が現東宮だと愛子さんが、ということになりかねないですが、まったくもって無理ですので、さーやの次をどうするかも考えておかないといけないです。

日本の、というか大和のことも祭祀のことも、それどころか日本語のこともよく知らない人たちがどんどん「天皇家」ならびに「その祭祀」を破却しようとしていますが、やってはいけないこと、というのはこの世にいくつかあってですね、やったらやっただけ以上のものすごい「かえし」がある物件も存在します。

早めにわかっていただかないとやっぱり大変なことになりますので、そのようなウカラヤカラにも風と光が降り注ぐように渾身の力で祈っていきたいと思います。

日本を尊び日本人として誇りをもって「過去」を尊ぶことができる人たちの幸いは言わずもがなで。


大変なお役目を引き受けてくださって本当に本当にありがたいと思います。さーやは喜びに満ちて取り組んでくださるでしょう。

全人類を代表して直接伊勢の神様とお話しできるお立場ですから。

すごいことだ。





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天皇家長女、黒田清子さんが就任 「伊勢神宮の臨時祭主」 どんな役職なのか



今見てもとてもわかりやすかったので記事にします。


天皇家長女、黒田清子さんが就任 「伊勢神宮の臨時祭主」 どんな役職なのか
2012/5/ 8 19:19
https://www.j-cast.com/2012/05/08131411.html?p=all

伊勢神宮に関する事務を管理する神宮司庁(三重県伊勢市)は2012年5月7日、天皇陛下の長女、黒田清子(さやこ)さん(43)が4月26日付で、臨時神宮祭主に就任したと発表した。20年に一度の式年遷宮が2013年に控えており、「万全を期すため」という。

インターネット上では、「伊勢神宮に住み込むことになるの?」といった素朴な疑問の声も挙がっている。臨時祭主は、どんな役割を担うのだろうか。

神宮司庁広報室などによると、「伊勢神宮」は通称で、「単に『神宮』が正式な名称」だ。伊勢神宮は、皇室の「御祖神」である「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)を祭る内宮(ないくう)と外宮(げくう)の総称で、別宮や末社などを含め、計125の宮社がある。全国の神社の「本宗」(ほんそう)と位置付けられている。

式年遷宮は、20年に一度、神宮の社殿を建て替えるなどする「わが国最大のお祭り」で、「(西暦)690年から1300年にわたって続けられている」という。

神宮祭主は、天皇陛下の代理として神宮の祭事をつかさどる役職で、天皇陛下の「勅旨」を受けて決まる「神宮だけ」の役職だという。

現在の祭主は、昭和天皇の4女の池田厚子さん(81)で、1988年に就任した。戦後の祭主には、皇族出身の女性が就いている。過去には、男性がなったり、華族らがなったりしていた。

14世紀ごろまで続いていた、未婚の内親王らが務めた「斎内親王」(斎宮)とは、「イメージが重なる部分もあるようだが、全く別もの」だ。祭主のはじまりははっきりしないが、平安時代まではさかのぼるとされる。

神宮では現在、年間「千数百回」ものお祭りが行われている。祭主が直接、神事に携わる(ご奉仕する)のは、このうち神嘗祭(10月)など一部に限られている。このほかに、出席するだけの「ご参列」もある。
「住み込みの必要」なし

2013年の式年遷宮に向けては、すでに05年から関係する祭りが始まっており、12年も今後、5月と7月に予定されている。13年には16の祭りや行事がある。祭主自らが「ご奉仕」するのは、「遷御」(10月)など主な祭りだけだ。

祭場は非公開で、神職らが祭場に向かうまでの「参進風景」は見学可能、という例が少なくない。詳細は未定だが、前回の式年遷宮の例では、一般の人と一緒に祭主が参加する行事もある。

臨時祭主に就任した黒田清子さんは今後、祭主の池田さんと祭りの担当を「分担」する形になるのだろうか。神宮司庁広報室によると、「具体的には決まっていない。式年遷宮を控え、万全を期すためにお願いしている」とのことだった。

また、祭主や臨時祭主は、神宮内もしくは周辺に「住み込む」必要があるのだろうか。ネットの2ちゃんねるには、そうした疑問が書き込まれていた。

祭主の池田さんは三重県外に住んでおり、必要があるときに神宮を訪れるという。祭主が直接関わる祭りは限られているためだ。黒田清子さんも、同様の対応となりそうだ。

黒田清子さんは、「紀宮(のりのみや)さま」として知られていた天皇家の長女で、2005年に東京都職員の黒田慶樹さんと結婚して皇籍を離れた。最近では、2012年4月の天皇、皇后両陛下のご結婚53年の記念日に、黒田清子さん夫妻も、皇太子、秋篠宮両ご夫妻と一緒に両陛下と夕食をともにしてお祝いしたことなどが報じられている。





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紀宮内親王殿下の平成十四年のお言葉



フィギュアスケートに関する、紀宮内親王殿下のお言葉がありました。
平成十四年にソルトレイクオリンピックのフィギュアスケート女子シングル金メダリストのサラ・ヒューズ選手について触れていらっしゃる箇所を抜粋します。


紀宮内親王殿下の平成十四年のお言葉 (お誕生日文書回答より抜粋)

ソルトレイクシティ―で行われた冬季オリンピック・パラリンピックでは、日本人選手に長野の折のようなメダルラッシュはありませんでしたが、逆に世界の厳しい壁の前に立った選手たちの心の成長が見られるように感じられました。
フィギュアスケートのエキシビションで、九月十一日の追悼の曲を踊った直後にファンから米国国旗のタオルを受け取ったヒューズ選手が、アンコール応じる際、全ての国籍の犠牲者のために踊ったからとして、それをもってリンクを回ることを控えましたが、熱気溢れる会場にあって、まだ十代の若い少女の、世界を視野に納めた冷静で思慮深い判断は深い印象をもって心に残りました。


ソルトシティー五輪では、皆さんご承知の通りにフィギュアスケートにおける「不正採点疑惑」に端を発した金メダルを二個出すという異例の措置がなされました。
ここから6点満点方式の採点を旧(ふる)いものとする「新」採点システムへの移行が始まり、それは本来であれば審判による恣意的な判断を廃し、そのときその場の演技だけを加算方式で採点するもので、けれどもそれはほんのわずかな人間(実質的には三名で)急ごしらえで作られて、審判による「不正」が入り込む余地を大いに残したまま見切り発車で始まりました。

ISU総会で「新採点の採用は是か非か」という議題になるとして参加した日本は、「新採点は確定事項」として多勢に無勢で賛成・反対もうやむやなまま強制させられ、そして現状のような大惨事を呈して事態は改善を見せません。

紀宮内親王殿下は米国民への追悼だけにとどまらず、すべての国、すべての人種への追悼を「米国国旗の柄のタオルを置いて滑る」ことで表現した、若き日の五輪チャンピオン、サラ・ヒューズの思いをこうしてくみ取って「冷静で思慮深い判断」と表し「深い印象をもって心に残りました」とおっしゃっています。

また「オリンピック・パラリンピック」と表記なさり、どちらも同格に五輪として扱っておいでです。そこに差はない。

冷静で思慮深い判断と、深い印象を人の心に残していく言動は、紀宮内親王殿下もまた共通に感じます。

ジャンルは変わりますが水泳にはかつて「水泳界のプリンス」と呼ばれて人気を博したジョニー・ワイズミュラーという選手がいました。五輪金メダルを5個、水球でも銅メダルを1個、に加えて引退までの約9年間に「67個」の世界新記録を樹立した人です。

世界は広いし「本当にすごい人」はいっぱいいます。
スポーツは、過去の記録を塗るかえるべく、人は新たに挑み続ける。記録は破られるためにある。

その無数の「すごい人」のどこをどう評価するのかで、評価する側の見識も、心根も、人格も、同時に問われているのだということをわたしたちはもっと厳粛に受け止めて考えるべきではないでしょうか。

かつて男子シングルの髙橋大輔さんが五輪選手村に滞在中、「まわり中メダリストばかりだから」と自分が日本人男子初の五輪メダリストになったことを手柄顔に誇ることなく、「有名な選手たち、複数のメダルを持つ人たち」の中で「尊敬すべき選手たち」と自由に交流をしていたことを思います。
自分がかかわる競技への敬意。先人たちへの畏敬の念。そして異なる競技で結果を出した選手たち、また結果を出すべく青春を賭けて全力で挑んだ選手たち、全員への謙虚で優しい想い。
すべてを捨てて何かに打ち込んで、結果はどうあれ、死力を尽くして懸命に戦い抜いた「輝かしき戦友たち」への熱い想い。

敬意をもって事に当たる。敬意を持って人に接する。なぜなら「自分もまた」尊いことに参加している、同じ条件下で努力した「まっとうなスポーツ選手だから」。

「参加することに意義がある」というのなら、これほど平等なことはない。
けれども一位と二位の間には越えられない「差」は必ずある。あるが、ひとりの人間として「フェアに戦い抜いたこと」には差はないはず。
どうしようもなく不平等な結果と、どうしようもなく平等な「命」の燃焼。

順位はある。確かにある。あるがその上で、更にどうしようもなく現れてくるのが、人間性。

ある意味で競技よりも残酷に、ぼろぼろと出てしまう。

「この選手はいったいどういう人なのか」が。




アメリカ同時多発テロは2001年9月11日に勃発。

ソルトレイクシティ・オリンピックは2002年2月9日から2月21日まで開催。
ソルトレイクシティ・パラリンピックは、2002年3月7日から3月16日まで開催。

紀宮内親王殿下のお誕生日は1969年4月18日。

3月に終わったこの大きな国際大会の後、4月に入ってからのお言葉です。

さーや、とかつての懐かしく慕わしい愛称で呼ばせていただけるのなら、われらがさーや、われらが皇女のみんな大好き俺たちのさーやが、何よりも尊く大切なのだと評価したのは金メダリストの金メダルよりもまず先に、「人を思いやる気持ち」を行動で示すことができた「サラ・ヒューズの心」だったことを、忘れてはならないと思います。



「最後に残るのは人格である」



さーやは、きちんと「見て」いました。







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御製 平成二十七年 五首より(その3)



三つ目の記事になりました。これまでもつらつらと書いてきましたがこの歌は「深い」です。
「五行」の概念抜きに語れない。

今上の平成二十七年の御製御歌のうち巻頭を飾ったお歌です。

第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


以前の記事でこれは皇統が秋篠宮に移ることを宣していると書きました。その根拠を出して解説しました。これ以外の解釈はないと断じて良いと思います。
出てくる言葉の選択、年始のもっとも重要な「歌に託したお気持ち」を「他ならぬこの歌」であらわしたこと。
皇統は男系のみ、そして男子の皇嗣をもうけられなかった兄宮のおうちは、愛子さんの降嫁とともに断絶です。ご両親すなわち現在の春宮様とその妃の死をもってあの家はなくなります。終わりです。
これは「日本の神々が選んだこと」なので、人は従うのほかはない。
もし続けたいのなら離縁なさって若いお嫁さんを(日本人の中からですよ!)選んで入れて皇嗣を作りなおすしかない。無理でしょう。時間がない。

繰り返しになりますが、「女性天皇を」と主張する者はみな黙るべきです。「それは皇統の断絶を意味する」から。まわりくどく親切めかして「女性天皇でもいいじゃない」などと愚かな主張をせずに「天皇さえつぶせば日本はこっちのものだから」と言えばいい。

よろしいか、愛子さんを即位させ、中国首脳部の子息とめあわせる。これで中国は日本と天皇を共有できる。さらに子が生まれたらもう一度、中国首脳部の子息なり子女なりとめあわせて、皇室乗っ取り完了です。
「天皇」はもともと「父親が天皇」かつ「母親も天皇の子」であるべきだったのです。
天皇亡きあと、皇后というのは「つなぎで即位」する可能性があったから、本来は「皇后も、父親が天皇」の女性限定でした。
こういうルールを破るのは、必ず「何らかの目論見あり」の連中です。

わたしはサーヤと眞子内親王殿下は皇統を継ぐ素質アリと見ています。が、たとえこのお二人であったとしても、女性天皇はおかしいと反対票を投じます。なぜか。正当な皇嗣がげんにいるからです。

女性天皇をと叫ぶ者は、おそろしいほどの自家撞着を犯している。そこに気付かないのが「浅い」すなわち「愚かにして乱暴」ということです。

愛子さんを即位させるためにはまず今上と、愛子さんの父君と、愛子さんの叔父である秋篠宮殿下と、愛子さんのいとこである悠仁親王殿下を「何らかの形で」排除しなければなりません。

こんな無意味なことがありますか?

こういう乱暴な主張を平気でするのは、過去の歴史を振り返ってかんがみても「ガイジン」です。「カネに目がくらんだガイジン」です。

おヒゲの殿下こと寛仁親王殿下が生前、いかにお心を痛めて「女性天皇はありえない」と主張なさっていたことでしょう。皇室のスポークスマンとして「父親が天皇の男子のみが即位すべき」と生涯を通じておっしゃっていた。
実際に女性のお子様を持つ父親として、子供には「友達がいっぱいいる、魅力的な女性になれよ」と教育なさり、降嫁する日のことを考えていらっしゃるのみで、即位することなど夢さら考えていらっしゃらない。
なんですか、殿下によればお子様方も「即位だなんて困ります」と「そんな準備をしてこなかった」と困惑のていしきりだったとか。

これまで何の問題もなく続いてきたことを、「根拠なく」捻じ曲げようとするのは「おかしい」です。

日本は、「天皇」と「日本語」を奪われたら大変なことになってしまう。逆にいうと「天皇」と「日本語」を死守できれば、この異様な嵐も乗り越えられる。

わたし自身のスタンスを言うのなら、天皇が高天原から降ろされた神の子孫であるとは思わない。けれども実は「わたしたち全員」が神の直系、神の子孫として、天から降ろされたと「わかって」いる。
天皇が偉いなら、長く続いたその歴史と「おふるまい」によって「続かせてきた」ことが偉いのであろう。
「自分は神の子である、あの太陽の直系子孫である」という自覚に基づく「行い」が尊いだろう。
「先祖に恥じない行いを」という気づきをもたらすその先祖が、三千年近く、文献資料に基づいて少なくとも1,600年以上は続いている。
その積み重ねを「大事なものだ」と思えるから、だからあのようにふるまうのだろう。
その、血と、知と、治とは尊いです。
そしてわれわれ一般人だとて、親が一度も絶えることなく命をつないできてくれた、だからこうして生きている。ならば尊さにおいてはまったく等価で、ただその「質」のみが異なるわけです。
であるならば皆さんもただちの各ご家庭で「皇室と同じほど」先祖を敬い、家族を尊び、神にも等しいふるまいをなさればいい。そこから輝かしい「家の格」というものが生まれてくる。
国民全員が「その自覚」あらば、何の問題も生まれません。

「問題」を起こすのはいつも根なし草です。先祖と断絶している人が、現状を破壊しようと画策する。

歴史に学ぶ、というのはそういうことです。知って、自分の生活の質を高めていく。それがひいては治国平天下につながります。

女性宮家も女性天皇も「不要」です。神をも畏れぬことを言うでない、と切り捨てます。
彼らの主張の「異常さ」の根源をよく見てください。その異常な主張をもってして何を得ようとしているのか。
悪い種からは悪い花しか咲きません。これは速やかに取り去るべきです。


御製に使われている「松」の字を分解すると「八」と「白」になります。
これを、文字を解(ほど)くこととして「解字」といいます。
椿を春の木、楸(ひさぎ、きささげ)を秋の木、柊を冬の木と解釈します。

ちなみに「秋」の「木」ですが、ここでも皆さんはゾッとしなければいけません。

Wikipediaより
ひささぎ

「秋」の「木」は碁盤に使われる。

碁盤

実際の素材はどうあれ、「碁盤に用いられる」という通念が重要です。

親王の御名前と宮号とは天皇が与えるものですから、文仁という御名前と秋篠宮という宮号は「昭和天皇」の命名によります。
次に天皇に即位なさる方は立太子の礼をもって皇太子という御立場に昇られ、それを東宮、春宮とも古くはいいならわしてきました。長男が春ですから次男は秋、これはお畏れながらスペアの義でありつつも、「春が過ぎれば秋になる」という当然自然のめぐりをも意味します。
「春のあとには秋がくる」ことをどうも女性天皇を欲する者はすっかり忘れているらしい。

そして他ならぬ「秋」がこの御製でも使われている。

ここで皆さんにはなじみがあるようでない「五行」の話を持ち出さなければなりません。
これは中国伝来の思想で、春秋戦国の時代に一応の完成を見たとされる「世界の解釈の仕方」です。
日本には陰陽、五行、この重要なツールが早くから入ってきました。
陰陽は世界生成の説明概念、理念であり、五行は万物を五個のグループにマッピングし、それぞれの力関係で世界を見ていく実用ツール。
暦中の「一週間」は火水木金土に、月と日を足したもので五行からきています。
お互いがお互いを順次生み出し補強生成していく相生と、お互いがお互いをそこない威力で従えていく相剋と二種類のリレーが考え出され理論化されています。
この順送りに対するにさらに三点で五行をみていく三合・三支もありますが、それらの説明は長くなりすぎるので別にします。

五行では秋は白、北原白秋という名前もここからとられています。

松の異名は秦の始皇帝の故事による「五太夫」や、松の字を偏とつくりに分けて十と八と公に解字した「十八公」などがあります。
先にあげたのは公を古字の八の下に白で公としたもので、そのまま「八白(はっぱく)」とよむことができるので、松は「八白の木」となります。
この、九星からきた「八白土星」に配当した結果の読み解きもまた長くなるので別建てで解説します。
ここでは「そういう考え方もある」ということにとどめてください。

古代の中国人たちは、身の回りのものを家族に置き換えるのが好きで得意だったのです。
なんでも整然と配置させて、実にスッキリした「理論で固める」世界観です。
これは、戦乱の世の中で何かによりすがりたい心理、よって立つべき支柱を欲する傾きを思えば当然です。
生きるか死ぬかのときに漠然とした実態のない理念ではなくて、ばしっと白黒つけられる「根拠」が欲しくなる。そのような時代を潜り抜けて「たしかに効果的である」という「人体実験」を経ての「技術」がこれらです。

同じように数字を操るカバラと一番違うのは、陰陽五行というものは「自然界の事物」も当たり前のよう配列されていて、人間はそれらのグループの中の構成要素のひとつである、とちゃんとわかった上での説明概念だということです。
カバラのように「神・人間・それ以外」でざっくり分けすぎて説明ができず、後から後から「足し込み」を行うような粗雑なモノではありません。

どうもアジアと違って西欧列強というのは、味覚でいえば「塩、コショウ(それも外国からのぶんどり品!)、ハーブ」くらいでいけません。アメリカにいたっては「塩・コショウ・ケチャップ・マスタード、以上!」くらいの粗雑さです。

日本のように「おだし」にすら昆布、シイタケ、カツオブシ、なまりぶし、酒、みりん、などなどが使われて昆布ならこの料理にはこの産地、というような精細緻密な「細かい目盛り」が「ない」国はやることが粗っぽくていけません。

世界をどのように感知するか、その目盛りが細かければ細かいほど、環境を害する行為はできなくなる。
今の中共のように、自らが吸う風、飲む水、食べる品々を産出する大地を穢し壊し傷めまくって日本に触手を伸ばそうなどという「雑すぎる世界観」では滅亡するにきまっている。

この繊細さあればこその「自然との共存共栄」「神々こみの世界解釈」が成立する。

真のエコロジーとは「土地の霊、土地の神」なしには成り立ちません。
わたしたちは「神的なもの」と触れ合う機会を奪われた。
「人間至上主義」という完全に間違った嘘の世界観を叩きこまれて、自分の内なる大自然と接触することを否まれている。
だから万人が最初から備えている「尊いものを畏れはばかる」気持ちは聖なるものと対峙したとき、初めて機能するほどに堕落している。堕落です。
でも太陽を見て感動できる心の仕組みをわれわれは持っている。生まれながらに大自然を尊いなあと感得できる能力を持っている。それを発動させてこその「日本」でありましょう。

本来性を取り戻す。そのためのいいお手本が特異でありながら普遍を備えた「皇室」でありましょう。

さて五行では白は「秋」にグルーピングされますから、ここでいう松は秋のものです。

八白の象徴は「継ぎ目(跡継ぎ)、相続、少男、家、山」ですから、陛下は確実に「家を継ぐ者=次代の天皇」という意味で「松」を用いているはずです。

また、上記の親王殿下に必須の儀式においては「若松」を手にします。
松は奈良から平安にかけて「家の存続」「後嗣」を意味し、尊い縁起物でもありました。
日歴にいう「子日(ねのひ)」の行事は正月に野山に遊んで若菜を積み、「小松をひいて」根引きした松を持ち帰るというもので、五行でいう「少男」を意味する「小松」を屋外から家中にとりこむことで「跡継ぎ」である男子を呼び込む呪術です。

他に正月に飾る門松も五行で読み解くと意味が簡単にすんなり通ります。

天皇陛下はとにかく「日本で一番天皇に詳しい」はずの方ですから、宮中の行事、ことに年頭の正月行事のいくばくかは当然ご存知であらせられるはずです。こんなクソブロガーが一生かかっても願いをかなえられることのない、皇室伝中の宝物をどれほどにでも見ること知ること学ぶことができるお立場です。

ああ姐さんが雅子さんの立場なら皇室御文庫をかたっぱしから見せていただくのに!!それこそ泣きながら震えながら拝見して、それから望む学者に門戸を開き、もちろん厳重な監視付きですけど、複写ならびに研究成果が世に出回るように努めます。
「汚損すんじゃないわよ!」と鬼のような顔で院生さんとかのふるまいを凝視し続けるんだろうなあ。
「和紙に墨!もちろん松の墨よ!」とげきを飛ばして・・・嗚呼。嗚呼。
なんともったいないことか。

買えばいくらでもある変なスーツやサイズがあわないパンプスやでけぇブランド物の「海外のアクセサリー、バッグ」に血道をあげることなんかよりもっと貴重でもっと尊い「本物のお宝」が山のようにあるのになあ。

というか、宮内庁の関係部門は「皇室の紙史料」が「中韓に流れていないか」チェックしたほうがいいでしょう。
「現物」「原典」「オリジナル」はもとより筆写本も含めて「なくなっていない」ことを随時確認すべきです。

プーチンが、昭和天皇即位の際に使用された宝剣を日本にあらためて贈ってくれたことがありました。「このような異常事態」を看過すべきではありません。
誰がどこから流したか、プーチンは出所を知っています。絶対に。
その上で「あえて」「そういうこと」をするのですよロシアって国は。
「お宅の一番のお大事=天皇周辺はこんなことになってるよね」って脅しですよね。
姐さんは「やられた」と頭を抱えました。
やられたもこられたも何も、外交に関われない最底辺の身分ですから、こうしてクソブロガーとして「やられた!となぜ宮内庁は青くならない!窃盗やんけ!あいつだろ!」と吠えるくらいしかできないですが。

明治維新で天皇をはじめ皇族方、公家たち、御用商人、武家たちがいっせいに東京に「あずまくだり」をしたときに廃れた行事、あえて明治天皇が「簡略化」した中にも無数の「五行に準拠した行事」がありました。
逆に京都に残った冷泉家に伝わっている季節ごとの行事のほとんどが五行で読み解ける意味とスタイルと内容を持っています。

先年、今上も冷泉家に御幸あそばされましたが、皇室でもっとも保全すべきであった、時期に応じた「おふるまい」である宮中祭事の保全と維持をもと、公家のおうちがなさっている。実に尊いことだと思います。

皇室で廃れたについてはみんな貧乏が悪いんや、と霊元上皇さんならおっしゃるでしょうか?
霊元さんと徳川の「予算くれくれ合戦」もすさまじいですよね。もう本当に好きですこの天皇。

逆に歴代天皇中、もっとも嫌いなのは聖武ですね。外国の宗教かぶれもはなはだしい。姐さんは聖武に親でも殺されたのかという勢いで嫌いです。知れば知るほど大嫌い。この嫁もイヤ。何が光明だよふざけんなと不敬もいいところです。
この「すばらしいお妃キャンペーン」の悪臭のすさまじさ。
藤原の出だからこそアッゲアゲに忙しい。
皇妃に位置すべき資格などない者が親の権勢と金力でねじこみやがってといまだに腹を立てています。

そういえば現東宮も弟宮も、妹君も、華族の皆さんからは「母親が平民」ということでひどい扱いを受けたとか。
お三人とも口を黙しておっしゃいませんが、宮中での「差別」は「あった」と仄聞しております。

兄宮様は、生母が美智子様、妹君がサーヤ、義理の妹が紀子様と、「日本一の女性」がお三方も身近にいらっしゃったのに「この下はなし」というトンデモを引き当ててしまったのが「まわりが素晴らしすぎてまさかコウイウモノがいようとは!」だったのか「まわりの素晴らしさをとんとよくご理解あそばされていなかった」のか、さて、どちらでしょうか。

結婚すれば何もかもバラ色ビューチフルとまさか思われていたわけではありますまいが、皇后陛下やサーヤや秋篠宮妃紀子殿下がどれほどの努力と誠意と不屈の決意でことにあたっていらっしゃったか「ニブチン」でわからなかったとは思いたくはありません。

ただ「母が苦労しているのを見たことがありません」とおっしゃる御仁ですからなぁ。これには腰が抜けるほど驚きました。おまえのカーチャン、生き地獄!とはやし立てたくもなりますよ。このひとことだけは今でも胸倉をつかんで「どういうつもりじゃおんどりゃあ!」と叫びたい気持ちでいっぱいです。
美智子様、これにはさすがにがっかりしたのでは・・・わかりませんが。

と嘆きも出ようものですが、ド平民の自分からして「父親が天皇ではない女性」と結婚した今上には、しかしそれをもってして何らかの責めを負わせたりということは断じてないです。ひとことで申し上げるなら「でかした」でございますわね。

今上の「お言葉」に皇后陛下と共に公務を行った、と触れてある。この一言をもって美智子様の地上の栄誉は頂点にあり、余人は知らずわたくしめはさもありならんと涙をぬぐうものであります。

いろいろな方が足並みをそろえて突然の皇后陛下バッシングを始め、それは今でも続いており、わたしは以前に「自ら皇室に仇成すもの、この先の日本にはいらないものだと、自己証明をなさるのはやめたほうがよござんす」と警告しました。
わたしは人間には二度まで警告します。
その先は自己責任の世界です。

彼ら、彼女らが執拗に皇后陛下を攻撃するのは皇后陛下は「天皇陛下にとってもっとも大切なご家族」だからでしょうね。
天皇の役割は「男子の後嗣を残すこと」です。それが一番重要です。
そのための努力を陛下は行い、皇后陛下もよく応じてくださった。
立派な後嗣、「父親が天皇の男子」を二人ももうけてくださった。

それのみならず、平成に入ってからの御公務に常によりそわれ、ずっと歩みを同じくされた。それこそがイレギュラーであり時代に即した新しい天皇のありようであったわけですし、それはあるていど「成功」したと思います。

御製に含まれている意味は、何重にも読み取れます。

ここでは日本古来の呪術であった「松を使った子孫繁栄、跡継ぎアリの皇室の繁栄」をも含み、その松は「秋に属する」ということの再宣言。
さらには、「くろまつ」という指定の意味として、藤原氏に対する皇室、を忘れてはいけません。
藤原氏はご存知の通り、専横を主にした皇室乗っ取りの代名詞、どちらかというと皇室しなだれかかりで、我が女(むすめ)を入内させ生まれた皇嗣を皇位につけて我が世の春よと金満ぶりを天下にさらし、「藤原氏どうしの抗争」でついには弱体化していった人たちです。

皇室は不思議な場所、不思議な立ち位置を常にキープしています、それが蘇我であろうが藤原であろうが足利であろうが織田であろうが豊臣であろうが徳川であろうが、すべての「権力者」の血を入れながら「皇室」として揺らぐことなく今に残る唯一のおうちです。

「権威」が前提の唯一のおうちです、と言い換えたほうが正確ですね。

「権力」がどのように変わろうと皇室に変わる「権威」はない。

藤原氏の藤=つる性植物に対して皇室は「松」、常緑樹の高木です。高木は皇室の祖霊、先祖、皇祖神が宿る場所、ひいては皇祖神そのものです。

松は倒れない、藤が枯れても。

藤は女花(おんなばな)、松は「男木(おとこぎ)」。

いくら「よそさん」から嫁が入ろうと、皇統は「父親が天皇の男子」によってつながれていく。

「藤原氏」的なるものがいくら皇統の簒奪を狙おうとも、「くろ」=「玄」=根源からの根を持つ「松」は、それらからは屹立してよく時の非情な流れに抗し、後嗣をもうけ続けていくのである。

これは今上からの「皇統は秋篠宮に続き、皇室は永遠に続いていく」という宣戦布告、聖勅であります。

「ここまで」読み解いて本意です。それでもまだ「浅い」んです。うわっつらしか見ていない。

「日本語のスペシャリスト」にして「最高権威」である天皇の言葉を、われわれは軽く見過ぎているのではないか。
その自戒と反省をこめて、もう一度繰り返します。

これは今上からの「皇統は秋篠宮に続き、皇室は永遠に続いていく」という宣戦布告、聖勅であります。







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だじゃれバリバリ 柿本人麻呂(万葉集・二三五)



カテゴリに「歌人」を作りました。最初からそうしておけよ。そうしたらオーケーよ。というダジャレですよ。ダジャレとエロジョークで日本史はできています。それが姐さんの持論です。
なんでかというと、世界を「見立て」で敷衍していき世界解釈をするのが得意でウマイのが日本人です。
皆さんの暮らしの中にもたとえば古代中国、春秋戦国時代に一応の完成を見たとされる陰陽五行の考え方が、いまだに根強く残っています。
河童はなぜ川に馬を引き込むのか。なぜお正月に鏡餅を供えるのか。世界を陰陽に分けて数字で解釈していく易と、世界の事物を五個のテーブルに配置して関連性で見ていく五行、植物の生育史からきた十干十二支などなど、古代の中国人の世界解釈は「大自然を観察して導き出したがゆえに自然である」不自然さがきわめて少ないものでした。
不自然さがないゆえに正しさが多いです。
長い人体実験の結果でもありますしね。

自然の事物を見ていく中で、当然、もっとも多用される人間の重要なツールである言葉もさまざまに「配置」されていきます。ダジャレは言語の論理階梯をすっとばし、驚きと笑いと意外な発見をもたらすがゆえに「超大事」と思います。
驚きと笑いと意外な発見がないものを「おやぢギャグ」といってさげすみます。
おやぢギャグの問題点は「それが使い古されている」ことにある。
発するおやぢ自身からもたらされた経験値や人生訓ではなくして誰か他人が作った手垢がついた「残りカス」であるから困るのです。
いきいきと新鮮な、そのときその場で開花する「その人の実在からもたらされる新たな知見の発露」であるような生きたダジャレ、生きた「しょーもない言葉遊び」を姐さんは強くひたむきに希求するものであります。

まあセミナーなどで自分だけ楽しいだだ滑りのゴミみてぇなギャグを連発して参加者を震撼せしめているわけですが。
「この人の言うことってもしかして全部おかしいんじゃないの」と人を正気にかえす瞬間ですね。実に楽しい。

さて、この記事ではみんな大好き柿本人麻呂さんですよ。
霊元天皇も「神」として宮中で崇めておられた。歌聖といわれた定家と同じく「神」扱いです。自ら親しく香炉をくゆらせ、花を手向け、和歌をどしどし捧げていた。霊元さん、京極黄門こと藤原定家が好きすぎていろんなエピソードを残されています。
冷泉家では「黄門」といえば「当然、うちの先祖の定家卿」ということだそうで諸国漫遊のあのお方なんぞではないらしい。
ちなみに黄門というのは「中納言の唐名(中国ふうの言い方)」です。中納言まで出世したので黄門さんです。
「最終官位は正二位権中納言」だそうでして、正二位はスゴイですけど、ごんのちゅうなごん、はまあお飾りですね。実際に政務を執ったわけではないはずです。
この、朝廷からくだされる官位官職も面白くて、官位は正・従に外に権に贈にと細分化されていて見れば「ああ、買ったのね」とわかる、とか、なんとも実にイヤったらしいというか「政治ってコワーイ☆」というような驚きと発見と戦慄に満ちていますよね。
政治なんてよほどヒマでないとできないなあと思います。すごく大変だから。
(政治家の皆さんごめんなさい。それに携わるとそれしかできないくらい、おそらく忙しいので大変ですよねという意味です。国家をさぼって地方にデモに行ったりとかまともな政治家ならできないですよね____)

定家、というのも諱なので本当は軽々しく言ってはいけないのでしょうが、その子孫が「ていかさん」とおっしゃっているのでそれにならいます。明静とか京極黄門とか京極殿とか京極中納言と言われてもわからない姐さんを許してwww
ほんとに知的レベルが落ちまくりだよ。学習機会を奪われまくりだよ。頭にくるので独学で取り返したい姐さんです。
でもせいぜいが四書五経の素読前提、の明治の知識人の書いたものを見て「わからねええええ」「読めねええええ」「ルビつきありがとおおおおお」「辞書にのってねえ字を使われましてもおおお」と騒ぐくらいが関の山です。悲しすぎるwwww

ところで定家のWikipediaを今見たら仕えた「主君」一覧が「二条天皇 → 六条天皇 → 高倉天皇 → 安徳天皇 → 後鳥羽天皇 → 土御門天皇 → 順徳天皇 → 仲恭天皇 → 後堀河天皇 → 四条天皇」になっていてワロタのwwwたくさんいる!まあ八十歳まで存命な現役ばりばりな方でしたからね。

それはともかく人麻呂さんのほうですが、万葉集にあるこの歌。以前、何度かセミナーで「ダジャレの例」としてお話しました。

大君は神にしませば天雲の雷の上に蘆らせるかも(万葉集二三五)
(おおきみは かみに しませば あまぐもの いかづちの うえに いほらせるかも)

ダジャレです。

タケシの「ザヤックです」くらいのきっぱりさ加減でダジャレです。「ジャンプの飛び過ぎです」のあの冷たさよwwwww素敵!wwww

雷岡(かみおか)という地名の場所に天皇の仮小屋があったのを面白く表現したものです。
これ、どういうことかといいますと、地名の雷岡(かみおか)を空で鳴る雷(かみなり)にかけて、その上(かみ)で鳴る恐ろしい雷の岳の、その上(かみ)にいらっしゃる天子様はまことに上(かみ=神様)であることよ、という意味です。

上と雷と神という三つの「かみ」をかけあわせている歌です。

「神(かみ)は上(かみ)にまおすもの」つまり神様は上のほうにいらっしゃるものですよ、という観念が前提です。
「カミ」というのは上にあるもの。だから省の卿(かみ)、寮の頭(かみ)、司の正(かみ)、衛府(えぶ)の督(かみ)などをはじめ、国主、郡領、村長、駅長など、人の上に立つものはみんな「カミ」です。
頭、上、髪、神など、上代の甲乙類に分けられて発音に違いがあるから違うカミとされていたものも、近年の研究ではそんなに厳密な区別でもなかったんじゃね?とか同じモノだからこそ発音を変えて分けていたんじゃね?などと言われだしているように、日本人は大事なものはみんな「カミ」です。

天皇陛下のことも「おかみ」です。女房のことを「おかみさん」というのは「家で一番えらいのは嫁さん」というこ…ごほんごほん。

そして古来もっとも神聖視されていた蛇のことも古語では「おかみ」と言いました。これは『豊後国風土記』に出てきます。おかみは二字で表現されていて蛇、に続く文字がパソコンでは出せないので説明しますが雨のしたに口が二個横並びで、そのしたに龍と書きます。

日本ではえらいものはみんな「かみ」。

そういう前提で、かけ言葉でカミカミいってますよこの歌は。

大君は神にしませば天雲の雷の上に蘆らせるかも(万葉集二三五)
(おおきみは かみに しませば あまぐもの いかづちの うえに いほらせるかも)

わが君(おかみ)はなんとも尊い神(かみ)様なので、あの雨や風や雷(かみ)を落とす雨雲のさらにその上にいらっしゃるのだよ、だってほら、「かみおか」という名前の場所に庵を結んで滞在なさっていらっしゃるじゃないか


ダジャレだよ!

歌はみんなで声に出して和するものですから、これを最初に聞いたときは全員で大笑いして、やんやの喝さいの後、「大君は~☆」と口々に楽しく詠唱しただろうと思います。実に楽しい。

冷泉家の皆さんによりますと、和歌は声に出して楽しむもの、そして「みんなで共有するもの」だそうです。
自分の個人的な感情だけに終始するのは下の下であって、あまりよろしくはない。
やはり神様の神威発動を祝ったり、仏様の大威徳や大慈悲を願ったり、大君である天皇、「天子様」の世が末永いことを祈ったり、めでたく明るく「参加する場」が活き活きと活性化されるような素敵な内容のものをつくり、そしてみんなで歌い上げて共有する。

参加する場で賛歌をものす。それが歌の道であると。

和することができる歌、一緒に参加して音読して楽しめるものが和歌であると。
だからいい歌は一発で覚えられる。すらすらと口に出して繰り返し味わうことが可能です。

人麻呂の歌はいい歌が多い。誰でも二、三はすらすらと言えるでしょう。けだし歌聖とよばれるゆえんでしょう。
そしてこんなふうに気軽に楽しめる歌もちゃんと残している。

それをわたしたちは「国語」で、日常使っている言葉の語彙の範囲の中で、ちゃんと味わうことができる。

宮中で何かあれば列席して場を盛り上げるお役目です。おかみが御幸あそばされるときにはついていって盛り上げる。
いい役目です。怖い役目です。誰にでもできたわけではない。
そのとき、その場で、「その感興」をぴたっとくる言い回しで即興で言い表さなければならない。

環境と感興の混合品、それが和歌です。

人麻呂は「斉明天皇6年(660年)頃 - 神亀元年(724年)3月18日)は、飛鳥時代の歌人」だそうですよ。
今年は2017年です。そこから660年引いてください、こんなにも前のオッサンの歌を、われわれは素直に共有できる。
口ずさんで微笑める。
すごくないですか?
驚きです。

日本語っていいなあ、と心から思うゆえんでございます。

すごいなあと思うから、下手なのは当然で、なにひとつよくわかっていないけど、和歌を作るのが好きなんです。
もしかしたらそのうち、誰もがふっと口ずさめるいいお歌ができるかもしれない。
詠み人知らずで残すことができるのかもしれない。
そんな楽しい夢想を今は大事にしています。

ダジャレ路線でなら意外といい線いくかもだしな!wwwww

「こんな楽しみ方もあります!」という記事でした。






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和歌における技法(後鳥羽上皇、山を詠む)



風雲急を告げる情勢の中になって何をのんきに和歌などを、と思われる向きもありましょうが、「こういうこと」を死守していくのも霊的国防のひとつにカウントしています。
「こういうこと」は本当ならヴぁ日本人全員が「あたりまえの常識」として持っているはずの知識だった。
それを奪われたという現実から、わたしたちはもう一度、やり直していかねばならない。
「日本」は「日本語」と「天皇」さえあれば続きます。
逆にいうならここを押さえられたら終わるのです。
いかに貴重な「国語」をわれわれは日々駆使して、生き、想い、考えて、そして行動しているのか。
自覚的に取り組むことで無限の発見がある「国語」
「すごい」んですよ、日本語は。
わたしは日々そのすごさの質に驚かされ、魅了され続けています。
そう思うからほんのさわりではありますが書き残しておきたいなと。

こんな「面白い」ツールはないと思う。

では和歌を範に取って昔の人たちがどういう「本気のお遊び」をなさっていたか見てみましょう。

カテゴリを「歴代天皇の御製」としましたが、この記事のひとつめの歌は上皇位につかれてからのものなので厳密に言うならカテゴリは違います。後鳥羽院の歌、としなければなりません。
でもまあ登極したり攘夷したりまた再祚したり上皇になられたり日本の天皇は忙しいので(笑)「かつて即位したことがある方の歌」くらいにとっていただければと思います。

ふたつめの歌の主は歌人であって即位したことがないどころか皇族でもありません。ですのでやはりカテゴリ違いですが、いずれ記事を細分化する前の拙速なのだとお笑いください。

さてさてひとつめは後鳥羽上皇です。
必要があってこの方について調べなおしているのですが、本当にまあとんでもないお方でございますよね。
わたしは歴代天皇すべてが好きというわけでもなく、後醍醐と後鳥羽はツートップで「おいおいおいいいいい!」と思う方々です。
今上なんかこれに比すなら聖人ですよね。聖者です。神そのものです。
何しろどえらい「おいおいおいいいいい!」なおふたりです。

後鳥羽天皇がまだ位をゆずられる前の歌、御製です。

奥山のおどろが下もふみ分けて道ある世とぞ人に知らせむ

一見、「なんかやる気に満ちているなー」という感じをうけますよね。どかどか踏み込んで道ある世だと人に知らせるんだな、というかんじです。
これ、けっこう怖い歌なんですよ。やる気ありすぎ。
まず「奥山」。
京のみやこという大都会、文化文明の一大拠点、時のみかどがおわします「世界の中心」に対する「奥山」です。人里離れた場所、今のわたしたちからするとシベリアかなんかの、人が住まない未開の荒野、そこまでいうと言い過ぎですが、人の手が入っていない深山です。
こういうところには紅葉を踏み分けて鳴く鹿がいたりとか、越えても越えても越えられない長い坂=絶望だけがあったりとか、最高がんばってもあえて世を捨てた、人生にすっかり望みを失ってしまった気の毒な人=反社会性むきだしの人でなくなってしまった者=人外とか、「あああああこんな苦しい修行をする俺様かっこいいいいいゾクゾクするうううたまらなないいいいい」というド変態な修行僧とか(おいw)そういうものだけが跋扈します。

いきなり極限状態を出してきた。当然、優雅典礼なみやこびとである、お取り巻の公家集団は「ん?」と思わされるわけです。
「おかみよ、どうしなすった」「すごい環境設定キタコレ」「背景ヤバイ超ヤバイ」と。

次の「おどろ」というのは「棘・「荊・藪」と書いて、「茨(いばら)など、とげがある草木がぼうぼうと乱れしげっていること、また、そういう場所。やぶ」です。
踏み込むと大変なことになるやっかいな場所です。ここも「人の手が入っていない」ことが前提の場所ですね。

「ふみ分けて」
これはもうストレートに踏みつけて分ける。人跡未踏な「自然な山野」に行って直接どかどか歩ける道をつくりますよ、と。しかも作る対象の山野はトゲトゲだらけのやぶですよと。

「道ある世とぞ人に知らせむ」

面倒なんでいっぺんにいっちゃいますが、ここでいう「道」というのは完全に「天皇の権威」のことですよね。自分という世界の頂点に立つ者の権威を十二分に知らしめる。
「人」というのは「心ある人」で、知識教養、人格識見のある「ちゃんとした人」が対象で「俺が詠んだ歌の意味が理解可能な人」ですからずいぶんとずいぶんです。

「世とぞ」ですから「そういう認識=天皇が権威の頂点であることが、日本全土の共通見解、一般認識、普遍的前提であるのがあったりまえの世の中」を「知らせむ」ですから「どうあってもねじ込んでやろうじゃないの」ということです。

で、京都公家衆に対する最大の「敵」は関東武家衆なわけですから、普通に見たら「ああ、当時いがみあっていた関東勢に対する、朝廷専属の武装集団である「北面武士」とか、後鳥羽みずから新規雇用をはじめた傭兵である「西面武士」勢とかへの鼓舞も含むのかなあ、とか、たぶん「武家」が連想として容易に対置されると思います。

これだけだったら現代の我々には「ふーん、どうぞ好きにおやんなさい」で「何しろ鼻息の荒さ、鼻っぱしらの強さだけはびんびんくるなあ」ですむのですが、実は「もののわかった人」であればあるほど「やべえ」と思う歌なんです。

どういうことかというと、この「おどろ」の意味の一つである「棘」を漢語にとってキョクと詠むと「この歌の対象」が制限されてくるわけです。漢語で、支配階級である九卿のことを「九棘」ともいいますから、日本では「九棘」を「公卿」の異称としていました。
また、漢語で「荊棘(けいきょく)」としたうえで「荊路(けいろ)=荊の道」ととり、「棘路」をも公卿の異称にしています。

つまりこの歌で「どんなに都から離れた遠いド田舎であろうとも徹底的に踏みつけて俺の権威を知らしめてやる!」と宣言した当の相手は「天皇のまわりの公卿衆=皇族に次ぐ家柄の支配階級で、大・中納言、並びに三位以上の位をもち、へたをすれば天皇、皇族一門よりもずっと権勢を誇りかねない味方にして同時に皇統争いでは最大の敵にもなり得る人間たち」「もっと広い意味に取るなら五位以上の位を持ち、天皇に直接目通りがかなう、いわゆる殿上人すなわちそれなりの地位にある公家」をも含めた「味方のはずの公家全員」になるわけです。

コワイ!

さらには「ふみ分けて」の「わけ」には「自分を卑下した一人称、わたくしめ」と同時に「対称の人代名詞。多くの場合、目下の者に対していう。おまえ。そち」という意味がありますから、「オイラっちはおめえどもにこういうことすっからな!」という「けっこう野蛮」な意味をも、おそらく持っているでしょう。

さらには「ふみ分けて」を「文(ふみ)を乱発してそこら中に送り出す」ととるならば「必要ならば日本の最終兵器である天皇自らの直筆の命令書=宸筆の勅書もばんばん使うぞ」という脅しも含まれていると思います。
勅書を出されたら誰もどうにもできません。
だから上皇が三人に天皇が二人なんていう極限状態のときには「天皇または上皇本人が書いた命令書」をいち早く入手してその権威に従って動くのが戦術上、最高位にありました。ただしそれはもちろん「最終兵器」ですから当然世の中は乱れます。戦争です。

なんかもう「戦乱も辞さず」というかなりな威嚇、脅迫をぶつけているのが「多分公家」というところがコワイですよね。

和歌は二重、三重どころか、もう読もうとしたらどこまでも「深い意味」を読み取れる「仕掛け」に見ているわけです。

現代に生きるわれわれが、後鳥羽や後醍醐に対して有利なのは「実は、より多い言葉のバリエーション」で解釈可能ということです。
「日本語で解釈する」という点においてはギャル語であろうが上方漫才の語彙であろうが「同じ」になる。
もちろん文法的には正確ではないですし、詳しい人の前で言ったらものすごい勢いで訂正を受けて恥をかくと思いますが「そういう見方をするならば」の前提をハッキリさせた上でさらに読み解くと、「おどろ」を「踊ろう」にとったりもできるわけです。
人前で言わなきゃいいんだよwww
自分が読み取った内容はそれで正しい。ただし、前提になる歴史的史実や物証を伴ったリアルな歴史と、私的な真実とは峻別しておく必要が絶対にある、ということがいずれの場合も当然です。
一般的でない真実を言って歩くとキチガイです。
姐さんもここは気をつけるようにしています。
「現在の知識の範囲でもしこれこれが前提であるならば」「A=Bである」というふうに「自分の前提」を明らかにして、論理を構築していくのが正しい科学的態度というものでありましょう。

で、後鳥羽がこれを何歳でどういう環境下で作ったのか、そしてどういう形で人の目に触れるようにしたのか、またどういう形で「後世に残そうとしたのか」とか、前提になるもろもろの付帯条件をつめていくといろいろと「恐ろしい」わけです。

奥山のおどろが下もふみ分けて道ある世とぞ人に知らせむ

後鳥羽がきいいいい!となって戦を起こすきっかけになったのも、ようは「三種の神器なし」で即位した「自分の正当性への深甚な劣等感」まずありきで、権威を高めるためにきいいいいい!とやってまわってえらいことに結局なった、と。そういう背景を含めながら見ていくと怖い歌だぜ、おかみ!となるのではないでしょうか。

「なんで公家に喧嘩売ってるの!?」
「天皇の権威を一番補強すべき、その権威によって立つだけの公卿さんたちにバカにされてたの!?」

という見方になってきます。

後鳥羽が考えていた宇宙最高の真理にして万物を旋回・輪廻・循環せしめる「道」というのは「天皇は絶対」ということただ一事だったのだろうと思います。「そこ」が常に揺らいでいた。
何しろ、なにかあれば「どうせ神器なしで即位したくせに」と絶対言われる。
なにもなくても「どうせおかみは」と日記に書かれる(笑)。
たまったものではありません。
気の毒といえば気の毒です。でも、「やるべきルール」をないがしろにして即位したのは事実です。
そのルールがいいものか、よくないものかは別にして「それまではみんなそのルールに従っていた」「だからエライと思われていた」わけです。
そこをすっ飛ばして「特例だけど崇めろ」というのは「無理」ですわね。
だって「ルールすっとばし」をしていいよ、と勝手な独断を持ち出して強引な主張をした人もかつての天皇、この場合は後鳥羽の即位を強行させた「さきのみかど」である上皇(出家なさった後白河法皇)だったわけですから。
ルールに従ったからエライとしよう、という正統性をすっとばしてそれなしで「崇めよ!称えよ!」と言われましても「えぇ…(ドン引き)」ですね。
変な話です。
あらやだ皇室の話ですよwwww

また、やっかいなことに即位の正当性は抜きにして後鳥羽という人は「ものすごくデキた立派な人」だったんですよね。なんでもできる人だった。実に、なんでも。ちょっと調べると「えーー、こんなにぃ!?」と驚くほどの多芸多才ぶりを示す証拠が山のようにでてきます。
後醍醐もそういう意味では超人的に立派な人ではありました。両者ともにだからこそ困る、という時代でもありました。

後鳥羽にとっての幸いは慈円という透徹した歴史観を持ち、「もっと広く全体」を見渡す悟性と知性を持ち、後醍醐に諫言を試みる勇気と慈愛の心を持ち、そして後醍醐の後に亡くなって、おそらくずっと後醍醐の菩提を願い続けていただろう天才を同時代に持ったことではないでしょうか。最後まで「知るか!フン!」と慈円にはそっぽを向き続けていたようですが。
なんだろう、「そんなにホントのことばっかり言うなクソ坊主!」ってところですかね。

慈円の「世界解釈」の豪快さには度肝を抜かれます。後醍醐のコンプレックスをどうにかしてクリアにさせたくて「神器なしで即位したのは伊勢や八幡も認めているんだから!」「神器である剣がなかったのは武士を雇用して武力があなたに備わっているからだよ!」とか、まあ捻じ曲げる捻じ曲げるwwwwそれで納得できたらみかどなんざやっちゃいねえよと姐さんですらつっこみたくなりますよ。
だけど世界の平和のためには「そう思って自分をおさめる」ほうが絶対によかったはずです。ああ。生きるって難しい。

ほんとに、慈円がいなかったら後醍醐の哀しさはどう報われようもなかったのでは、と思います。とはいえ慈円も「おまえそうとうだな」という人ですけどね。この両者の関係性に定家をプラスすると「ああもう!なんでこういうことを中学生くらいで学校で教えないのかしら!めっちゃおもろいやんけ!」と「興趣豊かな」時代になりますよね。もったいないなあ。

まあ皇室なんてのはゴシップとスキャンダルの集大成でもありますよね。「そういうこと」を重ね、重ねて続いてきた。
その「続いてきた」ことの重み、異様なまでの重みをですね、今一度、過去からさかのぼって逆照射することで「めっちゃすごいわ」という再認識にも至るのはないかと思います。

長い連続体である皇室の、天皇についてどこかの時点で一代、二代をカットしてそこだけ見たら、必ず間違いを犯します。

ひとつの連続体として眺め、「それ」が「日本の歴史」そのものである、という俯瞰をすると、「ことば」と「天皇」と「人の歴史」はめちゃくちゃ面白くなると思います。

奥山のおどろが下もふみ分けて道ある世とぞ人に知らせむ

承元二年五月、住吉歌合にて 「住吉歌合にて、山を」として「山」を詠んだものです。
ちなみに承久の乱の承久三年(1221)の十三年前だそうですよ。

「山」といえば道教とのかねあい、仏教とのかねあいでまたややこしいので、ここでは「山」という高みは「自分、すなわち天皇」でその権威を知らしめることで、ド田舎、シベリア、辺境の地はおろか、あんた方公卿衆にも「道をつける=ことわけて、知らしめる」ぞよ、ということでしょう。

詳しい人はもっと深読みができるはずです。ぜひやっていただいて「ぎゃーー!」と震え上がっていただきたいです。
きっと偉い先生方はもっとガクブルな解釈をなさっているに違いない。不勉強ゆえ紹介はできませんが。



なんかもう「みんなガンバレ」と言いたくなりますよね(笑)。
とうに全員が亡くなってますけども。
懸命に生きた人たちがここにもいる、と思います。

ああ、長くなったので記事を分けましょう。
この記事の冒頭で書いた歌人の歌の記事をもう一個アップします。




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平成十八年の秋篠宮殿下、同妃殿下の御歌(お題『笑み』)



こちらの記事で「夫婦の視点がばらっばらやんけ!」とその困惑を記事にいたしました。

平成六年の皇太子、皇太子妃の歌(お題『波』)


では「夫婦の視点が同じ歌」とはどういうものか。良い例がございますよ。

平成十八年の歌会始め お題「笑み」

人々が笑みを湛へて見送りし こふのとり 今空に羽ばたく
秋篠宮殿下

飛び立ちて大空にまふ こふのとり 仰ぎてをれば笑み栄えくる
秋篠宮妃殿下

どうですかこの連携。
「こふのとり」が日常的に使われる表記ではありませんので字句の前後を開けましたが本来はつなげて表記されています。

地上ではみんなが満面の笑みをたたえていて、その歓喜の中で送り出したこうのとりが、今まさに飛びだって視点が大空に移ります。
妃殿下がそれを受けて、悠々とあの大空を舞うこうのとりを仰向けになって見守っていると、歓びがさらにあふれて自然に笑顔がさきにぎわうことでありますよよ、とつなげています。

喜びと、爽やかさとに満ちています。

どなたが拝見したとしても、何も誤解がない歌の世界です。

和歌とは、本来「和する歌」、つくられた歌に対してさらに歌を寄せるアソシエートする表現方法、手段だそうです。
声を和する、といえばあわせて歌うこと、話すこと、調和すること、つまりはハーモニーを育てることを意味しますよね。

独善的に自分の感情「だけ」をぶちこめることは野暮、下品。

やはりまわりの情景を歌いながら「自然に」喜びや慈しみや明るさや希望や、なにかしら人にとってプラスになる「祈り」をこめたものが最上位でありましょう。

だから神前で、あるいは仏前で開かれる「法楽」というような歌会が天皇みずから主催して開かれ続けていたわけですし、東西(左右)の陣に分かれて歌会を行うときでも各自の歌の連携、調和、お題に添って参加者が楽しめるものが愛でられた。

自分よりも尊い何かに手向ける言の葉、それが「敷島の道」イコール「和歌の道」、とわたしはそう理解しています。

ここで歌われているものは「希望」です。
ちゃんと「周囲の人間たち」が共存している。「みんなが」どうしているのかが詠まれている。
そして嬉しい。

万人が間違いなく意味を読み取れる。こういう歌がいいお歌だとわたしは判断しています。


ド素人ですので何か間違いがあったらごめんなさい。
こういう鑑賞方法もありますよ、ということで御寛恕願いたいと存じます。よろぴくだよ~☆




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平成六年の皇太子、皇太子妃の歌(お題『波』)



現東宮、同妃の歌。
新婚の歌です。

我が妻と旅の宿より眺むればさざなみは立つ近江の湖(うみ)に
(徳仁皇太子・平成六年・歌会始 お題『波』)

君と見る波しづかなる琵琶の湖(うみ)さやけき月は水面(みのも)おし照る
(雅子妃・平成六年・歌会始 お題『波』)

違うモノ見ちゃってるよ!
さざなみ立っちゃってるよ!

と、一読、驚愕すべきトコロでありまして、わたしが何に驚いたかを順次説明いたします。
もし姐さんが宮内庁の中の人だったら青くなって両者に聞き取り調査を致しますね。
「もしやこのお歌は皇太子殿下のヘルプミーの叫びでは」とどきどきしながら。

まず、二人で新婚旅行に行った先の情景を詠んでいらっしゃるのですが「見ているモノが違う」ところで「不協和音」を感じます。

何がどう違うのか。

和歌というのはさまざまなルールが定められており、その定め、決まりの中でいかに自分の個性を出すかが勝負です。
あえての「はずし」もカッコいいですがそれはあくまでも上級者。ともかく最低限の「歌」のていを成さしめるために、これさえ守れば一応の形式は守れますんでよろしくね、という約束事がございます。

これ、大変なようで実はとってもありがたい決まりなんですよね。やるべきことが定まっているがゆえに、覚えてしまえばなーんも考えなくていい。「その範囲の中」で遊びなさい、という決め事があるから楽しめる。

で、このお二人の歌は、いきなりそのルールから外れています。

何が問題かというと歌に詠みこむ「地名」が違っているんですよ。
皇太子は「近江の湖(うみ)」、同妃は「琵琶の湖(うみ)」です。

いやいや同じモノだろうとおっしゃるなかれ、モノゴトというのは「ファーストステップ」として「それをなんと呼ぶのであるか」でその後が全部変わります。最初の定義が「違う」なら、後の結果は必ず変わる。

そもそも和歌に地名を詠み込むについては、かなり特別な理由があります。
それは「ご当地褒め」「土地誉め」「賛歌」ということで、その場所を特に名指して賞賛、寿ぐことで大地の平定や災害除けになる、ということですし、もともとは「その土地に名前をつける」ことで霊的・実効的支配を及ぼせる、権威・権力の実証を意味しています。

特定の言葉にかかる「枕詞」というのは皆さんもご存知でしょうが、「ぬばたま」ときたら「黒」「髪」「夜」「一夜(ひとよ)」「夕べ」などにかかりますし、「垂乳根」は「母」「父」「両親」などにかかってくる。
ある特定の言葉にかけて、冠されるコトバに対する誉め言葉として枕詞は使われました。
そして枕詞は「地名」にかけるものが非常に多い。「あおによし」なら「奈良」で「かむかぜの」なら「伊勢」というように。

で、「天皇」が「地名を挙げる」というのはことに特殊な意味を持ちます。「国見(くにみ)」と言われているもので、天皇が高い場所から支配する地域を見下ろして霊的に国固めを行うもので、これはもちろん物理的な「統治下である領土」としての宣言でもあります。

同様に、その地名を和歌に詠み込み称揚することで慰撫・支配を完了させる。
これは同じことなんですね。

日本の霊的なテクニックに「見立て」があります。以前にも書きましたがA=B、というふうに見做していくことです。
たとえば冨士講という信仰形態。霊峰富士をご神体として先達(せんだつ)と呼ばれる熟練者、有資格者に導かれ富士山に何度も登ります。実際の霊峰富士に行けなくても、近所の空き地に塚を作り、地名を冠して赤坂富士、神田富士、というように命名し、そこを参拝することで実際の富士登頂をしたのと同じである、と見立てていく方法です。
見立てる内容を擬(もど)き、といい、実際に擬いた結果の生成物を「うつし」といいます。コピーといってはいけません(笑)。
富士山のうつしを神田富士としてもどき、富士に見立てて信仰する。

この場合、名前が同じなら同じ、カタチが同じなら同じ、機能が同じなら同じ、色が同じなら同じ、というようにA=Bにあてはめられる条件は実はなんでもOKです。
だから浅田真央さんががんばると全国の、全然血縁関係がない方でも名字が浅田さんであれば一緒にがんばったことになる。
まあ「こじつけ」ではありますが、そうやってひとつの世界観を構築して、自分が生きていきやすいように福を招き害を遠ざく、暮らしの知恵ってことですね。

皇太子というのは「立太子の礼」を経た方ですから、次に天皇になる人間です。
そういう方が地名を詠み込むというのは、やはり特別な意味を持っているのです。

そして皇太子は近江という古い地名を出してきた。今はどういう名前であろうと、過去にさかのぼって長く使われてきた「その名前」をわざわざ出して「そこにいる」と「ガンダム、大地に立つ」宣言をしています(笑)。

さざなみが見えることから、おそらく時間は早朝から昼まででしょう。ここには太陽=日も、月影も星々もありませんので、人間の活動時間帯の常の時間、昼間、もしくは朝の時間帯だと思われます。
月影さやかに、とか星の静寂(しじま)に、と特定されていないから。
これが午後の時間帯になるとかがよう日差しとか揺らめく陽炎とか、他の気象現象が入ってきます。
目の前にあるのはただただ近江の湖(うみ)なんだと。

そこにさざなみが立っちゃってます!
これはゆゆしき一大事。

波が騒いでいるんですね。たとえさざなみ=小さな波だとしても、平らか「ではない」。揺れ動く。

しかもさざなみが立つのはどこですか?「近江の湖(うみ)に」です。ヤバイです。これ、まわりも止めなかったんですかね。こののち、近江にさざなみが立ちますよ、という呪いの歌にもなりかねません。悪く取ればそうなります。

自分の心が揺らぐから、まわりの景色が揺らいで見える。それを実際の地名になすりつけてしまっている。
悪い歌です。いけません。

皇太子、楽しいはずの、人生でもっとも幸せな瞬間の連続であるはずの新婚の旅で、もう心にさざなみが立っています。
これはヤバイ。

やばくないなら、やばい、と読み取れるお歌を出してきたことが失敗です。
王者というのは「絶対に」誰にも間違われない歌を出さなければいけません。ミスがあったら戦乱です。政変です。

そういう意味では今上のお言葉も、日本人の知性と教養を大幅に見誤っておいでだったと思います。
陛下、もうちょっと引き下げていただいてストレートにおっしゃらないとわからないどころか「曲解」するウカラヤカラが続出ですよ!と。
今上は公務が多すぎるように取り計らった宮内庁のせいで使い殺しの目に遭われている。これでもか、の膨大な虐待酷使のひとつひとつに誠心誠意心をこめて、日本を代表する神の子、太陽の直系子孫としてかくも長きにわたって懸命に勤めておいでになった。人間と接するばかりではなくて、日本を創った、いやもっと上位の天地創造の根源神とすら親しく接してお話になり、常に最善の道を歩んでこられた。
その陛下の命をかけたこれまでを全否定するような謎の新造語の「生前退位」で陛下に爆弾を投げつけてお心を傷つける。
皇后陛下の、断腸の思いで発せられたショックを受けた、のひとことの重さをも受け取らない。
何たることか、と思います。

今上があまりにも素晴らしい方ですから、そりゃあ期待しますよね、「次」はどんなに立派な王者であろうかと。

それなのに皇太子という御立場でこれはいくらなんでもないだろうと、わたしはガッカリすると共に「ヤバイなー」と稲川さんばりに繰り返しましたよ。
ヤバイヤバイヤバイ。
ヤバイマズイコワイ。
悪の牛丼屋です。

たとえ爽やかな陽光を浴びてきらきらと光を反射する綺麗で快活な情景であったとしても、それらの描写が一切なく、ただ妻になった女性と宿からボーッと見降ろせばちゃぷちゃぷ波が立っているなあ、だけでは「全然ダメ」な歌ですね。

だってね、この凡庸さ。この無彩色さ。モノクロの世界です。色もなければ音もない。なんという平面。

和歌は「立体的に」読まなければダメですよ。皇室なんて、日本の伝統文化、日本の魂の根幹をなす「和歌」のスペシャリストだったはず。どうしたというのでしょう。

「我が妻と眺むれば」「さざなみが立つ」わけですよ。ヤバイです。心にさざなみが立つということは、疑念、不信、迷い、惑い、何らかのネガティブな感情が揺れているよということです。


さらに同妃がもっとヤバイ。

横に立つ旦那の心にさざなみが立っていることはガン無視です。気づいてすらおりません。

「君と見る波しづかなる」 あーあーあー。いや、キミの旦那さん心が騒いでいるようだよ!
「琵琶の湖(うみ)」 旦那と違うモノ見てるよ!もう心は離れ離れだよ!新婚なのにちょっ早だよ!
「さやけき月は水面(みのも)おし照る」 きらっきらなお月様が一部の隙もなく煌々と明るく万物を照らしていると言ってるよ!得意の絶頂だよ!何ひとつわかってないよ!

感情の機微とか陰影とかなんにもないよ!つるっるつだよ!

ヤバイヤバイ。

もし皇太子も夜間の眺めであるならばもっとヤバイ。夜、二人で湖を見たら旦那は波騒ぎ心揺らぐ様を見ているわけですし、女房はどこもかしこも平坦にただただ明るい月夜だなあとうかれポンチでいるわけです。

時間帯が違っていてほしいなあと切に願います。

これ、別にイチャモンをつけているわけではなくてですね、このご夫妻につきましては特に奥様のほうが「のっぺらぼう」な情景ばかりを詠まれていて、「怖い」んですよね大変に。
なんというか、「心なし」なんです。歌に何らの心もない。

和歌というのは冷泉家の御方によれば、本来は個人の感情を朗々と歌い上げるのは下の下であって、そもそもは神、さらには仏、というような尊いものに対する崇敬を、自然の万物を「お約束をうまく使って」スタイルを整えて詠むもので、ここでいう湖(うみ)をテーマにするのなら、そこがいかに広々とたっぷりと豊かで恵み深くて尊くて、綺麗で美しくて清らかか、を、人間の暮らしにひもづけて、見て、詠う自分と、そこで繰り広げられている人々の「環境こみの」暮らしぶりとを徹底的に褒め上げる、そういうものでなければいけません。

なんですかこの「情趣のなさ」は。平べったくて無教養でかっさかさに乾いています。

百歩譲って最大限によい解釈を苦慮するならば、皇太子は近江という律令で定められた地域全体を代表するものとして近江のうみ、といい、同妃は目の前のうみそのものをさして琵琶のうみといい、それを上から大どかにのびのびと隈なく照らす大空の月をメインテーマにしていると無理矢理詠むことも可能でしょう。
ただ鑑賞するのであればそのように解釈して「さしあげる」のが自然なのかもしれません。

でも、このご夫婦のぼさーっとただ情景を定型におしこめた無関心ぶり、無節操ぶり、非人間的な「情趣のなさ」、いうならば「無感動」にわたしは戦慄を隠せません。

新婚なのに!なんでだよこの乾燥は!!!

と声を大にして言いたいものでございます。

もしわたしが一首詠むならば、皇太子の分は

我が妻と旅の宿より眺むればさざなみは立つ近江の湖(うみ)に
(徳仁皇太子・平成六年・歌会始 お題『波』)

まひろなる 湖(うみ)にかたつく 旅の宿り 妹背と吾が見ゆ 幸くと近江

意味
まんまんと水をたたえて広がっている大きな湖の、旅の途中でやすむことになったそこに面した宿の中から、こよなく愛しい妻と一緒に見晴るかすことであるよ、近江の地とそこに住まう人々が永遠に幸せに賑わう日々が続きますようにと祈りながら

動詞の見ると地名の近江(おうみ=おう、見るがいい)がかかっています。
我欲の我は使わない。吾にします。悟性の吾です。
かたつく、は接する、面している、という意味ですが、方がつく、という意味もかけて「これまで近江に何があったとしても今後は末永く幸せですよ、幸せの絶頂にいるわたしと同じくらいずっともっと幸せですよ」と読み取れます。
旅の宿り、ですから、ハネムーンの思い出でもあるんだよ、と艶めかしてもおりますね。
新婚さんが宿に泊まったらそりゃやることはひとつだろう。夜を徹してお互いに素晴らしい歌を詠むんですよねー(おい)。

あるいは
さざなみの白く際立つこの湖(うみ)に妻と宿れり 愛(め)でのさかりに

うわー、ちょっと強烈ですかね。エロい内容です。

「ささなみ」あるいは「さざなみ」を地名に取るなら滋賀県=近江の琵琶湖西南部沿岸地方の古名です。
だから「さざなみ」を出すのなら「近江」は出さないほうがいい。どっちかで意味が通じるからです。
(解説がないと通じなくなったのはみんな戦争が悪いんだ、敗戦の結果、日本弱体化のために教育機会を奪われたからなんだ!ということでお互い悲しんでおきましょう。よよよよよ)

その琵琶湖西南部に、いとしさが極まれる妻と宿をとったよ。白く細かく騒ぐ水のさまが古来絶えないこの場所に。

これは「んま!」と奥様方の眉をひそめさせる歌なので外に出してはいけないですね。
新妻と白く見える液体といえば「んまあああ!殿下ったら!」と頬を染めないといけません。

殿下は決してこんな歌を詠まれたりはなさらないはず!これはわたしの勇み足です。
でも新婚のころってみんなこんなではなかったですか?
殿下!お幸せな瞬間もおありだったのですよね?????



同妃の分

君と見る波しづかなる琵琶の湖(うみ)さやけき月は水面(みのも)おし照る
(雅子妃・平成六年・歌会始 お題『波』)

静(しづ)かなる水面(みなも)渡りし月さやか 君と並びて 琵琶湖 眺むる

新婚の花嫁さんなんですからこのくらいでいいんですよ。素直が一番です。大事なのはお気持ちです。ありがとう、がんばります、一緒に栄えていきましょうね、という優しく穏やかで分け隔てのないお気持ちです。

お題の「波」という言葉は直接的に入っていなくてもいいんです。この歌は波が消えた後の情景です。もう世界は平定された。穏やかにものみな眠る深更です。

波騒ぐこともなく安らいでほっと息をするように静かなこの夜に、大地に近い場所からそっと万物を照らし出す月が、あのように冴えて美しいことですね。
今ならんでそれを見ているあなた、太陽が君様、大切なあなたであるのなら、わたしはそこによりそう月になって、あなたの人生を照らしましょう。太陽のようにいずれは貴い高い位置につき、万民の幸せを祈り続けるお立場になるあなた様。
でも、今夜はわたしのそばにいて、このように美しい景色をふたりで見ている。それはなんと幸福なことでしょう。
琵琶湖と共に暮らす皆さんがこよなく大切にしている琵琶湖を愛するように、わたしも未来永劫、夫、上様であるあなた様を愛しますよ。
月が渡っていきますから、長い時間、少なくとも1時間はふたりで寄り添って眺めている。
あるいは月が静かなのに室内はハッスルハッスルでちょいちょい休みながらふと見上げているのかもしれないですが、ここでは二柱の男神、女神であるかのようにあたりを見ている情景ですね。

可愛いじゃないですか。いい奥さんだなあと思えませんか?

水面は「皆も」とかけて「みなも」と詠みましょうよ。みんなも一緒にね、の精神です。
漢字の読み方、助詞や接続詞、送り仮名なんぞが「いつの時代の言葉遣いか」は研究者に任せましょう。
大事なのはお気持ちです。
まぜこぜだっていいんですよ。

だってあなたが今歌にこめるべきは、何よりもまず、祝福してくれた、一緒に喜んでくれた琵琶湖をようするこの地域の人たちの幸せと、旦那さんの幸いです。なんとそうではないだろうか。

あるいは、

月さやか 波しづかなる琵琶の湖(うみ) 近江(おうみ)を遠見(とおみ)の君と眺むる

さやか、としづか、おうみととおみをかけています。
近江という地名に遠見、望見をかけて王者のふるまいを描写している。
近江の地で次世代の治天の君であるあなたと一緒に土地鎮めの祈りをこめて夜をかけて見渡しましたよ、という歌です。
地名をくどくどと二か所出すのはアレですが、まあそこは「旦那よりお上手ではありません」とアピールできて一石二鳥です。
土地と湖の名ですからご愛敬でしょう。


……ということが、何らの和歌教育を受けていない一般人のド素人である姐さんにすら、ぱっと出てきてしまうわけです。
(姐さんはなんでも独学ですからね。だからときどき、大変な勘違いとかしています。お恥ずかしいことですよ)

これはまずいですよ。

なぜなら皇室行事のうち「天皇がつかさどるべきもの、天皇しかできないもの」はすべて「言葉」を伴うからです。
そこをおろそかにしてしまうのは「怖い」とわたしは思います。
神様と接する時には「象徴」と「言葉」を使います。日本は「言葉」が占める割合が多い、大きい。その証拠が祝詞です。
ことばがとても大切です。

妃殿下はそういう行事には参加しないから関係ない?
いやいや、妃殿下は「人間たち」と接していかなければいけません。
すでに現時点で「病人」である人が、いったい何をあせって皇后位に執着しているのでしょうか。

コワイです。

ど素人なりにお歌を解釈いたしました。しかもクッソへたくそな歌も披露するという辱めを自ら選んで。
うわーん。
こんな自爆テロみたいな記事なんか不要な「次」であってほしかったですよ。

コワイコワイ。

せめてもお嬢さんのペットに「ニンゲン」なんぞと名付けずに「公民」とつけて「おほみたから」とでもつけるなら、と思いますが、それにしたって「来い、ニンゲン!」「あっち行け!ニンゲン!」と騒ぐセンスにはぞっとしますね。
「どういうスタンス」で生きているかモロリと出るんですよ「こういうところ」に!!!!


皇太子殿下ならびに同妃殿下におかれましては浅学菲才の身をもって僭越至極な言及を申し上げ奉りしことを平に御容赦願い上げ給うものでございます___呻きすめく絶えざらん息の元からの記事でした____

お詳しい方、どうぞ闊達なるご意見を願います。ひー、矢ぶすまにされそうですよ。コワイコワイ。





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