天皇陛下、早期退位想定せず




天皇陛下、早期退位想定せず
公務「このペースで臨む」

2016/7/16 02:00
https://this.kiji.is/126730169875546121

 天皇陛下が皇太子さまに皇位を譲る生前退位に向けた法改正を政府が検討していることを巡り、天皇陛下自身は早期退位の希望を持たれていないことが15日、政府関係者への取材で分かった。

 陛下は例年、年明けと夏に定期健康診断を受けているが、現在は目立った不安は見つかっていない。最近も宮内庁側と公務の負担軽減が話題になった際、陛下は「まだまだこのままのペースで臨む」と明言。側近らにも、退位という文言や時期を明示したことはないという。


ほらみろ!!!!!


こんなの、「カネに汚い外国人」が騒いでいるだけですよ。

まず、「生前退位」というコトバがもう「おかしい」んですよ。
これは「生きていたければ位をおりろ」という「恫喝」ですね。
普通の日本人ならまず出てこないコトバです。
皇后陛下がショックを受けたとおっしゃったのは言葉の意味を実に正しく受け止めておいでだからだと思います。
そのくらい「ありえない表現」なんですよ、普通の日本人にとっては。

生前「譲位」なら日本語としてありえます。が「生前退位」はガイコクゴです。ものを知らない左翼が勝手に作ったと思っていい。

先の天皇が存命のうちに次の天皇が即位することは皇太子が「受禅(じゅぜん)」する、といいます。禅譲(ぜんじょう)からきています。

明治以後、日本は憲法によって、天皇は崩御=死をもって次の天皇が即位することに決められていますから、先代が存命のうちに代位が変わることは「ありえない」わけです。
だから受禅というコトバは出てこないし(左翼の場合は無知だからですがw)、先の天皇の死によって次が即位する「践祚(せんそ)」だけが「有効」なわけです。

過去の天皇位というのは、必ずしも天皇である父からその男児にというわけでもなく、兄弟、親戚間でもあったから、次に即位する人を候補者の中から定めることを儲君(ちょくん)に立てるといい、「次に皇位につく方」として皇太子に認定し広く知らしめることを「立太子の礼」といいます。

このへんの用語も知らずにあれこれ言われたくないですよね。

それから、たとえば江戸時代の天皇のうち、お二人が女性でした。

明正と後桜町のお二人です。

この二人には特徴があります。

・生涯未婚であった。
・摂政を立ててそちらが政務を司った。
・神事に「予備日」が設けられた。
・菩提寺である泉涌寺に御影(肖像画)がない。

生涯未婚→この人一代限りの「つなぎ」である、ということです。

摂政を立ててそちらが政務を司った→天皇が未成年者や蒲柳の質(ほりゅうのしつ=体が弱い、病弱)の場合には摂政を置くこともありますが、成人後も摂政を置かれ続けています、つまり「つなぎ」であるということです。

神事に「予備日」が設けられた→女性は定期的に月のものがありますから、これを「穢れ」と受け止めて、平常時に神事ができるように必ず予備の日程が組まれていました。江戸時代もそうですが天皇の「主な仕事」は「祭祀」です。一年365日、日によっては複数の儀式をこなさなければなりません。それのすべてに予備日をもうけるというのは大変な難事です。「つなぎ」で「すぐ代替わりをする」ことが前提でなければ維持できない。

菩提寺である泉涌寺に御影(肖像画)がない→京都東山の真言宗泉涌寺(せんにゅうじ)は歴代天皇の菩提を弔うお寺です。皇室だから神道かといえばそんなことはなくて、皇室の仏教は天台宗と真言宗で、明治天皇のくだした分離令より以前には、むしろ仏教様式での儀式が多く、ことに死後の冥福を祈るのはもっぱら仏式が専任でした。泉涌寺には歴代天皇の陵(みささぎ)=お墓もあり、今でもきちんと機能している立派なお寺さんです。保存会の代表は秋篠宮殿下同妃殿下で、年に一度の総会には京都までお運びになり出席をなさっています。
仏式の供養をなさる場所です。
ここに江戸時代の天皇は、女性である明正も後桜町も含めて14人が祀られていますが、この二人だけは肖像画が「ありません」。
肖像画はその人そのものと見立てて儀式を行う際に「本人」扱いされるものです。そこにリアルに実在なさっている体(てい=ようす)にして、読経したり供物をささげたりする、非常に尊(たっと)いとされるものです。
一時期、天皇皇后両陛下の紙焼きお写真を御真影(ごしんえい)といってお二人そのものであるかのように大切にする習慣がありました。まあこれも「上」からの命令で学校ならびに官公庁にはあるのが当たり前の時代があった。学校が火事になり御真影を焼失させた校長が自殺するなどという悲劇も生まれたわけですが、「影」というのはその人そのものとして扱われる。
それが「ない」のです、菩提寺に。

つまりどこからどう見ても女性天皇は「つなぎ」で「皇室自ら天皇扱いしないのが普通」だったわけです。
そもそも女性が即位するのは「よっぽどの非常事態」であり、「その前後」を見ていくと「必ず荒れた時代」ですよ。
イレギュラーな代理ピッチャー。
フォークボールしか投げられないから「最初から四球でいいよ」扱いです。
で、出塁を最小限にするためにピッチングコーチ(摂政)がへばりついて一球ずつその人がしれっと投げてみんなが「代理ピッチャーが投げたふりをする」ようなものですよ(笑)。

少なくとも江戸期は「確実に」そうです。

過去に女性天皇がいたから、だから愛子さんを即位させろと言うのなら、「江戸期の女性が即位した例」をちゃんと頭に入れておいてほしいですね。

で、女性を天皇に即位させるということは「誰かがとんでもない我儘」を言い出した結果なんです。いつの時代も。

三千年続いたものを「愛子さんがカワイソウだからーーー」だから変えろと主張するのは「暴論」であり「めちゃくちゃ恥ずかしいこと」ですよ。本来なら「黙ってろ」で終わりです。

男女同権を叫ぶなら「女性天皇は結婚・妊娠・出産できない」「前例」をどう取り扱うのでしょうか。

男女同権という「考え方」よりも以前に、わたしたちは人間という動物です。この種類の動物は、お父さんが天皇の、男性のみが即位できるし、そうでなければいけないという「繁殖上の理由」を持つ。問題は「人間の遺伝子の構造」ですから、これはもう誰も何も言えないはずです。
遺伝子に一生文句つけたところでどうにもならない事実です。
左翼ってヘンなのー(笑)。

たとえばですよ、愛子さんを即位させて、中国の首脳部の、幹部の息子なんかと結婚させる。これで中国は日本と「天皇を共有」できる。その子供にまた中国人をあてがえば「完全な皇統乗っ取り」「天皇すり替え」の完了です。

そして、皆さんが絶対に忘れてはいけないことに、「万世一系」があります。

もし愛子さんを即位させて中国人(いや韓国人かもしれないですがw)と結婚させたら、愛子さんの配偶者になった男性の「祖先」も「皇室で」祀らなければいけなくて、「霊的な皇統」もそこで絶えてしまうんです。
「万世一系」とはそういう意味なんですよ。

皇室は、「お父さんが天皇の、男性が継いでいく」、これだけが正解です。

女性を天皇に即位させたがるガイジンは、では「摂政」はどうするのか、「女性の天皇の配偶者はどうするのか」には触れません。都合が悪いことは全部無視する。
あるいは考えてもいないのかもしれない。

彼らは反論のための反論、破壊のための暴挙、これしかできないですからね。



現在は、現東宮が皇太子として次に即位なさる。これは日本国憲法で保証されているルールです。

この「人間のルール」に従うならばその次は今上の直宮である秋篠宮殿下が即位です。

そしてその次は秋篠宮親王殿下で決め打ちです。


本当に、天皇陛下に関していったい何をこれほど騒ぐのか。

東京五輪を前に「利権」に血眼のバカが立ち騒いでいるとしか思えない。
三千年近くうまく続いたシステムにごちゃごちゃ横やりを入れる者には「うるさい、黙ってろ」で一刀両断でいいはずです。

まともに扱おうとするからややこしくなる。

平成は終わりません。

無理に終わらせようとしている者が立ち騒いでいるだけです。ガイジンはやることが乱暴でいけません。


「ほらみろ」と重ねて申し上げたい。





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皇室、神道、信仰など | コメント(1) | トラックバック(0) | 2017/04/14 15:24

あるご一家のお話し(彬子女王殿下の法隆寺金堂壁画模写の”発見”@大英博物館)



この記事は本の内容紹介とその感想です。
書籍題名はAmazonへのリンクです。アフィリエイト設定がしてあるのでこのページから購入なさると姐さんにちょっぴりお小遣いが入ります。そういうのちょっとなあ、と思われた場合は別に題名で検索なさってみてください。
古くて絶版になっていても、図書館などにはあるようです。

寛仁親王殿下の「とも」の字は、右下の|_のところに点が打たれたものが正字だそうですが、この記事はすべて寛の字を使わせていただきます。

本は、たぶんですけど、寛仁親王殿下のもの、第一女子彬子女王殿下のもの、の前に寛仁親王妃信子殿下のものを見たほうがいいと思います。

そしてここで敬称を略させていただきます。
トモさんの(おいwwww)いや恐れ多いが「ヒゲの殿下」と彬子様のものを読んでから信子様の本にいくと、たぶんものすごく微妙な感じになると思うのです。実はわたしがそうでした。

信子様は東日本大震災の被災地の方との交流を通して「ご自分の手料理」が人を元気づけられることを肌身で知り、生きていくこと、食べていくこと、どんなものを食べていくのか、というところからお料理の本を出されている。

それは非常に尊いことで、ご自分も重篤な病気を抱えて長くお苦しみだった時代を持ち、このようにある意味、人前に出て活動をなさるほど回復なさっていたことに驚きましたしうれしかった。
そして本当に下世話な好奇心から手に取った。

たとえばこれです。

『思い出の先にはいつも家庭料理』 寛仁親王妃信子 マガジンハウス (2013/10/17)

確かに美しい、確かに素晴らしい、確かにご立派です。

ただどうしても「ある種の違和感」がありました。それが何かを深く追及することもなく、そのままにして、そして必要が生じてヒゲの殿下を調べなおした。
市販の本、雑誌、それから残された映像などから類推できる「トモさん像」を改めて作ってみた。

たとえば、『悪童殿下 怒って愛して闘って 寛仁親王の波乱万丈』工藤美代子 幻冬舎 (2013/5/31)

著者は工藤美代子さん。一部の好事家にとっては「おっあの怪談経験多数の作家さんか」ということになるのでしょう。
著者は殿下が退院なさったらインタビューをと約束していたが、その約束を果たせなかった。また、自分のような者がとは思ったが、後世ちゃんとした作家なり歴史家なりが殿下の評伝をちゃんと出すだろう、その横でなら殿下の思い出を綴ったこのような本があってもいいだろう、と『悪童殿下』を出すことにしたと書いている。

わたしは、この作家については「ある種の無神経さ」を感じ、興味と感心が持てずにきました。それは怪談をまとめた本の中である人から聞いた話として、何か厄がついたなというとき(はっきりと生霊が、というニュアンスで)人ごみの中に行って他人にその厄を振り返る話を紹介し「素晴らしい方法なので読者にぜひ紹介したい」ともんどり打って書いている。

わが目を疑いました。「いいことです!きゃーー!素晴らしい!」というときめきが伝わる書き方だった。

では、厄、というモノがあるとして、それがよくないモノだとして、厄をうつされる側はどうなるのでしょう?もしそれで本当にAさんの厄をBさんに移せるのなら、Bさんにとっては移した人Aさんこそが「魔物」になりはしませんか?
怖いことです。

同じように坊、自称占い師が「運気が落ちたら交差点に行って500円玉をバラバラ落としてくる」と言っていたのを知って「すげー、金持ちだな、あたしは1円落としたって大騒ぎで拾うわよ」と思いつつ「最低だな、こんなことドヤ顔で言ってしまうのかこいつ」と思いました。二重にベックラでございます。

この、「ある種の無神経さ」があればこそ、作家としてなり、自称占い師としてなり、のしていけるのかもしれませんが、根底にある「自分さえよければいい」という考え方がわたしには「くっさーーーーーー!!!」と腐臭を放って感じられます。

いや腐るほどの有機物があればいい。そこから再生も始まるから。だけどこのステンレス・スチールのような「厚顔さ」にはただただ距離を置きたいとしか思えません。

この作家による、殿下のご両親からの聞き書きによる『母宮貞明皇后とその時代―三笠宮両殿下が語る思い出』中央公論新社 (2010/7/23) (中公文庫)も、「うーーーーん、そこで終わらせるのかあ」と「えーーーーそんなこと質問するの」とが入交り、なんとも「もったいない」感がありました。

でも、宮家の方々と親しく交流し、こうして本まで出せるのですから、すごいことなのでしょう。

前提が長くなりましたが、つまり「一切期待できずに」「最後のパラ見」のつもりでこの作家の本まできた。

「どうせつまらないんだろうなー」と隔靴掻痒を覚悟して手に取った。

そして「すまない、このインタビューは工藤女史、あなたでなければ無理だった」と思いました。

まあ地雷を踏む踏む。そして余計なことを言う言う。だからこそ素晴らしいドキュメンタリーになっている。
この鈍さ、このヒドさ、これなくしては成立しない。

この作家の最高傑作はコレでいいだろうと思いました。イヤなりに「何がイヤなんだろう」と考えてけっこう工藤さんのものは読んでいる。何ひとつピンとこなかった中で、これのみは「でかした、あっぱれ!」と思いました。

工藤さんのファンには申し訳ないのですが、たぶんファンが「いいなあ」と思う彼女の長所、まさにそれこそがたぶん自分にとってはダメなんだろうと思います。
刺激的かつ斬新で精力的な取材と緻密な構成ですんばらしい、はず、なのにいつも「フーン」で終わってしまう。
読んでも読まなくてもいい本だった、と毎回思う。
でも毎回手に取らせるんですからやはり「力」はあるのかも。

工藤さんがロジカルに割り切ろうとするところが、「そうじゃない」感をもたらしてしまう。特に怪談における「旦那さんからのツッコみ」にぞっとするような激しい自己愛を感じてしまい、「実際に言ったかどうかは抜きにしてダーにこう言われてしまうアタシ」臭がもうダメです。
わたしも気をつけようwwww「まわりからキチガイと思われているアテクシ☆」がうれしくてたまらない、というのですから工藤さんのように立派な作家さんに比べたらかなり重症ですし生涯底辺からは抜け出せませんwww「電波を受信できないおまえらのほうが頭おかしい」くらいのことは平気で思っていますからいけません。

この記事も「ああ、春だからねー」ということで適当に流していただければいいのかなとwwwww

いやほめてますほめてます、この『悪童殿下』に限っては絶賛です。ほんとですよ。

もうね、工藤さんに謝りました。本気でわびた。ごめんなさい。

工藤美代子、やればできる子じゃん!!!!

何様だよ!というもっともな野次については姐様だよーんと火に油な答えを返しつつ、いやほんと、まいりました。

これ、「肉声」ですよね。殿下はまさにこうおっしゃったんですよね。そう、思えます。そう、感じる。

喉に穴があく手術をして声を出せなくなった殿下。あんなに人と愉快におしゃべりすることが大好きでいらしたのに(※工藤情報による)肉声を失って、でも発声させるための機械にたちまち習熟し向き合っている間は機械音声だなんてわからなくなるほどのエキスパートになられた殿下(※工藤情報による)、同じように声を失って苦しんでいる方にはどれほどの希望と勇気の源になっただろう。

嗚呼。

工藤さんの本気、工藤さんの作家生命を賭けた本気がここにある。

それなのに「幻冬舎」から本が出ている!!!!嗚呼!

キワモノ本、イロモノ本、社長がハイエナ、営業が地獄、みたいな評判ばっかしの! あたしじゃないですよ、世間の評判がwww

だけどこれすごいよ!皆さん読んでください!というか今までちゃんと読まなかった自分はポンコツ!

そして『皇族の「公(おおやけ)」と「私(わたくし)」』 PHP研究所 (2009/3/24)は明らかに焼き直しなのでどっちかでいいです。

クオリティは明らかに『悪童日記』のが上だろう。

信子妃殿下との間のことも、現皇太子殿下の「雅子への人格否定発言」のことも、「皇族とは、天皇とは何か」も全部「最終的な答え」が書かれている。

皇室のことでがたがたぬかす人たち、すなわち桜井誠さんなら「不逞鮮人」と呼ぶであろう痴れ者たちも読んでほしい。
皇室って「こう」なの!こうあってほしかったの!

しかしこの「不逞鮮人」ってすごいパワーワードだよね。確かにそうかもしれないけどさ、「それを言っちゃあおしめえよ」という言葉は世の中にいくつかありますよね。現時点で「確かにそうだけどそれを言ったら終わりじゃん」ワードのぶっちぎりの一位だろうね。
いかん、確かにそうだけど、と言ってしまったアルよ!
わるいニポンジンアルヨ!ヘイトスピチよくないのこと!
ウリたちは嫌い憎み妬み嫉み暴力を振るい続けるが好きでいろウェーッハッハッハ___ひどいアルね!そんな理不尽なことできないよ、ひどいアル!

「誰だよおまえ」という冷静なつっこみを入れつつですね、皇族の本の感想記事でこれだけダイナミックに不謹慎でいいのでしょうか、とかけらも思わないのがブログを長く続けるコツ!

そういえば桜井誠さんには「蔑華思想」すなわち「チャンコロ思想」という悪い言葉もありますよ、とお伝えしないほうがいいですよね____ヒゲの殿下の父君の三笠宮殿下が「こんなことを言うなんて!」と陸軍に怒ってましたけども____とっくにご存じですわよね_____

話を大急ぎで戻しますが、とにかく、ヒゲの殿下がどんなに熱く、懸命に、「生きよう」としていたかを垣間見て、激しく心を打たれました。
これがトモさんの手かーーーと思いたいのに思えない、本当に裏表のない、コドモトモさんのまま生き急いで駆けていった。

そして「ああああああ!スキーではなくスケートにズレてくださっていたら、こんな反日不正採点は断じて起こらなかっただろうに!」ときいいいいいとなりました。

スキーの人たち、いいなあ。そういえばむかーしの日本のIOC委員の「買収がきかない高潔な人格」で有名な方もアルペンスキーの選手でしたか。

いいなあ。いいなあ。そして「こんなに懸命に生きようとしていた」皇族の生の声にべっくらして、そのお嬢様の彬子女王殿下のご活躍にも注目してみた。

で、これがまたすごかった。

赤と青のガウン』彬子女王PHP研究所 (2015/1/17)

もうね、絶対真央ちゃんに送ろうと思いました。

まず政治的な話は出てきません。あくまでも「一人の学者として認められるために」イギリスに留学した若い女性の話です。

かつて父君が留学し、そして学位をもらわずに帰国なさり、はっきり言って遊びまくっていたイギリス、しかしてそこで知った人脈、ファッション、生活習慣、イギリスと、大陸の「生きる姿勢」をのちに縦横無尽に活かしまくって活躍をなさったヒゲの殿下、父君とのやりとりが随所に出てくる。

渡英前に留学経験のある現皇太子殿下ご夫妻にいろいろな話をうかがって、父君との食い違いを現地で「ああそうか」と納得する話。

父君から「実在の人物は本名をなるべく出すように」という指示があり、姓名の一部ではあるが名前を出してさまざまなエピソードを綴っている。

冒頭の、「何かあったら自分が全責任をとる」という意味のことをはっきりとおっしゃった「実は心底、応援してくれていたお父様」のこの男らしさ、かっこよさ。
彬子女王殿下におまえは留学するんだ、と言い続けて育てたのに、いざ本当にその指定どおりに留学して、修士ではなくその上の博士号取得を目指して懸命に努力なさっている彬子様に対してあまりにもな父君と宮内庁。

その悲しみと苦しみを一瞬でくるりとひっくり返してみせた「男親」の背中のたくましさ。

彬子女王殿下、実によく泣いています。
「そんなに苦労したなんて知らなかった」と後で言われてはっとした、と実際に書かれていますが、われわれからすると雲の上の人であり、なんでも皇族だからでスイスイと世の中渡っていけそうで、留学ですか、あらイイデスワネーくらいに簡単に考えていたふしがある。
でも、この中で語られる生身の等身大の「学業と暮らし」のなんと質素で綿密で、そして笑いに満ちていることか!

彬子女王殿下、ご自分でもお酒を買うときの年齢確認のお話を書いていらっしゃいますが、カラー写真を見る限り中学生です。高校生にすら見えない。コドモですコドモ!

すべての写真がニッコニコで、赤ちゃんみたいに明るくて爽やかでなんともいえない魅力的な笑顔です。

帰国後の和装のお写真などどれも高貴で素晴らしい淑女におなりあそばされていらっしゃいますが、正直、正直!このころの姫様は、外見だけを切り取ったら、ネットで言う喪女よりです。もてない女、もじょ寄りです。
だがしかし、この笑顔のきらきらぶりはただ事ではありません。

赤ちゃんです、赤ん坊の笑顔です。ザ・無垢!ザ・信頼!ザ・誠実!

こんな清らかで魅力的な笑顔で笑えるんだ!

衝撃です。

そして日本が誇るマジモンのプリンセスだというのに、彬子女王殿下、おかしいんです。可愛すぎ。

トラブルがあるたびに「日本でニュースになったらどうしよう」と心配なさる、のはいいのですが、頭の中でそのニュースの記事の見出しをいちいちお考え遊ばされるwwww
恐れ多くもかけまくも恐悦至極でございますが、可愛いすぎwwww

日本では銀行のATMを使ったこともなかったのに、皇族だからなんて特別扱いはなく、いきなり異国の空に放り出される。さまざまなミステイクと、正直、正直申し上げてドジをお踏みあそばされながらの経験値のアップぶりが好ましい。

絶対にいい人です、彬子女王殿下wwww

ああ、これ年頃のお嬢さんみんなに読ませてあげたいなあ。ひとりの女性が自分の夢に向かって懸命に生きるこの姿、まさかの現代日本でこんなに真摯に懸命に、そして父君の願いどおり「たくさんの友達がいる魅力的な女性」として頑張っていらっしゃる方の「報告」ですよ。

ギリシャ彫刻のような美麗な外見の先生にどぎまぎしたり、時間がなくて「特性皿うどん」を発明して召し上がったり、あちらでできた友人たちとのてんやわんやの学生生活、そして途方もない壁として立ちはだかるおっかない先生や親切な院生たち。

英語で500ページの論文を提出し、そして、ああ!この感動をぜひ若い女性に!そしてそんな年頃のお嬢さんを持つすべてのお母さんと、できればお父さんに!

かつて父君が出された『トモさんのえげれす留学』と同じ出版社からと望まれたものの断られ、PHPさんが出したという、こんなイイ本をなぜ断る。MOTTAINAI!

かつて「著者の意向を一切無視した死人商法」で、出せばトリプルミリオンセラー待ったなし!の本を出版直前に差し止められたポプラ社なんてのもありましたね_____クソが____忘れないぞ来世でも_____
小さい人向けに一年かけてインタビューに応じてくれていざ、というときにクソみてぇな欲をかいてそれを読む機会を子供たちから永遠に奪いやがったポプラ社_____それを今もっとも必要としていたのは、まさに日本の子供たちだっただろうに____

真央ちゃんに、と思ったのは同じくらい有名で、いや世界的な知名度は真央ちゃんのほうがおそらく上でしょう、でも同じようにがんじがらめの制約とマスコミによる監視、「組織」による制約の中で、「夢」に向かって懸命に生きているお姿が重なって見えたのです。

彬子女王殿下は、この本の中でお母さまのことは一切触れていらっしゃいません。「家庭の事情もあり」論文執筆のため疲れていたとたった一言、書かれている。それがそのままそうとは限るものではありませんが、ご両親双方の闘病と長い別居生活、独身の女性皇族としての今後のこと、同年代の海外で活躍する若者たち、さまざまなことを思われたと察します。

そして感謝を、たくさんの感謝を、たくさんの人に向けている。

このように特別な立場にありながら、「普通の生活感覚」を共存させ、「まともにちゃんと懸命に生きる」ことを選び取り、時に笑い、そして実によく泣き、でも人前では決して涙を見せないで、すべてに打ち勝ってこられた姿。

おかしかったエピソードがあります。
留学中に、イギリスのお湯では肌の脂分を取られてしまいお肌がどうもカサカサになる。入浴剤を入れたらいいかんじ。そこで日本に入浴剤を送ってほしいと頼んだら、ある日、日本から「桐箱」が重々しく届けられた。「何かしら?」とドキドキしながら開けてみたら入浴剤がみっしり詰まっていたそうです。
桐箱か!と笑いました。そしてちょっぴり涙が出ました。異国の地でひとり頑張るお嬢様のために、きちんと!確実に!丁寧に!これでどうぞリラックスなさってくださいまし!と一所懸命用意したんだろうなあ、と。

真央ちゃんのところにも、同じように懸命に応援するお手紙や声や「祈り」が届くのだろうなあ、と。


あるお宅の、ご一家の、お父さんと、お母さんと、お嬢さんの、それぞれの本。
お父さんはインタビューのまとめですが、ご本人の手になるものであるかのように仕上がっている。
もちろん、別な立場からすれば、そして一番の当事者である「ご家族」からしてみれば、いいや違う、と思うところもあるかもしれない。

それでもわたしは、このお三方の「声」を直接に聞いた気がしましたし、「皇族だって人間だ!」という新しい発見と、驚きがありました。

寛仁親王殿下のお言葉で、現皇太子に対して「問題があったのならなぜまわりに相談して解決しようとしなかったのか。ただ人格否定発言があったというだけでなく、解決に向けて具体的に何をしようという行動があってもよかったのではないか」というものがありました。

信子殿下のこともふまえて、現皇太子に長い長い手紙を書いて、会って話したい、と願われた。

このとき寛仁親王殿下は、現皇太子の手となり足となって、本気で働き、本気でお二人のために力になろうとなさっていたと思います。

「人格を否定されたなら、その場でなんてことを言うんだ!と叱って、それで終わり。それでいいのではないか」「殿下の代わりに自分がいくらでもその者を怒ったのに」と、はっきりとおっしゃっている。

問題解決のために何をするのか、できるのか。

もしこのとき、現東宮が「トモさん」を信じて何もかもを打ち明けて、「将来の天皇陛下」としてあるべき姿に立ち戻り、そこからすべての言動を積み重ねてくださっていたら、と思わずにはいられません。

トモさん自身は「モテるからしょうがない」と、かなり、「かなりな」ごようすだったフシもありますが、でも、こういうところで「人間の差」「人格的深み」「魅力というもの」が出てしまうなあと思います。

寛仁親王殿下は、雅子さんに対しても普通だよ、いついつこんなふうに言葉をかけていただいたよ、とかばう発言をなさっている。頭がおかしい売国妃だなんてただの一度も言っていない。

天皇を支える大切な伴侶として、幸せであってほしいという願いと祈りが、トモさんにはあったと思う。

だから、会わせまいとする向きも実際にあったのかもしれません。

現皇太子からは儀礼的な内容の短い返事がきただけだったと、落胆されていた。残念なことです。とても。

彬子女王殿下の祖父である三笠宮殿下は古代オリエント学の権威であり、トモさんに言わせると「世界でご本の指に入る」そうですが、五人もお子様をもうけていながら学問に専念されていた。

その孫の彬子女王殿下は女性皇族としては初の博士号取得者にして、外国からの取得は皇族初。

「学者として認められるために」努力してきた、という一文に泣きました。

そして、留学中に大英博物館から「ご先祖関係」の発見をなさいます。ボランティア・スタッフとして勤務中の快挙です。

法隆寺の、日本では昭和24(1949)年に焼失してしまった金色堂の壁画の模写を2種類発見します。

聖徳太子のみたまを慰めるために、その没後に建てられた法隆寺。太子がまっすぐに向かわれたはずの極楽のようす、御仏の素旗。
かつてアーネスト・サトウが1879年に法隆寺を訪れた際に日本人画家桜井香雲に模写させて、それを受けて当時の帝室博物館(現在の国立博物館)がもう一度模写をさせたと彬子女王殿下は書いています。
それが研究対象の蒐集家のウィリアム・アンダーソンに送られて、3m×2mはある薄紙に書かれた壁画の一部である「弥勒浄土図」と特定します。

さらには別の展示会で見たモノクロの法隆寺壁画の複製を見に行って、「二組作られ、もう一組は大英博物館に渡った」とあるのを知り、それを見事見つけ出します。
オリジナルで12幅(ふく)、フルセットの貴重なそれは「複製品だから」と作品番号もふられずに眠っていた。
こちらは昭和13(1938)年に京都の便利堂というところが金堂壁画の写真から制作した原寸大の複製とのこと。
日本では散逸しておりフルセットでは残っていない、実に貴重なもののようです。

先帝の三弟宮の孫である彬子女王殿下の快挙!

そして彬子女王殿下はさまざまな役職に就かれ、学業の道と、日本の伝統文化を「美」を根底に広げる各種の啓もう活動もなさっています。

「普通に、きちんと、しっかり生きる」ことをたぶん続けておいでだろう。

「特異で、過酷で、逃げようがない」お生まれでありながら。

「組み合わせ」ってあるなあ、たぶん「組み合わせ」ですべてが変わってしまうんだろうなあ、と思います。

たぶん誰も悪くはない。組み合わせの、その配置がちょっと掛け違うだけで、途方もない悲劇にも、途轍もない喜劇にも、なってしまう。

そしてたぶん彬子女王殿下はきっと、「きちんと生きる」ことを続けていらっしゃるだろうし、透明で綺麗で明るい笑顔で、「たくさんの友達がいる素敵な女性」としてまっすぐに「学者人生」を歩まれるのだろうなと思います。

「そんなことはない、極悪人だ!」というネタを握っている方はぜひ教えてください(笑)。ソースは明記でお願いします。




お三方の本の感想としては相当に底辺な内容だと思いますが、すみません。

なんともかんとも、思うところがありました。









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皇室、神道、信仰など | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/04/04 00:30

「るみ」さんからのコメント(聖徳太子を今、サゲたい人たちって・・・・!)



るみさん、コメントありがとうございます。

この記事にいただいたコメントですが、あらためて記事にさせていただきました。

追記あり「日本人ならありえない」「大変な非礼」を働こうとする文部科学省初等中等教育局教育課程課


紀子妃殿下と聖徳太子

うわー、と思いました。つながったなー、きれいに。

「日本語ではないトンチンカンな言葉」である「生前退位」とか「女性天皇」などを使って「変えなくていいものを暴力的に変えようとする者たち」とまったく同じ論調ですね。

これは大問題ですよ。

もし子供たちに対して国が行えるとしたら「聖徳太子がいかに立派な方だったか」とその業績こそをわかりやすく正確に伝えるべきで、その逆はないだろう。

しかも「今」、なぜよりによって「今」これをやる?という話です。

わたしは、思います、今上陛下の譲位をがさがさ言い始めたのは「愛子さんを即位させるためには、男系男子の正当な皇位継承権者」を全員ぬっ殺さないと今の憲法では順番がまわってこない、どう理屈をこねても「無理」なのだとやっと左翼が気づいたな、と。

だから今上に譲位したという前例を作らせて、現東宮が即位したら「先代がそうしたから」という理屈をごねてなんとか悪しき「前例」をさらに重ねるたくらみだろうと。

お恐れながらわたくしめは、今上には平成を終わらせる意図なしとみています。
逆に崩御をもって終焉を迎えるのでなければ「ダメ」だと考えます。
なぜなら「次」がまずすぎる。

前例を作らせてはいけません。

今上がおっしゃっていたことは
・公務はえりごのみはしない、だからこそもう老齢なのだから配分ペースはちっと考えてくださいよ
・公務は皇后と行った、皇后こそが我が最右翼の信頼すべき人間である
に集約されると思っています。

前例はダメです、陛下。変えてはならないものもあるのです。

明治維新は先代から用意された、真実国を思う知性と教養がある者たちが携わった。

たとえば国家の根幹をなす「平和」のために「明治」はすべての怨霊に対して慰撫追討を実施している。ちっと使える骨のあるやつぁいねえのかと探してみても軒並み「天皇に詫びられたらしょーがないっぺ!////」と満足している体たらく。舌打ちしか出ませんYO!!!MOTTAINAI!!! というくらいに用意周到に練られている。

そのわりに「外来の神様」としてずーーーーーーーーーーっと同等に扱ってきた、いや往時はすでに「日本の神」は軒並み「外国の神であるホトケになりたくてなりたくて震えるwwww」というような託宣をあちこちに乱発し仏道修行に邁進するような状態で、あえて神と仏を無理やりわけて二年ばかしで大崩壊とか「だから狂信者に任せるなとあれほど!!!」ということもあったりなかったりしますけど、このへん細かく話だすと百年分あるんでやめますがwwww、そもそも分ける必要もないくらい「いいものはいい!」で受け入れてきたわが日本においてですね、仏教伝来以来、最大の功労者である太子の値打ちをなにゆえ一気に下げるのか、とまともな説明が出ていないです。

で、これも含めて「どうしても変えるのであれば」「安倍さんがトップのうちに」「このさき二万年、日本が天皇を仰げるように」変えていかなければいけません。

愛子さんは即位はおろか

「まともな社会生活」を優先させるべき

「やがて一般人になる人」です。

これを変える必要はありません。



ということでみんな大好き「お上品爆弾」こと櫻井よしこさんのネット中継、ぜひ見ましょう。


・3月10日(金)21時~22時(インターネット生放送)
【言論テレビ・君の一歩が朝を変える!】
「なぜ教科書から聖徳太子を消すのだ!文科省に潜む教育をねじ曲げる構図をあばく」
http://www.genron.tv/ch/sakura-live/


櫻井さんなんてNHKの夜8時とか9時にレギュラー番組持っていたっておかしくない人なのになあ。
見たいよね、お上品に悪をなぎ倒していく姿。

こういう人が表に出られない「反日マスメディアの構造」もおかしいしさ。



3月15日までです。国民の皆さん!思いの丈をぶつけましょうぞ!

http://www.mext.go.jp/b_menu/public/main_b13.htm

このページでエラーが出ても無視して
 [意見募集案内]をクリックして、検索欄に「185000878」と入れる。

案件番号185000878
「学校教育法施行規則の一部を改正する省令。幼稚園教育要領。小学校学習指導要領。中学校学習指導要領。

「反対です」でも反対にカウントされますよ。
「なんで今変えるのか必要性を感じません」でいいんです。

意見を募集しているんだから出して当たり前っすよ。


黙っていたら敵対者はあなたを賛成にカウントします。

なんですか、全然集まっていないみたいです。

でもね、これが、これこそが「文化侵略」なんですよ。

おかしいことにはおかしいと言っていかないと、
それで通されてしまうんですよ。

面倒だけど、一個ずつ嘘を訂正していかなくちゃ。



紀子様の御先祖が安らうお墓がある太子ゆかりの四天王寺。

紀子様は真実、皇室に入るべきして入られた方だったのだなあとあらためて思います。
弟宮様の嫁選びの見事さよ。でかしたあっぱれと思わずにはいられません。

紀子様は国母と呼ぶにふさわしい女性ですから。

けれども最初から完成されていたわけではないはずです。一歩一歩、言い知れぬ苦労を経て今の輝きと品位とを備えるに至ったお方でしょう。紀子様は最初から優れている方でしたが、人の身のなしうる限り最上等の品位と志とをお持ちと見ます。

日本は日本人のもの、日本と日本人を大切にできる人のものです。

好き勝手させてたまるかい。


と、私は思うのでメールしました。

君らはどないだ?




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皇室、神道、信仰など | コメント(15) | トラックバック(0) | 2017/03/08 01:36

「ガッテンシー」かカーテシーか



欧米ガーとおっしゃるわりに欧米流の外交プロトコルが何ひとつ身に備わっていない人が、あっしゃぁ皇太子妃でさぁフンダララーとしゃしゃった結果が「お察しください」なわけですね。

どすこいおばさん

恐ろしいwwww
どなたかが「お察しください!」と歯をくいしばりながら並べたと思しき画像です。つらかっただろうなあ。
コレが皇室にいるんだもんなあ。

小和田雅子氏の特徴のひとつとして、笑顔のときに目をかっぴろげるというものがある。ふつうは笑顔のときって目が細くなりますよ。心から笑っているかどうか見分ける際に、目元にシワが寄るかどうかでチェックするというボディランゲージの特性もある。
小和田雅子氏の笑顔って「恫喝」なんですよね。歯をむきだして目を見開いて「これでもか」とねじこんでくる。
笑顔ではないですね。

恐ろしいwwww


で、この画像。
ぜひ足元にご注目願います。
これ、何がいけないって相手の貴人の足元を乱させていることなんです。
カーテシーの意味がわかっていないので、相手の腕によりすがって思い切り自分の体重をかけてぐらつかせている。
「困惑」を絵に描いたような相手の姿。ぐらつく足元。最悪です。

女性だから射殺されていないですけど、男性だったらタックルかましてすっころばそうとしたととられても仕方のないふるまいです。
女性で「ごビョーキ」ってのが知れ渡っているからぬっころされていないですけど、姐さんがSPでついていたら七歩くらい前に踏み出しますね。もちろん小和田雅子氏を取り押さえるためにです。スーツの内側にすっと右手を入れるかもしれん。

貴人の身の安全のためにですよ。だってこれ完全にイッちゃってる人だもん。

見た目白人の貴賓とだけ接触しようとするえりごのみや、「なっていないおふるまい」を余すところなく披露し続けて、1993年(平成5年)からですからもう二十四年もたちました。
今年はとりどしの平成二十九年です。とりにくと覚えよう。

二十四年間、いったい何をしていたのだろうね。

ガッテンシーをドヤ顔で人前で披露してしまうことそのものが「何らかの告発」になっていると思います。


なんでしたっけ、「まこさまにさをつけられたまさこさま」、でしたっけ。

恐ろしいwwwww




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皇室、神道、信仰など | コメント(3) | トラックバック(0) | 2017/01/26 19:05

御製 平成二十七年 五首より 補足



2017/04/05 資料を追加

『践祚大嘗祭 研究編 資料編』が入手できたので「鍬を用いて」の根拠たりうる箇所を画像で掲載しました。

今上がご存じないはずがない。すでに登極あそばされておいでですから。
さらに三笠宮崇仁親王殿下がかかわっている書物です、目を通しておいででしょう。

資料--3
資料--1
資料--2


御製 平成二十七年 五首より 「父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う」の補足です。

一度上記記事をご覧いただいた皆さんも補足がありますのでぜひこの記事にも目を通しておいてください。前回は聖武の話がインサートされていてわかりにくかったと思います。「仏教」にはいろいろと思うところがありましてつい私情に走りました。


平成二十七年の御製 五首より

第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


まず、それまでに詠んだ歌の中から五首を選び、さらにトップにもってきたということで、決め打ちで「これが一番言いたいこと」であるのは確実です。であるからには日本語のスペシャリストであり、世界で一番皇室に、天皇位に、お詳しい方からのメッセージとして(何しろご本人が天皇陛下ですからね)フラットに読み解いていこうじゃないかというのがこの記事の目的です。

おうたの、最初から見ていきましょう。

・「父君の」

今上の父君は昭和帝です。皆さんとっくにお忘れかもしれないですが激動の時代にあってかつては「神」として生まれ、「神」として育てられたお方です。現人神(あらひとがみ)という言い回しがあるように、生きて実在する肉体を持った神だった。
そういう人の、読み手は長男ですよ、という「歴史的意識」の中から歌がはじまる。

・「蒔(ま)かれし木」

樹木は、生物学で用いられる系統図解に代表されるように系統樹によく摸されます。この年末年始に正月飾りとして「橙(だいだい)」を飾られたお宅も多かったのではないでしょうか。橙は代々に通じて先祖から子孫に順送りで命のリレーをつないでいく吉祥縁起物であり、丸い形状と輝く黄色から太陽を模しているともいわれます。

もともとわたしたちは、ある時期に稲のことを「とし」と読み、大みそかは「大歳(おおどし)の夜」などと申しまして、春の作付、田植えから夏を経過し、秋の実りの季節を超えて長い冬を迎えるために、つまりは稲作行事を基準に一年を暮らしていたものです。
もちろん海山での狩猟、漁撈がメインだったり、林業や工業、商業にかかわる家の人は別なサイクルがあったでしょう。けれども稲作に限定せずに「穀物全般」の一年の生育史に基づくときに「自然と」四季の大きなイベントは定まってくるものです。
とにかく日々口にする食べ物ですからものすごく大事なことです。

縄文後期には稲のことを「いね」と呼んでいたようなので、名称変化に伴って年齢のトシをはかる目安として稲がトシと並行して呼ばれていたのかもしれません。
穀物全般を代表して稲神様にまとめてお祭りを行った。
それは大嘗祭、新嘗祭(旧暦十一月)、祈年祭(としごいのまつり、旧暦二月)、鎮花祭(はなしずめのまつり、旧暦三月)、神衣祭(かんみそのまつり、旧暦春秋)、神嘗祭(かんなめさい、旧暦十月)などなどの今も残っている各種行事が物証です。
祭り事は政り事だった。

国が規定した法律で何月にどこの神様をどこで祀れ、と決められていた時代が長かった。やまとことばでは宮中をおほやけとよむように、国の目が届くところでは法律に基づいて神様を祀らなければならなかった。
その空隙を埋めるようにヤマト朝廷の支配の及ばぬ土地の祭りも続けられた。ヤマトから遠いところほど古い様式が残っている。

一年草の稲とは違い、樹木は年を何年も超越します。だから家全体の家系図や生命のリレーのシンボルとして世界中で用いられる。

神は上からくる、という概念をどなたもなんとなくお持ちだと思います。セミナーで「天はどこから始まりますか」と質問すると皆さんなんとなく自分の頭よりはずっと上、雲の上とか山の上から始まりますとお答えになる。

しかり、神は上にいて呼べば答える、呼べば応じるものが神だった。その神を地上に降ろすための「場所」として、木の枝を立てて目印にする。今の神道で使うお榊がまさにそれです。
神道的建築様式で屋根にクロスしたり出っ張った「千木(ちぎ)」を用いるのは「神様ここですよ」というヘリポートの目印のような意味を持つ。

文化人類学でいう宇宙樹、世界樹です。その幹を枝を伝って異郷、異世界、別世界から神的なものが往還する。あるいは宿る。ひいてはその樹木そのものを尊いものととらえるようになる。

だからここでいう「木」は家の図、である。

また「き」という音に注目すると、日本史で「き」といえば日本初の正史であるところの『古事記』と『日本書紀』のことをさします。あまりにもビッグなので『記』、『紀』と省略しても誰でもわかるくらいに、「きき」といえばこの二種類のことを言います。
これが何かといえば、歌の詠み手=今上ののファミリーヒストリーそのものですね。

ダブルトリプルで「我が家の正史」をさしています。


・「父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用いて」

樹木にたとえられた男系男子である父君、昭和天皇から男系男子の天皇である自分がつないできた天皇位、それは金へんに「秋」がつないでいくのだと。

鍬(すき)の持つ意味の重さです。秋が好きだと言っている。秋篠宮がつなぐんだよ、とおっしゃっている。
当然ですね。驚くことは何もない。だって現東宮は男子を持たないのだから。

現東宮家は、絶えます。皇族の男子がいないから。

男系男子の皇族がいる弟宮のほうに、秋篠宮家に皇統は移る。決め打ちでそのまんま、その通りです。

そしてさらにわたしたちは「鍬=すき」の音にも注目しなければなりません。

登極(とうきょく)=即位する際に必要なセレモニーのひとつとして、宮中内に悠紀殿(ゆきでん)、主基殿(すきでん)を設けここを用いる決まりです。

秋篠宮家には悠と紀は「もうある」。その名がついた紀子さまとともに悠仁様をもうけられている。
そして即位にあたって必要なもうひとつの主基(すき)殿の音を読み込んでいらっしゃる。

さすが日本語のスペシャリストであらせられます。

大嘗祭に関する参考資料として必須のものとしてあげられている中の「大嘗會之図(写本、三巻一冊)から。
これは貞亨四年東山天皇の大嘗祭における調度施設神饌などを図示したものとのこと。
ちなみに東山天皇は霊元天皇(上皇)の次、ですね。
このことの意味もわかる人にはわかるのですが。。。
資料--2



・用ひて

用いる、にはそれを使って役に立たせる、という意味以外に「尊び信頼する」という意味があり、本来はこちらが先にあったのです。なぜなら用いるとは「持ち率いる」からきた言葉で「持ち率いる」からワ行上一段に活用し、後に「もちゆ」とヤ行上二段にも活用するようになったから。なるほどわからんwwでもこのように辞書に書いてございます。
持ち率いる→もちゆ→もちひる→もちいる、ですわね。

使って、「ではない」のは本来性の「尊び信頼する」を優先なさったのでありましょう。

天皇位の尊さを骨身にしみて感じているから、だから後の天皇に対しても「尊び信頼」を寄せている。この姿勢です。尊いです。
天皇誕生日・新年の一般参賀で「天皇陛下のお言葉です」のアナウンスとともに、さっと陛下に体の向きをかえ、頭を垂れて傾聴・謹聴の姿勢を示したのは秋篠宮様、同妃殿下、眞子内親王殿下、佳子内親王殿下であらせられました。
現東宮・同妃殿下はニラニラ薄笑いをしながら微動だにしなかったですよ。
「これ」が重大な問題でなくして何が問題なのだろう。と感じましたよ。
現在ただいまの天皇陛下に敬意を形で示せない・示そうとしない・示すことができない者などろくなものではありません。まして現東宮は(今の人間のルールに従うならば)次の天皇の予定ではありませんか。ええ加減にせーよと言われても反論の余地はございません。

だから男子が生まれなかったのだろうなあ、日本の神様すごいなあ、と思いますけどね。

き=紀=紀子様より生まれし、男系男子。


・くろまつを植う

陛下は「くろまつ」と漢字をひらいて=ひらがなにしておいでです。
ここも「さすがだ」とわれわれは感服するべきところです。

くろまつをしっかりと大地に根付かせる。ここで絶えさせない。つないでいく。

普段使っているこの漢字は、もともとは「外国語」でした。遠く今は滅びたかつての先進国、超文明大国「だった」中国で開発された「神と交流するためのツール」が感じです。
紀元前三千年~二千年にかたまった、甲骨文、金文といわれる古いカタチをわたしたち日本人はそのまま国語として、日常当たり前に使っている。これもものすごいことなんですよ。
漢字は難しくありません。難しいと思うのは教える側に問題がある。漢字ほど合理的かつ明快に構成されているツールはありません。
教える側がわかっていないから、教わる側も「はて?解せぬ」になるだけです。
だってもともと神と交流するために作られたモノなんですから、明快至極で「なければならない」。
「神よ、河の神よ、さっき出ていた虹はどういうことですか。いいのわるいのどっちなの」と問いかけて、出てきた答えを万人が納得するカタチで示さなければいけません。
わかりやすくなければ残らないのです。

エジプトで同じように神との交流ツールとして一定の基準に達した神聖文字(ヒエログリフ)から、ヒエラティック(神商文字)、デモクリフ(民衆文字)というふうに簡略化されていったのはわかりやすさを求めてのことでしょう。神様と交流する神官たちが使っていた文字を、神殿に出入りする商人にわかるように簡便化し、それが一般人のレベルにおちて伝わっていって定着した。

ところが漢字は最初からめちゃくちゃわかりやすかった。驚くべきことに、現代のわれわれが見てもぱっと「読める・わかる」文字だらけです。最初からクールだった。すごいんです。

日本ではまるで帝政ロシア時代末期の宮中で外国語であるフランス語で会話するのが洗練の極みでカッコいい、とやっていたかのごとく、政治の中心では長らく「外国語」である漢語が用いられていましたよね。公用語が外国語。みんな漢文で筆記していた。だからおそらく執務者は外国人かもと外国人=帰化人を使って『古事記』も『日本書紀』も書かせていたと思いますね。

そして日本人さんサイドのチェックの甘さから神の名の相違や人間関係の食い違いや、中臣氏のように「自分の先祖を割り込ませちゃえ!」とかいろいろアレなことがあったんだと思います。でなかったら古今の学者先生を大いに沸かせる「食い違い」はないはずです。

で、そんな外国語ですら返り点やら一二点やらで「そのまま読める」技を編み出すのが日本人クオリティー。さらには「音」と一対一対応の「ひらがな」「カタカナ」すら作り出した。

この国をあげての「職人」ぶり、さすがの日本人気質だなあと。技術立国の基礎の基礎、「ことば」「国語」のすさまじいシェアっぷり。

で、もともとの日本語という意味で使うとしての「やまとことば」には相当する漢字はありませんでしたから、音をたどってそのままひらがな・カタカナ(あるいはアルファベットでもいいですが)で書くのが自然なことなんです。

陛下はここで「くろまつ」とわざわざ開いて書いている。

黒松は、赤松に対しての意味で「男松・オスの松」です。だから男性を意味します。

また松は日本の自然観の中で最高位に属する植物です。他にも桐や梅や桜や竹や、素晴らしいものは多数ありますが、霊的な尊さの象徴として使われるのはもっぱら松です。
舞台にかかったお能をご覧になったことがある方は、舞台に松の木を描いた背景や、あるいは屏風立てで松の絵が必ず用意されていることにお気づきだろうと思います。

あれはお能の演目に多い「幽世(かくりよ)」と「現世(うつしよ)」との境であるとともに、実際にあの世、異世界、異郷から聖なるもの・心霊・神霊的なものが現れるときの目印です。
またそれがあることでその場が清められた、ということでもある。

まさに世界樹そのものです。

その、「おまつ」である男松・雄松、すなわち正当な皇統を継ぐべき男系男子を植えていく。

さらには音でとるならば「くろまつ」=「苦労待つ」で天皇位に就くということは途方もないことなんだよ、と「自分以後」の未来の天皇に対して心構えをうながしている。

覚悟がいるぞと。苦労しかないぞと。

けれどもそれが「神への道」だぞと。

外国語の漢字ではなくて日本固有の記号であるひらがなで、あえて語りかけている。

誰に?

日本語のわかる日本人にですよ。
皆さん全員にですよ



神の象徴そのものである「くろまつ」を、天皇位を、神であった父君から受け継がれてきた男系男子の皇統でしっかりとつないでいく。自分を通して次の世代に。

つまり陛下は、ご自分の意思として「秋篠宮家につないだ」のだ、と宣言されておいでです。

どうでしょうか、ここまでで何か矛盾がありますか?

無知な一般人ですので何か誤りがあるかもしれません。
まあ秋の田の、らへんは年代別に根拠をあげていちいち説明すべき異論の多い箇所ですが、そもそも践祚大嘗祭を特別視したのはそんなに古いことではありません。新嘗祭が最初にあって、それはやはり秋の実りを祝うためのものだった。だから「毎年ある」わけです。

このあたり穀物霊・穀物神と太陽の運行との関係で掘り下げるととびきり面白い箇所ですが、ヤマト朝廷とのごにょごにょが芋づる式に出てくるので詳しいことは別項としたいと思います。

陛下がこれほどわかりやすく宣言なさっていることを、なぜ見落としてしまうのだろう。

やはりコトバがわからない外国人だけが皇室に、天皇に、イチャモンをつけているだけだろうと感じます。その外国人にのせられた「利権」がらみの日本人には「天皇位にさからうと天皇その人でさえ滅びるからヤメロ」と申し上げておきたいです。

そういうものなんです。

陛下のお歌、御製(ぎょせい)について何度も書くのはこれが「陛下のお心そのもの」を直接知ることができる数少ない「物証」のひとつだからです。
この歌も掘り下げればもっとずっと「意味」があるはずです。

記紀は、われわれのご先祖たちがワーキャー言いながら(言ったのかwww)一所懸命にまとめた「政治抗争史」であり「神と神とのぶつかりあい」であり「生き残り戦略ガチ攻略、実践編」であり「大スキャンダルと大スクープと大ゴシップの賢覧豪華な一大叙事詩」であります。

できれば原本に直接あたったことがある、関西方面のおっさんたち、古い時代の論文、論考からご覧になるといいと思います。なぜならわたしたちの世代の学者先生は彼らについて学んできたから。当代の学者先生方がみな自分の根拠に用いている所説を構築した世代だからです。

こうしてネットに残しておけば、誰かは読むだろう。わたしはいつも「四年後の俺たち」のためにも話を続けていきたいのです。

天皇の御稜津(みいつ)によりてボーイミーツガール、万民繁栄、治国平天下、なんぞというクッソたわけたダジャレをかましつつね。
日本の歴史、信仰史・宗教史はダジャレとエロジョークでできている。それが生命力を最大に活性化させるテクニック。
論理階梯を軽やかにスキップし、音の世界を逍遥する。

音がすべての根幹で、人間が出す音が声、意味のある声がコトバ。言葉を使ってわたしたちは神とも人とも交流する。

皇室と一般在家との違いは「自覚のあるなし」だけだと思う。二千年以上続いた家の伝統と格式、「その家」に対する敬意と矜持。違いは実にそこだけです。
皆さんもどうぞ遠慮なく皇室レベルの心持で日々を送り命をつないでいただきたいものです。

わたしたち自身もご先祖が、ただの一度も絶やすことなく命をつないでくれたのです。神の子というのなら全員が、万人が神の子です。
「自覚」だけです。本当に。


では皆さん、日本の神の直系子孫からのお言葉です。
これが御聖断であろうと思います。



父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う






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皇室、神道、信仰など | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/15 13:58

現役宮司が日本会議を批判 全体主義のこわさに警戒を




現役宮司が日本会議を批判 全体主義のこわさに警戒を
2017年1月12日 7時0分
http://news.livedoor.com/article/detail/12530083/

2016年の新語・流行語大賞は「神ってる」。“聖地巡礼”“パワースポット”がにぎわいを見せ、神様が身近にあふれる。3・11から6年、一人ひとりがそれぞれの形で宗教と向き合う時代。日本の宗教にいま、何が起きているのか。AERA 1月16日号では「宗教と日本人」を大特集。清洲山王宮日吉神社宮司の三輪隆裕氏に、伝統ある神社界が生む全体主義の怖さについて語っていただいた。

*  *  *

まず申し上げたいのは、神社本庁の包括下にある神社で、政治活動に積極的にかかわっている神職は、全体の1%ほどしかいないということです。

ほかは、神社本庁が改憲署名用紙を置いてほしいと言うから署名簿を置く。選挙で誰かを応援してほしいと言うから応援する。何となくやっているだけです。

それはなぜか。神職になるには神道学科のある皇学館大学や国学院大学、または地方の神職専門学校で学び、神宮や有力神社で研修をするのが一般的です。このとき、上の方針に絶対逆らうなと徹底して教育されます。上の方針を批判したり、変更したりすることは一切してはならない。神社本庁が考える「伝統」のみが理想であるということ。機関紙の「神社新報」をはじめ、さまざまなルートでそうした「伝統」を刷り込まれるのです。いまの神社界にいる限り、そうした全体主義から抜けることはできないでしょう。

神社本庁は、明治政府がつくった「国体」を日本の「伝統」と思い込み、天皇を頂点とした家族主義的国家の実現を目指しています。

本来、多神教である神道には、一つの価値観や規律で国民を縛るという発想はありません。神道の伝統をはき違えています。

これも理由があります。戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の「神道指令」で国家神道が解体されて、神社界は生き残るために宗教法人・神社本庁になりました。当時のリーダーたちは、明治時代に神職に就いた人々だったので、「国家神道」こそが神道の伝統だと勘違いしてしまったのです。

その時代から、2代、3代と代替わりをして、ゴリゴリの皇国史観を持つ神職はほとんどいなくなった。考え方がリベラルな宮司もいますが、神社本庁の主導する「伝統」にはあらがえない。その「伝統」を外側からプッシュして先鋭化させているのが、民主主義を敵とする、日本会議の思想の核をつくっている人たちです。日本会議は神社本庁の「伝統」と1%の「真性右派」をうまく利用することで、動員力と資金源を手にしました。全国に8万もの拠点を持つ神社本庁を取り込むことで、小さな組織を大きくみせることに成功したのです。

神社本庁の政治組織である「神道政治連盟」の政策委員の顔ぶれも、神職主体から、日本会議周辺の思想家中心に変わりました。その影響力が強くなっている証左でしょう。

いつの時代も人々が従順であれば、一部の人間の意思でいつの間にか極端な社会になるのが、全体主義の怖さです。気をつけねばなりません。

(構成/編集部・作田裕史)

※AERA 2017年1月16日号



> 本来、多神教である神道には、一つの価値観や規律で国民を縛るという発想はありません。神道の伝統をはき違えています。

ここ大事。ここ大事です。

お相手の神様がこれほど多種類多数おいでなのですから、相手の神々に応じた祀り方、祭り方、付き合い方を持っていた。わたしたちの祖先は「相手の状態を変えずに」お互いに適正距離を保って共存共栄していく方法を知っていた。

神は神で、人は人で、それぞれに守るべきルールを守り「一緒に」さきわうように暮らしてきた。

何かを縛るものは善ではない。「こう思え」と感じることは正しくない。

明治政府が暴力的に徹底しようとし、そしてわずか二、三年で壊滅した「国家神道」の「正しくなさ」をわたしたちは知らなさすぎる。

信じる神が違うものをどうやって統一できるというのだろう。それぞれがそれぞれの神を大切にすることで結果として全員が平和で静かで幸せである世界をかつての日本は持っていた。

日本を取り戻すということは、わたしたちが当たり前のように前提にしているさまざまなことを「本当にそうなのか」と洗いなおすことから始まります。
日々の習慣、考え方、思い癖、思考の傾向、「これは本当にオリジナルなんだろうか、自分の魂から出てきたものなのだろうか」と問い直すこと。

そこから道は開けます。

「開く」という文字の中にあるカタチに注目してください。
門を開けると、神の国の入り口があるのです。
開けば、入れる。

閉ざすこと、区分すること、レッテルを貼ること、それは神の道からはほど遠い。

神の世界にはないものです。それらを強制するものは善ではない。ひとつの目安にできる「その人、団体、社会の判断材料」ですね。




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皇室、神道、信仰など | コメント(8) | トラックバック(0) | 2017/01/12 13:31

御製 平成二十七年 五首より 「父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う」



天皇陛下がお詠みになった歌を御製といいます。
平成二十七年の御製、五首のうちひとつを取り上げます。

宮内庁ホームページ>天皇皇后両陛下のお歌

該当リンク先

第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


着袴

着袴 (2)


その前に、「女性天皇」などという自家撞着もはなはだしい誤った日本語が吹聴されているようですが、このような矛盾したコトバを使って声高に何事かを主張するのはみな「外国人」ではないかと思います。
なぜなら「日本人なら間違いようがない不思議なコトバ遣い」をしているからです。

「天皇」は「てんのう」と今の人たちは口にしますがもとは「皇」だけで「すめら(すべら)」といいました。
「天皇」は「すめらぎ」とよみます。ほかに「すめらき」「すべらき」ともいいますが注目していただきたいのは語尾が「き」であるということです。
これは「翁のき」といえばわかりやすいと思いますが「男性」をさしています。
イザナキ、イザナミという男女双性神がわかりやすいのですが、イザナキのキは翁=男性のキ、イザナミのミは嫗=女性のミ、ととらえると一目瞭然とかと思います。
漢字の意味はじいさんとばあさん、というほどになり、ミは女からきている等所説ありますが、男性は「キ」、女性は「ミ」となっているのは決め打ちです。

「天皇」で「すめらみこと」とよむ際の「みこと」の「ミ」は女性という意味ではなく、「ミコト」でひとつの尊称です。

『日本書紀』では厳密な区別がなされていて、大和朝廷=天皇サイドにとって重要な「かみ」は「尊(みこと)」と筆記し、これは皇位継承権者と皇太子の尊称、「命(みこと)」は大和朝廷に近いもの、いうならば中央的なものに一般に使い、最後に大和朝廷の成立に拮抗するもの、また地方にある遠いものは「神」となります。紀でいう神は、徳川でいう外様のような扱いです。

その「尊(みこと)」のミです。

天皇の尊称語である「すめらみこと・すべらみこと」は「すべらぎ」「すめらき」「すめろぎ」と男性であることが決め打ちです。

「女性天皇という矛盾」が生まれる時代、その「前後」はたいていややこしいことになっています。
「本来性がない」からです。

用語として、言い方として女性天皇と用いる場合でも「矛盾しているのだ」ということが前提で見ていくべきなのです。

どうも「おかしな主張」をする向きがあって理解に苦しみます。
これほどの長きにわたって粛々と存続してきたシステムをなぜ外国人が難癖をつけてよこすのか。
それによって誰が得をするというのか。

日本弱体化、骨抜きのために「屋台骨」である「すめらぎ」に手をかけようという愚かな行為はやめていただきたいものです。

御製をわたしはこう読みます。



該当リンク先

第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


現在即位なさっている天皇陛下を今上(きんじょう・きんしょう)といいます。それが召し上がるふりかけを錦松梅といいます、というのは嘘ですが(ここでズッコケてください)、今上は「男系男子で皇統をつなぐ、皇位は秋篠宮がつないでいく」と宣言なさっているようにお見受けします。

まず「父君」は当然昭和天皇です。男系男子の、今上陛下の御尊父です。

その父君がかつて大地に植え付けられた「スギ」で作った「鍬(スキ)」を用いる。

御製

宮内庁による当たり障りのない、いや失礼、穏当な解説とともに味わうとより深みがましますが、ここでわれわれが注目しなければならないのは「杉」と「鍬」です。

まず「鍬」は金へんに「秋」と書きます。秋は弟宮様の号になります。秋が好きだ、好ましい、とおっしゃっている。

昭和天皇が植樹された「杉」によって、自分、秋篠宮、とつないでいく。

さらに「スギ」→「スキ」という音(おと)によってわれわれは、即位の際に必須である「主基(スキ)殿」と「主基(スキ)田」を思うはずです。
古来、次代の天皇陛下が即位なさるにあたっては毎年恒例の新嘗祭の中で儀式を執り行いましたが、即位の際に(践祚せんそ、といいます)大嘗祭と別記して「践祚大嘗祭」を一世、一度行うようになりました。」
その行事に使う「稲」を特に定めて「悠紀(ユキ)田」、「主基(スキ)田」と二か所の土地で耕作させて、宮中に設けた「悠紀(ユキ)殿」、「主基(スキ)殿」という建物にて使います。
田と殿でデンという音がここでも通じる。
また霊的なテクニックのひとつとして「名前が同じものは同じモノである」と見ていく手法がありますが、宮中から外のある地域をゆきでん、なり、すきでん、と名付けることで、それは宮中に用意された即位に必要な建物と「イコールである」と見る、すなわち「コントロールできる」ということにして世界観を組み立てる。

これを見立てとわれわれはいいます。名前が同じならイコールである。機能が同じならイコールである。見た目が同じならイコールである。実際にそうかどうかではなくて、そのように解釈していく、という話です。

わかりやすい例が全国にある富士講です。これは実際の霊峰富士、あの大きな美しい富士山に登山したいけれどもなかなか赴くことができない場合や、何度も繰り返して登山したいが大変だ、というようなときに富士山のような塚を作ってそれをたとえば「赤坂富士」とか「番町富士」と名付けることで本物とイコールであるとして、それに登るという信仰形態です。
先達とよばれる頼れる先輩、熟練者に率いられて本当の富士登山を行うことができれば一番なのですが、そうしょっちゅう山にばかり登っていることも難しい。横丁にこさえた塚をめぐり、聖なる経験をおのが胸中で行うというやりかたです。

日本祖語とよばれる全国各地で「同じ音で呼ぶ名称」、つまり口(くち)とか手(て)とか足(あし)というような「音」が最初にわたしたちの中にあって、あとからやってきた「外国語」である漢字にそれらをあてはめて共通のツールにしていった。
だからひとつの漢字とひとつの音が一対一の対応ではない。
日、という文字ひとつとってみても、ひ、にち、か、け、じつ、が、などバリエーションはいくつもある。
「天皇」という二文字ですらよみかたは一種類ではありません。

だから、われわれはもっと「音」に着目すべきなのです。「音」が最初にあったのです。
人間が出す音を声といい、意味のある声がコトバなのです。

明治以降の悠紀・主基の一覧が「大嘗祭」のところにありました。
ここがかつて即位に用いられたAだからAとして「大和朝廷」支配下、管轄下にありますよ、と示された土地になります。即位後に災害に見舞われていないか、トラブルがなかったか、あるいはいいことがあったかどうか、近隣の方はぜひチェックなさってみてください。
宮中で即位にあたり必要なモノと同じ音をかつて使われ、「ここはヤマトの直轄地である、領土である」と宣言された土地だからです。
Wikipedia 大嘗祭


今上陛下が御製第一首としてお出しになったということは「この一首」がもっとも重要な意味を持ちます。

即位に必要な主基(スキ)殿と同じ音である鍬、弟宮をさす「秋」が含まれる「金」の文字、植えるのは杉(スギ)。

過ぎていく時を目に見える形で示してくれる植物の形、それは代々に伝わり、流れ、生い茂る男系男性天皇のことをさしている。

「くろまつ」とあえて平仮名にひらいて筆記なさったのはここで目を止めてくれよということではないかと思います。
漢字にすれば黒松で、赤松との対比から「雄松」すなわち男松であろうということがわかります。

秋篠宮殿下は自らの親王殿下に「悠仁」と名前を与えておいでです。

即位に必要な「悠紀」を分ければ、妃殿下と親王殿下そのものになります。

また、今上陛下の第一皇女である清子様の号は「紀宮(のりのみや)」殿下となり、紀が降嫁により皇族を脱せられても妃殿下が紀をつなぐ。

ちなみに今上とともに歩まれる皇后陛下のお名前美智子様とおなじ、昭和天皇の号は迪宮(みちのみや)様で恐悦至極に存じまするが、同じみっちーであらせられます。

余談ですが皆さまもうご存知のコトバ遊び、
かわしまきこ
おわだまさこ
これを上段、下段、じぐざぐによんでも同人の名前になっているというのも有名ですね。

音(おと)でとっていく世界こそが古くからの「日本語」の世界、「日本」の世界なのですから、こうした「不思議な符号」が身辺にあり、それらを使って「言いたいこと、伝えたいこと」を万人に明らかにするのが皇室のやりかたです。

そもそもの「日本人の手法」です。コトバに思いをかける。思いを託す。読み取れないのは読む側の未熟さ、無教養、無知もある。
わたしは無知で無教養で愚かです。
だから知っておきたいし、だからこそ自分で読み取れることは読み取りたい。

陛下はこれだけわかりやすくおっしゃっているではないか。とわたしは思うのです。

日本のすべての精神史、歴史というのは「だじゃれとエロジョークでできている」とわたしは見ています。

該当リンク先

第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


松は、植物の中でも高位に位置されるもので、日本の植物の中では霊的に最高位といってもいいのではないかと思います。
お能をご覧になった方は舞台中央に「松」の絵が描かれているのを思い出していただけるかと存じますが、松は文化人類学でいう「世界樹、宇宙樹」ということで、この大木、大樹を伝って神が上から降りてくる、あるいは地上に生きる人間たちが異界、別世界、地続きの別な世に往還できることを意味します。
神がかかることから松が神そのものととられることもある。
神道でいう神籬(ひもろぎ)、御神体と思ってもいい。

つまりここで使われている「くろまつ」は男系男子の皇統そのものということです。日本でもっとも尊いのは天皇であるわけですから、植物の中で最高位の松を使ってたとえている。

文中で「彼女は際立って美しい」とかくよりも、「彼女は際立ってうつくしい」とかなに開いたほうがキャッチーな場合もある。

陛下は皇統を示すことばにあえて「外国語である漢字」を使わずに、日本語の音と一対一に対応させてわれわれのご先祖が作り出した「ひらがな」で筆記なさっている。

日本固有の、日本オリジナルの、日本人の男系男子だよ、それは秋篠宮がつないでいくよ、と示している。

現在の人間のルールに従うならば、(その日の能う限り最大に遠からんことを!)今上が崩御あそばされてのち、一度は現東宮が即位することにはなる。
ただし親王を持つことを神によって許されなかった現東宮家は一代で絶える。

そして皇統は秋篠宮殿下、悠仁殿下と続いていく。
四十年と九ヵ月振りに生まれた皇統男子、日本の誇る正当な皇孫につながっていく。

ガイジンがごたごた文句をつけだしたら「うるさい、黙れ!」と一刀両断でいいと思うのですよね。
しかしどうやらそうもいかないようなので万人にご納得いただけるよう、こうしたごく基礎的な解釈でご理解いただくのもひとつの手です。

植樹祭、という場で詠むから意味がある。

木を植える、紀=歴史を育てる、気をつなぐ、という「音」で読んでいくならば、だからこその巻頭一首かと存じます。

何か矛盾や間違いがありましたらぜひ御教示ください。浅学非才な身であるがゆえに挙証該博論断明快な皆さんからのご指摘をお待ちしております。よろぴくだよ~☆

そして錦松梅さん、とばっちりすみませんwwwwあれウマイんだよな。

この記事の前に検索したらチーム公正の国会議員、山田宏さんがこの御製に関心なさっているfacebookが出てきてワロタの。目のつけどころは違うけれども、ビバ!俺たちの天皇陛下!!!というところでは熱く固く一緒です。

山田宏さんは「マジで全員を救う」ために活動なすっているわけですが(ですよね?)、植樹をなさった人々にも思いを馳せているのがさすがです。チームプレイができる人なのだ、おいらと違って。

まあ、この記事もひとつの解釈として参考になさってみてください。「女性天皇(笑)ねえ」とニヤニヤできることうけあいです。

繰り返しますが、ずーーーーーーーーーーっと続いてきたこの世界有数の「システム」に誰が何の権利で文句をつけているのか、ということなんですよ。
よく見ておこう。誰がどういう主張をしているのか。

そして天皇その人といえども「天皇位」に牙をむいた場合は必ず滅びるのが鉄則です。そういうことになっているんだよ。だから恐ろしいんだよ。リアルに「神」と、おっと大和朝廷の場合はカミの中でも尊みことや命みこと総勢で堅守死守してきたもんなあ。

さらには「神」もね。

日本の神様が出した結論が「皇統は弟宮に移し、日本は永遠に続いていく」ですので、人は従うのほかはない。


さあ鳥年に、この酉年に、皆さんを導く「ふるとり」は、どこへ進め、何を目指せと伝えていますか?

そんなカンジです。

天皇陛下ズ


悠仁殿下が「正式に」なさった着袴については、松を手になさっていることも含めてまた詳しく記事にします。
この儀式の全要素に意味があり、それは知っておいたほうがいいと思うので。


宮内庁ホームページ>天皇皇后両陛下のお歌

該当リンク先

第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


着袴

着袴 (2)



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皇室、神道、信仰など | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/01/08 14:00

一般参賀の個人的注目ポイント




【天皇陛下の5首】

山々の囲む長野に集ひ来て人らと共に苗木植ゑけり
(第六十七回全国植樹祭)

鼠ヶ関の港に集ふ漁船海人びと手を振り船は過ぎ行く
(第三十六回全国豊かな海づくり大会)

大いなる災害受けし岩手県に人ら集ひて国体開く
(第七十一回国民体育大会開会式)

幼子の静かに持ち来し折り紙のゆりの花手に避難所を出づ
(平成二十八年熊本地震被災者を見舞ひて)

戦の終りし後の難き日々を面おだやかに開拓者語る
(満蒙開拓平和記念館にて)

【皇后陛下の3首】

許し得ぬを許せし人の名と共にモンテンルパを心に刻む
(一月フィリピン訪問)

ためらひつつさあれども行く傍らに立たむと君のひたに思せば
(被災地熊本)

遠つ世の風ひそかにも聴くごとく樫の葉そよぐ参道を行く
(神武天皇二千六百年祭にあたり橿原神宮参拝)


姐さんの一首

すめらぎはたたかいをおさめしとう名持つ神のあらたふとしの天津裔なり

(神武の武はほこをおさめるという形。和平からすべてをはじめた初代神武天皇の直系子孫である陛下こそはまことに尊いあがめうやまうべき存在であることよ)



即位に必要なふたつの建物、悠紀殿、主基殿のうち、弟宮様は妹君に「紀宮」を持ち、それが降嫁なさる前に「紀」子さまという伴侶を選ばれた。

さらに親王に「悠」という字を用いている。悠紀殿、の両方がそろっている。

昭和天皇の称号が迪宮(みちのみや)様、義理の娘が美智子様、おふたりとも「みっちー」ですわね。

かわしまきこ
おわだまさこ

交互によんでも交代可能、というようなさまざまな喜祥、奇瑞が皇室にはいろいろあります。

さて明日の新年の一般参賀ですが個人的注目ポイントはこのあたり。

・弟宮様が前髪をあげていらっしゃるか。
・現東宮妃が「緑色」の服を着てくるか。

来年の流行色が緑らしいですよ、奥様方。うかつにとびついて「とにかくどうにかして宮中ひいては日本をないがしろにしたい」連中がバックにいますので嫌がらせて緑をお召しになる可能性がございます。
外国かぶれなのでやるんですよ、そういうことを。

ほかの皇族方がお召しの場合はただちに「素敵です!」と掌をひっくり返しますけどね。
「意味」があるのは現東宮妃のみです。

まあ初回から「ほかの成年皇族」もお出ましになられるかどうかとか、またしても「向かって左側」がすいているのかとかいろいろありますが、この二点です。

漢字変換すると東宮費と出てワロエナイの。

でも、一番大事なのは彼らも含めて「その幸せを全力で祈ること」なんです。なるようになるし、なるようにしかならない。そしてことは「日本の神仏」全員にかかわることなので介入をしてもらいたい。そのためにはできるだけ澄んだ気持ちで「すべてがよくなりますように」と祈る人が必要です。

アレラであっても、またわたしもあなたも等しく神に赦されて、この世でこうして生きている。変わりはない、何ひとつ。

陛下、明日は万歳!!!と腹の底から叫ばせていただきます。

あなめでたや。





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皇室、神道、信仰など | コメント(3) | トラックバック(0) | 2017/01/01 20:43

あけましておめでとうございます



やったー!生きてたよー!

舌打ちしないでwww

あけましておめでとうございます!今年もどうぞよろしくお願いいたします。

平成二十九年の酉年なので、「とりにく」と覚えると元号の間違いがありません!

明日は新年の一般参賀がございますよ。

宮内庁ホームページ 新年一般参賀要領
http://www.kunaicho.go.jp/event/sanga/sanga01.html

もちろん参りますよ。

今朝はまたしてもふっるいことを持ち出して「みんな中臣氏が悪いんや!」と思い出し怒りをしていましたが、まあ過去を振り返った「その後」にどう受け止めていくかが大事ですよね。

2017年はセミナーでももうちょっとディープなところに踏み込んでいきたいですし、このブログでも日本語について、音について、神様や仏さまについて、それから「人が人を裏切ること」についても書いていきたいと思います。

どうよ南北朝鮮の大惨事は。中国のえげつなさは。

「日本」を存続させなきゃいけない理由のひとつに「日本語」があるのですよ、と申し上げたら皆さんええっと驚かれるかもしれないですが、もともと「音」「響き」だけしかなかった、あったとしても一部の局地的な記号にとどまっていたところに、大陸由来の漢字がやってきた。
この漢字ってのはもとは甲骨文や金文として残されている、「神と対話するためのツール」です。すべての甲骨、金文は神と語り合うための内容です。
それをその形と音をそのまま残し、日常言語、国語として使うに至ったわたしたちは「神との交流、対話ツール」を日常用いていることになる。日本語をしゃべれば神との会話なんです、自動的に。

そしてこのように素晴らしい「道具」をうみだした中国は、素晴らしい文化風習伝統を持てば持つほど「戦争がへた」になり全滅、殲滅させられることを繰り返し、ついにはあの狂気の文革です。

このブログでも「壊さなければならない」と主張している三峡ダムをこさえるさいにも、人類にとって未知の文明の遺跡が出たのに、人物像、立像の頭部だけ打ち壊して国外に転売し、あとは全部壊してしまった。
こんな「全地球的損失」はないですよ。
売った先がアメリカのマフィアだってのも「裏のつながり」が明確でほんとにうんざりしますけど、中国って「そういう」国なんですよ。今は残念ながらね。

そして言葉を捨てる、自国語を捨てるというのはふつうは「敗戦国」が行うものです。ところが中国と南朝鮮は自ら言葉を捨て去った。簡体字とハングルです。それまで東アジア文化圏というのは「漢字」を使って交易し、漢字を使って交流していた。できていた。
その偉大な文化圏を自ら捨てて、コトバを切り刻んで「記号」にした。
これは大変な罪ですよ。罪悪です。
なぜならコトバを失うということは「先祖を失う」のとイコールだから。
かつての時代、自分たちの直接の先祖が大切に使いこなし、保全し、改革し、流通させた「国家の根幹」である言葉を自ら葬り去ってしまった。
結果が神も仏もない世界です。現世利益、自分さえよければ、我がちの行いです。
中国が真っ先にしたことを思い出してください。
大気汚染です、環境破壊です。
呼吸せずに存続できる人間などいやしない。その尊い空気を「吸えないもの、害があるもの」にしてしまった。生き物として狂っている。
敵にされたんじゃない、自分たちで「生存に適さない場所」にしてしまったんですよ。
そして他国を侵略しまくっている。

本当に悲しみをおぼえます。日本はずっとかつての先進国、超文化大国の「中国」のあとをおってきたのだから。

そして偉大な文明を自らうちこぼった後の「かつての名残」は全部この日本にある。日本が、日本人だけが大切に保全してきた。残してきた。

もう「漢字」を理解可能な民族は日本と、台湾にわずかの高齢者、中共にいるかどうか、いてほしい、というほどの大惨事になっている。漢字学をやる人は全員日本で勉強します。台湾からも上海からも北京からも人がくる。ここにしかないものが無数にあるから。

日本の朝廷は「外国語」である「漢文」を国家公用語として使い、法律も勅命も裁判の結果もすべてを「外国語」でまかなってきた。ずっとそうだったんです。

漢字が日本で生まれていたら読み方と形が一対一の対応になる。たとえば「日」という文字はひ、にち、が、か、じつ、に、にっなど、大量に読み方がある。ほかの漢字と組み合わせると音が変わるということは一対一ではないということ。
一対一にするために発明したのが仮名読みです。ひらがなとかたかなを発明して「音」を優先して伝達できるように工夫した。
漢文の読み下しに使う返り点やレ点などもそうですね。「外国語」との付き合い方に習熟している。

昭和のはじめにある大学が「日本祖語」を調査した。北海道から沖縄までたぶん院生を酷使したのでしょう(笑)、いくつかの拠点を設け、コトバを調べた。
モノの名前をどう発音するかをリストアップしていって、全国共通でほとんど決め打ちで「それといえばこれ」という「音」を調べた。

たとえば口(くち)、手(て)、足(あし)、風(かぜ)、鳥(とり)などは全国共通でリストの上位に位置します。
ところが人体の部位はほぼ共通の言い方なのに、なぜか「目(め)」はリストに入らないほど、各地によって違っていたそうです。

口はしゃべる場所だしご飯を食べる場所でもある。生きていくのに欠かせないもので全人類共通です。
ところが同じようにものを見、外界の情報をキャッチする大事な部位であり、コミュニケーションのツールでもある目がばらばらな言い方だった。
ということは、そのものの名前が違うのと同様に、「見たものの判断結果」もおそらくばらばらだろうということ。
目を重んじるがゆえに独自の名称、独自の判断、独自の価値基準が尊ばれたのではないか、と推測できるということです。

たとえばフィギュアスケート全日本。
順位だけ見れば浅田真央は10回くらい転んだのか、スケート靴をはいてこなかったのかという点ですが、実際の演技を見た人は「なんで優勝じゃないの?」と疑問に思う。
少なくとも「完全に別格ですごすぎる」「転倒があったくらいでなぜあんな低い点なのか」「真央ちゃんだけがあっという間に終わってしまった」「めちゃくちゃうまい」「素晴らしい」という感想を万人が持つ。
実際に現地観戦した方がみんなおっしゃる。「ものすごい、別格だ」と。
そしてスケ連はまたしても大本営発表で「浅田真央は終わったキャンペーン」と「浅田真央の点を超えたからすごいよキャンペーン」を繰り広げていますが、真央以外をどれほど大絶賛しても、世間の皆さんは真央の演技が終わったらテレビを消しているかチャンネルを変えているのですから、アゲたい選手の演技を見ていない。「すごいぞすごいぞ」と言われても「ふーん」で無視ですよ。
いいわるいではなく、「実際にそうだ」ということです。

世間ではスケートを見よう、ではなくて真央ちゃんを見よう、なんですよ。

スターは作れる、と自信たっぷりなスケ連さんサイドの主張に従えば浅田真央の演技の「後」が視聴率のピークになるはずなんですが、少なくともわたしが聞いた限りでは真央の後は視聴率「ゼロ」ですよ。見ていないんだから。

これがどういうことなのか。なんで真央だけが「こういう扱い」を受けるのか。

そしておチトチトこと宮原知子の点数にも腹が立つ。アゲるならアゲきれと。
なんでロシアの国内選手権の優勝者よりちょっとずつサゲるのか。
国内一番手で、圧勝するならメドベの点を上回る絶対的高得点を出せばいい。

どこかのガイジンの思惑どおり「ロシア様よりは下ですだ、おいいつけどおりサゲましただ」という卑屈、卑怯、みじめな点数。

宮原選手は「ロシアより全然下」というレッテルを日本スケート連盟によってべったり貼られてしましました。わたしなら怒り狂うな。

鈴木明子がソチ五輪直前の全日本でとてつもない高得点で優勝したのにコーチの哀愁馬面こと長久保センセイに「メダルは真央ちゃんに任せて~」といきなり超失礼なことを言われたときにも思いました。姐さんなら馬面ののどを掻き切る。どんだけ失礼な発言だよ。なんで平気だったのあっこちゃん。

ナショナルでいくら盛られても国際試合では点が出ないと、コーチ自らテレビの電波に乗せてお茶の間に届けちゃったんだよ。選手としてこんな屈辱、ある?なんで平気なの?そのとおりだから?

そもそも、ここがもうおかしいです。
全日本で高得点が約束保証されていても外では勝てない。
ほらね「採点基準」がブレているでしょ。スポーツというのは基本的にどこで誰が採点しても同じ結果にならなきゃいけない。審判が変われば結果が変わるというのは基本的には「あってはならない」はずなんです。
だけどサッカーでしょっちゅうファンが怒り狂っているように、「ブレ」は必ず出るんです。
だからこそブレがないように全員で努力しなきゃいけない。まっとうな「スポーツ」であるために。

でもフィギュアスケートに限って言えば「試合ごとに傾向が違う」なんて驚愕の異常事態が当たり前になっている。

明子は勝てない、とコーチ自らまだ滑ってもいないのに全国民の前で宣言する競技です。おめかししたお母さままで会場にいたのにねえ。お母さまなぜコーチをどつきまわさなかったのかしらねえ。

おチトチトは「ロシア様よりは下ですだ」と宣告されてなぜ平気なんだろう。全日本一番手、あの稀代の名選手浅田真央をすら凌駕しての圧勝ですよ。それをあんなしみったれた点数で平気なの?京女だから陰でイケズばかり言うのか?知らないけどwww

なんで二人ともにこにこしているんですかね。そこが全然わからない。

この、実際の選手の演技と、出てくる点数の食い違い。
見る側もいい加減いやになるし、選手もやってられないでしょうね。
「おかしい」と抗議しては「いけない」とルールブックに書いてある異常な競技ですしね。

そして結局「浅田真央の動向」で右往左往しているだけ。重箱の隅をつついて真央がそこを修正するとそこを無視する採点にする。真央というスーパースターにもたれかかり、頼りまくって金儲けに励んでいるくせに真央を苛め抜く。

意味がわかりません。だから発狂しているというのですよ。

とまあ、ことほどさように「見る目」が違う、「見た結果」が変わってくる、というのが人類の多様性であり人間の神秘でありビバ!人間!というところなのかもしれませんが、「嘘」に基づいた「こう思え」という強制は暴力です。してはいけないことなんです。

セミナーで「姐さん、わたしはどうしても真央ちゃんがあんなに低い点数の演技しかできなかったとは思えないんです、素人だからわからないけど、どうしても」と言われました。
「見た儘が答えです、あなたが感じたことがすべてです」とわたしは返した。

偉大な演技というものは偉大な感動を伴います。

ソチの真央のフリーで万人が涙した。数億、と言ってもいい。全員が絶賛した。心をつかまれ、揺さぶられ、感動の涙を流した。

世界数億人が絶賛する演技に、削りに削り、引きに引いた馬鹿な点を出したISU関係者十人ほどの目が絶対で世界数億人の目が間違っているのですか?

わたしにはそうは思えない。だって世界数億人の中には真央を初めて見る人、スケートを初めて見る人、ほかの選手を応援している人だって含まれる。立場も見方も考え方もまったく違う無数の人がいっせいに心を打たれる。
これは尋常ではないですよ。

「浅田真央の真実」というのはそのくらいの輝きと力を持っている、ということです。

いいよ、アゲたい選手をアゲ続けても。ただし「人気」は期待しないでくださいね、ということです。

「見りゃわかるよ」って話です。

だいたい「素人に理解できない採点方式」で威張られましても、ねえ。
まともな競技は関係団体こぞって「わかってください、理解してください、わかるまで説明します、どうか一緒に楽しんでください」と懸命ですね。

わかるまでちゃんと教えてくれる。それもとても喜んで。まともなところはそうですよ。

スケートだけ「全部へん」なのよね。いつまでたっても。

そういえばスケート以外にも上がアンポンタンでうちわ向きで閉鎖的で問題ばかり起こして結局人気もカネも五輪の名誉もぜーーーんぶ失ったところがありましたね。ああ怖い。

世間知らずなんだろうなあ。だって「圧倒的大多数」がいいと思わないことを歯を食いしばってするんだもの。そりゃあさぞかしキツイだろうてwwwwwww

「とりにく」の年、神告鳥、夜明け鳥の年、またしても「いろいろなこと」がばんばんバレて楽しい一年になりそうです。
と急にまとめに入りましたが、日本の歴史と信仰は「だじゃれとエロジョークでできている」と何度も過去書いてきたとおり、霊的な筋をたどるにも「音」を基準にしないと間違います。
漢字は仮託のものですから、そもそもの源初にあった「音」でたどるのが一番です。

大和朝廷のパッチワーク行為と各地の抵抗勢力の話、音の話、罪と咎の話などなど、できる限りしていきたいし、このブログに書かれていることを実際にご自分で検証して、取捨選択をしてみていただきたい。

「日本語」のすごさの一例として出せる事実が無数にある。そのあたりを知ることでものすごく「深い時間」を味わえます。

とりとめのない記事ですが、まあこんな感じで一年走り続けますよ、ということで。

平成二十九年の酉年なので、「とりにく」と覚えると元号の間違いがありません!



そして今年も真央のトリこです!酉年だけに


もう姐さんをぶん殴るべきwwwww






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皇室、神道、信仰など | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/01 15:00

ありがとうございました、よい年をお迎えください



見ろ!グミが山のようだ!

ハリボー

がんばった自分へのごほうびがグミ4個ってオトナとしてどうなんだろうとは思うのですが、今年のがんばりはこのくらいかなあと。
いただきもののお酒やナッツで幸せです。ありがとうございます。


麻生タンのこの笑顔。

麻生たん

日本は誠心誠意、努力しました。裏切り続けたのは中韓です。もう、いいよ。相手をしなくて。どうせなくなる国なんだし。
できるだけ距離をおいて「これまでの行いすべて」の総決算をしていくのを見守りましょう。
つか、見守る必要もないくらいあちらの「中」はグズグズです。

日本は努力した。だまされても、裏切られても、馬鹿呼ばわりされても、子供たちを傷つけられても、じーちゃんやひいじーちゃんの名誉を汚され、罵倒されても努力してきた。

もう、いいです。終わりです。

聡い人たちは気づいていた。ねじこまれたサッカーの日韓ワールドカップのために「南朝鮮の正体」にとっくの昔に気づいていた。サッカーをお好きな方にはキム・ヨナの不正の事実はすんなりと理解してもらえました。前科があるから。途方もない「悪」の前科があったから。

不正

キム・ヨナが二度の五輪で「失格」であるという事実は揺るぎません。何があっても。
彼らは証拠を残しすぎる。悪事を声高に自慢しすぎる。

他ならぬ日本スケート連盟こそが「あからさまな悪事」「これ見よがしな不正」を前に「何もしなかった」どころか「進んで後押しをした」事実も揺るぎません。

日本スケート連盟はなぜ、浅田真央を、日本の五輪金メダルを捨てたのか。

キム・ヨナの五輪憲章違反の証拠は無数にある。なぜ日本スケ連はこの「不正」を見過ごして五輪金メダルを韓国にくれてやったのか。
ルールは、守るほうがバカなのですか?
スポーツの成績は、カネで買うほうが利口なのですか?
とうてい納得できません。

わたしは来年も、この事実を追及し続けます。バンクーバーの「日本の」五輪金メダル奪還と、フィギュアスケートの不正採点の改善を目標に、動き続ける。なぜなら人間がやらかした不正というのは、「悪」というのは、人の手によって裁かれなければならないから。

ルールを守る者が馬鹿をみる、こんな世の中であっていいわけがありません。

浅田真央ほどの偉人を見捨てるような社会、浅田真央ほどの努力の人の苦難を見過ごすような社会、そのような心無い冷たい社会は、わたしやあなたのような小さな者を果たして救ってくれるだろうか。

何ひとつ罪なき者が「罪なきがゆえに」叩かれ、足を引っ張られ、傷つけられ、嘘を言い立てられるような社会など、わたしは属していたくない。

だから、間違いをただすために、「嘘」を訂正するために、これからも騒ぎ続けます。

ゼロと1は違うから。

黙っていたら敵は自分をも賛成にカウントするから。

だからおかしいものはおかしい、と言い続ける。

みんなが目をそらしているから、苦しむ人を見捨てるから、だから真央のような立派な人が異様な差別を受け続ける。

おかしいものはおかしいんです。

もう、やめさせなければいけません。

幸いにも来年は、善人と悪人が明確に分かれます。鳥は捕り物にも通じるから、今年2016年に隠していた悪事がバレて膿が出た、その結果を自ら引き受ける年になる。

セミナーにいらした方には少しお話ししましたが、今年以上に司法に裁かれる人が増える。
ちゃんと暮らしてきた人は大丈夫です。

いろいろなことがある。あって当たり前なのです。すべての年が。それをよいものにできるかどうかは全部自分の行動にかかている。

繰り返しになりますが、姐さん今度ばかりは頼むから、とあえて言います、初詣には行ってください。あとで理由がわかります。また、説明します。

わたしなりにキャッチした「こうしたほうが幸いである」ということと、それから「反日活動」をしている者を一掃するために神々のカウントがかかります。
皆さんが今年一年感じたこと、その結果の総計として静かににこやかに聖なるものの前に立ち、心静かに決意とご加護の依頼を伝えるときに、「罪」と「咎め」のプラスマイナスが起こります。

簡単に言うと、今年、反日活動をされてイヤな目にあった人のその記憶の総量と、日本の国土全体にかけられた破壊活動とを神々がカウントします。

それは心で思わずとも、「あなた」を通してスキャンされます。空港の貨物検査のようなものです。

あなたはただすべてが幸せであるように、ということと、今年はこうします!どうぞお導きください、と聖なるものに語りかけるだけでいいのです。

参拝のお作法は対象者に確認なさってくださいね。場の礼儀を守らないのは大変な非礼です。


それから「ぬたうなぎ」をご存知ない方が多かったので画像を載せておきます。
なかなかすごい特徴を持った生き物らしいですよ。

ぬたうなぎ

ぬたうなぎ2


干して食べる?らしいです。韓国の釜山が名産地らしい。
韓国語では「コムジャンオ」とか「モクチャンオ」というらしいです。とある漁労関係者様の個人ブログで知りました。
でも韓国産のモノは気をつけないといけないですね。食用ならなおさらです。
前科があるから。

前科がある者は信頼を取り戻すことが難しい。
普通に努力するに倍した信頼回復に努めても世間はそうは見ないものです。
だから最初からまっとうに普通に努力するのが一番です。
ことに日本人というのは最後の最後まで我慢します。そんなはずないだろう、あちらにも理由がある、何か自分が悪いことをしてしまったのかもしれない、と最後までよく取ろうと努力します。
その無垢と純真につけこんで「譲らせたから自分は偉い」「遠慮させたから自分は一番」と錯誤を深めるのがかの国の特徴です。
民主党時代に南朝鮮からの飲食物の衛生検査をパスさせてどんどんと汚染物を入れさせた。その弊害は今も各地で起きています。
さすがに忍耐強い日本人もうすうす気づきはじめている。「何かおかしい」と。

レコード大賞で誰も知らない外国人、朝鮮人に何やら賞を与えたり、日本を罵倒する、痛罵する、本来なら人前で口にしてはいけいような言葉が流行語大賞で何やら受賞して、国会議員がぬけぬけとそれを受け取る。異常ですね。

でも、それらは一掃しなければいけません。

我慢し続けて一度見限った日本人は、二度と心を寄せません。二度と、です。


2016年、一番どきっとしたのはこの画像でした。

練習真央

昨日の自分を超えるために、弱い自分に打ち克つために、真央ちゃんはこんなにも真摯に懸命に練習している。
全日本の公式練習でのこの表情。

真央は、つらいときに誰に頼ればいいのだろう。

皆さんは苦しいときに誰に、何に頼っていますか?

真央にはもう「自分」しかない。
若く美しい繊細な女性の肉体を極限まで酷使して、本当なら感じなくていい余計な苦悩まで背負わされて、それでも「正攻法」「王道」だけを歩み続けている真央ちゃん。

真央にはもう「自分」しかない。

だからこそ「黙らないファン」が必要でしょう。あきらめたらそこで終わる。何もかもが。

フィギュアスケートに限っては何やらおかしなことを押し付けてくるヤカラがいます。少数ですが。

阪神ファンに向かって巨人の応援をできないおまえらは野球を見る資格はない、と一回言ってみろと思いますね。

一時期は真央を好きということすらはばかられる風潮があった。

このブログのタイトルを今一度思い出していただきたい。

乱暴な言い回しで申訳のないことではございますが「あんたたちもっと驚きなさいよ」という名前です。

驚きなさいよ。

なんでこんな異常な事態をほうっておくの?
なんで誰も真央を助けようとしないの?

あたしはあたしにできることをしていくわよ。

と、そういう意味がありました。

まあ書き手の下品さにも驚きなさい、という意味もかなり含ませつつ、今年もいろいろな記事を書きました。


浅田真央を、わたしは心から尊敬します。

彼女は英雄。彼女はスーパースターです。

偶像視はよくないですか?こちとらとっくに神格化済でい、というのは冗談ですが真央だけは無条件で応援します。

彼女が実際にしていることのすべてがすごいから。

わたしは、あんまり「○○さんがこう言った」というのは重んじていないのです。「その人が実際にやっていること」だけを見ています。

言い訳も後付けの設定も不要です。「実際に何をしているか」だけを見ています。
真央は「素晴らしいこと」だけをし続けている。だから尊敬しています。だから無条件で応援したい。
応援させていただけることが幸せです。ありがたい。

ありがたい。

真央にはケチくさいところが少しもない。
演技はいつもゴージャスだ。
自分の命すら、青春すら全部を賭けて惜しみない演技を見せてくれるから。

何もかもを惜しみなく与えてくれる。見せてくれる。

そんな真央ちゃんを見習って、すべてが幸せであるように、「めぐり」がありのままにめぐるように、と心から祈ります。

今年一年もお世話になりました。

真央と、真央が大事に思う人、真央を大事に思う人が、よい年を迎えられるように祈ります。

あ、真央のことを大事だと思えない人も、よい年をお迎えください。
ケチくさいことは俺は言わねえwww
全員、存分に幸せになるといいよ!そのほうが楽しいよ!

来年はファビュラスでマーベラスな叶姉妹を見習って人の悪口を言わない人間に、と思いましたが、悪口を言っているつもりはないので、来年もおそらくこんな調子だろうと思います。

ブログはやめない。やめたら真央の五輪金メダルが戻ってこない。
全日本で「え?」と思って検索してここにたどりつくであろう「未来の俺たち」のためにも書いている。

各記事のコメント欄も、後世の俺たちが目にしていろいろと思うところがあるでしょう。歴史の生き証人たちの思いがどっさり詰まっている、ここは小さな箱舟です。なんちってな。

あと来年は石川県出身の人とリアルで会いたいですね~。昨日つらつらふりかえったらリアルで会ったことがないんです。驚いた。いろいろ知りたいです、石川県。
会っていたのに気が付いていないだけだったらごめんなさい。

最後に、スケートの神様は姐さんが責任をもってどつきまわしておきますので、皆さんは遠慮なく、はばかることなく、存分に、ひたぶるに、懸命に、真央ちゃんを応援なさってください。
真央ちゃんは大丈夫です。

スケートの神様は「悪いのはルールを守らない人間じゃね?」と人から責められるたびに思っておいでだと思いますがね。
神様への「かわいがり」ってどこまで有効かやってみたいし(おいおい)、さすがの姐さんも「いいかげんにせえよ」としか思えない。
「神罰もアリでぜひ」とどつきま……相談・お願い・懇願しておきます。

年が明けてもブログの更新がなかったら「ああ殺られたな、罰当たりめ」と思ってくださいwwwwww





では。新しい年に新しい心でお会いしましょう。





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皇室、神道、信仰など | コメント(4) | トラックバック(0) | 2016/12/31 18:35

「平成」とともに



追記
Pさんのためにまとめるよ!ホトケのごとき広大無辺な慈悲の心だよ!(嘘つけwww
「長い記事は最初に要旨をかけ」とさんざん教わったのに忘れていたよ!ごめんなさいだよ!
昨日、苦労して読んでくださった皆さんにはごめんなさいだよ!

・死後に平成と追号された天皇が過去にいたよ
・わりととんでもない扱いをされた人だよ
・明治に入ってから歴代天皇に明治天皇によって追加されたよ
・明治天皇の勅使が淡路島からみたまを本土に連れ戻したよ
・直近でこういうことがあったのに「平成」で元号に使ったよ
・それは「あえて」なんだよね?ぼくこどもだからわからないよ!

それからNさんが間違いを指摘してくださいました。わたしだったら「ええー人のことののしるのに基礎的な間違いがあっても平気なんですかぁあああ」とドヤ顔で嫌味ったらしく書くはずですがNさんのエレガントかつアダルトなコメントに逆に恥ずかしさ倍増です。ありがとうございます!見習いたい、この配慮とやさしさに満ち溢れたコメントを。しかも非公開でくださった。ああああNさんんん
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都内で行った今年最後のセミナー(シークレットでした)で言い忘れていたことがあったので、参加者にメールしようかと思いましたがせっかくなので記事にしました。このボリュームのメールがきたら、わたしだったら真っ先に「怖い」と思うしwwwメアド変えるわwww

早いもので今年もあと今日、明日の二日を残すのみとなりました。皆さんにとってはどんな一年だったでしょうか。

ところで日本では元号(げんごう)と呼ばれる言い回し、称号がありますね。年号ともいいます。

詳細は元号 - Wikipediaを。
※ Wikipedia は錯誤や意図的な改ざんもあるのでご注意ください。

わたしたちが今使っている「平成」ですが、やはりWikipwdia記載の説明をご覧ください。


「平成」の出典

新元号の発表時に小渕恵三が述べた[4]「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味。日本において元号に「成」が付くのはこれが初めてであるが、「大成」(北周)や「成化」(明)など、外国の年号や13代成務天皇の諡号にも使用されており、「平成」は慣例に即した古典的な元号と言える。

江戸時代最末期、「慶応」と改元された際の別案に「平成」が有り、出典も同じ『史記』と『書経』からとされている。


なんとなくもっともらしく、「そうなんだ~」と皆さん一斉に使いはじめました。
わたしも必要に応じて「平成」と使います。
が、発表当時わたしは腰を抜かしそうになりました。
いやな組み合わせだな~、陛下お気の毒だな~と。
理由を書きます。
そして当時同じ理由で騒いだ人がほとんどいなかったのにも腰を抜かしそうになりました。

Wikipediaの続きです。


ただし典拠・故実に由来する反対意見に以下のようなものがある。

・典拠として『史記』を『書経』よりも重視するのはおかしい。書経のみを以て典拠とするべきである。

・ 書経の当該部分は、清代中国における研究によって偽書(偽古文尚書)であることが確定したものであり、典拠として書経を挙げるべきではない。

・平治以来「平」で始まる元号がないのは、平治が戦役によって混乱した時代であったためであり、「平」で始まる元号はこれを避けるのが故実である。また、「平」「成」の文字の中に「干(=楯)」「戈(=鉾)」があり「干戈(戦争を意味する)」に通じる。

・追号しても、薬子の変を起こし、敗れた平城天皇(変発生当時は退位していて上皇であった)と一文字違いである点も懸念された。
なお最終案である「平成」「修文」「正化」の他に「文思」「天章」「光昭」などの案も存在したと言われる。


明確な賛成理由の記載がないので「なんだかケチつきまくりじゃん」と思わされてしまいますね。

そもそも外国の歴史書に頼るのかい~!という驚きが皆さんにはあったと思います。ありませんでしたか?
いやいや日本は中国の歴史と伝統と文化風習にどっぷりでずうっと右に倣えだったじゃん。なんでもまねてさ。だけどあまりにもえぐい手法は排除するし、なんならもともと考え出した人たちよりも魔改造をして洗練化、最適化してずっと保全してきたし、もっといえば日本が近くの超一流大国としてお手本にしていた中国は中国人どうしの殺戮で全滅させられてしまったじゃん。

今あるのは、あそこにあるのは中国ではありません。ちうごくです、てなかんじ。そもそも日本は台湾政府を中国とし、それとは異なるモノとして中国大陸にある国モドキを中共と呼んで区別していたし。
そもそも中華人民共和国、の中に「日本語」があるのよ。あちらは自国の文化を徹底破壊しすぎたから国の根幹であるコトバを捨ててわけのわからない記号をお使いじゃないですか。国の名前に日本語を使っておいて反日活動ってどうかなさっているのでは?

とすかさず歴史的事実をつっこみながら、いやでも中国の四書五経を教育の根幹にすえ、平成を決めるにあたっても史書を範とす、のはいいんですがなにゆえ「偽物部分」を典拠にするのかい、というもっともな言い分も残ります。

重箱の隅をつつけばいくらでも出る。

ことに「平城天皇」どころか、そのものずばり「平成」という天皇が過去にいるんですから。

名前かぶりは厳禁、やるなら「後」とつけて区別する、という名づけルールがいきていない。

「平成」という名の天皇はどなた様?
聞いて驚け見て叫べ、あの「淡路廃帝」ですよ。ぎゃーーーー。
「淡路廃帝」は「あわじはいたい」と読むそうです。
わたしのころは「はいだい」と教わったけど今はどうだろう。わたしは「はいだい」と言います。

この方は、まっことお気の毒でしてね。第四十七代の淳仁天皇さまでございます。

四十五代の聖武天皇、皇后に皇族出身ではない平民の女性を選び、嫁の影響で新興宗教にドはまりした。全国に国分寺をつくらせ、奈良の大仏をこさえさせ、仏教ぐるいでフェスティバル。民衆を地獄の苦しみにたたきこんだとかたたきこまないとかいう困ったちゃんです。
そもそも皇后というのは天皇位につく可能性があるお立場ですから「親が天皇」でなければならない人でした。「天皇の娘」しか本来は皇后位につけてはいけなかった。
だから、その後ろめたさから光明皇后のアゲアゲキャンペーンを行います。いわく聖者のごとし慈悲の心で貧しい者に施しをした、いわく、病人を風呂に入れ(当時は蒸し風呂が主流ですがお湯を使ったぜいたくきわまりない今でいうお風呂です)背中を洗い皮膚
のできものを口をつけて吸い出した、ホトケじゃホトケじゃー!と。
最高の皇后!すてき!抱いて!きゃーー!というキャンペーンです。いや抱いてはないなww

貧者の救済?
やるわけないですよ、こんなこと。
と姐さんは「搾取される貧困層」「社会的弱者」「くたばれ権力者」さんサイドにいつも立ちますから史実(とされるモノ)を見て静かにへそを曲げだすわけです。ナナメにしか見ないwwwそれが俺の基本www

なんでアゲなきゃいけないのかなー。本当に立派ならキャンペーンいらねえよなー。
実体がないから広告代理店使ってがんがんすごいんですアピールするんだよなー。
と思ったり思わなかったりするわけです。昔からなーーーーんも変わってねえ。

またそれに素直に従うんだ、国民が。無批判、無検証のまま。
仏教という「外国の神」に公然とハマって国家権力総動員して布教ですよ。迷惑な話。
救われたきゃ自分で自分を救いますんで放っておいてもらえません?と姐さんなんかは思いますけどね。
ハマるな危険。
これを信じろと言われただけでただちに「No!」と拒絶したうえで「おまえがバカな百の理由」を出してくる。なんて親切なんでしょうwwwそして官憲にぬっころされるwwwビバかわいそうな一生wwwwww本当のことを言っただけなのにwwwうえwwwうwwwっうぇえwwwwwたぶん「王様は裸だー」だけにとどめておけばいいのに「王様のデブデブなたるみきった裸体醜ーい」とか付け加えるからいけないんだなwww「王者の王者が案外たいしたことなーい」とかさwwwwやめろこのブログは中学生も見ているww

で、国中へとへと。狂気のエレクトリカルパレードです。

で、聖武の娘の孝謙が第四十六代の天皇に即位する。このヒトは「母が皇族ではない」というコンプレックスをもとに動くので、みんな(社会的に、身体的に)追いつめて死なせてしまう。次に即位するべき皇太子を取り替える。
「あたしが正当な皇統にあるのよ!あたしが天皇なのよ!」となんならもっと正当な血筋の人をぬっころす。えげつない追い込み方をしますよね。

しかも、自分が引き起こした「道鏡事件」でもめにもめて、結局皇位を譲ったかわいそうな淳仁が「やりすぎはよくないですよ」と意見したらブチ切れて「きいいいい!おまえなんか島流し!皇位はく奪!淡路行き!あたしがもう一度天皇になる!!!あたいは孝謙かつ称徳!!!」と鬼の形相で言い放ち(見ていたのかwwww)淳仁を淡路島に流してしまう。

ひどすぎるwww 御仏の慈悲の心はどこいったwwwwwしかも二度目の即位、重祚(ちょうそ)のときには出家してましたからね。出家したのにもう一度即位かよ!この世の雑事と縁を切ったんじゃないのかい!やりたい放題だな!

で、結局、孝謙は結婚もせず男子ももうけず、貴重な皇統の血筋をぬっころしたので(追放や断罪など社会的な死も含みます)あれほど正当性を声高にアピールしまくっていたにもかかわらず自分の手で「天武の血筋」を断絶させる。
なにやってんのよ、と思いますね。あれ、天武だったよね。詳しい人助けて!ww

このあたり「雄略」「武烈」「継体」「後醍醐」らへんと並んで姐さんの「ふざけんなポイント」を突きまくるので正直いまだに腹が立ちます。
でけえ仏像作って全国に納経したってなあ、漢字を読める人そのものが宮中にしかいねえんだよ!そんなことで田畑を汚し人手を集め信仰を強制するくらいならオラを放っておいてくんろ!オラを田畑で働かせてくんろ!ごたくを抜かすんでねえ!と村の長老になってあほな役人どもを叱咤しますね。そして惨殺されるのですwwwwwやだもう理不尽な国家権力。

だからですね、(どこからのだからだww)「今」が一番幸福ですよ。「今」が一番自由で平和ですよ。だって蓮舫がいまだに国会議員やってるどころか死刑にすらなっていない。あんなもの死刑ですよ。ふつうなら。
ふつうが通らない謎の国、ニッポン。
あ、そういえば国内向けはニホンで対外的にはニッポンと表記するルールだそうです。
だから真央ちゃん国際試合に出場すると日本語のアナウンスだと浅田真央さん、ニッポン!と言われますね。
ところが外人からはジャパンといわれる。
このあたりのフレキシブルなかんじがニホンらしいなと思います。

孝謙の悪口だったら何か月でも話していられるwwwファンの人すみませんwwww

で、淳仁天皇は島流し。これ、死刑よりひどいまさに極刑ですよね。天皇でありながらみやこを追われる。今でいうシベリアかアラスカかってな脳内イメージで流されて、だけど地元では大歓迎です。何しろこの世の頂点、人臣位を極めた天皇です。皇位をはく奪されたとはいえ天皇だった事実はそのまま残る。
淡路島の皆さんはこの上なく親切に暖かく迎え入れ、大切に大切にお暮しいただいた。いろんな心温まるエピソードがありますね。
優しい人たちです。彼の最後が安らかであっただろうことを祈ります。
皇族かどうか、皇族の中でもどの天皇にどのように近い血筋なのか「だけ」で優劣が勝手に設定されて生涯絶対に動かせない朝廷よりも、血肉の通ったいきいきとした島の人たちの歓待は彼の心をどれほどやわらげたことだろう。
そこでまっとうな人間の暮らしに触れることができたなら、もしかしたらそれは朝廷にいることよりも良かったのかもしれない。

そして没するに際し、文句のひとつも何もつけずに静かに逝去なさった。さぞいろいろと思うところはあっただろう。でもさまざまな無念も怒りも憤りもぐっとこらえて去っていかれた。

しかし後ろめたいのは朝廷がわです。自分たちが全部おかしい、全部悪いのはわかっている。

「天皇」を中心とした一大コメディ、コメディがよくなければ一大演劇集団です。みやこの外は地獄です。みかどにしがみつき、みかどに媚び、みかどの寵を得ることと「次のみかど」がだれなのか見極める選択眼を養い軽いフットワークで動くこと、そういうものを至上命題にしている人たちは「みかどではなくしてしまった」ことに異常な恐怖と背徳感を抱きます。

だから死後、何かあると淳仁だ、淳仁が祟っている、障っている!と恐れおののく。

祟り神の誕生です。もともと怨霊というのは国家認定の悪霊、悪者だった。国に、みかどに仇成すから怨霊と認定し国が祀った。弔った。そんじょそこらにフラフラいるものではなかったんです。

そして、ここまでご覧くださった辛抱強い皆さん、この淡路廃帝こそが「平成」と後世名指された天皇陛下なのですよ。

淡路廃帝=平成天皇。

これは「石川朝臣年足墓誌」に記載されている追号です。有名な銅板です。そこに淡路廃帝をさして「平成宮御宇天皇」と書かれている。御宇は「あめがしたしろしめす」という「キャーカッコいい!」というほどのコトバ、美称で、慣例的に○○宮御宇、でひとつの言い回しになります。これは比較的軽いというか、今でいう通称になるようです。

もし後世の論拠で否定されていたら謝ります。詳しい人、どうぞ教えてください。

身分が高い人の本名を直接呼ばない。それは失礼。公家は、みかどに近ければ近いほどこの世の栄華栄光を満喫できますから、いかにみかどに近づくのかを本懐とする。そして朝廷からくだされる「位」と「役職」で互いを呼び合う。
また、死後にその人を名指す言い方として国風諡号、漢風諡号、通称、尊号を日本では用います。
中国では天皇崩御後、それを祀る廟をたて、そのお廟の名前で呼ぶ廟号が一般的です。でも日本ではそれは採用されませんでした。
後の武家もそうですね。田中さん、伊藤さん、というふうに名前を直接使うのはとんでもない非礼です。身分と立場によって細かい決まりがあって、その礼儀にのっとった呼び方をしないとどえらいことになってしまいます。

戦争がない時代は「名誉」をお互いに設定しそれを守り重んじることで秩序を守るしかありません。だから戦時よりも厳しくやかましく言われます。

どっちみち面倒wwww
庶民でよかったwwwwwww

で、淳仁さんのことは(すみません、さん呼ばわり)畿紀内題などには「廃帝」と記載があり、そう呼ばれるのが一般的だったようです。廃帝または淡路廃帝。

そして実は明治三年に「歴代天皇」のおひとりとして正式に認められている方です。
明治天皇じきじきの勅命により、お船を仕立てて廃帝のみたまをお迎えに行っています。この道中記がメモ魔の日本人ぶりを発揮して日記の形で残されている。ちゃんと身分のあるお使者を遣わし、土地の名士が天皇陛下の行幸(みゆき)とまったく同じにおもてなしをし、今、淡路廃帝は安らかに鎮まっておいでです。

そのへんもWikipwdiaにはあんまり細かくないけれど一部記載されています。淡路廃帝

「名前かぶりをさける」ということで現東宮の長女を愛子と名付けたときも「なんと非礼な!」と姐さんはあきれたものですが、弟宮だって過去に同じ名前の親王さまがいらしたので急に黙りましたwww
愛子って大正のかーちゃんの名前なんですよ。柳原愛子(やなぎはらなるこ)さんとおっしゃって皇后ではなく「皇妃」です。

こんなに近い親族に同じ漢字の方がいるのだから避けるべきだったなあと思いますけどね。京極宮文仁親王は17世紀の方で遠いし。

で、○○宮御宇という「通称」ではあっても当時そう呼ばれていた方と同じ号を使うんだ!とたいそう驚きまして、えらい学者先生たちが考えて決めたことだから、わたしごときが何を言うこともなかろうて、と自分を戒めてはみても、やっぱり「平成」と「その時代の人の暮らし」を思うとき、わたしたちは「疑問」を持つべきだと思うのです。

年足さんはなかなかのエリートです。国史編纂事業にもかかわっているし朝鮮にも転勤している。小さな銅板への短文ですが格調高くてなかなかよい。文末にうっとりした嘆きの言葉もあったりする。
つまり「重きがないわけでは決してない人」の残した言い回しなのです。
これは当時使われていた通称である証拠でしょう。
それともこのオッサンが勝手に言ったのか?いやそれはない。だって相手はもと天皇。やたらなことを言うはずがない。

じゃあなんで昭和を生きたえらい学者先生たちは「あえてこれ」にしたのか?という謎が生まれる。

そして平成本当に平らかだったのか?と。あらかじめ嵐を約束された時代だったのではなかったか?と。

外国の史書のそれも偽物部分から、さまざまな「やめたほうがいいんじゃね」を押し切って、長らく「国家認定の怨霊」だった天皇と同じ年号をつけること。

そしてドンピシャで阪神淡路大地震がありました。奇妙な偶然の一致です。

現在の天皇家と、それに「奇妙な一致」で関係づけられる怨霊的な取り扱いを受けていた天皇さまはござらぬか、というふうにわたしどもは考えます。そして本来は「予防的措置」を取ることで国家安康、四海波静にしていくべきなのです。

どうも明治までは「国家」を霊的にカバーし得る知識も行事も勅令も「全部あった」と思います。なぜなら必要があって怨霊を起動させようとしたときに、行く先々に「明治」がいて全部鎮魂しおおせていたからです。

明治天皇即位後に、打つべき手は全部打っている。霊的な国家守護をなさっている。これはホンモノだあ、と思います。ただ非常に残念なことに「使える怨霊」がなかなかナイ、ということは手持ちの武器がそろわないということで、「怨霊候補」に目をつけていたりいなかったりという裏話もあるのですが、おそらく「もうそのやり方は古い」ということなのでしょう。

明治はすごい。敬称略ですみません。

明治大帝、と普段言ってしまうゆえんです。明治の勅令の相当数が全国の慰撫鎮魂です。やられたな、と思います。いやいいことなんですよwwww

ただし弊害もあって宮中祭祀を異常なまでに簡略化し、「明治初発」の儀式をたくさん作りました。なんというか、関東で即位した至上初の天皇だけあってワイルドです。神様も持ってくるし儀式も作るし、先祖のお位牌は出しちゃうし、ばっさりと改革なさいましたね。

人間さんサイドは「勅命であーる!」「ははーーー!」で従いますが、しかし神様さんサイドはこれをどう思っただろう。

「律令」という法制下、国の決まりで神事をカレンダー通り行ったり、神祇官を軍部よりも先にもってきて「国の根幹は神への崇敬とそれを実際に形であらわすご神事です」とやってきたのが日本です。
森バーローが言った「日本は神の国」ってのは真実です。
しかし森バーローは不適切なことを不適切なときに言う達人だな。なんでいままで刺されてないんだろうwwww

でも日本だけじゃない、本当は全世界が神のもの、神の国。全員のイメージする「神」が違いすぎてけんかになるけど。

日本においてぶっちゃけ、これまで陰暦、旧暦で各種行事をしていたものが、突然「今日からグレゴリオ暦な」と言われたときに神様はどう感じるだろう。とりわけ四季のめぐりに即し、四季のうつろいに全面的に依存している「稲作ご神事」の対象者はどう感じられただろう。

などといろいろなことを思います。

歴代天皇の諡号、追号のうち「通称であれば無視してよい」とは寡聞にして存じ上げておりませず、無知無教養な在野の者ゆえ、「いや全然オッケーだよ、過去にこんな例がいくつもあるし」ということであればひとまず安心したいものではありますが、気持ちのいいものではありません。

明治により怨霊担当を解除され、恵み深く満足した皇室の祖霊集団に神上がった方だから、倍、めでたい、吉祥物件だ、ということであえての「平成」だったのでしょうか。

それとも、「何かしらの意図」があってわたしたちは日本国の運命共同体の一員として「平成」というお札を貼られた中で、それぞれに暮らしてきたのでしょうか。

今となってはわかりません。

そして「平成」について願うことは「いついつまでも末永く続いていきますように」です。

ちなみに天皇は「すめらぎ」または「すめらみこと」と読みます。
「すめらぎ」がそのとき即位なさっている天皇のこと、今上天皇(きんじょうてんのう)のことをさします。
「すめらみこと」は天皇全般。

フィギュアスケーターが「すめらみこと」で浅田真央が「すめらぎ」みたいなかんじです。
もっとも真央ちゃんは女性ですから、男性の翁(おきな)からきているすめら「ぎ」では本当はおかしいのですがね。

イザナギのギは翁(おきな)のキ、
イザナミのミは媼(おみな)のミ、らしいよ、というのと同じギです。
凪と波にもひっかけてある、この両神の持つ「音」はそれ自体がヤマト朝廷なにするものぞ、の物証でもある。

で、天皇家が各地のさまざまな豪族の持つ神話、伝承、昔語りをパッチワークのようにちりばめて、自分たちを権威化、権力化していく過程で「物証」がさまざま残っています。

淡路島は国生み神話に出てくる地名で、イザナギ・イザナミ男女双神の言動の描写と一緒に名指されていますが、その淡路島の豪族には「自分たちの先祖であるイザナギ・イザナミはヤマト朝廷によって平らげられた」という伝承が残されている。

ここでもわれわれは「えっ!?なにそれ」とひっかからなければならない。

が、この話になると記事が10や20じゃ足りませんから日を改めて話していきます。

わたしがイベントで皇室を取り上げるのは、このようによくできたサスペンスかホラーかという「生きた人間の思惑」でおりなされているのがとびきりインタレスティングだと思うのと、日本人はメモ魔が多く、文献資料をあらゆる立場の人が残しているので「ちゃんと根拠を出しながら」ひとつひとつ追うことができ、かつ宮中行事、宮中祭祀が、あるいはその名残がいまだにわたしたちの暮らしの中に色濃く息づいていて、無自覚、無批判、無検証に「そういうことになっているから」全員で従っている各種枠組みを素材ごとにバラしてみると「どんな必要性があってこのように組み立てたのか」がわかってすごく面白いからなんです。

結局日本で一番いいものは皇室に集結する。
そして日本で一番わるいものも皇室に集約されるんです。

なぜかというと、日本は「権威」と「権力」をセパレートしてうまく枠組みを作ってきた。権威は皇室、権力は政権。政権は何度変わっても皇室がある限り日本の権威は保たれる。皇室さえ残ればあとはどうにかなるんです。

だからこそ、歴史の浅い気の毒な国の皆さんが皇室つぶしにやっきになる。これさえなくせば「日本」はいかようにも料理できる。「日本」の豊かな大自然、国土の恵みをそのままに「日本人」を一掃し、なりかわることができてしまう。

二千年以上うまいこと続いてきたこの仕組みを誰がなぜなんの権利があってイチャモンをつけるのか。

みんな外人がやっていることです。よく見てください。彼らは日本を壊すための活動しかしていない。

わたしは、誰よりも夢を持たない徹底的なリアリストだと自分のことを思います。証拠を固めて論拠を作り、夢や妄想や誇大広告をできるだけ排除して、「にもかかわらず残る真実」を尊んできたつもりです。

皇室、天皇、という「制度」は壊してはなりません。

同時にその由来そのものを知り、「よい皇室ってなんだろう」「よい天皇ってなんだろう」と考えることで各自がそれぞれ「よい国民ってなんだろう」「よい日本人ってなんだろう」と思うきっかけにすべきだと考えます。

ガイジンが、主に中国と朝鮮の二国だけですが、ごちゃごちゃ抜かして来たら「うるさいだまれ」で一刀両断、徹底無視でいいんだと思う。演説を聞きにいったり投票したり、わけのわからない行動をとる者がいなければ何も力を持ちません。

姐さんの青い本にも書きました、徹底抗戦できないのなら「存在をなかったことにする」徹底無視も効くのです。

「平成」が困難と悲哀に満ちた、けれどもそれゆえに全国民がお互いをいたわり助け合い、明るく幸せな日々に向かって努力を続けた時代だった、見捨てられる者、痛苦にあげぐ者、不正、不平等、暴力に苦しむ者がみな救済され、「日本に生まれてよかった、日本人でよかった」と全員が思えるよりよき時代であったと、今からもなお取り掛かることは可能です。

今上は、元号「平成」とともにある天皇陛下は今もなお渾身の力でそのように願い、祈り、はたらかれていらっしゃる。
そのお心がわかるから、大御心を宿す方だと伝わるから、陛下の存在でみながみなうれしくてありがたくて幸せで「ありがとうございます」とただただ感謝を向けるようになる。

その「心」です。

わたしたちもそのように生きることは可能です。たった今から。

後の時代に「平成最高、もう一度使いたい」と思わせるほどの世の中に、ひとりひとりの自覚でできる。

幸いにも今は「自分が政権に携わっている間に北朝鮮による拉致被害者を全員取り戻す」と明言なさる首相です。
「戦争のない世の中に」と本気で考えている首相です。

アヴェ・マリオと陛下と、わたしたちは奇跡のような「両者」を抱き、2016年最後の日にたどりついた。

陛下、人の子でありながら「神」として生きてくださってありがとうございます。想像を絶する苦難の道であったでしょう。けれどもそれは「神」とともにある、栄光と歓喜の道であろうと、柔和で神々しい、腹の底からの「ありがとう」を国民に向けてくださる龍顔からも推測できます。

陛下、いついつまでもともに歩ませていただけるよう、わたしも神に祈ります。

新年の一般参賀、ぜひ足を運びたい。皆さんも実在する神との交流にぜひ、と思います。

なお、繰り返しになりますが、今回ばかりは初もうでに行ってください。行ってください。あとで意味がわかります。説明します。
「ふるいわけ」がかかります。

神社でも寺院でもかまいません。できれば松が明けぬうちに、また遅くなった場合は「これは初もうでです」と実際に口に出して名付けてください。年のはじめに聖なるものに実際に対面し、心清らかに「がんばります」と言ったか言わぬかが大事です。

入院中の方などは代参が可能です。またできれば気持ちを切り替える意味で病床の中で大変だろうとは思いますが、少しの時間、心を落ち着けて気持ちを静かに「おめでとう、ありがとう」と思う時間がほしいところです。

それぞれのやり方で「聖なるもの」と過ごす時間を作ってください。

ガイジンが作った新興宗教はいただけません。なぜならここは日本だから。

まあ宮中祭祀そのものが仏教(インド)、陰陽五行(中国)まみれですし、聖徳太子が「外国の神」であるホトケを天皇をはじめ「全員の上」に据えたので、いまさら原石器時代に戻れとは申しません。
秋篠宮のお姫様がICUに入ったからどうだこうだは言えないですね。外国の宗教まみれの歴代天皇を全否定ですかぁーーーってなカンジですwwww

長い上にあっちこっちしてしまい読みにくかったかもしれません。でも、「自分がしていること」を自覚することが霊的な成長の第一歩です。自分が何を前提にしているのか、何をものさしにしているのか、それによって実際に何が起きているのかをひとつひとつ見ていくこと。

全員の暮らしに関係のある皇室や歴史や「日本」についてせっかくなので大人たちがよく自覚して知識を蓄えていかないとなと思います。
国による教育指導要綱も必ずしも正しいものばかりでもない。
聞くところによると歴史を、これまで世界史と日本史に分かれていたのを統合し、日本の近現代史をメインにやるらしいじゃないですか。危険だなあ。どうせ日本は軍国主義、日本は犯罪国家、日本は中国と朝鮮に詫び続けて金をばらまけ、俺たち暴力乞食だから~☆ってな教育ざんしょ?最後はないかww

もったいないですよ、世界で一番歴史が長い国なのに教えてあげないだなんて。

皇室なんてゴシップとスキャンダルてんこもりでめっちゃ面白いんだよ。「今」はこういうことを言っても殺されない時代だし。

情報が多いほど出てくる答えは正確になる。

朝鮮で女子シングルのフィギュアスケーターを真央とキムしか報道しないで、このように素晴らしい演技をする浅田真央に勝つから、世界最高点だから、だからキムのほうが上、ってな印象操作をしていyたことを思い出してくださいよ。

そこにコストナーなりワグナーなり絶世の美女キーラ・コルピでもいいですけど(鬼かwwww)、別な要素を入れると「ん?」と思う瞬間が増えますわね。

情報を遮断すること、それが印象操作の第一歩。だから真央の演技を見た人は「浅田真央終わったキャンペーン」なんかにのりません。「なにいってんだ、いつもの提灯記事か」「誰が書かせているかわかりやすいこと___」としか思いませんよ。

まあアネザイチカの偽物が出るくらいの末世です、間違う人はいないとは思いますけど、キム・ヨナが世界一とかいまだに刷り込まれている人もいる末世です。

自分の目を養うために、いろいろなことを知っておくのがいいんじゃないの、と思います。
わたしも知らないことばかりで日々新鮮ですよ。生きているってありがたい。

ということで結論は「皆さんがんばりましょうーー!」でした。そうなのかwwwww






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皇室、神道、信仰など | コメント(5) | トラックバック(0) | 2016/12/30 13:30

天皇誕生日一般参賀に行ってきました



日本史や日本語学を一般人の趣味としてかじっておりますというと、スキャンダルとゴシップと戦と生と死と、てんこもりのドラマティックな人間悲喜劇のただなかにいつもがっつり姿を見せる「歴代天皇とその周辺」がたまらなくインタレスティングでございます。

その直径子孫がそこにいてじかにお言葉をかけてくださるという奇跡。

「こういうシステム」を備え、こういうシステムにのっとって何も問題なくながらく続けてきたわれらが日本の根幹を、何やら歴史の浅い異国の人々がわあわあ難癖つけてくるようですが「知るか」のひとことで一刀両断できたらいいのに、と常々思っておりますです。

で、現東宮と業務用冷蔵庫的なナニカが今年もやらかしていましたが、戦後最大の人出であった三万数千人ならびに反日放送各局がいやいや流した映像などでけっこうな数の国民が「それ」を目撃したわけで、それで平気、全然オッケーと思っているところがもう完全なる「重大な事故」だと思いますね。

何かと言うと「陛下からのお言葉です」とアナウンスが流れ、陛下がお話をなさる直前、皇后陛下、秋篠宮殿下と同妃殿下、眞子内親王殿下ならびに佳子内親王殿下はさっと姿勢を変えて陛下のほうに向きなおり、こうべを垂れて謹聴、傾聴の姿をとった。

ところが現東宮と同妃殿下サマは直立不動で「えっへん」ですよ。

あのですね、「ボクチン次だからえらいのエッヘン!」であるならば自身が、ご自身こそが最高最大に今上陛下に対して恭順、敬虔、尊敬の意を具体的に表さなければまずいのだとは思いません?

自らが即位する天皇位に対してそっくりかえってぼさっとしていて、ほかならぬご自身が一番不敬なんじゃないのですか?と腹の底から思いました。

毎年これですからね。安定の「あーあ」ですよ。妃殿下サマは言うに及ばず。

あ、ちなみに名は体をあらわすとは昔の人はよく言ったもので「雅」という文字は神占い、鳥占いに使えない役に立たないうるさい鳥、という意味です。
音は「ガー」。
神占い、鳥占いに使えない、太ってうるさい臭くて小汚い使えないバカ鳥です。←形容詞増えてるよ!余分な形容詞増えてるよ!

ガーでギャーですわよまったくもう。

それにしても陛下、皇后陛下から「右」が最高にきらきらしくて麗しくてありがたかった。ぴっかぴかやんけ!と毎年驚く。

そして陛下がお姿を見せる実に1.5秒前にさーっと陽光がさしてきて天界のキュー出し係がドヤ顔をする演出担当神とうなずきあうのが見えたとか見えなかったとか。

わたしは今回、ちょっぴりどきどきしながら参加しました。というのは、弟宮様がいつも前髪をおろしたお姿で、これはわたしは個人的に「まだ前髪立ちの少年である」ことを自ら表現なさっていると思うので、つまりは現東宮に遠慮なさって恭順の意を示しておいでなのだと思い、だからこそ宮様がひたいをあらわになさったヘアスタイルをなさったら、「そういうこと」が確定だなと期するものがあったのです。

ですが今回も前髪をたらしたおつむりでいらっしゃいました。

陛下御自身ですらそう呼ぶのをやめてしまわれた「敬宮」さまと秋篠宮妃殿下は呼び続けておいでになり、宮様はずっと年少者です、スペアです、と自ら示し続けている。

この世で一番深く優しい心遣いを決して捨てずに最後まで続けて持ってくださっているこのおふたかたを世にも残酷に傷つけ続けているのが現東宮とその妃殿下サマだということに、おふたりはいつ気づくのだろう。

悲しみよりも、いっそ哀れさを感じます。ド庶民のゴミみたいな姐さんだって惻隠の情を解する「心」は持っている。

人間のルールに従えば次の日本の象徴は現東宮。日本の象徴がもっとも「天皇位」に不敬というのはどうなんだろう。

それとこれをここで書くのが妥当かどうかわかりませんが、愛子さんのことを何度はかってみても「備品」と出る。「美人」と出ていたらよかったのに「備品」です。「ホッチキスの針扱い」と出る。

それがキ○ガイブロガーの狂った妄想であってほしい。切に切に願います。

陛下登場の瞬間のあの「晴れやかさ」と「和やかさ」。もうただただ無条件でありがたい。ありがたい上にもありがたい。普段後醍醐なんか大嫌いとか継体らへん超おもしろいとか言いまくっている自分ですがただもう「陛下ーーー!!!ありがとうございます!!!」と歓喜に包まれてしまいました。

ありがたいなあ。けっこうなご負担でしょうに、しっかりと国民に向けてお姿を現してくださり、あんなに笑顔で手を振ってくださった。感謝しているとおっしゃいましたよ。それはこちらです陛下。おおおおおおもったいなやもったいなや。

それにしても紀子さまの笑顔の美しさの素晴らしさ!笑顔が向けられるとどよめきが起きていた。青春の若さと美しさ真っ盛りの美貌の姫君おふたかたの横に立ち、さらにひときわ美しく尊い笑顔をなさっている、この方の気品も美貌も慕わしさもすべて「努力」で培われているのだと思うと本当に頭が下がります。

見ればわかるありがたさ。

案の定、向かって右側に人々がつめかけて、アナウンスで「左側が比較的すいています、お詰めください」とうながされる始末。向かって右が弟宮様ご一家だもん、右がいいよ右が。

右がいいよ右が!

新年の一般参賀にもぜひ参加したいと思います。そしてわたしは右に行く。

警備の警察官の方、皇宮警備の方、またボランティアで「日の丸」を作り配布してくださった皆様、本当にありがとうございました。

日本の神々もしっかりご照覧あったと思います。

いいのかなあ、「あれ」で。

2012年ころにどこかで目にしたテレビ番組で今上の教育係だった方の言葉としてあった「強い人格とは人を思いやる心」を思い出します。




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皇室、神道、信仰など | コメント(6) | トラックバック(0) | 2016/12/27 20:47

美しい心、美しいことば




朝見の儀(平成17年11月12日)

紀宮様1
清子内親王殿下の謝恩の辞に対しおことばを述べられる天皇陛下
(写真:宮内庁)


紀宮様2
清子内親王殿下の謝恩の辞に対しおことばを述べられる皇后陛下
(写真:宮内庁)


紀宮様3
(写真:宮内庁)

朝見の儀(平成17年11月12日)

◇朝見の儀おことば

清子内親王殿下 謝恩の辞(天皇陛下へ)
今日(こんにち)までの長い間,深いご慈愛の中でお育ていただきましたことを心よりありがたく存じます。ここに謹みて御礼申し上げます。

天皇陛下 おことば
この度の結婚は誠に喜ばしく,心からお祝いします。
内親王として,その務めを立派に果たし,また,家族を優しく支えてきたことを,深く感謝しています。
結婚の上は,これまでの生活の中で培ってきたものを更に育み,二人で力を合わせて楽しい家庭を築き,社会人としての務めを果たしていくよう願っています。二人の幸せを祈ります。


清子内親王殿下 謝恩の辞(皇后陛下へ)
今日(こんにち)までの長い間,深いご慈愛の中にお育ていただきましたことを心よりありがたく存じます。ここに謹みて御礼を申し上げます。


皇后陛下 おことば
この度はおめでとう。
これまで内親王として,また,家族の一員として,本当によく尽くしてくれました。どうか新しい生活においても,家庭を大切にしつつ,社会の良き一員となっていかれますように。
お二人の健康と,幾久しい幸せを祈ります。


宮内庁ホームページは句点を「,」と打つのでちょっと違和感がありますな。普通に「、」と「。」ではいかんのかと。
それから紀宮殿下は皇籍を離脱なさいますがしばらく掲載しておきますよと表示がかつてあったのですが、該当ページをみつけられませんでした。たぶんわたしの検索方法がよくないのだと思います。
なのでデータはこちらからの転載です。
http://web.archive.org/web/20070809181311/http://www.kunaicho.go.jp/sayako/sayako-tyouken-h17-1112.html

嫁ぐに際しの親子の会話。

公的な場でのほんの少しのやりとりですが、清らかで尊く万感の思いに満ちています。

両陛下からはよく尽くしてくれた、ありがとう、という謝意と、そして「社会人として立派に過ごしてもらいたい」というご希望が共通しています。

読み返してみてください。立派な社会人になってほしい。そう望まれていらっしゃいます。

人として生きていく上で一番大切なものはすべて与えた。
だからその上に自らの努力を重ねてほしい。そういうことです。

今上陛下の親王殿下、ことに現在東宮位にあられる方は、愛娘が嫁ぐに際し、かくも清らかで美しい「心」の応酬がおできになるのか。

できないならばできないなりに、それを隠さずにいればいい。

糊塗するから暴かれる。嘘をつくから見抜かれる。

「ありのまま」が一番で、かつ、「その上で努力する姿勢」が尊いのだと、今上陛下も紀宮殿下も身をもって指し示してくださった。

さーや、と愛情と称賛をこめて呼ばれ慕われ続けたお姫様は伊勢の斎宮の代理も果たされ、神を宿し、神と語らい、神と親しく交わりながら、一般民間人の暮らしをも丁寧に営んでおいででしょう。

「理想の男性はお兄様」が「お兄様は無責任です」に変わるにあたり、どれほどお心を痛められたか。

できないことが問題なのではありません。
できないことをできると虚偽をまき散らすことが問題なのです。

皇籍を降りられる方であるならば、めくらましのための学歴よりも、人柄の良さや清潔感や清廉さこそが必要でしょう。

わたしは、現東宮家の内親王に「愛子」「敬宮」と名付けられたときにひどく落胆したものです。
なんとさもしい、あさましいイヤな名前を選んだものだ、と。

これらはいずれも「内親王だから」無条件でおまえらは愛せ、「内親王だから」おまえらは無条件で敬服せよ、という意味だからです。

愛子さん自身は何ひとつ努力しないが、おまえらは「内親王だから」無条件でひれ伏せ。

逆ではない。決して。愛子さんが無条件で人を愛し、人を敬い、誰からも愛される素晴らしい人柄であるように、との願いは「ない」。

まして直近に「愛子」と同じ名を持つ方がいるのにかぶせてきた。

猫に「ニンゲン」と名付け、「ニンゲン、来い」「ニンゲン、食べろ」と命令する。

この感性は異様です。親が悪い。親がおかしい。

そして今上の二番目の親王殿下と内親王殿下はまともにお育ちなのですから、最初の親王殿下の資質に問題があるとしか思えません。
だからこそ、「努力により」まともなご家庭であってほしいと切に祈ります。




どうぞ再読なさってください。家を出る娘に送る、ご両親の魂からの贈り物を、深い祈りを。



朝見の儀(平成17年11月12日)

◇朝見の儀おことば

清子内親王殿下 謝恩の辞(天皇陛下へ)
今日(こんにち)までの長い間,深いご慈愛の中でお育ていただきましたことを心よりありがたく存じます。ここに謹みて御礼申し上げます。

天皇陛下 おことば
この度の結婚は誠に喜ばしく,心からお祝いします。
内親王として,その務めを立派に果たし,また,家族を優しく支えてきたことを,深く感謝しています。
結婚の上は,これまでの生活の中で培ってきたものを更に育み,二人で力を合わせて楽しい家庭を築き,社会人としての務めを果たしていくよう願っています。二人の幸せを祈ります。


清子内親王殿下 謝恩の辞(皇后陛下へ)
今日(こんにち)までの長い間,深いご慈愛の中にお育ていただきましたことを心よりありがたく存じます。ここに謹みて御礼を申し上げます。


皇后陛下 おことば
この度はおめでとう。
これまで内親王として,また,家族の一員として,本当によく尽くしてくれました。どうか新しい生活においても,家庭を大切にしつつ,社会の良き一員となっていかれますように。
お二人の健康と,幾久しい幸せを祈ります。





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皇室、神道、信仰など | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/12/12 19:05

そうだ、神社行こう!



・実際に行ってみる。
・由来書を読み、わからないことは神社に質問する。
・納得いくまで教えてもらう。
・相性があるので無理はしない。
・「決意」と「感謝」が、人間側から向けられる最高の捧げものです。



初詣、参拝なすったほうがよござんすよ。お賽銭はそっと投じて柏手は豪快に打つ。そして「決意」をできれば声に出して言う。
あと「お礼と結果報告」もできれば行ったほうがいい。神仏の世界は「契約」最優先ですわ。

作法は現地の指示に従いましょう。だいたい「中の人」である神職などに質問すれば喜んで説明してくれます。面倒くさそうにいやいや義務を果たすところはそこの神様にチクっちゃえ!

いや、今回ばかりは初詣を強くおすすめいたします。後で意味がわかります。絶対に行ったほうがいい。
全日本人に次ぐ!初詣に参拝なされよ!と強く言いたいですね。


よく質問されるのですが、「神社でどうしたらいいかわからない」場合は、実際に参拝なさった場所で確認なさるのが一番です。本当に。
作法には種類がある。TPOって必要です。
わたしはわたしが知る限りの「正当性」をいくつか持ってはいますけど、ケースバイケースということもありますし、郷に入りては郷に従えが一番です。

で、神道と神社についての一般論。

「氏神様」というのは、もともとは「自分の先祖」そのものでした。みなさんがいま普通に使っている「名字」の部分、これを「氏(うじ)」といい、所在地=在所の名前そのものをそこに住まう人間が名乗るのが一般的でした。

たとえば今も残っている千葉県は、千葉さんたちが開拓したから千葉。江戸城は江戸に住まう江戸さんたちがつくったから江戸城。というように基本的には「土地の名前をそのまま名乗る」のが氏になります。
そしてその名を名乗る者が亡くなれば、後に残された者たちが「氏の神」として祀るので、死ねば自動的に神であり、生きている間は自動的に「神の子孫、神の直系」ということになります。

一番身近なご先祖がお父さん、お母さんで、一番身近な子孫が子供たち。これらを総称して「自分より前に死んだ一族の人全部」が「氏神様」。
氏の神の直系なので「氏子」。

つまり山田地域に住まう山田一族の神は山田神。というわかりやすい構造です。

なんて安心な世界なのでしょう。生前はご先祖を神と仰ぎ、死ねば自分が神と崇められていく。根付いた土地でそうやってリレーされていく命と心のおきどころ。

これが本来の氏神です。

これが一番古い「固有名詞のついた、人間が設定したもともと人間だった神様たち」です。

ところが、これだと「どの神が一番えらいのさ」に答えが出せない。誰だってわが祖先をトップに据えたい。
山田神を拝む山田さんは、佐藤神を拝む佐藤さんと「うちが一番」と争わざるをえない。

そこで聖徳太子が「外国の神様」である「仏」を頂点に据えることで相対的に天皇をも含めてみんなの地位を引き下げた。

奇策中の奇策ですね。聖武もこれに近いことをした。

聖武とか後醍醐とか、子孫の方には申し訳ないですがわたしはナナメに見ています。詳細はセミナーなどで「根拠を出して」説明していますが、だいたい「おおごと」をしでかす人はそれなりの「ヤバめの理由」があるものです。

だいたい権力を持った、持つことができた時点で「いろいろなさっておいでですわねえ」ですからね。

それはともかく

わたしは個人的に日本の神々を三種類に分けています。
野や山にある自然物と、それらが引き起こす現象、そしてもともと人間だった神様、の三種類です。
だいたいこれで説明できる。

ご神体が山である、樹木である、岩である。と、海の波、野を吹く風、落雷や積雪。天皇ならびに皇族や武家、人間の世界に功績があった人たちなど。

で、産土神は氏神の後に作られました。自分が住まう地域と、自分の名前とが一致しない人が増えて以後、「神である土地」を離れた者には新たに「自分の神」が必要です。
そこでそのときの所在地に一番近い神社を産土神として参拝し、氏子となる。

さらにこの後に「屋敷神、イエガミ様」が作られて、明治の国家神道出現までに、さまざまなすったもんだがある中で、日本というのは「奇跡的に」こういうものすごく古い信仰形態を残している。

「神」を作り出す作法を持っている。すごいことです。

それで、詳細は後で話しますが、初詣、参拝を強くおすすめします。

来年も「日本」は揺れる。揺らされる。そのときに「自分をも含む大きな存在」とコネクトしておいたほうがいい。

心配ごとがあるのなら「心配しないで、生きます!」と宣言する。神前で。

日本人が当たり前に使っているこの「漢字」はもともと全部「外国語」で、それは「神と交流するためのツール」として用いられていた。最初にあった「音」を、外国語のカタチに当てはめて、うまく使いこなしてわたしたちは当たり前に「日本語」として使っている。

中国は簡体字、韓国はハングル、もともと先進国だった両者は、普通は敗戦国が暴力的に強制される文化破壊である「文字を捨てる」ということを自ら選んだ。
このときにすでに両国家の破滅は確定されていたと言えましょう。

なぜなら言語は国の根幹だからです。コトバは神とも人とも交流できる最高の「絆」だからです。
これを自ら捨て去った。

つまりは「親も先祖も神もいらない」と宣言してしまったのと同等です。実に実に残念です。

今はもう、日本にしか残っていない「神との直接交流のツールである漢字」。これは大切にしなければなりません。

コトバには先祖の、親の、神様との交流の歴史が詰まっているから。

そしてご縁があるならそこに、そうでなければお住いの近隣に、「わたしはこのように生きます」と宣言し、決意を新たにすることはこれからはなおいっそう重要です。

尊い存在ほど「本人が決めるのを待つ」ものだから。

尊い存在ほど「ああしろ、こうしろ」と指示は「しない」。

「あなたはどうしたいのですか」と真っ先に確認する。なぜなら「相手の独自性をおかしてはならない」ということが、魂の世界での第一鉄則であり、これを破ることは「約束の生き物」である神・仏にとっては存在の根幹を揺るがすものだからです。

まず「あなた」がどうしたいか決めないと、誰も何もできないんです。また、してはいけない。

真央ちゃんが「試合でトリプルアクセルを決めて認定されたい」と決めるから、マスター・ノブーオは指導をするし実施できるよう「よしいこう」や「今はまだ」になるわけだし、ファンも「決まりますように」と応援するし、アマーノあたりが「はいはい、ダウングレードダウングレード」と舌なめずりを始めるわけです。ひいいいい最後いらねえwwwwISUも「罰してやる!頂点を極めようだなんて許せん!俺たちが気に入った選手だけを勝たせてやるんだ!」と騒ぎ出す。うわああ暗黒ーーー!!!
※個人の感想です。

なんですか世間では「比喩だけど」とつけさえすれば死ねと言ってもよくなったんですか?恐ろしい世の中ですねwwwwww

まあ人の死に「☆」をつけちゃうヤヴァい子持ち中年もいますから________比喩じゃなくて直喩でもなくて事実の指摘だけど______

万が一、大事なお父さん、お母さんが亡くなったときに「ご冥福をお祈りします☆」という電報やお悔やみのお手紙をもらっても平気なんですかね、荒川静香さんは。すごい神経だ。
「伝えきれないたくさんの思い☆」をこめてくれたんだな、と思うだけなんですかね。すごい神経だ。

ま、まさか絵文字だらけの弔問記帳になるのかな________

自分さえよければなんでもイイようなものですが彼女は公人ですからね。
まあ森さん失脚に伴う橋本性子からの棚ぼた会長職をめでたくゲットできるかはまだわかりませんけども、常識的な言動を心がけていただきたいと思います。
一般ド素人のクソブロガーの姐さんと違って責任ある立場なんだから。

あ、つい脱線しましたが、神道の話です。

神道は宗教じゃないんですよね。宗教に必須のモノがなんにもない。
開祖がいない、経典がない、戒律がない、罰則がない。

せいぜいが「場を清め、心を静めて神の存在を実感する」ことくらいです。

細かい話は抜きにして、もともとわれわれは「神の子であり神として祀られる」ということが当たり前の毎日だった。しかもわたしたちの先祖にとっての神とは「生きるべき場所、その大地そのもの」であった。
であるのなら、無残な環境破壊や大量生産、大量消費、大量虐殺ということがそもそも「できない」縛りであった。
神である大地に神である自分たちが平和に安泰に生きていくために、必要最小限の生産物とそのための労働力と公正な配分とが大切なことであり、自分さえよければいいという考え方は根本的に生じなかった。

だって「独占」はできないから。どうしたって共有、共存、を考えなければ生きていけない。

川は誰のもの?
山は誰のもの?

本当は「誰のものでもない」

そんな自然観。

そこに中国から陰陽や五行などの「大自然のめぐり」を基盤にした自然の解釈、世界観が入ってきて、日本の風土にフィットした「世界観」が息づきだす。

細けぇことはいいんだよ!でなんでも採用するくせに、即座に「より素敵なもの」にどんどん魔改造してしまう。

日本には世界中の「いいもの」が残されており、さらにいいものにすべく、こぞって努力が続けられている。

たとえばスケート。
伊藤みどり神と浅田真央がフィギュアスケートを「魔改造」したともいえますよね。みどり神はスケートをスポーツに変えた人間で、浅田真央はスケートを御神事に変えた人。スポーツから神話へ。この英雄叙事詩はしかもまだ続行中。
「日本人」、とんでもねえなと思います。


ヤマト政権が中央集権化をするにあたって、「稲作」と「神」を配って歩いたことは有名な歴史的史実ですが、それによってわたしたちは「ごはん」と「安心」とを提供され、かわりに「納税」をすることになった。で、「まっとうなごはん」が欠乏すると一気に政権が変わり、「ちゃんとした安心」がなくなると、権力構造である「為政者」をこえて「権威」である皇室にあれこれ起こる。

皇室御神事は本来は「稲作御神事」であるべきです。そこをおろそかにしては絶対にいけません。

だってそれが本来の皇室の役割だから。みんながよくばらずに全員がおなかいっぱい食べられて、安心して生きられる自然環境との共生の、代表選手、代理店、そういうモノのはずだったから。

今の日本はおなかはいっぱいにできるけれど、心の寂しさ、「魂の飢え」をどうにもできない人が多い気がする。そのように不幸になるべく、弱くてダメで都合のよい奴隷であるように、敗戦国ニッポンは70年かけて殺され続けた。

でも、本来「日本」ほどすごい国はないんです。根拠はいくらでも出せる。そしてかつてダメだったとしても、今、「よい国」になることはできるんです。可能です。

光ある未来、よき国家、素晴らしい国民と素敵な天皇、輝かしい未来に生きるために「もうそこに息づいている神様たち」と共存共栄して「一緒に輝く」ことができるんです。

どのように偉大な社会的変革も、はじまりはひとりの心からはじまります。孤独なひとりの心に宿った「その思い」がやがて多くの共感を呼び、次第に巨大なうねりになっていく。

どのような暴力も「真実」を圧殺することは決してできない。
彼らにできるのは肉体を滅ぼすことくらいです。「心」は殺すことができない。

過去の人生において何度も火あぶりやら八つ裂きやらにされてきたわたしが言うんだから間違いない(笑)。

心は殺せない。

この冬、「神々」という先輩方と心を通わせ、「一緒にがんばります!」と伝えることも、大きな変革になるはずです。

日本の霊的護持、霊的国防というものも、わたしたちは視野に入れて生きていくことができるのです。

だいいち、楽しいじゃありませんか。神様、行くと喜んでくださいますよ。よしよし、とご加護をいただける。

この国の国土そのものを御神体として大切に交流してきた命のリレーの結果として「あなた」はいる。ならば古き懐かしき「おなじみさん」の大先輩として各地にてそれぞれの交流をと思います。


こういう話をセミナーで話しています。2016年、あとわずかですがまだいくつかセミナーがあります。
よかったらいらしてください。

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http://oenn.blog.fc2.com/

姐さんもあちこちの神社に出没予定です。このブログをご覧くださっているみなさんとどこかでそれと知らずにすれ違っているかもしれないですね。それもまた楽しみです。


人間が全身全霊をこめてもたれかかっていいのは神様だけです。あちらは持ち時間がとても長い。人間ならすぐに消え去り立ち去ってしまうところを数億年レベルでおつきあいいだけます。

すべてはフィーリングです。参拝してみて明るい気持ちになれたところ、なんだか元気が出るところ、明るくてからっとしていてゴキゲンな気に満ちたところが(あなたにとって)よい場所です。


「奪われた過去」を取り戻すために、日本人が備えた「すべてのよき本来性」を再び見出すために、この冬はぜひ参拝をと思います。

なお、集団で参拝した場合、一番レベルの低い者にあわせて神様から取り扱われます。ですので、いくら可愛くてもワンコ連れはいただけません。犬と人間は線引きが必要です。中には賢くて優しくてお利口でなみの人間よりよっぽど立派なワンコもいますが(そして実に多いんですよ、いいワンコが!)、それでもやめておくべきです。
神社側が推奨している場合は別としますが、わたしはそういう神社にはいきません。ご一考願います。


・実際に行ってみる。
・由来書を読み、わからないことは神社に質問する。
・納得いくまで教えてもらう。
・相性があるので無理はしない。
・「決意」と「感謝」が、人間側から向けられる最高の捧げものです。

グッドラック!
(ほらアメリカナイズwwwww


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皇室、神道、信仰など | コメント(24) | トラックバック(0) | 2016/12/12 13:52

なぜ天皇の死体は焼いてはいけないのか



今上が「死ぬまで天皇であることを引き受けるがすっごく大変」と国民全員で現状をお察しくださいとおっしゃっています。
「天皇が重病、未成年の場合」とはっきりおっしゃいましたね。政治利用されない範囲でぎりっぎりのコメントでしょう。
そして皇后陛下と共にご公務をなさったとも。

自称保守の皆さんがこぞって今、皇后陛下バッシングを続けるのが本当に不思議です。
今後の皇室にとって日本にとって「いらない存在」であると自己証明してしまっている。

天皇陛下がこの世でもっとも信頼し情愛を寄せていらっしゃる伴侶にこれ以上、重荷を背負わせようというのでしょうか。
胸が痛みます。
自分のためにならないからおやめなさいと申し上げたい。

で、刺激的なタイトルですが今日のセミナーが終わったらちょっとこのあたりを記事にしたいと思います。

いろいろやってます↓

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昔からこういうことばかりを考えて生きてきました。その根拠を提示しながら皆さんをめくるめく「日本的電波の世界(笑)」へおさそいしたいと思います。

小和田さんちが本気出してきたんで(笑)こちらも負けじと言いたいことを言っておこう。
姐さんから見た「大自然」と「その中で生きるいち構成員の人間という種類」について書いておこう。

皇室にだけ任せておけない時代だしね。全員で小さい太陽になっていけば世の中明るいよ、という話です。

忘れている人が多すぎる。自分が太陽であると決して思い出させないように教育という名の洗脳が蔓延しすぎてしまったんだ。

わたしは日本に生まれて日本で育って日本で死んでいく人間です。「日本担当」ですから日本弱体化の流れには徹底抗戦しますよね。そりゃ当たり前のことですわ。

冗談じゃねえよ、ふざけんなといろいろ思うので書いておこう。

ちょっと待っててね。






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皇室、神道、信仰など | コメント(4) | トラックバック(0) | 2016/08/11 07:32

天皇陛下、生前退位を希望あそばされておいでのようす



※宮内庁が否定した、という速報も出たようです。またしても小和田氏からのリークでしょうか。
いろいろ勘ぐると皇室典範改正を最優先させてほかの憲法をいじらせたくない人たちの飛ばしってこともありえますね。
まだ詳細は不明です。
入内のときは海外メディアを使ってましたが今回は。さてどうでしょうか。続報を待ちたいと思います。

調べてみたら2013年にも週刊新潮が飛ばし記事を出して宮内庁に抗議されています。


2013.6.13 19:21

週刊新潮「生前退位」報道 内閣官房と宮内庁が抗議
http://www.sankei.com/life/news/130613/lif1306130003-n1.html

内閣官房と宮内庁は13日、同庁の風岡典之長官が、天皇の生前退位や皇位継承の辞退を可能にする皇室典範改正を安倍晋三首相に要請したとする週刊新潮6月20日号の記事について「このような事実は一切なく、この記事はまったく事実無根」と、同誌編集部に対し文書で抗議し、訂正を申し入れた。風岡長官本人も同日の定例記者会見で、「事実無根」と否定した。

記事では、風岡長官が今年2月1日、安倍首相に皇室典範の改正を提案したとしている。将来、皇太子さまが天皇に即位した後、早い段階で退位され、悠仁さまが皇位を継承されるという考えを宮内庁側が示し、そのために秋篠宮さまに皇位辞退の権利を認めるとしている。

また、「すべて天皇、皇后両陛下の思(おぼ)し召(め)し。すでに天皇・皇太子・秋篠宮の三者による頂上会談でも話し合われ、納得されている」と宮内庁幹部が解説したとしている。

内閣官房と宮内庁の文書では、こうした内容を全面否定している。同庁によると、事前に同誌から文書による取材があり、こうした事実がないと回答したが、記事は、その回答について触れなかった。同誌編集部は「記事は機密性の高い水面下の動きに言及したもの。内容には自信を持っている」とコメントした。


秋篠宮殿下を外したい、とは驚きです。わたしには弟宮こそが日嗣の皇子、皇太子にこそふさわしいと見えるからです。

今回も中国に媚びたい政治家があせりましたかね?


きましたね~。
自民が与党でしかも安倍政権下で今上陛下お立会いのもとで皇室典範改「善」です。

陛下はかつて火葬を希望なさいました。御陵を大規模になさらないよう指示なさるとともに、これは死体を悪用されないようにというご配慮だなと思いましたね。
この世でもっとも陽が極まった人間は天皇です。そして陰の極みは死にたての天皇です。フレッシュな極陰ボディが入手できたらいろんなことができますからね。
つまりは死後、そういうことをされない保証がないのだろう、と感じて悲しかったです。

まあそれはともかく、今上は必ず最善手を打つ方です。太陽の直系子孫、皇孫としての最後のつとめ、果たすお覚悟とみました。

陛下のご意向で日本人全員が死に物狂いで皇室、日本、政治、未来、生活、宗教、文化、風習、あらゆる側面でものごとを深く考えてよかれと思う行動と懸命にとることになるでしょう。わたしもそのひとりです。

陛下はすべての始末をつけて去ろうとなさっている。見上げたものです。
恐れ多くもかけまくも「やるわね!」と膝を打ちたいです。

陛下。

ま、とりあえず浮足立たず、それぞれの持ち場でがんばりましょうや。

日本の神々が出した結論は「皇統は弟宮のものに移る」ですからね。結果は出ている。
じたばたする必要はありません。
しかもここのところの有象無象のダメな大人たちの醜態が一気に吹き飛んでしまった。

昭和天皇が自らの死をもって示した「日嗣の皇子」の姿勢を生きているうちに範を示してくださるとは。

あっぱれです。皇室の戦い方は深い。怖い。恐ろしい。

この激動の時代にしっかりと各自が持ち場を守って陛下のお心をくんで暮らしを営むのが大切です。

ああ、あと諸外国にはしばらく「すいません、うち今まじでとりこんでまして!すいません!すいません!」で全部無視、でもよくなったわよねーーー(政治検索)

このへんも含めてまたちょっとさまざまを見越してセミナーをいたしますのでよかったらいらしてください。

O-ENN公式サイト
http://oenn.blog.fc2.com/


陛下は日本そのものだ。大好きだ。陛下、最後の大逆転まで見事です。





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皇室、神道、信仰など | コメント(5) | トラックバック(0) | 2016/07/13 20:34

「あの悪質なデマ」の発生源を知る人に遭遇!




追記。通報しました。姐さんもまとめて宮内庁さんから怒られたらそれはそれで「小和田雅子氏に関する真実」が垣間見えるでしょうから、どっちみちわたしは得しかしないです。ラッキー☆

宮内庁

片山さん


選挙が終わったとたんにこれだよ!

「ああ~やっと言いたいことが言えるわね~嬉しいわ~」とのびのびと開放感にひたっていたら釣れました、でけぇのが!

皆さんはご存知でしょうか、秋篠宮殿下は皇后陛下の実子ではない、という嘘を。女優の加茂さくらさんが生んだ子だ、というデマを。

それを主張する人に姐さんさきほど出くわしました。
これは大変なことですよ、元宮内庁職員がべらべらとそんなことを町中で!

詳細はこちらのまとめをご覧ください。証拠保全で画像も転載しておこう。


衝撃!「あの悪質なデマ」の発生源を知っている人についに遭遇!
http://togetter.com/li/999226


秋篠宮殿下の出自に関する悪質なデマの出所を知る人についに遭遇!「元宮内庁職員から聞いた」と衝撃の返答が!「今から20年ほど前に一流大学を卒業して宮内庁を三年で退職した普段から左がかった言動のよく飲み屋に通う男性」の元宮内庁職員が発生源か!宮内庁に確認中!


これが発端。のんきに「虎と頭蓋骨」とか「ワイハーに行くなら新婚旅行で」とかのびのびと傍若無人につぶやいていたら突然目に飛び込んできました。はぁ?

oka.jpg

姐さんは、こちらの「丘田さん」のフォローをしているので、丘田さんの発言は見えますが、相手の方の詳細はわかりません。

でも、さっそく喧嘩を売る姐さん。

bakanaatasi.jpg

そしたら殺気だった別の方が会話に入ってこられて、現東宮家にまつわる「スライド」や「画像」について説明をいただいたりしながらも。いや~素直な方でした。なんでも答えてくれる。

こちらが発言者さん。
1--ネコチン氏

それでは「説明」をうかがいましょう。

3_201607130407042b1.jpg

怒ってないですよ~驚いただけですよ~あとは「いかに情報をうまいこと引き出すか」どきどきしてただけですよ~。

1_2016071304070106b.jpg
2_20160713040702296.jpg
4_20160713040705588.jpg

なんかすげーーー。

この後いかに自分が皇室を崇敬しているか語りはじめます。祖父が勲章もらったとか・・・

知らねえよ。


小和田雅子氏の悪口を言う人がいてカッとなる←わかる
だから20年前に飲み屋で聞いた弟宮に関するデマを言いふらす←ファーーーッ!?

さっぱりわからねえwwww

まあともかく通報ですわ。宮内庁元職員がこんなことを居酒屋で管巻いてるのはシャレになりませんし、すべてがこの人の妄想でも、それはそれで宮内庁さんサイドは詳細を知りたいでしょうからオッケーでございます。

ついでにこの方、片山さつきさんに相互フォローしてもらったとプロフィール欄に書いてますから片山さつきさんにも通報です。
「あなたの名前を出した上で悪質なデマを流していますよ」と。

宮内庁と片山さつきさんから返事をいただいたらまた記事にするわね。迷惑な話よねえ~。

衝撃!「あの悪質なデマ」の発生源を知っている人についに遭遇!
http://togetter.com/li/999226


姐さんのまとめはたいがいイカレているから注意よ~。

それにしても選挙の翌日よ。なんなのこの流れwwww「のびのびしなよ!もっともっと!」ってことなのかしらwwwww





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皇室、神道、信仰など | コメント(16) | トラックバック(0) | 2016/07/13 04:27

天皇誕生日一般参賀



行って参りました、一般参賀。
「知り合いいっぱいいるだろうなー」と思ったらいっぱいいました(笑)。

今回は秋篠宮家の大姫様目当ても半分ございまして、ええ。だってあの姫様のどでかさは異常。頼もしいったらありゃしない。あれは神の器ですわね。その器のでかさは明治大帝をほうふつとさせますわね。秋篠の宮さまと、このおふたりは特にあのすこーんと突き抜けたでけぇ青空みたいな空気を生来お持ちかと。すごいことです。
大姫様のお姿を見るたびに「ニッポンの未来はまっこと明るいぜよ!!」と叫びたくなる。
単身での海外ご公務も大成功で素晴らしいことだと思います。

陛下の誕生日をお祝いしに参じたはずなのに、かえって陛下から暖かくやさしい気持ちで祈りを手向けられまして、ありがたいやら申し訳ないやら。
陛下・・・24時間、365日、本当に本当に日本の繁栄と世界の平和を祈り続けてくださっているお方です。
ありがたい。ありたがい上にもありがたい。


ずーっとゲームの話をでけぇ声でしていた小僧どものグループがお出ましになったとたん「可愛い可愛い」とほとんどおろおろするかのごとくうめいていたのに笑いました。泣きそうだったぞ。わかるけどな。姫様方の気品と美貌と清楚さに完全にノックアウトされていたのだ。姐さんも同じだ(笑)。

情感豊かな年代の彼らが、美しい異性の気高さに心を打たれる経験を持つことができた、ということは彼らの今後に大きな影響をもたらすと思います。
がさつで下品で私利私欲だけの凶暴なオンナ、メス、たとえば姐さんのような奴、だけでは「ない」ということを胸に刻みこめただろうということ。
「本物の気品」を備えた素晴らしい淑女を目の当たりにできた、ということ。これは大きな転換になるだろうと思います。
人生に明るい希望を持てるようになりましょうし、かくも気高く明朗でたっぷりとした「余裕」を持った心根の清い女性を知ってしまったら、自分をかえりみる、ということもできましょうし、めったな相手は選ばないだろう、とジジィはうむうむとそっと目頭の涙をぬぐったりぬぐわなかったり、余計なお世話をかみしめておりました(笑)。

よかったなぁ、あの姫様方がいてくださって。そしてあのようにおふたりを育ててくださった秋篠宮両殿下の尊い志と生きた行動とに深く敬意を表したい。利発で思い深く可愛さ天井知らずのゆうゆう殿下は言うに及ばず。

いやー、しかし弟宮ご一家は麗しい上にも麗しく、ひごろの生活態度がモロバレの「ああいう場」でさんぜんと光輝いていましたねえ。人として生まれてあらん限りの努力を続けておいでだということがひとめでわかる。本当に偉大だと思います。

天皇陛下、皇后陛下は言うに及ばず。

ああ。陛下。

あと百万回お誕生日を祝いたい。この世で。地上で。

おかしかったのが某ヨシフ氏に激似の男性がいらっしゃってですね、「あれ本人じゃね」って勝手に写メられたりしていたのですよ。姐さんも「ま、ま、まさか本人!」とちょっとだけ距離を詰めたりしていたのですが(いや別に、暴れ出したら殴ろうとかそういうことではなくてですね、人波に押された結果ですよ結果)、しかして陛下がお出ましになった瞬間に「天皇陛下、ばっざあああああいいいいいい」と朗々たる声で両手を上げていましたので「あ、別人」とわかりました。正直すまんかったwwww「もしかして 左翼」とか写真をあげかけたうっかりさん☆は人違いだから気をつけて!感極まったようにすごい笑顔で涙ぐんでらしたので絶対違うと思います。

でもさ、ヨシフも来ればいいのにな。そして感極まってうっかり泣けばいいのにな。それをイラストレイターさんにネタにされてしょうもない言訳をして大炎上すればいいのにな。とまでは思いませんが、ものすごい数の人が「おめでとうございます!」と一緒に思える空間を与えてくださって本当にありがたいなと思います。
朝から何度もお出ましでお大変でいらしゃるでしょうに。。。嗚呼!ありがたい。

で、姐さんはなぜか毎年外国人一家、外国人グループに取り巻かれるのですが、彼ら彼女らの反応が毎年本当に興味深い。
「わーラッキー」くらいの気持ちで参加したと思うのですよ。そして誰もわりこみをせず行儀よく指示通り列を作って静かに待っている日本人にビビらされていると思うのですよ。ぐいぐい割り込みをしていらいらしながら日本人を蹴散らす不逞なガイジンとかたまにいるもんな。そして気がつくと神妙な顔で一緒に並んだりしてるもんな。

そしてお出ましになった瞬間、陛下の慈愛に心を打たれ、皇后陛下と恋に落ちる。世界共通で伝わるものが確かにある。
毎年、ガイジンのトーチャンズが「なんてエレガントなんだ」と皇后陛下の気品にうめき声をあげるのを見るのは愉快です(笑)。

さらに加えて今年は秋篠宮家の美しい姫様方と妃殿下とお三人で発光なさっている分には各国語で「綺麗」「可愛い」「素敵」と絶賛のつぶやきが。

ぐえへへへ、となぜかドヤ顔でうむ。と思いつつ、あのような気品と威光を備えるまでの超人的なご努力を思い、われわれもしっかり生きていかなければなと大いに反省をいたしました。

宮内庁ホームページを見るとビビりますよね。両陛下と秋篠宮家の皆さまのご公務の多さとに。
ありがたいことだなと思います。

来年の新年の一般参賀もぜひに、と思っています。



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皇室、神道、信仰など | コメント(2) | トラックバック(0) | 2015/12/29 23:47

近況その他。某お稲荷さんと丁々発止



セミナー用にネタを仕込もうと思い、先日、せっかくだからと都内某所のお稲荷さんに相談をもちかけてみたんです。
「アブラミとアブラゲは似ているから、ひとつあたいのアブラミをどっさり食い尽くしてみねぇ。ダイエット明神さんとして話題を呼ぶこと請負だぜ」と。速攻で「ヤだ!」とつっぱねられまして、○キロ減る!どころかデキモノをこさえられたあげくに内臓がはみ出してくるという事態に。そこで「せっかくだからキツネの形に腫らしてみねぇ」とリクエストするも拒否。
しょうがないので「じゃあ取り消し!」ということで手を打ちました。
この間、わずか三日ほど。ただちに健康体に戻りまして、元通りでございます。
残念ながら現在のダイエット大明神、ならずです。
「じゃあガン細胞だけ食い尽くすなんざ、どうでぇ?人には拝まれ自分は満腹、結構づくめじゃねえのかい」には「臭くてまずいから嫌だ」そうです。
ちっ、使えない稲荷だな~と内心で毒づいている姐さんはいつ落雷で死んでもおかしくはないですか、そうですかwww

これって「現象が出るのは三流」という持論に従えば「ダメな事例」に入るんですが、一応自分の中では「祟りではない」ことにしています。
そう、「祟りではない」のだ。まあちょっとした人体実験ですわね。
「何もないこと」をもって至上とする姐さんの体に改変を加えられるのだからなかなかのモノだなあと感心しました。
あと「自分で許可を出したからしょうがない」とも。
そしてこのような接触があったから今後崇敬を寄せるかと申しますと別にそうでもない。
これまで通り適正距離をおいて無視していきたいと思います。

実にスピーディであからさまではっきりと「わかる形」で意思表示をしてくるのが、このように人間の次元に非常に近く、それゆえに現実世界に容易に介入をしてくる存在ですな、とひとつ実証できたと思います。

そもそも「お稲荷さんてナニよ」ってことから話を初めて「お稲荷さんはコワイ」と「されている」理由とかルーツとかをひもとくことで「神仏とのかかわり心得」を広めようとしていたんですが自分が内臓はみ出すってどういうことかとwww
未熟です。ムwwカwwつwwwくwwwwww
いいじゃんねえ、アブラミをわしわし食ってくれたってwww

まあ功名心もちょいとありましたんで、やっぱ距離を置こうと思いました。

一切反省していないのは内緒ですwwwwwww


姐さんは「仕事」をしている時が一番幸せなのですが、近年「祟り」を取り扱うことにとても喜びを感じます。
祟るほどパワフルで一途に思いつめている人(というか人だったモノとか自然の事物)に話を聞くのが面白い。
ハリウッドスタァにインタビューするように「んまあ!それで二百年も!?」とか「どうなさりたいの?よかったら手伝いましょうか?」といそいそうきうきしてしまいます。真面目だもんな~、あちらさんサイドって。

人間はころころと気分が変わる。天国と地獄を瞬時に往還できてしまう。キムに被曝してげーっと思っても真央を見たらほわほわ~になれるw 自分で選べるんですよね、「いる世界」を。

真央ちゃんは、彼女がいればまわり中が笑顔になるからきっと普段から極楽に暮しているんだと思う。
ときどき地獄の住人やあえて修羅道を選び、好んで腐敗した暗くて寒くて殺し合いと奪い合いをしないといられない世界に安住している気の毒なモノたちが彼女の足を引っ張ろうとするけれど、そもそも真央の足は地面からちょっとだけ浮いているからつかめないw
無駄な努力に必死ですわね。

でも、ボディを出た実体たちはこの世に根がかりを持っていないと実在していられませんし、
そもそも神として存在するにあたり
滝や山や川や風や樹や岩や海や・・・というような「モノ」に準拠するような存在も、
ニュートン力学に代表される「この世の法則」には厳然と支配されている。
物理的法則には従っている存在です。

オバケが実体化するときに「寒っ!」となるのは
気温の熱を奪ってモノに転換して現れているからで、けっこう緻密なエネルギー換算をしています。
生命反応はすべからく電気反応ですから、異変があるときに電化製品に異常があったりするのも当然のこと。

たとえば現東宮が「天皇位」という「器」のお役目を果たせないのではないかと思うのも
ナイアガラ瀑布の水量を一気にいちごのパックにいれこむような、人には無理な電気反応を
節制と儀式と教育によって長年かけて「できる心身」に作り替えていくための準備が
できているように見えないからです。
準備ができている人はあのようにボンクラな顔をしていない。できないんです。
どのような資質の者であっても「覚悟」があればあのようにノホホンとしていられるはずがない。
そこを姐さんは恐れますね。
というか残念に思う。
日本で唯一「天地創世の神」とダイレクトにコネクトできる存在、になれたはずなのに。
日嗣の御子、というのは伊達ではない。実際に、本当に、現実に、「神」と一体化できるお立場なのに。
なんで消え去るモノにとらわれたかなあ。はかなく消え去る地上の営為を優先しちゃったのかなあ。

その点では小和田雅子氏もそうですね。もったいない。実に。
望めば日本最高、世界最高の人材と親しく語り合い、学び、育つことができたのに。
その立場を正しく用いてどのような痛みや苦しみにも光を当てて国民と共に「神」に近づくことができたのに。

全部自分でつぶしてしまった。
結果が「業務用冷蔵庫」と呼ばれる肥え太った容姿と「鬼」にたとえられる「人に不快感と恐怖しか与えない作り笑い」のあの面です。中身が醜いとどう外見をとりつくろっても「不快感」しか人に与えないんですよね。
いい加減、弟宮とその妃殿下の功績をかすめとり、自分たちの悪事をなすりつけるのもやめるべきだと思います。
無駄なんですよ。
お二人が立つべきは「神」の前であって、お抱えライターやお取り巻きママ友()連ではないんです。
地上のモノにあれほど拘泥する人は一般人の中でだって嫌われます。下卑た顔つきで荒い動作で損得だけで動く打算感情は軽蔑の対象にしかならない。
クズ磁石のゆえんです。

神ってのは人の「行動」を見ますからね。心など魂など当然のこととしてお見通しです。「その人が実際に何をしているか」をよく見ます。だから神前の儀式があるんですよ。礼を失しないようにわたしたちのご先祖が決めてくれている。最低限それだけは守っておけよ、という儀礼典範がある。ありがたい話です。

岩手県でいじめによる「殺人事件」がありました。

悪人ほどよく神社に参拝をするものです。怖いからです。「人に恨まれている自覚がある」から、だからせっせと神にすがって「どうかお守りください」とやる。社殿の建て替えにカネを出し、御祭りに寄付をし、イベントに参加する。「守ってください、助けてください」「そのかわりこれこれの寄進をします」と約束する。そして約束を守ります。

神も仏もこの世のルールに従うという一面がある。地上に近い存在ほど人間の次元に容喙します。それができる。許されている。

だから悪人であっても「約束を守る」ことを続ける人間には「そのカミ」は守護を与えます。神との関係性において「どういう態度だったか」だけを見るのならそれが当然、自然です。

そして「普通にいい人」は神社にそんなに参拝しない。わざわざ家に神棚を祀りもしない。せいぜいが新年の参拝や、人生の節目に思い出したように行くくらい。

そうするとやっぱり「可愛がられる者」は前者になるんです。悪人。

非常に残念なことですが、岩手県の手巾北中のいじめ「殺人」事件の地域ぐるみの隠ぺいではこれが起こった。
ようするに「地域全体に仇成す【悪人】を神が守護した」ということです。
これは地域神をすげかえるしかない。

支店長が、強圧的なクレーマーだからといって特定の客に対してだけ不当な大幅値引きを行って、プロパーで買う客との比較で異常な得をさせ、しかも赤字を粉飾決算したようなもの。
これは本社から人を出して「どういうことだ」と調査されます。同時に税理士も調べるし税務署も動くだろうし、コンプライアンスに照らして懲戒解雇相当もしくは損害賠償のため民事・刑事告訴ってこともある。
会社全体の信用をがたっと落とされてしまうことへの償いは、ひとりの人間ではもう決して取り返しがつかないほど大きい。
誰にもどうにもできないほどの悲劇が待っていることもある。

でも、「本当に地域のためになるのは誰か」を「人間も含めて自然環境全体」から考えてみると、「善」も「悪」もけっこうなスパンで見て行かなければなりません。
線を引く規矩は誰のものを採用するのか。
罰則はいつの時代の誰が制定したものを採用するのか。

「そのカミ」の取り扱いをどうするのか。

土地柄、というものもある。その場所が「日本」の中でどのような位置づけになっているのか。

姐さんは明治大帝が出された勅旨の中で「霊的な解除がなされていない命令がいくつかあるのではないか」という疑問を持ち、こつこつと調べ続けています。
ずっと心配していたのは「東北」への取り扱いでした。

不用意に公言すると右翼からも左翼からも誤解されますし、
皇室不要論の根拠にされないとも限らない。

姐さんは皇室は必要だと断じます。
理由はとてもシンプルです。
上から順番に大きい理由になります。

・普通の人が接触するとただちに死ぬほかないような高い位置づけの「神」とダイレクトに直結しその状態を保持できる「天皇位」に就くことができる人材を出すだけの儀式や帝王学などの技術と伝統が残されている。

少なくとも明治以後、践祚なさるたびに異なる立場の複数の人間が「人間として臨まれて神=天皇として現れた」と「その夜」おひとりで行われる儀式から明けた天皇陛下に対して書き残している。実際に「天皇」でなければ到達できない「出発点」には立たれている。これこそを登極という。そこからの精進の果てが本当の意味での現人神。


・「適正距離を置いて相手とつきあう」という霊的にも現実的にも最重要な「あり方」の伝統が色濃く残されている。

「自分プラス自然」が「大自然」であるという認識がある。
相手=自然を搾取せず、分を越えずに共存する知恵がある。これこそが神道の神髄であり本当の意味で世界宗教とも世界哲学ともなり得べき広大さを秘めている。
奪い合わず取り合わずとも万人に行きわたるだけの自然の恵みをあらかじめ備えていただいて人間は地上に降り立った。分かち合い助け合う世界観だけが唯一世界を救えるだろう。


・「天皇家」には既に代替の効かない歴史が積み重なっている。これにとって替われる「権威」や「歴史」ある家系を今から構築しなおすのはおそらく無理。

幾度かの断絶やそれに類した危機的状況を越えて「ともかくも続いたという事実」が「実際に有用だから」の傍証になる。
戦後、ころころと短命に終わる内閣と総理大臣ではなく、「天皇」という世界一長命な家系の裔が存在することが日本の国益にとってどれほどプラスになったかわからない。


そしてここでいう「神」はすべて「土地につく」ものです。

わたしたちは自分が住まう地域全体の霊的実在について、その素性をよく知り、理解して、どのような付き合い方をしていけば「まことの幸い」が得られるのかを、今一度改めてみる時代にいるのかもしれません。

神にとって人間というのは、神を認識し、音声に出して神に語りかけることができる直立する哺乳類として非常に重要な位置づけにあるのです。
人間もたった一種類の生命ですが、役割は非常に大きい。

わたしたちは空にまず太陽を見、それを最初に尊いと成した。そして夜。同じように月を見る。日と月と大地とで初元の三角を形作る。さらに深更、無数の星が空に出る。夜空は人工の光や火山の明るさ、夜光虫のようなものがない場所では文庫本が読めるほど明るいです。さらに光源があちこちにありますから影が複雑にできます。ものが陽光よりも立体的に見えます。奥行きが深い。
直立歩行し、自他を免疫機能によって識別する恒温動物、哺乳類でなければ夜空を見て「太陽のように尊いものが無数にある」と認識できない。神の多様性=多神教は必ず夜空からきます。
夜空を、圧倒的な輝きと美しさで世界を埋め尽くす星空を地上に降ろす。再現する。
「夜空を地上に配置しなおす」ことが世界の信仰のはじまりです。

これらの「機能」を、具体的に現実に、清潔を保ち、祈りのコトバを声に出し、祝詞と舞とでくりかえし「神」に伝えていくことが世界で一番得意なのは日本人だと思います。

そのためにこそ日本人はあると思う。

神ながらの道、というのは実にシンプルな道なのです。

環境と調和して、最小限の消費で最大限豊かに共生する。
万物と適正距離を保ち、それぞれに潜在性を発揮して花開いて輝くこと。

これだけです。

どこにも無理がない。無駄もない。ムラもない。不自然ではないがゆえに永遠に近いほどの時間、保たれます。

これらを害するがゆえに、わたしは一神教はすべてカルトだと断じますし、釈尊が「不要、無用」と喝破した「修行」に相変わらずはまっている人たちを気の毒なものに思います。よせばいーーーーーのに、です。


幼少期から奇異な現象が日常でした。奇異とされているカテゴリーでの経験が多かった。それゆえに「これはどういうことか」「なぜこれがこうなるのか」を理解すべく、自分は徹底したリアリストになりました。曖昧さを排除し、具体的、現実的に検証をしていく。
それらの冷徹な検証をはるかにこえて「神はある」「仏はいる」と繰り返し実証を得続けて今に至る。

人からのいかなるアプローチの荒波をもらくらくと凌駕して実在する。


・・・それらとの共生、それらとの共存をいかにはかっていくか。わたしも含めて見直す時代がきているのだと思います。

まずは「中の人」がいかなる存在なのか「自己申告」をチェックする。社寺の公開情報をあらためて、矛盾や偽りがないか確認していく。天台宗の寺院なのになぜか弘法大師が開祖だったりという矛盾などいくらもある。
神や仏がどのような扱われ方をしてきたのか歴史的事実を洗うのも大切です。

そして何よりも「自分がどう感じるのか」が実はすべてだと思う。

あう、あわないのフィーリングはある。波長が揃う、気が合う、というのが大事だろうと思います。

自分がありとあらゆる場所で平気で踏み込んでおきながらここで言うのもなんですが、

・あいさつをしっかりする=礼儀を守る。
・約束を破らない。

これだけできればOKでしょう。

あいさつは大事です。すべての祝詞はまず最初に自分が誰でどういう理由でこれをこと上げするのか説明します。

約束を破ってはいけないのは人間ともそうですが、神は「約束を破れない」存在です。彼らは現実世界に根をおろし、かすかなモノとの接触で自らをくくりつけているような存在です。約束を守ることが存在理由のひとつでもある。約束を破るのは常に人間の側だだった。これはとてもよくないです。
もし約束を守れなくなりそうなら、先に「守れません」と言うべきです。
「毎日の水の取り換えが無理になりました。1日おきにさせてください」とかね。
特に現実に近い存在ほど「えっ神として祀る約束だったよね」と簡単に「現象」を起こします。
しかも「場所につく」ものですから、これらを知らずにうかつに神像を盗んだりすると盗んだ先でフェスティバルが始まります(笑)。
神の祟りは連帯責任で地域に起こりますから、今知らずにやばくて怖くて祟るものから選んで盗んでいくとある人々は本気で気の毒でなりません。見た目悲しんでおかないとバレるので、あくまでも「人間のルール」できちんと裁き罪を償わせるべきですが。

仏の場合は人につきます。なので同じように「実行犯」が真っ先に血祭りに・・・いえそれぞれに事情がありますね。

ただ言えるのは「日本に仇成す意図と行動」はもう「日本の国土そのもの」が許さない時期にきたということです。
わたしが表だってこのようなことを言いながら無事でいる、加護を受けられている、ということが「もう言っていい」ことの証拠であり、人間への警告なのだと思います。

ほんと、崇敬を集める尊い存在に気軽に「どうよどうよ」とがぶり寄っていくような人間が何を言ってもアレですが、このようなことを日々思い、自らで試しながら楽しく過ごさせていただいています。


まとめ

「中の人」の素性あらためは念入りに(得意分野は立候補・自己申告制ですから)
あいさつ重要、礼儀は守る(これさえできれば人の間でもOKです)
約束は破らない(根の国の風に吹かれて嘘をつき続けると後が大変です)


ぐだぐだと長い記事ですみませんでした☆




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皇室、神道、信仰など | コメント(9) | トラックバック(0) | 2015/07/28 02:24

6月30日は夏越の祓



6月30日は各地の神社で夏越の祓を行います。

中の人たちにご挨拶がてら、せっかくですから
半年分の穢れを払い、厄を落として清々しく
初夏を迎えるのはいかがでしょうか。

各神社によってさまざまな催事もありますので姐さんも毎年楽しみにしています。

先日、夏越の祓までに滑り込みセーフで吉祥すぎるものをさまざまに実見できました。
まずはドクターイエロー!!!!
これは感動しましたね~。

Wikiによると

ドクターイエローとは、新幹線区間において、線路のゆがみ具合や架線の状態、信号電流の状況などを検測しながら走行し、新幹線の軌道・電気設備・信号設備を検査するための事業用車両の愛称である。

とのことですが、憧れのドクターイエローが駅に普通に停まっていて大興奮!
もう「ドクターイエローだ!ドクターイエローだ!」としか言えませんでした。
そして携帯電話で写真を撮影。

”見ると幸せになれる”憧れの電車。

駅員さんによると

・十日に一回走ります。
・走行時間は言えない。
・でも、ネットで検索すると時刻表が出てくるらしい。
・が!わたしの口からはこれ以上言えません!

とのことwww

そして富士山!
すごーく大きく綺麗に見えました。こちらも撮影したのですが、手前の塀や構造物が海や雲海に見えてなんとも綺麗な配置になり、神秘で雄大で美しい素晴らしい写真になりました。

そして雲間を移動する謎の光物www
ヨーロッパ上空でもぎらぎらと太陽光を反射する、サイズと移動速度がどうにも釈然としない謎の光物を見たのですが、それよりはコンパクトで、だけど不思議な動き方で消えていきました。
飛行機ってことにしておこう!と決めましたが正体は薄々わかっていて、だけど人に言うとビックリされるので黙っておきます。
光物はよいものだ・・・


ということで「なぜ写真がないのか」については「携帯電話からパソコンに移動することができねえから」ということでwwww
皆さんに幸運の御裾分けを!!!と思って速攻で記事にしたかったんですが、そういうことですwww
ただいまネットで検索なうwwww

そして今気づいたのですがドクターイエローの名前って「ドクター癒えろ~☆」なのかしらっ!!!!!
あのてかりといいカーブといい存在感といい非常にありがたかったです。

みんな!幸福になろうぜ!
ドクターイエローを見たからにゃ幸せになれるはず!!!!

ということで姐さんの今年前半は怒涛のラッキーアイテムがぶりより、でございました。

問題は・・・

後半だよ!スケートが!始まる冬のシーズンだよ!

あああああああもう今からどきどきです!!!!!!



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皇室、神道、信仰など | コメント(4) | トラックバック(0) | 2015/06/30 07:35
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