サリエリさんのお墓参りと楽友教会「黄金のホール」



持つべきものはいい友人、ですよね。今回の旅行は友人に本当に本当にお世話になりました。ありがとうございます。

とある弦楽器をやっています。大人になってから始めたので腕はナイんですけども、聞くのも弾くのも大好きですし、ずっと続けているんです。
ただし人に聞かせる用じゃありません。わたしは人前で話をするとき、どれほど大人数でもあがったことはないんですが、楽器を持ったとたんに緊張でぶるぶる震えだして演奏どころじゃなくなります。なんだろうこの違いwww

クラシックで好きなのは大バッハは別格として、かっちょいいヘンデルや甘美なモン、たっぷりとしたブラームス、そしてチャイコフスキー神にグラズノフ、ラフマニノフが大好きです。

理解できないのはプロコフィエフ。難しい!わからないwwwしかして大好きなソロヴァイオリニストが超演奏するのでちょっと悲しいwwwプロコはマジでわからねえ。あとストラヴィンスキーも「わからない」です。メロディーラインがちょっとよかったりしておっやるじゃん!と思ってしまうのがまたイヤでwww

メロディーがはっきりしていて、「憂愁に満ちています!」とか「甘美です!」とかハッキリしたのが好きなんですかね。

そしてモーツアルトについては聞く必要性を感じずに生きてきました。これまでずっとそうでした。モーツアルトは鳥のさえずりや、波の音や、川のせせらぎと同じに聞こえます。音楽っていうより、自然音。わざわざ求めて聞く必要が自分の人生においてはなかった。本当に不思議なんですが、すばらしくて美しくてとんでもないモノだってことはわかるんですが、好きとか嫌いとかっていうような判断の埒外だった。
誰もお日様に文句をつける人はいない。文句を言ったところでどうにもならない。なんというか、モーツアルトの音楽って自分にとっては「当たり前」というか、大自然にみなぎるハーモニーのひとつで、特筆すべきことではない、と決めつけていたんです。
これを友人に話したら「もしかしたらそれってものすごい褒め言葉なんじゃない?」と言われました。どうなんでしょうか。
打ち寄せる海の波に「もっとこうしろ」と注文をつける人がいないように彼の音楽はただそこにあり、そして今後も存在し続けるだろう、というようなモノでした。
「夜の女王のアリア」だけは歌いますけどwww楽しいからwww

で、今回、はじめて「それってちゃんとしたイイ演奏を知らないからだな」と思いました。そう、わたしが「本当のよさ」を知らないだけ「だろう」って。無知だったからだろう。
だから本当にそうなのか、イイ演奏のモーツアルトを聞くためにまたがんばってウィーンに行こうと思います。

で、サリエリさんですよ。

わたしはずっとこの方の名誉回復を祈ってまして。
だってね、映画の「アマデウス」の出来がよすぎてこの人とんでもない悪人だと世間じゃ思われているじゃないですか。ものすごい卑劣漢で、凡才のくせに天才・モーツアルトに嫉妬して、ことあるごとに足を引っ張り、叩き、いじめてなんなら早死にさせたのは一服盛ったからだろう!なんて、存命中から噂をまかれて。
もうね、断腸の思いでずっといました。

モーツアルトが生前最後に出した手紙はサリエリ宛です。たしかそうですよね。それには、サリエリが、モーツアルトの妻コンスタンツェともども夕食会に招いてくれてとても楽しい時間を過ごせた、本当にありがとうございます、また招いてね☆という感謝の御礼状だった。
サリエリはモーツアルトの才能をいち早く見抜き、とても引き立ててあげていた。宮廷音楽長として名だたる儀式には自曲を演奏したかっただろうに、モーツアルトの曲を指揮してあげたりね。そして彼ひとりだけではなく若手を育ててくれていた。
サリエリは本当に立派な方だったんです。人格者だった。音楽をとても愛していた。だから「いい音楽」を大切にし、「いい音楽」のために公平に人と接することができる人だった。

考えてもみてください。ヨーロッパを650年ですか、統制していた皇帝をようする「あの」ウィーンで、イタリア出身の外国人のサリエリが20年も宮廷学長を務めていたんですよ。しかもとうとうさいごまでうまくドイツ語をしゃべれなかった。そんな人がその地位にいられたことが、彼の有能さと有徳の証ではないでしょうか。
単なる権謀術数だけではいられない地位だと思います。

だから、サリエリのことが可哀想で可哀想で、気の毒すぎて、ずっと「ああ、絶対にいつかお会いしたい。できれば少しでも慰めになるようにお傍に参じたい。本当はそうじゃない、あなたは立派な方でした、あなたこそが『音楽の都ウィーン』の礎のひとつですとご本人に申し上げたい」と思っていました。
もうこれ書いてても泣けてくるwwwサリエリはいい人でしたよ。辛かっただろうなあ。

この本を読むとぶったまげますよ!
な ぜ 絶 版 に し た し

■『サリエーリ -モーツァルトに消された宮廷楽長』 水谷 彰良著 音楽之友社



今回の旅行では「夢」だったことが次々にかなうという、個人的にはけっこうミラクルなものだったんですが、サリエリの墓参もそのひとつでした。

オーストリア航空さんの機内誌の日本語版にサリエリの墓地の詳しく場所が出ていてですね、友人が連れて行ってくれました。それはもう広大なすっごい墓地エリアの中で、偶然にも車を止めてもらったところがサリエリの墓地のほぼ前で、場外で売っているお花とろうそくを持って速攻でそちらに向かいました。

あれですね、ウィーンの墓地はワンダーランドですね!通い詰めたいくらい素晴らしかった。基本、その人をしのぶレリーフが石材で立てられている前に「この下です」ということがただちにわかるようにエリア分けされていて、まあそのバリエーションのすごさときたら、人に歴史アリ!と感心するやら恐ろしいやらwww中には石棺のフタがズレていて、どう見ても中からです本当にありがとうございました的なものもありまして、こんにちは!こんにちは!と声をかけまくりながら歩きました。
ウィーンでは墓参には花はなくともキャンドルを!ということで、風よけのとってもかっこいいキャンドルホルダーがいろいろあって、キャンドルが消えるまでそのままずっとともし続けておくんだそうです。だから夜に行ったらとても綺麗だろうと思います。
あそこで夏の夜なんかに一泊させていただくとさぞかし充実した楽しい時間が過ごせるんじゃないかなと思います。

道路は舗装されていて、手入れのための自動車も走っているくらい。立派で綺麗で晴れ晴れとしていて、「ああここに埋まったら楽しいだろうな~」と思いました。

イタリアのミラノの墓地に行ったときより、にぎやかでした(笑)。あちらは死者がほとんどいなくて、イタリアの人に「イタリア人は化けて出ない。なぜなら死ぬとわかればイタリア人は思った限りのことを全部言って死ぬからだw」と言われたとおり、昼間行っても夜行っても死者とは交流できませんでした。土地柄ってありますよね。
ウィーンの墓地は一ヶ月くらい通いつめて全員に聞き取り調査をしたいくらいです。そのくらい興味深い。フレッシュです。

で、サリエリさんのために普段絶対に墓参では選ばない黄色系統の花輪を買って行きましたところ、これがドンピシャで。既に墓参なさったどなたかもそのような色の花を献じていらっしゃいました。

おお!これが!憧れの!
前置きが長くてすみませんwww

サリエーーーーーリ!!!!!!
(呼び捨てか!)

サリエリ1

超泣いた泣いたwwwwwおっさんwwwwサリエリ先生wwwwwwwww先生wwwww気の毒wwwwひどすぎるwwwww

もうね、悲しすぎてねwwwあんなにがんばって努力して、「音楽」のためだけに必死でねwwwwすごい努力の果てに「人殺し」って嘘つかれてwwwひどいwwwwあんなに可愛がっていたのにモーツアルトのことwww「スカトロネタはやめれ」って宮廷でのマナーとかも教えてあげてwwwwうぇwwwwうぇwwww若手の育成のために東奔西走してwwwwきまぐれなパトロンのご機嫌を取ってwww作曲も毎週のようにしてwwwうぇwwwwあんなにがんばったのにwwwwwひどいよねwwww

と、もうマジで号泣wwwww

凡才たってあーた、むしろモーツアルトと比べんなやボケがって話ですよwwwあんな音楽作る人に比べたら誰だって凡庸ですよwwwウンコですよwwwしょうがないじゃんwwww飛び抜けすぎてるんだもんwwwスカトロマニアだけどな!www出す手紙が「今日のウンコ☆」っておまえどういうwwwwだけど超絶大天才で、星の世界のきらめきを楽譜に落とせるモーツアルトと比べんなwwwwアホかとwwwwww

そもそもウィーンなんざ、モーツアルトに超冷たくて、生前は冷遇しまくりだったじゃん!!!サリエーリがいなかったら、あ、先生の御尊名の発音は姐さん的にはサ→リ→(一拍ためてから)エ↑ッッッッッリ↑!!!!!!です、ってどうもでいいわwwwそもそもサリエリがいなかったらモーツアルトのことなんか誰も気にもとめなかったじゃん!クソ小生意気なガキんちょめ!って追い出してたはずだよね!
遺骸だって共同墓地に投げ込みでどこにあるんだか後世わからなくなったよね!「だいたいこのへん」ってあたりを仕切ってるけどあたら大天才、人類の宝がそんな惨めで悲しい死に方をしたのだってウィーンでだよね!
そのくせモーツアルトで商売しまくりだよね!とか、もう八つ当たりヤメロwwwwな感じで
「先生!!!!」
と小一時間まくし立ててしまいました。

た、たぶん誰にも迷惑はかけていないと思いますし、ご遺族の方がいらしたらただちに平伏して靴をべろべろなめさせていただきますけども、本当にもう!もう!ひどいですよね!
とwwww

サリエリ2

先生は既に男性に転生して、また音楽をなさっていると思います。ヴァイオリンに稀代の才を発揮なさっていたそうですから、自分が礎を築いた「音楽の都」ウィーンにて、また音楽漬けの毎日を送られているのかもしれません。

でも、「サリエリ先生」として過ごされた時間の濃密さ、その無念、優しくて明朗だった先生の人格の核のようなものを求める墓参客が多いがゆえに、まだ先生の一部はこの墓所にいらっしゃるようにも思えました。

先生・・・あんなに公平にものを見て、ただただ音楽のために身を粉にしてあんなにがんばっていらしたのにどうしてひどい中傷や噂を流されて苦しまなければならなかったのでしょうか・・・本当にひどい話です・・・お辛かっただろう・・・うううう(泣)。

サリエリ3

ご冥福を心から祈ります。死後の平安と、そして現世でのご活躍を祈ります。
音楽はイイ・・・本当にいいものです・・・。

スペインに移動後、もう一度ウィーンに戻る予定でした。「その際には先生!友達が楽友協会でのコンサートのチケットを取ってくれたんです!一緒に行きましょう!」と鼻息荒く宣言し、墓地を後にしました。

楽友協会はこれまた「ただ音楽のためだけに」、もうすさまじい場所としてそもそもの最初から意図され、創られ、維持されてきた。
想像を絶する場所でした。

スペインからウィーンへの空。
スケートをバルセロナで見て、そしてウィーンで音楽というぜいたくさ。ありがてえありがてえ(号泣)。

空


がくゆうきょうかいだああああああああ!!!!うぼおおおおおお!!!!!!!!!!
ホール

感動で言葉もありません。
そして心を込めて思いのありったけを記録しようとしていますから当然ブレますわねwwwwww
姐さん悲しいwwwwww

ホール2

ほんとうに金色だった。ぴっかぴか。柔らかくて明るくて空気が違う・・・。
ここに毎週のように来られる人生って一体どういうwwww

ホール1

ベトコンと略すとどきっとされそうですがピアノコンチェルト第五番。熱演でした。素晴らしかった。

どこのオケで誰がソロかって、もうそういうのすっとびましたわね。ただただよかった。

二部の演目はオケ大はりきりでうるさかった(笑)。
このホールは一階の後ろの席がたぶん一番好みの音になると思う。ので、まさにそのような席を取ってくれた友人の(ここでも)神がかり的ナイスアクション!に心から感謝です。たぶん前の席だと金管木管打楽器の音で殴られているような圧があるような気がする。そして二階のほうが音が抜けてキツそうですよ。なんとなくですが、好きなミックス具合と感じの良い音量でものすごく楽しめました。

おしゃれセレブな現地のマダームとおぼしき皆さんたちのファッションチェックや、交流のようす、どきどきしながら目を輝かせて座っている若いアジアの皆さん、非常な高齢のご夫婦とおぼしきお二人が腕を組んでゆっくり移動されている姿、「これからいい音楽を楽しむのだ」という期待と興奮とに満ちた素晴らしい時間。

はなっから世界トップですが何か?と言わんばかりに練習して練習して練習して、いい音が出るなんてことは当たり前のことで、「その先」を目指すプロ集団が、ステージにみっしりと座っていきます。
マジのフル編成にはできないくらいステージが狭いんで有名で、たしかにぎっちぎちに座ってました。風格を漂わせるベテランを後ろに、初々しいようすのとても若い演奏家も混ざっていて、幾つもの世代が一緒に音を作っていき、そうして歴史は受け継がれていくのだろうな、と興味深かったです。
演奏が終わった後の若手の清々しく「強さ」を増した顔を見て、ああいいなあ、と思いました。

弱音部までも非常にクリアに、まるで耳元で奏でられているように明確に聞こえますよね。静寂に近づけば近づくほど「その音」の存在の貴重さがきわだってくる。その音なしでは完成できない「全体」の素晴らしさを、1音、1音が構成している。どれもどれも宝石のような黄金のような、まざりあいとけあいながら進行していく「いい音楽」。

個のつらなりのはずなのに、全体として個の総和以上の美しさになっている。

楽友協会の成立から維持、管理、そして「この夜」までの時間を思い、泣かずにはいられませんでした。よかったなあ。
ホール自体が「いい音」のために存在していて、そして一緒に演奏していたと思います。
本当に特別な場所ですよね。

あのホールでは今夜も明日も「いい音」が鳴り響いているに違いない。そしてそれはわたしたち全員にとって、意味がある大切なことなんだ。そう強く強く思いました。

■『ウィーン楽友協会 二〇〇年の輝き』 オットー・ビーバ著 集英社


友人によると経営のためにけっこうなトンデモ演奏家にもレンタルしているそうですけど、それはそれとして、「いい音」のためにがんばってください、その努力、精進のためにわたしも自分にできることをしていきます!と「一緒に」ってとても思いました。
とりあえずウィーンの買物では税の還付申告をしなかったwwwそしてシシーゆかりの高っかいすみれの砂糖漬け(きゃーーー!恥ずかしいwwwでもうまいのよこれ~!好きだわ~)やら、レストランで食事やらがんばりましたwww

そうそう、最後に出るEU内の国、ということでウィーンで税の還付手続きをしたんですよね。スペインで買い物をした分の。スペインごめんなさいーーー!!!いずれバルセロナに住んで住民税やら消費税を払いますんで許してくださいwww

現物を見せろと言われるかもって案内に書いてあったんで、ブーツをフライト機内持ち込み荷物に入れて、滞在中にはいていたスリッパも入れて、見せろって言われたら使い古しの簡易スリッパを見せて笑いを取ろうとほくそえんでいたんですが、実際にはウィーン国際空港で、国外に出た、ところにあったブースにて、英語と日本語のちゃんぽんでものの数分で手続きは終わり、しかもその場で日本円でお金を返してもらえました。
たわけた笑いでスベらなくてよかったwwしかも後で聞いたら、この税関の手続きでよけいなことをすると足止めされてマジ捜査されるとかで、青くなりましたww
なぜ笑いを取ろうとするのか・・・わかりませんけど、旅行で浮かれていたんだと思います。スミマセン・・・
「新品で、かつ当地では使いませんので」ってことで税を返してもらえるのに、友人がくれた使い捨ての簡易スリッパ出したらウケると思ったんだけどなあ。怒られるかwww

と、またしても最後どうでもいいことでしめさせていただきます。

黄金のホールには音楽の神様がいらっしゃったよ、という話です。あと、サリエリのことみんな知ってね!

モーツアルトがお好きな方はぜひ「どのへんがイイのか」自分的ナイスポイントをぜひコメントしてください。不勉強な姐さんにその良さを語ってくださいな。プロコが好きな方もぜひ。

ほんと、ウィーンすごいわ。

とはいえ、日本もすごいのだった。17世紀に100万人超えの大都市はパリとロンドンとお江戸だけ、でしたっけ。そして水道が常時使えたのって日本だけ。しかも自然の勾配を活かした天才的な水路をどこでも当たり前のように設置していたそうで。このへん、「水、水」言いまくるお方は嫁に話して聞かせたりしなかったんですかね。と、ウィーンで知る日本のすごさってな話も後で記事にしたいと思います。

前世に江戸の長屋で暮らしていて、今回の人生でも十代の頃は長屋暮らしだった杉浦女史の「江戸ガイド」としてこれ素晴らしいですよね。旅行に持参して、そして失くすという大惨事。。。買いなおしました。友人よ、あげたかったんだけどごめんねーーーーー!!!そのうち送るよ!

■『お江戸でござる』 杉浦日向子 監修 新潮文庫



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GPF2014 | コメント(19) | トラックバック(0) | 2015/01/02 20:58
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tokoさんへ
おかげさまでウィーンではとてもあたたかな晴れの日が続きまして、頼もしい友人のおかげでとても楽しむことができました。
なんですか、イタリア人の間でウィーンで年を越すことがブームだそうで、あの美しい市街で花火をあげて大騒ぎだとかw
クリスマス前のちょうどいい時期で、わたしは冬場のウィーンがとてもとても気に入りました。
夏はバルセロナに住んで、冬はウィーンでも、その逆でも、いいなあ☆とウットリしておりますw

プロコもすてきな曲はあるのですが、どうも「わからない」ままきてしまいました。とほほです。

音楽談義も楽しいのでまたぜひコメントをくださいませw
観光客にやさしい街ウィーン
姐さん明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

ウィーン!私もン十年前に行きました。学生のびんぼー旅行だったんですが
若かったのでとにかくよく歩きました。

ウィーンの街って非常に整然と区画整理され、道路が格子状に走っていて、
交差点の建物には必ずといっていいほど通りの名前が書かれたプレートが
はってあって、初めて訪れた外国人観光客でも地図を見ながら迷うこと
なく目的地にたどり着けることにそれはそれは感動したものです。

当時私はウィーン少年合唱団に嵌っておりましてww是非アウガルテン宮殿
に行って美少年たちのご尊顔を拝したい!と、ケルントナー通りを
シュテファン大聖堂を横目で見ながらひたすらてくてくてく・・・
ドナウ運河を渡ってまだまだてくてく・・・ついに宮殿に到着したの
ですが少年たちは夏休みで不在!www隣の公園の芝生の上でふて寝してから
とぼとぼ帰りましたwwwwww

シュテファン大聖堂といえばそこを中心に環状線のように地下鉄が走って
いて、とにかく地下鉄の駅が多い!という印象でした。地下鉄も
たくさん利用しました。歩いていて疲れたら最寄りの駅から乗って、
しばらく歩いてまた乗って、というふうに。いい思い出です。

この記事を読んで懐かしくなって、当時街中の本屋さんで買ってそのまま
持って歩いた地図、箪笥の引き出しの奥から引っ張り出して今、
眺めています。眺めているうちに、ウィーンのお店の売り子のおばちゃん
たち、私たちアジア人にも親切で気さくで、にこにこしながら
「ビッテシェン?」って声かけてくれたな、とか割とどうでもいいことを
思い出しました。なんだかんだ土産物を買い込みましたが、ン十年たった
今、最もあの旅のよすがとなっているのがこの擦り切れたぼろぼろの
地図だったりします。



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モーちゃん
姐さま、明けましておめでとうございます♪
サリエリ先生のお墓参り、素晴らしい時間だったようで、何よりです。
私もかなり前ですが、ウィーンの中央墓地に音楽家たちのお墓参りをしました。
とても心が暖かくなったのを思い出します♪
私もプロコはあまり聞かないので魅力は語れません。(ごめんなさい~プロコ先生)
モーツァルトは、結構好きっていうか愛しい存在です。
モーツァルトって、神童とは良く言ったもんだと思うくらい、天使の一部が具現化のような?作曲家だと思ってます。
姐さんのおっしゃるように、優しい陽の光とか小鳥のさえずりのような幸せな音風景…。
でも、そんな彼の人間ぽさが香る、暗い影のような短調の曲が好きです。
実は苦労人で人類初のアダルトチルドレンなんじゃないか?wと思うこともあります。
ピアノ曲のファンタジーkv397は気になる作品です。
暗くシリアスな音楽のあとに、「オーっと!!ごめんごめん、ぽくないことやっちゃった、なんちゃってだよ!てへぺろ~」ってするんです。
もし良かったら聞いてみて下さいませ♪

姐さんの音楽ネタの記事、おもしろいです。
音楽の聞き方って本当に人それぞれで、姐さんの耳と着眼点、とっても興味そそります~♪
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Re: モーツァルトの思い出
非公開コメントだったので、Gさんへ。

モーツ「ア」ルトと人名表記をするくらいやっつけ感満載のとりあつかいをしている記事で本当に申し訳ありません(笑)。いまだに何がいいのかさっぱりです。フリーメイソン!とかスカトロ!とか、彼本人の言動になら多少の興味はありますが、自分の中では「わからない・興味がない」作曲家カテゴリです。
でももしかして大どんでん返しがきて大好き大好きいいはじめるのかもしれないですね。
経験すると熱烈なファンか強烈なアンチになるというインド旅行みたいなものかもしれないですってたとえもこのように古くて申し訳ありませんんんん だって姐さん年寄りなんだものww

モーツアルトって、最初の習作、数曲はやはり少々おぼつかないものだったそうですが、普通の人間なら誰でもたどる若書きの段階をいきなり全部すっとばして、突然完璧な曲をものにしているそうですよね。
いきなりの傑作。すごいなあとは思います。

でも、機械みたい。完璧でさらさらさらと流れていって、私情とか情感をさしはさませてくれない曲です。わたしにとってはそういうかんじです。
曲の解釈って人それぞれで、また、経年と共に変わるもののようですが、今回の人生では終始一貫して「わからない」ままですよ。

ご経験、大事なことを話してくださってありがとうございます。
わたしも「天才なのに」苦しみ続けている「努力の人」姫川亜弓さんが大好きです。亜弓さんの紅天女が見たいよー!!そして真澄いいかげんにしろwwww
No title
初めまして!姉さま
いつも興味深く拝見させていただいております。
モーツァルトの話とあって、ついつい初書き込みです。

亜弓さん好きとあってはモーツァルトにはまらないかもwと思いました。
(ちなみに私も亜弓さん大好きです)
ショパン、ベートーヴェンなどの作曲家の原譜には書いては消して、という努力の跡が見られますが、モーツァルトの原譜ってそれがないんですよねw
かのアインシュタインは「モーツァルトの音楽は宇宙からそのまま取り出したかのように純粋だ」と言ったそうですので、そのまんま姉さまの見解ですよね。
純粋で完璧。。。生臭い人間界に住んでいる私たちには中々手の届かない範疇なのかもしれない故、心に響かないこともあるのかも知れません。
私の師匠が、「モーツァルトはその曲にほとんど彼の感情が見えないが、ピアノコンチェルト23番k.488の第2楽章だけは別だ」と言ってましたので、姉さまにこの曲をおすすめしたく思いました。
もしかして姉さまの心の琴線に引っかかるかもしれません。
ちなみに私が一番感動したモーツァルトの曲は、留学先の音楽学校の学長が亡くなられたときに、学生と教授たちでミサで演奏されたレクイエムで、全く関わりのない学長さんでしたが、さぞかし先生は満足されて、天に昇られたことだろうと思いました。
長文、お目汚し失礼いたしました。
ウィーン少とサリエリとシューベルト
柚子こしょうさん、ウィーン少ファンだったのですね。実際にウィーンに行かれたとは、うらやましい!
実は私も〇十年くらい前、ハマっていて・・・(最近はウィーン少自体が変わってしまって、もう演奏は聴いていないのですが)
昔のウィーン少はオペレッタやってくれて、楽しかったなぁ。

ところで、ウィーン少年合唱団の前身である、宮廷礼拝堂付属少年合唱団。19世紀初頭、そこにオーディションにやってきたのが、かのシューベルト(当時11歳)。その時審査員をしていたのが、宮廷楽団長サリエリだったのです。シューベルトはみすぼらしい服装で、他の子どもたちや保護者らの嘲笑を買いましたが、いざ歌いだすととびぬけて素晴らしいボーイソプラノでたちまち合格。サリエリを感動させたようです。後にシューベルトが変声期を迎え、父親に音楽をやめるように言われた時、父親に対し音楽を続けさせるよう説得したのも、サリエリだったそう。サリエリがいなかったら、シューベルトの音楽は後世に残っていなかったかもしれないですね。

ところで、楽友協会ホールでは毎年お正月にニューイヤーコンサートをやっていますね。演奏しているウィーンフィルの団員の中に、ウィーン少の92年来日メンバーがいるらしいです。打楽器パートにいるうちの一人のようですが・・・(ウィーン少知ってる人じゃないと分からないね、ゴメン)
ウィーン少年合唱団と音楽家たち
姐さん再びお邪魔します。

glacierさん、こんにちは!わあ、glacierさんもウィーン少年合唱団の
ファンでらしたのですね。

私も今は日本公演行ってないんですが、昔は通いましたよぉ!w
当時のパンフレット引っ張り出しちゃいました。

もう内容は忘れてたのですが、この団に所縁のある音楽家の
ことが書いてありました。シューベルトの話ももちろんあって、
ちょっと引用しますと、

  シューベルトは、ウィーンで生れウィーンで死んだ生粋のウィ-ン子
  で、少年時代をウィーン少年合唱団の団員として過しています。
  シューベルトが合唱団のテストを受けた時、当時の宮廷楽長ですぐれた
  音楽家だったサリエリは、「この小僧はなんとすばらしい才能を
  持っているのだろう」と叫んだといわれます。

と、教えてくださったサリエリネタもありました。ほかにも、ハイドン、
ブルックナー、そしてモーツァルトも名前が挙がってました(最初の
オペラを捧げたそうです)

そしてウィーンフィル・ニューイヤーコンサート!毎年観ていますが、
これを始めた指揮者のクレメンス・クラウスもこの団の団員だった
そうですね。残っている写真がもうびっくりするくらい美少年で!ww
今年のコンサートは観客席が映ると、ああ、あのあたりに姐さんが
座ってらしたのね、と残像はないかと思わず探してしまい
ましたwwww

ここでウィーン少の話題で盛り上がれるとはうれしいです。




  
何度もすみません
先ほどの投稿で、ちょっと誤解をまねいてしまう箇所が
ありますので、追記させてください。

ウィーンフィルニューイヤーコンサートの記述ですが、この記事が
上がったのが1月2日、コンサート放映は1月1日で時系列がおかしく
なってます。すみません、録画して数日後に観ましたので、
それを書き加えさせて頂きます。
いつの間にか月影目線に
姐さま今晩は。返信ありがとうございます。

フリーメイソンを知らなかったので、今日、ウィキで調べました。でも、文章が難しすぎて、よく解らなかったのですが、なんとなく、「ダビンチ・コード」にでてきたような、あれかな?と思いました。モーツアルトも会員だったのですね。今日もやっぱり「知らなかったよ~」と、歌ってしまいました。(*^_^*)

モーツ「ア」ルトと、姐さまも表記されていた事に、返信を頂いてから気が付きました。私は、なんとなく(アだけ小文字に変換するのが)面倒くさくて「もーいいや」という感じで大文字で書いてしまいました。「彼」とか書くのは、恐れ多いと思ったくせに、そこでは、やっぱり子供の頃の思い出が働いたのかな~と。

やっぱり亜弓さんは、素敵なキャラですよね!!マヤちゃんも好きですが、なんのかんのいって、「あーた、イケメンにモテモテじゃないのよっ!!」と、突っ込みたくなってしまう私です。

「ガラスの仮面」と出会って、はや30年・・・マヤ・亜弓さんへの共感から始まり、速水真澄の年齢を超え・・いつの間にか彼の事を「ちょっと何やってるのよ!」と、弟か息子かのように上から目線で見るようになり、とうとう今は、月影先生の心境になりつつあります。

「紅天女を育て上げるまでは(完結を見届けるまでは)・・死ねない・・」

今年は、50巻を拝めたら嬉しいです。
もうちょっとだけ
柚子こしょうさん、こんばんは^^

姐さん、みなさん、もうちょっとだけウィーン少の話をさせてくださいませ。

>サリエリは、「この小僧はなんとすばらしい才能を
  持っているのだろう」と叫んだといわれます。
そうか、サリエリは叫んだんですね。いたく感激したというエピソードは知っていたのですが、サリエリが叫ばずにはいられないほどの歌声だったんでしょうね。どれほどの美声か聞いてみたいなぁ・・・

シューベルト、モーツァルト、ハイドン、ブルックナーは合唱団のコア(組)の名前にもなっていますね。これらのうち、ハイドンとシューベルトは団員で、ブルックナーは指揮者です。ハイドンは在団当時、とんでもないいたずら小僧で、マリア・テレジアにもお仕置きをされたみたいです(笑)ブルックナーは、心優しい指揮者で、子ども達に大変慕われていたそう。コンサートが終わるといつも、子ども達にケーキをプレゼントしていたそうです。

クレメンス・クラウス。ニューイヤーコンサートの中継で写真が出てましたね。その写真はもうお年を召された時のものでしたが、ウィキペディアに比較的若い頃の写真が載っていました。なるほど~美しい。柚子こしょうさんが見られた写真は現役の団員の頃のものでしょうか?こりゃ、当時大変人気があったでしょうね。

あと、著名な指揮者ではロブロ・フォン・マタチッチも出身者ですよね。

まだまだ書きたいことがいっぱいあるのですが、このままではコメ欄がウィーン少スレになってしまいそうなので、この辺で泣く泣く自重します(でないと私、暴走しそうなので)

あ~、でも、すっごく楽しかった~♪


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暴走大歓迎w
知らないことばかりなので、皆さんからいただくコメントは本当に勉強になりますし、ありがたいです。お返事をすべてにしていきたいくらいですがなかなかできずごめんなさい。

好きなもののことをなぜ好きか、どこが好きか、話していただくのっていいですよね~。元気が出ます。幸せになる。

ウィーンについて、音楽について、美貌についてwぜひどんどん書き込んでいただきたいですよ!感謝しています。
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Re: 10月に
コメントありがとうございます。
お大変な中で大切なお話をお聞かせくださってありがとうございます。
見事な一生であったと、空を見上げるたびに僭越ながら感謝を手向けさせていただきます。
ご家族様の悲しみが癒されるよう祈っています。

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