年に一度のお楽しみ-「はなびらもち」 ※末尾に追記あり



スケートから離れた記事が続いてますがもういっちょ。

これもなー。1行おきに「※個人の感想です」って書かないとなー。ほんとに「姐さんはそう思う」ってだけの記事なんですけども。

この記事の内容です。
(1)はなびらもちが超うめえ
(2)ビバ!お諏訪さん!
(3)神に喧嘩を売った場合、実行犯以外も巻き込まれるんですが今年「風」がどうなりましょうね?



お正月の食で一番の楽しみは「はなびらもち」。大好きです。漢字で書くと「菱葩餅」だそうで、読めやしねえw
最近はいろんなお店で出すようになりましたのであちこちまわって買い集めて食べ比べをしています。
超好きだ~。
一月中旬まで取扱います、というところがほとんどですから、食べてみて一番好みの味のはなびらもちをまた買いに行き、あるだけしつこく食べ続けます。一度に3個4個平気です。やばすぎる。
もぎたてトウモロコシとはなびらもちだけはストッパーが壊れているwブレーキきかないですね、大好きです。
小さい頃、夏場は「ふかしたもろこし」=蒸したトウモロコシが主食でした。皮を全部むかないで全体を覆ったまま蒸すんです。短時間でぎゅぎゅっと甘さが濃くなるのでそのうまいこと。半生に近いかりかりしたままでも美味しいですし、時間をかけて蒸して、水分が抜けてしなっとなったのもまたイケる。
秋冬のために身をナイフでこそげて冷凍しておいたのを、牡蠣が出回るころにシチューにするのも美味ですよね。
コロッケに入れたり、魚や肉を叩いてすり身にしたのに入れて蒸したり焼いたり揚げたりするのもたまりません。

って食べ物談義って楽しくてついつい話が長くなりますが、ああはならびもち!うめえwwww

はなびらもち

一番上が一番好みにあいました。バランスよくまとまっていてとても美味しい!いつも和菓子を買うお店のはなびらもちです。結局「好きな味」の店のが一番よかったとw
真ん中はまさに「もち」です。重いw
一番下はごぼうの風味が強烈!

見た目は似ていますけど、店によって味が全然違いますね。桃色の部分も形状が全然違いました。た、楽しい・・・w

デパートっていいな!ありがたい。

飲み物はナシです!そんな余裕はない(笑)。まるのみに近いです。正月だけ蛇になってはなびらもちを丸のみする姐さん。ああうめえwwww幸せwwww
通年売ってくれないかなー。でも三日で体重が倍になるなwww


そういえばこちらの本
『宮中賢所物語―五十七年間皇居に暮らして 』 高谷 朝子 著/ビジネス社


これにもはなびらもちの事が出てきます。女官の皆さんが自作のはなびらもちを株式会社虎屋、通称「とらや」の社長さんにおすすめしたら喜んで食べてくださった。そして宮中で作れない部分を提供してくださるようになったというエピソードが出てきます。

それ以外にも、賢所での勤務の様子や普段の精進の仕方、女性ならではの生活のこと、そして「神」に親しくお仕えするという日常について非常に興味深い逸話がたくさんおさめられています。
ご本人の立ち姿がなんとも清らかで静かな迫力に満ちていて美しい。清らかで強くて美しい。この写真一枚で人となりがすべて見てとれるお姿です。感動しました。

無休で徹夜も含むおつとめが労働基準法に触れるから適宜休日を入れシフト制になった話、古来の髪型を整えるために使うびんつけ油の質の違い、決して絶やさない「火」のために菜種畑をお持ちの篤志家が昔ながらの製法で納めてくれるようになったことなど、神域、聖域として「場」は保持しながらも「外」に向かって常に交流があった「その暮らし」がていねいに語られています。

「けがれ」を避けるための作法なども非常に厳しい。常時着用する衣類もすべてけがれの有無が峻別されており、水を使った両手の清めの部分、鈴を使った神様とのコネクトの部分は非常に参考になりました。

何よりも「宮中三殿」がなぜ大切な場所なのかがよくわかる。そしてここを死守していくことが、わたしたち日本人の精神性にとってどれほど大切なことなのかが伝わってきます。

伝統は一度失われてしまうとそれっきりになってしまう。先人が長く続けてきたことには、やはりそれなりの意味があるんだと思います。

諏訪大社カエル串刺し神事に抗議 動物愛護団体「許すことのできない残虐行為」
http://www.j-cast.com/2015/01/05224563.html

姐さんが中の人だったら「中止してもいいけど、かわりに死んでくれるの?」と聞きますね。まあ怖いwww
すいません部外者がwwww
いやもう「はああああああぁ?」と思ったもので。

日本随一の荒ぶる神であるお諏訪さんの神事を容喙するなど千年早いわ、とも思うのですが、それぞれの意見を出し合って静かに話し合いをして、守るべきものは守り、時代につないでいくべきものをきちんと保つ努力は、続けていきたいものですよね。
ちなみに、お諏訪さんは「肉食してしまったので参拝できない」という氏子に「肉を食ったっていい、信心があるのなら」という意味の託宣を過去出され、「こまけぇことはいいんだよ!」でもありますが、だがしかし、あそこはさまざまな存在が複合的に祀られていますので、部外者が余計なことをした場合、ものすごく大きな「かえし」が来る、可能性もないとはいえないです。
伊達に風の神、水の神、農事の神、そして荒ぶる武神と言われてきたわけではないわけですから。

幸せに生きていたくて、決して死にたくはないものを、無理に殺すから霊威があります。いけにえ、というモノは、相手が超抵抗して暴れまくって恨みに恨む状態でやるか、超納得して覚悟を決めて祈りに祈った状態でやるか、両極端ですが「後の祀り方」さえわかっているならどちらも同じことなんです。ベクトルが違うだけでパワーは同じわけですから。

「なんで殺すのか」をわきまえないでいたずらに中止した場合、「その命分のパワー」をどこから神が持っていくのか、抗議している皆さんは考えたことがあるのでしょうか。それが自分かもしれないとしても、それでも神事を妨害するのでしょうか。なかなか深い問題をはらんでいます。

お諏訪さんは大自然の霊威の人格化です。
すべてが寝静まっている静寂の中で冗談抜きに死に近づくほどの厳寒の中で、地中からかえるを見つけて神に捧げる。
泥濘から命ある、そしてヒトによく似たミニサイズの「ヒトガタ」を取り出して、水陸両用でなめらかな肌をもち、虫を捕食して秋の実りを約してくれるかえるちゃんの命をいただく。
土に返す。
無駄にはしていないです。たとえかえるちゃん的には不満足だとしても。そして「必ずみつかる」かえるは、偶発性は持たないです。そこにいてくれる。死ぬために。

これ以上文句をつけるなら最後、みんなで焼いて食ったらいいんですよ。ヒトにリサイクルされて、かえるを相伴した人はその一年、悪さはできない(笑)。
神へのいけにえを神が嘉納し、おさがりを体内に取り入れる。そういう例はいくらもあります。
昔はそうやっていけにえはその共同体の共有財産になりました。
ちなみに、更に昔は選ばれた少年をそうやって「神」にしていましたよね。

そのときの「お諏訪さん」の中身です。
繰り返しますがあそこは複合的に当代のさまざまな「荒ぶる神」をどんどん習合しています。
「誰に向けた行いなのか」を理解していない人の言うことなど、聞かなくていいとも思うんですよね。
ダミーのかえるでやるのなら、神事を追加しないと効果はないでしょう。
やっぱり食って「神」を増やすといいんじゃないかな。その人たちはできれば土葬にするとなおグーです。
って勝手に妄想をふくらませていますけど、他を害さぬように、といいはじめると甘酒も飲めないよなあ、とか思いますし、お諏訪さん!祟りますか!祟りますか!きゃーーーー☆とかも思います。ヤバイwwwww

我意我欲だけで「神との付き合い方」を一方的に変えた場合の「相手の反応」が心配です。

「ハッハッハ、よかよか」とはいかないんじゃないですかね。むしろいかないでほしい。けど、神が荒ぶった場合の「対象」が上にいけばいくほど「無差別」になるのが心底恐ろしいですね。
なんでよりによってお諏訪さんなんだ。まともな日本人じゃないのかな?

ということで、風=プネウマ=霊の作用に、今年は注目したいです。ほんっと、最低。

あーあーあー、あいつらのせいで・・・!と思うことがこの先ありませんように・・・。
「祟れ!祟れ!」とわくわくしているとは申しませんが、ええ、ほんとですよ!姐さんは断固として神社側に立ちたいです。「伝統を守る」という姿勢を支持します。理由は「むしろかえるで済んでいるのは僥倖なんだよ、人を取るような神様がやっとかえるで手を打ってくれてるのにどうすんだよ」です。「おまえらがかわりに死んでくれるの?そりゃかっちけねえ」くらいのやさぐれた気持ちでおりますよ。すいません、部外者のくせに。

そして、かえる、ごめん。

ああ!唐突に思い出しました、サグラダ・ファミリヤで見た超かっちょいいガウディのトカゲのちっさいレプリカを買ってきて「これを!これをどうか!」と差し出すべきでしたでしょうかwwwwww欲しかったんだよなー。でも悩みに悩んで「スペインに引っ越してから買いましょ」ってあきらめたんだよなー。「お店に預けておくわね☆」ってw

「どうぞこれを!」
「黙れ小僧!」と一喝されますわねwwwww

あーあ。どうすんだよもう。

こういうの出てくんぞー。

トカゲ

※個人の感想です。

ガウディさんにもすいませんwwww

むしろこの団体の方を呼んで講演会をwwwお話をぜひうかがってみたいですよね。
「命の線引き」をどうなさっているのか実に興味深いです。
バクテリオファージがウイルスを改造するのにも抗議なさっているんですかね。どこまで何を基準になさっているのか姐さんにはわかりません。
麹がたっぷり、乳酸菌だらけの甘酒も飲まないのかな?素朴に疑問に思います。


おおどんより!
民生だ!民生をきこう!

ああ、エキセントリック少年ボウイ cover

https://www.youtube.com/watch?v=6hxDDZitvc8


奥田民生 最後のニュース

https://www.youtube.com/watch?v=xRWSrwL2Vf4

どんよりMAX(笑)

陽水はすごいなあ・・・そして自分の歌にしている民生もすごい!



追記
コメント欄にも入れましたが追記します。


いろんな意見があって当然だと思いますが、人間というのは他を害さずには生きていけないものなんです。殺さずには生きられない。そのような節理の中でずーっと「人類」の命のリレーをつないできました。

他を殺さずには生きていけない。だから「感謝」するんです。だからありがとうって思って手をあわせて、殺した命を取り込んで、一緒に生きていくんです。 無駄にしないために。

詫びながら、祈りながら、感謝しながら、「ありがとう」って思って生きるんです。それが人間の本道です。

複雑精緻に織りなされた命の網目を自分の我意で切り取ってそこだけをあげつらうのは「傲慢」です。本当に叩くべきところはそこじゃない。殺さずに、奪わずに、生きていけない人間というものの仕組みを知り、それを許してくれている、そして万物との共生の場を与えてくれている大自然の中で、ではどうしたらなるべく他を害さずに一緒に暮らしていけるのか、もっともっと生きるということの根底をこそ、徹底的に見るべきなんです。

非常に「浅い」。やむにやまれず動いた、行動に移したことは立派です。だけど、本当にすべきことって「これ」なんですか?本当に?

反対だ反対だと騒ぐ人も、大いなる命の仕組みに生かされて許されてわずかな時間を世でつないでいる存在です。かえると同等の生命です。

そういう視点から見るときは「なぜ殺すのか」ではなく、「殺した結果をどう引き受けていくのか」にもっと注目するはずです。

殺さずに、害さずに、生きていけないわたしたちが、かえるちゃんの命をいただいて、神とかえると一体となって環境ごと生き抜いていく。

「神」とのつきあいかたを経験値から生み出して残してくれた先達であるこの世のすべての死者とも、これから生まれ出るすべての人類とも、そこでコネクトができるんです。

ほんと、反対している人たちはその前にもっと他にやるべきことがあるだろうと思いますよ。家族で仲良くするとかね。こういう人たちって絶対親と仲が悪いはず。「お父さんは間違ってる!」ときいきい金切り声を上げて親子喧嘩をしたはずです。「お母さんは間違ってる!」って一方的に断じて、局所的な正義をふりかざして親を傷つけ、自分も傷ついてきたはずです。このカシオミニを賭けてもいい。左翼チックな人ってみんなそう。まずまわりを変えようとするんですよね、我欲のままに。そして外で「家族」を求める。無制限に自分を許容し甘く甘くどこまでも我意を許してくれる「親」を求める。そんなのいねーよwwwwwだからもめてばかりです。閑話休題、足元を見ろって話です。

せっかく日本人として生まれたのなら(生まれていたらですけどもw)産土神や氏神とのつきあいをせっせとして、一緒に楽しく繁栄していったほうがいいと思うんだけどなあ。

ほんと、姐さんが中の人ならこのご神事の対象である「お諏訪さん」と実行犯を一対一で向い合せますね。 そのとき用意のないヒトは、神との間にカエルどころか親でも子でもはさもうとするでしょう。神から逃げようとするでしょう。恐怖から。 相手がデカすぎてどうにもこうにも何もできない、というあの圧倒的な威光を、用意がない人は「怖さ」に変換してしまう。実にもったいないことですが。
神の栄光から顔をそむけるためになら、親でも子でもかえるでも、差し出そうとするはずです。

神ってそういうものですよ。
だから日本人のご先祖たちが試行錯誤しながら「神様とのつき合い方」を残してくれたんじゃないですか。
でかすぎる、ものすごすぎる「神」ってものと、共生していくために。

何を言ってるんだって話ですよ。

中の人も、やりゃいいんだ。「んじゃ、そういうことで」って発動していただけばいいんですよ、存分にな!(やさぐれ意見)。

でも、そんなの「もったいない」からやらないの~☆
神の顕現に立ち会う奇跡というものは、個人の努力であがなわれるべきものです。だからもったいなさすぎるwww

まあ「売られた喧嘩は買う」相手じゃなくてよかったですね。そういう上品なところを選んで突撃するあたりがみみっちいし薄汚いし、長く長く続いた美しく端正な清らかな行事に対するやっかみの深さとおぞましさを感じさせますね。

姐さん的には「よろしい、ならば戦争だ」って気分ですけども。まあ怖いwwwww
「じゃ、ひとりずついきますか」「いけにえ立候補サンキュー!」ってなかんじですよね。
ほんと、中の人じゃなくてよかった~☆


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日本人として生きるということ | コメント(37) | トラックバック(0) | 2015/01/07 01:40
コメント
個人の意見です
イヨマンテの映像を見て可哀想と言ったクラスメートを思い出しました。意味があってしていることを理解しないでただ可哀想とか残酷というのは違う気がすると思った当時。かえるちゃんに可哀想、残酷と思うより感謝する方が良いのでは。私を身代わりにしてほしい、と言う気持ちはあるのだろうか。人間のおこがましさを感じる話です。
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私も個人の意見ですが
乳酸菌やバクテリアだと「そんなの見えねぇし」とか言われそうだから…

かえるちゃんを殺すなとおっしゃる方々は、お肉食べないんですよね?w
皆さんの胃に収まるために毎日殺されてますけどね。
ただ自分の目の前で殺されてないってだけで残酷じゃないんですかね。
お肉になる子たちだって死にたくないわけですが。
ある意味、生贄です。私達を生かすための。
精肉工場へ抗議に行かないんですかね?

キリスト教の神(ユダヤ教・イスラム教と共通の神)だって、生贄の羊を要求しましたね。
きちんと読んだことはないですが、聖書に書いてあると聞いてます。
キリスト教などが今現在生贄を行っているのか、やめてしまったのかまでは知りませんが、神とは本来、世界的にそういうものだと私は認識しています。
かえるちゃんかわいそう!とおっしゃる方たちは、世界中の宗教儀式を潰して回るつもりなんでしょうか?
「生贄を要求するなんて神は残酷だ!」って某国の中心で叫んでみればいいのに________________
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せせこましい
町の神社の祭りに合わせての小学校の休校はまかりならぬという、批判を思い出しますね。

『特定の宗教』!?の祭りで、小学校を休ませるなどとけしからんとか。

結局、児童の登下校の安全が保証できないとかで、神社が校区内の小学校のみそのまま休校になり、近隣の学校は授業があるようになったとか。

地域の祭りぐらい、皆で祝えばいいのに。
子供の郷土愛ってものも、そういうところから生まれるのにと、思ってしまいます。

今年に入ってからの、嵐はそういうことですか。雨もえらく多いし。
くわばら、くわばらです。
あけましておめでとうございます。
こんにちは。

姐さんが中の人だったら「中止してもいいけど、かわりに死んでくれるの?」と聞きますね。まあ怖いwww
お茶吹きました!
蛙神事、もともと川衆~かわず~で本当に
本当に人であったという説もあったように記憶しています。
極寒の諏訪でこの時期にこの神事のための蛙を毎年見つけることができるのも諏訪の不思議の一つと言われています。
人だったからともいいますが。

お諏訪様では昔前は春の御頭祭という神事で75頭の鹿をささげていたのを
今は止めていますね。

そこまでして鎮まっていただいていたというような神様なんですよね。きっと。

はなびらもち、探してみます!おいしそう!
腑に落ちますね
姐さんこんにちは

あ、新年のご挨拶が先ですよね?
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

蛙狩神事について姐さんが書いてくださらないかと去年から思っておりました

抗議行動とやらをしている団体の代表者のブログを以前からたまに読んでいて去年からすでに何度か記事を書いていたので、「これ、愛誤だよね~!?」と考えていましたが私は神道に詳しい訳でもなく、いわゆる零感なので、保護ボラ仲間に線引きについて上手く説明できそうもなく、そんな話題がでたら途方に暮れるかも…と思っていました。
可能ならこちらの記事を仲間達の前で朗読しようかと…

保守速報さんでもまとめ記事が上がっていましたがバックには支那共産党日本支部の面々がついているそうで香ばしさでくしゃみが出そうになりました

ともあれ色々と腑に落ちました。
新年早々ありがとうございました
m(_ _)m
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見えないものに畏怖する心
>海外からコメントさせていただきます。
いつも楽しみに読ませて頂いています。
外国に住んでいて、自分が日本人に生まれたことを感謝したい時が多々あります。
オバマ大統領が、しつこく飛び回るハエを叩き殺したことに動物愛護団体が抗議しました。
こういう団体は、一般の米国人もうんざりしています。
上のコメントにもありましたが、食用肉は食べないのかというと「それは、神が人間に与えた食料だから」と都合のいい言い訳をしています。
日本は、命をもらうことに対して「供養」するという素晴らしい慣わしがあります。
鳥インフルエンザで、鳥や卵を多量に処分したときも「鶏供養はもちろん卵供養したニュースに「いい国だなあ」と思いました。

Re: あけましておめでとうございます。
埼玉のおばちゃんさんへ

明けましておめでとうございます。本年も良い一年となりますよう心から祈念申し上げます。

うわーー!!!その集まりに行きたいです!部外者は参加不可でしょうか。。お話うかがいたーい!
柱のかげから顔を半分だけのぞかせてガン見でも結構です(笑)。
すごいご縁ですね。
やはり縁ある方は集うもの。。。うらやましいです。
わたしの周囲は荒くれ者ばかり、姐さんはこんなにおとなしいのにーーー(真顔)

そして姐さん、最近はロクシタンさんの製品にはまっていますよ。
使うたびに驚かされます。
Re: せせこましい
スノウさん

神との共生ができなくなったら、その民族は亡びます。怖いことです。
分をわきまえる
いろんな意見があって当然だと思いますが、人間というのは他を害さずには生きていけないものなんです。殺さずには生きられない。そのような節理の中でずーっと「人類」の命のリレーをつないできました。

他を殺さずには生きていけない。だから「感謝」するんです。だからありがとうって思って手をあわせて殺した命を取り込んで、一緒に生きていくんです。

反対だ反対だと騒ぐ人も、大いなる命の仕組みに生かされて許されてわずかな時間を世でつないでいる存在です。かえると同等の生命です。

そういう視点から見るときは「なぜ殺すのか」ではなく、「殺した結果をどう引き受けていくのか」にもっと注目するはずです。

殺さずに、害さずに、生きていけないわたしたちが、かえるちゃんの命をいただいて、神とかえると一体となって環境ごと生き抜いていく。

「神」とのつきあいかたを経験値から生み出して残してくれた先達であるこの世のすべての死者とも、これから生まれ出るすべての人類とも、そこでコネクトができるんです。

ほんと、反対している人たちはその前にもっと他にやるべきことがあるだろうと思いますよ。家族で仲良くするとかね。こういう人たちって絶対親と仲が悪いはず。「お父さんは間違ってる!」ときいきい金切り声を上げて親子喧嘩をしたはずです。「お母さんは間違ってる!」って一方的に断じて、局所的な正義をふりかざして親を傷つけ、自分も傷ついててきたはずです。このカシオミニを賭けてもいい。左翼チックな人ってみんなそう。そして外で「家族」を求める。無制限に自分を許容し甘く甘くどこまでも我意を許してくれる「親」を求める。そんなのいねーよwwwwwだからもめてばかりです。閑話休題、足元を見ろって話です。

せっかく日本人として生まれたのなら(生まれていたらですけどもw)産土神や氏神とのつきあいをせっせとして、一緒に楽しく繁栄していったほうがいいと思うだけどなあ。

ほんと、姐さんが中の人ならこのご神事の対象である「お諏訪さん」と実行犯を一対一で向い合せますね。
そのとき用意のないヒトは、神との間にカエルどころか親でも子でもはさもうとするでしょう。恐怖から。
神ってそういうものですよ。

やりゃいいんだ(やさぐれ意見)。
ほわほわマロンさんへ
まったくですよ。
全人類が呼吸するたびに無数の細菌を取り込んでいるのは抗議しなくていいのかって話ですよw

この団体の皆さんが「冷酷きわまりない凄惨な拷問の末に刑死させられた血まみれの裸のおっさんの死体を拝まなきゃいけないキリスト教はひどい!残酷だふじこふじこ」とあちらに凸したら立派なものです。
おんみぃさんへ
こういうやりくちって「実に日本的ではない」ですよね。

日本的なるもの、をぶっ壊したくてたまらない人が必ず裏にいるはずです。ゲスのきわみだ。

朗読だなんて恐れ多いです。末尾に追記もしましたのでよろしければご覧ください。
あくまでも※個人の意見です、ですが・・・

そして記事の題名を蛙狩神事について、にすべきでしたw
もっと言うなら
イエスの血と肉の象徴であるパンとワインをなぜ摂取するのかの意味もこういう人たちはわかろうとせずカニバリズムだと言い出しそうで_____

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寒中お見舞い申し上げます
姐さま
ご無沙汰しております

日本という国は、本当に風水害が多い国です
だからこそ、一つ一つの神事に様々な祈りがこめられてきたと思います
恐れ
感謝
敬い
「すべてのものに意味がある」
改めて心に刻みました
昔の人はいいことを言う
ご無沙汰です。

ふと、母が魚を料理しながら教えてくれたことを思い出しました。

魚(うお)は食われて成仏する

あ。こっちは神事だった。失敬失敬w
なぜ「いただきます」というのか考えたことがあるんですかね〜。命をいただくから「いただきます」でしょう?

かえるちゃんも、食べるわけではないけど、「私たちのこれからのために命をいただきます」ってことだと思うんですよ。

はなびらもち、名前は知ってましたが美味しそう!私も探してみよう( ´ ▽ ` )ノ

そして姐さん、カシオミニ賭けすぎですよwwwもう、教授ったらwww
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No title
そういえば、
食前の「いただきます」も、特定の宗教に絡んだものだから、
してはいけないと禁止した公立の小学校があった、と聞いています。

命をいただく、
そのことに対する感謝と畏敬の念が、この教師たちにはないんですね。
どうしてそう考えるのか当時は不思議でしたが、今となっては納得です。
日本人ではないのでしょうね、この人たちは。
姐さん、明けましておめでとうございます。
諏訪の神事に蛙さんを生贄…知りませんでした。不勉強でした。
生命をいただくということ、いただいた生命を自分の生命にして生きていくとことを子供の時から教えていくことがどれだけ重要なことか最近ひしひしと感じます。

花びら餅はたまたま今日買っていただいたところです。
短い期間だけのものなので、年の初めにはそわそわしてしまいます。
近所のは象のお肌みたいなのしかないのでちょっと遠くのお店で買います。ちょっとぷっくりして、薄く紅が差し、餡も牛蒡の蜜漬けも主張し過ぎないのが好きです。

インフルエンザが流行っていますのでお身体にお気をつけてください。
姐さまへ
こんにちは。
初めてコメントさせて頂きます。

30年来のフィギュアファンでかの伊藤みどりちゃんと同年代の姉さんです! いつも姐さんのブログを楽しみにしています。

今回のブログ拝見して「いのちをいただく」という絵本を思い出しました。 食肉センターで牛を「解く」仕事をされている方 が書かれた絵本です。
食べ物を前に「いただきます」とごあいさつするのは調理した方にだけではなく、牛や豚や米野菜やカエル!など食材を育てた方々や、食材そのもの全てに対して…なんですよね。

姐さんの言葉からもそんな意味が込められているんじゃないかと、ちょっとばかり…いや、沢山感じるものがあってコメントさせて頂きました。

ちなみに私、保育士をしています。
生まれて一年ちょっとの子供達が食事の前に手を合わせて「いただきます!」と言うんです。
私もポテチ食べようとカエル食べようと「いただきます」は忘れずに…と思います♪

これからも楽しみにしています。
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失われる日本の心
夫がね、「イタダキマス」を言わないんですよ。
考えてみたら、夫の実家がそういう処がグズグズの家でした。
なんか、そういうのはヨソユキの堅苦しい事だと思っている節があって・・
子供達は言います。私が喧しく言ったから。夫も子供の前では言うんですが、なんで夫婦だけになると言わないんだろう。
こんな男が、今の日本には結構居ると思います。
行儀を考えなくて済むのが家庭だって。社会の基本は家庭でしょ!
蛙狩りの話をしましたら、一応は愛誤団体はなあと怒りはしたんですが、これが日本毀損の為のアクションだとは考えないのです。鈍いんだな(泣)
No title
私の周囲にはベジタリアンの人(スピ系がらみで)も何人かいるんですが、いつも不思議なんですよ。そういう人が言うのが動物は死ぬときに苦しむから、苦しみを感じない野菜か、肉を食べるとしたら痛みが少ない鳥、とかね。いや、鶏ってしめる時、首が取れても動きますよ~、とか思うんだけど、誰かが言ったことを鵜呑みにしてそれ以上深く考えていないんじゃないかと思っちゃいます。

生きること自体空気吸って二酸化炭素吐き出して、食べたもの排泄して、地球の大地をどかどか踏んで、自然から湧きだす水を拝借して飲んでって考えたら、生きてるだけで申し訳ない。だけど、その申し訳ない存在が生かされていることの許されっぷりを思ったら、私自分を許せたように思えました。今朝の話です。

だめなところを完璧にしようとするのではなく、それさえも引き受けていくことが感謝なのかな、とかとか。

人さまのブログに、ちょっと勢いのまま書いてみました(^_^;)
正月のお菓子
見た目地味なのであまり売っていませんが、昔初釜の茶会でいただいた常盤(ときわ)饅頭を思い出しました。これは真っ白な薯蕷まんじゅうを割ると若緑色のあんこが現れるという、サプライズ度(?)満点の伝統のお菓子です。あと日の出饅頭というお祝い菓子もあり、ご想像通り紅色のあんこ入りです。裏地に凝る着物みたいな、奥ゆかしさを感じますね。宮中のお雑煮をかたどったという花びら餅もそうですが、春を待つ思いを昔の人々は粋に表現したものですね。
いくりんさん
だめ、というものさしが既に人間の限界なのかもしれないですよ。
再び個人的意見ですが
いくりん様のコメントを拝見して…

動物はダメだけど、植物は苦しまないから殺したり傷つけて良い、と考えている方々は、植物が痛みや苦しみを「感じていない」と、どのようにして調べたのでしょうね?
ただ単に、植物には「痛みや苦しみを人間に理解できる形で表せないだけ」かもしれませんよね。

そして仮に、植物が痛みや苦しみ、死にたくない切られたくないと実は感じているのだとしたら、植物を食べることもやめるのでしょうか。
もう餓死するしか方法がないと思いますが…

「健康のために菜食主義」「宗教的理由でベジタリアン」は、個人の自由です。
ですが、「動物がかわいそうだからベジタリアン」とおっしゃる方々を、私は信用しないことにしています。
栄養価や毒性などの理由ではなく、人間の思い込みによる道徳観で、勝手に「動物はかわいそうだけど植物はかわいそうじゃない」と線引きをするのは、傲慢なんじゃないかなぁと思うので。
スピ系も「宗教的理由」に近いのかもしれませんが、命の差別をしていることに気付いてないのかな、なんか浅いな、と思ってしまいます。

重ねて申し上げますが、あくまでも、個人的意見であり、私の考えが絶対に正しいわけでもないでしょうけれど…
季節の和菓子
姐さん、こんにちは。
はなびらもちは、大人になってからお稽古で初めて食べたこともあり
和菓子なのに、ごぼうと白みそがコラボしている!のを受けつけることができません(>ω<、)
師匠に正直に話して以来、初釜のお稽古に、はなびらもちをいただくことはなくなりました。
ああ、よかった(* ̄∇ ̄*)エヘヘ
こんな時代でも、スペインに移住されたら、味わうことができなくなる日本の味覚が
た~くさんありますよ。姐さん、それでもよろしいの~?
子供の頃、家で鶏を飼っておりまして「これからは、卵は買うことにする!」と
祖父が宣言した夜のすきやきに、最後の鶏たちは入っていました。
最後の鶏だけでなく、いつも、さりげなく、入っていたのですね。

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SのOさんへ
おおおお!情報ありがとうございます。だがしかし日程をうかがった瞬間に「それでは間に合わない」と思ってしまいました。前倒しにできそうでしたら早めのご対応をおすすめします。わたしのほうは度外視なさっていただいてけっこうですので。
杞憂にすぎないことを願います。
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