”ニコライ・モローゾフ教授”



またしても長いですwwwサーセンwww

「いつも心に櫻井よし子」の一例

安藤優子のレフ版

え~、忙しい人のためにまとめますと、「概念や言葉は原点に当たって確認して適当なことを言う奴の鼻っぱしらをへし折りながら、人の想像力が備えた翼の大きさと美しさに打ち震え、皇后陛下バッシングをする人のことをかえしの怖さを思って震え上がって気の毒がり、スケートが好きな人にはもしかして ヒャッハーな画像を最後に載せますよ」という記事です。



今ね、日本の古い小説をせっせと読み直しているんです。
先月あたりからですかね……これが非常に楽しいです。
なんでそういうことをしているのかと申しますと、「原点に当たる」ということをひとつ振り返ってみようじゃないかと。巷間流布している「その」概念、「その」言葉が一体何を意味しているのか、誰が決めた内容なのか、しっかりきっちり押さえたい、と。

たとえばですけど、「水子」って物件を皆様普通に使われますが、アレをこさえた人ってのは祐天上人。もともと日本じゃ七歳までは神のうち、なんどと申しまして間引き、口減らしは罪ではなかった。親が自由にしていい持ち物でもありました。神=あの世のモノであるということは超法規的存在です。この世の法が適用されない。だ・か・ら、間引いてもいいのだと、超絶ビックリの逆転物件。
江戸の頃には、しかし個人の意識の萌芽もあり、たとえ腹の中で流れたんでも、のっぴきらない事情があっても、我が子を失う、失わざるを得ない親、というものの気持ちを思えば「子供ってぇのは水子になっておめぃさん方ふたおやを恋しい恋しいと慕い寄る。おめぇさんが眠れねぇのも飯がひとつも旨くねぇのもそいつがびっちし貼りついて救われてぇ、救われてぇと泣いてすがっているせいサ」と「説明」をすれば納得できる。
じゃあ供養すりゃいいだヨ、と次のアクションに結びつく。
そもそも仏教じゃ死後の正解を認めちゃいねえ。認めらない存在しないモノがあることに仮定して、それで人様が救われるのなら細かいことはいいんだよ!という豪快な論理階梯のとぱずし。
実にこの、祐天上人は傑物です。累も「説得」で鎮めたもんな。

たとえばまた。「守護霊」なる日本語表記の言葉と概念。これも江戸の国学者、平田篤胤大人が提唱しはじめたものですわね。死後の世界をあると仮定し、そこに恵み深く満足した霊がいて、傾倒する者思慕する者を守ってくれるんでゴザイマス、と、ちゃんとした研究者からは怒られそうなまとめですけど、要するにまあそういうことです。自分より先に死んだ妻の死後の実在を確認したくて探求し続けたお方だしな。

水子も守護霊も「そういうことにしたほうが、生きている人間が安心できる」「この報われない癒されない現状と正面切って戦える」というほどの、「現実に対する新しい切り口」として広められたものでした。

しかるにそれらは現状いったいどうでしょう?人を脅して怖がらせ、恐怖をつのらせるよからぬモノに変質させられちゃぁいねえでしょうか。
最初に言い出した人の思いや願いを無視しててめぇに都合のいいところだけ切り張りし、利用されちゃあいねえでしょうか?

ここいらへん、受け取る側がもっともっとつっこんで「事実」をよくよく突き止めていくべきだなあと思うんです。
たとえば「亡くなったおばあさまがついていますよ」と言われたら「年はいくつだ名前はなんだ背丈は服装は表情は口癖は生年月日は出生地は居住地は」とガンガン問い詰めるべきですね。

究極は「そのような主張をするオマエの目的をはっきりしろ」でございます。

オラえのババサがあんだって~?ときっちりねっちり問い詰めたい。カネかカネなのかwwwうちは貧乏だからカネはねえぞwwwしかも姐さんはじめ一同ものすごく口うるさいぞwwwうかつに「先祖の霊が」とか抜かしやがると「ほほう、それはこの中のどなたですかな」と奥座敷に居並ぶ半透明の皆さんの前に突き出されるぞwふすまをすぱーん!「う……う……うわあああああ!!!!」wwヒャッハーwwwww祟wwwりwww放www題wwwうはwwww失禁wwwきたねえwwww絶叫www「まあまあお静かに」wwww「で、誰のことですかな」wwww楽しすぎるwwwww

まあね、残ってるのはもたついているクズですからろくなことにはなりません。ちゃんとしたのはネクストステージ突入ですんで、何かしらの理由があってうろうろしているわけでしてwwwうぜえことこの上なしwwwっておまえ先祖をコラwwwwwwwまあそういう「人材」には事欠かないんでwwww「どのババアですかな、右手の前列四列目、右から三番目の半分溶けかかったババアですかな」ってもういいわwwwwww「スケートリンクなら氷上席の」ってやかましいわwwww
何かしらの理由→霊的突撃、とかだと「おお、日本の未来はまっこと明るいけんのう!」になりますがwwwwなるのか本当にwwww

ああ、これは失礼。

んでね。
相手の本当の幸せを願っての言動でない限り、誰もひとりも得をしない。
本当に幸せになってほしいという祈りがこめられているのでなければ、その言動に力はない。
ということで適当なこと抜かしてんじゃねえぞこの野郎、ということです。

そもそも人間なんてのは弱いです愚かです卑怯です。小さい小さいwww

その、弱くて愚かで卑劣でバカでわたくしにとってはプランクトンよりも小さいことですわ(by叶兄貴)というようなモノがですよ、「だからこそ」見せる強くて賢くて崇高で気高い行いがものすごくものすごく尊いわけで。

ちゃんとつじつまをあわせるために、まともに真面目に生き抜くために、生活の知恵として誰がどのように「概念」を提唱し、それを誰が悪用し、誰がきちんと善用するのか。

自分自身の言動の振り返りとしてこのセルフチェックと「原点に当たる」ことは、決して忘れてはいけないなと思うのです。

意味もなく踊らされるのはみっともない。どうせ踊るのなら人類最高の技術と清新さとオリジナリティーを追加したい。それでこそ「人類」ですしそれでこそ「極北」だ、と思いますね。

だいたいが子供ってのは親を越えるために生まれている。また、親が達したあらゆる境地の上に立ち、さらにそこから先に行かせるのが本当だろうと思います。平和に、落ち着いて、満足して、真面目に生きて、そしてマスコミの流す嘘やスケ連主導のトンチンカンな虚偽なんぞに惑わされずに「ちゃんと自分で判断する」国民を増やすこと。

これが一番大切な霊的国防だと思いますね。

勲章も階級も資産も発言力も地位も名誉も関係ない。その人自身が自分自身に誇りを持ち、本当の意味で自分を心から大切にし、同じように同胞たる自国民の危難を見過ごすことなくして、正々堂々と生きていく。
そういう国は亡びません。

そのうち「なぜ天皇にはむかう者は全滅するのか」と「なんでまたこの日の本が神の国とされるのか、実際そうなのか」についても時間を取って話したいなと思いますが、ヒトという者達の象徴としてあらゆる意識を向けられつつ、がっぷりと「国民」と取り組んで一歩も引かずにいるためには「神」の存在抜きには一秒たりともいられない。

今、皇室に向けて不当なバッシングを続けている皆さんは天皇家というモンスター集団を取扱いながらそこでもっとも要となる「神」をなぜ忘れていられるのだろうと思いますね。神と24時間、365日、ダイレクトに直結しつつ、人間の形象のまま地上で暮らすことのものすごさ。
そういう存在を地上の尺度ではかるのは無理があります。必ず判断を間違うことになる。だから滅びていくんですよ。
保守派のブロガーさんたちがまるで足並みをそろえるかのように皇后陛下をバッシングしまくるのも、これまでの九仞の功を一簣に虧く振る舞いです。とてもとても気の毒です。
保守派はひとり一主張、まとまって結束してことにあたるのが苦手です。それもあって孤立無援の無理解と無知のただなかで資料を集め、情報を精査し、主張をもって分析し、ご自分の主張を世に問うて、懸命に活動されてきた。そのはたらきは非常に尊い。
けれども「皇室」というモンスターに自分たちの地上の尺度を押し付けすぎて時が過ぎるのが待てなかった。
今すぐに即座にただちに自分が思うとおりの結果を出せ、と非常にあせってしまったのでしょう。
思うあまりの憤りです。正確に事実を知るからこその悲嘆です。憤懣を何かにぶつけずにはいられない。
だから誤った標的に恨みをぶつける。
ようするに「皇室にとって仇成す者」であるのだと、「この先の皇室」にとって「自分はいらない存在です」と証明してしまった。
悲しいけれど、ふるい落とされていくんですね。
皇室を思うことは、すなわち「国民」を思うこととイコールです。
なぜなら「本当に」皇室を尊いとするのなら、高天原から米を託され、地上に降臨した皇室の始祖は「神」であり、その神に従った八百万の神の末裔が自分であると、明確な自覚があるはずです。
皇室が尊いのなら、同じように、これまでただの一度も途切れずに「自分」に血肉をつないでくれたすべてのご先祖が尊いです。
なぜ皇室と国民をセパレートするのだろう?
なぜ神の末裔、神である自分を見ないのだろう?

皇室を取扱う際の盲点のひとつが「実在する神」への失念です。これあらばこそ、皇室は途絶えない。ここをしっかりおさえておくことがこれからとても大事になります。

姐さんは「神なんていない」と言う人には「悠仁さまがいらっしゃることが神の実在の証です」と言います。皇統はあちらにうつる。そして切れずに続いていく。心ある人間が、お立場にある人が、地上に奇跡を起こすべく準備して、はたらいて、はたらいて、はたらいて、祈って祈って祈った末に、神がもたらした答えです。

自分が何をしているかわかっていない、というのは怖いことです。
早めに行いをただされるよう願ってやみません。

あせらなくてもいいんだよ、と言いたいです。これまでどれだけ頑張ってきたか、辛い思いを乗り越えて奮闘してこられたのがよくわかる、それだけにとても残念に思います。

あなたのすべての振る舞いは「あなたの神」が全部見ている。「神様、すべてがよくなりますように」という願いに応じて真っ先に自分が幸せになるんです。

なぜ祈らないんだろう?なぜあのようにイラつき、苦しみ、不幸になっていくんだろう?姐さんは不思議です。

そもそも「なるようになる」ようにできている。逆に言うと「なるようにしか、ならない」というこの徹底した厳しい大きな尺度の中に「神の立場からして成るように成りますように」と思えばこそ、安心立命があるわけです。と仏教用語も織り交ぜつつwww

まあ姐さんはまつろわぬ者サイドの視点を常に持ったうえで「敵の敵は味方」といいますか「マジで日本がヤバイからとりあえず日本がんばれ超がんばれ」と動き回っているわけです。国土の疲弊と人心の乱れはわたくしどもの実在にリアルに影響しますからね。あんたたちちゃんとしなさいよ、と及ばずながら思うわけです。フレーフレー、日本人!!!!
こんなキラッキラな国土に生まれた大ラッキーを活用しないのはもったいないよ!世界は美しいもので満ちているよ!

いつも心に修造を。そして櫻井よし子の上品さを!と姐さんは願うものであります。

とまあ、ここまでが横道ですよ、といういつもの記事なんですがwww前置きが長いよwwww



で、人の心のはたらきや、精神作用、「想像力」の極北が、姐さんは「怪談」と「SF」だと思うわけですね。
文章表現は読まれることでちょっと四次元的な息の吹き込まれ方をします。映像や絵画も人の想像力を喚起しますが、文章はその比ではない。まず文字、文章、というモノが既に四次元的な機能を持ちます。

前にも書きました。文章だと「絶世の美女がいた」と書くだけで読み手が自動的に「その人にとっての理想そのものの美女」を作りだしてくれるんですね、頭の中で。この創造的行為を喚起するのにもっとも適しているのはまず文字です。

だからこそいい作品は幾多の再読に耐え、歴史を越えて文化風土地域の制限をらくらく抜けて永遠の古典となるわけです。
常に新鮮、常に魅力的、常に驚きが待っている。そういう作品は、強いです。

そしてあらゆる書き手が「リアルタイムに読者に向かって語りかける」ために命を削って身につける文章表現上の技術や効果や「意図」を見ていくのがこれまた言葉にならないほどの悦楽です。
姐さんはとても「いい読者」だと思います。読むときは書き手の意向を100%酌もうとする。素直に無心に「その世界」にひたりきります。そして子供の用に真っ正直に思いきり楽しみます。
ただし同時に自分の目で判断していきますから、思ったことを書き手に言ったら血の雨が降りかねないときもあろうかと思います。気楽なもんです。受け手ですからw

このように享楽的でありながら「その時代」の気分や流行や思いをとても生々しい形で感じられるということで、日本人の書き手による日本語の文章表現を追うことは実に有益であり楽しいです。

「人間の想像力」を縦横にふるった「怪談」と「SF」は常に立ち戻るべき姐さんの精神世界のふるさとであり、これからも愛してやまないジャンルだろうと思います。

人間の内面にダイブして潜り続けていくと突如、そこには大宇宙が広がっていた!というようなことどもを、驚かされながら、魅了されながら、歓びながら、「読んで」いきたい。

ということで本題です。
古いSFを読んでいたら「ニコライ・モローゾフ教授」なる人物を発見したので皆さん!ウケるでしょ!と紹介します。

文章

マジそんだけwwwそんだけなのよwwww
しかもモローゾフ教授、次のページで人をいきなり射殺してますからねwwww

タイトル

読んでいたのは『日本のSF(短編集)古典編』でございます。
早川書房の「世界SF全集」シリーズ34、1971年4月20日初版発行。

うおっAmazonにある!千円だ!これはポチるしかねえ!



図書館で検索して借りたのですが1971年からの44年間で何回借り出されたのかなあ。昔の図書カード形式がまだ貼布されていました、6回貸し出されてる。
資料的価値があると思うのでこのシリーズ、だんだんに揃えたいものです。

スペイン移住以前からせっせと本を減らしてきたのですがここにきてまた増えそう。。。
本もパソコンも蒐集していくときの一番の問題点は経費ではなくて「場所」だなんぞと昔、知り合いと笑いあったことを思い出します。

あ、ちなみにこの作品中のモローゾフ教授、最後にきて「ええええええ!!!」と叫んで立ち上がりたいようなどんでん返しが待ってます。「やだ!実はいい奴なんじゃないの!」と思ってしまったww悔しいwwww
「ちょwwwこれでいいのかよ!」とも思いましたが、リアルニコライともかぶるような、すこーんと突き抜けた明るさと、破滅や絶望ってのは究極、受け取る側が決めるものなんだよなあ、希望を捨てなかったら絶望一切関係ねえなあと改めて感動を覚えました。


敗北とは、勝てなかったことではない。負けたまま立ち上がらなかったことが敗北なのだ。


くぅ~カッコいい~。ぜひクリス・ペプラーさんの真似をする博多華丸さんでお楽しみくださいwwww

形而下的端的さで申し上げるのなら ま・け・お・し・み☆ テヘペロ☆

でもそれでネクストファイトに赴くことができるのならば、相手がへばるまでニコニコして結局は勝つ!!!という浅田真央方式でいいんじゃね?と思いますね。


この本は(ええ、この記事はある素敵な本の話なんですYO!)他にもぞくぞくするようなおっそろしい話や、最後まで仕掛けが二転三転してどうなるのかわからないジェットコースター的物語、しみじみと切なく悲しい美しい恋の話、ちょwwふざけんなwwwというような大爆笑な話など、いやはや大したものだと感嘆しきりの作品集でございました。

ありがたいなあ、日本語でこーーーーんな四次元世界を楽しめて。

ということで、リアルニコライ!がんばって逃げ切れよ~!(意味深)




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日本人として生きるということ | コメント(16) | トラックバック(0) | 2015/06/04 15:10
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No title
「狼の牙を折れ」という、企業連続爆破事件を描いた門田さんの本の中に、
彼らは最初、天皇の御用列車を爆破しようとした、
けれども偶然が重なって結局間に合わず、断念した、と書いてありました。

>偶然
は偶然ではなく、必然。
霊的な存在だからこその必然。

そして、美智子皇后が皇太子妃だったとき、ご病気で韓国訪問の予定がキャンセルされた。
身を持って、この国を守ってくださった、
これも偶然ではなく、必然。

そういう方を攻撃するということが、どういうことなのか、わかっていないのでしょう。

気の毒な人々だと思います。
そしてその人たちが錦の御旗として掲げる、秋篠宮両殿下。
それが免罪符になると、思っているのでしょうか。
長崎
《韓国の市民団体が軍艦島に追悼
韓国の市民団体が長崎を訪れ、7月の世界遺産登録が期待される「軍艦島」などに強制連行された韓国の人たちを追悼しました。長崎を訪れているのは韓国の「勤労挺身隊のおばあさんと共にする市民団体」のメンバーや地方議会議員、研究者や学生ら27人です。一行は3日に長崎に入り、ユネスコの諮問機関が世界遺産登録を勧告した「明治日本の産業革命遺産」の構成資産などを視察する予定です。長崎空港では職員に個人情報などを聞かれ入国に4時間かかったと話しています。4日は「軍艦島」に渡りかつて強制連行された韓国人の追悼行事を行う予定でしたが船のエンジントラブルで伊王島までしか行けず、急遽伊王島の桟橋で軍艦島に向かって黙祷するなどして哀悼の意を表しました。軍艦島の世界遺産登録をめぐっては強制労働の歴史を理由に韓国政府などが反対しています。》 これも神様の思し召しですかね。だけど、この文章にもあるように、他のテレビ局でも「強制連行」は大前提で報道してたのが腹立たしい。「韓国が強制連行と主張する」とか言い様はあるはずなのに。
ぼつぼつくらいだった皇后陛下への批判が一斉に吹き出して戸惑いと拒否反応が起こりました。脊髄にあるご先祖様のDNAが違うと言ってるみたいで…
最近の保守ブログもコメ欄も見ると悲しくなります。私には何もできない。

姐さんの仰る通り、人間の尺度で、時間で測ってはいけないと感じます。
私も古い日本のSF小説を読んでみたいです。古典物はやっぱり古本屋なんでしょうか。今は日本の時代物とファンタジィ小説を交互に読んでます。
No title
姐さんこんにちは。

以前は、ちょこちょこ見ていたブログも
皇后陛下への意見が恐ろしく
遠ざかるようになってしまいました。

あんな高齢になられても
国民のため、それこそ身を尽くして働いて下さる陛下に
私のような怠け者の下々の者が何を言えましょうか。
ただただ感謝し、感謝し、平伏します。
ほぼ同じ年齢のうちのばあ様なんか...おっと、これは、やめておきましょうw

暖かくなった頃から、ようやく重い腰をあげ
部屋の掃除をはじめました。
不要品は処分して、身軽にしようとしていますが
本はネックですねw
電子書籍も使ってますけど、紙でしかない本もありますし
データは消えるし!


ららら♪さんご紹介の本も気になります。
チェックリストに入れさせて頂きました(^^)
姐さんありがとうございます
毎回ぶれずに、自分を大事にすることを説いてくださって、ありがとうございます。そのたびに自分を卑下することが大好き?な私も、少しずつ「そうだよなあ」と思える気がします。人生折り返してるのに、なんでこうもわかんないのかなあ自分、と思いつつ「なぜ神の末裔、神である自分を見ないのだろう?」という言葉を胸に抱いて、ゴミ部屋を少しずつでもなんとかしたいと思いますw 
また、皇后陛下へのバッシングも胸を痛めていたことのひとつです。具体的には想像もつきませんが、現人神である身には、さまざまに折り合いをつけねばならぬこともあり、それらが矛盾をはらんでいるように見えるのかなあとぼんやり思っておりました。姐さんがバッシングは良くないと書いてくださったことで、ひとつスッキリしました。
これからも、楽しく拝読させていただきます。
そうなんですよ。見ていたブログも急に皇后陛下批判になって見なくなってしまいました。よくよく読んでもなぜ皇后陛下批判になるのかわからないんです。
私に読解力がないから?とか思ったりもしたんですが何か違うんです。
無理やりっぽいというか。
何か抜け落ちているというか。
それが何なのかよくわらないんですけど。自分の中のシグナルが鳴る感じです。違う違うって。
スケート報道の気持ち悪さと似ているというか。
皇后陛下大丈夫でしょうか。
疲れておられるように見えて。海外の要人を御池で接待されている写真を見たら全身透き通っているような
感じで心配になります。

No title
初めまして。
いつも良記事をありがとうございます。
姐さんの、スケートに限らず多岐にわたるエントリーを楽しみに、また、ブンブン首肯しながら勉強させていただいております。

しかし、皇后陛下への批判に関してだけは首をかしげざるをえません。
従来東宮擁護派がしてきた両陛下批判とは毛色が異なる、皇室(平成皇室に限らない)や皇統を敬愛するがゆえに異を唱えているのが昨今の保守ブログの両陛下批判だと捉えています。
本当に両陛下には一切非はありませんか?
長い伝統をつむいできた皇室だからこそ、人智の域を超えた神に連なる皇統だからこそ、正田美智子嬢は異端分子となってしまい、現在の歪を招いたと考えられませんか?
両陛下がなぜ産児制限したか、なぜ秋篠宮家をおかばいにならないのか、ただただ不思議でなりません。
ただ「孫は何人いてもよい」「悠仁が生まれたことで、皇統がつながり嬉しい」とおっしゃって下さればよいのに・・・!
悠久の皇統の歴史の中の一地点にすぎない平成の御代で、どうして一家庭(両陛下-東宮)という狭小な単位でしか皇統を考えられないのでしょう。
秋篠宮家へ皇統は「うつる」のではなく「つながる」のです。

感情的に両陛下を批判するブログが多い中で、冷静に皇統と現皇室を見つめているブログを紹介させてください。
「午後の雨やどり」
Re: 姐さんありがとうございます
maimaiさんへ

コメントありがとうございます。
「自己犠牲」はよくないです。自分を犠牲にしておけばなんでもうまくやり過ごせる、自分さえ黙って耐え忍べばものごとはうまくいく、それは大きな過ちです。
犠牲にされた自己はどうなります?殺人です。

神様は、殺し合いをして奪い合わずとも全員に行きわたるだけのすべてのものをあらかじめ用意してわたくしどもを地上に送り出したと思います。我欲に任せて自分さえよければいい、自分だけが助かればいいと思う人が多いから、不備不足が生まれます。

元気を出していきましょうね。
みそにさんへ
こんにちは~。コメントありがとうございます。

身軽になるの、大賛成です!おうちも人体と同様に口から入ってケツから出る(あら失礼w)のが基本です。
循環をよくしていいものといいことが立て続けに舞い込むように「奇跡を起こすための準備」の一環としてすっきりと清潔で明るい住まいを維持しましょう。そのほうが毎日幸せですとも!

皇后陛下のおはたらきは、神さまならびに天皇陛下がご存知です。心ある国民もみんな知っています。そしてわれわれが想像する以上の厳しく辛い荊の道を黙って歩んでおいでです。

雅子さんに「基本、日本人らしさが足りなくね?」「まっとうな性根の人間だったらそれはちょっとないんじゃね?」と申し上げるのとはわけが違う。彼女に対して姐さんは「ちゃんとやってない」から「ちゃんとしてください」と言っているだけなんです。

なんか、寂しいですね。

姐さんもお掃除がんばろう。そして綺麗な部屋で古い探偵小説でも読みましょ、っと。
Re: 長崎
うさうささんへ

哀悼の意には国籍も時代も人種もなく、ただただ「やがて死にゆく自分自身」をも含めた真心が必要です。
うさうささんがおっしゃるようなことがこれからきっと増えるでしょう。
すべて自分がしてきたことの帳尻合わせだと思います。
ららら♪さんへ
コメントありがとうございます。

とても心が痛みますが、粛々と、自分にできることを続けていきましょう。
みずから「この先、不要な存在である」どころか率先して「害ある存在である」と証明してしまったことを非常に残念に思います。
衷心よりお悔やみ申し上げたいです。いずれわかるときがきます。

つーかさあ、おふざけでないよと申し上げたいw ああ櫻井よし子よ!わがこころに臨在せよ!www
No title
皇后陛下が入内された経緯、
その後の生活も、確かな筋から聞いて知っています。
ネットで取りざたされていることとは、全く違います。

本当のことを知っている人たちは、ごくわずかです。
その人たちはめったなことでは「そのこと」を口にしない。
洩れることはほとんどないのです。

黙って皇后が耐えておられるお姿には、ただありがたいとしか思えません。

実際にお目にかかった人たちは、
「白く輝いていらした」と、感動とともに言います。
私も同じことを感じました。

日々、研さんを積んでおられなければ、そのような輝きは得られないでしょう。

両陛下を批判している人たちは、皇室よりも自分たちを上に置いていることに気づいていない。
戦後日教組の民主主義的教育が、この人たちに、見事に結実しているという皮肉・苦笑

身分の高い人に意見をするときには、昔の人は影腹切って臨んだものです。
その「返し」は自分の身の上のみにとどめる、その覚悟失くして、言ってはいけないことなのです。

なぜ禁忌なのか、
それを考えればわかるはずなのに、
分かろうとしないのですね。

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
千日紅さんへ
コメントありがとうございます。
とても重要なことを指摘なさってくださっていたのに
返信できていませんでした。ごめんなさいね。

「皇室」というモノを誰かひとりの背に
担わせるのはあまりに非道な暴挙です。
小和田雅子氏が単独で邪悪「なのではない」ように。

そこを考え、そして「実際にどのような振る舞いをしているか」を見ていくことが大切なんだと思います。
まぁ
あの方への国民の漠然とした不満が全開に高まると


必ず起こる


皇后陛下バッシングキャンペーン


たしか、今回のバッシングキャンペーンの始まりは


オランダ王室のお見送りの際

皇后陛下が雅子さまの背中をそっと押した一枚の写真から…

『東宮すべてのけしからん事は皇后陛下のせいだ!この写真が証拠!』

それから皇后陛下バッシングキャンペーンみたいになって


雅子さまのオレンジスーツ衣装被りやら
晩餐会のてっぺんが飛び出た独特なヘアスタイルやら

なんだか輝きが前より薄い気がする第二ティアラやら

それ以前に第一ティアラ全く見ないね最近…

ヤフオク事件ってそろそろ時効?

といったもろもろがすっ飛んでしまったように思いますわ


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