欧米か!と大声でつっこみたい「フェートン号事件」



皆さんは「今は戦時下である」ということを普段どれくらい意識なさっておいででしょうか。

中国ならびに朝鮮半島の連中は日本の国土を侵略し所有権さえ主張している。
かてて加えて日本人が拉致されているという事実。
それを言うなら恐ロシアだって北方領土を不法占拠しております。

日本は平和、ではないですよね。既に戦時下にあると思う。

しかも戦争をしかけているほうは日本ではない。
日本は今「みずからを守るため」にやっと立ち上がる端緒についたところ。

姐さんは8月15日は「敗戦記念日」だと思っている。日本はいまだに占領下にある。

で、ですね。

この記事では姐さんがおぼつかない記憶に頼って「フェートン号事件」についてお話します。
くわしくはWikiなりで調べてください。約束だよ!

それは今を去ること文化五年の八月に起きた事件です。おお、時期もまさに「今」。そして文化五年って西暦何年?は各自で調べてくださいませ。

当時は長崎が海外との窓口になっていた。公式にはここ以外は外交をしてはならないという決まり。まあそんなのぶっちぎりで某藩や某藩や某藩や(多いぞw)は、勝手にあれこれやっていましたが一応「なんでもかんでも長崎で」ということにされていた。
このへんの時代の密貿易や抜け荷の処理など追っていくと非常に面白いのですがはぶきます。

で、事件の前の年に赴任した松平図書頭(まつだいらずしょのかみ)康英(やすひで、やすふさとも)というお人が長崎奉行をされていた。

通称「やっちゃん」としておきましょう。

やっちゃんたちはルーティンワークをしています。
外国籍の船が見えると担当の役人が見た目やようすから「あれはどこどこ籍の船」と見当をつけて番所に国旗をかかげます。当時はオランダ船がメインの貿易相手ですからまあたいていはオランダ船ですわね。
でもオランダは現在でもカトリックとプロテスタントあわせて国民の半数近くが「キリスト教徒」です。この時代はもっと比率が多かったでしょう。そうしたらオランダ国内のモスリムでもよこしたのかというとそうではない。「実利を取った」わけですね。踏んだところで傷つかない。それよりも日本から持ち帰ることができる産物のほうがええやんけ、と布教に熱心ではないふりをした。
だから当時、日本と貿易ができていた。

この、日本と貿易をしていたがゆえにナポレオンに一時期侵攻・占領されたとき、オランダ本国が滅亡したのになぜか長崎にはオランダ領があるという不思議なことが起こります。
しかも後述しますが「オランダという国はなくなった」ので他国の船が到着すると出島に残留していたオランダ人が「オランダのふりをしろ」と言い含めてそのまま交易を続けたという謎の外交が錯綜する。
ナポレオンが斃れ、フランスをしりぞけたオランダが復活後、晴れて本物のオランダ船としてやってくるまで八年ほどの期間がある。

オランダ王室が現東宮の困った嫁に盛大にぶぶづけを食わせながらも温かく迎えるふりをしてくれたのはこのへんの因縁というか経緯をあちらが亡失されていないのではないからかしら、と姐さんは思っていました。
日本の歴史どころかわが祖父が何をしたのかすらすっかりなかったことにしている小和田雅子氏にはこのへんの理解があったのやらなかったのやら、わかりませんが。

あのころはお世話になりました、お国の優れた文物のおかげで我が国は長足の進歩を遂げました、くらいかましてくださっていればまだましですが、「ワインくれ」とか「肉のおかわり」くらいの要求のし放題だったのではないかと仄聞します。
でなければ下女扱いとかしないはず。
このへんは姐さんよりもむしろ詳しい方が多いと思いますのではぶきます。
屈辱のオランダ訪問。
なんであんなにでっかい貸しを作らせたのか。
利権ってイヤですね~☆と笑ってはいられないですね。非常な禍根を残しています。
でもまあヨーロッパでは早い段階で「ないわー、いくらなんでもあれはないわー」と一気に情報が出回りまして、「次」がどういうことになるか暗黙の了解がなされています。
そりゃそうだ。誰がどう見たって普通にヤバイじゃん、アレラ。

小和田雅子氏が言うカイガイでは彼女の評価は最低ですよ。姐さんは根拠のないことは言いません。

欧米がーと日本を下げるために言っている欧米の一時期の覇者たるオランダにしろフランスにしろイギリスにしろ、実態はろくなもんじゃない(場合もあるw)。

特に英王室ならびにかの国の宗教史とか、どこが先進国なんじゃ、と目を覆いたくなるばかり。つい最近までとんでもねえ政治なり宗教なりで殺し合いをしてたじゃん。

それがゆえに故・安藤美姫氏や小和田雅子氏が言う「海外」って「一体どこなの」と姐さんは思うわけです。
日本だから生暖かくのさばらせてもらってるくせに悪口しか言わないって如何なものかと。

話がそれました。

でかいお船の国籍を見た目で判断をするというのもなかなかにスゴイのですが、当時は無線もないし、年に一回来るか来ないかというレベルです。これで特に問題はない。

お船が入ってきましたらこちらも船を出しまして相手の船に乗り込みます。そして「おまえらはキリシタンじゃないよな?」という確認をする。踏み絵をさせる。キリスト教の信仰は禁止されていますからこういうことをするんですね。
武器や弾薬や武具などを預かります。没収したブツは後で返却します。
そして船に積まれた「しるしの国旗」を出させてですね、こちらに取り置きの国旗とつけたしるしがぴったりあうか確認する。オランダ領になっていたジャワなんぞから「これを使います」ということで日本に国旗を納めてある。お船はそれとあうようなマーキングがなされた国旗を載せてやってくる。身元証明になるわけです。

そして「入港させるかわりにね」ということで人質を選ぶ。これは相手の船からこちらの船に乗り移らせて叛意なしと証明させる。

けっこうややこしいですしオランダ語でやりとりをしなきゃですから大変だったろうと思います。
でもまあお互いにメリットがあるような通商を行うわけですからなごやかに穏便にことを運んでいただろう。

オランダ側もなかなかの人物を船長として送っている。「政治力がある」男です。

で、オランダ船はたいてい五月か六月頃にやってくる。フェートン号事件のときにはその時期にオランダ船が来なかった。でもまあ航海の都合、寄港地の都合で日程がずれこむことはままあります。遅くとも八月までには来るのが慣例。

で、この大事件のときにも八月になってやっときた「外国籍のでかい船」を普通に受け入れようとした。何しろオランダ国旗を掲げている。ああオランダの船だなあと。

でも、ちょっと様子が違うんですね。この船、なぜかいつもの二倍もあるデカさ。そしてやたらに大砲を備えている。当時の調査記録が残っていますが人によって「砲門が二百あった」とか「七十はあった」とかバラバラです。でかい船のどこを見たのか、また、後述します通りとんでもない非常事態になりましたから実際に船に乗り込んでいった人たちの目撃証言が食い違う。

オランダ船だな、ということで役人と、出島に居留しているオランダ人とで連れ立って乗り込んだ。

するとですよ、なんということでしょう!

こいつら、オランダ人じゃない! (゚Д゚;) な、なんだってー!

べっくらしているといきなり暴力をふるってですよ、人質を二名とり、言うに事欠いて「焼き殺す!」ですよ、奥さん!

「牛と野牛をよこせ!野菜もよこせ!さもなくばおまえらも町もこの大砲で破壊し尽くす!」

ええええええええええ

日本には野牛がいないゾ!

ってつっこむところはそこじゃない。

やぎゅうといえば柳生新陰流の達人を!ってまだこの時代は存在してなくね?
山田風太郎大先生のおかげでわが青春のアイドルだった柳生十兵衛様もいなくね?
あと大砲VS二本差しってけっこう不利じゃね?
すんげえ卑怯じゃね?
↑すいません嘘でしたww三代家光のときに柳生但馬守ムネリンに師事してましたね。

平和裏に「お代は払いますので助けてください」と交渉しないで「助けろ!さもなくば殺す!」です。

これだからイギリス人は!

よろしい、ならば戦争だ!

とは到底言えない圧倒的な力の差です。

日本人は全員船から強制退去です。泣く泣く戻る。何しろオランダ人を人質に取られました。へたすりゃ英国のみならずオランダも相手にしての国際問題です。

しょうがないんで牛を与えた。野菜も渡した。そうしたらなんということでしょう!英国側は人質をひとりだけ解放した。そして言うには「薪もよこせ!飲み水もよこせ!さもなくば人質の命はない!あと大砲で町を焼き払う!」ですってよ!

これにはやっちゃんも激怒です。

おのれエゲレス!単身乗り込んで船長を刀の錆にしてくれよう!その後腹をさばいて憤死する!!!!

と本気と書いてマジと読む状態です。そりゃそうだ・・・。

まわりが懸命に止めて書面を出す。
「おまえらの卑劣さは異常wwww人の親切を踏みにじったばかりか約定をたがえるとは最低すぎワロタwwww」的な。

そしたらさすがに恥じたのかもうひとりの人質を返してよこした。それならってんでまさに泥棒に追い銭ですよ、お奉行様は言われた通り長い航海に必要な物資を与えてやった。タダで。

英国サイドが薪と水だけで満足したんですかねえ・・・。

酒と煙草と金銀財宝ならびに美女くらい要求したんじゃないですかねえ・・・。

で、このような非常事態を招いたのは一にも二にも「日本側の国力のなさ、武器のなさ」が原因だと。

調べたら、長崎出島を守備するための既定人数は千人なのに、なんと六十名ほどしかいなかった。それもほんとに下っ端でいわゆる雑兵クラスの使えないのしかいなかった。

ということで奉行とは別に守護を年度替わりで承っていた不運な藩では詰め腹を切らされる重代の家臣が出てしまった。責任を取ったわけです。

気の毒なことに英国の無法者のせいでさんざんなことになったやっちゃんは英国船が出港したその晩に、腹を切って死にました。守備次第を報告する書面と共に「日本も武装すべし」という意見書を残して。

憤死ですよね。憤死。

まあ日本は大宝の令以後、「国家としての軍隊」を持つのをやめてしまった。理由は「維持費を出せない」からという名目で。そうそう戦争なんか起こらないし起こさせない、と。だから軍隊を保持する費用は削減しましょうと。
警察力というか軍事力のない中央集権国家を本気で作ろうとするときに、ではなにが人心の求心性を発揮したのか。どうして「弱い」朝廷に人々が従ったのか。

理由があります。日本は「天皇制」という制度を採用した。だから国が亡びない。恩讐を超えて、すべての氏(うじ)・素性を越えてひとつにまとめることができていた。
後には天皇の下で政務を執る大臣職や将軍職、幕府などというものもできましたがともかくも「天皇が最高権威である」ことにする、という一点において意見の一致を見た。むしろこれ以外にまとまる要素は皆無である。

なぜなら氏族を根幹とする血縁集団というのは必ず「違う神」を持つ。
みずからの祖霊を権威づけ、貴種であるという根拠を後付けで持たせていくときに「氏神」の概念は重要です。
伊藤さん、恩田さん、中野さん、浅田さん、というように氏素性が異なる氏族の出の皆さんをまとめていくためには「氏族の神以上」の存在として別なファクターを導入しないといけません。

これが日本の場合は「皇室」であり「天皇」だった。

そもそも皇室の氏神を祀るはずの伊勢神宮に一般人が参拝できるようになったのは「朝廷が貧を極めた」からです。南北朝以後の比較的最近の話です。あそこは日本全体の氏神だよ、と喧伝することで私人の参拝もOKにする。
奉幣も寄進もOKにしたのは皇室自身に財力がなくなり、維持、管理ができなくなったから。
だから人を入れるようになった。

でも、伊勢はやはり特別です。特に内宮のある場所はすごいと思う。怪我の功名とでも言いましょうか、皇室が一時期衰えたおかげであのような場所に立ち入れる。カネを積めばもっといいところにも入れてもらえる。
(乱暴な言い方ですみません)

他氏どうしをまとめるための仕組みとして天皇制を選んだあたりが日本人の素晴らしさと大自然への感度の良さを物語っていると思います。すごいんです。

で、「皇室が尊い」ことにしてみんなでそれを守っていくと、やっぱり内憂外患に対して処することはなはだ大、と思いますし、実際に鎖国をといたときには諸外国からの圧力でやむなくとはいえ徳川二百五十年よりも天皇家二千五百年に依って立つべしということで最後にはひとつにまとまった。
過程においては武力行使もありましたが。

「皇室」を越えるファクターを誰も出せない以上、これを越えるものが皆無な以上、姐さんはひとまずこれを良しとしてまずは外患内憂をクリアにして、「日本」をひとりだちさせてから考えるのでも遅くはないと思うのです。

かくも長きにわたって続いたということが「皇室の実用性」を実証していると思いますし。

ということで、平和を維持していくために「して当然の備え」を敗戦国、被占領国だったわが日本はやっとできるスタートラインに立てたのです。
なぜこれを妨害するのか。

歴史を知り、過去の事例に学び、「日本を今後百万年存続させるための知恵」を結集し、建国以来の危機的状況を脱するべきであろうかと。

文化五年の八月に、英国がなめくさったことをしたのは「日本に力がない」ことがわかっていたから。

暴虐をふるっても、一方的な奪取をしても「何もできはしない」とわかっていたから。

悔しいです。

今もまだこの構造は続いている。

なぜ日本は領土を侵犯されても、歴史を改ざんされても、嘘をつかれておとしめられても、何もできないでいるのだろう?

なぜ国民が自国を愛し、誇りを持って、堂々と生きていくことを妨害され続けているのだろう?

なぜわたしたちと何も変わらない「日本人」が、「日本人だから」拉致されて地獄の苦しみを味わい、家族を絶望のどん底に叩き落とされているのに、無関心でいられるのだろう?

姐さんは不思議でなりません。

欧米ガーとひとまとめにしてウットリしている場合ではないのです。

むしろ日本を知らなさすぎる。だから欧米ガーなどという錯誤を発することになる。

ミキムチもドス子もどうかしてるよ。

あと、戦後七十年かかって半島人にわざと牛耳らせた結果、マスコミも、芸能界も、経済界も、美術の世界も、もうありとあらゆるところで文化侵略が行われ、ついには東京五輪ですら南朝鮮のためのイベントになりかわろうとしている現在、

「おかしいものはおかしい」

と言える人を増やすことこそが残酷な死に方を選ばされたやっちゃんの敵討ちになることでしょうし、第二、第三のやっちゃんを増やさないためにも必要なことだろうと思います。

松平さんだからまっちーでもいいかなと思いましたが町田くんとかぶるから「やっちゃん」と呼ばせていただきました。

姐さんはこういう人を忘れられないんですよ。

立場に殉じ、使命に応じ、黙って死んでいった人。
理不尽きわまりない暴力にさらされて、けれども持ち場を死守して決して譲らなかった人。
責任を取り、職務を果たし、「未来を信じて」日本の国防に対する意見書を書いて残してくれた人。

やっちゃんの死に報いたい。
この方は自分にできる精一杯の努力をして、力及ばず自分の命で後世に思いを訴えた。

悪法も法なりと言ってソクラテスは毒を飲んで自殺しましたが、悪法は善法に変えるべきだし、死なずにしぶとく生き抜いて最後まで「悪法はおかしい」と言い続けていきたいです。


真央ちゃんはやっぱりトップアスリートのひとりとして、生まれながらに「戦う」ために定められた人のひとりとして、五輪金メダルを狙うと思う。
生涯の夢として幼い少女の頃から「自分が努力すれば報われる」と信じて挑み続けた五輪金。

バンクーバーで出場資格のない南朝鮮のキム・ヨナが不正採点の異常さに乗じてかすめ取った五輪金。

真央はもう五輪金メダルを持っている。これは当然取り返す。

けれども嘘と偽りにまみれた穢れた金など、彼女には必要ない。

こんどこそ「実力で」取ろうとしているのかもしれない。


真央がくれた「ワンモア・チャンス」。

わたしたちに一体何ができるだろう。


姐さんには松平図書頭康英も、浅田真央も同じに見える。

そして日本には、理不尽な制度や動きの鈍い組織や、立身出世や権勢欲のために白を黒と言いくるめ、嘘を真実と偽証して、私腹を肥やすクソったれの暴力の陰で、黙々と「まっとうに生きる」真央のような、やっちゃんのような人がいっぱいいる。

いると思う。

そのような人こそが姐さんの真実の友人です。

たくさんのまだ見ぬ友のために、フィギュアスケートの不正採点をどうにかしてやめさせなければならないし、「自衛のための」国防も一日も早く整備したい。

政治家には「日本のことを第一に考えて動ける人」になってもらいたいし、全生命にとって危険である原発からは脱してほしい。

当たり前に生きていくこと、足元を見ること、限りある命を懸命に生きること。これらを阻害するものこそが真の敵であろうと思います。

フェートン号事件、皆さんぜひ調べてください。


ん~、船舶名=事件名だったはずですがフェーでよかったのかしらん。

そんなレベルで書いちゃってごめんあそばせ~☆
なんか間違ってたら訂正コメントを入れてください。

歴史に詳しくないもんですみませんorz



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日本人として生きるということ | コメント(4) | トラックバック(0) | 2015/08/13 02:07
コメント
No title
姐さん、わかりやすい解説をありがとうございます。
フェートン号事件、1808年でした。
習ったはずなのに、すっかり忘却の彼方でした。恥ずかしい。
しかも、現在の日本に重ね合わせても、学ぶところが多いのに。思えば能天気な学生生活でした。
高校の授業で、日本史と世界史が合わさって「歴史総合」になるそうですね。
日本の特質・独自性を認識し、世界とどう関わっていくか、冷静に判断できる賢い若者が育って欲しいものです。
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