学習参考書にわくわくドキドキ



最近のお子さんたちはどんな「情報」を提供されているのかしら?と思って日本史と世界史の学習参考書を買ってみました。
歴史と言えば山川出版社!今を去ることウン十年、姐さんも学生時代に大変お世話になったものですが、いや~、よくなっていますよね。
何しろカラー。紙がイイ。詳しいし面白いし、当時「ああ、わかりやすく並べておいてくれさえすれば」と切実に思っていた「同時代の異なる地域の出来事を一挙掲載」がばっちりある。
作る側も「歴史を立体的に見て行こう」と意図しているようですごくわかりやすいし面白い。

そして安い。これで一冊800円台、900円台ってすごいなあ。
たぶん何十、何百万冊も刷るだろうからできることではありましょうがありがたい。

で、例によって「ん?」と思うことは「本人に確認する」のが癖なんで早速疑問点を出版社に電話して教えていただこうとしたのですが電話を切られてしまいました。少々お待ちください、のあとぶっつりwww機材トラブル、操作ミス、と思いたい(笑)。

・・・月曜日にもう一度かけてみます。

バルザック全集の藤原書店の悪夢とは無関係であろう。← 一生言い続ける気十分です

版元にうかがいたかったこと、それは簡単なことなんですが、固有名詞の接続辞として「・」と「=」が混在していること。

この「=」というのはたとえば山田花子さんが田中一郎さんと結婚なさる場合に山田=田中花子と名字を併記するようにつなぐための記号で、「・」のほうはR・田中一郎のように略称だったりのもともと所有しているものもしくは言説の区切りに使うもの、と思っていました。
ですので世界史の本のほうでルイ・アームストロングの携わったカテゴリーが「ジャズ=ミュージシャン」と書かれていたり、ガーシュウィンの名曲 Rhapsody in Blue が「ラプソディ=イン=ブルー」と表記されているのがものすごく気になりました。
気持ち悪い。
なにもKKKのことを「クー=クラックス=クラン」と書かなくても。

山川出版社さんの「教科書」の内容に準拠していると書かれていますが、じゃあいまどきのお子さんたちは固有名詞の単語の区切りを「=」と書かないと正解にしてもらえないということなのでしょうか。

これを聞きたい。
・・・月曜日に電話しますw

「ムーラン=ルージュ」っておかしいですよね?ムーランはルージュじゃないぞーーーと違和感爆発です。


それはさておき、昔習った表記とは異なる箇所があったりしてとても面白かったんです。

たとえばモヘンジョ・ダロという遺跡。「ヘ」と覚えさせられました。今のお子さんたちはモエンジョ・ダロと「エ」でおぼえるようになっているんですね。
サイクス=ピコ協定はサイクス・ピコ協定になっている。
でもサイクスさんとピコさんがまとめたんでこれこそ「=」で結ばなきゃと思うんですがどうでしょうw

一応この資料も文献資料だとは思うのですが、表記の分類が掲載されていなかったのでどういうときに「=」で別のいかなるときに「・」なのかわかりませんでした。

日本史のほうでは真っ先に天皇系図というのを見ましたが飯豊天皇が掲載されていない!おお!
なかったことにされているwwww
そうなんだ~と思ったり。

今は鎌倉幕府がいい国作ろう、の1192年開設でもなくなったりしていると。
「神の手」の藤村氏は「ある一研究者」とぼかされていて、「なるほど、後のオッボである」とか思ったり。

で、で。

山川出版社「詳説 日本史図録第六版」
高度成長期以後の生活・文化に掲載されている漫画、アニメ一覧

「ゲゲゲの鬼太郎」←わかる
「ジャングル大帝」←わかる
「宇宙戦艦ヤマト」←わかる
「ベルサイユのばら」←わかる

「テニスの王子様」←ファッ!?


テニス漫画といえばもう「エースをねらえ!」じゃないんだ!

新鮮な驚き!

テニスの王子様ってSF・・・・!
いやよく知りませんがものすごいことをテニスコートでするというお噂はかねがね。


んでもって世界史のほうではヨーロッパの家系図の英国部分にシャーロット王女が掲載されていないのは出版当時この世に存在していなかったから、といろいろ楽しめました。

歴史は、ひとりでいいから「好きな人」をみつけるとそこからばーっと世界が広がりますよね。
昔は無味乾燥な「暗記もの」としか思えなかった日本史、世界史が今はとても興味深い。
ようするにゴシップの集積であり、飲む打つ買うのデカい版と思うとなんとなく親しめますw

それに個人的には「今」というのは日本建国以来の大危難だと思うので「これから」を考えるためにも「今まで」を振り返り、たとえば島津斉彬存命中からロシアは日本の領土を切り取ろうと画策していたのだなあ、とか、同時にアメリカは琉球に基地を作ろうとしていたのだなあ、とか理解することはとても重要だと思います。

あと日本における政治の痛恨のミステイクはだいたいが「わが身可愛さにとじこもる」ことが原因なんじゃなかろうか、と時の風雪を耐え忍び、時代の検証の荒波を越えて「皇室」だけが二千年以上の存続を保ち、他のあらゆる政治形態と為政者が崩れ去り、滅び去り、消えゆきていったこと等と想い合わせてしみじみとなったことでした。

夏の疲れもひと息すぎて秋の夜長にご家族みんなで参考書を中心にわいわい語り合うのなんかも素敵じゃないですか。
うちは構成員に歴史が好きな人が多いのですが、案の定と言いますか、パルチザン的な「抵抗勢力」が大好きで、メインストリームを歩いていても別に構わないんですが、卑劣だったり奸悪だったり意地悪だったりするととたんにブーイングの嵐です。

先日長崎奉行の「やっちゃん」に悲憤慷慨した記事を出しましたが、他にもこのような方たちを取並べて「ゆっきーーー!なんで切腹するんだよおおお!木曽川の堤防はできあがったじゃんんんん」とかよく騒いでいます。知り合いでも親戚でもないのですが。だから「五山文学!」とか「ほーら毛利家!」とか言い合ってきゃっきゃうふふを繰り広げる変な家です(笑)。

こういうのを「いっちょかみ」って言うんでしょ。知ってます。
一知半解。うん。痛いよ!wwww

でも「好きな武将」とか「好きな大名」いがいに、やっぱり「自分が住む地域」で過去に何があったのかを知っておくのもいいことですよね。政治がわかると宗教がわかりますし、同時に経済も見えてくる。

「ではこれからどうしたら」はその前に「ではどのような存在でありたいのか」がくるべきで、それにはやっぱり自分を含めた環境全般についてできるだけ多く「知っておく」ことが大事なんじゃないですかね。

知り合いに昔大名家だった家筋の人とか、それこそ殿上人の血筋の人とかもいますけど、「名家」ってのはルーツをよく知りそれを大切にすることで、結果的に自分の一番身近な先祖である「親」とか「年長の兄弟姉妹」を尊んで、お互いに睦み合う。
自分が孤立して単独で存在しているわけではなくて、生命の連続体の結果である、という意識がとても強いです。

だけど、皇室が長きにわたって存続して、だから尊いとするのなら、国民の全員が同じように尊いです。だってこれまでただの一度も途切れずに「自分」になるまで命のリレーをしてきてくれた。個々の先祖の名前や生涯をたどっていけるかどうかの差はあれど、「今生きている人間」としては皇室もわれわれも変わりない。

変わりがあるのならこの「連続した命の結果が自分である」という意識の強弱だけなんじゃないかとすら思います。

外国でも名家ほどご先祖を大切にしています。それは自分につながる命の連続体を貴重とし、だからこそ自分もまた尊い人生を送ろうではないかという誇りにつながっていくんですね。

ポッと出の野合の睦み合い(ひでえこと言うな)だって、今から田中一世の棟梁として生きるんでい!恋女房の腹の子は万世一系の田中王朝の二代目でい!という心意気などあれば大変尊いと思います。
そのようにふるまうことでそのようになっていく。
いいじゃん、尊い人生で(笑)。

と、テキトーーーなことを思いながら、しかしすごいなあ人間の歴史。

ということでこれって高校受験の教材ですかね?長く楽しめるいい資料だ、と思いました。
ちなみにすでに書き込みと付箋ですごいことになっています。
イタリア統一は明治三年、ドイツ統一は明治四年、とか書いておくと後で「おお!」となりますしw

近現代史もわりと淡々と事実を羅列していてよかったなぁ。

歴史はね、勝者が記録したものが正史にされますからね。できるだけ大勢からの、多方面からの資料をどさっと出して読みこんだ結果「自分はこの論をとる。なぜなら」と論拠を出して持論を作っていけるのが本筋だろうと思います。

その点、日本は世界に誇る「メモ魔」天国、あらゆることをあらゆる人が自分の立場で率直にメモしますから、文献資料の宝庫ですよね。しかも幾多の戦塵をかいくぐり、大陸では戦禍によってすでに失われた貴重な文献も残されているし筆写もある。

自分も「姐さんが見た日本史・世界史」をこれから充実させていきたいです。

しかし二冊とも重いです。さっさと頭に入れて持ち運ばなくてもいいようにしなくちゃなあ。

山川出版社 詳説日本史図録 第7版
山川 詳説日本史図録 第7版: 日B309準拠
山川出版社詳説日本史図録第7版

山川出版社 詳説世界史図録 第2版
山川 詳説世界史図録 第2版: 世B310準拠

山川出版社詳説世界史図録第2版


知らないことだらけだから生きていくのは面白い。

そして知りたい、と願えば機会に手が届く可能性が高い国に生まれ合わせたことがありがたい。
世の中には教育を受けたいと願っただけで罰せられる国がありますからね。
アメリカとかもそうだもんね。

このありがたさそのものを大事にしていきたいなあと思います。


・・・それにしてもアレクサンドリアの図書館を焼き払ったのだけはいまだに猛烈に腹が立つ!
月に三回は思い出して怒っています。
今パルミラ遺跡が徹底的に破壊され尽くされようとしていますが、それもにまた瞋恚と名付けてもいい激烈な怒りを感じます。
ああいうことは「してはいけない」んだけどなぁ。




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日本人として生きるということ | コメント(3) | トラックバック(0) | 2015/09/04 22:55
コメント
図書館
大学の時、「図書館は大学の中央である」と聞きました。
今、教員をして図書を担当しています。自分では「図書館は学校の中央である」のつもりですが、実際のところ図書室は校舎の最上階の辺境にあり、他教科の先生方には「大変だね、頑張って~」と言われ、意識の違いも感じます。
調べる学習の時には、出典をきちんと押さえるよう指導します。もちろんパソコンも使います。でも、パソコンであっという間に検索できても、その情報は誰が述べたのか、根拠は、と辿っていくと、けっこう時間がかかり結局曖昧なんですよね。紙媒体の資料は、その内容を誰が述べたかはっきりしているので、まとめるのは早いです。
姐様やぴよ様の仰るように、「情報を自分で調べ、考える」ことの大切さを微力ながら子供たちに伝えたいです。
姐様の紹介してくださる本、さくさく蔵書に加えさせていただいてます。(『護身術・護衛術・逮捕術』はひそかな人気本です。)
世界史の人名の=ですが
手相見姐さま、こんにちは。ン十年前に史学科を出た者なので世界史の人名の表記記号について覚えている限りですが、少しでもご理解いただければとコメントさせていただきます。
一応、人名は=で結ぶのが正しいのですが、これはイコールではなくてダブルハイフンという記号の代用でイコールを使っているのです。手書きだと右肩上がりに書きます。
使い方ですが、何々一族の何々家の何々子という場合に「何々子・何々一族=何々家」みたいな感じと、特に強く結びついている名前同士に使う場合が多いようです。主に大勢同じ名前がいるので区別するのに使うとかですね。フランス王家とかルイがたくさんいますのでルイ=アントワーヌとかルイ=オーギュストとか。
フランスが出たのでわかりやすい例で言うとアントワネットじゃなくてマリー=アントワネットでセットになった名前です。
他にも法則性があるんですが、うまくご説明できずにすみません。
一応世界史の人名に関しては=を使うように決められているはずなので、現在の山川出版社の教科書に混在があるのでしたらルールが徹底されていないか、昔のまま採用されている文章と決定後の文章があるのかもしれません。

Re: 世界史の人名の=ですが
雨露覚さんへ

コメントありがとうございます。

世界史の人命表記についてはそういうルールがあるとして、混在しまくりでしたから何か出版社側の都合があるのかもしれないですね。

ド素人の素朴な疑問で申し訳なさすぎるのですが、たとえば曲名の「ラプソディ=イン=ブルー」はやりすぎではないですか?というコトを版元に確認してみたいと思います。どうもこの「不一致」が気になって気になって。

本当は原語で全部表記したら間違いがないのでしょうが、教室中にルー大柴ふう生徒が頻出するでしょうし、外国語がさっぱりわからない姐さんにはそれだけでお手上げです。

山川出版社さんにスッキリ教えていただけることを願っています。

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