「眞を保つ」ということ



白川静先生と渡部昇一氏による対談
『知の愉しみ 知の力』



白川先生がどれだけ偉大かということはもう皆さんもよくご存じだと思いますが、この方の言動と著書からは永遠に啓発を受け続けることができそうです。

この対談の中で白川先生がもっとも大切になさっている人生に処する態度として揮毫などに使われていらっしゃった言葉「保眞」について説明をなさっています。
ネタバレになるので申し訳ないのですが縦横に古今東西の歴史と文化について語ってこられた先生が最後に自分は無宗教者である、しいていうなら自然教信者だとおっしゃっている。
小さな花一輪ですら人間はどうにもできない、自然はすばらしいということを語っている。

「眞」という文字は本来、行き倒れという意味で、上の「ヒ」のような部分が倒れている人の形で、その下は目がぎょろっとして頭髪が乱れているようす。人間の死の中で一番恐ろしい霊力を持っているのはこの行き倒れだと。
だからいい加減には扱えない。それの持っている呪力が何世代も後まで効力を発揮する。
これは永遠なる力、永遠の存在であるというので「眞」になる。
「文字の意味として極めて弁証法的である」とおっしゃっている。

そして白川先生は「眞を保つ」のが人生の極意であろうと、と。
保眞とは、自然の力と合致すること、眞というのは自然の生命力が永遠に貫いていること、人界では行き倒れのような形であらわれるが永遠の生命の一つの姿としてそういうものがあらわれてくる。そういう力が自然とともに悠久に働いているのだと。

そのようにおっしゃっている。

小学校を卒業しただけですぐ弁護士事務所で働きはじめ、大学にも行かず、すべてご自分の努力だけで教師になり、七十を過ぎてから著作物を刊行され、漢字というものの成立過程から根源的意味までも、徹底したトレースにより突き止めて、わたしたちの「心」の世界を三千数百年前から逆照射するというほとんど空前絶後の大偉業を成し遂げられた白川先生。

わたしは、「魂が肉体に宿ることで四次元的に融合した箇所が心となる」と思っています。そして心は必ずカタチにあらわれ、カタチは必ず心に作用を及ぼすとも思っています。

霊的な手法のひとつとして、「見立て」や「擬き」についてもくりかえし話をしてきましたが、機能が同じものは同じものである、見た目が同じものは同じものである、名前が同じものは同じものであると仮定して世界を解釈していくこの方法、実は白川先生が喝破されたように「文字」そのものがそのような存在であるのですよね。

そして「眞」の字が持つ本源的な意味のように人間界で行き倒れという、墓を持たず祀る人もない最低最悪の悪夢を現実化したような「死の姿」が、実はそれゆえにこそもっとも強くもっとも「届く」霊威を備え、「神々の世界」に到達する力を持っているのだという逆転現象を古代の人々は見抜いていた。

秋篠宮家の大姫様はこの文字を名前に備えていられる。眞子内親王殿下ほど清らかで美しくそして明朗闊達な「自然なふるまい」がおできになる女性もそうはいない。お立場への深い自覚と努力による訓練もありましょうが、生来備えていらっしゃる優雅清涼な佇まいは万人に通じる気高さであろうと思います。

このような意味を必ずや承知の上で「大自然を貫く永遠の生命に届き得る人間界からの最大最強の力」を大姫様に与えられたのだろうと。

けだしご両親の学識と教養、お立場への深い深いご自覚をあらわすものだろうと思います。

ここで宣伝になってしまいますが、10月26日のトークイベントでは、この「パワーの逆転現象」について話をします。

漢字というのは恐ろしいもので、名は体をあらわす、と共に必ず「その裏の意味」を持っています。

たとえば「雅」という漢字を与えられながらちっとも優雅ではないことで大変有名な人がいますね。これをどう「見ていく」と事実に近い結果になるのだろう。

ということで、日本人得意の魔改造(笑)であの易ですら「表・裏」と「その全体」を三点からチェックするという世に類例のない抜群の精度を誇る解釈法を構築してしまうわれわれのもともと備えた国民性も利用しつつ、「名づけられたもの」に対する「解釈」を「見立て」というツールを使って考えていく方法もあわせてお話ししようと思います。

肉体は魂が宿るものであるがゆえに、分断できない。「見た目がすべて」というのは本当で、だからこそ「ちゃんと見る」ということがとても大切になってくるのだろうと思います。

美の化身のような、人の身としてありうべからざるほど美しい上にも美しい浅田真央選手の演技は、見る人を異次元に誘います。彼女が裏ではらっている努力、熱意、希求、「理想」の現実化のための苦悩というのはなみたいていのものではないでしょう。けれども浅田真央選手の備えた美の中でもっとも美しいものは「努力し続ける心」ではないかと思うのです。
その「心」をわれわれはリンクに見る。そして圧倒的な感動で心身を揺さぶられる。愛さずにはいられない。

努力するからこそあのように強く正しく美しい、美の極致のような姿をわれわれが目撃できる。

「美しい心」が最初にある。

だから国籍も年齢も性別も越えてあらゆる人を感動させる。

苦闘する心、理想に殉じて悔いない心、そして明朗で闊達で前向きで、常に「愛」が心にある。

言葉はいらない、「見たまんま」ですよね。

一流のスポーツ選手の姿はみな無作為に選んだすべてのシーンで「美しい」。そうでない人は二流でしょう。
二流が一流ぶるどころか三流が超一流、空前絶後の名選手、と詐称をし、暴力的に押し付けてくる、異常な事態をわれわれはいやおうなしに目撃させられた。

このような「異常」を許しておいてはいけないし、また永続するものではない。なぜならそれは嘘=不自然だから。

けれども人間が犯した罪は人間が償うのがルールです。人間の不正は人間がただしていくのがルールです。

神頼みもガンガンしつつ、実際に「人間が」動いていかなければ変わらない。
変わるためには「事実」をよく知ることが必要です。「本当はどうなっているのか」を知っていくことが必要です。
そして「自分が使っているものさし」への透徹した自覚が必要です。

そのあたりも含めて、自分の経験と先人の叡智から「有効とわかっている手法」についてお話ししたいと思います。

いろいろなイベントをしています。よろしければぜひ。

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日本人として生きるということ | コメント(3) | トラックバック(0) | 2015/10/14 07:57
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いつも楽しみに拝見させていただいています。
姐様のブログを読むととても心が凪ぎます。
眞子様や真央ちゃんの美しさを何故か理解してもらえない事も多く、正直もどかしく辛い事が多々ありまして…。
美の着眼点や価値観は人によって大きく異なるので、それを共有出来ない事を悲観するつもりはないのですが、否定されたり貶されると言うのはとても辛い。
だから、こうして姐様のブログでその美しさを整然と分かりやすく言葉にしていただけると、次こそは相手に納得してもらえなくとも、理解してもらえる様な努力の道筋が見えるようです。
それに眞子様と真央ちゃんの「ま」の文字は旧漢字と常用漢字で、とても近いものだと思うとそれだけでとても有り難いものに感じますね。
御二人とも真摯で献身的で優しく慈しみ深い、何よりあの笑顔は誰もを幸せにして救ってくれる尊い方々です。
眞子様が留学を終えられてもうすぐ帰ってこられると思うと楽しみでなりません。
秋篠宮様と紀子様は勿論、天皇皇后両陛下にとってもとても心強い事だと思います。
姐様のブログを読みながらもっと日本の事を深く知りたいと思うようになり、細々とですが調べる様になりました。
日本を知ることは心と人生を豊かにすると気づかされます。
朝夕が大分冷え込んできましたので、どうぞ御自愛をなさってください。
No title
眞子様は本当に素敵なかたです。ほんのちょっとしたご縁でお目にかかった折、私のような者にたいへん丁寧にご挨拶いただきました。深々と頭を下げて。そのご様子が自然でさわやかで、お人柄がしのばれました。
「呪の思想」を読むと日本の伝統文化の良さをしみじみ
感じます。多くの方に読んでいただきたい書です。白川先生の御著書は我が国の宝です。

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