何を柱にするのか



先日のフェアジャッジングムーブメント座談会には前回に引き続きスペシャルゲストにお越しいただきました。
あの集まりにご参加いただく方全員がある意味精鋭(笑)ですから、ゲスト様も当然超精鋭です。
毎月時間を作って、都合をつけて、わざわざお運びくださる精鋭たち。
あんなに本音で語り合える場所もないな、と姐さんはとても大事に思っていますし、次回でなんと二十回!ということにも感謝と感動をおぼえます。
だからといって全員が気持ち悪く意識統一を強いられるわけではない。
意見が違うのはあたりまえ。
ただ「目標」が同じだから、重なる部分が多いから、それぞれに自由に過ごしてそれで結果的に怪気炎、ということであろうと思います。
ありがたいなあ。本当に毎回楽しみです。

で、参加者のおひとりから「山田宏さんがある場所でこう言っていた」という話をうかがってなるほど!と感服した次第です。
これからの日本が何を柱にしたらいいのか。何を支えにすべきなのか。
山田宏さんの持論はこうです。

神社
皇室
日本語

姐さん、聞いた瞬間「おおおおおお!」と目が覚めるような思いがしました。
さすが山田さんです。言語化能力があんまりない姐さんがぐだぐだ言ってきたことを三行で。
しかもこれ、大変な普遍性を持っている。日本に住む日本人なら誰でもに、万人に、適用可能な要素です。

姐さんなりに説明を考えてみました。

まず神社。
神社というのは聖域です。霊域です。「ここに神様がいらっしゃいますよ」という目印がはっきりとある場所です。
そして神社の本体である神道は、さかのぼればさかのぼるほど「自然物そのもの」に崇敬をよせる仕組みです。
神道というのは宗教ではありません。
なぜなら宗教に必須の経典がない、戒律がない、教祖がいない、罰則がない。
神道で主張するのは「場を清めよ」だけです。
もっと言うなら本来は「大自然の中に神を感知せよ」だけです。
だから古い様式ほど人工物を含みません。山。とか岩。とか木。とか、大自然の構成要素であり人の手によって加工されていないものをカミととらえます。
そして相手の状態を変えずに「神様は聖地でどうぞさきわってください。わたくしども人間は里でさきわいます」とお互いに適正距離を保って共存しあうという非常に高度かつ知的かつ理にかなった付き合い方をしてきました。

神社=神道、というのは結局は「地面」を中心に自然物と人間が共存共栄していくための考え方であり行動です。
だからこそ絶対的な普遍性を持つ。その人が住まう地域を大切にし、人類の存続に不可欠な「自然の諸要素」を尊ぶからです。

神社を拒む人は、だから日本では生きていきにくいと思いますよ。それが「不自然」だからです。

万物の中に神を見る。神の形を見る。そして神の機能なり権能なり構成要素なりの、霊と肉の融合体として「ご神体」を尊ぶ。その神の神霊=それそのもの、を宿すがゆえに人間もまた「等しく」尊い、というのが神道の奥義です。

神が神の中で神ごとをするわけですからああめでたしめでたし、ということですね。

神社=地域の自然環境をも含めたわたし自身、ということになる。

皇室。

これは「先祖を大事にする」という意味にとっていただくとわかりやすいと思います。
この世にこれほど長く続いた家系はない。
生物学のほうで長く続いたものは有効である、欠損せずに伝わるものは有益である、という適者適合の考え方がありますが、皇室がなぜこれほど長く続いたか、その理由はいくつかありますが、まず第一に「誰を大切にすればいいのか」がハッキリしているから、ということもあげられましょう。
先祖が明確ということは誰に感謝を向ければいいかわかっている、ということです。
人類全体という大きな構成要素の中から「●●さん」というヒトに直接「ありがとうございます」と意識を向けることができる。その方あればこそ命が続いたと認識できる。自分に直接つながる「その人」を尊ぶことができる。
これは大きな違いです。なぜなら先祖に向ける崇敬はそのまま自分自身の尊厳を高めていくことだからです。
そしてそういう人は一番近い祖先であるわが親をも大事にするでしょうし、一番近い子孫であるわが子を尊ぶことでしょう。

お茶をなさっている方はよくご存じだと思いますがやんちゃすぎる当首として有名だった「あのお方」もご先祖の像の前で親に泣かれてから改心して精進をするようになりました。野生のパワーを茶道、という道=大自然=神への道にぶっこんで励まれました。辛かっただろうと思います。でも、その茶筋の見事さは日本以外の諸外国でも当たり前に通じるものへと育っていった。人にわかってもらうための努力を惜しまない。かつての自分がそうだったように「わかるまでわからせる」ために手を変え品を変え活動されている。インタビューなんか拝読するとそこまで言うか、のぶっちゃけ話だらけです。ひとつひとつの道のりを隠さない。改竄しない。すべてを引き受けてただ今ある。
奥様の早逝で自殺を考えたエピソードひとつとっても人にいれこみ、人にほれ込み、人に恋してしまう情の篤さ、イケズざんまいでぬっころされた先祖をほうふつとさせますね。「茶の湯」にほれこんだ先祖はその美意識の許す限り楽しみきって世を去った。
イケズじゃないんですね。相手がどれだけせせこましいか、つくっているか、嘘をついているか、わかるまでわからせる。
秀吉もたまったものではなかっただろうと思います。だから芸術家を甘く見るなとあれほどwww

皇室というのは、日本で一番「親を大事にしてきた家」です。だから続いた、ということも確実に言えると思います。
初元においては濃厚に有益な気象コントロールの技術を持ち、神=大自然とダイレクトにやりとりできる家筋で、祭祀(まつりごと)がそのまま政治(まつりごと)であるような時代だった。
そこからさまざまな勢力が「皇室の政治利用」を目論見ますが、それらがついに「とってかわる」ことを成しえないままに消え去っていく間、皇室だけが厳然と存続しつづけていた。そうできた。
変な話、皇室に弓を引くと天皇その人であっても滅びるんですよね。天皇も上皇も法皇も女院も公卿も武士も商家も宗教家もすべて滅びる。滅びるまでには至らない場合でも権勢を失って歴史の表舞台から消えていく。裏での暗躍については知りませんが少なくとも世間の目からは隠される。
不思議なものです。

そしてわたしたちは自分に至るまでの命がただの一度も途切れずに続いてきた、という事実においては皇室と何ら変わるところはありません。わが先祖ナイス!です。日本人全員が皇室ばりに歴史と伝統、格式と調和、保守と改革を「品位をもって」どんどん行えばよろしいのです。皇室ごえの美と調和、どうぞなさってみてください。すごく素敵な世になりますね(笑)。

皇室=自分につながる命に感謝、親孝行、と思えばいいですね。

そして最後の柱、「日本語」です。
これを出されたときに姐さんは「やられた!」と完全に山田宏さんに心服しました。

日本語って、この世で最後に残された「神と直接やりとりするためのツール」なんですよ。
そもそも紀元前二千五百年前後の甲骨、金文の字形を、われわれ現代の日本人は母国語としてそのまま理解可能です。
もっと古い時代の遺跡もあるのでしょうが発掘が進んでいなかったり、見つけ次第「食っちまう」人が多かったので人類の文化遺産の継承がうまくいっていない。中国大陸に残された貴重な、かけがえのない文化遺産、ちゃんと保全してくれよ!と切に思いますね。先祖を大切にしない国は滅びますよ。当たり前です。
甲骨文はすべて「占い」というか「神に問う」文章です。いついつ、どこそこに雨が降るか降らないか。それらを神に問いかける。
どっちに転んでもいいようにYesとNoが両方ある愉快な物証もありますが(愉快言うなww)、統治者である王は神にモノ言う権利と資格とを持ち、事前に気象を察知して「そら当たった!」という根拠にした。「文字」をです。
日本語は「記号ではない」んですね。ひとつひとつの字形が意味を持ち、「見ればわかる」形をしている。
自然界の万象を誰が見ても理解可能なデザインにして普遍性を持たせている。

現代の国語教育の一番の欠陥は、「字形」をあまりにもおろそかにしていることです。
漢字は難しい?馬鹿言っちゃいけません。難しいと思わせるような教え方しかできない、教育者側の無知と無力を恥じるべきです。こんなにわかりやすい文字体系はないですよ。
でなかったら三千年も使われない。三千年ですよ、三千年。
いや、四千年でもいいくらい。
かくも長きにわたって実際に使用されてきた。
そしてわたしたち「日本人」はその紀元前の遺物を見て母国語で読解できるんです。
見ただけでわかるから、そしてそのひとつひとつに意味があるから、だから継続して使われた。
便利で簡単、わかりやすい上に神霊とコネクトできる一番効率的なツールだから。

文部科学省が「漢字はテキトーでいいっすよww」と言い出しましたがとんでもない話です。
わかりやすくたとえるならば彼らが言っているのは「犬」と「大」は似ているから同じでいいよ~んということです。
違うよ!全然違うよ!
なぜ語源にさかのぼって理解し、普及させ、国語を大切にしないのか。
インスタントな手っ取り早さと文化というのは真逆です。

漢字は難しくないですよ。難しいと思わせる教える側が「知らない」だけです。

こうして使っている中でも、膠着語の日本語は「俺、昼、カレー」で意味が通じる。漢字とひらがなとカタカナとアルファベットとを自在に使い、最低限の表現で最大限豊かな表現をつかさどることができる。

みずから漢字を捨てた国はどうなりましたか。今の南朝鮮は文化国家ですか?中国は?
母国語を捨てるというのは一般的には「敗戦国」がすることです。勝った側がまずすることは敗戦国の「文化破壊」です。国語を奪い、戦勝国側の言語を強制する。コトバとは生きるということそのものです。コトバなしに人は何もできはしない。ヒトが集まって、社会を作って、一緒に繁栄するための一番基礎となる「財産」です。
南朝鮮と中国は自ら負け犬宣言をした。
コトバを放棄するということは、上であげた神社=大自然と、皇室=ご先祖さまと、ふたつながらに放擲するということです。捨て去って顧みない。
だからこそ今の南朝鮮と中国を誰も「文化国家」とは言わない。

日本と、台湾の一部と、それくらいしか「漢字」を理解し使いこなしそれを国家の基盤に位置付けている人々はもういません。

逆に言えば日本人が日本語を捨てない限り「日本」は続く。日本の神=大自然も、皇室=祖霊たちも存続できる。

中国なんて文字を捨ててしまったから日本人が作った日本語を使っているのよwww
母国語で表現できないモノの名を仕方がないから「日本語で」代用しているのよwwww
どうすんだよwww
知性と教養が急降下www
「中華人民共和国」の「人民」は日本語とまことしやかに_______
ちょっと調べると「うわああああ」ですよね。
いいのか中国。

漢字学をやる学者ってみんな 日 本 に 勉強に来るもんね。当代のモノが残っているから。ちゃんと文献もモノも残っているから。クロトワばりに「あーあ、みーんなぶっころしちまいやがった」ですよ、日本以外。

神社、皇室、日本語。

こういうことを経験則からすぱっと端的に表現できる。
さすが山田宏さん。と感服した次第です。

山田宏さんが立候補する予定の比例代表選では、投票時に「自民党」と書いていただくよりも「山田宏」と個人名をハッキリ書いていただきたい。自民党内での位置が繰り上がっていくからです。
そして地域ごとに集計結果が出ますから、●●県の●●市では山田宏、●票!というように後からわかる。
「この●票はあたいの口こみよ~」と思えるわけです(笑)。

山田宏さんはクリーンです。
買収がきかない。
こんな政治家がいたんだ、いてくれたんだ、と思います。

今、日本は東京五輪をめざして、それをひとつの目標にしてあちこちを取り繕いながら動いている。
福島の原発事故だって東京五輪誘致の際に「どうにかする」と言ってしまったからどうにかしようと動いている。
五輪誘致がなかったらどれだけの犠牲が出続けようと「放置」し続けない、という保証はない。
まるでお客さんが来るからと急いで室内のごたごたを押し入れに放り込むみたいに、ガイジンが来るからみっともないところを取り繕う、というアレですね。

前回の東京五輪もそれで道を整備し、街を美化し、「日本人のための公共の福祉」ではなくて「ガイジンの目にどう映るか」を基準に突貫工事が進められた。
意識改革のための黒船をわたしたちはいまだに待ちぼうけてはいないだろうか。

黒船は、いらない。わたしたちは「おかみの言うことならば」というやみくもな従属、隷属、奴隷根性から脱して日本を日本人の手でかじ取りをしていかなければならない。

文化を守り、誇りをもって、いきいきと自分の人生を歩かないといけない。
なぜならそうすることが一番愉快だからです。
自分の人生に誇りと自信を持って生きるってとてつもなく幸せですよ。爽快です。

「そう生きたい」と姐さんは思うんです。「もういい、苦しむのはやめだ!」って。

山田宏さんは国家百年の計どころか、国家千年の計、国家万年の計を持っている。

神社、皇室、日本語と言える人なら間違いはない。

山田宏さんを国政の場に投じ、仲間を増やし、「日本人のためになる日本を代表する政治家」として最後の仕事をしていただきたい。
心からそう願います。

あと、話がめちゃくちゃ面白いwwww
相当、とんでもない経験をなさっていますし、「よくそれで持ちこたえられましたね!」というようなゾッとする話も豊富です。でもここまでまったくブレずにここまでいらした。だとするとこの先もブレることはないでしょう。
だいたい、へんな方にブレだしたらまわりが許しちゃおかねえやwwww

姐さん、「クリーンな政治家代表」として皆さんにぜひ一度、お話を聞く機会をと思いました。
そして質疑応答の時間をくださいねとしつこく念を押しました。
国政でしてもらいたいこと、今の疑問、あの話はやっぱりアレなの?的なこと、なんでもどんとこい!ですよ。

一回見てください。そして魅了されるがいいよwwww
その生き方、主義主張、戦い方、めざすもの、すべてを国民の目で厳しくチェックして、ふさわしいと思えたら比例代表選で「山田宏」と書いてほしい。

わたしは、書きます。

講演会、埋まってきました。三月に入るとどっと申し込みがあると思うのでお早めに。

O-ENN公式ブログ
緊急開催 2016年3月19日(土)山田宏氏講演会「日本の正念場」
http://oenn.blog.fc2.com/blog-entry-113.html

司会は姐さんの予定です。無駄な雑談はよして山田宏さんに「日本の正念場」についてぞんぶんに語っていただこうと思います。
そしてわたしたちが持っている危機感や「えっそんなことになってるの!?」という疑問を皆さんでシェアし、「ではどうしたらいいか」を一緒に考えていけたらいいなと思います。

こちらもぜひご覧ください。

山田宏公式ホームページ
https://www.yamadahiroshi.com/


これからの日本人が柱とすべきもの。それは地面とご先祖と言葉。
とあたしは理解したのですがこれであっているのかは講演会でおうかがいしたいなと思います。
皆さんも質問をたくさん持っていらしてください。



↓ せっかくの素敵なコメントでもこれを無視しているのはざっくり消してますんで、ひとつよろしくです。

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山田宏さん | コメント(0) | トラックバック(0) | 2016/02/23 11:24
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