レクイエム・フォー・俺たちのこづ



ひでぢいさんからこんなコメントをいただきました。

2016/06/21 ひでぢいさん

サイゾー

フィギュアスケート界を支えた小塚崇彦さんが、私に教えてくれたこと
http://www.premiumcyzo.com/modules/member/2016/06/post_6783/
途中涙で文字がかすんで読めなくなりました。
既読でしたらごめんなさい


うおおおおお!!!!!すごい記事だ。「こづこづに関する部分、本当に、そうなんだ」といえるものを久々に拝見しました。未読でした。

こづこづ。あなたは「神のごときスケーティングスキル」を持つ稀有の存在だった。

> 「ついに日本にもトッド・エルドリッジが出てきた!」と私は心の中で叫び、感嘆のため息をもらしたものです。

> 「非常に若いときから、見ている時間のほとんどが、楽しい」という選手の筆頭格とも言える存在でした。


同意です!!!!!そのとおりです!



――女性向けメディアを中心に活躍するエッセイスト・高山真が、世にあふれる"アイドル"を考察する。超刺激的カルチャー論。
2016.06.16

フィギュアスケート界を支えた小塚崇彦さんが、私に教えてくれたこと
http://www.premiumcyzo.com/modules/member/2016/06/post_6783/

フィギュアスケートの日本男子を長年にわたって牽引してきたひとり、小塚崇彦さんが引退しました。すでに一般人になった方ですので、「さん」という敬称をつけさせていただきますが、選手時代の小塚さんを語るときは「小塚崇彦」という表記にさせていただくことをご了承ください。

 私がはじめて小塚崇彦の演技をガッツリ見たのは、2004年の全日本選手権のフリーでした。当時15歳だった小塚のスケーティングに狂喜したのをよく覚えています。エッジがまったくブレないというか、揺れないのです。スケート靴は、非常に薄い2枚の刃(エッジ)で支えられているだけ。そんな不安定な靴で滑るのですから、「安定してまっすぐ滑っている」ように見えても、ごくごくわずかではあるものの、エッジが揺れているのが当たり前です。その「揺れ」が、少なくとも客席からはまったく見えなかった。「ついに日本にもトッド・エルドリッジが出てきた!」と私は心の中で叫び、感嘆のため息をもらしたものです。

 1996年の世界チャンピオンであるトッド・エルドリッジのスケーティングは、「“端正”とか“精緻”という言葉を形にしたら、こうなる」と言えるほど正確無比なものでした。上体の動きは非常にシンプルなのに、リンクには「水際立った」としか言いようのない、鮮やかなトレース(跡)が描かれていました。本来「フィギュアスケート」は、その言葉の意味どおり「氷の上に、その滑りで図形(フィギュア)を描くこと」で順位を競うもの。上体をなるべく動かすことなく、エッジワークだけでミリ単位の(もしかしたらそれよりさらに細かい)正確さを競うのが、メイン。コンパルソリー(規定演技)という名前がついていました。フィギュアスケートは、なんというか「職人気質」なスポーツだったわけです。そのことを、1990年代の男子選手でもっともはっきりと、愚直なまでに体で表現していたのはエルドリッジだったと思います。

 2000年代に入り、「あ、この選手も、そうだ」と初めて感じさせてくれたのが、15歳の日本人選手・小塚崇彦でした。ジュニアでありながら、すでにクラシカル。スケーティングのレジェンド・佐藤有香の言葉を借りるなら「ジャンプ、ジャンプに追い立てられて、スケートを滑るということが、いいかげんになっている傾向がある」なかで、それは本当に驚くべきことだったのです。

 スケーティングが美しい選手の演技は、私にとって、多少のジャンプのミスがあってもそれが大きな問題にはならなくなります。たとえば男子のフリーは4分30秒、その中でジャンプの時間は、着氷した後にエッジが流れている時間を含めても、全部まとめて1分もないでしょう。つまり、残りの3分30秒以上は「スケーティングを見ている」時間ということ。ですから、スケーティングが美しい選手の演技は、私にとって「見ている時間のほとんどが、楽しい」という選手になるわけです。小塚崇彦というスケーターは、私にとって、パトリック・チャンと並んで「非常に若いときから、見ている時間のほとんどが、楽しい」という選手の筆頭格とも言える存在でした。

 2011年の世界選手権、小塚のフリーは、すべてのジャンプが完璧に決まり、「見ている時間のすべてが、1秒の隙間もなく楽しい」という、密度の高い芸術作品になりました。1本目のトリプルアクセルの着氷の、見事なフロー(流れ)。イーグルで、フォアエッジに乗った右足だけをバックエッジに切り替えても揺れない態勢、落ちないスピード…そしてそこからすぐに、小塚本来の回転軸とは逆の、時計回りのターンをシャープに挟み込む安定感。右回り、左回りのターンをバランスよく入れたステップシークエンス、そしてその直後の、たった二、三蹴りでトップスピードに乗る技術…。もともとの端正なスケーティングに、キレや雄大さが加わった、「進化型」の魅力を心ゆくまで堪能したものです。その「進化」をさらに明確なものとした、2012年のスケートアメリカのフリーも、私にとっては忘れられません。

 ところで…。それなりに長くフィギュアスケートを見続けてきた私の脳内には、「1位・2位だったスケーターよりもなぜか長く記憶に残ってしまう…。そんな演技をした、第3位の選手」というアーカイブがあります。誤解のないように申し添えますと、1位と2位の選手がその順位になったのは心から納得しています。

 たとえば、長野オリンピックの男女シングル。男子の優勝者、イリヤ・クーリックの、ジャンプのクオリティとベーシックなスケーティングスキルは非の打ちどころのないものでした。個人的には前年のショートプログラム『ファウスト』(ジャパンオープンでの演技がマイベスト)とフリー『ロミオとジュリエット』のほうが、その密度の濃さゆえに好みなのですが、それでも、長野のフリー、2回目のトリプルアクセルを美しく着氷した後のサーキュラーステップで、ピアノの旋律にピッタリ合わせてターンしながら、しかもグイグイ加速していく様子は何度見てもうなるばかりです。2位のエルヴィス・ストイコも、ケガの影響かフリーで4回転ジャンプが入らなかったことと、トリプルループで少々ランディングが詰まったのを除けば、残りのジャンプをきれいに着氷して意地を見せました。

 しかし、そのふたりよりも私の記憶に強烈に残っているのは、ゆがみそうになるジャンプの軸や着氷時のエッジの乱れを全霊で抑え込みながら、鮮やかすぎるダルタニアンを演じた銅メダリストのフィリップ・キャンデロロなのです。

 女子も、優勝したタラ・リピンスキーは、その勢いや爆発力のままに、高難度ジャンプを詰め込んだプログラムを滑り切りました。銀メダリストのミシェル・クワンは、「スピードとフローを備えた、同年の全米選手権くらいの出来栄えなら、リピンスキーと順位が入れ替わっていたかも」という思いもありますが、それでも「究極とも言えるエフォートレス(まったく力が入っていないように見える)スケーティング」を見せてくれました。

 ふたりとも、3位の陳露よりも上だということを充分に知っています。陳露のフリップジャンプはステップアウト、後半のジャンプはほぼすべてが回転不足でした。しかしそうした「足りなさ」をほとんど執念でカバーし、「今世で結ばれなかった恋人同士が蝶に姿を変え、天国で出会う」という物語世界を演じきった陳露の演技のほうを、私は先に思い出すのです。

 そんな「心に残る3位選手のアーカイブ」のいちばん新しい場所に、いちばん大きな存在感をもって保存されたのが、2014年の全日本選手権での小塚崇彦のフリープログラムなのです。

 1位の羽生結弦、2位の宇野昌磨の演技は素晴らしいものでした。ふたりとも、減点対象になるジャンプは1つだけで、それ以外のジャンプのクオリティは申し分ないものでした。羽生結弦の、「きっちりとした体重移動によるエッジワーク」を盛り盛りに入れながら、しかし体重をまるで感じさせないエフォートレス・スケーティング(女子よりも確実に10キロ以上は体重がある男子選手で、これができるのは驚異的、というか、ほとんど神秘です)と、それをプログラム全編にわたって繰り広げる精度の高さ。そして、宇野昌磨のエッジワークと上体の振付の濃密な一体感(足元より先に上体のほうが大きく激しく動いて、その勢いでエッジがついてくる…そんな選手がどうしても多くなるなかで、ジュニアから上がったばかりの選手がこれをモノにしているのが素晴らしい)から生まれる、実年齢をはるかに超える成熟した演技…。どちらも高い評価を得て当然と断言できるものでした。

 3位の小塚崇彦は、ケガが続いて決してフィジカルが万全とは言えないなか、2011年の完璧だった世界選手権を超えるジャンプ構成で演技に臨みました。そして、長野オリンピックのキャンデロロや陳露がそうだったように、すべてのジャンプを全霊で抑え込んでいきました。両足着氷もありました。態勢が乱れた場面もありました。しかし、そんなシーンのたびに、拳に込めた私の力は強くなっていきました。

 滑らかで大きく、かつ鋭いステップ。イーグルの深いエッジ。そして、イーグルのようなムーヴズインザフィールドと、エッジを動かすからこそ成り立つステップを、時間的にも動作的にもまったく「間」を置かずにつなげてみせるテクニック。加えて、音楽との融合ぶり…。アンドレア・ボッチェリの『イオ・チ・サロ』(邦題『これからも僕はいるよ』)が、何か「小塚のために作られた曲」と錯覚してしまうほどに、もう…。

「判官びいき」と感じる方もいるかもしれないことは承知のうえですが、全日本選手権を観戦しながら涙を流したのは、私にとって初めての経験でした。

 芸術家が最後に残した作品を「スワン・ソング」と言います。白鳥は命が消える直前、もっとも美しい声で鳴く…。そんな言い伝えから生まれた言葉だそうです。私にとって、『イオ・チ・サロ』は間違いなく「小塚崇彦のスワン・ソング」です。たぶんこの先も、ずっと忘れることはないでしょう。

 現在、小塚さんは、トヨタ自動車の社員として、新たな道を進まれています。華やかな世界ではなく、堅実で実直な世界へ。なんというか、小塚さんらしいなあ、と。

 スケーティングの能力は、1日1日の、地味にも感じられるような積み重ねによってのみ上達すると聞いたことがあります。コンパルソリーがあった時代を知っている人なら、コンパルソリーの競技風景が「観客に見せることを前提としていないため、非常に地味」であることを知っています。小塚さんのスケーティングは、「地味なことを実直に積み重ねていった先に、何かがある」ということを、誰よりも雄弁に伝える力がありました。そういう大切なことを、「マイ・アイドル」のひとりから教えてもらったのは、とても幸せなことだなあと思います。

 確かに、「もう小塚さんのスケーティングが見られない」という寂しさはあります。しかし、このように「スケーティング」と「生き様」がピッタリ一致するのを見せられたら、それはファンとしては喜ぶべきことなのでしょう。「自分が目をつけた人やモノに、自分がそれに目をつけた理由に、間違いがなかった」ということでもあるのですから。

 ただ…。

 その実直な歩みの先に、コーチなりプロスケーターなりの展開があるかもしれない。そんな望みを持ち続けることだけは、ファンのわがままとして許していただきたい。万が一、『これからも僕はいるよ』という「スワン・ソング」がもう一度響くことがあるのなら、その時はもう一度泣こうと思っています。


好きな男子シングルスケーターの筆頭が「トッド・エルドリッジ」である姐さんは、冒頭から涙をおさえることができませんでした。

「そうなのよ!そうなのよ!」と何度うなづいたことか。

こづこづ、少なくともひでぢいさんと、高山真さんと、入れていただけるのなら姐さんは、あなたの苦闘を忘れない。

あなたは「神のごときスケーティングスキル」を持つ稀有の存在だった。

> 「ついに日本にもトッド・エルドリッジが出てきた!」と私は心の中で叫び、感嘆のため息をもらしたものです。

> 「非常に若いときから、見ている時間のほとんどが、楽しい」という選手の筆頭格とも言える存在でした。


こづこづ。

……姐さんは泣き虫だな。「全日本」と書いただけで涙が止まらないよwww

こづこづ。

ミスターハイマウンテン、ありがとう。




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小塚崇彦 | コメント(8) | トラックバック(0) | 2016/06/22 11:10
コメント
小塚くんの演技
時々、過去の演技を見返すことがあります。
また、彼の滑りが、演技が、見たいなあって思います。
本当に素敵な滑りでしたね。
No title
久しぶりにお邪魔いたします。
私もトッド・エルドリッチ大好きでした。今ほどフィギュアを熱心に見ておらず、ジャンプの種類の区別もついていませんでしたが、この人は美しいと、素人なりに(ど素人だからこそ?)惹かれました。長野オリンピックの男子シングルは面白かったな~(私も、1、2位より、キャンデロロのダルタニアンを強烈に覚えています。そしてエルドリッチのキャメル・スピンの美しさ!)
そして小塚崇彦。彼にジャンプはいらない。スケーティングだけで客を呼べます。彼の選んだ人生をもちろん応援しますが、いつかまた、小塚さんの滑りを見たいと思います。
号泣(T_T)
姐さんあたしも入れて下さい
こづ、本当に本当に、美しくノーブルな滑りが大好きです(T_T)

あたしもワガママなファンの1人です

どうか彼だけのスポットライト満載のリンクに彼が帰ってきてくれますように(T_T)

あのイーグル
あのフライングシットスピン
あのキャメルスピン
あのステップ
あれもこれも全部

もしかしたら彼なら次世代に伝授出来るかも(T_T)

彼がリンクに帰ってきてくれたら、どんな形であろうと、窒息するくらい号泣します(T_T)(T_T)(T_T)
No title
姐さま、記事に起こしてくださって本当にありがとうございます。

サイゾーの記事を読んだとき、心が震え号泣しました。
この感動を誰かに伝えたくともまわりの友人はみなフィギュアに興味はなく・・・

姐さまなら、姐さまならわかってくださるはず!とコメントした次第です。

姐さまのこの記事を読んだ大勢の読者の方々とも感動を共有できると思うとうれしくてたまりません。

もう一度、本当にありがとうございました!

ひでぢいさんへ
こちらこそ、本当にありがとうございます。

こんな素晴らしい記事があったなんてまったく知らなかったので、わたしも嬉しかったです。

「すべては過ぎ去る」という無情な「条件」のもとで、残酷きわまりない仕打ちのもとで、けれども懸命に青春を燃やし尽くしたこづこづの演技、言動、語らぬ思い、風化させずにずっと抱きしめていこうと思いました。

小塚崇彦は若い神のごとき偉大なスケーターでした。
ちょっと自慢と懺悔
この年になって1年ほど前からフィギュアスケートを習い始めた、在米の中年のおばさんです。フィギュアスケートに関しては本当に無知ですから、姐さんのブログなどで言及される過去の選手の画像を見て、勉強させていただいています。

エルドリッジという名前は聞いたことがあったのですが、演技は見たことがなかったので、1996年世界選手権の画像を見てみました。彼のスケーティングにうっとりしていたら、演技終了後に見たことあるおじさんが。エルドリッジのコーチはリチャード・キャラガンだったんですね。実は今年はじめに、キャラガンがコーチをしているアリーナが閉まっていたときに、私の所属クラブのアイスに来てコーチをしていたんですよ。その時私は、キャラガンコーチのことも当然知らなかったので、「オリンピックのロゴのついたジャケットを着たおっちゃんは誰だろう?」と思って調べたんです。こんな僻地にもすごい人がいたもんだな。ウェブによるとエルドリッジもここでコーチをしていたことがあったらしく、知っていたら見に行ったのにな、と今、惜しいことをした気持ちでいっぱいです。無知って罪ですね。

それと、「オリンピックのロゴのついたジャケットを着たおっちゃん」なんて心の中でつぶやいてしまってごめんなさい。
pensgal子さんへ
コメントありがとうございます。

おお!スケートをはじめられたのですね。
楽しいですよね~
すごいエピソードを教えてくださってありがとうございます。超うらやましい!!!

トッド・エリドリッジ、実は日本にショーで来たことがあるんですよ。なんというか超正統派の美しい上にも美しい綺麗な滑りを見せてくれる人で、わたしは好きで好きでたまりませんでした。

このブログは主に女子シングルについてキム・ヨナの不正に的を絞ってやっていこうと思うのでペアとアイスダンスと男子シングルはあまり触れていないですが、それでも拙ブログで興味を持っていただいてトッドのことを知る方が増えるのは嬉しいです。

最後の一文に笑いました。

スケートっていいですよね。氷の上でできないことができるようになるときのあの感動。幸せ!と何の虚心もなく思える喜び。

またぜひ当地のご様子を教えてください。
てきとーに身元を隠してw

そうだ、姐さんよりずっと熱心でもっと詳しくて真央愛もりもりな方がたくさんいます。このブログもそういう方たちに支えられて、教えられて続けてきました。

これだけ大勢の心を弾きつけてやまないスケートの採点が、一日も早くただされることを願ってやみません。

姐さんときどきトシのせいかとんでもない勘違いとかもあるので、「ん?」と思われたらぜひ他のちゃんとしたブログやWikiをご覧くださいね。恥ずかしいけどお願いします。
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