「再確認」



今日は怪談会なのでこれから風呂入って表参道に出発ですが、その前に今朝がた見た面白い夢を紹介します。

夢の中で個人面談をしていました。女性が対象でした。
そうしたら「ある存在」が提案をしてきました。夢の中で。
姐さんはその女性にこう言いました。

静かな場所にひとりで座って、今までに人からされた「一番イヤなこと」を思い出してみてください。
そして「本当は100パーセント自分のためになるように、動いてくれていたんだ」と思ってみてください。
そのとき「一番好きな人」がそばにいて、一緒に経験してくれている、と思ってみてください。
自分が一番好きで尊敬していて、憧れている人が「全部あなたのためだったのだとしたら?」と問いかけてくるとしたら?
と思ってみてください。

・・・・・・という提案はいかがでしょうか。

女性は目に涙をいっぱいためて頷きました。季節は初夏で、これからの暑さを予感させながらも、まだ風は透き通るほど爽やかで、きれいなせせらぎが近い、木造の二階家の座敷にいて、カーテンのない窓からは高い高い空が見えました。

そこで目がさめました。

まず思ったことは「いや~、自分だったら大暴れするわ」「こんなことしてもう一度傷つかない保証はない」「危険じゃないの」という否定的な見解でした。

真央ちゃんがそばにいて「ヒュパティアのあの惨死は決して許せるものではありません」と口にすることすらキツいです。だいたいあいつらのしたことを真央ちゃんが知ったらすごく悲しむでしょう。真央ちゃんが傷つくようなことはしてはいけない。したくない。

ということで、姐さんは介添えなしでやってみました。

うん。確かに傷つきます。苦しみます。「ぜったいに許せない」と思った大事件の一部始終を追体験し、ただでさえ血を流している傷口に粗塩を塗り込むようなものですもん。
そもそも「自分のためにビタイチならない」ことだったからこそ苦しんで、忘れられずにいるわけで。

それなのに「もしもそれが自分のために本当になることだった」のだとしたら。

などと考えることすらきいいいいいいいい!!!と火に油です。

ただ、たぶん「今の姐さんがマスターしなきゃいけないことなのだろうなぁ」と。夢の中の夏向きのワンピースのあの女性に実際に現実で会う前に、「こういう世界観」を身に着けるというか「乗り越える」ことが必要なんだろうなぁ、と。

他人の夢の話って面白くないことが多いと思いますが、今回の夢の内容、「あ、そうか。これ死んだあとで全員がやることじゃん」と思ったら気が楽になりました(笑)。
だったら慣れてる慣れてるwww

ああ、死ぬ前に、やればいいんだな。生きているうちにとっとと「転生」して「生まれなおし」て「生きなおす」ことをすればいいんだなと思いました。今、生まれ変わればいいんだな、と。

この激動の時代「その先」にたどり着くために、これからの「より明るい未来」のために、川に放り込まれたこととか火あぶりにされたこととか生き埋めにされたこととか、再点検が必要なんだなあ。

つまりは「同じ失敗を繰り返さないために」方法、手段を再検討し粛々と着々と進んでいかなければいけないんだな、と。

姐さんももうトシですからねえ。いろいろ考えないといけないんだな。

それにしても美しい女性だったなぁ。早くお目にかかりたいものです。
美女よ、待ってて!(笑)
美人のためならわりとなんでもする。うん。

という、夢の話でした。




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あんたたちもっと健康になりなさいよ | コメント(3) | トラックバック(0) | 2016/06/25 16:06
コメント
点と線
生きてる間に自分を生んで自分で育てる、って何となく分かります。うーん、でもやっぱ違う何かかな??どうだろ??私は育てる方がメインに感じてました。
ただ恥ずかしい事にそれをした頃は荒みきっていて、信頼出来る人や尊敬出来る人が思い浮かばず一人で黙々としていました。
子育ての本と県内の原生林が心の支えでした。
その頃は未婚で子供も居ませんでしたが、自分がして欲しかった子育てを自分が傷ついて動揺するたびに自分で行う、という感じでした。
頭の中にたくさん階層があって、最深部に生まれた幼い自分が引きこもって居て、寂しくなったり嫉妬したりするたびに慰めたり説明したり、時には欲しいものをあげたり(笑)
今は美し過ぎるモノや美味しすぎるモノに出会った時などに幼い自分が出てきます。
でも大抵は自分と混じり合って特に意識することなく外を感じています。以前の様な苦しみは感じません。ただの成長なのかしら?
前世などは分かりません、今生とその遺伝子の繋がりと生活してての繋がりと自然との(勝手な片思いの(笑))繋がりのみです。自然な土着感といいますか、ご先祖様達がここのインフラ整えてくださったのよね~、ありがたいわ~ん、タダ乗りは許せないわ~って実感が備わりました。

姐さんの本文を読んで楽しかったので思わず書いちゃいました~♪

何が点と線かというと

・自虐史観の親による子育てと子供の自己肯定感の荒廃、という点。
・自分を育てる事による自己肯定感の芽生え、という点。
・それらの点は周囲への健全な関心・行動と密接に繋がっている。

です。
慰安婦も外国人に有利な大学入試も外国人に有利な採用も虐めも政治への無関心も、WGIPによる自虐史観が根っこにある。
それを払拭する土台作りが自己肯定感の芽生え、と感じました。


さくらいさんへ
コメントありがとうございます。

さくらいさん、どうも大変頭が良い方に思えます。なんと見事に整理して考えていらっしゃることか。そして素晴らしい言語化能力!

>自虐史観が根っこにある。
それを払拭する土台作りが自己肯定感の芽生え

これをプリントしたTシャツを着て歩きたい。
日本と日本人のよさをすべて殺すために仕掛けられたのがまさにこの「健全な自己肯定感の抹殺」だったのですよ。

浅田真央にはこれがある。だからつぶれなかったのだろうと思います。
(と、すきあらば真央語りにいく姐さん)

>今は美し過ぎるモノや美味しすぎるモノに出会った時などに幼い自分が出てきます。

これも素晴らしい自覚ですね。すごいです。
人によってつけられた傷は、二通りでしか癒せません。大自然の美と一体化するか、別のもうひとりの人間である「自分の心」のどちらかです。

「医者よ、みずからを癒せ」というアスクレピオスの箴言をいつも思います。

と、思います。むやみに断言してますが、こういう大切な話もここでどんどんしていきたいと思います。

さくらいさん、大切なお心の秘密をお話しくださってありがとうございます。感謝申し上げます。


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