中国の「三峡ダム問題」



中国の学者の書いた論文を読むのは楽しいけれど切ないです。とても切ない。
ぜんぜんウットリしていない。
ウットリしていたら殺されちゃうからな。
どのジャンルでも「おお」とうならされるような誌的で巧妙な言い回しと本当に伝えようとする決死の覚悟に満ちている。そして奇妙なことにどのように絶望的な状況下でも不思議に明るい。絶望しかないような状態で、ときには理由なく逮捕され「処刑を告げられる」ような場合でもあきらめてはいない。
「自分の主張の正しさは歴史が証明するだろう」と絶対的な確信を持って殺されていく。死んでいく。
政府が徹底的な言論統制と恐怖の専制政治を強いているのに「だがそれは、間違っている」と主張する人が現れる。そして心ある人たちが身の危険や破滅をかえりみずに支援する。
中国が「まだ終わっていない」のなら、そのような人たちが身の危険なく「自由に」意見を表明できる環境を早急に作るべきだ。
中国国内での自由な意見の表明と討論を解禁し、批判も弾劾も刑罰の処断も、それぞれの立場の人間たちが「自由に」討論をしてからのものでなければならないだろう。

皆さんは「三峡ダム問題」についてご存知でしょうか。
調べれば調べるほど「一部の人間の功名心」でこれほどまでに「馬鹿なこと」ができるのかと呆れるばかりの世界最大のダム建造。あらゆる角度から検証して「絶対に害にしかならない」と批判され国際的な金融機関からも「お断り」をされ続け、心ある中国人がこぞって「国家のためにやめてくれ」と言い続けた「馬鹿物件」。

環境面、経済面、文化面、およそ人間同士で行うさまざまな活動の全面で「絶対ヤバい、損しかない」とわかっていたのにやっちまった中国最大の愚行です。

ああ、本当に「ダメな国」なんだなという証拠です。



戴晴さんは女性ジャーナリストです。もともとロケット工学をなさっていた方で、のちの新聞記者時代に『長江 長江』という本をまとめた編集者です。ご自分でも序文と公開質問状の形式で痛烈な批判を載せています。
この方はもともと環境問題の専門家でもなんでもなくて、三峡ダム建設についてふとしたことからかかわるようになり「新聞記者のやるべきこと」として命をかけて批判論文集を出版した。
なんと原稿がそろってからたったの十五日間で本が出たというから驚きです。しかもかかわった全員が殺戮の可能性を覚悟した上で。

この本は、各方面の第一人者からの「なぜ造ってはダメなのか」がまとめられています。論文は短くてわかりやすく、どれもが納得できる根拠を提示している上に、こんなにも絶望しかない状態で不思議な明るさを持っている。

ダメなものはダメなのだと。そして誰もが「中国の未来」を明るくよいものにするために自分にできることをしているのだと、本当に不思議なほどの強さと明るさに満ちている。

訳文が素晴らしいのもあるでしょう。

冒頭のアメリカ人の寄稿がすごい、もうどうにもならないから責任者が死ぬのを待つしかないんじゃね、ということを思いっきり書いてます。「自由な国」はすげえなあ。

戴晴さんは天安門事件をいいわけに投獄され一度は死刑を宣告されます。最初に中国国内の出版社から五千部出された本はたちまち売り切れ、五万部を追加印刷、国家によって発禁、回収命令が出されますが市場にはすでに二万五千部が出回っている。それがめぐりめぐって台湾と香港でも出版され、世界的な関心をひくためにカナダの環境保護NGOによって英訳された。

三峡ダムのために水没させられた「紀元前1万年の遺構」や「百万人を越える立ち退きを強制された人々」や「重金属汚染」や「地震、地滑りの誘発」や「船舶の往来の阻害」や「世界第三の大河にできた世界最大のダムが決壊したときの下流の人的経済的損害の巨大さ」「世界有数の景勝地の徹底的な損壊」「歴史的景勝地の消失」などなど、「問題」しかないこのダム造り。

はいそれではここから「電波発言」です。

実はこのダム、地球の自転にまで影響している。日本でいうところの「根の国、底の国」にダイレクトに関係する「してはいけないこと」筆頭です。

日本人の神様というのはよほどできたお方たちばかりだったのか、日本人を最初に地上に降ろすときに稲穂という「お弁当」つきで「どのような高い天も、地中深くまでもどこまでも、自由に往還していいですよ、遊んでおいで」と送り出してくださった(とされている)。
ここですごいのは「どのような高い天」でもOKということは地球は丸いですから全方面、全宇宙ということです。すげー。

ただし絶対的な禁忌として「さわってはいけない箇所」を唯一指示なさっている。それは地球の中心です。地上、地中はOKだけれど、根の国と呼ばれるもっとも深い内奥に触れてはいけない。どうしてかというとそこはいい、わるいを抜きにして「人間が接触すると人間が一方的に害を受ける場所」だから。そしてそこになにかをしなくても平和に安全に繁栄していけるところだから。

ようするに地球の自転に関係する地軸のことです。
これを人間の浅知恵でいじってしまうとまさに「うちゅうのほうそくがみだれる」わけです。自転と公転を狂わせてもいいことはひとつもありません。
重すぎるしデカすぎるし馬鹿すぎる。

こういうものは壊さなければなりません。とてつもない災厄です。巻き添えになって害を受ける人が六千万人くらい出るだろう。だけど「やってはいけないこと」はやってはいけない。してしまったら償わなければなりません。

一部の人間の功名心により人類史に汚点を残した三峡ダム。
一番の問題は「言論統制」がいまだに可能な専制政治。

なぜ直接的な関係がある地域住民に事実を伝えなかったのか。なぜ賛成意見と同じほどに反対意見に耳を貸さなかったのか。国際的な金融機関が「環境リスクがはなはだしい」と融資を断ったにもかかわらず他国に借金をしてまで強硬したのはなぜなのか。

これ以上中国が「環境負荷」を大地にかけ続けるのなら、それは必ず復讐される。地球という生命体もひとつの連続的な「命あるもの」ですから、体がかゆければかくし、痛ければなでる。人間、という1種類の生命体によって他の全生命が危険にさらされるのなら、やはり振り落としは避けられない。

自然と調和する、というのは他を害さない、ということが真っ先にくるのです。他に害を及ぼすのなら、自分も害を及ぼされることを覚悟しなければいけない。

今の中国の最大最悪の問題点は、そうやって害を及ぼされる対象が、実行犯ではないということです。正しい情報を一切与えず、事実から隔絶させておき、誤った「政策」を絶対的な正義だと宣伝し一切の反論を許さない。
そのくせ実害として地震、地滑り、洪水、汚染があったときには「上級国民」は無事なまま、罪なき一般人が地獄行き。

だとしても、中華人民共和国の一員である以上、どうしても罪には「連帯責任」がたちはだかる。不幸な、不幸すぎるこの破壊を前にわたしは日本人として日本の行く末を思います。

今から千年、二千年後、あるいは一万年後に、「日本」が存続できている可能性があるとしたら、それは「自然との共存」しかないだろうと。
神道に代表される「神ながらの道」を歩くことでしか到達することはできないだろうと。

神は神域で、人は村里で、それぞれに自由にさきわいましょうと。人間は場を整え、場を清め、自らが吸う空気、歩く大地、飲食する水と食料、それらを汚すことなく清らかに保ち、自然を愛し、自然に愛され、最小限の火を用い、「太陽の直接的な子孫」として誇り高く身を持して、「生きる」ことをめざすべきだろうと。

そのような見地ならでは、もう「日本人」を残すことは無理だろうと。

逆にいえばそのような境地に達して実際に具体的に生活を整えさえすれば日本人は残っていける。

三峡ダム建設を止められなかったのは人類全体の罪です。
その連帯責任のひとつとして、荒れ狂い病み衰え、おのれの無知と無明の闇でがつがつと他国を食らいはじめた中国の愚かな野望を打ちくじかなければなりません。

自国民を幸せにできない国家が、他国の領土を侵して支配して、それが何になるのでしょうか?馬鹿だろ、としか思えません。

足元を見ろ、と言いたいです。

三峡ダム、この中国最大最悪の「弱点」にわたしは注目し続けます。






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中国 | コメント(1) | トラックバック(0) | 2016/07/27 09:14
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