そうだ、神社行こう!



・実際に行ってみる。
・由来書を読み、わからないことは神社に質問する。
・納得いくまで教えてもらう。
・相性があるので無理はしない。
・「決意」と「感謝」が、人間側から向けられる最高の捧げものです。



初詣、参拝なすったほうがよござんすよ。お賽銭はそっと投じて柏手は豪快に打つ。そして「決意」をできれば声に出して言う。
あと「お礼と結果報告」もできれば行ったほうがいい。神仏の世界は「契約」最優先ですわ。

作法は現地の指示に従いましょう。だいたい「中の人」である神職などに質問すれば喜んで説明してくれます。面倒くさそうにいやいや義務を果たすところはそこの神様にチクっちゃえ!

いや、今回ばかりは初詣を強くおすすめいたします。後で意味がわかります。絶対に行ったほうがいい。
全日本人に次ぐ!初詣に参拝なされよ!と強く言いたいですね。


よく質問されるのですが、「神社でどうしたらいいかわからない」場合は、実際に参拝なさった場所で確認なさるのが一番です。本当に。
作法には種類がある。TPOって必要です。
わたしはわたしが知る限りの「正当性」をいくつか持ってはいますけど、ケースバイケースということもありますし、郷に入りては郷に従えが一番です。

で、神道と神社についての一般論。

「氏神様」というのは、もともとは「自分の先祖」そのものでした。みなさんがいま普通に使っている「名字」の部分、これを「氏(うじ)」といい、所在地=在所の名前そのものをそこに住まう人間が名乗るのが一般的でした。

たとえば今も残っている千葉県は、千葉さんたちが開拓したから千葉。江戸城は江戸に住まう江戸さんたちがつくったから江戸城。というように基本的には「土地の名前をそのまま名乗る」のが氏になります。
そしてその名を名乗る者が亡くなれば、後に残された者たちが「氏の神」として祀るので、死ねば自動的に神であり、生きている間は自動的に「神の子孫、神の直系」ということになります。

一番身近なご先祖がお父さん、お母さんで、一番身近な子孫が子供たち。これらを総称して「自分より前に死んだ一族の人全部」が「氏神様」。
氏の神の直系なので「氏子」。

つまり山田地域に住まう山田一族の神は山田神。というわかりやすい構造です。

なんて安心な世界なのでしょう。生前はご先祖を神と仰ぎ、死ねば自分が神と崇められていく。根付いた土地でそうやってリレーされていく命と心のおきどころ。

これが本来の氏神です。

これが一番古い「固有名詞のついた、人間が設定したもともと人間だった神様たち」です。

ところが、これだと「どの神が一番えらいのさ」に答えが出せない。誰だってわが祖先をトップに据えたい。
山田神を拝む山田さんは、佐藤神を拝む佐藤さんと「うちが一番」と争わざるをえない。

そこで聖徳太子が「外国の神様」である「仏」を頂点に据えることで相対的に天皇をも含めてみんなの地位を引き下げた。

奇策中の奇策ですね。聖武もこれに近いことをした。

聖武とか後醍醐とか、子孫の方には申し訳ないですがわたしはナナメに見ています。詳細はセミナーなどで「根拠を出して」説明していますが、だいたい「おおごと」をしでかす人はそれなりの「ヤバめの理由」があるものです。

だいたい権力を持った、持つことができた時点で「いろいろなさっておいでですわねえ」ですからね。

それはともかく

わたしは個人的に日本の神々を三種類に分けています。
野や山にある自然物と、それらが引き起こす現象、そしてもともと人間だった神様、の三種類です。
だいたいこれで説明できる。

ご神体が山である、樹木である、岩である。と、海の波、野を吹く風、落雷や積雪。天皇ならびに皇族や武家、人間の世界に功績があった人たちなど。

で、産土神は氏神の後に作られました。自分が住まう地域と、自分の名前とが一致しない人が増えて以後、「神である土地」を離れた者には新たに「自分の神」が必要です。
そこでそのときの所在地に一番近い神社を産土神として参拝し、氏子となる。

さらにこの後に「屋敷神、イエガミ様」が作られて、明治の国家神道出現までに、さまざまなすったもんだがある中で、日本というのは「奇跡的に」こういうものすごく古い信仰形態を残している。

「神」を作り出す作法を持っている。すごいことです。

それで、詳細は後で話しますが、初詣、参拝を強くおすすめします。

来年も「日本」は揺れる。揺らされる。そのときに「自分をも含む大きな存在」とコネクトしておいたほうがいい。

心配ごとがあるのなら「心配しないで、生きます!」と宣言する。神前で。

日本人が当たり前に使っているこの「漢字」はもともと全部「外国語」で、それは「神と交流するためのツール」として用いられていた。最初にあった「音」を、外国語のカタチに当てはめて、うまく使いこなしてわたしたちは当たり前に「日本語」として使っている。

中国は簡体字、韓国はハングル、もともと先進国だった両者は、普通は敗戦国が暴力的に強制される文化破壊である「文字を捨てる」ということを自ら選んだ。
このときにすでに両国家の破滅は確定されていたと言えましょう。

なぜなら言語は国の根幹だからです。コトバは神とも人とも交流できる最高の「絆」だからです。
これを自ら捨て去った。

つまりは「親も先祖も神もいらない」と宣言してしまったのと同等です。実に実に残念です。

今はもう、日本にしか残っていない「神との直接交流のツールである漢字」。これは大切にしなければなりません。

コトバには先祖の、親の、神様との交流の歴史が詰まっているから。

そしてご縁があるならそこに、そうでなければお住いの近隣に、「わたしはこのように生きます」と宣言し、決意を新たにすることはこれからはなおいっそう重要です。

尊い存在ほど「本人が決めるのを待つ」ものだから。

尊い存在ほど「ああしろ、こうしろ」と指示は「しない」。

「あなたはどうしたいのですか」と真っ先に確認する。なぜなら「相手の独自性をおかしてはならない」ということが、魂の世界での第一鉄則であり、これを破ることは「約束の生き物」である神・仏にとっては存在の根幹を揺るがすものだからです。

まず「あなた」がどうしたいか決めないと、誰も何もできないんです。また、してはいけない。

真央ちゃんが「試合でトリプルアクセルを決めて認定されたい」と決めるから、マスター・ノブーオは指導をするし実施できるよう「よしいこう」や「今はまだ」になるわけだし、ファンも「決まりますように」と応援するし、アマーノあたりが「はいはい、ダウングレードダウングレード」と舌なめずりを始めるわけです。ひいいいい最後いらねえwwwwISUも「罰してやる!頂点を極めようだなんて許せん!俺たちが気に入った選手だけを勝たせてやるんだ!」と騒ぎ出す。うわああ暗黒ーーー!!!
※個人の感想です。

なんですか世間では「比喩だけど」とつけさえすれば死ねと言ってもよくなったんですか?恐ろしい世の中ですねwwwwww

まあ人の死に「☆」をつけちゃうヤヴァい子持ち中年もいますから________比喩じゃなくて直喩でもなくて事実の指摘だけど______

万が一、大事なお父さん、お母さんが亡くなったときに「ご冥福をお祈りします☆」という電報やお悔やみのお手紙をもらっても平気なんですかね、荒川静香さんは。すごい神経だ。
「伝えきれないたくさんの思い☆」をこめてくれたんだな、と思うだけなんですかね。すごい神経だ。

ま、まさか絵文字だらけの弔問記帳になるのかな________

自分さえよければなんでもイイようなものですが彼女は公人ですからね。
まあ森さん失脚に伴う橋本性子からの棚ぼた会長職をめでたくゲットできるかはまだわかりませんけども、常識的な言動を心がけていただきたいと思います。
一般ド素人のクソブロガーの姐さんと違って責任ある立場なんだから。

あ、つい脱線しましたが、神道の話です。

神道は宗教じゃないんですよね。宗教に必須のモノがなんにもない。
開祖がいない、経典がない、戒律がない、罰則がない。

せいぜいが「場を清め、心を静めて神の存在を実感する」ことくらいです。

細かい話は抜きにして、もともとわれわれは「神の子であり神として祀られる」ということが当たり前の毎日だった。しかもわたしたちの先祖にとっての神とは「生きるべき場所、その大地そのもの」であった。
であるのなら、無残な環境破壊や大量生産、大量消費、大量虐殺ということがそもそも「できない」縛りであった。
神である大地に神である自分たちが平和に安泰に生きていくために、必要最小限の生産物とそのための労働力と公正な配分とが大切なことであり、自分さえよければいいという考え方は根本的に生じなかった。

だって「独占」はできないから。どうしたって共有、共存、を考えなければ生きていけない。

川は誰のもの?
山は誰のもの?

本当は「誰のものでもない」

そんな自然観。

そこに中国から陰陽や五行などの「大自然のめぐり」を基盤にした自然の解釈、世界観が入ってきて、日本の風土にフィットした「世界観」が息づきだす。

細けぇことはいいんだよ!でなんでも採用するくせに、即座に「より素敵なもの」にどんどん魔改造してしまう。

日本には世界中の「いいもの」が残されており、さらにいいものにすべく、こぞって努力が続けられている。

たとえばスケート。
伊藤みどり神と浅田真央がフィギュアスケートを「魔改造」したともいえますよね。みどり神はスケートをスポーツに変えた人間で、浅田真央はスケートを御神事に変えた人。スポーツから神話へ。この英雄叙事詩はしかもまだ続行中。
「日本人」、とんでもねえなと思います。


ヤマト政権が中央集権化をするにあたって、「稲作」と「神」を配って歩いたことは有名な歴史的史実ですが、それによってわたしたちは「ごはん」と「安心」とを提供され、かわりに「納税」をすることになった。で、「まっとうなごはん」が欠乏すると一気に政権が変わり、「ちゃんとした安心」がなくなると、権力構造である「為政者」をこえて「権威」である皇室にあれこれ起こる。

皇室御神事は本来は「稲作御神事」であるべきです。そこをおろそかにしては絶対にいけません。

だってそれが本来の皇室の役割だから。みんながよくばらずに全員がおなかいっぱい食べられて、安心して生きられる自然環境との共生の、代表選手、代理店、そういうモノのはずだったから。

今の日本はおなかはいっぱいにできるけれど、心の寂しさ、「魂の飢え」をどうにもできない人が多い気がする。そのように不幸になるべく、弱くてダメで都合のよい奴隷であるように、敗戦国ニッポンは70年かけて殺され続けた。

でも、本来「日本」ほどすごい国はないんです。根拠はいくらでも出せる。そしてかつてダメだったとしても、今、「よい国」になることはできるんです。可能です。

光ある未来、よき国家、素晴らしい国民と素敵な天皇、輝かしい未来に生きるために「もうそこに息づいている神様たち」と共存共栄して「一緒に輝く」ことができるんです。

どのように偉大な社会的変革も、はじまりはひとりの心からはじまります。孤独なひとりの心に宿った「その思い」がやがて多くの共感を呼び、次第に巨大なうねりになっていく。

どのような暴力も「真実」を圧殺することは決してできない。
彼らにできるのは肉体を滅ぼすことくらいです。「心」は殺すことができない。

過去の人生において何度も火あぶりやら八つ裂きやらにされてきたわたしが言うんだから間違いない(笑)。

心は殺せない。

この冬、「神々」という先輩方と心を通わせ、「一緒にがんばります!」と伝えることも、大きな変革になるはずです。

日本の霊的護持、霊的国防というものも、わたしたちは視野に入れて生きていくことができるのです。

だいいち、楽しいじゃありませんか。神様、行くと喜んでくださいますよ。よしよし、とご加護をいただける。

この国の国土そのものを御神体として大切に交流してきた命のリレーの結果として「あなた」はいる。ならば古き懐かしき「おなじみさん」の大先輩として各地にてそれぞれの交流をと思います。


こういう話をセミナーで話しています。2016年、あとわずかですがまだいくつかセミナーがあります。
よかったらいらしてください。

O-ENN公式ブログ
http://oenn.blog.fc2.com/

姐さんもあちこちの神社に出没予定です。このブログをご覧くださっているみなさんとどこかでそれと知らずにすれ違っているかもしれないですね。それもまた楽しみです。


人間が全身全霊をこめてもたれかかっていいのは神様だけです。あちらは持ち時間がとても長い。人間ならすぐに消え去り立ち去ってしまうところを数億年レベルでおつきあいいだけます。

すべてはフィーリングです。参拝してみて明るい気持ちになれたところ、なんだか元気が出るところ、明るくてからっとしていてゴキゲンな気に満ちたところが(あなたにとって)よい場所です。


「奪われた過去」を取り戻すために、日本人が備えた「すべてのよき本来性」を再び見出すために、この冬はぜひ参拝をと思います。

なお、集団で参拝した場合、一番レベルの低い者にあわせて神様から取り扱われます。ですので、いくら可愛くてもワンコ連れはいただけません。犬と人間は線引きが必要です。中には賢くて優しくてお利口でなみの人間よりよっぽど立派なワンコもいますが(そして実に多いんですよ、いいワンコが!)、それでもやめておくべきです。
神社側が推奨している場合は別としますが、わたしはそういう神社にはいきません。ご一考願います。


・実際に行ってみる。
・由来書を読み、わからないことは神社に質問する。
・納得いくまで教えてもらう。
・相性があるので無理はしない。
・「決意」と「感謝」が、人間側から向けられる最高の捧げものです。

グッドラック!
(ほらアメリカナイズwwwww


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皇室、神道、信仰など | コメント(24) | トラックバック(0) | 2016/12/12 13:52
コメント
ありがとうございます
頭の中に大事にしまっていた箱を、
取り出して、
開けていただいたような気持ちで、
記事を拝読しました。
後には、冷たい、清々しい風が、
頭の中をスーッと通っていくようなイメージが残りました。

昨夜から、
目を閉じて、
頭の中で吹いている風のイメージを、
何度も楽しみました。

記事から、
空気の入れ替え、
換気という表現では味気ないでしょうか、
そういった、
凜とした、
滞っていない、流れている空気のイメージを
授かりました。

抽象的で申し訳ないのですが。

神社の思い出、
神社との関わり、
思い返すときりがないくらい沢山あります。

漢字も、とても好きです。
日本人でよかったと思います。

毎年初詣で、
感謝の気持ちをお伝えするようにしておりますが、
来年も、御参りいたします。
ありがとうございます。
御参り、楽しいです。
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Yさんへ
コメントありがとうございます。

ふたつとも「現地」で神職の方に確認なさってください。
わたしにはわたしの意見がありますが、あくまでも現地優先です。
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非公開コメントのEさんへ
コメントありがとうございます。

ひとつの解釈として聞いてください。

信仰と宗教は別ものです。宗教はヒトが作ったモノであり、必ず「利権」を伴います。

あなたはご自分の直感を大切になさり、けれどもそれをふりかざして誰かと争わないようになさってください。

日々の生活の場で制限を強制されるのは時に耐えがたいものですが、女性の場合は実家と婚家とのバランスをご自分でうまくとる必要があるのです。
基本的には今の現代日本では霊的な筋は婚家が優先されます。

「神社神道」も成立してから日が浅い。あなたが感じていらっしゃるように「自らが住まう場所」への敬意と感謝、共生する意思がもっとも古く根源的です。

心の中で手をあわせ、実際に参拝したのと同じくらい清らかで澄んだ心持になれるようになさってください。それで十分です。

人は孤立してたったひとりで生きていくことはできません。一番小さな社会単位であるご家族の中で自我を他人に強制してことを荒立てる必要はありません。

あなたはあなたが一番いいと思う方法で自らを神とともに高めていけばいいのです。

まず「心」が先です。

以上、取捨選択なさっていただければと思います。
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匿名コメントのEさんへ
ご丁寧な返信をどうもありがとうございます。

わたしへの感謝のお気持ちは不要です。
そのようにお心を決め、光に向かう行動を実際に始められたご自分に感謝を向けてあげてください。
見事な心構えです。尊敬します。
このようなご家族が増えれば日本の未来は明るいです。
まず自分から。

ポイントです。霊的世界の第一法則として「相手の独自性をおかしてはならない」という非常に厳しいルールがあります。

真央ちゃんを例にとります。
あの方が試合でトリプルアクセルを決めたいと願い、決めるから、本人も練習するし、コーチの指導もそれに沿うし、ご家族、ご友人のご協力もファンの応援も動き出します。残念なことに舌なめずりをして足をすくおうとするヤカラの暗躍も始まりますが、それは必ず自壊していくので今は話の都合上横におきます。

真央が引退か続行かというときも、彼女を愛し心から応援している人ほど「真央ちゃんが決めるんだよ、誰に言われたからとか誰かの都合のためでなく、所属連盟でもスポンサーでもましてやファンのためでもなく、真央ちゃん自身が一番納得できるように選ぶんだよ」と祈るような思いで見守っていたと思います。

神仏もそうなのです。本人が決めなければ干渉できない、してはいけない。尊いものほどじっと待ちます。ごちゃごちゃ干渉してくるのは黙って待つことの重さと辛さと恐ろしさにもちこたえられない弱者です。自分が救われたいから強制してくる。これはおぼえておくといいことです。人もそうだからです。

ちゃんとした人、尊い人、本当に心を寄せている人ほど「本人の自由意志」を大切に扱います。信頼があるからです。

あなたが今回、たまたまこのブログで心を決められたとしても、そうするように、よりよいほうに「進みたい」と願っていたのはご自分です。そして「そうする」と決意したのもあなたです。幸いあれと思います。

これからどのように世界が変わるか、これまで悩みの種であった者たちがどう変わるか、実際に生きていく中でぜひ検証をなさってみてください。おりおり「ああそういうことか」と思うことがあるでしょう。

「最大の復讐は自分が幸せに生きること」「復讐は天に任せよ」

「わたしはこだわりません」「わたしは清らかな環境で心に太陽を宿します」これだけでいいのです。

本当によくがんばってこられました。存分に花開いていってください。そういう方の応援は天に通じます。

応援しています。
ツアーの参拝について質問
姐さま、毎週通りかかったら
お参りしてるけど…初詣しまっす!
氏神様がいいのか、一の宮がいいのか?ってありますか?

あと・・・1番低レベルにあわせられるのなら
ツアーでお遍路したり巡礼はあまりしない方がいいという事ですか?(・・;)
第2二酸化鉄さんへ
わたしの意見ですが
ご自分のおうちの敷地内に氏神様がいらしたら第一にそこ
ご近所に鎮守の神様がいらしたら次にそこ
ご近所に四季おりおりのお祭りを盛大になさっている神社があればそこ
ご近所に地域一宮があればそこ
というようにおすすめしています。

この間に「親が参拝を続けてきたところ」がはさまります。

初詣は神様にとっても特別なのでできるだけ行ったほうがいいのです。ことに来年は初詣に行ったかどうかで区別されることがあります。後で説明します。

住んでいる場所を起点に実際に参拝なさってみて相性がよさそうだと心身で感じたところと仲良くなさるとよろしいでしょう。

神社本庁に電話をして相談すると地域一宮を紹介されます。

一番低いレベルというのはイヤったらしい言葉使いで申し訳ないのですが、ようするに神と一対一で向き合う心構えがあったほうがよりいいですよ、ということです。

ホトケは人格神、神はもともとはモノであるところからも願い事はホトケにするのが手っ取り早いです。
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Re: 質問
こんにちは、コメントありがとうございます。

そのふたつのご質問はよくいただくのですが、ご自分が参拝なさるところにお電話などで確認なさるのをおすすめします。
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Re: Re:Re: 質問
こんにちは、コメントありがとうございます。

寺院で店を張っているようなホトケというのは、請願をひとつ抱えています。全人類が開眼するまで自分は地上にとどまり続ける、とか病で苦しむ人あらばすかさず徹底的に救い出す、とか。

彼らはそれがあるがゆえに、逆にネクストステージに行かない、行けないとも言えます。だから助けさせてあげるのが功徳になる。あちらは助けたい、こちらは助かりたい、Win-Winの関係です。

なのでそれぞれ得意分野を看板にして待ち構えているわけですから、ご自分が求めるジャンルの御仏に遠慮なく救いを求めればいいのです。
ただし二点、注意が必要です。

たとえば薬師如来的なグループに属するホトケであっても外傷が得意、内臓疾患が得意、皮膚病が得意、というように違いがあります。
また「中の人」とご自分との相性もある。

だから選ぶことは必要です。それはご自分の皮膚感覚でチェックなさってみてください。このヒト(ホトケですが)となら一緒に頑張れる!と直感できるかどうかが大事です。

それから彼らは「約束」の生き物です。無礼、慮外、不届きはダメですよ。すべては礼にはじまり礼に終わる。

「わたしはこれこれこういう結果を得る。そのためにこのように努力します。どうぞご加護をよろしくお願いいたします」とお願いして、結果に向けて努力する。そして必ずお礼に参じていただきたい。

その心映えをホトケは見ます。

神様はまた個性豊かにいろいろなモノたちです。そのへんの話も少しずつ書いていけたらなと思います。
あなたのように楽しんで読んでくださる方の存在はわたしにとってもありがたい。自分の経験からしか言えませんが「ひとつの見方」として参考になさっていただければと思います。

また気が向いたらいろいろコメントしてください。こういう話こそ家や学校で小さいころからみんなでしていくほうが、世の中楽しいと思うんですよね。

「あなたはあなた単体で孤立しているのではない、すべてはつながっている」という自覚があれば、あまりよけいな苦しみをかかえこまずにすむからです。

では、良いお年を。このあいさつ、大好きです。あなたの来年がいい一年であるように祈ります。
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Re: 神社
Rさん、コメントありがとうございます。

> 本当言うと神社よりもその周辺の樹木が好き

そこです、「それ」こそが神なのです。
神社建築を拝む設定になったのはごく最近のことで、本来性としては自然の事物ありのままがすべてカミだったのです。
ですからあなたはご自身で神社仏閣をめぐるうちに自らに内在する神的な要素が発動して本当の神を見出した状態です。
個人の感想ですよ、もちろん(笑)。

神は呼べば答える存在です。この「神」という文字がすでにそのような意味を秘めています。人間がわがお供え物をおく足つきの台(テーブル)にのせたものを前に「おーい神様」と呼ぶと「なんだい人間」と音や雷のカタチで応じてくれる。それを忘れないでほしいです。
コール&レスポンスに応じないものは神ではない。
人間がわの感度が鈍って、都市生活をする中で最初から五感に備わったセンサーを閉ざす暮らしを続ける中で、わたしたちは神を探知する野生の勘をじょじょに鈍らせてきた。それがなくても生きてはいける。でもそれがなくては幸せではない。

今回のあなたの行動は人の中のルール、礼儀にもかなっていますし、神様に対してもとてもよいことをなさったと感じます。
尊い行いに感謝します。

それからお嬢様がいらっしゃいますか?小さい人は野生の勘が強いです。大人にとって「へんなこと」をいうときは「○○ちゃんはそう思うんだね」とだけ応じて受け止めている姿勢のみ示し、価値観や分類のレッテルを貼らないであげてほしいです。
もちろんあなたの中の直観が、ハートがささやくことにも「今自分はこう思っているんだな、こう感じているんだな」とそのまま受け止め、騒ぎも怯えもせずに、「持ちこたえる」練習をなさってください。

神が導きます。

ホトケはねえ、もともとも人間で意地っ張りですよ。つらいことが大好き!わたしからするとド変態です。人のために必死でゾクゾクしているの。すごいと思う。

わたしは神を3種類に分類しています。自然の事物そのもの(海や川、木々や岩石など)と、自然の事物が引き起こす現象(台風や地震や川面の朝霧など)、それからもともと人間だったけれども、人にたいして功績やトラブルがあってあとから神として取り扱われるようになったもの。

このうちの第一義である「森羅万象」への共感と畏敬とをいかに大勢の国民が「自然に」取り戻すことができるかが、この先の日本の存続に大きく関与してきます。

自分の心身がまるごと神であり、それはまわりのすべての人、モノ、コトも同じなのだという自覚です。

それなしにはもうなりゆかない。この感覚を失った国はすべて滅びました。わたしは日本を残したい。切に願ってやみません。

「制限を加える神」は全部嘘です。嘘でしかない。だから嘘の神を信じる者は、誠実で熱心で謙虚であるほど苦しみます。

人がつくった罠に足を取られて苦しむには、この世はあまりに美しい。さまざまな虚偽を離れていきいきと生命力を輝かせる。そして誰かが欲張るから誰かがおなかを減らすのだ、みんなで分かち合えばいいのだ、という当たり前の事実をわれらが神々が最初から示してくれていること、そこにみんなの目が向くこと。

Rさんもわたしも、どうやらそういう「自然界の真実」に気づきはじめているようです。素敵なコメントに感謝します。

神様の話を好まれる方が多いのでこれからもぼちぼち書いていこうと思いますよ。個人の感想でね。
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今年もお世話になりました
ほぼ毎日お邪魔しておりますw

アネザイチカ様の文章を読んでは、今年も励まされたり、考えさせられたり…。ブログを続けてくださって、ありがとうございます!!

明日は、家族と初詣に行こうと思っているのですが、ひとつだけ気になっていることがあります。
それは以前、神様は穢れを嫌うため、女性は月のものがあるときは参拝を控えたほうが良いと何かの本で読んだことです。
巫女さんがご奉仕されている神社などもあるため「???」と思いながら、あやふやにしたままでした。

せっかくのお参り、神様に失礼のないようにしたいと思いますので、よろしければアネザイチカ様の「私はこう思うよ~☆」を教えて頂けないでしょうか。
大晦日のとんでもなくお忙しいときに変な質問をしてしまい、申し訳ありません。

どうぞ良い年をお迎えください♪♪
来る年もよろしくお願いいたします。
Re: 今年もお世話になりました
いちさんへ

コメントありがとうございます。

> ほぼ毎日お邪魔しておりますw

マジっすか!もっと毎日更新できるようにがんばりますね。あともっとコンパクトな記事。

> それは以前、神様は穢れを嫌うため、女性は月のものがあるときは参拝を控えたほうが良いと何かの本で読んだことです。
> せっかくのお参り、神様に失礼のないようにしたいと思いますので、よろしければアネザイチカ様の「私はこう思うよ~☆」を教えて頂けないでしょうか。

これは、参拝に向かう先に確認なさるのをおすすめします。
時間的に間に合わないかな?
神社のホームページのよくある質問などにもあると思います。

男が神ごとをつかさどるようになってから強制されたルールだとわたしは見ています。
人間の自然現象を否定するのは「おかしい」です。
だったら「射精しながらの参拝はお断りします」と明記しておけって話ですよ。

これは仏教のほうからきている考え方です。
古くは赤不浄、黒不浄、白不浄ともいいまして、黒が葬式、白が結婚、赤が今回ご相談のケガレだという分類です。

神道で取り扱うケガレは大祓に書かれている、天津罪=農耕に関する罪、それをおかすと村落共同体が全滅しかねない食料生産に関する罪だけです。本来は。
国津罪はおそらく後世の追加で、人が人のルールを破ることがぞろりと並んでいます。
スケ連がしているのは明らかに国つ罪ですね。日本の国益を損なっているし。

そういうルールは誰が得をするのか考えてみてください。
大祓だって中臣氏が自分アッゲアゲのさまざまな政界抗争の果てに大祓に名前を残しているわけですし。
タケミカヅチとフツノカミの関係性とか見ていくと歴史に名前が残るほどのうから、やからというものはなかなかにエグいのう、と思いますね。そのへんはまた別の話になりますが。

実際に赴かれるところのルールに従うのがいいのです。
わたしも各地ではそこのルールに従います。
丁寧なお返事を頂きまして、ありがとうございます。これからはきちんと時間に余裕をもって、先方に問い合わせを致します(^人^)

自分なりに調べ、考えて、答えを持っていても、最後は現地のルールに従う。その姿勢に学ばせて頂きました。
(○○しながら…の例え話には、爆笑!)

そして個人的には、記事は長ければ長いほど嬉しいです。繰り返し読む楽しさが増しますから♪コンパクトも良いですが、これからも思うがままを書きつらねて頂きたいです!

また花びら餅の季節がやって来ますね♪
アネザイチカ様が益々お元気でご活躍くださいますように!!!!!
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Re: おひさしぶりです
Eさん、コメントありがとうございます。

「深い時間」を使ってみることを提案します。

問題の対象を一瞬で憎みきります。その一瞬だけものすごい憎悪を向けていいのです。
何年にもわたり引きずりとらわれ惑わされるよりは「自分の感情を感じ切る」ほうが楽で手っ取り早いです。

また、「相手の幸せを祈らなければならない」という考え方が出てくるうちは、実行できません。
祈りというのは義務や命令で行うものではなく、気がついたらできていた、知らないうちにそうなっていたというのが自然です。
真央ちゃんの演技は「応援しなければならない」と思う間もなくわれわれは「真央ちゃん!」と全身全霊で祈っています。

義務や強制から少し離れて、まずは問題の根を感じきってください。

人の間で沸き起こるトラブルというのはすべて「相性、組み合わせ」が原因です。いい人、悪い人は存在しないとわたしは思います。

Eさんのようにしっかりした方が「まきこまれてしまった」トラブルは残念ですが、まずは感じきり、そして「最善の解決策が自然と見出されますように」とだけ思って忘れてください。


Eさんからいただいたコメントに本当に頭が下がります。よく努力を続けていらっしゃると思います。見習います。

「時間を縦に使う」意識、なかなか有効です。漫然と流れていかせるのではなく、「その一瞬」に深々と自分の全生命を投入する。濃い時間を過ごすこと、イコール地上時間で寿命が延びるということです。

わたしは過去に自分がしてきた失敗を繰り返さないでいただくために面白おかしく皆さんにお話をしています。失敗すなわち姐さんです。
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Re: ありがとうございました
匿名希望のEさんへ

コメントありがとうございます。こちらこそありがとうございます。

「実行した」のはあなた様なのですからぞんぶんにご自分をほめあげていただければと思います。
やるかやらないかを「選ぶ」自由を行使してあなたはひとつ高い次元に踏み出した。

喧嘩できるうちが幸いです。死んだら悪口も届かないwww生きているうちに好きだ嫌いだとぞんぶんに感じ切り、最後に笑って去ればいい。そんなふうに思います。

それとまじめなことは素晴らしいことですよ。だけどまじめさが自分をがんじがらめにして結果不幸であるならばそんな特質はぶち捨てたほうがいい。だってわれわれはなンにもなくてもそもそも幸せなようにできている。

またいらしてください。姐さんときどきすんばらしいことを言ったり言わなかったりしていますよw

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