「平成」とともに



追記
Pさんのためにまとめるよ!ホトケのごとき広大無辺な慈悲の心だよ!(嘘つけwww
「長い記事は最初に要旨をかけ」とさんざん教わったのに忘れていたよ!ごめんなさいだよ!
昨日、苦労して読んでくださった皆さんにはごめんなさいだよ!

・死後に平成と追号された天皇が過去にいたよ
・わりととんでもない扱いをされた人だよ
・明治に入ってから歴代天皇に明治天皇によって追加されたよ
・明治天皇の勅使が淡路島からみたまを本土に連れ戻したよ
・直近でこういうことがあったのに「平成」で元号に使ったよ
・それは「あえて」なんだよね?ぼくこどもだからわからないよ!

それからNさんが間違いを指摘してくださいました。わたしだったら「ええー人のことののしるのに基礎的な間違いがあっても平気なんですかぁあああ」とドヤ顔で嫌味ったらしく書くはずですがNさんのエレガントかつアダルトなコメントに逆に恥ずかしさ倍増です。ありがとうございます!見習いたい、この配慮とやさしさに満ち溢れたコメントを。しかも非公開でくださった。ああああNさんんん
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都内で行った今年最後のセミナー(シークレットでした)で言い忘れていたことがあったので、参加者にメールしようかと思いましたがせっかくなので記事にしました。このボリュームのメールがきたら、わたしだったら真っ先に「怖い」と思うしwwwメアド変えるわwww

早いもので今年もあと今日、明日の二日を残すのみとなりました。皆さんにとってはどんな一年だったでしょうか。

ところで日本では元号(げんごう)と呼ばれる言い回し、称号がありますね。年号ともいいます。

詳細は元号 - Wikipediaを。
※ Wikipedia は錯誤や意図的な改ざんもあるのでご注意ください。

わたしたちが今使っている「平成」ですが、やはりWikipwdia記載の説明をご覧ください。


「平成」の出典

新元号の発表時に小渕恵三が述べた[4]「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味。日本において元号に「成」が付くのはこれが初めてであるが、「大成」(北周)や「成化」(明)など、外国の年号や13代成務天皇の諡号にも使用されており、「平成」は慣例に即した古典的な元号と言える。

江戸時代最末期、「慶応」と改元された際の別案に「平成」が有り、出典も同じ『史記』と『書経』からとされている。


なんとなくもっともらしく、「そうなんだ~」と皆さん一斉に使いはじめました。
わたしも必要に応じて「平成」と使います。
が、発表当時わたしは腰を抜かしそうになりました。
いやな組み合わせだな~、陛下お気の毒だな~と。
理由を書きます。
そして当時同じ理由で騒いだ人がほとんどいなかったのにも腰を抜かしそうになりました。

Wikipediaの続きです。


ただし典拠・故実に由来する反対意見に以下のようなものがある。

・典拠として『史記』を『書経』よりも重視するのはおかしい。書経のみを以て典拠とするべきである。

・ 書経の当該部分は、清代中国における研究によって偽書(偽古文尚書)であることが確定したものであり、典拠として書経を挙げるべきではない。

・平治以来「平」で始まる元号がないのは、平治が戦役によって混乱した時代であったためであり、「平」で始まる元号はこれを避けるのが故実である。また、「平」「成」の文字の中に「干(=楯)」「戈(=鉾)」があり「干戈(戦争を意味する)」に通じる。

・追号しても、薬子の変を起こし、敗れた平城天皇(変発生当時は退位していて上皇であった)と一文字違いである点も懸念された。
なお最終案である「平成」「修文」「正化」の他に「文思」「天章」「光昭」などの案も存在したと言われる。


明確な賛成理由の記載がないので「なんだかケチつきまくりじゃん」と思わされてしまいますね。

そもそも外国の歴史書に頼るのかい~!という驚きが皆さんにはあったと思います。ありませんでしたか?
いやいや日本は中国の歴史と伝統と文化風習にどっぷりでずうっと右に倣えだったじゃん。なんでもまねてさ。だけどあまりにもえぐい手法は排除するし、なんならもともと考え出した人たちよりも魔改造をして洗練化、最適化してずっと保全してきたし、もっといえば日本が近くの超一流大国としてお手本にしていた中国は中国人どうしの殺戮で全滅させられてしまったじゃん。

今あるのは、あそこにあるのは中国ではありません。ちうごくです、てなかんじ。そもそも日本は台湾政府を中国とし、それとは異なるモノとして中国大陸にある国モドキを中共と呼んで区別していたし。
そもそも中華人民共和国、の中に「日本語」があるのよ。あちらは自国の文化を徹底破壊しすぎたから国の根幹であるコトバを捨ててわけのわからない記号をお使いじゃないですか。国の名前に日本語を使っておいて反日活動ってどうかなさっているのでは?

とすかさず歴史的事実をつっこみながら、いやでも中国の四書五経を教育の根幹にすえ、平成を決めるにあたっても史書を範とす、のはいいんですがなにゆえ「偽物部分」を典拠にするのかい、というもっともな言い分も残ります。

重箱の隅をつつけばいくらでも出る。

ことに「平城天皇」どころか、そのものずばり「平成」という天皇が過去にいるんですから。

名前かぶりは厳禁、やるなら「後」とつけて区別する、という名づけルールがいきていない。

「平成」という名の天皇はどなた様?
聞いて驚け見て叫べ、あの「淡路廃帝」ですよ。ぎゃーーーー。
「淡路廃帝」は「あわじはいたい」と読むそうです。
わたしのころは「はいだい」と教わったけど今はどうだろう。わたしは「はいだい」と言います。

この方は、まっことお気の毒でしてね。第四十七代の淳仁天皇さまでございます。

四十五代の聖武天皇、皇后に皇族出身ではない平民の女性を選び、嫁の影響で新興宗教にドはまりした。全国に国分寺をつくらせ、奈良の大仏をこさえさせ、仏教ぐるいでフェスティバル。民衆を地獄の苦しみにたたきこんだとかたたきこまないとかいう困ったちゃんです。
そもそも皇后というのは天皇位につく可能性があるお立場ですから「親が天皇」でなければならない人でした。「天皇の娘」しか本来は皇后位につけてはいけなかった。
だから、その後ろめたさから光明皇后のアゲアゲキャンペーンを行います。いわく聖者のごとし慈悲の心で貧しい者に施しをした、いわく、病人を風呂に入れ(当時は蒸し風呂が主流ですがお湯を使ったぜいたくきわまりない今でいうお風呂です)背中を洗い皮膚
のできものを口をつけて吸い出した、ホトケじゃホトケじゃー!と。
最高の皇后!すてき!抱いて!きゃーー!というキャンペーンです。いや抱いてはないなww

貧者の救済?
やるわけないですよ、こんなこと。
と姐さんは「搾取される貧困層」「社会的弱者」「くたばれ権力者」さんサイドにいつも立ちますから史実(とされるモノ)を見て静かにへそを曲げだすわけです。ナナメにしか見ないwwwそれが俺の基本www

なんでアゲなきゃいけないのかなー。本当に立派ならキャンペーンいらねえよなー。
実体がないから広告代理店使ってがんがんすごいんですアピールするんだよなー。
と思ったり思わなかったりするわけです。昔からなーーーーんも変わってねえ。

またそれに素直に従うんだ、国民が。無批判、無検証のまま。
仏教という「外国の神」に公然とハマって国家権力総動員して布教ですよ。迷惑な話。
救われたきゃ自分で自分を救いますんで放っておいてもらえません?と姐さんなんかは思いますけどね。
ハマるな危険。
これを信じろと言われただけでただちに「No!」と拒絶したうえで「おまえがバカな百の理由」を出してくる。なんて親切なんでしょうwwwそして官憲にぬっころされるwwwビバかわいそうな一生wwwwww本当のことを言っただけなのにwwwうえwwwうwwwっうぇえwwwwwたぶん「王様は裸だー」だけにとどめておけばいいのに「王様のデブデブなたるみきった裸体醜ーい」とか付け加えるからいけないんだなwww「王者の王者が案外たいしたことなーい」とかさwwwwやめろこのブログは中学生も見ているww

で、国中へとへと。狂気のエレクトリカルパレードです。

で、聖武の娘の孝謙が第四十六代の天皇に即位する。このヒトは「母が皇族ではない」というコンプレックスをもとに動くので、みんな(社会的に、身体的に)追いつめて死なせてしまう。次に即位するべき皇太子を取り替える。
「あたしが正当な皇統にあるのよ!あたしが天皇なのよ!」となんならもっと正当な血筋の人をぬっころす。えげつない追い込み方をしますよね。

しかも、自分が引き起こした「道鏡事件」でもめにもめて、結局皇位を譲ったかわいそうな淳仁が「やりすぎはよくないですよ」と意見したらブチ切れて「きいいいい!おまえなんか島流し!皇位はく奪!淡路行き!あたしがもう一度天皇になる!!!あたいは孝謙かつ称徳!!!」と鬼の形相で言い放ち(見ていたのかwwww)淳仁を淡路島に流してしまう。

ひどすぎるwww 御仏の慈悲の心はどこいったwwwwwしかも二度目の即位、重祚(ちょうそ)のときには出家してましたからね。出家したのにもう一度即位かよ!この世の雑事と縁を切ったんじゃないのかい!やりたい放題だな!

で、結局、孝謙は結婚もせず男子ももうけず、貴重な皇統の血筋をぬっころしたので(追放や断罪など社会的な死も含みます)あれほど正当性を声高にアピールしまくっていたにもかかわらず自分の手で「天武の血筋」を断絶させる。
なにやってんのよ、と思いますね。あれ、天武だったよね。詳しい人助けて!ww

このあたり「雄略」「武烈」「継体」「後醍醐」らへんと並んで姐さんの「ふざけんなポイント」を突きまくるので正直いまだに腹が立ちます。
でけえ仏像作って全国に納経したってなあ、漢字を読める人そのものが宮中にしかいねえんだよ!そんなことで田畑を汚し人手を集め信仰を強制するくらいならオラを放っておいてくんろ!オラを田畑で働かせてくんろ!ごたくを抜かすんでねえ!と村の長老になってあほな役人どもを叱咤しますね。そして惨殺されるのですwwwwwやだもう理不尽な国家権力。

だからですね、(どこからのだからだww)「今」が一番幸福ですよ。「今」が一番自由で平和ですよ。だって蓮舫がいまだに国会議員やってるどころか死刑にすらなっていない。あんなもの死刑ですよ。ふつうなら。
ふつうが通らない謎の国、ニッポン。
あ、そういえば国内向けはニホンで対外的にはニッポンと表記するルールだそうです。
だから真央ちゃん国際試合に出場すると日本語のアナウンスだと浅田真央さん、ニッポン!と言われますね。
ところが外人からはジャパンといわれる。
このあたりのフレキシブルなかんじがニホンらしいなと思います。

孝謙の悪口だったら何か月でも話していられるwwwファンの人すみませんwwww

で、淳仁天皇は島流し。これ、死刑よりひどいまさに極刑ですよね。天皇でありながらみやこを追われる。今でいうシベリアかアラスカかってな脳内イメージで流されて、だけど地元では大歓迎です。何しろこの世の頂点、人臣位を極めた天皇です。皇位をはく奪されたとはいえ天皇だった事実はそのまま残る。
淡路島の皆さんはこの上なく親切に暖かく迎え入れ、大切に大切にお暮しいただいた。いろんな心温まるエピソードがありますね。
優しい人たちです。彼の最後が安らかであっただろうことを祈ります。
皇族かどうか、皇族の中でもどの天皇にどのように近い血筋なのか「だけ」で優劣が勝手に設定されて生涯絶対に動かせない朝廷よりも、血肉の通ったいきいきとした島の人たちの歓待は彼の心をどれほどやわらげたことだろう。
そこでまっとうな人間の暮らしに触れることができたなら、もしかしたらそれは朝廷にいることよりも良かったのかもしれない。

そして没するに際し、文句のひとつも何もつけずに静かに逝去なさった。さぞいろいろと思うところはあっただろう。でもさまざまな無念も怒りも憤りもぐっとこらえて去っていかれた。

しかし後ろめたいのは朝廷がわです。自分たちが全部おかしい、全部悪いのはわかっている。

「天皇」を中心とした一大コメディ、コメディがよくなければ一大演劇集団です。みやこの外は地獄です。みかどにしがみつき、みかどに媚び、みかどの寵を得ることと「次のみかど」がだれなのか見極める選択眼を養い軽いフットワークで動くこと、そういうものを至上命題にしている人たちは「みかどではなくしてしまった」ことに異常な恐怖と背徳感を抱きます。

だから死後、何かあると淳仁だ、淳仁が祟っている、障っている!と恐れおののく。

祟り神の誕生です。もともと怨霊というのは国家認定の悪霊、悪者だった。国に、みかどに仇成すから怨霊と認定し国が祀った。弔った。そんじょそこらにフラフラいるものではなかったんです。

そして、ここまでご覧くださった辛抱強い皆さん、この淡路廃帝こそが「平成」と後世名指された天皇陛下なのですよ。

淡路廃帝=平成天皇。

これは「石川朝臣年足墓誌」に記載されている追号です。有名な銅板です。そこに淡路廃帝をさして「平成宮御宇天皇」と書かれている。御宇は「あめがしたしろしめす」という「キャーカッコいい!」というほどのコトバ、美称で、慣例的に○○宮御宇、でひとつの言い回しになります。これは比較的軽いというか、今でいう通称になるようです。

もし後世の論拠で否定されていたら謝ります。詳しい人、どうぞ教えてください。

身分が高い人の本名を直接呼ばない。それは失礼。公家は、みかどに近ければ近いほどこの世の栄華栄光を満喫できますから、いかにみかどに近づくのかを本懐とする。そして朝廷からくだされる「位」と「役職」で互いを呼び合う。
また、死後にその人を名指す言い方として国風諡号、漢風諡号、通称、尊号を日本では用います。
中国では天皇崩御後、それを祀る廟をたて、そのお廟の名前で呼ぶ廟号が一般的です。でも日本ではそれは採用されませんでした。
後の武家もそうですね。田中さん、伊藤さん、というふうに名前を直接使うのはとんでもない非礼です。身分と立場によって細かい決まりがあって、その礼儀にのっとった呼び方をしないとどえらいことになってしまいます。

戦争がない時代は「名誉」をお互いに設定しそれを守り重んじることで秩序を守るしかありません。だから戦時よりも厳しくやかましく言われます。

どっちみち面倒wwww
庶民でよかったwwwwwww

で、淳仁さんのことは(すみません、さん呼ばわり)畿紀内題などには「廃帝」と記載があり、そう呼ばれるのが一般的だったようです。廃帝または淡路廃帝。

そして実は明治三年に「歴代天皇」のおひとりとして正式に認められている方です。
明治天皇じきじきの勅命により、お船を仕立てて廃帝のみたまをお迎えに行っています。この道中記がメモ魔の日本人ぶりを発揮して日記の形で残されている。ちゃんと身分のあるお使者を遣わし、土地の名士が天皇陛下の行幸(みゆき)とまったく同じにおもてなしをし、今、淡路廃帝は安らかに鎮まっておいでです。

そのへんもWikipwdiaにはあんまり細かくないけれど一部記載されています。淡路廃帝

「名前かぶりをさける」ということで現東宮の長女を愛子と名付けたときも「なんと非礼な!」と姐さんはあきれたものですが、弟宮だって過去に同じ名前の親王さまがいらしたので急に黙りましたwww
愛子って大正のかーちゃんの名前なんですよ。柳原愛子(やなぎはらなるこ)さんとおっしゃって皇后ではなく「皇妃」です。

こんなに近い親族に同じ漢字の方がいるのだから避けるべきだったなあと思いますけどね。京極宮文仁親王は17世紀の方で遠いし。

で、○○宮御宇という「通称」ではあっても当時そう呼ばれていた方と同じ号を使うんだ!とたいそう驚きまして、えらい学者先生たちが考えて決めたことだから、わたしごときが何を言うこともなかろうて、と自分を戒めてはみても、やっぱり「平成」と「その時代の人の暮らし」を思うとき、わたしたちは「疑問」を持つべきだと思うのです。

年足さんはなかなかのエリートです。国史編纂事業にもかかわっているし朝鮮にも転勤している。小さな銅板への短文ですが格調高くてなかなかよい。文末にうっとりした嘆きの言葉もあったりする。
つまり「重きがないわけでは決してない人」の残した言い回しなのです。
これは当時使われていた通称である証拠でしょう。
それともこのオッサンが勝手に言ったのか?いやそれはない。だって相手はもと天皇。やたらなことを言うはずがない。

じゃあなんで昭和を生きたえらい学者先生たちは「あえてこれ」にしたのか?という謎が生まれる。

そして平成本当に平らかだったのか?と。あらかじめ嵐を約束された時代だったのではなかったか?と。

外国の史書のそれも偽物部分から、さまざまな「やめたほうがいいんじゃね」を押し切って、長らく「国家認定の怨霊」だった天皇と同じ年号をつけること。

そしてドンピシャで阪神淡路大地震がありました。奇妙な偶然の一致です。

現在の天皇家と、それに「奇妙な一致」で関係づけられる怨霊的な取り扱いを受けていた天皇さまはござらぬか、というふうにわたしどもは考えます。そして本来は「予防的措置」を取ることで国家安康、四海波静にしていくべきなのです。

どうも明治までは「国家」を霊的にカバーし得る知識も行事も勅令も「全部あった」と思います。なぜなら必要があって怨霊を起動させようとしたときに、行く先々に「明治」がいて全部鎮魂しおおせていたからです。

明治天皇即位後に、打つべき手は全部打っている。霊的な国家守護をなさっている。これはホンモノだあ、と思います。ただ非常に残念なことに「使える怨霊」がなかなかナイ、ということは手持ちの武器がそろわないということで、「怨霊候補」に目をつけていたりいなかったりという裏話もあるのですが、おそらく「もうそのやり方は古い」ということなのでしょう。

明治はすごい。敬称略ですみません。

明治大帝、と普段言ってしまうゆえんです。明治の勅令の相当数が全国の慰撫鎮魂です。やられたな、と思います。いやいいことなんですよwwww

ただし弊害もあって宮中祭祀を異常なまでに簡略化し、「明治初発」の儀式をたくさん作りました。なんというか、関東で即位した至上初の天皇だけあってワイルドです。神様も持ってくるし儀式も作るし、先祖のお位牌は出しちゃうし、ばっさりと改革なさいましたね。

人間さんサイドは「勅命であーる!」「ははーーー!」で従いますが、しかし神様さんサイドはこれをどう思っただろう。

「律令」という法制下、国の決まりで神事をカレンダー通り行ったり、神祇官を軍部よりも先にもってきて「国の根幹は神への崇敬とそれを実際に形であらわすご神事です」とやってきたのが日本です。
森バーローが言った「日本は神の国」ってのは真実です。
しかし森バーローは不適切なことを不適切なときに言う達人だな。なんでいままで刺されてないんだろうwwww

でも日本だけじゃない、本当は全世界が神のもの、神の国。全員のイメージする「神」が違いすぎてけんかになるけど。

日本においてぶっちゃけ、これまで陰暦、旧暦で各種行事をしていたものが、突然「今日からグレゴリオ暦な」と言われたときに神様はどう感じるだろう。とりわけ四季のめぐりに即し、四季のうつろいに全面的に依存している「稲作ご神事」の対象者はどう感じられただろう。

などといろいろなことを思います。

歴代天皇の諡号、追号のうち「通称であれば無視してよい」とは寡聞にして存じ上げておりませず、無知無教養な在野の者ゆえ、「いや全然オッケーだよ、過去にこんな例がいくつもあるし」ということであればひとまず安心したいものではありますが、気持ちのいいものではありません。

明治により怨霊担当を解除され、恵み深く満足した皇室の祖霊集団に神上がった方だから、倍、めでたい、吉祥物件だ、ということであえての「平成」だったのでしょうか。

それとも、「何かしらの意図」があってわたしたちは日本国の運命共同体の一員として「平成」というお札を貼られた中で、それぞれに暮らしてきたのでしょうか。

今となってはわかりません。

そして「平成」について願うことは「いついつまでも末永く続いていきますように」です。

ちなみに天皇は「すめらぎ」または「すめらみこと」と読みます。
「すめらぎ」がそのとき即位なさっている天皇のこと、今上天皇(きんじょうてんのう)のことをさします。
「すめらみこと」は天皇全般。

フィギュアスケーターが「すめらみこと」で浅田真央が「すめらぎ」みたいなかんじです。
もっとも真央ちゃんは女性ですから、男性の翁(おきな)からきているすめら「ぎ」では本当はおかしいのですがね。

イザナギのギは翁(おきな)のキ、
イザナミのミは媼(おみな)のミ、らしいよ、というのと同じギです。
凪と波にもひっかけてある、この両神の持つ「音」はそれ自体がヤマト朝廷なにするものぞ、の物証でもある。

で、天皇家が各地のさまざまな豪族の持つ神話、伝承、昔語りをパッチワークのようにちりばめて、自分たちを権威化、権力化していく過程で「物証」がさまざま残っています。

淡路島は国生み神話に出てくる地名で、イザナギ・イザナミ男女双神の言動の描写と一緒に名指されていますが、その淡路島の豪族には「自分たちの先祖であるイザナギ・イザナミはヤマト朝廷によって平らげられた」という伝承が残されている。

ここでもわれわれは「えっ!?なにそれ」とひっかからなければならない。

が、この話になると記事が10や20じゃ足りませんから日を改めて話していきます。

わたしがイベントで皇室を取り上げるのは、このようによくできたサスペンスかホラーかという「生きた人間の思惑」でおりなされているのがとびきりインタレスティングだと思うのと、日本人はメモ魔が多く、文献資料をあらゆる立場の人が残しているので「ちゃんと根拠を出しながら」ひとつひとつ追うことができ、かつ宮中行事、宮中祭祀が、あるいはその名残がいまだにわたしたちの暮らしの中に色濃く息づいていて、無自覚、無批判、無検証に「そういうことになっているから」全員で従っている各種枠組みを素材ごとにバラしてみると「どんな必要性があってこのように組み立てたのか」がわかってすごく面白いからなんです。

結局日本で一番いいものは皇室に集結する。
そして日本で一番わるいものも皇室に集約されるんです。

なぜかというと、日本は「権威」と「権力」をセパレートしてうまく枠組みを作ってきた。権威は皇室、権力は政権。政権は何度変わっても皇室がある限り日本の権威は保たれる。皇室さえ残ればあとはどうにかなるんです。

だからこそ、歴史の浅い気の毒な国の皆さんが皇室つぶしにやっきになる。これさえなくせば「日本」はいかようにも料理できる。「日本」の豊かな大自然、国土の恵みをそのままに「日本人」を一掃し、なりかわることができてしまう。

二千年以上うまいこと続いてきたこの仕組みを誰がなぜなんの権利があってイチャモンをつけるのか。

みんな外人がやっていることです。よく見てください。彼らは日本を壊すための活動しかしていない。

わたしは、誰よりも夢を持たない徹底的なリアリストだと自分のことを思います。証拠を固めて論拠を作り、夢や妄想や誇大広告をできるだけ排除して、「にもかかわらず残る真実」を尊んできたつもりです。

皇室、天皇、という「制度」は壊してはなりません。

同時にその由来そのものを知り、「よい皇室ってなんだろう」「よい天皇ってなんだろう」と考えることで各自がそれぞれ「よい国民ってなんだろう」「よい日本人ってなんだろう」と思うきっかけにすべきだと考えます。

ガイジンが、主に中国と朝鮮の二国だけですが、ごちゃごちゃ抜かして来たら「うるさいだまれ」で一刀両断、徹底無視でいいんだと思う。演説を聞きにいったり投票したり、わけのわからない行動をとる者がいなければ何も力を持ちません。

姐さんの青い本にも書きました、徹底抗戦できないのなら「存在をなかったことにする」徹底無視も効くのです。

「平成」が困難と悲哀に満ちた、けれどもそれゆえに全国民がお互いをいたわり助け合い、明るく幸せな日々に向かって努力を続けた時代だった、見捨てられる者、痛苦にあげぐ者、不正、不平等、暴力に苦しむ者がみな救済され、「日本に生まれてよかった、日本人でよかった」と全員が思えるよりよき時代であったと、今からもなお取り掛かることは可能です。

今上は、元号「平成」とともにある天皇陛下は今もなお渾身の力でそのように願い、祈り、はたらかれていらっしゃる。
そのお心がわかるから、大御心を宿す方だと伝わるから、陛下の存在でみながみなうれしくてありがたくて幸せで「ありがとうございます」とただただ感謝を向けるようになる。

その「心」です。

わたしたちもそのように生きることは可能です。たった今から。

後の時代に「平成最高、もう一度使いたい」と思わせるほどの世の中に、ひとりひとりの自覚でできる。

幸いにも今は「自分が政権に携わっている間に北朝鮮による拉致被害者を全員取り戻す」と明言なさる首相です。
「戦争のない世の中に」と本気で考えている首相です。

アヴェ・マリオと陛下と、わたしたちは奇跡のような「両者」を抱き、2016年最後の日にたどりついた。

陛下、人の子でありながら「神」として生きてくださってありがとうございます。想像を絶する苦難の道であったでしょう。けれどもそれは「神」とともにある、栄光と歓喜の道であろうと、柔和で神々しい、腹の底からの「ありがとう」を国民に向けてくださる龍顔からも推測できます。

陛下、いついつまでもともに歩ませていただけるよう、わたしも神に祈ります。

新年の一般参賀、ぜひ足を運びたい。皆さんも実在する神との交流にぜひ、と思います。

なお、繰り返しになりますが、今回ばかりは初もうでに行ってください。行ってください。あとで意味がわかります。説明します。
「ふるいわけ」がかかります。

神社でも寺院でもかまいません。できれば松が明けぬうちに、また遅くなった場合は「これは初もうでです」と実際に口に出して名付けてください。年のはじめに聖なるものに実際に対面し、心清らかに「がんばります」と言ったか言わぬかが大事です。

入院中の方などは代参が可能です。またできれば気持ちを切り替える意味で病床の中で大変だろうとは思いますが、少しの時間、心を落ち着けて気持ちを静かに「おめでとう、ありがとう」と思う時間がほしいところです。

それぞれのやり方で「聖なるもの」と過ごす時間を作ってください。

ガイジンが作った新興宗教はいただけません。なぜならここは日本だから。

まあ宮中祭祀そのものが仏教(インド)、陰陽五行(中国)まみれですし、聖徳太子が「外国の神」であるホトケを天皇をはじめ「全員の上」に据えたので、いまさら原石器時代に戻れとは申しません。
秋篠宮のお姫様がICUに入ったからどうだこうだは言えないですね。外国の宗教まみれの歴代天皇を全否定ですかぁーーーってなカンジですwwww

長い上にあっちこっちしてしまい読みにくかったかもしれません。でも、「自分がしていること」を自覚することが霊的な成長の第一歩です。自分が何を前提にしているのか、何をものさしにしているのか、それによって実際に何が起きているのかをひとつひとつ見ていくこと。

全員の暮らしに関係のある皇室や歴史や「日本」についてせっかくなので大人たちがよく自覚して知識を蓄えていかないとなと思います。
国による教育指導要綱も必ずしも正しいものばかりでもない。
聞くところによると歴史を、これまで世界史と日本史に分かれていたのを統合し、日本の近現代史をメインにやるらしいじゃないですか。危険だなあ。どうせ日本は軍国主義、日本は犯罪国家、日本は中国と朝鮮に詫び続けて金をばらまけ、俺たち暴力乞食だから~☆ってな教育ざんしょ?最後はないかww

もったいないですよ、世界で一番歴史が長い国なのに教えてあげないだなんて。

皇室なんてゴシップとスキャンダルてんこもりでめっちゃ面白いんだよ。「今」はこういうことを言っても殺されない時代だし。

情報が多いほど出てくる答えは正確になる。

朝鮮で女子シングルのフィギュアスケーターを真央とキムしか報道しないで、このように素晴らしい演技をする浅田真央に勝つから、世界最高点だから、だからキムのほうが上、ってな印象操作をしていyたことを思い出してくださいよ。

そこにコストナーなりワグナーなり絶世の美女キーラ・コルピでもいいですけど(鬼かwwww)、別な要素を入れると「ん?」と思う瞬間が増えますわね。

情報を遮断すること、それが印象操作の第一歩。だから真央の演技を見た人は「浅田真央終わったキャンペーン」なんかにのりません。「なにいってんだ、いつもの提灯記事か」「誰が書かせているかわかりやすいこと___」としか思いませんよ。

まあアネザイチカの偽物が出るくらいの末世です、間違う人はいないとは思いますけど、キム・ヨナが世界一とかいまだに刷り込まれている人もいる末世です。

自分の目を養うために、いろいろなことを知っておくのがいいんじゃないの、と思います。
わたしも知らないことばかりで日々新鮮ですよ。生きているってありがたい。

ということで結論は「皆さんがんばりましょうーー!」でした。そうなのかwwwww






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皇室、神道、信仰など | コメント(5) | トラックバック(0) | 2016/12/30 13:30
コメント
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非公開コメントのNさんへ
わぁ、コメントありがとうございます!助かります!

野良の趣味人なので適当なことを書いていないか毎回どきどきです。
自分が生きていた時代、それを覚えている時代は異様に詳しいのですがそうでない時代はすっぽり知識が抜けているので、なるべく裏をとってから書くようにしていますが、今回はご指摘のとおり、聖武が選んだ女性はみな皇族以外です。だから筆の勢いで書いてしまった兄弟、という表現は間違いです。わたしもNさんも知らない史実がこれから発見されたら別ですが。
申訳ありませんでした。
お手数をおかけしました、ありがとうございます。

さぞあきれられたと思います。ほかの記事も間違ったことがあったらどうぞぜひ教えてください。読者様に頼ってばかりで申訳ないのですが。。。

ところで道鏡は皇孫であるという説もありますね。だから結婚しようとしたのだし、最初から禁裏に入り込むこともできたし、事件後、刑死していない。普通なら死刑ですよね。
わたしはこの人は普通の僧侶で自分では野心はなかったけれど、血筋にこだわりがあって持ち上げられたんでのっかったイカレポンチなんじゃないかと思います。でなければ「女性天皇を娶る覚悟」ができないでしょう。優秀ではあったけれどそこまでか、と思いますし。本気で優秀ならもっとうまく立ち回れた。追放されたあともけっこう平気で暮らしているし、凡俗だった気がします。

じゃあなんであんなにのめりこんだのよ、というところで下ネタ登場も短絡的すぎで、結局仏教狂いのトーチャンを超えたいだけだったんじゃないかなあと。
仏体、僧形の男性と結婚すなわちトーチャン越え、くらいのことは考えていそうです。
でも本当のところはわからないですね。

孝謙天皇についてはわたしはけっこうナナメに見ています。なんといっても「あの」聖武の子供だし、乱暴すぎる。女性天皇がたつ時代はまず第一に宮中の人心が荒れている。怖いことが重なります。
Nさんはもっとフラットに見ていらっしゃるのでしょうね。見習わないと。

あとは渡来神である八幡神の権威枢要部への食い込みですね。このへんを見ていくと「面倒くさあああああ」となりますが面白い。

ちなみにわたしが現東宮サイドだったら「愛子さんは男性だった!」と主張して男性の替え玉を持ち出します。それで万事うまく進みます。ダイナミックエクストリーム詐欺ですが一番の解決策ではないですか。そして調子に乗って「雅子さまは男性だった!」「兄ちゃんは女性だった!」というキャンペーンも行います。しっちゃかめっちゃか。
非公開コメントのPさんへ
コメントありがとうございます。

気絶しそうになりましたか、スヤァ…と眠れるいい記事ですよね(笑)。

まとめると、
・死後に平成と追号された天皇が過去にいたよ
・それは明治に入ってから歴代天皇に明治天皇によって追加されたよ
・明治天皇の勅使が淡路島からみたまを本土に連れ戻したよ
・直近でこういうことがあったのに元号に使ったよ
・それは「あえて」なんだよね?ぼくこどもだからわからないよ!

ということです。じゃあそう書けよwwwwごめんなさいねwww
トシ取るとまわりくどくなってしまうのwwww

Pさんもよい年をお迎えください。このあいさつ好きだなあ。よい年をね!えいえいっ(気合い)
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