あけましておめでとうございます



やったー!生きてたよー!

舌打ちしないでwww

あけましておめでとうございます!今年もどうぞよろしくお願いいたします。

平成二十九年の酉年なので、「とりにく」と覚えると元号の間違いがありません!

明日は新年の一般参賀がございますよ。

宮内庁ホームページ 新年一般参賀要領
http://www.kunaicho.go.jp/event/sanga/sanga01.html

もちろん参りますよ。

今朝はまたしてもふっるいことを持ち出して「みんな中臣氏が悪いんや!」と思い出し怒りをしていましたが、まあ過去を振り返った「その後」にどう受け止めていくかが大事ですよね。

2017年はセミナーでももうちょっとディープなところに踏み込んでいきたいですし、このブログでも日本語について、音について、神様や仏さまについて、それから「人が人を裏切ること」についても書いていきたいと思います。

どうよ南北朝鮮の大惨事は。中国のえげつなさは。

「日本」を存続させなきゃいけない理由のひとつに「日本語」があるのですよ、と申し上げたら皆さんええっと驚かれるかもしれないですが、もともと「音」「響き」だけしかなかった、あったとしても一部の局地的な記号にとどまっていたところに、大陸由来の漢字がやってきた。
この漢字ってのはもとは甲骨文や金文として残されている、「神と対話するためのツール」です。すべての甲骨、金文は神と語り合うための内容です。
それをその形と音をそのまま残し、日常言語、国語として使うに至ったわたしたちは「神との交流、対話ツール」を日常用いていることになる。日本語をしゃべれば神との会話なんです、自動的に。

そしてこのように素晴らしい「道具」をうみだした中国は、素晴らしい文化風習伝統を持てば持つほど「戦争がへた」になり全滅、殲滅させられることを繰り返し、ついにはあの狂気の文革です。

このブログでも「壊さなければならない」と主張している三峡ダムをこさえるさいにも、人類にとって未知の文明の遺跡が出たのに、人物像、立像の頭部だけ打ち壊して国外に転売し、あとは全部壊してしまった。
こんな「全地球的損失」はないですよ。
売った先がアメリカのマフィアだってのも「裏のつながり」が明確でほんとにうんざりしますけど、中国って「そういう」国なんですよ。今は残念ながらね。

そして言葉を捨てる、自国語を捨てるというのはふつうは「敗戦国」が行うものです。ところが中国と南朝鮮は自ら言葉を捨て去った。簡体字とハングルです。それまで東アジア文化圏というのは「漢字」を使って交易し、漢字を使って交流していた。できていた。
その偉大な文化圏を自ら捨てて、コトバを切り刻んで「記号」にした。
これは大変な罪ですよ。罪悪です。
なぜならコトバを失うということは「先祖を失う」のとイコールだから。
かつての時代、自分たちの直接の先祖が大切に使いこなし、保全し、改革し、流通させた「国家の根幹」である言葉を自ら葬り去ってしまった。
結果が神も仏もない世界です。現世利益、自分さえよければ、我がちの行いです。
中国が真っ先にしたことを思い出してください。
大気汚染です、環境破壊です。
呼吸せずに存続できる人間などいやしない。その尊い空気を「吸えないもの、害があるもの」にしてしまった。生き物として狂っている。
敵にされたんじゃない、自分たちで「生存に適さない場所」にしてしまったんですよ。
そして他国を侵略しまくっている。

本当に悲しみをおぼえます。日本はずっとかつての先進国、超文化大国の「中国」のあとをおってきたのだから。

そして偉大な文明を自らうちこぼった後の「かつての名残」は全部この日本にある。日本が、日本人だけが大切に保全してきた。残してきた。

もう「漢字」を理解可能な民族は日本と、台湾にわずかの高齢者、中共にいるかどうか、いてほしい、というほどの大惨事になっている。漢字学をやる人は全員日本で勉強します。台湾からも上海からも北京からも人がくる。ここにしかないものが無数にあるから。

日本の朝廷は「外国語」である「漢文」を国家公用語として使い、法律も勅命も裁判の結果もすべてを「外国語」でまかなってきた。ずっとそうだったんです。

漢字が日本で生まれていたら読み方と形が一対一の対応になる。たとえば「日」という文字はひ、にち、が、か、じつ、に、にっなど、大量に読み方がある。ほかの漢字と組み合わせると音が変わるということは一対一ではないということ。
一対一にするために発明したのが仮名読みです。ひらがなとかたかなを発明して「音」を優先して伝達できるように工夫した。
漢文の読み下しに使う返り点やレ点などもそうですね。「外国語」との付き合い方に習熟している。

昭和のはじめにある大学が「日本祖語」を調査した。北海道から沖縄までたぶん院生を酷使したのでしょう(笑)、いくつかの拠点を設け、コトバを調べた。
モノの名前をどう発音するかをリストアップしていって、全国共通でほとんど決め打ちで「それといえばこれ」という「音」を調べた。

たとえば口(くち)、手(て)、足(あし)、風(かぜ)、鳥(とり)などは全国共通でリストの上位に位置します。
ところが人体の部位はほぼ共通の言い方なのに、なぜか「目(め)」はリストに入らないほど、各地によって違っていたそうです。

口はしゃべる場所だしご飯を食べる場所でもある。生きていくのに欠かせないもので全人類共通です。
ところが同じようにものを見、外界の情報をキャッチする大事な部位であり、コミュニケーションのツールでもある目がばらばらな言い方だった。
ということは、そのものの名前が違うのと同様に、「見たものの判断結果」もおそらくばらばらだろうということ。
目を重んじるがゆえに独自の名称、独自の判断、独自の価値基準が尊ばれたのではないか、と推測できるということです。

たとえばフィギュアスケート全日本。
順位だけ見れば浅田真央は10回くらい転んだのか、スケート靴をはいてこなかったのかという点ですが、実際の演技を見た人は「なんで優勝じゃないの?」と疑問に思う。
少なくとも「完全に別格ですごすぎる」「転倒があったくらいでなぜあんな低い点なのか」「真央ちゃんだけがあっという間に終わってしまった」「めちゃくちゃうまい」「素晴らしい」という感想を万人が持つ。
実際に現地観戦した方がみんなおっしゃる。「ものすごい、別格だ」と。
そしてスケ連はまたしても大本営発表で「浅田真央は終わったキャンペーン」と「浅田真央の点を超えたからすごいよキャンペーン」を繰り広げていますが、真央以外をどれほど大絶賛しても、世間の皆さんは真央の演技が終わったらテレビを消しているかチャンネルを変えているのですから、アゲたい選手の演技を見ていない。「すごいぞすごいぞ」と言われても「ふーん」で無視ですよ。
いいわるいではなく、「実際にそうだ」ということです。

世間ではスケートを見よう、ではなくて真央ちゃんを見よう、なんですよ。

スターは作れる、と自信たっぷりなスケ連さんサイドの主張に従えば浅田真央の演技の「後」が視聴率のピークになるはずなんですが、少なくともわたしが聞いた限りでは真央の後は視聴率「ゼロ」ですよ。見ていないんだから。

これがどういうことなのか。なんで真央だけが「こういう扱い」を受けるのか。

そしておチトチトこと宮原知子の点数にも腹が立つ。アゲるならアゲきれと。
なんでロシアの国内選手権の優勝者よりちょっとずつサゲるのか。
国内一番手で、圧勝するならメドベの点を上回る絶対的高得点を出せばいい。

どこかのガイジンの思惑どおり「ロシア様よりは下ですだ、おいいつけどおりサゲましただ」という卑屈、卑怯、みじめな点数。

宮原選手は「ロシアより全然下」というレッテルを日本スケート連盟によってべったり貼られてしましました。わたしなら怒り狂うな。

鈴木明子がソチ五輪直前の全日本でとてつもない高得点で優勝したのにコーチの哀愁馬面こと長久保センセイに「メダルは真央ちゃんに任せて~」といきなり超失礼なことを言われたときにも思いました。姐さんなら馬面ののどを掻き切る。どんだけ失礼な発言だよ。なんで平気だったのあっこちゃん。

ナショナルでいくら盛られても国際試合では点が出ないと、コーチ自らテレビの電波に乗せてお茶の間に届けちゃったんだよ。選手としてこんな屈辱、ある?なんで平気なの?そのとおりだから?

そもそも、ここがもうおかしいです。
全日本で高得点が約束保証されていても外では勝てない。
ほらね「採点基準」がブレているでしょ。スポーツというのは基本的にどこで誰が採点しても同じ結果にならなきゃいけない。審判が変われば結果が変わるというのは基本的には「あってはならない」はずなんです。
だけどサッカーでしょっちゅうファンが怒り狂っているように、「ブレ」は必ず出るんです。
だからこそブレがないように全員で努力しなきゃいけない。まっとうな「スポーツ」であるために。

でもフィギュアスケートに限って言えば「試合ごとに傾向が違う」なんて驚愕の異常事態が当たり前になっている。

明子は勝てない、とコーチ自らまだ滑ってもいないのに全国民の前で宣言する競技です。おめかししたお母さままで会場にいたのにねえ。お母さまなぜコーチをどつきまわさなかったのかしらねえ。

おチトチトは「ロシア様よりは下ですだ」と宣告されてなぜ平気なんだろう。全日本一番手、あの稀代の名選手浅田真央をすら凌駕しての圧勝ですよ。それをあんなしみったれた点数で平気なの?京女だから陰でイケズばかり言うのか?知らないけどwww

なんで二人ともにこにこしているんですかね。そこが全然わからない。

この、実際の選手の演技と、出てくる点数の食い違い。
見る側もいい加減いやになるし、選手もやってられないでしょうね。
「おかしい」と抗議しては「いけない」とルールブックに書いてある異常な競技ですしね。

そして結局「浅田真央の動向」で右往左往しているだけ。重箱の隅をつついて真央がそこを修正するとそこを無視する採点にする。真央というスーパースターにもたれかかり、頼りまくって金儲けに励んでいるくせに真央を苛め抜く。

意味がわかりません。だから発狂しているというのですよ。

とまあ、ことほどさように「見る目」が違う、「見た結果」が変わってくる、というのが人類の多様性であり人間の神秘でありビバ!人間!というところなのかもしれませんが、「嘘」に基づいた「こう思え」という強制は暴力です。してはいけないことなんです。

セミナーで「姐さん、わたしはどうしても真央ちゃんがあんなに低い点数の演技しかできなかったとは思えないんです、素人だからわからないけど、どうしても」と言われました。
「見た儘が答えです、あなたが感じたことがすべてです」とわたしは返した。

偉大な演技というものは偉大な感動を伴います。

ソチの真央のフリーで万人が涙した。数億、と言ってもいい。全員が絶賛した。心をつかまれ、揺さぶられ、感動の涙を流した。

世界数億人が絶賛する演技に、削りに削り、引きに引いた馬鹿な点を出したISU関係者十人ほどの目が絶対で世界数億人の目が間違っているのですか?

わたしにはそうは思えない。だって世界数億人の中には真央を初めて見る人、スケートを初めて見る人、ほかの選手を応援している人だって含まれる。立場も見方も考え方もまったく違う無数の人がいっせいに心を打たれる。
これは尋常ではないですよ。

「浅田真央の真実」というのはそのくらいの輝きと力を持っている、ということです。

いいよ、アゲたい選手をアゲ続けても。ただし「人気」は期待しないでくださいね、ということです。

「見りゃわかるよ」って話です。

だいたい「素人に理解できない採点方式」で威張られましても、ねえ。
まともな競技は関係団体こぞって「わかってください、理解してください、わかるまで説明します、どうか一緒に楽しんでください」と懸命ですね。

わかるまでちゃんと教えてくれる。それもとても喜んで。まともなところはそうですよ。

スケートだけ「全部へん」なのよね。いつまでたっても。

そういえばスケート以外にも上がアンポンタンでうちわ向きで閉鎖的で問題ばかり起こして結局人気もカネも五輪の名誉もぜーーーんぶ失ったところがありましたね。ああ怖い。

世間知らずなんだろうなあ。だって「圧倒的大多数」がいいと思わないことを歯を食いしばってするんだもの。そりゃあさぞかしキツイだろうてwwwwwww

「とりにく」の年、神告鳥、夜明け鳥の年、またしても「いろいろなこと」がばんばんバレて楽しい一年になりそうです。
と急にまとめに入りましたが、日本の歴史と信仰は「だじゃれとエロジョークでできている」と何度も過去書いてきたとおり、霊的な筋をたどるにも「音」を基準にしないと間違います。
漢字は仮託のものですから、そもそもの源初にあった「音」でたどるのが一番です。

大和朝廷のパッチワーク行為と各地の抵抗勢力の話、音の話、罪と咎の話などなど、できる限りしていきたいし、このブログに書かれていることを実際にご自分で検証して、取捨選択をしてみていただきたい。

「日本語」のすごさの一例として出せる事実が無数にある。そのあたりを知ることでものすごく「深い時間」を味わえます。

とりとめのない記事ですが、まあこんな感じで一年走り続けますよ、ということで。

平成二十九年の酉年なので、「とりにく」と覚えると元号の間違いがありません!



そして今年も真央のトリこです!酉年だけに


もう姐さんをぶん殴るべきwwwww






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皇室、神道、信仰など | コメント(0) | トラックバック(0) | 2017/01/01 15:00
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