御製 平成二十七年 五首より 「父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う」



天皇陛下がお詠みになった歌を御製といいます。
平成二十七年の御製、五首のうちひとつを取り上げます。

宮内庁ホームページ>天皇皇后両陛下のお歌

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第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


着袴

着袴 (2)


その前に、「女性天皇」などという自家撞着もはなはだしい誤った日本語が吹聴されているようですが、このような矛盾したコトバを使って声高に何事かを主張するのはみな「外国人」ではないかと思います。
なぜなら「日本人なら間違いようがない不思議なコトバ遣い」をしているからです。

「天皇」は「てんのう」と今の人たちは口にしますがもとは「皇」だけで「すめら(すべら)」といいました。
「天皇」は「すめらぎ」とよみます。ほかに「すめらき」「すべらき」ともいいますが注目していただきたいのは語尾が「き」であるということです。
これは「翁のき」といえばわかりやすいと思いますが「男性」をさしています。
イザナキ、イザナミという男女双性神がわかりやすいのですが、イザナキのキは翁=男性のキ、イザナミのミは嫗=女性のミ、ととらえると一目瞭然とかと思います。
漢字の意味はじいさんとばあさん、というほどになり、ミは女からきている等所説ありますが、男性は「キ」、女性は「ミ」となっているのは決め打ちです。

「天皇」で「すめらみこと」とよむ際の「みこと」の「ミ」は女性という意味ではなく、「ミコト」でひとつの尊称です。

『日本書紀』では厳密な区別がなされていて、大和朝廷=天皇サイドにとって重要な「かみ」は「尊(みこと)」と筆記し、これは皇位継承権者と皇太子の尊称、「命(みこと)」は大和朝廷に近いもの、いうならば中央的なものに一般に使い、最後に大和朝廷の成立に拮抗するもの、また地方にある遠いものは「神」となります。紀でいう神は、徳川でいう外様のような扱いです。

その「尊(みこと)」のミです。

天皇の尊称語である「すめらみこと・すべらみこと」は「すべらぎ」「すめらき」「すめろぎ」と男性であることが決め打ちです。

「女性天皇という矛盾」が生まれる時代、その「前後」はたいていややこしいことになっています。
「本来性がない」からです。

用語として、言い方として女性天皇と用いる場合でも「矛盾しているのだ」ということが前提で見ていくべきなのです。

どうも「おかしな主張」をする向きがあって理解に苦しみます。
これほどの長きにわたって粛々と存続してきたシステムをなぜ外国人が難癖をつけてよこすのか。
それによって誰が得をするというのか。

日本弱体化、骨抜きのために「屋台骨」である「すめらぎ」に手をかけようという愚かな行為はやめていただきたいものです。

御製をわたしはこう読みます。



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第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


現在即位なさっている天皇陛下を今上(きんじょう・きんしょう)といいます。それが召し上がるふりかけを錦松梅といいます、というのは嘘ですが(ここでズッコケてください)、今上は「男系男子で皇統をつなぐ、皇位は秋篠宮がつないでいく」と宣言なさっているようにお見受けします。

まず「父君」は当然昭和天皇です。男系男子の、今上陛下の御尊父です。

その父君がかつて大地に植え付けられた「スギ」で作った「鍬(スキ)」を用いる。

御製

宮内庁による当たり障りのない、いや失礼、穏当な解説とともに味わうとより深みがましますが、ここでわれわれが注目しなければならないのは「杉」と「鍬」です。

まず「鍬」は金へんに「秋」と書きます。秋は弟宮様の号になります。秋が好きだ、好ましい、とおっしゃっている。

昭和天皇が植樹された「杉」によって、自分、秋篠宮、とつないでいく。

さらに「スギ」→「スキ」という音(おと)によってわれわれは、即位の際に必須である「主基(スキ)殿」と「主基(スキ)田」を思うはずです。
古来、次代の天皇陛下が即位なさるにあたっては毎年恒例の新嘗祭の中で儀式を執り行いましたが、即位の際に(践祚せんそ、といいます)大嘗祭と別記して「践祚大嘗祭」を一世、一度行うようになりました。」
その行事に使う「稲」を特に定めて「悠紀(ユキ)田」、「主基(スキ)田」と二か所の土地で耕作させて、宮中に設けた「悠紀(ユキ)殿」、「主基(スキ)殿」という建物にて使います。
田と殿でデンという音がここでも通じる。
また霊的なテクニックのひとつとして「名前が同じものは同じモノである」と見ていく手法がありますが、宮中から外のある地域をゆきでん、なり、すきでん、と名付けることで、それは宮中に用意された即位に必要な建物と「イコールである」と見る、すなわち「コントロールできる」ということにして世界観を組み立てる。

これを見立てとわれわれはいいます。名前が同じならイコールである。機能が同じならイコールである。見た目が同じならイコールである。実際にそうかどうかではなくて、そのように解釈していく、という話です。

わかりやすい例が全国にある富士講です。これは実際の霊峰富士、あの大きな美しい富士山に登山したいけれどもなかなか赴くことができない場合や、何度も繰り返して登山したいが大変だ、というようなときに富士山のような塚を作ってそれをたとえば「赤坂富士」とか「番町富士」と名付けることで本物とイコールであるとして、それに登るという信仰形態です。
先達とよばれる頼れる先輩、熟練者に率いられて本当の富士登山を行うことができれば一番なのですが、そうしょっちゅう山にばかり登っていることも難しい。横丁にこさえた塚をめぐり、聖なる経験をおのが胸中で行うというやりかたです。

日本祖語とよばれる全国各地で「同じ音で呼ぶ名称」、つまり口(くち)とか手(て)とか足(あし)というような「音」が最初にわたしたちの中にあって、あとからやってきた「外国語」である漢字にそれらをあてはめて共通のツールにしていった。
だからひとつの漢字とひとつの音が一対一の対応ではない。
日、という文字ひとつとってみても、ひ、にち、か、け、じつ、が、などバリエーションはいくつもある。
「天皇」という二文字ですらよみかたは一種類ではありません。

だから、われわれはもっと「音」に着目すべきなのです。「音」が最初にあったのです。
人間が出す音を声といい、意味のある声がコトバなのです。

明治以降の悠紀・主基の一覧が「大嘗祭」のところにありました。
ここがかつて即位に用いられたAだからAとして「大和朝廷」支配下、管轄下にありますよ、と示された土地になります。即位後に災害に見舞われていないか、トラブルがなかったか、あるいはいいことがあったかどうか、近隣の方はぜひチェックなさってみてください。
宮中で即位にあたり必要なモノと同じ音をかつて使われ、「ここはヤマトの直轄地である、領土である」と宣言された土地だからです。
Wikipedia 大嘗祭


今上陛下が御製第一首としてお出しになったということは「この一首」がもっとも重要な意味を持ちます。

即位に必要な主基(スキ)殿と同じ音である鍬、弟宮をさす「秋」が含まれる「金」の文字、植えるのは杉(スギ)。

過ぎていく時を目に見える形で示してくれる植物の形、それは代々に伝わり、流れ、生い茂る男系男性天皇のことをさしている。

「くろまつ」とあえて平仮名にひらいて筆記なさったのはここで目を止めてくれよということではないかと思います。
漢字にすれば黒松で、赤松との対比から「雄松」すなわち男松であろうということがわかります。

秋篠宮殿下は自らの親王殿下に「悠仁」と名前を与えておいでです。

即位に必要な「悠紀」を分ければ、妃殿下と親王殿下そのものになります。

また、今上陛下の第一皇女である清子様の号は「紀宮(のりのみや)」殿下となり、紀が降嫁により皇族を脱せられても妃殿下が紀をつなぐ。

ちなみに今上とともに歩まれる皇后陛下のお名前美智子様とおなじ、昭和天皇の号は迪宮(みちのみや)様で恐悦至極に存じまするが、同じみっちーであらせられます。

余談ですが皆さまもうご存知のコトバ遊び、
かわしまきこ
おわだまさこ
これを上段、下段、じぐざぐによんでも同人の名前になっているというのも有名ですね。

音(おと)でとっていく世界こそが古くからの「日本語」の世界、「日本」の世界なのですから、こうした「不思議な符号」が身辺にあり、それらを使って「言いたいこと、伝えたいこと」を万人に明らかにするのが皇室のやりかたです。

そもそもの「日本人の手法」です。コトバに思いをかける。思いを託す。読み取れないのは読む側の未熟さ、無教養、無知もある。
わたしは無知で無教養で愚かです。
だから知っておきたいし、だからこそ自分で読み取れることは読み取りたい。

陛下はこれだけわかりやすくおっしゃっているではないか。とわたしは思うのです。

日本のすべての精神史、歴史というのは「だじゃれとエロジョークでできている」とわたしは見ています。

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第六十六回全国植樹祭

父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


松は、植物の中でも高位に位置されるもので、日本の植物の中では霊的に最高位といってもいいのではないかと思います。
お能をご覧になった方は舞台中央に「松」の絵が描かれているのを思い出していただけるかと存じますが、松は文化人類学でいう「世界樹、宇宙樹」ということで、この大木、大樹を伝って神が上から降りてくる、あるいは地上に生きる人間たちが異界、別世界、地続きの別な世に往還できることを意味します。
神がかかることから松が神そのものととられることもある。
神道でいう神籬(ひもろぎ)、御神体と思ってもいい。

つまりここで使われている「くろまつ」は男系男子の皇統そのものということです。日本でもっとも尊いのは天皇であるわけですから、植物の中で最高位の松を使ってたとえている。

文中で「彼女は際立って美しい」とかくよりも、「彼女は際立ってうつくしい」とかなに開いたほうがキャッチーな場合もある。

陛下は皇統を示すことばにあえて「外国語である漢字」を使わずに、日本語の音と一対一に対応させてわれわれのご先祖が作り出した「ひらがな」で筆記なさっている。

日本固有の、日本オリジナルの、日本人の男系男子だよ、それは秋篠宮がつないでいくよ、と示している。

現在の人間のルールに従うならば、(その日の能う限り最大に遠からんことを!)今上が崩御あそばされてのち、一度は現東宮が即位することにはなる。
ただし親王を持つことを神によって許されなかった現東宮家は一代で絶える。

そして皇統は秋篠宮殿下、悠仁殿下と続いていく。
四十年と九ヵ月振りに生まれた皇統男子、日本の誇る正当な皇孫につながっていく。

ガイジンがごたごた文句をつけだしたら「うるさい、黙れ!」と一刀両断でいいと思うのですよね。
しかしどうやらそうもいかないようなので万人にご納得いただけるよう、こうしたごく基礎的な解釈でご理解いただくのもひとつの手です。

植樹祭、という場で詠むから意味がある。

木を植える、紀=歴史を育てる、気をつなぐ、という「音」で読んでいくならば、だからこその巻頭一首かと存じます。

何か矛盾や間違いがありましたらぜひ御教示ください。浅学非才な身であるがゆえに挙証該博論断明快な皆さんからのご指摘をお待ちしております。よろぴくだよ~☆

そして錦松梅さん、とばっちりすみませんwwwwあれウマイんだよな。

この記事の前に検索したらチーム公正の国会議員、山田宏さんがこの御製に関心なさっているfacebookが出てきてワロタの。目のつけどころは違うけれども、ビバ!俺たちの天皇陛下!!!というところでは熱く固く一緒です。

山田宏さんは「マジで全員を救う」ために活動なすっているわけですが(ですよね?)、植樹をなさった人々にも思いを馳せているのがさすがです。チームプレイができる人なのだ、おいらと違って。

まあ、この記事もひとつの解釈として参考になさってみてください。「女性天皇(笑)ねえ」とニヤニヤできることうけあいです。

繰り返しますが、ずーーーーーーーーーーっと続いてきたこの世界有数の「システム」に誰が何の権利で文句をつけているのか、ということなんですよ。
よく見ておこう。誰がどういう主張をしているのか。

そして天皇その人といえども「天皇位」に牙をむいた場合は必ず滅びるのが鉄則です。そういうことになっているんだよ。だから恐ろしいんだよ。リアルに「神」と、おっと大和朝廷の場合はカミの中でも尊みことや命みこと総勢で堅守死守してきたもんなあ。

さらには「神」もね。

日本の神様が出した結論が「皇統は弟宮に移し、日本は永遠に続いていく」ですので、人は従うのほかはない。


さあ鳥年に、この酉年に、皆さんを導く「ふるとり」は、どこへ進め、何を目指せと伝えていますか?

そんなカンジです。

天皇陛下ズ


悠仁殿下が「正式に」なさった着袴については、松を手になさっていることも含めてまた詳しく記事にします。
この儀式の全要素に意味があり、それは知っておいたほうがいいと思うので。


宮内庁ホームページ>天皇皇后両陛下のお歌

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父君の蒔(ま)かれし木より作られし鍬を用ひてくろまつを植う


着袴

着袴 (2)



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今上の御製 | コメント(5) | トラックバック(0) | 2017/01/08 14:00
コメント
きゃー!ありがとうございます!
早速コメントをいただきました!

> お姐さん、「五種」ではなくて「五首」よ!和歌を数える単位の「しゅ」は「首」。早くご訂正を!
>
> いつもお姐さんのツイッターを読んでます!ファンよ!皇室ネタをお待ちしてるわ♡真央ちゃんも好き♪

ありがとおおお!!!
いただいたコメントに公開状態でメアドが入っていたので消させていただきました。迷惑メールがいったら困るからね。

ぎゃーって言いながら直しましたwwww
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
先日はありがとうございました。
また後で書き込ませていただきます。

秋篠宮殿下と悠仁様がともにお写りになられた写真を拝見した瞬間、悠仁様の笑みにつられ思わず笑みがこぼれたのですが、なぜか次の瞬間涙があふれました。
なんとも形容しがたくありがたくもあたたかな心持です。

記事をありがとうございます。
Re: 天皇という名称
Nさんへ

コメントありがとうございます。わたしはまったくものを知らないので、その、知らないという状態がイヤで怖くてなんでも調べて知っておきたい人間です。
事実に基づかない幻想の破壊力と無意味さはさんざん仕事で見ています。逆にまたより大勢に夢を見させる力のすごさも。
すべて盾の両面ですよね。

道教はたいしたこともやっていないのに(ごめんなさいだよ)いきなり天皇にじかに会う、ということができている。いくら病気平癒に成功したといっても無位無官では対面はできないはず。ということで後付けで高位高官を与えたとしても「それ以前」に皇室にこれほどたやすく接近し得たのは彼が皇孫だからでは、と考えるのもひとつありだと思います。
わたしはこちらを採用します。
あれほど皇族かどうかにこだわりぬいたコンプレックスの塊がいくらなんでもド庶民をいきなり即位させようとするだろうかと。
でも逆に「いっそのこと全部ひっくり返してしまえ」と大暴れしていた可能性もありますね。
でもだったら重祚しないだろうと。
このへんはすべて謎ですが考えていくのが楽しいです。

で、男性は一度できた仕組みをできるだけ守ろうとするのですよ。素直です。西洋に「悪法もまた法なり」と毒をあおって死んだおっさんがいましたが、その悪法を変えるべく立ち上がらなきゃだめじゃんか、と指弾するには彼はもう、へとへとに疲れ切っていたのだろうなとえらく遠い昔のことを引っ張り出してときどき考えたりします。

女性はみずからの体内に宇宙を宿す能力がありますから、孤独に強い。「でもそんなのおかしいじゃん」で全部をひっくり返します。

だから既得権益の保持、ならびに既存勢力の維持、には男性は実に向いている。

よく例に出すのですが大手町の将門公の首塚と呼ばれるところに将門本人はいませんが、将門的な恨みをのんで死んだ男性の霊が常駐している。一定期間拝まれると別な者にバトンタッチで立ち去ります。
あそこはもともと非常に古い時代の古墳があって、古代においてもバトルがあった場所なのです。
首塚をGHQが壊せと命令した当時の写真などを見ると、将門公の首塚はいかにも後付けのミニサイズで、信じられないほどの大きな古墳、土盛りの塚の上には「絶対に出てこないで!」と言わんばかりに瓦礫が多層にわたって載せられている。
「そういう」場所だからこそいれかわりたちかわり主に政争で敗れた恨みアリ、な者が寄り付くのだろう。

と、見ています。「本人」ではなくても「本人のようにふるまい、機能し、祟ったり祝祭・祝福・福徳を与えてくれる人」であればいいのです。霊的には。

将門公をトーチャンと仰ぐ自分からすると「トーチャンは祟らないよ、そんな女々しさをふりほどいて土地の確保のために立ち上がったよ」「トーチャンは皇室崇敬派だよ、ミニ朝廷をまんま再現しようとしたくらい帝位に敬意をもっていたよ」と思いますね。
ああ、あの流れ矢さえなければなあ。あと農繁期でさえなければなあ。

閑話休題、
> 臣下の忠誠心

女性が上司で男性が部下だと、部下の内心がねじれます。肉体的に、実際にやるかどうかは別として対女性だと「狩猟の獲物」であるという意識が前提になります。つまり、おかして乱暴してたいらげること「も」できるという肉体的前提が男性の部下をねじれさせます。
指一本で殺せるのになんで命令をきかなきゃならないのだろうかと。
これはどうしようもないことです。

お母さんたちの「子供の育て方」に問題があります。女性の胎から出る万人が、自らの母を蔑視するよう養育する。とても異様な社会的圧力のせいです。
しかも「本当に俺の子か」という永遠の疑惑が前提です。男性は気の毒です。
だから政治が好きなのでしょう。しっかりしたルールを好みます。

イタリアの、男性は全員マザコンばっちこい、マンマが世界一で当たり前、という世相の国の政治はどうでしょう。日本と比べてみてください。
ギリシアの、男性の主な仕事は愛をささやくことデスヨと言わんばかりの国の政治はどうでしょう。

正常なエロス=万物生成のエネルギーが貧困な国ほど政治が厳格化されます。また正常なエロスを圧殺することが、独裁政治の基本です。

女性は存在が正しいエロス、豊穣なのです。だから政治にはむきません。むくとしたらさらに上位のエロスである「神」と通じているときだけです。卑弥呼がそうです。

と、思います。断定口調だとこう思えと言っているみたいに見えますが、あくまでも私見です。独断と偏見です。
本当でございますか
数年前から、雅子さんおかしいわ…と思いながらあちらこちらの皇室関係のブログを彷徨っております。

あの二人が天皇、皇后になるならば
日本は終わりだと考えていたので
秋篠宮さまがときいて安心致しました。

「鍬」には秋という字
そして、すきという音
まつ、は最高位

すべてが腑に落ちるお話でした。

ひとつ気になるのは、一旦は徳仁さんに移るけれども…ってところですけど、そこは目をつむらないといけないのでしょうね。

世界の流れは男女平等なんだから、愛子様にという話もありやきもきしていました。

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