現役宮司が日本会議を批判 全体主義のこわさに警戒を




現役宮司が日本会議を批判 全体主義のこわさに警戒を
2017年1月12日 7時0分
http://news.livedoor.com/article/detail/12530083/

2016年の新語・流行語大賞は「神ってる」。“聖地巡礼”“パワースポット”がにぎわいを見せ、神様が身近にあふれる。3・11から6年、一人ひとりがそれぞれの形で宗教と向き合う時代。日本の宗教にいま、何が起きているのか。AERA 1月16日号では「宗教と日本人」を大特集。清洲山王宮日吉神社宮司の三輪隆裕氏に、伝統ある神社界が生む全体主義の怖さについて語っていただいた。

*  *  *

まず申し上げたいのは、神社本庁の包括下にある神社で、政治活動に積極的にかかわっている神職は、全体の1%ほどしかいないということです。

ほかは、神社本庁が改憲署名用紙を置いてほしいと言うから署名簿を置く。選挙で誰かを応援してほしいと言うから応援する。何となくやっているだけです。

それはなぜか。神職になるには神道学科のある皇学館大学や国学院大学、または地方の神職専門学校で学び、神宮や有力神社で研修をするのが一般的です。このとき、上の方針に絶対逆らうなと徹底して教育されます。上の方針を批判したり、変更したりすることは一切してはならない。神社本庁が考える「伝統」のみが理想であるということ。機関紙の「神社新報」をはじめ、さまざまなルートでそうした「伝統」を刷り込まれるのです。いまの神社界にいる限り、そうした全体主義から抜けることはできないでしょう。

神社本庁は、明治政府がつくった「国体」を日本の「伝統」と思い込み、天皇を頂点とした家族主義的国家の実現を目指しています。

本来、多神教である神道には、一つの価値観や規律で国民を縛るという発想はありません。神道の伝統をはき違えています。

これも理由があります。戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の「神道指令」で国家神道が解体されて、神社界は生き残るために宗教法人・神社本庁になりました。当時のリーダーたちは、明治時代に神職に就いた人々だったので、「国家神道」こそが神道の伝統だと勘違いしてしまったのです。

その時代から、2代、3代と代替わりをして、ゴリゴリの皇国史観を持つ神職はほとんどいなくなった。考え方がリベラルな宮司もいますが、神社本庁の主導する「伝統」にはあらがえない。その「伝統」を外側からプッシュして先鋭化させているのが、民主主義を敵とする、日本会議の思想の核をつくっている人たちです。日本会議は神社本庁の「伝統」と1%の「真性右派」をうまく利用することで、動員力と資金源を手にしました。全国に8万もの拠点を持つ神社本庁を取り込むことで、小さな組織を大きくみせることに成功したのです。

神社本庁の政治組織である「神道政治連盟」の政策委員の顔ぶれも、神職主体から、日本会議周辺の思想家中心に変わりました。その影響力が強くなっている証左でしょう。

いつの時代も人々が従順であれば、一部の人間の意思でいつの間にか極端な社会になるのが、全体主義の怖さです。気をつけねばなりません。

(構成/編集部・作田裕史)

※AERA 2017年1月16日号



> 本来、多神教である神道には、一つの価値観や規律で国民を縛るという発想はありません。神道の伝統をはき違えています。

ここ大事。ここ大事です。

お相手の神様がこれほど多種類多数おいでなのですから、相手の神々に応じた祀り方、祭り方、付き合い方を持っていた。わたしたちの祖先は「相手の状態を変えずに」お互いに適正距離を保って共存共栄していく方法を知っていた。

神は神で、人は人で、それぞれに守るべきルールを守り「一緒に」さきわうように暮らしてきた。

何かを縛るものは善ではない。「こう思え」と感じることは正しくない。

明治政府が暴力的に徹底しようとし、そしてわずか二、三年で壊滅した「国家神道」の「正しくなさ」をわたしたちは知らなさすぎる。

信じる神が違うものをどうやって統一できるというのだろう。それぞれがそれぞれの神を大切にすることで結果として全員が平和で静かで幸せである世界をかつての日本は持っていた。

日本を取り戻すということは、わたしたちが当たり前のように前提にしているさまざまなことを「本当にそうなのか」と洗いなおすことから始まります。
日々の習慣、考え方、思い癖、思考の傾向、「これは本当にオリジナルなんだろうか、自分の魂から出てきたものなのだろうか」と問い直すこと。

そこから道は開けます。

「開く」という文字の中にあるカタチに注目してください。
門を開けると、神の国の入り口があるのです。
開けば、入れる。

閉ざすこと、区分すること、レッテルを貼ること、それは神の道からはほど遠い。

神の世界にはないものです。それらを強制するものは善ではない。ひとつの目安にできる「その人、団体、社会の判断材料」ですね。




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皇室、神道、信仰など | コメント(8) | トラックバック(0) | 2017/01/12 13:31
コメント
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Re: 統一することによって生まれるメリット、権威
Sさん、コメントありがとうございます。

> 一体、奉納踊りを統一することに、なんのメリットがあったのでしょうか。

ひとことで申し上げるとするならば、儀式を統一することで参加する側の意識が統一されるのでコントロールしやすくなります。

儀式は参加する側の意識を変容させるためのものです。尊いものは最初からそこにあるのです。普段は意識にのぼってこない実在に対面する準備としてご指摘のようなアクションが日本には種々ありました。

ご指摘の田の神信仰も、田、にまつわる、かかわる必須の自然の事物は多様ですから、地域によって違いがあるのは当然です。
土地の神、水の神、稲の神、農耕具の神、太陽、風、雨、そこで働く労働力の提供者、豊作を祈る者。虫、鳥、蛙、獣、石。
どこにフォーカスするか、どこがその地域で重んじられているかによって内容が変わります。
だから、地域ごとの特色が強い場合は閉鎖性も伴います。

大和という狭い地域に端を発したヤマト朝廷が、いかに他の家、他の豪族たちのルーツを自分たちに組み込んで権威を高め続けてきたか、記紀には明確な証拠がある。
このあたりも含めて「日本の本来性」と外来種、外来種を魔改造させて変容させてきた、○○道、となんでも道=生き方にして収斂進化させてきたハイブリッド改良型の「伝統」とは峻別したほうがいいと思います。

ルーツがどこにあるかによって、人のアクションに応じて届く対象が違うから。

日本は天皇が政治にかかわって執務を行う場合は親政、(出家した)上皇が行う場合は院生といって、かつては権威と権力が統合されていましたよね。
次に即位できる可能性のある者の指名権を幕府が奪って以後、権力は幕府に、権威は皇室にとセパレートさせることで、権力がどう変転しても権威は保持される仕組みが固定された。
だから日本人は総理大臣があれほど短期に代替わりしてもびくともせずに平気でいた。一度は社会主義の人間が大統領になったりして(あの眉毛のじじいです)各国から本気で心配されていたのに日本人は揺らがなかった。驚くべき構造です。

明治の「国家神道」は完全な「間違い」だとわたしは感じます。軍事力を背景にした西欧列強に立ち向かうために、おっしゃるとおり「統一」を重んじるべき緊急課題ではありましたが、あまりにも乱暴かつ残酷な強制だったと思います。

散逸された野の神たちの行き場のなさはどうだろう。それにともなう儀式の消滅も実に実に残念です。

京都で即位しなかった明治は、東京にうつした宮中に宮中三殿とよばれる聖所を設け以後の即位はそこで儀式を行うべく用意しました。このときに宮中内から仏式を徹底的に排除して自らも自らの規定した国家神道に従います。
ですが、盗掘によって露わになった天武の陵が仏式であったのが有名なように皇室というのはすでにして仏式(インド)、陰陽五行から発展した陰陽道(中国)などの影響を古くからうけ、宮中祭祀のうち、神道的様式を残すのはわずかに稲作御神事ていどになっているとわたしは見ます。本当に神道由来のセレモニーは全体の1、2割ではないかとみています。

日本では最高のものはすべて皇室に集約されますが(残念ながら逆もまた真なりですが)、それらが民間におりてくるまでに時間がかかる。南北の突端を調査なさるのは「日本オリジナル」をみていくうえで非常に有益だろうと思います。

コメントで御教示くださったフィールドワーク、実に貴重な結果だと思います。素晴らしいおはたらきをなさいましたね。尊敬します。
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Re: ありがとうございます
Sさんへ
コメントありがとうございます。

定義しきれないものがあるのならご自分で用語を作ればいい。誰も禁止していません。
それがメインストリームになるかどうかは別として「田の神A(蛙同伴型)」「田の神B(冬季往還型)」とかね。面白いと思います。
しかし稲作にかかわると縄文後期からこちらになるので長いですね、余裕で1万年超えです。Sさんはすごいです。

記紀の読み比べはやればやるほどひっくりかえらざるを得ないですよね。
有名な「やまとは国のまほろば」の歌も古事記では倭建命が東征の帰路に作ったと書いてあるのに、日本書紀ではトーチャンの景行天皇が九州討伐の途中で作ったことになっている。しかも二句目のまほろばが「まほろま」と変わっているし。
安藤美姫じゃないですが設定は紙に書いておけ!ですねw
記紀の成立はわずか八、九年の差異だというのにチェックが甘い。
こういうことだらけです。
古事記の一部は後年大幅に修正されていたのではという証拠固めもされていますし(神話の形式が洗練されすぎているから)、なかなか取り組みがいがありそうです。

陰陽道については、中国で戦国時代に一応の完成をみた陰陽という世界観とそれをマッピングした五行が日本に入ってきて以後、陰陽「道」になってからはもろにそれに支配されまくりです。
仏教は最初からフォームありき、儀式前提でまず仏像が入ってきて、それを祭る建物と儀式の実行者としての僧が作り出された。お手本はすべて外国にありました。
陰陽は独自の発達を遂げており、天体観測などなんなら日本のほうが精密ですし、メモ魔だらけのことですから記録が異様に詳しいです。
皇室の儀式は仏教(天台と真言)プラス陰陽「道」が7~8、言ってしまえば9割ではないでしょうか。
儀式でまとうユニフォームやら唱えるチャントやらのすべてが陰陽で説明できます。
ところがそのルーツはやはり日本オリジナルの「一般的な生活様式とそれと当たり前に共存していた自然環境」からもたらされているものと混然一体となっています。

ここは「音」を使わないと必ず踏み迷うことになっています。ダジャレで追えば間違いません。

神道では神社におさめるおぜぜのことを「初穂料」といいますが、この別名の「玉串料」とあわせて物心両面での祓い=支払いになりますね。
皇室の御神事では稲作御神事だけが神道系といってもいい。稲作には神が宿る。

もともと皇室が力をもってのしていくにあたっては「いいことをもたらす力がある」という物理的な事象も確かにあったのだろうと思います。雨乞いで勝ったお方とか史書に載っていますからね。
ちょうど真央ちゃんのようにいるだけでありがたい、いるだけでうれしい、いるだけでみんな笑顔、というような清い人が澄む=清む=すめらみこと、になったのでしょう。
七世紀後半までの天皇を称するアメノタラシヒコも、天からもたらされる=垂れておりてくる輝かしい人(男)ということでしょうし。

今上は確かに24時間、365日のすべてにわたり、日本の平和と世界の繁栄を全身全霊で祈り続けている方です。それがわかるから伝わるから初見でも皆、泣くのです。理由がわからないけれどありがたい。打ち震えるような感動がある。
このような方を生み出すに至った皇室はやはり大したものだと脱帽です。

諸外国は権威と権力を地続きで配置するから革命がおこるのです。グラデーションです。金持ちのAさんが頂点にいても株でもうけたBさんが翌朝にはトップに立つ。
西洋の王権神授の考え方にはもれがあります。中国でいう革命が容易です。
日本は権威と権力をセパレートして地続きではなくしました。うまいやり方です。これで3000年近く続きました。変える必要はありません。

わたしも知れば知るほどいかに何も知らないか思い知らされることばかりです。ちょっと横にそれますが、自分が持っている以前の世の中の記憶のあたりは異様に詳しいのですが(本に書かれていないことも知っている、なぜならそうして暮らしていたからw)、生まれていない時代と土地にはまったく知識がありません。だからとびとびに日本史を追っています。もとから持っている知識とあわせて「ああやっぱりなー、あの川氾濫したよねー」とか「ちょ、おまえやっぱり俺の死後裏切ったんか!」とか騒いでいます。

とても勉強になりますのでまたお気が向かれたらSさんの自然史観やこれまでのご活躍など御教示いただけたら幸いです。
そして浅学ゆえに無知まるだしなわたしのミスなどありましたらぜひあわせて御指摘願います。
独学です、わたしはなんでもひとりでやります。
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Re: お言葉に甘えて
Sさんへ

ヤマト朝廷も必死だったんだと思いますね。勢力が拮抗する豪族がうじゃうじゃいる中でどうにかして自分たちの身分を保証し立場を安定させるために使えるモノはなんでも取り込んでいたんだと思います。
ホトケを需要するかどうかでさんざんもめたりする中で外来の神を上におくことで天皇を含めて全員の立場を一個下げ、なンにも変わらないけどとりあえず代表しておくね~と丸め込んできたんだと思います。

身もふたもないようですが宗教史は政治史ですから、それによって誰が得をするのか、誰の地位が上がるのかで追っていくと間違いがないですよね。ひとごととして見ている分には実に実に面白いです。

陰陽はご指摘の通り最先端の科学として入ってきて、日本で魔改造されました。平安朝の中務寮に所属の国家公務員が陰陽師、であるからには現在それを自称する人は平安時代からタイムスリップなさったのかしらと思いますね。
野良の陰陽師はそう自称してはいけません。律令制下の法に触れる(笑)。

あと、皇室の神事・行事の特徴として儒教も見逃してはいけない要素ですね。
仏教、陰陽、儒教のカタマリがヤマトの特徴だと思います。

稲作が国の基本です。寒冷に強い稲穂と鉄製農耕具(武器からの転用)と農事知識の三点セットでわれわれは採取生活から農耕生活にじょじょに転じてきましたが、稲作文明圏の一番の弱点は寒冷による飢饉よりも先に、その年の収穫があるまでは前年度の実りに依存して暮らしていく、という点です。
だからヤマトは食えるだけの実りとセットで懐柔していった。
これが日本の神々が稲作というお弁当つきで人を誘う由来になっていると思います。

わたしは拾い食い生活wが懐かしいです。
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