天皇家長女、黒田清子さんが就任 「伊勢神宮の臨時祭主」 どんな役職なのか



今見てもとてもわかりやすかったので記事にします。


天皇家長女、黒田清子さんが就任 「伊勢神宮の臨時祭主」 どんな役職なのか
2012/5/ 8 19:19
https://www.j-cast.com/2012/05/08131411.html?p=all

伊勢神宮に関する事務を管理する神宮司庁(三重県伊勢市)は2012年5月7日、天皇陛下の長女、黒田清子(さやこ)さん(43)が4月26日付で、臨時神宮祭主に就任したと発表した。20年に一度の式年遷宮が2013年に控えており、「万全を期すため」という。

インターネット上では、「伊勢神宮に住み込むことになるの?」といった素朴な疑問の声も挙がっている。臨時祭主は、どんな役割を担うのだろうか。

神宮司庁広報室などによると、「伊勢神宮」は通称で、「単に『神宮』が正式な名称」だ。伊勢神宮は、皇室の「御祖神」である「天照大御神」(あまてらすおおみかみ)を祭る内宮(ないくう)と外宮(げくう)の総称で、別宮や末社などを含め、計125の宮社がある。全国の神社の「本宗」(ほんそう)と位置付けられている。

式年遷宮は、20年に一度、神宮の社殿を建て替えるなどする「わが国最大のお祭り」で、「(西暦)690年から1300年にわたって続けられている」という。

神宮祭主は、天皇陛下の代理として神宮の祭事をつかさどる役職で、天皇陛下の「勅旨」を受けて決まる「神宮だけ」の役職だという。

現在の祭主は、昭和天皇の4女の池田厚子さん(81)で、1988年に就任した。戦後の祭主には、皇族出身の女性が就いている。過去には、男性がなったり、華族らがなったりしていた。

14世紀ごろまで続いていた、未婚の内親王らが務めた「斎内親王」(斎宮)とは、「イメージが重なる部分もあるようだが、全く別もの」だ。祭主のはじまりははっきりしないが、平安時代まではさかのぼるとされる。

神宮では現在、年間「千数百回」ものお祭りが行われている。祭主が直接、神事に携わる(ご奉仕する)のは、このうち神嘗祭(10月)など一部に限られている。このほかに、出席するだけの「ご参列」もある。
「住み込みの必要」なし

2013年の式年遷宮に向けては、すでに05年から関係する祭りが始まっており、12年も今後、5月と7月に予定されている。13年には16の祭りや行事がある。祭主自らが「ご奉仕」するのは、「遷御」(10月)など主な祭りだけだ。

祭場は非公開で、神職らが祭場に向かうまでの「参進風景」は見学可能、という例が少なくない。詳細は未定だが、前回の式年遷宮の例では、一般の人と一緒に祭主が参加する行事もある。

臨時祭主に就任した黒田清子さんは今後、祭主の池田さんと祭りの担当を「分担」する形になるのだろうか。神宮司庁広報室によると、「具体的には決まっていない。式年遷宮を控え、万全を期すためにお願いしている」とのことだった。

また、祭主や臨時祭主は、神宮内もしくは周辺に「住み込む」必要があるのだろうか。ネットの2ちゃんねるには、そうした疑問が書き込まれていた。

祭主の池田さんは三重県外に住んでおり、必要があるときに神宮を訪れるという。祭主が直接関わる祭りは限られているためだ。黒田清子さんも、同様の対応となりそうだ。

黒田清子さんは、「紀宮(のりのみや)さま」として知られていた天皇家の長女で、2005年に東京都職員の黒田慶樹さんと結婚して皇籍を離れた。最近では、2012年4月の天皇、皇后両陛下のご結婚53年の記念日に、黒田清子さん夫妻も、皇太子、秋篠宮両ご夫妻と一緒に両陛下と夕食をともにしてお祝いしたことなどが報じられている。





・ブログ管理人には後からのコメント公開・非公開の変更はできません。内容にはご注意ください。
・コメント投稿時にパスワード設定を行うと投稿者ご自身で後から編集・削除が可能です。
・公開コメントで「メールアドレスが入力されているコメント」は削除します。
・「無記名コメント」は削除します。
・ブログ管理人からのコメント返信はランダムです。


フィギュアスケート ブログランキングへ
関連記事
皇室、神道、信仰など | コメント(4) | トラックバック(0) | 2017/06/18 14:28
コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
Re: いつも拝読しています。
非公開コメントのEさんへ
コメントありがとうございます。

非公開でいただくにはあまりにももったいない内容で、とてもありがたく嬉しく拝見いたしました。
なさっているその方向で、ぜひ身の回りのことをどんどん見立てて解釈なさっていくことをおすすめします。
誰にも迷惑はかかりませんし、「筋が通る」ことの喜びは何にも代えがたいものです。
日本語は基本的にダジャレとエロジョークを押さえておけば大丈夫にできています。姐さんが保証します(笑)。
この、「筋が通る」ことの爽快感がわかってくると、「そうではないモノ」もぱっとわかるようになるんですよ。特徴としては「限りない不自然さ」「輪郭のあいまいさ、エッジが立っておらず、ぐずぐずと脆い境界線」など、直観的にわかります。

今、ことさらに「天」と申し上げて見ても、これにはべっとりと手垢がついて、誰かれ構わぬ恣意的な解釈がなされており、実態のない、誰かの妄想に基づいた何らかの経済原則に深く巻き込まれているかもしれません。

でも、天、というのはただ単純にわたしたちすべてを包含して自分が進むべき道を進んでいる、そして好きで光輝いている、その状態がもっとも幸せなある存在、だと思います。

点をつなぐと天になる。
未知をつなぐと道になる。

そんなカンジで楽しんでいくと、いろいろなものがつながって見えてきます。嘘みたいですが本当です。そうやってわたしたちは自然界を言葉にして、そして神とも接してきた。もう本当に、それはわたしたちの命の中に、当たり前に存在する世界です。

わたしたちは見ないように、考えないように、察知しないように教育されてきてしまった。だからこそ取り戻していくべきだし、そのほうが絶対面白いと思うんです。
ご自分の世界を大事になさって、その中でいきいきと楽しんでいただければと思います。

荒れるものは荒れるんです。でもそれは有(あ)れる、生(あ)れるための兆しです。落ち着いてみていきましょう。

ああ、わたしもがんばらなきゃな。元気が出ました。どうもありがとうございます。
とても丁寧なお返事、ありがとうございます。
私の様な一読者でも尊敬していますアネザイチカ様に元気を差し上げる事が出来たなんてこんな読者冥利に尽きる事はありません。

点と天、未知と道、有れると生れる、日本語ってなんて壮大で雄大な言語なんでしょう!
もっともっと勉強して、日本人に生まれた幸せを噛み締めなくてはもったいないですね。
神様とアクセス出来る、感じて触れる事が出来る、すごいなぁ、幸せだなぁ。
お日様も雨も風も山も一輪の花にも神様を感じられるんですもんね。
もちろん、我らが真央ちゃんにも!

私にとって真央ちゃんは幸せとイコールなんです。
でも幸せって死合わせ、ともなるから、真央ちゃんにとってスケートは文字通り幸せ=死合せであったのかもしれないと思うと切なくなるのです。
それでもあの神々しさと慕わしさを備えた真央ちゃんはやっぱり神様なんだと思います。
たらればで言えばきりがないのですが、園遊会で着物姿の眞子様と佳子様と並ぶ舞ちゃんと真央ちゃん、天皇皇后両陛下とマスターノブーオと久美子コーチが並んだお姿を見たかった。
想像した私の脳内では日本中、世界中が一気に浄化されて平和になりました(笑)。

長々とつまらないお話をしてしまって申し訳ありません。
作文を褒められた子どものような浮足立った気持ちのままに書き込んでしまいました無礼をお許しください。
これからもアネザイチカ様のファンとして、更新を楽しみにさせていただきたいと思います。
どうぞ、御自愛ください。
えりるママさんへ
コメントありがとうございます。

全面的に同意です。至らないばかりの管理人に過分なお言葉どうもありがとうございます。

えりるママさん、一点だけこんなことも考えてみていただけないでしょうか。

死は生の一部です。あなたは幸せを死合わせと解釈なさり、それをネガティブ、マイナスともしや考えておいでではないでしょうか。であるならば死なくしては生もまたない、すべては「めぐり」の中にあり、どのような状態であっても「めぐっていくプロセスの一時的な現象である」ということが少し抜けているのではないかと思います。

浅田真央はイバラの道と知りながら自分で選び、自分でそこに分け入って、前人未到の大偉業を打ち立てて、そしてイバラ変じて大輪の薔薇に囲まれて静かに去っていきました。過程はどうあれ、たくさんの物理的な生と死を経験し尽くしたと思います。
昨日の弱い自分が明日の強い自分のためにすみやかに消え去っていくこともそうならば、ご家族との別れもそうでしょう。

それをどう解釈しどう今後に生かすか、また捨て去るのかは、浅田さん本人にしかわかりません。

けれどもわたしが見る限り多くの死を知るからこそ、より多くのより輝かしい生をこそ、力強く希求できる、そんな強さと健全さとを彼女は持っていると思います。

でなかったらこれまでの途中で死んでいる。それほどの徹底的な攻撃を真央は受け続けてきたわけです。「にもかかわらず」彼女は勝者として去っていく。何に勝ったのか。自分に打ち克つという奇跡を経験しての引退です。

どのような不正も汚辱も悪意も憎悪も、「浅田真央」を磨きぬくにあたり、一切の妨害に「ならなかった」という奇跡。
これは浅田真央本人の心映えと努力とに一にかかって起因します。だからこそ奇跡だというのです。だからこそ万人に愛されるのです。

生き地獄に突き落とされながら、真央は星だけを見つめ続けた。彼女は不幸ではない。彼女はいつも天国にいた。

さらに真央の危機回避能力は異常です。いいときに引退した、と後できっとわかります。絶妙のタイミングです。

わたしはそんなふうに見ていますよ。ちょっと大げさな書き方ですかね。

そしてなんと素晴らしい空想でしょう。わたしはバンクーバーの五輪金メダルを本来の持ち主である浅田真央のもとに戻すにあたり、今上から「国民のためにもよく尽くしました。よく励みました」とかけていただけないかなあと夢想しておりますよ。

ついつい楽しくてわたしも長めのコメントをしてしまいました。いつもありがとうございます。

> 真央ちゃんと幸せとイコール

至言ですね、その通りですよね。こういう人をスーパースターといいます。

管理者にのみ表示