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コーチとの関係性、荒川静香の場合



増田晶文氏の著書『プロフィール アスリート・ビジネス 父子の決断』講談社 を読んでいて気付いたことがありました。

プロフィール アスリート・ビジネス 父子の決断

増田晶文プロフィール


石川遼、浅田真央、中田英寿、イチロー、谷亮子、錦織圭、髙橋直子、浅尾美和、福原愛、上原浩治、中島常幸のアスリート11人の「父親との関係性」と「マネー」に焦点を絞った内容で、もちろん「浅田真央」が目当てで読みました。

著者はご自分でもおそらく自覚があるとおり、人間というものをかなり斜に構えて見ている人で、キレイキレイの絵空事にはイラッとするようです。
そして例によって「匿名のスケート関係者」たちからの「浅田真央の美点や長所こそにイライラしてやっかむ言葉」がたくさんひかれています。驚くほどに。

その中で「IOC関係者」と書かれている人の言葉がこちら。
わぁ!フジウェイより偉い人だね!


プロフィール アスリート・ビジネス 父子の決断

P.73
なるほど、タラソワにはいまだに叶わぬ宿願がある。彼女は、まだ女子シングルのオリンピック優勝者を育てていないのだ。トリノ五輪の際には、直前まで荒川を教えていながら決別してしまっている。理由は、荒川がタラソワのもとにいたニコライ・モロゾフをコーチに選んだ、演技の方向性で齟齬が生じた、タラソワが練習拠点をアメリカから母国ロシアに移してしまったからなどいくつも噂が流れた。IOC関係者は当時の余波を振り返る。

「このとき日本のスケート関係者とも悶着があり、タラソワは『二度と日本人を指導しない』と激怒し、関係修復は不可能といわれていました」

そのタラソワを説き伏せたのが、他ならぬ真央の母・匡子だった。

「匡子さんは直接ロシアに乗り込み、タラソワに直談判したんです。母の行動力、真央にかける情熱は半端じゃない。鬼気迫るものがあります」


で、「コーチが激怒」でむむむ、と思い出したのですが、荒川静香、タラソワの前のリチャード・キャラハンコーチも激怒させています。

2連続で、アメリカ人とロシア人を怒らせている。文化的差異とかではなくて、激怒させている。

古い話なのですが、根拠をつけてこの話を説明している方がいましたのでその内容を引用します。



Yahoo!知恵袋
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1282712277
ID非公開さん 2012/3/321:04:28
荒川静香がキャラハンからコーチを変えた時にキャラハンが『今後日本人選手はみない』と激怒したと聞きましたが何があったんですか?
日本スケ連とトラブルがあったんですか?


ベストアンサー
patinage_artistique_fanatiqueさん 2012/3/416:33:49

2006年1月7日付の読売新聞の記事(http://www.yomiuri.co.jp/torino/feature/reason/fe_re_06010701.htm)(※管理人注記リンク切れ)によると、

「(荒川選手は)2004年世界選手権の直前、指導を受けていたリチャード・キャラハンコーチからタラソワコーチの元へ移籍した。すべて日本連盟が事を運んだ。「手続きは気にしなくていい」という連盟に任せきり。ところが、手違いからキャラハンコーチに連絡が届かなかった。不義理で激怒させたことを後に知った。」
とのことです。

また、Chicago Tribuneの記事によると、日本スケート連盟からキャラハンコーチへの解任の連絡は、FAXが1枚送られてきたのみ。その上別の日本人女子選手のコーチを依頼してきたので、キャラハンコーチは「これは自分のビジネスのスタイルとは異なる」と言って引き受けなかった、ということでした。

当時の城田憲子強化部長を中心とした連盟が、サーシャ・コーエン選手がタラソワコーチのもとを離れたと知ってすかさずそこに荒川さんを送り込み、かわりに別の選手をキャラハンコーチに・・・と画策したのでしょう。
大学の試験などで日本に帰国していた荒川さんも、連盟から「何もしなくてよい」と言われたために、再渡米した際にキャラハンコーチのところに戻らず、直接タラソワコーチのもとに行ってしまったのかもしれません。

荒川さんはこの一件を後悔し、のちにタラソワコーチからモロゾフコーチへ移籍する際には、連盟に頼らず自分で直接話をしたそうです。

どのような「手違い」があって「連絡が届かなかった」のか、あるいは「FAX1枚」だったのか、今となっては知る由もありませんが、いずれにしても礼を欠いたやり方だったということには間違いないようです。


> 荒川さんはこの一件を後悔し、のちにタラソワコーチからモロゾフコーチへ移籍する際には、連盟に頼らず自分で直接話をしたそうです。

結果、タラソワもまた激怒、と。

トリノ五輪前のNHKの特番でしたか、モロゾフにうつった理由として「タラソワは新採点に適応できていないと感じた」「勝つための戦略だった」と説明していましたが、「コーチを怒らせずにちゃんとうつる」ことはできていなかったようですね。

二人とも「日本人は二度とみない」とまで言う、という別れ方をしてしまっている。

キャラハンに対しては「後で手紙を書いて関係を修復した」と荒川は説明していましたが本当に修復できたんでしょうか。

で、Wikipediaの「荒川静香」を見ると最初の「哀愁馬面」こと長久保裕氏のところで3年、佐藤久美子先生のところに出戻って二度、みてもらった以外は「1年」でコーチをどんどん変えています。

荒川のコーチ

「1年、もたないんだなー」という印象です。理由はわかりません。荒川には荒川の言い分があるでしょう。
勝つための戦略だ、ワールド金、五輪金を取ったんだからこれでよかったんだ、と言いたいかもしれません。
でも、勝てば官軍では「ありません」。
五輪金は免罪符にはなりません。その重責を担いつつ、競技そのものをよりよい方向に善導していく責任がチャンピオンには生じます。
いまだにクリスマスツリーにトリノ五輪金メダルを飾って誇示するような、それほどに重要視するメダルなら、それにふさわしい行いを荒川はしなければいけません。

それがきちんとできていますか?と問いたいのです。

自分が現役時代にされていやだったこと、すなわち日本スケート連盟の失態や自分自身のやらかしに対し、「再発防止」のための対応というものを、取っていかなければいけない立場にあることは事実です。連盟の副会長なんですから。

現役時代、城田憲子氏に対して「真央ちゃんと比べないで!」と叫んでいた、あの悲痛な思いを抱えて必死だった「選手」としての荒川が、当時の痛みや後悔をちゃんといかしていくことができたなら、と思わずにはいられません。

城田にされていやだったこと、辛くてたまらなかったこと、「お先にさよならーってかんじ」とトリノ五輪で現地入りした後で「五輪が終わったらとっとと引退してやる!」と思っていたことを、荒川はすっかり忘れてしまったのでしょうか。

なぜそこまで引退にこだわったのか。「スケート関係者」がみんなおかしかったからではなかったのか。

であるならばよりよい未来のためにこそ、副会長、という立場をいかして「もっといい組織」「失態のない組織」「選手が第一の組織」にしていくことも、できたのではないでしょうか。

できたのではないだろうか、と過去形で話すのは、非常に残念なことですが、荒川静香がスケ連にいてよかったことが外からはまったく見えません。

アルメニアのリンクも荒川が事前に視察して太鼓判を押しました。結果はこちらのまとめにあるとおりです。

アルメニアのリンクまとめWiki
http://www.seesaawiki.jp/armenia_rink/


増田晶文氏のこの著書は当時、関係者が語らなかった新事実があとから出ていることもあり、今、読み直すと「これは著者の憶測だったな」「これは正しい情報だったな」とハーフハーフで考えなければいけない部分もかなりあります。

全体のトーンが「浅田真央はキム・ヨナに勝てない、なぜならば」で貫かれていることや、浅田真央の一番の特性である清らかさ、邪念のなさ、集中力のすごさ、などに逆にやっかみを感じている「関係者」の言葉が多数記載されており、「浅田真央包囲網」はこうやってせばめられていたんだということがよくわかります。

Twitterでこのへんをつぶやいたら、さっそく「浅田真央だって」とかみつく意見が出ていました。浅田真央がどうあれ、荒川静香が二度もコーチを激怒させ「日本人は二度と見ない」と言わせてしまった移り方をしていることは事実です。

世話になったコーチにFAX一枚ですませようとする信じられない非礼をおかすスケート連盟。そんな連盟任せでよしとする、酷薄な人間性。

荒川のあとに、だから浅田真央がきたときはタラソワ先生はさぞかし驚いたことでしょう。

「自分の理想を実現してくれるこの世でたったひとりの女子選手」。

あの恐ろしいプログラムの数々を滑りこなした浅田真央。

愛愛2


タラソワ先生は、荒川についていたとき、連戦させる連盟に「連盟は静香をつぶす気なの!?」と激怒して抗議してくれた。いつだって教え子に対しては満腔の愛を傾けてくれる人だった。
愛弟子、ヤグディンとの逸話だってまだ皆さんの記憶には新しいのではないでしょうか。
いつだってすべてを惜しみなく与えてくれる人だった。

離れるなら離れるで、どうしてそこまで怒らせてしまったのだろう。何かもっと違うやり方はなかったのか、と思います。

悲しみすら感じます。

日本スケート連盟副会長は「こういうこと」をしてきた人間です。

だからこそ「再発防止」にすみずみまで目を配り、気を配り、「選手が第一」の組織に改革できるはずだった。

髙橋大輔とモロゾフの間にわりこんだ織田信成、「メダルは真央ちゃんに任せて~☆」と言ってしまう哀愁馬面と鈴木明子、スケ連で仕事をもらってフジウェイと仲良くしている人間はみんな「こういうこと」をしてきている。
安藤美姫の大失態もわたしは決して忘れません。

果たしてそれでいいのだろうか。



哀しみすら感じます。




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スケ連副会長・荒川静香 | コメント(3) | トラックバック(0) | 2017/09/29 21:10
コメント
織田くんは今までの言動を見ていると、素直に真央ちゃんの味方だと思いますが…。こういう風に姐さんが名前を出されるのは残念です。
すももさんへ
コメントありがとうございます。不思議な主張をなさいますね。

> 織田くんは今までの言動を見ていると、素直に真央ちゃんの味方だと思いますが…。

それは真央ちゃんが決めることだと思いませんか?

> こういう風に姐さんが名前を出されるのは残念です。

すももさんが、ご自分が味方だと思う人の過去のやらかしに対しては、みんなに目をつむってもらいたがる人だということはわかりました。

織田くんがしたことをなかったことにはできないですよ。一般社会と同じです。
おっちゃんはこの間、
キャラハンコーチが凄いコーチだということは十分承知しているのですが、私の中ではいまだに「オリンピックのロゴのついたジャケットを着ているおっちゃん」です。

ところで数ヶ月前、キャラハンに指導してもらいに遠方から日本人が来られていた時のこと。そのうちの一人から伊藤みどり様にサインしてもらったスケートを見せてもらい、私は大興奮。それをみたおっちゃんが「そういえば、シズカ・アラカワは出産したらしいけど、男の子だっけ、女の子だっけ?」と別の人に話してました。

おっちゃんにコーチをしてもらっている子たちは、ジャンプ中心に教えてもらっているようです。キャラハン夫人と思しき方もコーチをなさっていて、やっぱり五輪のロゴの入ったジャケットを着用されています。

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