泣いていいのよ、宮澤賢治さん

宮澤賢治について書くわ。

あたしはちゃんとした研究者でもないしまして親族でもなんでもない。ただわずかに彼の残した詩作と童話、絵画と写真を眺めていて、それで思ったことを書くわね。

彼と宗教とのかかわりはなかなかに重たい要素をはらんでいるわ。


最近、気がつくとこの詩の冒頭、「南から また東から ぬるんだ風がふいてきて・・・」って口に出してしまってるのね。


作品第1023番

南から
また東から
ぬるんだ風が吹いてきて
くるほしく春を妊(はら)んだ黒雲が
いくつもの野ばらの藪(やぶ)を渉(わた)って行く

ひばりと川と
台地の上には
いっぱい種苗を積んだ汽車の音

仕事着はやぶけ
いろいろな構図は消えたけれども
今年は おれは
ちょうど去年の二倍はたしかにはたらける


春がきたってのに、どうよこの濡れた重たさ!ぬるんだ風、春を孕んだ黒雲、野ばらの藪。
なんかあたしたちが普通ホンワカと思う「きゃー春よ~☆」ってイメージじゃ全然ないわね。
ここから読み取れる情景は「農地」と「大地の黒さと重さと厳しさ」だわ。

ひばりと川と台地ってのは、そんな農耕生活の重さと黒さからかけ離れて何かしら希望的な明るさと軽さを示す要素よね。
ひばりは歌い、川は流れる。台地はからりと乾燥しきっと花も咲き乱れる。
種苗を積んだ汽車の音、ってのも切ないわ。
種苗ってのは農民にとって希望=将来の収入そのものでもあり、将来の絶望=不作による貧困でもあるのよね。
また一年間の苦しい労働がはじまることを仮借ない鋭さで示してすぎる汽車の音。

そして賢治のすごさってのは最後の連よね、作業着は破けいろいろな構図は消えた「けれども」まだ働く、まだやれる、また新たな「はたらき」を二倍は行う、という宣言。


宮澤賢治はもともと農家出身ではなかったわ。生家は質屋を営んでいて相当な家だったみたい。裕福で権威もあり土地の顔役みたいなものね。
お父様がとても厳しい方で、取り立てにも熱心で、お母様のほうは貧しい人に同情的でお父様に内緒で隠れていろいろ助けてあげてたようよ。
農民の質入れなんてたかが知れているものなのよ。夏になったら冬の綿入れを質入れして秋の収穫でそれを請け出す。

江戸の町民のように、収入のあてが必ずあって、怠けていないで働けば働き口はいくらでもあって、月に十日も働けばなんとか食っていけるようなのんびりした暮らしじゃなかったのよ。

凶作は死に直結している。東北の冬は本当に厳しいわ。うかうかしてたらほんとに死ぬわ。夏から秋のすばらしさ、春のうれしさがそれだけにいっそう引き立つし、自然の恵みを満喫できる冬場の楽しみもたくさんあるけど、「ただ生きていくこと」が当時は本当に大変だった。

賢治はお母様が陰でそっとお金を渡したり、受け出し期限を過ぎた人に黙って超過料金を返してあげたり、お父様が知ったら激怒なさるようなことも同情心からしているのをじっと見守って育ったわ。

「けんさん、けんさん」と呼びかける優しいお母様の声があたしの耳にも響きそうなほど、お母様は賢治の面倒もそれはよく見て、一家の後継ぎとして大事にしていた。

賢治は昔から不思議な子供で、あるときは大病を患ったときに夢で白いひげの神様に助けられて、朝起きたら熱がすっかりひいていたり、風の谷の姫ねえさまのように自然の声をよく聞き取り、観察しながら育っていった。

彼がうつろいやすく、変転常ならぬ気まぐれて過酷な自然の中から特に選んで「岩石」を愛おしんだのも、その気持ちがなんだかよくわかる気がするのね。

賢治はひとりで山に登って珍しい石を集めては、それを砕いて光を通させ、美しい結晶構造を夢中になって観察した。ごつごつと、どこにでもあって、誰も気にもとめないような、何の価値もないとしか人に思われていない石を、ひとつひとつ取り上げては、その石の成育史や来歴に思いを馳せ、石が秘めた内部構造の美麗さ、華麗さ、素晴らしさに心をときめかせていた。

賢治があんまり登山をするから、もう山で暮らせばいい、って人に笑われたりもした。

学校に通いながら自分の興味の赴くままに豊かこの上ない岩手の自然と共に歩む思春期だった。

そして賢治は長じては「まことのさいわい」とは何か、という途轍もない命題をずっと抱えて過ごすことになる。

貧富の差、農耕の過酷さ、教育の格差、男女差別、さまざまな「格差」が賢治を取り巻き、彼は自分にできる精いっぱいの努力と希望と熱意をもってそれらに対処しようとした。

賢治は生家で長い間大切にしてきた宗教を捨てて自分で選んだ別の宗教に入信する。布教活動のために家出をして勝手に上京したりもした。

信仰の道に身を捧げるべきか悩む賢治は、ある日真剣に祈ったの。どうか道をお示しください、今すべきことを教えてください、ってね。そしたらなんとも不思議なことに、彼がそのとき信じていた宗派で使う経文が棚からいきなり落ちてきて賢治の肩を打ったのね。
賢治はまるでパウロの回心にあったかのように「信じます、信じます!」と大泣きして、そしてひとりで家を出た。

もっとも無理な貧乏生活がたたってしまいすぐに病気になって帰省せざるをえなかったんだけどね。

でも、賢治がなんでそんなにも必死に宗教に熱心だったか、そこには大きな転機があったの。
賢治にはとし子さんという妹さんがいたのよ。
この方は若くして病で亡くなってしまうのだけれど、賢治には唯一の理解者とも友とも思える相手でね。

賢治はお父様のおかげで食べていけることに感謝はしても、それが正当な職務と思えず、ずーっと悩み続けていたの。金貸しは人助けだ、うちが金を貸さなかったら畑は取られる、田んぼは売られる、娘は人買いに連れていかれる、と威張っていられたらよかったんだけど、店番を任されても来た人にどんどんお金を渡したり、赤札を渡すときに金額を少なめに書いたりして(その札だって読めない人も多かったんだけどね!)、親子喧嘩もあったのよ。

だから賢治は自分のまわりがなんというか俗物だらけに見えていたのね。苦しむ人に同情するけど、その人が抱える苦しみが起因する社会の仕組みそのものが賢治には見えてしまっていたから、犠牲者ではあるのだけれど、なぜ改革しようと思わないのか、なぜそのように自分と自分の家族を苦しめる旧弊な仕組みを改善しようとしないのか、って少し責める気持ちもあったのよ。
ただでさえ労働で疲弊してくたくたでその日に食べていくことに精いっぱいで社会の改革だとか子供の教育だとか、夫婦の愛情とか、もう考えることすらできないような、限界ぎりぎりの人たちに対してもね。

そんな自分のことも責めてしまうし、自然が美しく見事な循環、円環を見せて燦然と光を放っていればいるほど<人間>てなんなのだろう、どうしたら<すべて>に<まことのさいわい>が訪れるのだろう、って悶々としてたわけ。

そりゃ病気にもなるし短命にもなっちまうわよ。賢治の苦闘を思うとき、あたしは同情を禁じ得ないわ。ものすごく真面目にまっすぐにそんなおおごとを抱えこんで必死に生き抜いていったんだものね。

無邪気で愛らしい性格のとし子さんは、そんな賢治の日々にとってまるで自分の分身であるかのように、純粋で優しくて、無垢な愛すべき人だったのね。
自分の唯一の理解者だと、賢治は思っていたのかも。
心の支えだったのよ。

賢治はもともと天然児というか、野放図なところがあった人なの。後年、学校の教壇に立ったときもいつなんどき、わけのわからないことを言いだすかわからない面白い気さくな兄貴として生徒たちにはものすごく慕われていたわ。
有り余る知識と情熱を惜しむことなくすべてを投げ出し、いくらでも、いつでも、なんにでも、精いっぱいの対応をした。

後に羅須地人協会を設立し、独立したときにも賢治の家は夜、いつまでも灯りがともされていたの。来客が途切れることなく続いたからね。

自分たちに理解のある「専門家の先生」として助力を求める人がたくさんいたのよ。賢治の言うとおりに肥料をまけば収穫が倍増するとか、こんな天候になってきたからこのように作付けしたほうがいいとか、彼の読み筋の正確さとそれを説明する科学的知識の豊富さにみんな次第に賢治に感銘をうけるようになったのね。

結婚もせず子供もいない青年なのに、人の心がよくわかり、辛い暮らしの中のできごとも、「けんさん」にならみんな安心して打ち明けて、心の慰めをもらっていたの。

賢治もそんなまわりの人たちからたくさんの知識を吸収し、学ぶことをやめないで、いつでも謙虚でほがらかで朴訥とした泥まみれの人生を美しい大自然と一緒に歩いていたわ。

いいことばかりの人生では決してなかった。

死の床で彼は自分が出すはずだった本のことばかり心配して、枕辺に集まったお父様、お母様に本の装丁はこうしてください、何部刷って誰だれに配ってください、と苦しい息の下からお願いして、そして最後に体をきれいにふいてもらって、水を飲んで、そして「ああ、せいせいした」と言って亡くなったわ。

賢治の「せいせいした」「せいせいする」はよく詩作や童話にも登場するけど、なんていうか、ただ普通の「さっぱりした」「すっきりした」よりもずっと深くて重い意味を持っていると思うのよね。
「不本意で辛い束縛からやっとのことで解き放たれてほっとした」「理不尽さに甘んじて受けていた苦しみがなくなってやっと気持ちが晴れ晴れした」というほどのね。

「せいせい」してこの世を去った賢治だけれど、そのように言って去ることができるようになるまでには、途轍もない悲しみを越えなければならなかった。

皆さんは『春と修羅』という作品集をご存知かしら。

作家の皆さんの著作権保護期間が切れた作品をまとめていらっしゃる「青空文庫」の宮沢賢治の項目に掲載されているから紹介するわ。

このページ

この中の「青森挽歌」という長い詩は、ここですべてを引用するのは長すぎるから皆さんそれぞれに閲覧の労をお取りいただくことにして、あたしは賢治は可哀想だった、宗教で自分を縛ることでかえって辛い思いをした、と感じる部分を紹介するわ。

青森挽歌は大事なとし子さんを失った賢治が、あまりの辛さに野を歩き、なんとか自然の姿から慰めを得ようとしている描写から始まるわ。
このような悲劇が「現実に起こった」こと、それを自分がどう受け止めるかで、おそらく日本文学史上最高の「死に向かう人の姿」を活写した偉大な作品だと思っているわ。

混乱し、否定して、疑い、迷う自分との対話よね。

センテンスごとに賢治の心の動揺が見て取れるし、ここに並べられた言葉のすべてが<人間・賢治>と<宗教者・賢治>とのせめぎあいなの。それを<芸術家・賢治>と<観察者・賢治>が実に冷静に見ているわ。

こんな苦しい詩はないわ。賢治の「どのレベルからの言葉なのか」がド直球で日本語になっているの。恐ろしい文章よ。

そして最後に・・・



まだいつてゐるのか
もうぢきよるはあけるのに
すべてあるがごとくにあり
かゞやくごとくにかがやくもの
おまへの武器やあらゆるものは
おまへにくらくおそろしく
まことはたのしくあかるいのだ

      ((みんなむかしからのきやうだいなのだから
      けつしてひとりをいのつてはいけない))
ああ わたくしはけつしてさうしませんでした
あいつがなくなつてからあとのよるひる
わたくしはただの一どたりと
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかつたとおもひます


で終わるのよ。
「まだいっているのか」は<宗教者・賢治>の暗い側面。嘆く賢治を断罪し、だらしない、みっともないと諭す声ね。あたしなんかからすれば「うるさいわね、サタンなの!?」って一喝したいくらい暗くて重たすぎる声だわ。

二重かっこでくくられた部分は、<宗教者・賢治>が<人間・賢治>に向かって放った「教義上の教え」よね。死ねば極楽、仏様。
みんなきょうだいなのだから、妹の死だけを嘆くのはおかしいよ♪って、そりゃそうなんだけどさ、今そんなこと言われたってそんなふうには思えないわよ。何言っちゃってんの?馬鹿なの?死ぬの?って思うわよ。


だってこの詩に隠された最後の一行は姐さん訳によるならば「それなのにこんなに苦しいです」なんだもの。

妹だけが極楽に行けばいい、あいつだけが救われればいいとそう思いはしませんでした。教理に従い、真実とされる教えに従い、そう思うようにしましたが、「それなのにこんなに苦しいです」って。


賢治は勇敢な人だった。だけど大自然からの声だけでそれだけでよかったんじゃないかしら。
なぜ人間が決めた狭い教理に自分を押し込めてきたのかしら。

後年の賢治を支えたものは確かにその宗教だったかもしれない。それなしには語れない<行動者・賢治>の骨幹だったのかもしれない。

でもまだ若く、そして妹さんを亡くしたばかりの賢治のこの悲痛な叫びは、ただただ哀れに打ちのめされて、苦しみに耐えかねえて煩悶する青年期の激情ばかりが伝わってくるかんじ。

妹だけが救われればいい、あいつだけが助かればいい、そう思わない兄はいないわ。長い長い苦しみの果てに「次はもうこんなに苦しまなくていいように生まれてくる」と言った妹さんにそう思わないほうがおかしいわ。

自分だけは、この人だけは、と常にそう願い、思ってしまう。それが人間ってものなのよ。

あたしは賢治にどうぞ泣いてください、とカリヤンばりに言いたいわ。

嘆きなさい、苦しみなさい、世を呪いなさい、なぜこのような地獄の苦しみが「このわたし」に降りかかったのか教えてください、と叫びなさいよと言いたいわ。

賢治は同じ『春と修羅』の中の「松の針」という詩の中で、不可分な半身とも念じていたとし子さんと自分との間の距離を痛感し自責している。

そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ
おまへがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた


大病に伏せる死の床の妹を前に、自分は楽しく生きていたと、心から妹の存在が消えている時間があったということを懺悔している。
賢治は真面目ね。そんなこと当たり前じゃない、と泣いてしまいそうになる。妹だけが理解者だと思っていたのに、自分は妹の理解者ではなかったと、完全に心を添わせ続けることはできなかったと自覚したのね。

賢治が「大人」になったのはこの詩を境にしてのことだと思うわ。

同じ「松の針」より

鳥のやうに栗鼠のやうに
おまへは林をしたつてゐた
どんなにわたくしがうらやましかつたらう
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言つてくれ


一緒に死ねと言ってくれと、取り乱して、すがりついて、ふがいない兄を責めて頼ってくれよと、賢治の慟哭の悲しさは愛するものを失ったことがある人からは多大な共感を得られる文章ではないかしら。

だけど誰も誰かのかわりはできない。誰かの生を生きることも、誰かの死を死ぬこともできやしない。
あたしたちは「自分の生」と「自分の死」だけを抱えて今日も命の時間を過ごしている。

「けんさん」は立派だった。とてもとても立派だった。
残酷な仕打ちを幾度運命から受けようと、最後まで自分の理想に殉じて明るく輝いた一生だった。
彼の残したたくさんの作品はどれもこれも「透明」だわ。本当に美しいし、清らかだわ。日本人の誇りよね。



そしてあたしは賢治に言いたい、

      ((みんなむかしからのきやうだいなのだから
      けつしてひとりをいのつてはいけない))
ああ わたくしはけつしてさうしませんでした
不正採点がはじまってからあとのよるひる
わたくしはただの一どたりと
浅田だけにいい点が出ればいいと
さういのりはしなかつたとおもひます


あたしも賢治のように、やさしかったけんさんのように、「それでもこの苦しみは癒せません」と叫びたいわ。
神に、仏に祈ってどうこうなるなら、バンクーバーの結果はなかったわ。

浅田はそれでもやりとげた。持てる限りの力を出して、プラチナメダルをゲットした。人類史に残る三度のトリプルアクセルと圧倒的な印象を残して、浅田はそこから悔いを引き出し、また立ち上がる材料に変えて戦っている。

後悔の光があのように強く明るく輝くのなら、そのように光に変えられるのなら、浅田の後悔は無駄ではないわ。無駄にしなかったあの人の強さは本当に本当にすごいことだわ。



あたしは祈りはしなかった。浅田だけが勝てばいいとか、浅田だけが不正採点から逃れられればいいとは決して思わなかった。
だけどもう容赦はしないわ。

あたしは祈る、懸命に努力してきた人が、高度な技を実施した人が、規則にのっとり、己の限界と人生を賭けて、このスポーツにふさわしい演技を披露した人が、どうか優勝しますように、と。

そしたら自動的に浅田が勝つわ。すべての試合で。今本当にそう思うの。

でも、人間が採点する結果の勝者が、たとえそれが浅田であってもなくても、あたしにはもうどうでもいいことなのよ。

不正をただしさえすれば、誰がチャンピオンになってもいい。だって不正なしならそれが正しい勝者ですもの。
栄冠が輝く人が報われただけのことだもの。

それすら奪われて黙っていることはできないって言ってるのよ。

ただ座して結果を待っているには、あたしはあまりに気が短いの。



賢治はこの世の理想郷を岩手に見、憧れていた英国の海岸にちなんだ名前をつけてみたり、自分の芸術作品の中でその世界を結実させた。その世界は今もあたしたちの心をなごませ、時には励まし、星空や海岸や樹木の並びや風の音へといつでもいざなってくれているわ。

どっどこ、どっどこ、あたしは頑張る。

「南から、また東から」どのようなきな臭い風が吹こうと、神風は吹くと信じるわ。
その風を引き寄せるための努力を続けるわ。

座して死を待つよりは、戦いあるのみ。

後悔をしないための生き方をあたしも選び取っていきたい。自分のために。何よりも自分自身の<真実>のために。それが賢治が生涯をかけて追及した<まことのさいわい>への一与になると信じているわ。

破れて悔いなし、よ。



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日本人として生きるということ | コメント(21) | トラックバック(0) | 2013/10/30 21:35
コメント
姐さん ありがとう

生き方の指南までも。

胸に染み込みます。
ちゃんと生きようと。

賢治のあまりにも清らかな魂から発せられた物語の数々であるからこそ
永遠に私たちの心を打つのですね。

そしてまた

清らかな真央の 不屈の魂のために

まっすぐに自分と戦い続けているスケーターたちのために

こんな私に出来ることからやろうと思います。
私の好きな憲治
宮沢憲治「カイロ団長」
とのさまがえる(※ヨナさん)は、又四へんばかり足をふんばりましたが、おしまいの時は、足がキクッと鳴ってくにゃりと曲がってしまいました。
あまがえる(※私たち)は思わず、どっと笑い出しました。
が、どう言うわけか、それから急にしいんとなってしまいました。それはそれはしいんとしてしまいました。
みなさん、この時のさびしいことと言ったら、私はとても口では言えません。みなさんはおわかりですか。ドッと一緒に人をあざけり笑って、それから俄かにしいんとなったときの、このさびしいことです。

ところが、丁度その時、又もや青ぞら高く、かたつむりのメガホーンの声がひびきわたりました。
「王様の新しいご命令。すべてのあらゆるいきものは、みんな気のいい、かわいそうなものである。けっして憎んではならん。以上」
それから声が又向こうのほうへ行って、「王様の新しいご命令。」とひびきわたっています。
そこであまがえる(※私たち)は、みんな走り寄って、とのさまがえる(※ヨナさん)に水をやったり、曲がった足をなおしてやったり、とんとんせなかをたたいたりいたしました。
息抜きに来たら泣かされてしまったニダw
姐さん皆さんいつもありがとうございます
安藤さんがあまりにもネタを投下しすぎるので、ちょっと息抜きに来たら不意打ちで泣かされてしまいました。

...実は賢治には少しだけご縁があるのですが、知れば知るほどその世界と言葉に震撼させられます。子供の頃賢治をいきなり偉人扱いし「雨ニモマケズ」を暗唱させた教師を私は今でもバーカバーカだと恨んでます。天の邪鬼な私は偉い人が嫌いだったので、20才過ぎるまで自分から賢治読もうとしなかったからwなにも知らない頃にただただ賢治を貪り読みたかった。そうしたら少しだけ世界に入れたかも...と。

嫁の本と同じで、賢治はちょっと読むだけで泣けてしまい一向に進みませんが、下記の詩だけ紹介させてください。いつもこれ読むと嫁を思い出すんです。

これからの本当の勉強はねえ   
テニスをしながら商売の先生から
義理で教わることでないんだ

きみのようにさ
吹雪やわずかの仕事のひまで
泣きながら
からだに刻んで行く勉強が
まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
どこまでのびるかわからない

それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
ではさようなら

  ……雲からも風からも
    透明な力が
    そのこどもに
    うつれ……
Re: 息抜きに来たら泣かされてしまったニダw
安藤美姫考察スレwiki管理人ニム パイティーン!

ひまわりの花言葉のように「いつもあなたを見つめています」ニダ!アロラビュー☆

その詩は楽器をやっている子に、君のような子は2万人くらいいる、その中で飛びぬけていかなきゃならねえんだぞ、そしてもし夢破れてあきらめたとしても、って最初にありまさあね。

ウリも大好きニダよ。賢治ニムはウリの心の友なの。自然との交感能力がすごく高くてそれを人間のイルボンの言葉にしてくれた偉大な文学者ニダ。ウリはこのような文学者を持つことを許されたイルボンが本当に誇らしさ。

巻きますは大自然からも応援されているニダね。それは巻きますがまっすぐに世界に対して向かい合い、ありのままの自分でいつも「ありがとう!」って思っているからに違いないニダ。
ウリ巻きますが本当に好きでウリの嫁になってくれてkmsなの!!!!

管理人さんの記事の見出しがまず秀逸すぎてウリ更新のたびにカフェオレが危ないニダwww
本当におつかれさまなの、kmsなの!!!!
Re: 私の好きな憲治
気持ち悪いたとえだわ。
(゚Д゚)ゴルァ!! 嫁とか阻止!!
ヽ( ・∀・)ノ┌┛Σ(ノ `Д´)ノ

ふぅ~、まったく油断ならねぇぜ!
思い出してしまいました。私事ですが、去年別れがありました。としこさんみたいに毎日だんだんと確実にその日に向って行って、私は見ているしかなかったです。
ほんとうはスケート見に行ってしまいました。それを後悔しています。
タイトルが宮沢賢治とあったので実はドキッとしました。私の中では、賢治さんイコール死にゆく妹をどうにもできない焦りや苦しみ、というイメージが大きくなっていまして。
大好きだったのですがあえて避けていたような気がします。
でも、そろそろよみたい気分になりました。

Re: 私の好きな憲治
私はキムヨナを「国家の奴隷」として悪業を重ねた哀れな存在だと感じています。できれば救われてほしいとも願っています。
これ以上悪業を積ませないためには、「とのさまがえるの曲がった足」は、もう二度と誰かに利用されないように叩き折るべきです。
そして世界を歪めたかれらの行いを白日の元にさらし、正しきものを正しき形に戻さなければ、かれらの悪業は残ったまま、救われることもないでしょう。
私利私欲のまま他者を損ない、奪い尽くす者として完成し、暗いところに堕ちていく。それもまたその者の選択ではありますが。
春と修羅
「春と修羅」もうこの題名だけで泣いてしまいます。読んだのかい?との突っ込みはなしで(笑)
「春と修羅」は私の心の中にあります。希望と絶望の絶え間のない葛藤。生きていることが。
真央ちゃんは奇しくも「春のお姫様」とも「阿修羅のようだ」とも形容されました。
だからみんな感動するの。彼女のスケートは芸
術作品なんです。
お隣の方たちは芸術を理解できないのだと思います。だから「まがいもの」「もどき」の女王
で大満足なのでしょう。
石こ賢さん
私は賢治の童話が大好きで、何度も何度も読みました。
「銀河鉄道の夜」も「よだかの星」も大好きです。
詩集も持っています。天沢退二郎編のやつ。

「春と修羅」も読みました。でも昔はうまく理解できなかったんです。内容や意味はわかるんだけど、内容を実感として私の中でうまく理解できなかったんですね。
けれども、数年前に母を亡くした時に、もう痛いくらいに賢治の詩の内容が理解できました。詩を理解するのに足りなかったのは経験だった。できればしたくはない経験でしたが。

そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ
おまへがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた


今でもこの部分、私の胸に突き刺さります。何もできなかった自分の情けなさや後悔や思慮の浅さやその他・・・

それからというもの、常に「後悔だけはしないように」と思いつつ生活していますが、思うことを実行にうつすのはなかなか難しいものですね。でも頑張りますよ(^^)

せいせいした = 清々した 晴々した
ソチ五輪のあとに「晴々した」と言いたいものですね。

姐さん、賢治のお話をありがとうございます。
Re:Re:私の好きな宮沢賢治
気持ち悪くてごめんなさい。
大事なたとえをもう一つ忘れていました。
「王様=真央さん」です。
かえるさん達よりずっとずっーと高い所にいる観音様です。人を蔑んだり、罵ったり、嘲笑ったりは決してしません。
真央さんの前で「くそったれキムチ」とか言えますか?真央さんはきっと自分が悪く言われるよりもずっと悲しむと思います。
真央さんは天から降りてきて泥の上に美しい蓮の花を咲かすのです。

「人生とは、だからあたしにとっては神である自分を再発見していく旅ね。」
あなたのこの言葉は全ての人に真実だと思います。
さようなら。
Re: Re:Re:私の好きな宮沢賢治(きぶさんへ)
あたしの電波者っぷりと口の悪さはご存知だと思うから(よね?)気持ち悪いと書いてしまったのに優しくご自分の気持ちを書いてくださったことにお礼を言います。口が悪くてごめんなさいね。

あたしは浅田の前であの胸糞悪い糞ったれキムチ野郎のことをもっと悪くていけない言葉でののしることだってできるわよ。ただ実際に会うと感動に打ち震えて何も言えなくなるけどね(笑)。

あなたが美しく浅田を夢見て浅田の内面をおしはかるのはどうぞご自由になんだけど、糞ったれキムチ野郎にこれだけさんざんな目にあわされて、なんで浅田がその上にキムチを救ってやらなきゃいけないの?

浅田真央は人間よ? そこまで押し付けて夢を見ることはあたしにはできないわ。

キムチを救うのはキムチ自身であるべきよ。浅田じゃないわ。

これだけは譲れないわね。
今は笑っていいと思う。蔑んでいい。

国家の偶像として虚飾の自信を纏って、
尊大で恥知らずで無粋で下品な裸の女王様を。

でも、ソチかは分からないが、いつか時は来る。

そのときに彼女を笑ってはいけない。
笑ったら私たちも同じだ。

今は女王様を気取っていられても、所詮、駒でしかない。
そのあとに続くのは永遠の孤独と闇だ。

浅田選手だって、自分で自分を救う術を持っている。
逆に言えば、どれほどの理不尽を受けていても、
その理不尽を周りが取っ払ってやれたとしても、
浅田選手を救うのは、最後は浅田選手自身しかいないということ。

採点競技でどこまで死力を尽くしても、
万人の賞賛と納得を得られる結果にはならないことを、
賢い人だからこそ、気付いているのではないか。
今シーズンのラフマニノフには、
修験者の突き抜けた悟りのようなものすら、感じるから。

ソチでは本当に、怪我なくミスなく全力を出し切る演技をしてほしい。
その結果が金メダルなら、それは本当に素晴らしいことだけど、
そのあとも人生は続いていく。

金メダルを獲ったその後、
アンチだけでなく、国家をも巻き込んだ泥仕合に、
非難を受ける側として彼女が巻き込まれることが無いように。
ノーミスと合わせて、祈っている。

分かる人は分かる。それは歴然と。
だけど、ここに来ている人は知っているはず。
その何倍も分からない人、愚かな人、無関心で浮動的な人が多いことを。
憎悪が憎悪を呼ぶ、その渦中に落ちないように、
冷静に、賢く、公正に、プライドを持って、戦ってください。

批判、非難結構です。
私も祈りが届くように、自分なりに一日ずつ大切に生きています。
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まさこさんへ
あたしのまわりではこれが普通のことだから実はあたしは自分は口汚いとは思っていないわw
率直なだけよねーって思ってる。
でも普通の文体で同じことを書くと相手を追い込みすぎるから、こんなものかしら?って使っているのよ。
あたしはどんな文体でも文章を書けるけど、言いたい放題言いやすいのは今はコレってことなのね。

ストレスはないわ。ひとつの記事にさく時間は○分と決めてあって時間はかけていないし、皆さんのほうがよほどエネルギーを使ってご覧になってくださっているんじゃないかしら。
脱落しちゃった人も多いしね(笑)。

お気遣いありがとうございます。これからもますますがんばります。
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賢治の国の出身です
最初にいいものだなあと思ったのは
『曠原淑女』
中学生の時ひどく心を動かされて
ノートに挿絵も描いたような気がします
旧字も詳しいことばも忘れてしまったので
いま検索して久しぶりに読み返してみました。

どうしましょう、泣きたくってしょうがないです。
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海苔さん
あなたのお気持ち、よくわかります。

あたしも最近、自分が持っている中でとても大切だったものを、もっと大勢の人の目に触れる場所に置いていただくために手放しました。実はとても心残りがありました。二度と入手できないものも含んでいたし、何よりも自分の手元からなくなることが辛かった。だけど何かが変わると信じてそうしました。
だから海苔さんがそうなさろうとしたお気持ちも、寂しい、と思われる切なさも、今のあたしには100%理解できます。おかしな偶然ではありますが。

あなたができるだけ透明な気持ちで動かれることを望みます。偏りや怒りが根底に「ない」ほうが、事態の好転が早いからです。お立場上、いろいろな提言が難しいことはわかりますが、今回選ばれた行いはとてもすばらしいことだと思います。

悪に対するに善をもってなさっているからです。

時には辛い道ではありますが、天に向かってまっすぐに伸びている道です。どうぞくじけないでがんばってください。あたしも海苔さんを見習って、一歩ずつ進んでいくつもりです。

大切なお話をしてくださってありがとう。感謝します。

冬は星の季節。
宮澤賢治さんは作曲家でもあったんですね
恥ずかしい話ですがいい歳なのに知らなかった
(「あまちゃん」で使われてたじゃんとかの突っ込みは無しよ。わたし見てなかったんだから)

自分が無知であることを受け入れることができるのが大人だと自分に言い聞かせつつw

「星めぐりの歌」のことを本当につい最近知りました
情景が浮かぶ綺麗な曲
宇宙と宮澤賢治が好きな姐さんはきっとご存知ですよね

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