「愛せないものは、通り過ぎよ」

※この記事の初出は2013年11月24日です。

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「毒親」について書いてほしい、記事を楽しみにしているというコメントをいくつかいただいたわ。その中には自分自身がそういう扱いを受けて苦しんだからそこから立ち上がるためのヒントにしたい、というご意見と、逆に自分が子供にとって毒親になってはいまいか心配だからというご意見とがちょうど半々に分かれていたわ。

現代社会で働くお母さんであり、あるいは家にいて家族の世話をするお母さんであるというのは本当に大変なことだと思うわよ。負担の持って行き場がないのよね。心身ともに辛いことばかりだし、タフでなければつとまらない。
世の中のおとっつぁんも大変で、あたしは力になりたいとは思うのだけれど、やっぱり依頼してくださるのは女性が大半なものだから、まずは女性に向かって書くわ。オッサンたちは後回し。

お母さんは偉いわよね。好きでタフになったわけじゃ全然ないのにタフでなければやっていけない。女だから料理くらいできるだろ、とか、女のくせに家事くらいやれよって謎の決めつけもまだ色濃いし、楽な道なんてどこにもないわ。

その中で無心に選手を応援し我がことのように見守って大事に思いやれるのは本当にすごいことだし、そんなお母さんたちに素晴らしい演技を見せ続けてくれるスケート選手というのは、ありがたい存在だと思うわ。
あたしたちでも知っているような、世の中に名前が出る人ってのはみんな尋常じゃない努力をしているわ。演技にそれが出ているわ。

お子さんがいないご家庭でも、また、すでに巣立った世帯でも、これから結ばれるべき誰かをまだ持たない人であっても、他人と一緒に共同生活をしていくということは、それなりスキルがいることだわね。うまくフィットした方だとありがたいけど、そうでなかったら大変よね。

日本のスケーターがみんな仲良しだとは言わないけれど、やっぱり小さいころからいつも一緒で親しくしていた人には特有の「仲間」意識があるものだし、海外を転戦するようなレベルだと「戦友」って思える仲になるわね。

大輪の花の一部がごっそり抜ける次のシーズン、あたしたちはどんな気持ちで残った選手、育つ選手を見守っているのかしらね。なんだか夢の中のことのようでまったく先が読めないわ。

でも引退する選手は毎年いたわ。毎年いたのよ。

「卒業」ってすごい言葉で「業を卒(お)える」と書くのよね。カルマを脱するってことじゃない。すげーわよ。

ということで、毒親との決別について書いてみるわ。いかに健康的にそして幸せに毒親を捨て去るかについて姐さんなりに書いてみるわね。


地球上のすべての水
この画像は、地球上にあるすべての水を一か所に集めたらどうなるかってものらしいわ。小さな球にまとまるわね。

地球とあたしたちの人体は組成がとても似ているわ。岩石と水の比率とか出来過ぎだってくらいそっくりで、地球型生命体の見かけの頂点に今人間がいるように感じられるのも当然だわ。

姐さんが大好きな言葉があるの。ウパニシャッドのものなんだけど、

神は
鉱物の中で眠り
植物の中で目覚め
動物の中で動き
人間の中で思惟する

ここに

そして星々として光り輝き、お互いに引き寄せ合う

と足せば、姐さん的神話叙事詩の完成だわ。

思惟の結果の行動が大切なの。その先の未来に向かうのが神々だから。

この箴言もそうなのだけれど、人間を頂点と考えることからすべての堕落と悲惨がはじまるの。カトリックなんて悲惨よ~。白色人種がカラードよりも上に位置するって勝手に決めて、だから家畜と同等の扱いでイイなんてずっと言ってきたんだからね。ふざけるなっつーのよ。しかも自称聖職者と一般人の間にものすごい距離を作って集金システムを維持し続けた。心ある人が苦しまずにはいられないようなおそろしい矛盾を押し付けてね。
おまけにキリスト教原理主義者の弊害ったらないわよ。神が世界を作った日ってのを勝手に決めてそれ以前のことは「ない」ことにしようとしているんだもの。コントロールしやすいから馬鹿でいろって堂々と言うのってどうかと思うわw

バチカンの富を見て疑問を持たない人は信用できない。あれだけの芸術美術作品がなぜ宗教に寄せられたのか?そりゃ決まってるわよ、搾取するシステムをいち早く作り出したからだけよ。
そもそもイエス自身がカラードだったのになんで白人扱いされてるのかもわからないわ。
人が作り出したものだから、人の考えを越えられない。矛盾を含む宗教は正しくないわ。信者が迷うのも当然よ。
でもユングが『ヨブへの答え』で西欧世界の一般的な「神」へのカウンターパンチを繰り出してくれたから姐さんはすかっとしたわ。「神」に倫理で勝利するなんてちっぽけなことが大騒ぎになるなんて、白人の混迷ぶりはひどいわね。そのユングですら実生活はアレだったというオチまでつけて。まったくもう。

世界の神話のほとんどで昔は岩も植物もみんな言葉を話していた、そして人間の側の裏切りにより彼らは沈黙するに至ったという伝承が残されているのは単なる真実だろうとあたしは思うわ。
昔はみんなしゃべったのよ。交わす言葉を備えていた。
人間が聞く耳を持たなくなったから沈黙したの。世界のどこにでも残されているわ。「断絶」の伝承が。ほんとに悲しむべきことだけどね。

虐待されて育った子は、「自分が悪いからお父さんお母さんに叩かれる」「自分がもっといい子だったらお父さんお母さんにかまってもらえる」と真っ先に思ってしまうの。だから親にとって都合の良い子、聞き分けが良くて使える子、を演出するわ。

そして親からの関心や愛情が何かと引き換えでなければ与えられないものだから、親を除いた他の人とも「取引」をするようになってしまう。

もっとも信頼すべき親から自尊心を徹底的に損なわれてしまったがために、自分をうまく守れない。守れないから対人関係において常に苦痛が前提となり、緘黙するか、ある日突然爆発するか、で、すらすらと物事が運ばない。

中には親を見習ってサイコパスになっちまう人もいる。いるわよね、スケートの世界でも。自分が誰かにNARISUMAせていると思い込んでいるお困りの国のポンコツが。あたしたちは「毒親に支配された子供」のいい例を見て来たわ。恐ろしいことだわよ。


ところで皆さんが普通に使っている愛という言葉、これってもともと日本ではポピュラーではなかったのよ。確か江戸時代までは愛というのは人に向けるべき言葉ではなかったの。これは器物に向けるべき関心を示す言葉で、たとえば「古物の茶碗を愛でる」「舶来物の布地を愛でる」というように、玩弄物に対して使う言葉だったの。

人から人に向ける言葉は「情を向ける・情けをかける」とか「惚れている」とか「好ましい・好いたらしい」とか、もっと対等に寄り添うことを示した言葉だった。

だから情け知らずなんて言われることは最低最悪の屈辱で、親が子供を叱るときにも情強(じょうごわ)だねえ、この子は、なんていう風に「情けがない」ことは人として失格だとされていた。

今のマスコミは、だから人間失格ね。「情けを報じる」と書くくせに、情報番組は犯罪ばかり伝えているわ。嘘と捏造が蔓延する。
身内に甘く、中韓にだけ配慮して、カネの出所がどこかをたやすく露呈してしまう報道は、人間失格。

姐さんはずっと思ってきたのだけれど、日本中で起きた心温まる素敵なニュースばかりを一日中流すテレビ局があったら、視聴率はものすごいと思うわよ。
いつから犯罪ばかりが取り上げられるようになったのかしら。
大分のほのぼのおまわりさんは頑張ってほしいわねw


情けのない親、情の薄い親にかけるべき言葉や向けるべき関心をもらえなかったと思う人は、まず外にそれを求めることをいったんやめたほうがいい。
中には理解のある恩師や優しい友達、共感を持って「愛して」くれるパートナーに恵まれて幸せに暮らしていける幸運な人もいるだろうけど、それでも人からもらおうとする限り、絶対に無理が生じるの。

なぜなら人ってのは誰でも自分が一番大切だからなの。どのように愛して大切に思っていても、かわりに死んでやることすらできないわ。親だけが唯一、我が子のためならと身を投げ出すことができるのだけれど、そこまでしてはくれないから毒親になるわけで。

そのように深く濃く強烈で世界を揺るがすような「情け」は、他人に期待してはだめ。逆に考えてごらんなさい、自分だってできないでしょう?
だけどそれが当然なの。

人間はまずボディを備えた動物だから、自分が行き残ることを最優先に考えるの。そしてそれが正解なの。

他人に期待してはだめ。期待するなら自分にしなさい。

なぜなら<自分>こそが、24時間、365日、自分自身と一緒にいて、絶対にそばを離れず、永遠に自分と過ごす存在だわ。肉体的にも精神的にも<あなた>と一体なのは<あなた>だけなの。

そして人間というのは、マルチタスクのようでいて、実はシングルタスクなの。考えもそうなのよ。いつでも一度に一個なの。

<あなた>はまず自分を認めるところから始めていかなければいけない。親がしてくれなかったことを、<あなた>が一から構築するの。そしてそれができたときには、同じように苦しんだ誰かの助けにもなれるのだし、何よりも<あなた>自身が救われるわ。

来世に恨みを持ち越す必要は、ないの。こんにちただいまのこの心身で、完全に救われる道がきちんとあるのよ。

親からの呪縛を断ち切るの。

そしていいこと、親を許す必要なんかどこにもないわ。許すことなんかできないもの。個別の事情を知りもしないで、たやすく「許せ」なんて人に向かって言う奴は信用しなくてもいいわよ。

許す対象が違うのよ。相手を許すのではなくて、まず最初に自分を許すべきなのよ。

無力で無知で「それ」が暴力だと知ることもなく、どうにか正当化を続け、自分をゆがめ続けることで環境に過剰適応してきた自分。親の言うことが絶対だと思い込み、自分を傷つけてきた自分。
親を恨み、憎む自分。
できたら殺してやりたいとすら、思える人は幸せなのよ。あんまり苦しみが長引くと、だんだん無感覚になるからね。火のような怒りを感じれる人、正当な怒りを怒ることができる人は幸せなのよ。

怒りすら、憎しみすら、自分に禁じてしまう人もいる。そして人生がうまくいかない。

残酷なことよね。

まず自分を許しなさい。惨めで愚かで小さくて、それでも親にすがってしまう、ありのままの自分を許しなさい。それしかできなかったんだもの、それでいいのよ。他に何かができていたらって思うことは無駄なのよ。別の道を選べたのなら、<あなた>はそこにいないんだから。

そして、自分を本当に許せた人は、自分を苦しめ傷つけてきた<相手>の言動が理解できるの。不思議なんだけど、毒親も苦しんでいた、不健全な環境しか知らず、辛い思いをしてきたのだ、とはっきりと状況が見通せるのね。

そしてその後どうするかは、あなた次第よ。

親なんか許さなくていいわよ。どんな立派な親だって「お母さんはこうしてくれなーい」「お父さんなんか大嫌い!」ってわがままを言われる存在なの。子供はそれでいいのよ。そして自分が苦労して、情のない世間様に冷たくされて、あるいは深い情けを向けられて、転んで、学んで、起き上って「お母さん、こんなにがんばってくれてたんだな」「親父はすごかったんだ」ってわかる日が必ず来るの。

でも、<あなたが>あなたを許していないと、そしてあなたを認めていないと、親にまで気持ちが向かわないのよ。やっぱり他人なんだもの。

その順番を取り違えるから「親を許せない自分はダメだ」ってまた自分を苦しめる材料にしてしまうのね。気の毒すぎるわ。
世の中にあるセミナーだとか自己啓発系統の催しで何が一番許せないって、既に十分苦しんできた人を、さらに苦しめる嘘知識と偽行動を洗脳によって植え付けること、だわね。
講師自身がちっともハッピーじゃなくて、脱税したり、離婚したり、浮気や隠し子って騒いでいるのに、何を教えるつもりかしら?って思うわね。

病気で苦しむ気功師とか、借金で悩む占い師とか、何やってんのよって話よね。そういう経験を清算してから経験値として使いこなすのならまだわかるけど。お偉い先生様の私生活を見ればどのレベルから世界を見ているか全部わかりそうなものなのにね。

医師よ、まず自分自身を癒せ

というのもアククレピオスの箴言だけど、もっともな話よね。

自分を許すことができると、実はいかに自分が恵まれていて、多くのものを最初から与えられていたかってわかるのよ。

前にあたしが「自分のいいところを毎日100個自分に向かって言いなさい」とか「ノートに毎日書きなさい」って書いたのは、「あなたに不足していたのは親の愛たった一個で、実はそれ以外のすべてのものは、もうお持ちではないんですか」ってことなのよ。

たかが人間、たかが親の愛ひとつ足りないだけで、どうして他のすべてを無価値であるかのように扱うの?

あたしには不思議でならないわ。

親は、小さな人にとっては全世界で、最初に出会う他人だわ。できたら健全なほうがいい。できたら愛情深いほうがいい。だけど相手は人間よ? 何を期待できるっていうのよ。

そこまで他人に頼って生きて何かいいことがあったのかしら。人間は間違うわ。

<あなた>は他のすべてに目をつぶって、たった一個のたかが愛になぜそこまで執着するのって姐さんは言いたいの。これってものすごく残酷で無神経でヒドイ言葉に思えるかもしれないけれどね。

でも打ちのめされて生きていけないほど苦しむのなら、そんな考えを持つほうがおかしいのだとは思わない?

人間はいつでも一度に一個なの。だからあなたは自分自身の責任と管理下において、あなたを幸せにし勇気づけ、励ましてくれる考えを常に持つようにすべきだわ。
そこから先はもう親の支配とは無関係に、あなたが創造していける人生だわ。

毒親を恨んで半分死んでいるような気持ちで過ごすのも人生。
毒親への執着を手放して「バーカバーカ!」と笑い捨てて、そして元気に生きるのも人生だわ。

この記事の最初にのせた画像を見て?

毒親に苦しんでいる人というのは、毒親という一点に水を集めて「私の人生は暗黒です」って主張しているようなものなのよ。

苦しみなんか人生にあるのは当たり前だわ。苦しまない人なんかいやしないわ。だけど「何を苦しむのか」を選ぶのは自分だわ。

苦しみだと思って抱え込んでいたそれは、果たして本当に苦しむべきことなんですか?

その思いがあればこそ今のあなたがそこにいるなら、それは呪いではなくて実は祝福だったのではないのですか?

呪いなのか祝福なのかを、判別すべきものさしが間違っていたってことはないんですか?

もう苦しむのはやめなさい。

愛せないもの、情けをかけるに値しないものに、あなたを投げ与える必要は一切ないわ。そんなことをするにはあまりにあなたの存在は尊いわ。

ものの見方を変えることは、逃げでも敗北でもなんでもないわよ。楽になって何が悪いの?マゾなの?死ぬの?



NASAやらESAやらの動画をまとめてくださった「外から見た地球」を紹介するわ。

宇宙から撮影された地球

すげーわね。姐さんがぶうぶう文句を言い続けている西洋文明の結晶よwwwありがてーわ。
おまえらはやっとこの光景にたどり着いたのねって思うわよww何様なのよあたしはwwwそしてこうして全人類の価値観や生き方に、西洋文明は影響を与え続けているわね。

外から見た地球と言うのはただただひたすら美しいのよ。「ここに自分も含まれるんだ」という生きた実感があるの。そして「かけがえのないひとつの命」であることがわがこととして実感できるわ。それはもう「わかるから、わかる」としか言いようのない経験なの。

こうしてインターネットを使って皆さんに言葉を向けられるのも、実は軍事技術の転用からだし、パソコンも飛行機もそれを言うなら国際宇宙ステーションだって軍事技術の結晶だわね。だけど技術そのものに善悪はない。それは技術には備わっていない。使う側がどうするかで悪にも善にも変わるのよ。

キンケンジ氏がネットを使って嘘報道をさせてみても、それに対して「事実」を広めようとする人だってちゃんと出てくる。情報戦は「事実」が常に勝利するわ。

あなたにとってたったひとつの事実というのは「あなたは今そこにいる。そしてそれがすべての答えだ」ということね。まだ終わっていないのなら満喫してから死になさいよ。

人生は短いわよ~?この地球にすら終わりはくるわ。あの太陽にも、銀河にも限りがある。そして命を終えた後で使用されていた物質も「心」も再利用されて、また永遠にめぐりめぐって光輝いていくのよ。

物質は崩壊し、再構築され、場所を変え、姿を変え、永遠にめぐりめぐっていく。

その中で終わらない命、消えない炎、「それ」を備えた自分自身にもっと驚いてほしい。深く感動してほしい。

地球とまったく同じその輝きがあなたにもあるって気づいてほしい。地球は美しいのだからあなただって美しいのよ。

「愛せない。許せない」そんな小さなことで泣くのはおやめなさい。それはそれでいいことなのよ。それを材料に自分を責めるのはやめなさい。不自然なことを試みれば誰だってもっと不幸になる。


愛せないものは、通り過ぎよ。



自分を手ひどく傷つけてきた憎い相手への最大の復讐は「自分が幸せに生きること」。

いいこと、「最大の復讐は、自分が幸せに生きること」よ?



毒親のことなんか忘れ捨てて、幸せになりなさい。きっぱりと切ることも親孝行だわ。
明るく元気に暮らしなさい。自分自身と心地よく過ごし、信頼できる友とも教師ともきょうだいともなって、自分自身を導きなさい。

あなたにはできるのよ。幸せになろうとしなかっただけなの。幸せになっていいと教わってこなかっただけなのよ。

たくさん泣いて、過去の自分を抱きしめて、そしてもう立ち上がりなさい。大丈夫なんだから。

姐さんはいつだって応援しているわよ、大事だったはずの親のことでずっと悲しんできた心優しい「あなた」のことを。



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日本人として生きるということ | コメント(85) | トラックバック(0) | 2016/12/11 00:00
コメント
大分のほのぼのおまわりさん
姐さん深いお話有難うございます。

合同新聞ご存じなんですね。
地元なので嬉しかったです。
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感動
なんかじーんときたわ(^_-)

私も自分を好きになって歩きますよ(^_-)

私、今、自信に満ちてるのです。
ゴ~!やるぞ!って(^_-)

年内で仕事を辞めたら年明けから探して、稼いでやりきって、結婚します。

私、管理栄養士なんですけど、もっと自分の資格に自信持っていいんじゃないかと思ってます。

そして、頑張ってきた自分にも!これから頑張る自分にも(^_-)

心暖まるニュースを流すテレビいいですね
ジェフの選手が養護学校にサッカーを教えに行きました。
選手も生徒さんもみたことない笑顔で、サッカーをしました。
みんなとっても暖かい光景でした。
甥っ子があった心暖まる話です。
母性は後天的学習で作られる
まだまだ母性神話って根強いな〜と思うんですけど、母性は後天的に作られるんだそうです。
母性本能っていうけど、本能じゃないんですよ。
たとえば、動物園で人工保育されて育った動物や、子供の頃から単独で育てられた動物が、育児放棄をすることがあります。
特に、ヒトに近いサルなどは、自分の兄弟や他人の子供を見て、赤ちゃんに触れ、時には赤ちゃんの世話を手伝ったりすることで、赤ちゃんは可愛いという愛情と、世話のしかたを学習するのだとか。そういう経験が得られないサルは育児放棄しやすいと。
人間も当然同じなんじゃねーの?と思うんです。ぶっちゃけ、サル以上に本能が薄い動物なんだから。

昔は産まれる子供も多く、家族は何世代も大勢で暮らしていて、特に女の子は子守の手伝いとかさせられて育つから、今ほど子育てがわからない人は多くなかった。
ひとりっ子だった私は、子供の頃は銭湯などで赤ちゃんに触れたり、おむつを替えたりおっぱいあげるお母さんの姿を見ることができましたが、それでも足りないと思う。
ましてや、ほとんどの家庭が核家族で内風呂という現代、どうやって子育てしたら良いかわからない親が多いのは当たり前なんです。
なのに「母性が足りない」ということに責任を押しつけられてしまう。
女なんだから子育てぐらいできて当たり前とされてしまって、誰にも相談できない。

子育ては難しいのが当たり前。上手にできない人がいるのも当たり前。
子供を授かったとたんに、魔法のように母性本能も一緒に授かり、何でもできるスーパー母ちゃんになれるわけがないんです。
子育てがわかりませんって堂々と言えればいいんだと思う。
恥ずかしくて言えない、白い目で見られるから言えないっていう状況が、事態を悪化させる。
そういう人がいることを当たり前として、サポートできる社会になれればいいんだけど。
都市部では核家族をやめようなんて言えない住宅事情だし、今後も子供の虐待は起こり得る。
その点でも、昔の大家族はよかったんです。密室じゃなく、常に誰かの目があった。親の折檻がひどすぎれば、止めてくれる誰かがいた。止めてもらえることで、してはいけないことと親も学習できた。親の足りないところはお婆ちゃんのフォローも得られた。

自分の恥部もさらけ出して相談できる誰かがいればいいんだけど(それが親なら最高だけどそういうわけにいかない人もいる)。
ひまわりちゃんの母親は、そういう点でも心配なんです。
自分を叱咤激励してくれる人を遠ざけてしまう上、自分は母親だから〜母親は無条件で素晴らしくて子育てなんて母性本能あるから簡単で〜なんて思っていそうだから。
いつか「子育てがこんなに大変だなんて思わなかった。シングルマザーなんてたくさんいるし、もっと簡単だと思ってた」とか言い出しそうで。←そしてまたシンママを敵に回す。

以上、いい歳をした毒女が上から目線でお送りしましたw
もしも、私の文章を不快に思う方がいらっしゃったら、申し訳ありません。
子育てを頑張っているお母さんは尊敬しています。私には不可能にさえ思える偉業だから。
MOTHER
姐さん
今日の記事、私には最高の日曜礼拝です。
情け
日本語における「愛」のお話に感心しました。「愛い奴」とも言いますが、上から目線の言葉ですものね。
「情け」は、自分が思っていた以上に、日本人にとっては深い言葉なんですね。「情けは人のためならず」という諺が、今まで以上に心に響く言葉となりました。(恥ずかしながら、若いころは間違えた意味にとらえておりましたが。)
母性
俵万智さんの歌を思い出しました。

~バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ 生まれてバンザイ~

母となるのは、こういうことかと思いました。
生まれた我が子に対するバンザイ。これから母として生きていく自分に対するバンザイ。

k.nさまのお言葉は、本当にその通りで、女だからって、だれが生まれながらに母性など持ち合わせいるものかって思います。いまだに、母性欠落者だろって自問自答してますよ、私…。
子供が生まれたときは、喜びよりも、恐怖のほうが強かったし、子供が病気になって他のママたちが、
「ああ、変わってあげたい!!こんな苦しそうで!!」とか
「目に入れても痛くないって、本当よね」とか言っているのを、不思議な気持ちで聞いてましたし(笑)

確かに可愛い。でも愛おしいと思えるまで、少し時間がありました。
心構えが、出来てないと、何も受け付けられないんですよね。傍目には冷静でもひたすらパニックの連続(笑)
子供が成長するのにはとても追いつかないスピードで、母というものに、私も少しはなっていってると信じたいのですが。

頂いたものは、御返しする。

子供をきちんこの世に送り返すために、私ら親も、日々試されている感じです。

地球の音
姐さんが紹介してくださった動画の関連で
「NASAの衛星が録音した地球の音」
というのがありました。

私は初めて聴きましたけど凄いですね。
すべての物質と命と心は繋がりあって、
とてつもなく大きな音楽を宇宙に奏でているんですね。

生きる事に辛さを感じたら、また聴きにこようと思いました。
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毒母
こんばんは。
「彼女は、私に幸せを運んできてくれた。」と安藤は言いましたが、そもそも子供は自分が幸せになるために生まれてきたのであって、母の犠牲になるために生まれたのではありません。
私の母は毒親ですが、「あんたは韓国だ!中国だ!自分のエゴで人を利用すんじゃねぇ!私はあんたのようには死んでもならないぞ!このクズ!!...その他諸々」と本人に伝え、縁を切った次第です。

今、毒親に苦しめられている子供たちには、とにかく無事に生き延びてほしいと祈っております。
このテーマだけでも
手相見姐さん様

浅田選手の引退後、(私はそうならないかもという勝手な想像を抱いてますが)

手相見姐さん様はブログの存続をどう考えられるかわかりませんが

このテーマは続けていただきたいと思いました。。
凄い・・・
姐さん、深いお話をありがとうございます。
もう一度ゆっくり読み返してみます。
時間をかけて受けとめたい内容です。

「宇宙から撮影された地球」の動画も教えて下さってありがとうございました。
NHK杯のラフ真央を並べて再生鑑賞しました。
贅沢な時の流れになりました。
フィギュアスケートのフィギュアは・・・
特に真央ちゃんの演技は、
惑星の回転だったり、軌道だったりと・・調和して感じられました。
にんじん
手相見姐さん、今晩は。
今回はためになるような深い話をありがとうございます。
この話を読んでいると、「にんじん」という映画を思い出しました。
赤毛のにんじんと呼ばれている末っ子の息子が、最後に母親に言い放ったセリフ「あなたの愛情は役に立たない」という言葉が印象に残りました。
以前、「子供は親を選んで生まれてくる」と、あるスピリチュアカウンセラーの話を聞いたことがあります。
子供に虐待する親を自分が選んだのだからやっぱり自分が悪い、と思う人がいるようですが、私は違うと思います。
子供は虐待をする親の「精子と卵子と子宮を選んだだけ」で、生まれてきてから「心」のある人を選ぶという2段階の選択方法を取っているだけではないかと感じています。
だから考え方1つで人は幸せになると思います。
地球は生きている?
>犬コロさん

『地球の音』の動画、見てみました。素敵な動画ですね!
宇宙空間は真空だから音が伝わらないと思っていましたが、電磁振動によって音を発し、それを衛星で捉えることができるんですね。
聞いていると、何だか懐かしいようなやすらぐような感覚を覚えました。風の音に似ていますが、もっと絶え間無く、また時々不思議な音が混じります。
こういう例えは不適切かもしれませんが、常に何らかの音を発している地球自体がひとつの生命体である、そのような錯覚を覚えました。
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戦争の火種
姐さん、こんばんは。
コアに触れるような、心を打つお話をありがとうございます。
今一度、己の内面に耳を傾けようと思います。

姐さんが仰った、“来世に恨みを持ち越す必要は、ないの”という文章が忘れられません。
戦争もそうですよね。いかに無意味で、なんと愚かなことかを伝えることは大切でも、恨みつらみまで負の遺産として語り継ぐ必要はないし、むしろ語り継ぐものではない。
戦争ってそういうもの。

今回の記事を拝見し、独りでそんなことを考えておりました。
こちらにお邪魔するようになってまだ日が浅いのですが、毎夜何かを得ているような感覚です。
勝手にお邪魔しといてなんなんですが、いつも素敵な記事をありがとうございます。
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自分を認める難しさ
自分を認めるのって、言葉で言うほど簡単じゃないですよね。
虐待の理由を自己否定に求めて生きてきた。
「自分が悪い子だから、こんな目に遭うんだ」そう信じて我慢してきたのに、そうじゃないと分かってしまったら「今まで耐えてきたのは何だったの?」と今までの努力、人生が否定されたような気分になってしまう。
それに悪い事は全部自分のせいにしていれば戦いから逃げる事ができたけど、自分を認めたら他人と向き合って戦わないといけない。人と向き合う事なく生きてきた人間にとっては、とても怖くて勇気のいることだと思います。
親ですら自分を愛してくれなかったのに、誰かが味方になってくれるなんて信じられない。
そんな状態では自己主張することすら難しくなってしまう。

私の場合は信頼できる友人がいたので助かりました。
別に友人に愛されてると信じていたわけではないけれど、友人の下す評価は信頼できました。
友人は私の良い所を客観的に分かりやすく説明してくれました。
「自分が悪い」と思い込んでいた私に、次々に矛盾を突きつけてくれました。
親の言い分をムリヤリ正当化すれば、どうしても矛盾が生じてくるのです。
それはちょうど、フィギュアのジャッジは正しいとすると矛盾が生じてくるのに似ていますね。

それでも苦しくて辛くてたまらなかったです。
現実を突きつけてくる友人を恨めしく思った事もあります。
今の自分があるのは単に運が良かっただけという気もします。友人は「本能的に『変わらないとダメだ』と悟っていたからではないか?」と言ってくれますが……。

もし、いま苦しんでいる人がいるのなら、どうか少しでも楽になれますように……(祈)
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ありがとうございます
姐さん、ありがとうございます。
うっかり仕事の休憩時間に読んでしまい、涙と鼻水が止まらなくて仕事に戻れませんw
これから毎日自分にありがとう、すごいね、っていうことにします。
姐さん、本当にありがとうございます。
そして、姐さんのブログに行き着かせてくれた石ころさん、真央ちゃんにもありがとうって言いたいです。
本当にありがとう。
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母性
母ってのは「なる」もんじゃ、ないんじゃねえのか?
生まれてきた時点で、子供にはお前さんしかいないんだよ
いい親になるってなら話は別だがな
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豆菊さんへ
コメントありがとうございます。
十年前のご自分に胸のうちで語り掛けてご覧になったらいかがですか。
今のあなたのその思いが、かつて苦しんでいた十年前のあなたにさした光となって、あなたを守っていたのかもしれないですよ。
姐さん、ありがとう。わたしはまさに今、毒親(父)との縁を切ろうといていたところです。
自分が母親になり、当時母がどれだけの思いで身を投げ出してくれていたかもわかりました。それがわからず母すらも恨みかけていました。自分は孤独な人間だと。
別れは時期が来れば必ず訪れるとともに、新しい出会いもめぐってきます。別れに罪悪感を持ちすぎて新しい出会いを受け入れられない。それも幸せになっていいと教えられてこなかったからなんですね。
もう誰かのせいにせず『自分の責任と管理下において』幸せになる道を探していきます。
姐さんの更新、気長に待ってますからね。無理はしないでお体大事になさってください。私も姐さんを応援しています!

サバイバル

手相見姐さん、初めて書き込みをします。
いつもはスケートのお話をうかがってばかり。。。ありがとうざいます。


毒親の元にいる子供はずっとサバイバルレースに参加しているようなものです。
私がそうでした。
あえて言えば、自分の母は「決して悪い人」ではないのです。
でも、私を「考えたり喜んだり欲したり」する権利のある存在としては扱いませんでした。全てを支配下に置こうとしたのです。
一桁年齢の子供の頃の心象風景は、『誰もいない洞窟の中でひとり身体を丸めている、そして本当は精神病院でケタケタ笑っている』でした。
心の痛みも悲しみも何も感じなくなりました。人形のような表情のない顔をしていたそうです。
でも、10歳のころ、あるきっかけで「自分はこんな風に一方的に苦しんでいても意味が無い」、「相手(母)をしのぐ存在となって自分で立てばよいのだ」と思ったのです。そこから、親との距離をおきました。

今も巨大な怒りが自分の中にあります。
ですが、その一方で母の育った時代背景や、本人の苦しみも今は理解をしています。

私はサバイバルで生き残った自分を誇りに思っていますし、苦しみを糧に強さを手に入れたことも知っています。

今もなお、多くの方が苦しんでいると思います。
どうか、「自分は自分で幸せになってよいのだ」と語りかけてあげて下さい。
本当に、大丈夫なのですから。
心に響きます。
姐さんの言葉は優しく深みがあって、じんわりと心に染み渡ります。
私の誕生日の日付でこの記事を再度上げて下さって、意図的でないことは承知していますが、とても嬉しく再び拝読致しました。

私の母親も、決して悪い人ではないのです。ただ、理想が高すぎたのか、プライドが高すぎたのか…依存心の強い人でした。
勉強がよくできる兄・母親に対しては従順で大人しい姉の下で、私は常に比べられ劣っていると言われ、家族の中の問題児として扱われてきましたし、問題児でいなければならないと思い込んで生きていた子供時代でした。
苦しかったです。それでも、私が馬鹿になることで家族が団結するのを見ていましたから、そうするしかありませんでした。

今は、母親や兄姉を許せない自分をそっと許すことができました。
最近は母親に優しい言葉をかけられるまでになりました。あんなに反発ばかりしていたのに、不思議なものです。

この世に産んでくれたこと、スケープゴートとしてではありましたが庇護し育ててくれたことには感謝しています。貧しい暮らしをしている私のために時々食べ物の仕送りをしてくれることも、有難く嬉しく思います。この人にも根底には子を思う親の心がしっかりあるのだと感じることができるようになりました。

母親も、最近ようやく私の人生と母親の人生を分けて考えられるようになったみたいで、とても嬉しいです。
これからも人間同士・女性同士として、対等に付き合って行こうと思います。
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いつもブログを拝見しては楽しませてもらっています。
ありがとうございます。

この記事に感銘を受け立ち上がれた人もいるのでしょうが、私は苦しかったです。
愛せないものは、通り過ぎよ
そうです。愛されなかった私は、振り返られることもなく通り過ぎられました。
両親に愛された記憶、多くの人が持っていると思います。わたしも持ってました。
そのたった1回のまやかしな記憶にずい分苦しみました。
そして人が言うお母さんなりの愛情だよ~という言葉に惑わされつづけました。
愛情を示すのが下手だったのではないか。心配してくれたのではないか。
全てが疑念の内から出ることはなく、それでも信じて生きていました。
でも自分が子を持った時に母と絶縁しました。母をあきらめたんです。
ひとつひとつ、愛されていたという思い込みを否定し打ち消していく作業は辛いものでした。
愛されていなかったのだと自覚することが、とてもとても怖かった。
でも前に進むためには必要な作業でした。自分が毒親にならないために。

今、子育てをしていて、親に愛されること認められることが子供にとってどんなに大事か分かります。
子供達は私に褒められたくて頑張ります。愛されてると安心したくて甘えてきます。
嫌われたくなくて良い子にします。ずっと一緒にいてほしいから泣きます。お母さん大好きって笑います。
私は今、子供達の全世界です。それをしっかり受け止めているつもりです。
自分は母とは違うと思うことでも、新たな自尊心を育てています。

姐さんの言葉には、やっぱりお母さんへの愛が滲んでますよね。
「お母さん、こんなにがんばってくれてたんだな」なんてわかる日は一生来ない。
子供のことがどうでもいい親は本当にいるんですよ。がんばってない親も本当にいるんです。
でも毒親は自分は良い親だって本気で思ってるんですよね。だから分かり合える日は来ないんです。
感謝できる所がないから、せめて産んでくれたことは感謝しなきゃと思っていましたが、それも辞めました。
子育てに悩み苦しみ人に相談したり、がんばってくれたお母さんは毒親ではありません。大事にしてあげてください。

姐さんは捨てろと言っていますが、最初から捨てられていたのはこちらの方です。
大好きだったんですよ、そんなでも。恨む前は、憎む前は大好きだったんです。
もしも愛してくれるなら、今からでも愛されたいです。
愛せないものは通り過ぎよ
捉え方の違いだと、分かってはいても中々突き刺さる言葉です。

色んな毒親がいます。苦しみも様々です。この記事を読んで上を向く人も下を向く人もいると思います。
姐さんが語りかけている<あなた>様が苦しみから解放されていることを祈ります。
そして、毒親に苦しんでいる皆様が心穏やかに過ごせますように。
駄文失礼しました。
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royさんへ
この記事でただでさえ辛い気持ちをさらにお辛くさせてしまったとしたら、本当に申し訳なかったと思います。

通り過ぎた先でどう生きるのか、何をもって愛や思いやりやいたわりとするのかを、選ぶのは「自分」だと思います。

わたしに母親への愛情があるとしたら「あなたもわたしも、必ず死ぬ」という絶対的な前提の前での連帯感から生まれるものかもしれません。

至らない言葉で傷つけてしまったとしたらお詫びのしようもありません。にもかかわらずお気持ちを真摯に書き込んでくださったこと本当にありがたく嬉しく思います。

royさんがずっと光に満ちた明るい世界で過ごされるよう心から祈ります。
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姐さんは、厳しく強く、そして優しい。
私は、そう思います。


Re: HN変えます
ようこそ、ようこそ!

気が向いたら気軽にコメントをつけてください。
これからもよろしくお願い致します。
今、自分がどの段階にいるかで姐さまのことばの受け取り方に違いは出ますよね…

私は自分が初めて子を授かった時から親との関係に気づき苦しみもがきましたが、いちばんつらい時期は乗り越えましたので、ほとんどの部分がすっと入ってきました。

ただ…感謝できる域には達していません。「決別による親孝行」という選択をしたのでw、一年弱交流していません。

十数年間の努力のあと「死に別れても後悔しない」という覚悟のもとに出した結論ですので、決別は残念だとは思うものの、自分を責めたり恥じるのは、やめました。私にできる精いっぱいをやっているのだからそれでいいのだ、と納得しています。

毒親との関係に苦しむ最中のみなさまは、親への怒り・絶望・憎しみに圧倒され、それでも愛を求めてしまう気持ちを捨てられず、とにかく心乱されてしまうと思います。当然です…誰にも止める権利は無い。
味わい尽くして、もしその時が来たら、一歩進めばよいと思います。これまで生きてきたことを誇りに思って欲しいです。

私も、自分のペースで前進します。

そうだったんだ
手相見姐さま、みなさまこんにちは。

この記事、前にも拝見して、少し違和感が残っていました。
今回はもう一度読んで前よりも違和感が少し減ったけど、まだ残っている。
なぜかなぁ、と漠然と思っておりました。

royさんのコメントを読んで、涙が溢れてきました。
そういうことだったんだなぁ、と。
私自身は、とても愛され、恵まれて育ったと自覚しております。
私の両親は毒親ではありません(本人は毒親ではないかととても心配
しているようですが)。

愛せないものは通り過ぎる、これはしっかりと自律できるもの
にしかできないとても難しいことだと思います。
それでも、あぁ、とおりすぎても良いんだ、そんな自分を許してあげても
いいんだな、と思うことで少し軽い気持ちになれるとも思います。

なぜこんなことを突然書き込む気になったか。
私は母が毒親達に悩まされていたことを小さなころからずっと、ずうっと
肌で感じて、見て、よくわからなくなったり、そしてともに受け止めようと
してきたからだと思います。
自分は捨てられている、だから自分も通り過ぎることができたらどれだけ
楽だろう!そこへ行きつくまでにとってもとっても精神と時間と、様々な
ものを費やしてきた。愛された、受け止めてもらえたわずかな記憶がある
からこそ、通り過ぎることを考えついてたどり着く、そんな自分を許しても
いいのかもしれないと思うことができるんだと思います。
姐さまが文字で起こしていらっしゃるのを読んで、またroyさんのコメントを
読んで、まさにそんな風に歩んで来た母を想い、だからこその今があると
思いました。

今の母の様子を考えると、様々なことに感謝せずにはいられません。
どうしてあんなに辛い状況だったのに、こんな風にしなやかに、したたかに
生きてこられたのか。やはりわずかに残っている大切な記憶があるから、
そして大切な想いを大事にしてちゃんと前を向いて歩いているから、今を
感謝して生きていられる。

すみません、勢いでわからないことを長々と書いてしまいました。

愛せないものは通り過ぎる。
「そんなことができればこんなに苦しんだりしなかったわよ!でも、今は
幸せを感じているからもういいの。後悔しないように、自分に恥ずかしく
ないようにちゃんと生きていればいいんだから。それはあの人
たちにはできなくて、理解もできないことなんだから。かわいそうな人
たちだったよね。結局は全部自分に還ってくる。」
すこしでも気にしてくれていることがわかるなら、今でも感じたいと思って
いると思います。

長文・駄文、失礼いたしました。

「通り過ぎる」のが人生です
人は、うまれてきたら必ず死にます。
それだけが全員に平等なたったひとつの「条件」です。

その限りある命の中で何を思いどう動くのか、選ぶのは「あなた」です。

主導権を過去や恨みに手渡してはなりません。
「あなた」が決めるべきことなんです。
「幸せになる」と決意するところから、すべては始まるのではないでしょうか。
たしかにそうですね
通り過ぎるのが人生、そうですよね。

私も、母も、幸せになると決めて前を向いて生きている。
そうした後からのいろんな気づきや(もちろん苦しいことも
いっぱいありましたが;苦笑)大切な出会い、別れもありました。

何よりも、自分が幸せで、大切な時を過ごしている。これからも
幸せになるのだ、と強く想ってすごすことはすべてにつながっている
のだとおもいます。

うまくお伝えできなくてすみません。
でも、ありがとうございます。
本当に、ありがとうございます。
姐さん、ご返信頂いて、すいません。ありがとうございます。

言葉の、捉え方の違いなんです。分かっているんです。
時計の針さんと同じで、8歳で気付きがあり母と心の距離を置きました。
サバイバル、まさにそうでした。
「生まれたもん勝ち」という思いを常に胸に抱き、何度絶望しても這い上がってきたつもりです。
生き残った、という自負もある。前向きで快活、それが私のイメージでした。
でも、強いと思っていた自分はなんて脆く弱く惨めな存在だろうと知ってしまったんです。
無条件に愛される我が子の姿は、私のアイデンティティを崩壊させました。
今の私は産まれたばかりの赤ん坊のように、誰かの愛がなければ生きていけません。
愛されるということ、愛するということを本当の意味で知っていきたい。
我が子を心から愛しみ育てていきたい。願望ですが、希望です。

あるまさん、さくさくさん。
お優しいですね。私の思いに寄り添おうとして下さった優しい言葉達に、
心がぽかぽかあたたかくなりました。ありがとうございます。
私も、さくさくさんのお母さんのようになりたいです。

毒親、私の永遠のテーマになりそうで、分からないことも多く、
気持ちをぶつけてしまいました。ごめんなさい。
ありがとうございました。ROMに戻ります。
royさん

気持ち悪いかもしれませんが、私は今、royさんのことを抱きしめたい気持ちでいっぱいです。飛んでいけたらいいのに。本当にそう思います。

頑張ってきたんだよ、強がるしかなかっただけなんだよ。甘えたかったけど、甘えられなかったんだから当然だよ。
弱くて脆くても、惨めなんかじゃない。強くなるのが難しい環境だったんだもの。誰かに守ってもらえて自信が持てる。何もない自分を受け入れられることで強くなれる。なのに、そうじゃなかった・・・いちばん守ってほしい時に、いちばん必要なときに、いちばん大好きなひとが、唯一全身で頼れるはずの人が、あなたを守ってくれなかったんだから。

ある大切な友だちとのやりとりで、私はこう言ってもらい、号泣しました。

私もroyさんと同じだったんです。
自分は強いと思っていたけれど、それは外向きの姿であり、自分自身を騙すほど強力な思い込みでした。本当はいつでも誰かに頼りたくてたまらない、脆く弱い人間だった。30近くなって、初めて気づきました。

子育ても、苦労しました・・・今でも難しいことはいっぱい。
でも、私みたいな親でも我が子は大好きだよって言ってくれるんですよね。
(思春期は難しいですけどねw)
私自身、あんな毒親でも愛し、愛されたいと願っていたように、弱くてダメな私を大好きって言ってくれる。
これって、無条件の愛以外の何物でもないんだって思うのです。

だからroyさんも私も、子どもたちをありのままに受け入れることで「見返りを求めずに愛する喜び」を知ることができると思います。子育てを通して、自分の過去が癒されていく、そう感じています。

いつかさくさくさんのお母さまのようになりたい。私もそう思います!
「大変なのに頑張ってくれてありがとう」そんな風に思ってもらえたら、ほんとに幸せです。
そして、そうなれるかもしれないと、さくさくさんのおかげで思えるようになりました。ありがとうございます。

前を向いて歩き続ければ、きっと大丈夫。

私は本気でroyさんを応援します!さくさくさんも、姐さまも、ほかの皆さんもそうだし… royさんの身の周りにはきっと、そういう人がたくさんいますよ!いろんな人の愛情や思いやりのかけらをいっぱい集めてエナジーチャージしていきましょうヽ(*´∀`)ノ

長文失礼いたしました。
ありがとうございます
姐様こんばんは。

こちらの記事を初めて拝見した時には胸にぐさりと突き刺さるものがありました。
それからというもの、姐様のこちらの記事の言葉が頭を離れません。

親の問題を引き受けてしまった自分に気付いた後、長い長い時間をかけて世界の果てまでぐるっと一回りして再度スタートラインに立っている自分を意識しています。
姐様の言葉は私にとってそれを再確認する言葉でした。

どんな親を持っていようとも、自分の人生の現状は自らが選択した結果でありそれを引き受けなければならないという当たり前のこと、それを分かりやすい言葉で改めて悟らせて下さる姐様は、本当に素晴らしい方だと思います。

心からの感謝を捧げます。
ありがとうございます。
No title
姐様、はじめまして。いつもブログを興味深く拝読しております。

私の親も毒親なのだろうと思います。
「お前みたいな出来の悪い子は私の子供じゃない」
「お前は間違って生まれてきた。お前みたいなのが生まれてくるはずじゃなかった」
などと言われたことは一度や二度ではありません。
特に容姿についてはひどい言われようで、比較的家にいる時間が長かった小学校高学年になる頃まで
「お前はブス」と面と向かって毎日言われ
「うぅー」と震えながら二の腕をさすり寒がるジェスチャーまでされていました。

親はどんな子供だって可愛い、と聞きますが
私は親が震えるくらい醜いのだから、とにかく周囲の人に迷惑をかけないようにと思い
人の顔色をうかがい自分の感情を殺し人に合わせるようにしてきました。
それでもクラスメイトにいじめられ、学校の先生にいじめられ、
習い事の先生にいじめられ、アルバイト先でいじめられ、
やっと学校を卒業して何とか就職した会社でもいじめられています。
そして私のやり方が間違っているとこの年になりやっと気付きました。
あいつには何をしてもいい、と周囲の人から思われていたのだと思います。

>たかが人間、たかが親の愛ひとつ足りないだけで、どうして他のすべてを無価値であるかのように扱うの?
確かに私に優しくしてくれた人もいますし、ささやかだけど楽しかった思い出もあります。
でも親の愛というものはパソコンでいえばOSだとも思うんです。ソフトを入れてもOSが壊れていたら誤作動を起こします。
親との関係の中で、人に対する信頼感や健全な自尊心が育っていないと、何をしても空回りな気がします。
どうすれば人に対する信頼感や健全な自尊心を自分一人で育てられるのでしょうか。
私もいじめられて辛かったけど、周囲の人も私を持て余していたと思います。
人間関係で傷つき、周囲の人に迷惑をかけてやっと小さなことに気付けました。
これからもそれを繰り返すのかと思うと、途方もない気持ちになります。

私は何が好きで何が嫌いとかもよくわかりません。
たまに「いいなぁ」と思うものがあっても素敵なものは私に似合わない気がして手を伸ばせませんでした。
こんな私ですが、ソチ五輪の浅田真央選手のフリーの演技を見て泣いてしまいました。
涙がこぼれてきたとき、とても戸惑いました。
私はフィギュアのことをよく知らないし、私に真央ちゃんの良さがわかるのだろうか、と思いました。
それでも、真央ちゃんは圧倒的に美しくて強くて格好良く見えて、涙が止まりませんでした。

姐様の文章で多くの方が救われていると思います。
それに水を差すコメントだと思われる方がいたら申し訳なく思います。
いつか姐様の言葉が腹に落ちる日が来ることを希望に生きていきます。
駄文失礼しました。
リンゴの木さんへ
こんにちは。コメントありがとうございます。

お気持ちを書いてくださってどうもありがとうね。
あたしの書いたことが正解という保証はどこにもありません。
あなたの心に響かないのであれば、それだけのことなんです。無視してください。

けれどもこうしてお気持ちを書いてくださった、それは「あなた」をシェアするとても大きなこのブログへの貢献であり、同じような気持ちを持つ人へのすばらしいギフトです。ありがとう。

あたしは、親の愛はOSだけれど、もっと大事なのはそれが動作するハードウェア、つまりは「あなた」自身の思い、決意のほうだと思います。

「もういわれなくいじめられるのはいやだ」と本当に決意すること、自分で「決める」ことが安らぎと平和に満ちた日々の暮らしへの第一歩になると思います。

真央ちゃんの演技で涙したのは、あまりにも理不尽かつ不当な四面楚歌の中で「それでも」絶対に一歩も引かず、自分の志に殉じて「自分の演技」を決めていったその思いに心打たれたからではないでしょうか。
あの美しさも強さも尋常一様なことでは実現不可能な高みにまで浅田選手はあのときいました。

彼女の演技に涙した人は、自分の中にあれと同質の美しく輝くものがあるのですよ。
だから共鳴したのです。だから彼女と一緒に泣けたのです。

リンゴの木さんも、あそこまでは輝けるというひとつの到達点だと信じます。

あたしの未熟さゆえに、お気持ちを傷つけてしまったり、あるいはお役に立てていないことをお詫びします。
リンゴの木さんの心に平安が訪れますように。
リンゴの木さんへ
お辛い気持ちを抱えて大変であったと思います。
ただ、どうしても言わせて頂きたいです。

親の愛がOSって、それは健全な親子関係であったらそうかもね、
位に思っておいた方が良いと思いますよ。

歪んだ関係でしたら、それはもうOSではなくて初期不良と。
だから、後から幾らでも直せる、と決意された方が自然ではないでしょうか。
そして、初期不良を直せる工場は、親元ではなくて別所にある、と。
そういう工場は自分の中にもあるんだぞ、と。

親との関係で人生の全てが決まってしまうような、そういう印象を受ける
書き込みなので、他人事ながら大いに口を挟みたくなりました。
自分の人生は自分で決める、自分が歩んでいくんだ、と考え直さないと、
ずっと場当たり的に人の悪意により右往左往していくと思いますよ。
しっかりしないと!!
優しい人ばかりじゃないし、悪い人じゃないけど相性が悪い、ていう人も居る。
だから、自分がしっかりして自分を守り、自分を癒してあげて、自分を
大事にして生きて行きましょうよ。
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KNさんへ
コメントありがとうございます。

大変な中でよくがんばってこられましたね。すっごく大変な中で一所懸命尽くされてきましたね。
十分すぎるほどがんばってらっしゃいます。どちらか片方だけだってけっこうな重荷なのによく投げ出さずにこらえましたね。

人に期待していると必ず裏切られます。嬉しい驚きはありがたいけど、時にはとても辛い気持ちを感じさせられることもあります。それでもそれも経験です。

がんばっている自分を誇ってください。KNさんが心を尽くし、思いを傾けて誰かを大切になさっている現状は、あなた自身の財産となってあなたをより強く鍛えてくれていると思います。

このブログでよかったらいつでもお気持ちを書いてください。毎回お返事できるかはお約束できませんが、姐さんはすべてのコメントを必ず読み、それぞれに感謝しています。

大変な中、お気持ちを聞かせてくださって本当にありがとう。時にはホッとできる時間が持てるといいですね。

あなたが日々訪れる夢の世界が光で満たされているように祈ります。
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姐様、さとこ様、ありがとうございます
姐様、さとこ様、お忙しい中、コメントありがとうございます。
拝読して泣いてしまいました。
見ず知らずの私を気にかけ、時間を割いて温かい言葉を下さって感謝しかありません。


姐様へ
お願いですから謝らないで下さい。姐様は悪くありません。

>「もういわれなくいじめられるのはいやだ」と本当に決意すること、自分で「決める」ことが安らぎと平和に満ちた日々の暮らしへの第一歩になると思います。
行く先々でいじめられる度に「親に嫌われるくらいだから、どこに行っても嫌われるだろうな」と思っていました。
人の顔色をうかがうことに精一杯で自分の意思を持つことをしていませんでした。
でも「いじめられるのはいやだ」って自分で決意していいのだと気付きました。

>彼女の演技に涙した人は、自分の中にあれと同質の美しく輝くものがあるのですよ。
真央ちゃんと同じものがあるなんて畏れ多いと思ってしまいましたけど、
姐様は全ての人に美しく輝くものがある、とおっしゃりたいのだろうと思いました。
真央ちゃんみたいに輝くには想像を絶する努力が必要でしょうけど「私にも真央ちゃんと同じものがある」と思うと心に力が湧いてきます。
私は自分をダメだと思っていたけど「真央ちゃんと同じもの」をダメだと思いたくありません。
ソチ五輪をきっかけに真央ちゃんに興味を持つようになり、このブログに辿り着きました。
真央ちゃんは知れば知るほど凄い人だと思います。姐様と真央ちゃんに感謝しています。


さとこ様へ
>親との関係で人生の全てが決まってしまうような、そういう印象を受ける
書き込みなので、他人事ながら大いに口を挟みたくなりました。
この言葉にはっとしました。そして子供のころ親を「無力な人」と感じていたことを思い出しました。
私の親はことあるごとに「Aちゃんはお前と違って勉強が出来る」
「Bちゃんみたいにお前も足が速ければよかったのに」などと私と他の子を比較していました。
私は親の期待に応えられない罪悪感と同時に親を「無力な人」だな、とも感じていました。
私が仮にAちゃんやBちゃんみたいになっても親は満足しないだろう、
親は何にも満足しない、自分で幸せを感じられない「無力な人」なのだと思っていました。
(当時、口に出したら殴られると思ったので黙っていました。)
でも客観的にみたら私も親と同じ「無力な人」になっていたのだと思います。
親が毒だったとしても、自分の人生を自分で決める力まで無くしたわけではないですよね。
気付かせていただき感謝しています。
りんごの木さんへ
自分が大した目にあったわけでもないのに、お辛い気持ちの方にえらそうに上から目線で発言して、申し訳ありませんでした。
ご気分を悪くされたのでは、と反省しております。

私は大人になってから時々虐めに遭うんですね。
自分は絶対に人に悪い事をしない、と決めていて、しかも喧嘩が嫌なので、
我慢ばかりして、ただのお人好しになっていたのです。
学生時代は優等生でしたので、嫌な目には殆どあってこなかったんです。
だから喧嘩慣れしてなくて、嫌な人への対処が下手です。

最近やっとその事に気づきまして、人に対する態度を変えよう、それには
自分が変らないと、と思ったんです。

人に悪い事をしない、できるだけ親切に、は良い事だと思いますが、
同時に自分にも優しく親切にしないと駄目だと。

それなので、上にあった姐さんの書き込みは、本当に自分への言葉のようでした。

一度に、いっぺんに行動を変えるのは中々大変ですけど、訓練で少しづつ
良くしていこうと思ってます。
お互い頑張りましょう。
さとこ様へ
さとこ様もお願いですから謝らないで下さい。
毒親に悩んでいる人に言葉をかけるのは難しいことだと思います。
それでも、さとこ様や姐様をはじめ勇気をもって言葉を下さる方達がいることは本当にありがたいことです。

私も頑張ります。ありがとうございました。
心ひとつ
生きている限り、「自分自身」と縁を切ることはできません。
自分が何を思い、どのように考え、どういう存在でいたいのか、決めるのは自分だし、選ぶのも自分です。
未来は明るく変えられると信じて、わたし自身も日々励んでいるつもりです。

皆さんがお気持ちを書き込んでシェアしてくださったことに感謝します。
ありがとうございます。
ありがとうございます
皆様、姐さま こんにちは

royさん、あるまさん、ありがとうございます。
勿体ないお言葉を頂いてしまいまして…
皆さまのコメントを読んで、とっても自己中な気持ちで
書いていたんだなぁ、と反省しました。
それでも、私の拙いコメントから少しでも前向きな気持ちを
感じ取っていただいた方々がいらっしゃるのは本当に勿体なく
もありがたいことだと思います。

いろんな気持ちに気が付いたり、前向きでいることを忘れなかったり、
素敵な気持ちを感じ取ろうとしていると、自然に口角が上がってきて
いることに最近気づきました(鈍い?笑)
暖かい皆様は、きっと素敵な方たちなんだと思います。
私もきらきらと輝けるようにいろんなことを磨きたいと思います。
(まずはお掃除から、ですが…)

お礼を言いたくてもう一度コメントさせていただきました。
改めて、ありがとうございます。

それでは、失礼いたしました。
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Re: 申し訳ありませんでした
ルカさんへ

????? コメントの削除はしていないですよ???
姐さんがコメントを削除するのは、皆さんに見える公開形式のコメントにメールアドレスの入力があったときだけです。
あとはご本人からお申し出をいただいたとき。

なんだろう???
手相見姐さんへ
あらためてはじめまして、ルカと申します。
わざわざご返信ありがとうございます。
コメント、もしかしたらちゃんと送信できていなかったのかもしれません、もしかしたら自身が被虐待児であるという自分語りのような文が削除理由に該当したのかも…と勘違いして焦ってしまいました!
もしかしたらFC2さんのほう自体でのNGワードなどがあったのかもしれないです。

以前から、フィギュアスケートファンとしてブログを読ませていただいておりまして、昨日この記事を読み、涙がとまらなくなって思わず初めてコメントをしたのです。
もう一度おんなじことを書くのもあれなので私の体験は割愛しますが、この記事にとても救われた気持ちになりました。
今は親族とは完全に縁を切り連絡も取れないようにして、単身で趣味を満喫して楽しく人生を送っています。
それを変に言う人もいますが、いろいろなことにもっと自信を持っていこうという気持ちになれたので、手相見姐さんへの感謝の気持ちをコメントさせていただきました。
削除と勘違いしてあわててしまったところへ、わざわざご返信いただきましてすみません!ありがとうございました!
ルカさんへ
せっかくコメントをつけてくださったのに消えてしまったのは残念です。
ご迷惑をかけてしまって本当に申し訳ありませんでした。
姐さんはコメントを消す時は消す理由と、消した事実を皆さんにお伝えするようにしています。今回はルカさんのコメントそのものがなぜか入っていなかったので、何らかの理由が他にあったのではないかと思うんです。
ごめんなさいね。

親からの虐待はあってはならないことであるにもかかわらず、実は非常に増えています。それが虐待だと気づかぬまま現実認識を歪ませて言動に問題が起きてしまうことも多々あります。またそれらの事実を知らずに、あるいは認めたくないがゆえに、親には従えとか親には感謝しろと強要してくるセカンドレイプも後を絶ちません。非常に残念なことです。

姐さんは親からの虐待を受けた人が、どうか「にもかかわらず」あるいは「それゆえにこそ」本来の明るさや伸びやかさ、輝きを失うことなく活き活きと健康な自尊心を育てていけるように願ってやみません。

むかし、ルカという題名の歌がありました。副題が事件、という歌で、虐待を受けた子供が親をかばって嘘をつく内容だったと覚えています。なんでもないんだ、このアザもなんでもないんだ、というような。
あなたのハンドルネームを見たときにすぐその歌を思い出しました。

まず虐待の事実があったことを認めることです。そして自分にはどうにもできなかった無力さを受け入れて、でも、現在はそれらを少しずつでもいいから乗り越えていけるのだと、もう左右されたくないのだと「決める」ことです。そうやって姐さんも自分を育ててきて、今でも苦闘し続けています。

お気持ちが全部わかるとはとうてい言えません。でも、ルカさんのこれからが光あふれるものであるように祈ります。

また気軽にコメントをつけてくださいね。気が向いたときでけっこうです。こちらこそありがとうございました。
手相見姐さんへ
お返事ありがとうございます。そして曲を探して聴いてみて、驚きました。
ヒットした年のころは、まさに私が、周りに歌詞と同じように言っていた時期です。
姐さんはブログタイトルどおり本当に驚かせてくださる…!!と思いました。
私は実家を出てからの13年間ずっと、お役所などの場以外では、名前は、ルカと名乗っています。
郵便物なども、この名前(苗字もあります)宛で、届くようにしてあるくらいずっと大事にしている名前です。
親族と縁を切るときにじつは姓名も変えたかったのですが、それは弁護士の先生から、ちょっと無理だろうといわれてしまいましたが…。
由来は私が命を救われた病院の名前からなのですが、自分で決めた、この名前との不思議な縁を感じました。
私は趣味で、自宅録音ですが、歌を歌っています。今度この曲をカバーしてみたいと強く思いました。
曲と出会わせていただいてありがとうございます!
これからもいろいろなブログ記事楽しみにしています。
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Kさんへ
コメントありがとうございます。

あなたに安らぎが訪れていきいきと幸せに生きていかれるように祈ります。

立ち上がるかどうかを決めるのも「自分」ですよね。そしてそれは大いなる恵みだと思います。

あなたの力が出し切れますように。
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この文章を書いた人が好き
マゾなの?死ぬの?
特にここ!(笑)


私も毒親に育てられて、はけ口になってきたので。。
朝からグッときました。
ありがとう。
Re: この文章を書いた人が好き
Meemi さん、コメントありがとうございます。

> マゾなの?死ぬの?
> 特にここ!(笑)

そう!鋭くていらっしゃる。一番のポイントです。「ど変態はやめませう」キャンペーン展開中です。

> 私も毒親に育てられて、はけ口になってきたので。。
> 朝からグッときました。
> ありがとう。

どういたしまして。いまだに苦しみ続けている姐さんも、「よく生きよう」と「思う」ことはできるのです。
そして「決める」ことからきっとすべてが始まるだろうと。

では、ごほん。Meemiさんに光あれ~えいえい~
もうひとりの自分
凄いコメント数ですね。
同じように苦しんで生きている方が多いということでしょう。

私も毒親になってしまったのでは・・と日々悶々としたりしています(子どもにキツク当たると日々、心臓が痛いのです)

今秋トレッキング中、2000メートルの森林限界を超えて、突然ダケカンバ林に入る珍しいルートを歩いていました。

スーッと霧が侵入してきて、湿度が上がって気持ちがいいな・・と思っていたら
自分の中の「善人」が、上半身特に心臓あたりに湧き上がってくるのを感じました。

その「善人」は、もう一人の私らしいとはっきり感じられ「あなは頑張っている」と言うのです。

もう、びっくりしました。

全く無意識で歩いていたから、特に。
初めて出会う不思議な感覚。
人生で初めての体験でした。

話は違いますが、私も姐さんの言う通り
洗濯を干せば「すごい私、忙しいのに洗濯干せたイェーイ!!」てな、言葉に出して自分を褒め褒めこの十五年間やってきました。

言葉に出すと、頭で思うより100倍エンパワーメントしますね。

Re: もうひとりの自分
kibakoさん、コメントありがとうございます。

この記事を掲載してから3年たちますが、いまだにご新規のコメントがつくあたり、ご指摘の通り苦しんでいる人が多いのだろうと思います。わたしもそのひとりです。でした、とキッパリ言えないのがアレなんですが。

kibakoさんが山中で出会われた声の持ち主には、きっと死後に再会なさるのではないでしょうか。

人は死ぬとただちにあらゆる欲求と直面し、ほとんどすべてがかないます。
唯一「自分の人生をなかったこと」にだけはできません。
自分自身でありながら完全な第三者である、異なる個性と人格を持ち、仮借ないまでに公正な存在と一緒にすべてを再体験するのです。このとき恐ろしいのは「かかわりあったすべての人の思いがダイレクトにわかってしまう」ことなんです。
これはキツいですよ、ものすごく。

たとえばキム・ヨナはあらゆる試合で「不正だ」「ひどい」「マレー熊」と思われている、その思いがすべて流れ込む。数億人規模で「おかしい、おかしい」と思われていたことがリアルな経験としてわかってしまう。

逆に真央ちゃんはあらゆる局面で「素敵だ」「かわいい」「立派だ」「大好きだ」「フェアネスそのものだ」「真央ちゃん、ありがとう」と思われていた、その思いが流れ込む。

これから逃げることはできません。

そしてたいていは後悔と感謝のふたつを抱いて「どうしますか」の問いかけに「もう一度人間に生まれたい」と選び直す。

われわれは自分で思うほど孤独でもないし孤立してもいないのです。みんなつながっている。そのつながりの全容は生きている間はいろいろな制限によって断絶しているようにしか感じられない。

さとりをひらいた人、光明を得た人が全員いうのが「世界はつながっている」「世界は美しい」「生きていることは甘美なことだ」という「その感覚」は、失われている一体感の再確認の結果です。

そして言葉というのは神ともっとも直接的にかかわれるツールです。神に語り掛けるように自分に向かって実際に音を発する、言葉をかけるのは本当に有効です。

誰に向けたものであっても、愛情、感謝、歓喜、敬意、共感、憐憫などなどは内なる神の発動に他ならないからです。

自分で自分をほめほめしたって誰にも迷惑はかかりません。存分にやりましょう。

素晴らしいコメントをありがとうございました。
Re: もうひとりの自分
kibakoさん

大事なことを書き漏らしていました。

> 私も毒親になってしまったのでは・・と日々悶々としたりしています(子どもにキツク当たると日々、心臓が痛いのです)

そのままをお子さんに伝えてあげてください。
「さっき、お母さんとってもキツい言葉で叱ってしまった。悪かったと思っている。ごめんね」と。

こどもは、お母さんのおなかと心と言葉が一致していれば、安心します。たとえ怒っていても、お母さん自身が「わたしは怒っている」と認めていれば大丈夫です。安定します。

一番やってはいけないのは自分の利益を優先しているのに「あなたのためなのよ」と嘘をつくことです。こどもは一瞬で「お母さんは世間体を優先している」と見抜きます。

いっそのこと「世間に恥ずかしいからちゃんとしておくれ」とそのまま言うほうがいいのです。

反省できる人は大丈夫です。

「もっと優しく、丁寧な言葉や態度で接したいと思っているの、ついキツくなってごめんね」と言ってあげてください。そして「どうしてほしいか」をちゃんと話してください。子供は必ず協力してくれます。

子供は親を超えるために生まれてきます。kibakoさんのいいところとkibaダーのいいところを併せ持つ最強のハイブリッドです。

合言葉は「スマイル!」ですよ。
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