アサヒ芸能さんの追悼記事「アサ芸記者さんと匡子ママ」(こじかえさん編)

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2014/01/17 こじかえさん

アサ芸記者さんと匡子ママ 1

姐さま、皆様、こんばんは。
思い出したんです!!
アサヒ芸能さん真央ちゃんのお母様がお亡くなりになった時に、温かい記事を書いて下さってました。
今回の記事は、この記者さんが書いたのでは?

匡子ママはこの記者さんには、心を許して本音を語ってたんですよね。
ググったら見つかったので、3回に分けて投稿しますね。


浅田真央 母が残した「娘への遺言」(1)娘には好きなことをやらせたい
2012年1月2日

最愛の母・匡子(きょうこ)さんが急逝。その悲しみをこらえて、浅田真央は12月23日からの全日本フィギュア選手権でリンクに立つ。実は、本誌記者は匡子さんとは家族ぐるみで6年来の親交があった。追悼の意を込め、生前に語っていた娘に託した思いの数々をあらためて振り返る。

それは突然の訃報だった。12月9日、肝硬変のため、浅田真央(21)の実母である匡きょう子こさんが急逝したのである。享年48。あまりにも早すぎる死だった。「一卵性親子」と言われたほど、真央を溺愛し、世界一のフィギュアスケート選手に育て上げた。しかし、匡子さん本人が表に出てくることはなかった。その陰には、全身全霊をかけて、2人の娘に愛情を注いできた母親の姿がかいま見える。

「娘たちには事あるごとに言ってきたの。世の中には、好きなことをやれる子ばかりじゃないと。勉強との両立はもちろん、家庭の事情で自分でお金を稼がなきゃいけない子も、病気やケガで思うように動けない子もいる。だから、スケートができることを当たり前に思っちゃいけないって」

5歳から姉・舞の影響で、スケートを始めた真央は、名門・名東フィギュアスケートクラブに入会。匡子さんは、真央が厳しいスケートの練習にくじけそうな時は、できるかぎりの言葉を尽くして、励ましていたという。
匡子さんにとって「家族」とはかけがえのない存在だった。それだけに、時には激しい言葉も口をつくことがあった。それには匡子さんの家庭環境が大きく関係していたという。
ある時には、こんな話をしたこともあった。

「私自身が、12歳の時に父を亡くし、20歳の時に母を亡くして、姉と2人で苦労したから。その分、娘たちには好きなことをやらせてあげたいという気持ちが強いのかもしれない」
だが、真央が活躍するにつれ、一流アスリートを育てた母親に対する関心も高まっていった。さながら、「ステージママ」のように報じられることもあったが、そういった報道も一笑に付していた。

「マスコミに『浅田の母親はショーママ』だとか、『子離れできない』って書かれるけど、おもしろいよね。まったく表に出たくないし、出てないのに。先生にお任せしているけど、力のある先生は何人も選手を掛け持ちしてるから、不在の時は私が見るしかないじゃない。だって今までずっと見てきたんだもの。子離れできないって、じゃあ誰が送り迎えして、誰が食事を作るのよ(笑)」

いつも、ユーモアがあって、最後にはこちらを笑わせてくれる。そんなアッケラカンとした一面に、家族も何度となく救われたに違いない。


浅田真央 母が残した「娘への遺言」(2)成長する娘を温かく見守った
2012年1月4日

電話では、2カ月に1度のペースで話す機会があった。

「元気~? 今回もアサ芸用のネタはないけど(笑)」

電話はよく、この冗談から始まった。
記者と匡子さんとの交流は、6年前に遡る。真央は「フランス杯」で優勝し、一躍時の人となった。出場年齢制限を外し、トリノ五輪に出場させるべきだと、国内外で議論が沸騰していた時期のことだった。名古屋の自宅を突撃取材した縁で、「アサヒ芸能」という“オトナの媒体”でも分け隔てなく接してくれる匡子さんと、取材ではない“非公式”の交流が、亡くなる直前まで続いていたのだ。

その後、結果的には、トリノ五輪への出場はかなわなかったが、のちに匡子さんは、このような言葉を残している。

「トリノ五輪に出ていたら、真央は金メダルを獲ったと思うの。当時は、プレッシャーが何かもわからなくピョンピョン跳んでいたし(笑)。今と違って女性の体の変化の影響も受けなかったし。でもね、あの時、出場して金メダルを獲っていたら、真央の成長は止まっていたと思う」

その言葉には、娘の成長を誰よりも楽しみにしている母親の顔が、浮かび上がる。そして、母親の愛を一身に受けた真央は、母親が喜ぶ顔が見たくて精いっぱいの演技でそれに応える。親子の絆が、わずか15歳だった少女を一躍、世界の表舞台に上げることとなったのだ。
真央が中学生当時、匡子さんは娘たちを見守る心境について、このように話していた。

「いいフィニッシュをしたら、思いっ切り抱き締めてやりたいの。運動会や、お遊戯会で、一生懸命やっている娘を見守るのと同じよ」

やがて高校生となり、真央も少しずつ大人の階段を上がっていく。

「最近は、真央もだんだんレディーになってきたから、得点発表の時に鼻をかまないように。そして、股は開かないようにって言っているのよ(笑)」

母親の言葉からは、娘に対する信頼感がうかがえるようになっていった。
 
 
浅田真央 母が残した「娘への遺言」(3)「20代の金メダルに価値がある」
2012年1月5日

だが、2010年のバンクーバー五輪が近づくにつれ、一般人だった匡子さんのストレスは増していったように感じた。組織内の権力抗争や、メディアの偏向報道など、耳をふさぎたくなるような話も聞こえてくる。そうした周囲の雑音に対しては、珍しく怒りをあらわにすることもあった。

09年10月には、電話口で激しく憤っていた。

「同じ日本という国の代表として挑んでいるのに‥‥。もし嫌なら、応援してくれなくてもいい。でも、邪魔だけはしないでほしい! 一人の娘が、一生懸命に立ち向かおうとする時に。みずからの保身や、お金稼ぎといった大人の都合を持ち込まないで!」

こうした発言も全ては娘のためだった。まさに、我が身を挺して、娘の防波堤になっていた。
そして、フィギュアスケートという競技そのものについても、今となっては「娘への遺言」とも取れるような言葉を残していた。

「孤独だよね、フィギュアって。365日の結果が4分で出てしまう。100%金メダルを獲れる保証なんてどこにもない。でもね、一日一日積み重ねてやってきたものは、結果すら超えて、真央をもっともっと魅力的なスケーターに成長させてくれると思う。10代で右も左もわからないまま金メダルを獲るよりも、苦労して苦労して、20代で獲った金メダルのほうが、何倍も価値があると思う。そして、舞も真央も、一人の女性として、いい恋をして、いい相手と結ばれて、幸せに生きてくれると、私は確信しているの」

バンクーバー五輪では、惜しくも銀メダル。それでも匡子さんは、すっきりとした様子で演技終了直後の国際電話でこう語っていた。

「五輪は、国と国の戦いということを実感した。でも、真央は自分を貫いて立ち向かって、銀メダルを獲った。本当に誇りに思っているの。リスクを背負って技術を高めていくのがスポーツの神髄。今回は、大人のスケーターになる過程。ソチ五輪で金メダルを獲って、選手として完成すると思う!」

そんな真央は母親の死を受け止めながらも、12月23日からの全日本フィギュア選手権に出場する。匡子さんの「遺言」を胸に真央は、天国の母親と“二人三脚”で舞台に大輪を咲かせるに違いない。合掌。





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日本の報道 | コメント(16) | トラックバック(0) | 2014/01/17 02:50
コメント
見守ってください
残念ながら匡子さんが憂いてらっしゃていた状況と
あまり変わらない、腐ったスケ連、メディアです。
これじゃあ、安心してお眠りください。なんて言えません。
匡子さんは、今までどうり真央ちゃんの防波堤けん灯台でいて下さい。
今、誰よりもあなたの力が必要です。
もちろん私たちも心から応援します。
ただ、あまりの日本のマスコミの、スケ連の韓国よりの姿勢に
どこの国の会社なんだ、そんなにお金が欲しいのか
なさけなくなります。
在日の方々には、そんなに母国が大事なら通名や
日本名、日本国籍を捨てて先祖から受け継いだ姓を
堂々と名乗って生きて欲しい。
匡子さん、ただ真央ちゃんは強くなったように思えます。
点数よりも満足のいく演技を、、、達観して年寄りのような発言してます。
凄いなと思うのですが、微かな諦めも感じられて悲しいです。
でも金儲けと名誉欲に取りつかれたどこかの国の踊り子より
はるかに立派な人間です。
匡子さんの子育ては大成功です。
長文失礼しました。
ソチの後きっと祝杯が上げれると確信しています。
No title
朝から涙腺が・・・
匡子ママの娘に対する思いが。

>10代で右も左もわからないまま金メダルを獲るよりも、苦労して苦労して、20代で獲った金メダルのほうが、何倍も価値があると思う。

今の真央ちゃんを見ているとその通りだなと感じます。
匡子ママの言葉には愛情がこもっている。
15歳から真央ちゃんの成長していく姿を見ていて、素敵な女性になったなといつも感じます。
あんなにあどけなかった少女が強く美しく成長し、自分の力で立ち向かっていくんだもの。
ソチでは絶対に表彰台で金メダルを手に笑っている真央ちゃんの姿が見たい。
そうでなければ世の中のあらゆるものが破滅の方向へ進んでいきそうで怖いです。
まさに真央ちゃんが救世主のような感じさえします。

世の中をよくしていくのは
世の中を変えていくものは、ひとりひとりの声だと思うわ。
みんなが行動を変えることで世界が変わっていくんだと思う。

浅田が怪我で欠場しても、たとえ台落ちしても、あたしは浅田真央は浅田真央の闘いで完全燃焼したのねと思うだけだわ。もちろん浅田が金、これが妥当よ。あたしは信じて疑わない。

そしてソチの結果がどうあろうと匡子ママの心は生き続ける。浅田の中に、あたしたちの中に。

匡子とは、人を匡(ただ)す子、という意味よ。まさに浅田真央の親にふさわしい、本当に素晴らしい人だった。

きょっこママ、あなたのお嬢さんのご活躍は、人の善き面を発動させ、人を明るく、幸せにしてくれていますよ。
採点の不正をはじめとするさまざまな異常さも、どんどんあぶりだされています。

ママさんの苦しみをそれだけで終わらせず、共有させてくださったアサヒ芸能さんに敬意を表します。
ママさんは、偉大な人でした。


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ありがとうございます
こじかえさま
よくアサヒ芸能さんは、匡子さんと懇意だったとの話は聞いてましたが、
このような事があったのですね。
おかげ様で知る事が出来ました、ありがとうございます。
姐さんも記事にして下さってありがとうございます。
泣けて泣けて仕方なかったです。

勝手ながら、常日頃匡子ママをお手本に子育てしています。
ついイライラして怒ったりした時、「匡子ママさんならどうしただろう」と考えたりしています。
残念ながらお目にかかったり、お話を伺ったりはしていませんが、
浅田舞、真央姉妹という素晴らしいお子様たちを見て、
こうかな、ああかなと考えています。
全く及ばないですが、少しでも近づけたらいいなと思っています。

匡子ママの大切な宝物の真央ちゃんが、
ソチ五輪で金メダルに輝き、祝福されるよう
皆様と一緒にがんばっていきたいです。
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No title
こじかえさん

ありがとうございます。
涙が止まらないです。
このお母様に育てられたからこその舞さん、真央ちゃんですよね。
慈愛に満ちた言葉の数々、本当に読むことが出来て嬉しいです。

姐さま

記事にしてくださり感謝です。

日本のマスコミにもちゃんと真実を伝えてくれる方がいらっしゃる、それが救いです。
号泣・・・
親は子のためなら、喜んで犠牲になれるとは、まさに、匡子お母様のことです。

トリノに出ていたら、ここまで真央ちゃんが、母国の反日増すゴミに貶められ、苦しめられ、匡子ママが
病気が悪化することもなかっただろうに。。運命を受け入れて・・
”出場して金メダルを獲っていたら、真央の成長は止まっていたと思う”なんて。。ああ、号泣です。
トリノも真央ちゃんがゴールドだったと思います。そしたら、荒カーさんも運命が変わっていただろうし。

応援してくれなくてもいいから、邪魔しないで欲しい。 本当にそうです。最後の最後まで、匡子ママを苦しめた奴ら、特に、オズラ!ミノ、関口、それにテリー化け物! まだあるけど列記できない。 全員に天罰が下り、どうせなら、落雷でも受けて欲しいわ! 地獄に流してやりたいわ!匡子ママの墓前で土下座せい!

一番悪いのは、電通でも、寒損でもない、1990年9月5日に、朝鮮半島に生を受けた悪魔の申し子!
どれだけの人を苦しめたら気が済むのだろう。本当に極悪人、人間の皮をかぶった悪魔とはこのこと。
私は生まれてこれまで、これほど人を憎み恨み、不幸になればいいと思ったことはありません。
そうできるなら、魂を悪魔にでも売ります。
真央ちゃんが、氷上のバレリーナなら、こいつは、ホラーの女王ですわ。あの目つきは、前世からの恨みを
しょったまま生まれ変わったとしか思えません。

匡子ママ、本当にありがとうございます。真央ちゃんという素晴らしい子を、この世に授けてくれて。 今度はみんなで恩返しをしなけれなりませんね!
ママは、死してなお、戦っておられる。と思います。
風は西からさんへ
こんにちは、コメントありがとうございます。

大変頼もしく感じまた嬉しく拝見いたしました。
日本が大きく変わるときは九州からという古老の言い伝えもございます。

風は西からさんの「見立て」が神意において実現されることを自分も信じて疑いません。お志に感謝します。
ありがとうございました!
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アサ芸さん、こじかえ様、姐さま、ありがとう
「同じ日本という国の代表として挑んでいるのに‥‥。もし嫌なら、応援してくれなくてもいい。でも、邪魔だけはしないでほしい! 一人の娘が、一生懸命に立ち向かおうとする時に。みずからの保身や、お金稼ぎといった大人の都合を持ち込まないで!」

「五輪は、国と国の戦いということを実感した。」

私には、お母様のこの言葉が、全てを物語っているように思えます。
噂や憶測でしか裏を読めない一般人ではなく、選手の母がこう言った、その意味の重大さ。
裏で大きな『何か』があったことの証拠に、これだけで充分なってると言えるんじゃないかと。

『戦争』の最前線に立たされたのは、大統領でも王様でもなんでもない、当時19歳の女の子。
しかも、相手は一つの国どころか様々な組織の利害関係が入り組んだ強大な闇。
それを前に、彼女は自国の後援すらも受けられなかった。
後援どころか後ろからもつつかれてる状態でしたね。
本当に、言い表せる言葉がないほど、異常な事態。

相手の戦略でことごとく闘うための牙を折られ、最後に残った諸刃の剣、たった一度でも成功させれば女性にとっては偉業の3Aを三本跳んで、プラチナメダルをもぎ取ってきた浅田真央。
そりゃあ誇りですよね、匡子さん。
誇りますよ。
こんなすげぇ19歳、他にいねぇよ。
そんな19歳を育てた匡子さん、あなたこそ日本の宝です。
わんころさまありがとうございます。
わんころさまのコメント読んで、たまらなくなって涙、
匡子ママが日本の宝の言葉がうれしくて、涙しました。
ユーロの結果を受けて、真央ちゃんはどーのという諦めた後ろ向きな感想が
転がっていて悲しいやら、むかつくやらでしたが、
わんころさんのあたたかい言葉に癒されました。
本当にどうもありがとうございました。
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私も今、ここに集う皆さんが作った動画を見て泣いてたところ(笑)
まろまろんさんの、デイリーの今野さんとお話しなさった時の記事も「うぉおお!」と思いながら拝見しました。
ここは本当に愛のやりとりに溢れた場だと思ってます。
私の方が先にまろまろんさんから頂いていたんですよ。
ありがとうございますはこちらの台詞なんです。

そして今日、動画やそれに寄せられるコメントを見ていて、ふと「あ、奇跡が起こっている」と気付きました。
顔も知らない、直接言葉を交わしたこともない、見ず知らずの何百人、何千人が、同じ方を向いて立ち上がっている。
普段は私達が望む奇跡=ソチでの真央ちゃん優勝、アレの不正全バレって思いがちですが、これってもう、奇跡じゃん!と思いました。
そして次にすぐ「ありがとうございます、神様」って心に浮かびました。

神様にはお願いではなくお礼を、というのは、頭ではわかっているものの、なかなかナチュラルに実践できなくて、私を守ってくださっている存在にもついついワガママを言ってしまうことが多い私です。
でも今日は自然に「ありがとう」という思いが湧きました。
これは私が自力で気付いた事ではなく、動画を作ってくださった方や、そこにコメントを寄せた方々によって気付かされたこと。
私達は『生きてる』んじゃなくて『生かされている』という姐さまのお言葉を思い出します。

この繋がりを作ってくれた、真央ちゃんや姐さま、ここに書き込みをなさる沢山の方々。
この出会いに感謝し、ナチュラルにお礼を言うことが出来たので、今日はいい日でした(笑)
そして私のこのコメントを引き出してくださったまろまろんさんにも感謝☆愛を込めて◎
きょっこママの遺言
「10代で金メダル取っていたら、成長しなかった」

「オリンピックは国と国との戦争」

「リスクを背負って技術を高めていくのがスポーツの神髄。今回は、大人のスケーターになる過程。ソチ五輪で金メダルを獲って、選手として完成すると思う!」

これって、きょっこママの遺言。予言だな。

日本の母は、国の様子、冷静な現状分析が出来ていた方が多かったと思う。
知性があって、決して前面に出ないけど、子どもを守るために行動もする強いお母さん。

子どもを守るってことは、日本を守ることだからですよね。
きょっこママ?

守るべき子どもの中には「沢庵」も入っていたと姐さんの記事を見たら震えたわ。すごすぎるわぁ・・
我が子ばかり可愛い、のちんけな母じゃないのよ。きょっこママ。

かなわないなー・・・・・




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