”私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった”

※この記事の初出は2014/9/19です。

「他人ごと」って存在するんだろうか、と思います。
フィギュアスケートの偏向報道や異様なバッシングを受けているのが、「自分」ではないのなら、見過ごしてしまっていいのだろうか。
自分が好きで応援していて、元気をもらい、勇気をもらった、尊敬すべき憧れの人が、いたずらに辛い思いをさせられるのを、見過ごしてしまっていいのだろうか。

いつも、この言葉を思い出します。

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき
マルティン・ニーメラー


ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった


「ゼロと1は違う」「生きている限りしゃべれ」「いいものはいい、おかしいものはおかしいと言おう」とこのブログで皆さんへの呼びかけを始めたときに念頭にあったのは浅田真央選手へのいわれなきバッシングとISUによる新採点システムの不正運用のことでした。

同時に、これほどに偉大な「努力の天才」のひたむきなまでの日々の研鑽とその結果としてのリンクでの高難度技術への挑戦と圧倒的な美の世界を、正しく評価できない、させない日本人というのはなんだろう、と思っていました。

「浅田真央」ほどの人を叩くのなら、かくも輝かしい偉大な人物ではない「わたし」や「あなた」など、手もなく黙らされるだろう、あっけないほど簡単に、ヒネられてしまうだろう。

「浅田真央」ほどの人の足を引っ張り続けるのなら、「わたし」や「あなた」の行く手をはばむことなど朝飯前のことだろう。

そしてひとりひとりの苦境に対して黙認、公認、推奨すらも、「日本人」はするかもしれない。
実際してきた。
「日本人」はテレビで台本通りの台詞をしゃべる、「お笑い芸人」や「コメンテイター」の言葉を、みんな信じた。目の前でいくらでも確認できる「実際の選手の演技」よりも、フィギュアスケートについて何も知らず、興味も関心も何も持たず、ただ自分の仕事として台詞を喋る「アナウンサー」の言葉を、みんな信じた。

フィギュアスケート界の生き字引、トレンドメイカー、キングメイカーのタチアナ・タラソワが言った「真央は神様からの贈り物」「わたしの夢のスケーター」「真央が一番」という言葉が一方にあったのに。

孤立無援の只中で、選手個人のがんばりだけに、すべてを託して五輪の場に送り出した。それも、二度も。

・・・それで、いいのだろうか。本当に?

今でも思い続けています。

「わたし」が生きていきやすい社会。それは同時に「あなた」の権利を保証して、「あなた」が生きていきやすい社会になるはずです。少なくとも「がんばった人が報われる社会」「努力に応じて正当に評価される社会」であるはずです。

「日本人」は、そんなにも弱く愚かで惨めな存在だったのでしょうか?日本人はそんなにも身勝手で忘恩を平気でする底の浅い存在だったのでしょうか?「浅田真央」ほどの逸材の、命がけのスケートへの愛をこんなにも長く見せられ続け、ただただ一方的に享受して「ああよかった」で終わらせてしまえるほどに?

わたしは、そうではないと思います。

真央ちゃんを愛する人全員がわたしと同じように感じるべき、とわたしは言ったことはありません。
真央ちゃんを愛する人全員がわたしと同じように動くべき、とわたしは言ったことはありません。

でも、

何もしないで終わらせてしまうこと、これほどの犯罪行為をスルーして、それでよしと「してしまえる」ことには、断固として「それはおかしい」と言わせていただこうと思います。

フィギュアスケートの採点が公正であることで、不利になる人は誰も存在しないはずです。それによって損をする人はひとりもいないはずです。もし不正によって既に利益を得ている人ではないのなら。

だから、このフェアジャッジングムーブメントには「敵」は存在していません。
その競技にかかわる人全員にプラスになる動きです。
その競技に参加する人全員にメリットがある動きです。

姐さんは、進退に関する真央ちゃんの心はもう決まっているんだろうと思います。
もしも競技に戻るのならば、そのときには公正な採点になっていてほしい。いや、公正な採点になっているよう、動いていきたいと思います。
戻らないとしても、「浅田真央」という巨大な山の渾身の努力を見続けた幾多の後輩スケーターたちが「浅田真央を越えて行くために」日々励んでいる現状、どうにかして、なんとかして、「公正な採点」にたださなければならないと非常に強く思います。
「浅田真央のように」ではないんです。「浅田真央を越えるために」みんな闘っているんです。
それが、スポーツとして正しいあり方ではないのでしょうか。

難しいことをした人が損をする競技。
ブラックボックスでいかようにも操作できる採点競技。

「こんなの全然フェアじゃない!!!!」

幾度そう思わされてきたでしょう。ただ見ているだけのファンですら腸が煮えくり返るような思いをし続けて今日まで来ました。実際にひとりでリンクに出て行く選手、点数と順位をつけられる選手たちの思いには想像を絶するものがあったと思います。
そしてそれは今もなお、実際に続けられている不正です。

ファンの妄想?そうだったらどんなによかったことでしょう。そうだったら。



真央ちゃんは、試合で優勝すると嬉しくて興奮して夜遅くまでずっとしゃべっている、と何度かインタビューで答えています。
採点競技に参加する以上、優勝したくないはずがないんです。点数を出してほしくないわけがないんです。
なのに「点数よりも自分が納得できる演技を目指す」と、言わざるを得なかった選手の気持ちを思うと、本当にたまらなくなります。

フィギュアスケートの不正を見過ごし、日の丸を背負って世界で闘ってきてくれた選手の苦境を見過ごすのなら、それはおそらく生活の場において、他のすべての不正を見過ごし、あらゆる不公平を黙認していくことになると思います。
ことはフィギュアスケートだけの問題ではないのです。

それで本当にいいのでしょうか?

「日本人」はそんなにも情けの薄い酷薄な人間ばかりなのでしょうか。
そのような人間だらけの社会にあって、未来への希望や活き活きとした輝きに満ちた明るい明日が、期待できるのでしょうか。むしろ不正と疑念とが渦巻き、互いが互いを食い殺し合う、修羅の世になってしまうのではないでしょうか。
わたしはそれを懸念します。

スケーターでなくても、
コーチでなくても、
関係者でなくても、

わたしたちファンは、選手への愛情と敬意と、そして心から応援する気持ちとで結ばれた「参加者」のひとりであるということは、胸を張って言えると思います。

無関係だと言うのなら、ISUはすべての試合を密室で行い、入場料の徴収を即時停止すべきです。
無関係だと言うのなら、JSFはすべての試合を密室で行い、全スポンサーとの契約を打ち切るべきです。
違いますか?
わたしたちは顧客です。正しい競技をと望むのは観戦する側の権利でもあるのではないでしょうか。

公益財団法人日本”ドスケベ”スケート連盟(JSF)の腐敗ぶりは、国際オリンピック委員会(ICO)とそっくりです。IOCが数十年かけてやってきたことを、JSFは数年でやらかしてしまいましたけどね。
アマチュアスポーツのはずのオリンピックが商業主義に堕落したのは「テレビ放映」で自社製品が映されること、に目をつけたアディダスと組んで広告代理店を作り、1業種1社の契約とテレビネットワークへの放映権料販売が発端でしたよね。
電通が出資したIOC御用達のマーケティング会社も長らく五輪を牛耳っている。
JSFが商業主義に傾いたのも、西武という社長のワンマン決済の大口スポンサーの業績が傾いて運営をどうしようというところで電通が食い込んで試合のショー化で金儲けに走ってからですよね。

五輪のアマチュア精神など今どこにもないように、JSFの、少なくとも名誉会長、会長、理事、幹事の間には、「責任感」や「選手の育成」や「競技の発展」があるようには「外からは見えない」です。外からは。

野辺山合宿が予算削減でなくなったことも、民営のスケートリンク消滅の危機に際してJSFではなく選手個人がそれぞれに募金活動の努力したことも、外からは不思議でなりません。まずリンクありき、まず選手ありきじゃないんですか?

そもそも、五輪で金メダルが取れる選手がいる競技なのに、ナショナルトレーニングセンターがなくて、指定リンクは中京大と関大で、間借りしてるってどういうことなんでしょう。

世界一高価なチケット代としてファンからぶんどったお金は、そしてサラ金までもぶっこんでスポンサーからせしめたお金は、一体どこに消えたんでしょう?
JSFのサイトには年間の収支明細が出ています。一見しておかしいと思われそうな穴はありません。額面上の帳尻はあっています。でも、選手の育成やリンクの運営に、いくらかでもちゃんとお金が出ているのだろうか?会長や理事への報酬以外に、ちゃんと一定額が選手に渡る仕組みができているんだろうか。外からは決してそうは見えません。

そしてJSFは質問には一切答えず、いつも「理事会で~」いつも「上に伝えます~」で逃げまくります。
きょうび、小学生だってもっとまじめに生きていますよ。もっと真剣に生きていますよ。選手に問題をブン投げて責任転嫁して言訳をさせるなんてクソみっともない真似をするくらいなら、死んで詫びると思うくらい、廉恥の思いを普通の人間なら持っています。年齢にかかわらず、クソはクソだと思いっきり証明してしまうウンコ会長なんか全日本ドスケベ連盟の中でしか重んじられていないでしょう。だってクズなんだから。

中世なんですかね、全日本ドスケベ連盟がいる時空間って。暗黒次元にこの金満腐敗団体だけがどっぷり落ち込んでいるように見えます。外からは。




スケートの質そのもの、スケートの動きそのもの、スケート本来の美と輝きとで、選手が正しく評価されること。
それは競技の未来を明るく開き、より優れた人材を集めるための第一歩であると思います。

強く正しく美しいものが、勝つ。
そのようなスポーツとして当たり前の前提すら崩壊し去って長いこの競技の、終焉に立ち会うことは非常な悲しみをもたらします。若い血は日々リンクに注がれて青春を鮮やかに燃焼させて花開くために闘っている選手は今もなお続々と挑戦を続けているというのに。


彼らが最初共産主義者を攻撃したとき
マルティン・ニーメラー


ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった


誰かが動き始めなければ、奪われた五輪金メダルは戻ってこない。そして不正採点はなおも激甚になっていく。

「全選手に公正な採点を!」

だからこそ、あらためて主張し続けたいと思います。



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日本人として生きるということ | コメント(23) | トラックバック(0) | 2015/01/11 04:39
コメント
No title
姐さん、初めてコメントいたします。
ぜひ、ブログ村にもエントリーしてください。
姐さんの思いをもっと多くの方に読んで頂きたいと・・・
心から思うのです。
こづのために声を上げた人はいなかったのか?
姐様、お久しぶりです。

このタイトルを目にして最初に脳裏に浮かんだのは、昨年の全日本のこづの姿でした。

例の五輪代表の選考に纏わる件です。

私はこづ(とアボット)のファンですが、高橋選手も大好きですし、彼の音楽との融合性は世界の宝だと思っています。そして正直、選考についても、十中八九高橋選手が選ばれるだろうと思っていました。実績や存在のインパクトから言ってもそうですし、年齢的にも、高橋選手よりこづの方がまだ先が残っているからです。

なので、結果が発表された際は、涙を拭うこづの姿に胸が潰れる想いがする一方で、「ああ、やっぱりね」「高橋くん、おめでとう」と考える余裕すらありました。

その時の私は、スケ連のコメントに何の疑問も持たずにいたのです。本当は自覚している以上にショックが大きくて、無意識のうちに心が冷静さを装っていたのかもしれません。こづが引退の可能性を仄めかした時には思わず泣きました。

その頃、姐様の記事を読んで、スケ連のコメントがいかに心無く自己保身に満ちたものだったかに気付きました。姐様が仰っていた通り「満場一致で」などと言われたら、私が彼の立場なら、自分の存在価値を全員に否定されたようで辛いですし、誰も自分のために立ち上がってくれなかったのだ、と無気力に陥ります。

こんなにこづを応援しているのに、その点に気付けなかったことが、我ながらショックでした。

私事ですが、最近、人の優しさ、自分の言葉に耳を傾けて手を差し伸べてくれる人がいることの幸せを噛みしめる出来事がありました。

あの時、こづに向けられたスケ連の心無さに気付けなかったこと、大好きな真央ちゃんが現役の間に(まだ引退していませんが…)力になれなかったことは悔やんでも悔やみきれませんが、少なくとも寄り添う意思を見せることがどれほど尊いことか知った今は、自分にできる範囲で何らかのリアクションを起こしたいと思います。

本当に、ゼロと1では全く違うのですね。
Re: こづのために声を上げた人はいなかったのか?
ししゃさんへ

コメントありがとうございます。
スケ連理事がもっとも大切にしているのは「自分の立場」です。食っていくため、利権に噛み続けていくため、自尊心を守るため、選手などいくらでも売り飛ばしますし犠牲にします。
外からはそういう姿しか見えてきません。

それが「おかしい」ことに気付いていないことが一番の問題です。人として尊敬できないクズがトップの腐敗金満集団。解体待ったなしでしょう、こんなクソ団体。

と、まっこうから言うと反発も大きいでしょうから、「こんなにおかしいんですよ」と事実を淡々と積み重ね、果たして「公益財団」の資格があるのか、理事職、監事職の立場にふさわしいのかを、ひとつひとつ洗い出していきたいですね。

小塚は間違いなく世界最高峰のスケート技術の持ち主です。そしてさらに日々進化し続けている。
姐さんは今期の小塚のために、全身全霊で応援を続けます。
もにさんへ
もにさん、コメントありがとうございます。驚異の遅レスでごめんなさいね。
保守系の記事も増えてきていますので、別のランキングにエントリーするのもそろそろアリかもしれないですね。
貴重なご意見ありがとうございます。参考にさせていただきます。
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真央ちゃん復活♪かな?
ブログ内容
ちょっと難しかった(;´∀`)

質問してもいいですか?
ヤフーニュースみに行ってるんですけど
真央ちゃんの記事でヤフコメにいちはやく悪口書いてる隣国の人達がいて…
ムカツク通り越してコワイです。
ヤフコメって
削除とかされないんですかね?
真央ちゃんが復活したら嬉しいけど
何かされないか不安です…

分からない質問だったら
スルーしていいです(*^^*)
No title
姐さまの紹介して下さった詩は、今年の私の手帳にもあります。読み返しては、自分の行動を振り返ります。(そして果てしなく続くひとり反省会)

最近、たまたま訪れたブログさまで出会った詩にやられました。


愛は平和ではない。
愛は戦いである。
武器の代わりが誠実であるだけで、
それは地上における最も激しい、厳しい、
自らを捨ててかからねばならぬ戦いである。

ジャワハルラール・ネルー


両頬をパンッとされ、背筋がが伸びる思いでした。
愛の形は様々だけれど、選手の為に、進むべき道へ行けるよう日々研鑽すべきスケ連は、何と戦っているのでしょう。
No title
本当に、「連盟」は何をしているんでしょうね。

記事にもある通り、リンクの存続を選手が担うってヘンでしょう?

近くは高橋君の、ちょっと前は荒川さんのおかげでやっとこ存続。そのリンクから金メダリストが出たなんてちょっとしたブラックジョークてありますよね。
今井ちゃんもリンクのためにコーチと離れて新潟に行ったり。

ここ数年の、フィギュア人気で儲けたお金はどこに消えたのさ?

フィギュアに限った事ではないけれど、
アスリートは世界をめざし、競技連盟は町内の寄合の域を出ない。

日本のスポーツは、いったん、競技連盟をチャラにしないとドンドン世界から置いて行かれるような気がする。

相撲、柔道、バスケの不祥事不手際。
野球でいきなりメジャーに行ったらン年間国内試合禁止とか…。

選手のためによりよい環境を整える、それが連盟の仕事。
選手の稼いだお金で贅沢をするのが本分ではない。
と、思いますけどね。
はにゅさん
ヤフコメのアホくささには、頭にくることがありますね~。
お隣の国のバイトさんか、単に頭がとてつもなく残念な人が書いているのか私にはわかりません。

しかし、事実と違うものや悪質なものは、バンバン通報しちゃって良いと思います。

そのための違反通報 システムですから
ねこひしお さん
コメありがとうございます(^∇^)

そんなシステムあったんだ…
気づかなかった…
恥ずかしい(///∇///)

でわ、失礼します♪
こいつアホですか???
「現役続行か引退か? 浅田真央、迷いの原因は"キム・ヨナルール"導入!?」
というタイトルの本田コッペとかいう人の記事。

寝言は寝て言え!!!
No title
とってもご挨拶が遅くなりましたが、姐さん、そして皆様 今年もよろしくお願いします。

nicole様がコメントされている記事
偏向、捏造記事のお手本のような記事だなと思って読んでました。

この記事にもでてくるTBSのインタビューを動画でみましたが、画面に「80(現役復帰)/20(引退)」のように表示されていましたが、真央ちゃん自身は、どっちがどうなのかは明言してませんし・・・







No title
キムヨナの点は不正だ!なんていってくれたメディアがこの国にありましたっけ。なんとかコッペさんとやら。
今改めてこのエントリーを胸に刻み付けました。

いろいろと思うところあって、今の自分の気持ちを上手く言い表せませんが、
一言でいうなら『肝で怒る』でしょうか。
No title
水泳の富田選手のことを思い浮かべました。

彼も日本人でありながら、JOCからは守ってもらえない。
孤独な戦いをいま、闘っているところです。
ららら♪さんへ
富田さんの件、非常に心を痛めています。
JOCが率先して彼を「売った」ことがどうしても許せません。
応援しています。
わたしにも何かできることがあるといいのですが。
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http://news.livedoor.com/lite/article_detail/9664840/

↑皆さん既出ですが、livedoorの記事です。タイトルだけ見てあれ…?と思い、どんな内容なのだろうと思ってみてみれば怒りで腸が煮えくり返るかと思いました。

昨年のオリンピック以来、お久しぶりです。こまめにこちらのブログは拝見しておりましたが、真央ちゃん不在の今季のフィギュアスケートは見こそすれ興味が持てず…

真央ちゃん、どう決断するんでしょう。
試合で姿を見たいと思う一方で、もうこんな悪に塗れたスケ連の思惑に左右されてほしくないとも思ってしまいます、、
東京オリンピックの演出
こんばんは。先程、思わぬ記事のタイトルを目にして、危機感を感じましたので、コメントさせてください。

タイトルは「秋元康の五輪演出にあの小説がno!akbは児童ポルノ」だったとおもいます。

略・・「世界が注目する五輪の総合演出に、あの秋元康が選ばれるのでは?と見られていることだ。」略・・
そして、中原昌也さんが、強く反対している・・・といった記事でした。

他のお母様方がどう感じているかわかりませんが、私は個人的に、秋元氏を「息子を持つ親、そして娘を持つ親」の敵なのじゃないかと感じています。
なぜなら、自分の子供が、「総選挙」や「ジャンケン大会」に夢中になったり、「握手権のために同じcdを何枚も買う」ようになったとしたら、悲しすぎると思うからです。
彼のプロデュースの方法は、不健全な面があり、「エコ」じゃないと思うからです。
彼の商法は、「良い物作る」事より、「男性の弱みに付け込む」事や「女の子の夢に付け込む」やり方だと思えてなりません。
最近大ブレイクのアニメを通して、まだ幼い児童や園児と、その親までもが、ターゲットにされているような気がしてなりません。

少なくとも、五輪の演出を手掛けてほしくはない!と、心底思いました。

スケート以外の事ですみません。
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フィギュアの事全然わからないですが、見て見ぬ振りが気持ち悪いのと、理不尽な圧力に対抗できる様を他の人にも知らせたくて、「それはおかしいだろ!」という事はネットの力を借りて、文章を構成し、言えるようにしています。
自分でも相手に洗脳されそうになりますが、オセロのようにぱたぱた状況がひっくりかえるのは面白いです。
ただ、相手側に飲まれてしまったり「声をあげなかった人達」とは、向こうが立場がないからか疎遠になってしまいましたが。


もっとも、そういう環境は理路整然と話しても理解しないような自分で自分を洗脳してる人ばかりだから、下手に戦うと相手のありえなさだけでもショックを受け寝込む事になりますが…
異論を唱えた瞬間攻撃されて口封じ、というのもよくある話なので、きちんと話せるようになるまでは黙るしかないかもしれません。
「私はそれを受け入れたくない」という決意表明だけでも自分のなかで訓練しておくと良いかもしれませんね。
実体験ですが
彼らが最初共産主義者を攻撃したとき
マルティン・ニーメラー

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった
---

他人の為に声を上げても
自分の為に声を上げてくれる人が居るとは限りません。

相手をかばって助けてしまう事で
相手が本当は自分で解決しなければならない問題に取り組む訓練を怠る事になり、より最悪な事態を招くことがあります。

私は普段から周囲を助け信頼を得てきました。それでも「ありえない」事が起きました。聞いた人がギブアップするくらいありえない事が。
助けてきた人は私の行いを保証するでもなく、学習するでもなく、あっさりとして貰った事実を覆し嘘をつきました。事実に向き合うくらいなら嘘の平和と戦えない自分のメンツを保つ事にしたようです。
それでも私は万が一億が一そんな事が起きないよう、今までの記録を取っていました。すると今度はそれを「猜疑心に満ち溢れている、強迫神経症、精神的におかしい」と触れ回られました。まともな精神科医をやっとみつけ(別に精神科医じゃなくても良いんですが、精神科医からのお墨付きがないと話にならない)、最初は医師も「なんで他人の家の事に巻混まれなければならないんだ」と渋っていましたが、「お薬出すのだけが仕事なんでしたか?」等挑発した甲斐もあり、医師からも一言注意頂けるようになりました。
それでも彼らはその事実を無視します。今現在も。


私を助けてくれたのは「助けた事がある人」ではないです。
自分で自分を訓練してきた縁もゆかりもない人です。
自分が助けてもらう事を望んでそうしたのではなく、自分のことも他人の事も自力でなんとかしようとする尖った人達でした。

誰かになんとかして貰おうとしてる人は、最終的に自分のそれまでの安穏と天秤にかけて、「◯◯しなければならない」とか周囲にいうくせに役立たずでした。時には最悪な敵に寝返りました。

上の名言を残した人は「自分さえ誰かの為に声をあげてたら誰か助けてくれたかも」という、まさに「やってこなかった人の妄想」だなと思いました。

実際のインタビューらしいですが、豪華客船が沈没し、ある青年が何度も極寒の海に飛び込み5人ほど助けて本人は下半身不随になってしまいました。
青年の行動に半年後だかくらいにTVのインタビューが来ました。
印象に残ったことは?と聞かれ青年が答えたのは
「助けた人のなかで誰一人礼を言いに来なかったということ」
という話がありました。

本当にその通りです。

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